ないものねだり
対した意図もなく、ただ暇だからという理由で、TVゲームの電源をつけた。
三つあるセーブデータの二つ目に目が止まった。
"あああああ"
明らかに考えのない文字列のセーブ名は、雪也がつけたものだった。
このセーブデータが目に止まったのは、私が雪也のことを好きだからだろう。
"あああああ"を開いてゲームを開始すると、プレイヤー名の一覧に"スノー"を見つけて、"雪"也からとってて、いつもこの名前を使ってプレイしてることを思い出し、少し笑みをこぼした。
今日は久々に雪也が家に来る日だから、こんなに雪也の事を考えてしまうのだろうか。
AM:10:00
ただ淡々と、時刻を告げる電子文字に目を移すと、彼が来るまで残り一時間だという事を知る。
私にとっては意味のある時間でも電子版にとっては、なんの意味もなさない、一時間なんだよなぁ、とつまらない考えを巡らせた。
残り1時間で家を綺麗にしようかとも考えたが、なんとなく悔しいのでゲームを始めたのはいいが、今思えば雪也の好きなゲームを始めたことも少し悔しいような恥ずかしいような気がした。
理由もなく始めたテレビゲームは意外にも楽しくて、雪也の来たことを告げる家のチャイムが響くまで、集中していた。
「よぉ。」
軽快な言葉と慣れた仕草で私の部屋に入ってくる。
「何する?」
「とりあえずゲームじゃね。」
主題への前置きであるとお互いに理解してるうえで言葉を繋ぐ。
先程まで遊んでたゲームの電源を再度つける。
「あれ、お前これさっきまでやってたんだ。」
ゲーム内の最終プレイ時刻を見ての発言だろう。
「まあね、どうせやるだろうと思ってね、今日は負けないし。」
別に彼からしたらなんてことは無いのに、少し恥ずかしくなって、ごますような口調でそう言った。
私はゲームに夢中になっていたけれど、昔ならこのまま5時間以上続けてたゲームも、今の彼にとってはゲームの中のゴールへ向かう上でとってもとらなくてもいい、メダルと同じなのだろう。
「今日親、昼間帰ってこない?」
彼はいくつかあるうちの、一つを選択した。
うん、帰ってこないよ。という決まり文句は、スタートの合図。
私の肩へと伸びる手を、彼の携帯電話の着信音が引き止めた。
「ちょっとまって」
明白に喜びを顔に浮かべ、携帯に飛びつく。
この表情は、彼女からの連絡の時の顔。
メールを打ってる顔にも、嬉しさが滲み出ている。
私は、耐えかねて彼の肩をとって無理やり唇を重ねる。
彼も、連絡が終わったのか舌を重ね、私をベッドに押し倒した。
嫉妬からのキスではない、私は彼女のことを好きな雪也が好きなのだ。
彼の手で反応する身体に、心ごと従順になる。
きっと彼が私のことを好きになったら、もう私は好きじゃなくなるかもしれない。
彼女がいるのに、私としてしまうことに罪悪感を抱いているところ、そのくせに攻めてくるところ、だけど私が攻めると受け入れてしまうところ、とても可愛いと思う。
ないものねだり、とはことのことなのだろうと思う。
私にはないから、それを見て、欲しいと思う。
喉から絞り出す、切実な喘ぎとは裏腹に頭の中には、涙を流して彼女に謝っている幸也の顔を浮かべていた。