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いい国つくろう!  作者: みのまむし
27/34

其之二十七 あの頃の僕は4

当時の僕は不良であった。

僕の父親は萌国国主であり偉大な初代であり先代萌国主の二代目として国を治めていた。

僕と年が離れ、また母も違う兄は三代目の次期国主としての才能を輝かせており、語学、算術、馬術、武道、なんでも卒なくこなし周りからはこれで萌国も安泰と皆が噂しており、また事実であった。

僕の母も、兄の母も共に流行り病にかかり既になく、親は二代目国主である父だけだった。

ある日この兄が老国の姫を娶り結婚し、子供ができた。

国中で祭りが開かれ誰もがこの国の先行きに歓喜した。

反対に語学、算術、馬術、武道と何をやっても何一つ兄に敵わない弟は……喜びとやる気で燃え上がっていた。

何か一つでも兄を越えてやろうと。

将来、兄がこの国を引き継ぐその時にせめて少しでも支えてあげられる添え木になりたいと。

無能は無能なりに人を支えられるはずだと少年は心の底から願い努力し、研鑽した。

寝る間も惜しみ、厳しい指導に耐え、眠気をこらえ歯を食いしばって邁進した。

周りの評価も、見る目も変わってきた。

兄君様には及ばないが弟君様もやるではないか、そんな話が聞こえてくるたびに僕は間違ってはいない。そう思い進み続けた。

だけど……。

だけどやはり現実は圧倒的で、差は大きく、彼が兄に勝ることなど何一つ無かった。

何一つ。そう、何一つ。

才のある兄は弟に優しかった。

君は今のままでいい、十分に僕の助けになっているしまだ若い。君が僕の年になるころには僕なんか追い越されているさ。

そういってそっと弟の頭を撫でるのだ。

心の底から慈愛に満ちた顔で。

決して兄は嫌味でやっているのでは無いとは分かっている。

自分を愛してくれている事も分かっている。

だけど……。幾度目だろうか。

ある日、いつものように、そうやって撫でられた時、ついにどうしようもなく涙が溢れた。

その涙は抑えようと努力しているのにそんな抵抗をあざ笑うかのように溢れだした。

『無能』だ。僕は『無能』だ。僕はこの人から見たら『無能』だ。

ふと頭をよぎる感情、圧倒的な劣等感、敗北感、そして屈辱。

誰も悪くないのに心の中からドス黒い感情が吹き出してくる。

その感情に気がついた時、自分が酷く醜い存在に思えた。

他人の才への嫉妬なんて無意味だと分かってはいるのにとめどない感情が溢れ溺れそうになる。

そして何かが折れた。

それはきっと大切なものだったのかも知れない。

その日以来、弟は努力が馬鹿らしくなった。

今までの努力に反発するかのようにすべてを放棄した。

毎日血のにじむまで振った木刀は立てかけられたまま蜘蛛の巣が張った。

愛読していた書の数々は部屋の隅で埃にまみれた。

町に繰り出しては酒を呑み、賭けをし、ナンパをして、ケンカに明け暮れた。

数人のゴロツキに囲まれボッコンボッコンにされ田んぼに捨てられたこともあった。

遊び半分で女の子をナンパして、遊びのつもりだったが相手が本気になり、相手の親に殺されそうになったこともあった。

自然に同い年の悪ガキが集まり一緒につるむようになった。

悪ガキでつるんで悪戯三昧の日々。

命を捨てるような危険な悪ふざけもあった。

命を無駄に賭ける遊びもやった。

どうせ僕が死んでも兄がいる。

兄が死んでもその子、僕の甥がいる。

誰も僕なんかに期待していない。

誰も僕なんか見ていない。

そんな時、父に新しい妻が来ると言う噂を聞いた。

武国国主の叔母が来ると言うのだ。

無論、まったく興味など無かった。

あの城に弟である僕の席など無い。

新しい家族などどうでもいい。

むしろ新しい家族が増えれば僕の事なんて忘れやすくなるなろう。

