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いい国つくろう!  作者: みのまむし
33/34

其之三十三 逃亡と家族

帝国兵2万が旧流国領から萌国国境へ進軍を開始したのは7月8日の事である。

猛烈な暑さの中、萌国国境関所の常駐兵は蜃気楼の幻かと思えるような大軍を見て肝を潰した。


『隊長!どうしましょう?』関所に控える見張りの問いに、三十人ばかりの侍達のはここでの死を覚悟した。

が、関所の長は関所に火を放ち撤兵を急がせた。


何人かが、戦いもせずに逃げるなど武士の面目が立たぬと強硬に反対したが『ならばここに残って貴様だけ死ね』とまで言われ、すごすごと従った。

燃えあがる炎を尻目に隊長は『帝国め!必ず!必ず!』と叫びながら夜陰乗じて撤退した。


翌日、関所の焼跡を踏み越えながら実に数十年振りに帝国が萌国国内へ侵攻したのである。



※※※

伝令が城へ駆け込んできたのは翌日だ。


「お館様へ流国国境見張りよりご報告!『帝国来る、数およそ2万。内1万が途中の砦を陥落させながら真っ直ぐこの城へ向かっている』との事」

「来たか!ご苦労。皆聞いたな予定通りの数だ。後方の1万は荷駄隊の補給部隊だろう」


軍議の最中だったので一同は緊張の面持ちで報告を聞いていた。


「あ、あのやはり途中の砦の兵をもう少し配置した方が良かったのでは……、敵が無人の荒野を行くように迫ってきているではないですか」


外交大臣の声は震えていた。


「構わない。小さな砦に50や100配置したって本当にわずかな時間しか稼げない。それで全員戦死させては正直無意味だ。途中の村々にも食料を持って逃げるように伝えてある、これはこれでいいんだ」


「しかし時間を稼がなくては……連合から到着予定の援軍が」

「外交大臣、残念だが時間切れだ。軍務大臣今いる兵は?」


「我が萌国侍衆800、そして国主様副官直属鉄砲足軽が50、民から半ば強引に集めた足軽が1400と少し。もう少し時間があればまだ集められたでしょうが……。計2300と言った処でしょう」


「いや、よく集めてくれた。外交大臣、連合からは?」

「は、はい!武国からは侍・足軽合わせて2000。若国からは同じく合わせて800。族国からは騎兵・傭兵合わせて1500です、ただしこの傭兵は商国が雇い送って来た者たちも含まれております。傭兵の指揮権は族国酋長に任せているとのこと。それぞれ我が国付近まで援軍をよこして下さっています。数日中には到着するかと……」


「はは、この勝ち目の低い戦いに良くもここまで送ってくれたものだ。諸国に感謝しないとな。これで総計6600、それなりの戦いはできるな」


特に武国はさすがだ、武国は帝国と既に国境が面しているから援軍を送っている今も帝国の別部隊に攻め込まれる危険があるのにも拘らずこれだけの兵を送ってくれたのだ。

同じく老国は武国ほど常備兵がいないから帝国に備えて送る事が出来なかったのだろう、恨むのは筋違いだ。



「わかった。彼らが到着次第、十分に食事を用意するように。天幕は足りているか?少しなら酒も出してやれ」


対する敵が攻めてくるならば当然この城を目指すのは誰でも予想できる事だ。

圧倒的な大軍が敵の本城を最後に回すはずもない。


「軍務大臣、例の決戦予定の北の草原だが馬除けの柵の構築は順調か」

「草原の中央、500mは馬除けの柵を横一列に配置しております。しかしあの草原は広大で、それそれも左右に騎兵が回り込んで来た場合は……」


「分かってるが間に合わないのだから仕方ない」

「なぜあの土地を選んだのですか?表面は普通の土ですがしばらく掘ると石灰岩が見え固く柵を造るのに向かぬ土地です。まして敵主力の騎兵に対して草原を決戦場に設定するなど。おまけにあの地は池があり飲み水を確保するのに適しています。相手が大軍ならば少しでも兵糧や水を削る策を打つべきです!」


