其之三 流国と異常
『流国北西 帝国国境付近の森の中にて』
4月某日
帝国東部に隣接する『連合』の一国である流国は雪解けの季節であった。
畑には雪解けとともに小川がせせらぎ、農民達は今年も豊作を祈りながら畑を耕す準備に精を出し、子供達は雪によって遊べなかった鬱憤を晴らす為に我先にと雪の残った原っぱを駆け回るそんな時期。
まず最初に異変に気付いたのは山に狩猟にでた猟師だった。
帝国との国境沿いにある山で毎年のように雪解けを待って狩りに出るのは彼の決まった恒例行事だった。
そしてその日は大量の獲物に恵まれ今年の恵みを約束しているかのようだ。
野兎が山の反対側であり帝国領から走ってきたのを射止めたのだ。
それも三羽。
猟師は喜びながら山の神に祈りをささげた。
『大量じゃ、これで冬の乏しい飯からガキどもにようやく三食の飯を食わせてやれる。
母ちゃんの腹ン中の子供も元気に育つだろうさ。
今年もこれから忙しくなるぞ』
そう考えながら仕留めた兎を捌いていた。
「?音が止んだ……」
ふと気が付くと虫の音、鳥の音、山の中で風以外のすべての音が止んでいる。
『爺様が昔ゆうとったな。悪いことの前触れとか何とか。……嫌な予感がする、早めに下山するべ』
そう思った時何処からともなく風を裂く音が聞こえたかと思うと猟師は首に矢を生やして崩れ落ちた。
同時に弓矢と獲物が背負っていた肩から地面に音を立てて落ちた。
「あ……れ……?」
猟師は薄れゆく意識の中で、『母ちゃん』と最後に呟いた。
これが帝国、連合の戦争の第一犠牲者である。
崩れおちた彼を、彼の射抜いたウサギだけが生気のない目で見ていた。