其之三十四 出陣と想い
出発日、朝日が大地を照らした。
その日を浴びて動き出す人の群れ。
鉄の匂いを全身から振りまき動き出す。
数は総勢6000ほど。
幸先は悪い物だった。
外交大臣の手勢がいなくなり、彼の領地の民は逃散した。
軍務大臣は激怒していたが『外交大臣には特別な役目を頼んだ』と言っておいた。
彼のたるみ、恰幅の良い顔を一瞬思い出して、続いて自信なさげな表情も思い出して少し笑った。
確かに彼にはこの戦は辛かったのだろうと逡巡した。
居ない人間の事など考えている暇はない。
妻様へは手紙を書いた。
話しだしたらきっとまた泣いてしまうから。
僕が戦死した場合のみ手紙を開くように何度も念押しして手渡した。
『なら、開くことは生涯なさそうですね。燃やしてしまいましょうか?』と言い放ったのは流石である。
目が見えなくなろうと武国最強の姫と言われた剛毅さは微塵も損なわれていない。
「法螺貝を鳴らせ!出陣だ!」
鈍い音が辺りに響く。6000が北の草原に向かい行軍する。
何割が再び、この日を浴びる事が出来るのだろうか。
※※※
妻様への手紙(長文につき抜粋)
『拝見 妻様
わたくしはこれから戦に出ます。
多くの敵を打ち尽くさんとゆきます。
敵の数は星の数ほどに多く敵の戦意がいか程に強くとも妻様とこの国を守る覚悟に揺るぎはありません。
わたくしはやはり想いを声に出す事ができません。
はじめてあなた様にお会いし、懸想しました。
誰よりもあなた様をしたい、守りたいと思いました。
なれど、あなた様は三代目国主様であらせられる父様へと嫁がれました。
お慕いしたお方が父様と同じ閨にいるというのは幼少のわたくしには呑み込めぬ出来事だったのです。
お二人ともわたくしにとって敬愛しているお方たちですのに。
故にわたくしはあなたを母様と呼べませんでした。
わたくしが幼少の折、お会いして命を救われ。
今日まで何一つ頂いてきた数々の御恩に報いることができず、満足な孝行もできぬ無能な我が身でございました。
そして今また御苦労をおかけすること誠に申し訳なく、またこの思いを直接語る勇気も無くここに筆をしたためます。
血のつながらぬわたくしにありったけの愛をそそぎ、導き、叱り、育てていただいた御恩忘れたことなど在りません。
子供の反発をこの年まで背負い、ついに貴女を母様と呼ぶことができなかったわたくしを子として愛して下さった貴女様をまぶたに焼き付いております。
無事に帰れる保証はございません。
しかし初代様を始め、二代目父様、三代目兄様、先代の坊に恥じる事のないよう戦い抜くつもりです。
今年の夏も熱くなるとの事です。
くれぐれも夏風邪などにはお気をつけなさいますよう。
では行ってまいります。
五代目国主 xxxxx』