軍務大臣の意見は正しい、正しいが、僕はこれを『否』と却下した。


「外交大臣、商国から特別に買い付けておいた物資があるんだが届いているかい?」

「ああ、あの大量の樽ですね。先ほど届きましたが……。えらい頑丈に密封されてましたねなんですあれ?」


『気にするな』と返答して僕は副官に合図した。

副官は一礼するとその場から中座して何処へともなく消えてった。

そのまま案件を捌きながら帝国の北の草原到着を逆算して出発は明後日早朝と決まった。

あと数日ですべてが決まる。僕は込み上げて来た胃酸を辛うじて飲み込んだ。



※※※

「ああ!ちょ、ちょっと内務大臣殿!少しお話できませんか」


議場を出た所を慌てて私は彼を呼び止めた、先ほどの内務大臣は先日の激昂に欠片もなく相変わらず無表情だ。


「内務大臣殿、あなたは国主様の今回の戦の決定を如何思います?」

「如何とは?」


「その……余りに強引すぎではないですか?本来ならば我らに図るべきでしょう。それを、外交を預かるわたしに知らせもせずあのような檄文を諸国へ送り!」


私は彼ならこの無謀な出兵を止めてくれるのではと唾を飛ばして説得を試みる。がこう簡単にはいかなかった。


「ならばなぜなぜ先日私が反対した時にそう言わなかったのです?今更言った処ですべて無意味です。なればあなたも兵を整えるがよろしかろう」

「あ……あなたはこれまで戦に反対だとおっしゃって来ました。だから今もまだ反対だろうと思って来たのですが……」

「なれば如何なさる、国主様を害しますか?」

「い、いえ。そのようなことは!」


軍務大臣やあの副官に聞かれたらその場で斬られるだろう、私は背後を見渡した。


「解りませぬな。あなたの言葉はいつも私には理解できぬ、外交大臣殿」


彼は少しだけ眉に皺を寄せた。私には彼が不機嫌そうに見えたがなぜなのか良く分からない。


「私は、あなたが停戦を推奨していると思っていた。しかし先程言った通りあなたは私に賛成しなかった。しかしこうして戦が決した後もあなたは停戦したいという。

ならば私ではなく国主様をご説得なさるべきでしょう。そしてそこまでご自身の家臣と民が大事と思うなら国主様と刺し違えてでも止めるはずではないのですか。少なくとも私があなたの立場ならそういたします」


「いえ私は、その穏便に……」

「穏便?穏便とは如何に?この後に及び犠牲者が出ない方法があるとお思いか?停戦にしても帝国の要求に従えば三人の人間が不憫な人生を送ったのですぞ。そしてその場合、流国姫様、そして国主様の義母上様は外交を預かるあなたが帝国へ送る事になったのですぞ」


