其之六 萌国国主と個人副官
『萌国 本城』
6月某日
戦乱の世でも太陽は変わらないように登る。
かつてどこかの学者が『いつかは太陽も輝く力を無くし、大地の作物は死に絶え人は極寒に凍える事になる』。
そんな事を言ったことがあるらしいが、そんないつかを知れぬ終わりは関係なさそうに温かい光を大地に恵む。
そんな光を受ける大地の一角に一つの国がある。
その国の中央辺りに太陽の光を受けて長い影が作り出されている一際大きな建物があった。
大きな城である。
純連合風の天守をもち、華麗で優美な佇まいだ。
その城の中、最上階の一室、天守の一角に備えられた衾と雨戸を開けると眼下を一望する光景が飛び込んでくる。
眼下には城下町が広がり、遠くへ目を伸ばせば山々に囲まれた周囲には田畑が目につく。
季節は春の陽気も通り越し田畑の稲作は青々としたその身を天に向かい伸び続ける。梅雨入りが近いのか湿気で肌に空気が張り付く感覚がする。今年も恵みの雨をもたらす事だろう。
城は連合諸国に属する一国『萌国』の城であり、また萌国の国主(この地方の王の別称)の居城でもある。
この国の主であり、その城の主である国主はまだ齢二十にもならない若い国主で数年前にこの国を先代から受け継いだばかりの若者だ。
そんな城内への正門を通過ようとする旅装の女性が一人、見受けられる。
いや、女性だろうか?
うん、やはり女性である。
連合の人間にしては珍しく、その髪は肩でバッサリ切られ短い。女性が髪を切るのは、『尼様』か海賊、山賊、もしくは族国の傭兵ぐらいと言われているがさてさて彼女は……。
肌は日焼けして普通の女性よりやや浅黒い小麦色、全身は鍛え上げたのだろうか筋肉を程よく纏い、身体つきも身長もガッシリした体格をしている、顔に浮かぶソバカスと頬に刻まれた笑顔が自然に愛嬌を誘う。
が……笑みを浮かべながらもその目は鋭く鷹の様である。
門番が左右に一人づつ、槍を構えて余りの晴天に欠伸をかみ殺していたが、正門近づく彼女を見つけ一瞬で警戒心を漲らせる。
片方の門番が咎めようとしたが、直ぐに対になるもう一人の門番が女性と目を合わせた。
門番が目を見開き彼女が誰か理解したのか慌ててもう一人の門番に伝え、そのまま通過する。
「お帰りなさいませ!副官殿!」
通過する際、門番がそう一礼して声を張り上げた。
その声には尊敬と敬愛が溢れていた。
やや男尊女卑の気風が香る連合内でこうした感情を向けられた彼女は、少し恥ずかしそうにうなずくと、城近くの建物に歩を進めた。
先程述べた若い国主が住む、城内の一角にある本宅。
縁側で雨戸を開け放って日向ぼっこをしながら柱に寄りかかり船を漕ぎながら居眠りをする人影が一つ。
髪は黒く、髷は後ろに束ねられ、着流しを着ているが胸元はだらしなく開いて、口元からはよだれが垂れている。
足元には何本かの酒瓶とキセルの灰か山を作っていた。
しかしその胸元から見えるその肉体は決して怠惰に溺れ食うに任せた体ではない、常に戦いに備えている男の体であった。
安らかな寝顔のその顔は、女受けしそうな彫の深い顔立ちであるが、少し眉間に皺ができており、やや気難しそうな印象を受ける。
そしてなぜか、寛いで寝ているのにその左腕だけには手甲を手から上腕に掛けて付けたまま手には手袋を付けている。
……明らかに異相である。
その人影の元に先ほどの女性がそっと歩み寄る。
女性はそっと旅装を取ると、身軽な格好でその横に座る。
彼の肩に頭を乗せて幸せそうに眼を瞑る。
「ただいま、あ・な・た♡」
女性がそう囁くと、寝ていた彼がぼんやりとした眼をゆっくりと開き、隣にいた女性に向かって呟いた。
「久しぶり……、だが僕は君を娶った記憶が一寸も無い。それに……」
言葉が続く。
「……重い、太ったか?」
頬をひきつらせた女性が、『愛の告白に対してその返答はないだろう』と女性は呟いた。
彼の両頬を手で左右から抓り横に引っ張る。
蚊の泣くような情けない悲鳴が後に続く。
「いひゃい、いひゃいきゃら。わふい……、悪かったから……」
若者の顔を凝視してそのままたっぷり十は数えてから動きながら、『今度こそ起きたか?』と淡々とした女性の声が響く。
その声にようやく彼の意識は覚醒したようだ。
「お帰り、僕の可愛い副官さん」
彼女を懐かしそうに、幸せそうに、愛おしそうに抱きしめた。
彼こそ、この城の主であり、この国の国主であり……。
そして何より、この物語の『主人公』である。




