其之二十九 あの頃の僕は5
「おーい、爺さんまた来たー」
盗賊と一緒に握り飯を数個抱えながら、萌国の北側にある山の一角小屋。
人も寄り付かない荒れ果てた山奥。
こんな所に住みつくのは仙人か世捨て人か……。
そして僕たちの目の前にいるのはどちらなのか。
日焼けした黒々とした肌、ガッシリした労働に」より鍛えに鍛え抜かれた肉体。
手入れされていない無造作に纏められた髪と髭は真っ白で重ねてきた年齢を証明していた。
そこにいるのは『穴掘り爺さん』と呼ばれる変わりものだ。
まったく変なじいさんだ。
「……お前らか、相変わらずヒマそうだな」
穴掘り爺さんはそう言うとつるはしの手入れを再開する。
本名は二人とも知らないし、知る必要も無いと思っている。
「うんにゃ、超忙しよ、はいこれ見物料の握り飯」
「ふん、勝手に見ろ」
いつも通りの愛想の欠片も無い。
僕らは握り飯をじいさんに渡すと、じいさんが掘り出したであろう傍らに積まれた、がれきの山を見回した。
そしていつもと変わらない質問をするのだ。
「なあ、爺さんは何でいつも穴掘ってるの?」
「ああ?穴掘るのに理由が必要なんか、めんどくさい餓鬼どもだのう」
その視線はつるはしを眺め視線は一ミリたりとも動かない。
「だってさ、暇つぶしに一生穴掘ってるのかよ?それで一生を使い潰して満足なのかよ?」
「……カネの為だ、金脈、鉄、銅、石炭、何でもいい。何かを掘り当てるためだ」
「なんでカネが必要なの?」
「さあってなあ、訳などとうに忘れてしもうたわ」
「んで忘れるほど長い時を掘り抜いて何か金目のもんは見つけたのかい?」
背後の瓦礫の山を意地悪そうに指をさして、盗賊が鼻で笑う。
「ないな、ふん!」
穴掘り爺さんは悔しそうにつるはしを握りしめた。
「ずっと一人なの?」
「いや。昔、ずっと昔、わしが掘り始めたばかりの時は一攫千金狙って同業者達がいた。あとは『あんたと一緒だと楽しそうだ』とかいって来た馬鹿どももいた。結局、今はわし一人だ。皆、逃げて、倒れて、死んだ。何年も、そう何年も前の事だ。それだけの事だ」
「そんなに人がいなくなって、それで何のために掘るのさ」
「命の為だ」
「命って……爺さんの?生きてるじゃん」
盗賊がケラケラ笑った。
爺さんは更に嫌そうな顔をして話題を変えた。
「お前ら北の草原にある池を知っているか?」
「うん?結構それなりには。魚はいねいんだよな、あの池。俺達より年下のガキの遊び場だけどな。子どもが偶に底に飲み込まれて引きづり込まれるって噂で年寄り共は近づくなって居言ってるな、あそこがなんだよ?」
「昔のわしは只そこらの地面を掘れば金なり、宝石なりが出てくると思っておっての。北の草原をただ下へ下へ掘り返しておった」
「あの流国との国境近くの草原?草原と言うか荒地みたいな気がするけど……。あれ?良く知らないけど鉱脈って山にあるんじゃないの?あんな荒地で金が取れるの?」
「ははは!無知ゆえの蛮勇よ。おかげで大分、石に詳しくなったがな、知っているか?あの辺りは石灰岩でな、岩は固いが水に溶けやすくて洞窟が数え切れぬほどあるのだ。大分時間を無駄にしたわい、……だが、お陰で決して人の作り出せぬ『仏の御業』を見たがな」
「何?『仏の御業』って」
「あの地下には大空洞があってな、……そこにある。あれは人の手には決して作れぬ、あれを見ただけである意味、生きていた価値があったと言うものだ」
「へぇ、今度僕にも見せてくれよ」
これは僕。この爺さんは僕と盗賊の正体を知らない、僕達も穴掘り爺さんの名前も生きている意味も、何がここまで穴を掘らせるのかも。
だけど、だからこそ僕はこの爺さんとの会話が好きだ。
打算も利害も人間関係も何もない。
ただの一人の人間として話して、怒鳴りつけ、笑いあう。
そんな当たり前の会話が僕にはとても楽しい。
そしてきっと盗賊も……。
「感傷的になるなんて老人みたいだな」
続いて盗賊、そういう盗賊も中々に楽しそうだが……。
「ところが大空洞で見物の最中に大雨が流れ込んできて水かさが上がってな。そのまま溺れ死にかけたことがある。薄そうな壁をぶち破ったら鉄砲水と一緒に地上へ弾き出されて救われたが……。その水はいつも間にか池になっていまも水が湧いているそうな」
「それがさっきの草原の東の池の事?僕は生まれる前のことだから知らないけどあれ穴掘り爺さんが原因だったの?」
「ははは、騙されてるんだよ。人の力で池ができるはずがねーじゃん」
「でも、もし本当なら凄いじゃないか!大空洞と『仏の御業』か!穴掘りの爺さん!今度、今度僕にも見せてくれよな!」
そう頼む僕に、爺さん珍しくは笑顔で頷いた。