「は。ええ、それは承知しておりますが」

「なればあなたは何を望まれるのです。誰も死なぬ戦でも望むつもりか?なればそれは御仏へおすがりなさい。私ではありません」


そこまで言うと内務大臣は『準備がありますので失礼いたします』と早足で歩き去って行った。

一人私は取り残された。

誰もいない廊下が、私の未来を暗示してかのように。

死にたくはない。

死ぬのはいやだ。

私は最後の手段をとる為に私は家臣たちの元へ駆け出した。


※※※

翌日の夜。つまりは出発の日の前日の真夜中。

夜陰に乗じて城から離れようとする集団の影があった。

あの若き国主は民に関しては逃げるのを止めはしなかったが兵士が逃げるのは厳罰を持って臨んだ。

外交を仕切る私は、旅装に身を包み馬に跨り門を潜ろうとしていた。

その影の先頭に突如、声が投げかけられた。


「逃げるのですか?」

「っつ」


私は怯えた目で声のした方を見る。

真夜中に、国主様の許可も無く、門番に袖の下を渡し秘密裏に逃げようとするその私に。


「安心してください、咎めにきたのではありません」


その言葉は静かにあたりに響き渡る、その声はこの国の人間なら誰でも知っている人間の声だった。


「義母上様、まさかあなたが此処へ現れるとは……夢にも思いませんでした」


二代目国主様の後妻にて、今代国主様の義理の母上。

目の見えぬ一人の女性が、左右の女のお供に付き添われそこにいた。


「あなたの家臣の一人が知らせに来ました。国主様に知られたら全員首が飛ぶでしょう?『私なら何とかできるのでは』と縋ってきたようです」


義母上様の瞳は閉じられているはずのなのに、その顔がこちらへ向けられると私は反射的に視線を地面に向けた。


「私は……、こ、怖いのです、武国へ、いや、商国経由で科国へ逃げて、帝国のこない場所へ……」


そう発言した外交大臣である私は怯えて目には涙がにじんでいた。


「……逃げることは簡単です。しかし一つだけ聞かせてください」


そう言ってこの国の国主の義母であるこの女性は口を開く。


「後悔はしませんか?」


とそれだけを言った。


「……後悔、ですか?今の私は後悔ばかりです。

こんな痩せた小国に攻め込んでくる帝国が嫌いです。

こんな時に帝国を追い払う為の武力が無いこの国が嫌いです。

こんな時に後詰めの援軍を出してくれない連合諸国が嫌いです。

こんな絶望的な状況で国を見捨てないで戦おうとしている民が嫌いです。

こんな、こんな自分が生まれ育った国なのに真っ先に逃げ出そうとしている自分が嫌いで、……国を守るための剣の腕も無い自分が嫌いで、こんな時に自分と妻と娘の命しか考えていない自分が嫌いで……それに、それに」


そう言葉を紡ぐその顔は涙と鼻水でグショグショだった。

前王妃である妻様は静かに外交大臣に近づく、大臣は彼女が死神に見えた、その死神が一歩一歩歩み寄ってくる。

彼女が事実を国主に伝えれば自分は敵前逃亡で死罪となるだろう、彼女が国主に一言を伝えればいい『奴は逃げ出そうとしている臆病者だ』と。

それだけで自分は殺される、もしかしたら戦意高揚の為に民の前で公開処刑、さらし首になるかも知れない。

考えている間に彼女が手をあげた。


『叩かれる!』


そう思い身を固くした私が衝撃に耐えようと目をギュッとつむり衝撃に備えた。

いくら年を取っても殴られることの恐怖には勝てない、我が事ながら情けない。

しかし手を固く握りしめたが震えは収まりそうにない。

と、しばらくしても衝撃はこなかった。


『?』


不審に思い目を開けると、そこには『優しく泣きながら微笑む女性』の姿があった。


「思えば三代目様の時代からあなたにも苦労をかけましたね……」


そういって上げた手で私の頬に優しく触れた。


「な、なにを……」


まったく理解ができなかった、自分は裏切り者だ。

この国を見捨てるという事は彼女も見捨てるという事ではないか。

このまま行けばまずこの国は滅ぶ。

王族とて見せしめに、いや王族だからこそ見せしめに殺される可能性は高い。万が一生き残ってもそこには人としての自由は無いだろう。

この国を動かす為の歯車として利用され、利用され続けて壊れたら捨てられるのだろう。

そしてこの女性はすべてを解っている。

その上でこの女性は自分を見捨てようとしている裏切り者に対して『苦労をかけた』とねぎらいの言葉をかけているのだ。

そして思う。一体彼女が何をしたのだろうかと。

彼女は先代武国国王の妹として生まれ若いころから武国の武芸を叩き込まれた。その後萌国三代前の国主の後妻として18の若さで政略結婚にてこの国に来た。

しかし、僅か一年で三代目国主が倒れ、国主の種の子は流れた。

その反動で目は光を失い、彼女は未亡人になった。

時は流れ彼女には子はなく、あの鍛え抜かれた武芸は無に帰し、彼女はただ日々を過ごしている。


「なぜ私を罵らないのですか?なぜあなたはそんなに強いのですか?目も見えないのになぜ?世界を恨まないのですか?なぜ……なんで、私には分かりません」


外交大臣の慟哭するその姿は謝罪とも懺悔とも後悔の告白にも見えた。


「あらあなたはお強いですよ?知らないのですか?」


そう優しげな声が届く。


「え?私がですか……?」


悪質な冗談だろうか、それとも痛烈な皮肉なのだろうか。何か言おうとして『違いますよ』と遮られた。


「皮肉ではありません、あなたがここにいることがあなたの強さを表していますもの。

本当にあなたが臆病ものなら流国が落ちて帝国が国境を侵した時点で逃げだす道もあったはずです。

実際に民も逃げたと聞きました。

でもあなたは帝国が攻めてくるこの時まで、このギリギリまで耐えて耐えて耐えて、国主様の補佐を続けてくれました。

帝国との外交などと誰もが避けたがる重圧と戦ってくれました。

これを『強い』と言わず何と言いましょう。

これを『勇気』と呼ばずなんと言いましょう。

たとえ何人があなたを罵倒しようとも私はこう言います『彼もまた勇気ある我が国の侍』だと」


その言葉を聞いた私はもう涙が止まらなかった。

声も嗚咽で言葉にならず鼻水をすする音がするが無理やり舌を動かした。


「ありがとう……、ありがとうございました。……私にはもう貴方様に御恩を返させていただく機会はもう無いでしょう」


できれば一緒に逃亡をお勧めしたい、この方には何の罪もないではないか。なぜこの方が、こんな、こんな惨い道を歩まねばならないんだ。

しかしこの方は決して首を縦には振らないだろう。

この国の休戦、もしくは降伏の条件としてこの方は必ず提示されてくる人質なのだから。

この方に待っているのはどこかの城に幽閉され一生飼い殺しにされる、そんな未来が決まりかかっているのに私には何もできない。

今から逃げ出す人間が何を言えるというのだ。


「では私は行きます。あなた様に仏の慈悲があらんことを」

「あなたの未来に毘沙門天の加護があらんことを」


馬が歩きだしお互いの視線が離れた。


「『毘沙門天』か……。逃げ出す私に戦の加護など」


そう呟いた所に隣の駕籠に乗った我が妻から声がかかった。

先程まで話していた御母上様とは比べるのもおこがましい凡庸な顔立ちの女だった。


「ねぇ、あなた……。本当にいいの?」

「……男の決めた事に口出しするな!」


私は精一杯の虚勢を張る為に怒鳴り声を張り上げる。


「あなたがお決めになった事なら従いますよ。確認しただけです」


その言葉を最後に辺りから会話が消えた。

族国方面に向かいそこから商国へ渡る。

可能であれば科国へ入国して暮らしたい。

その為に、通貨に替えられるだけの財産を交換し、背後の部下たちに守らせている。

そんな事を考えていたが国境沿いの山間部に差し掛かった時、目の前の林が不自然に揺れた。

前方の何人かが目配せしてきた。警戒して身構えると数十人の集団が林の中から現れた。


「夜盗、いや傭兵か?」


そこにいたのは50人程の集団でそして奇妙な集団だった。ひと際目に付いたのは先頭をあるく二人の人間だった。

まず目を引くのは先頭の二人がそろって赤い髪をしていたからだ。

若い。

元服したばかりだろうか、年の頃は二人とも15歳前後だろう。

和服を着こみ、腰には大小の刀を差している。二人のうち一人は肩に鉄砲を抱えていた。


「なぜこんな所に傭兵が?族国の増援か?いやそれにしては数が少なすぎる」


ぽつりとつぶやいた私はその時改めて気付く。

私の脱走についてきた家族と家臣含め50名ほどは街道の道を塞いでいるが、街道横の森の木が不自然に揺れたのを。

風の揺れではない。

何かが木々を揺らしている。


囲まれた!正面の50に咥えて森の中の……50はいるな、合計100まともに戦っても勝てんな。


「……見たところ萌国の方とお見受けいたしますがこんな夜の街道でどうされました?」


先頭に立つ赤い髪の内の一人が言う。


「……萌国に戦乱の火種があり、我が国主様の特命により諸国に行かねばならん。道を開けてもらえぬか?」

「確かにお急ぎのご様子。道をお譲りするのは構いませんが……諸国とはどの国へ行かれるのです」


私は少し口ごもって『商国だ』と答えた。


「この決戦前のこの時期に戦の戦力を持たぬ商国へとは、何をしにです?」

「貴様には関係の無いことだ!通してもらう!」

「確かに関係の無い事です。しかしあなたが『逃亡』してきたのならば話は別です。万が一逃亡してきたのならここであなた方が消えても咎める者は誰もいない……」


辺りの空気が凍った。


「傭兵ども。貴様らは帝国につくのか?萌国につくのか?」

「どちらでも。我らは卑しい傭兵ですから、稼ぎの大きい方へ付きますよ。たとえば……追剥もまた選択肢として」


その言葉が終わった時、背後の林が『ガサッ』とまた音を立てた。

明確な脅しだった。脱走者ならば殺すと、こいつらはそう言っている。


「……しばし待て」


私は傭兵に語ると妻と子が待つ駕籠の隣まで近づいた。


「少し話したい、良いか?」

「ええ、顔色がよろしくありませんね。如何なされました?」

「族国の傭兵に囲まれた、……実際は追剥のような連中だ。強引に突破するつもりだが一応、言っておこうと思ってな」


私は駕籠を開き、妻と我が子の顔をそれぞれ眺めた。

私の跡取りになる我が子はこの騒ぎでも眠っているようだ、呆れる反面、頼もしくもある。

ありきたりの家と家の政略結婚だったがこの妻は文句も言わずこんな私に付いてきてくれた。

最後にその顔を眺めたかったのかもしれない。


「ええ、私はここで待っておりますから。貴方の望むままに」

「いつもお前は儂のする事に反対しないし詳細すら聞かないのだな」

「ええ。貴方を信じておりますから」

「信じるだと!この私をか!」


こんな状況で静かに語る妻が愚かに思えて自然と声が大きくなった。

何人かの護衛が視線をこちらへ向けてきた。


「そうやっていつも大声出して、強い相手にはオドオド話すくせに自分より弱い立場の人間には大声しか出さないのだもの」


妻からこんな厳しい言葉を聞いたのは初めてかもしれない。

『何だと!』と語気が荒くなった。


「そして誰よりも自分の保身と安全のことを考えている」

「そうだ、自分が可愛くて何が悪い!わしはそんな最低の人間だ!今更に気づいたか?今更に男運の不幸を呪うか?今ここで我等が国へ帰るか?」

「あなた気づいてないの?今萌国のこと『我等が』国って言ってるのよ。捨てた国を『我等が』国って。あなたの心はまだ捨てていない。あの国を捨て切れていない」


私は苦虫を噛みしめたように顔をゆがめる。


「本当に弱虫で虚栄心に侵されて、そして本当に優しい」

「勝手な妄想をするな!儂はただ逃げているだけだ」

「そう、あなたは自分が可愛くてたまらない。

だけどその可愛いの中にいつも私たち家族を入れてくれている……。

私もあなたと一心同体。すべてを捨てて今一緒に逃げている。

いつもあなたに守られて安穏とあなたに従って生きてきた」


「何が言いたい?お前も儂を馬鹿にしているのか!なら好きなだけすればいい!逃げ終わったら科国でいくらでも聞いてやる!」

「ううん、一言だけ言いたいの、今まで本当にありがとう、お互い家の都合のお見合い結婚だったけどあなたは私を愛してくれた。

どんなに状況でも私達を捨てないで連れて来てくれた。でも私たちの事はもう考えてほしくない。

私達はあなたの選択の重しになんてなりたくはない!本当にあなたの好きな選択をしてほしいから!あなたが望むなら私は商国だって、科国だって……地獄だってついて行くわ」


そういいながら横の息子の手を握る。

いつの間にか会話を聞いていた数えで9歳になる息子は母の手を握り返しただ一言こういった。


「お父様、僕逃げるお父様じゃなくて、かっこいいお父様が見たい」


無垢な瞳でそう父親に、私に語りかけた。

その無垢なる幼い一言は深く私の心に沁み渡った。


『親は子の前だけでは英雄にならねばならぬ、演じ続けねばならぬ』


そう仰ったのは誰だったか。

そうあのお方だ。


……私はこの子の前で永遠に逃げ続ける姿を晒し続けられるだろうか?

この無垢な瞳の前で?


「儂には勿体ない妻と子よ、感謝するぞ」


震えがいつの間にか止まった。


「族国の傭兵よ、話がある!」


私の外交で培われた弁舌はここで使う為にあったのだ。


毘沙門天よ、我に勇気を。




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