そう考えていた。


その日、僕と盗賊は飲み明かして千鳥足だった。


「いや~、見たかよあの時の商人の顔!傑作だったな」

「見たよ見たよ!目の前で証文燃やしてやった時のあの表情。これぞ今までの因果応報だよな!」

お互いに肩を組みながら空いた片手に酒瓶を抱えて町の裏路地を進む。

「しかし、気をつけろよ。俺たちゃあの商人の面子をつぶした。明日からしばらくは町を一人でうろつくな。夜道もな」

「あんな奴にそこまでの用心が必要なのか?」

「商人は金で動く、だけどな人間は感情で動く。奴は三流の商人だ、だからこそ人間として感情のままに俺たちに憎悪の感情で答えるかもしれない」

「ふ~ん、まぁ盗賊がそういうなら従っとくよ」


少し時間を遡るとよくある話だ。

盗賊と僕が行きつけの居酒屋の看板娘がいるのだが、僕と盗賊はいつも口説いていたのだがいつもかわされていた。

娘はある大工の青年に恋をしていたのだ。

僕らはちょいと大工の青年に話をして本心を聞き出して晴れて二人は相思相愛となった。

そこまでなら万事解決だったのだが居酒屋の店主が借金をしていたのが拙かった。

商人は借金をたてに娘を自分の後妻にしようと店主に持ちかけた。

良くある話だ。

良くある話なのだがそれが自分の目も前で起こると割り切れないのが若さなのかもしれない。

僕と盗賊は商人の家に忍び込み証文を本人の目の前で焼き払い、娘を大工の青年に引き渡した。

腕は確かだからどの国でも食っていけるだろう。

そんな日の夜だ。

いつも通りの夜。

ふと月を見上げていたら盗賊に話を振られた。


「そ~言えば、見慣れない女が店で待ってたけどお前の女か?」

「あ~、新しいお目付け役かな」

「そりゃあ大変だ……今も見張られてる。ありゃ結構腕が立つんじゃないか」


そのお目付け役は僕たちから一定の距離を取りながら後をついて来た。

まるで影のようにひっそりと。

いつか拾った小娘は人知れず副官として僕の影となり一定の距離から付いて来ていた。


「さてそろそろ今晩はお開きにするか」


そう言った時、盗賊の顔が豹変した。


「なんだ?小便か」


なんて言いながら僕は気が付いていない『ふり』をした。

囲まれている。夜の町の片隅で十数人が道の前後に分かれて息を殺している。


「何物だ」


盗賊がドスを聞かせる。


「うひひ、通りすがりのチンケな子悪党でさぁ」


いいながら正面から提灯の火が灯される。

痩せた小男で前歯が二本とも欠けているのが印象的だった。

髪は短く刈り坊主頭だ。


「追剥か、俺たちは腕もそこそこ立つ。小銭目当てに命張るほど馬鹿じゃないだろう?今なら見逃してやる」

「うひひ、知っておりますとも。二人とも飲み屋では名の通った有名人だ。金払いもいいし、女受けもなかなかだ」

「そこまで知って命を捨てるか」


僕たちは腰の刀に手をやる。


「うひ、お二人ともお若いので解らないでしょうが、世の中には子どもの悪戯や火遊びなんて昔からよく言います。けどねぇ超えてはならぬ一線は確かにあるんでさぁ」


瞬間、提灯の火が消えた。

前後の人影が一斉に動く。

しまったこいつら喋っていた男以外目をつぶっていたのか。

提灯の光に目が慣れた僕と盗賊に夜の闇が目を覆う。


「やばいぞ!走れ!」


盗賊の声が聞こえ、僕は『無視』する。

目の前の男が頭ならここで斬れば残りは逃亡するだろう。

僕は男の元居た位置に斬りつける。

と盗賊も同じ考えだったのかすぐ横で気配がする。


「うひょ、流石流石。けどまだまだ餓鬼のお遊戯でさ」


瞬間、男の木刀が僕の手首を強打し刀が手から零れ落ちる。

刀を拾おうとした手を踏みつけられそのまま右肩にもう一撃を貰い、肩の骨の砕ける音と僕の悲鳴が混じり夜の町に木霊する。

その隙に盗賊は僕に向かう男を背後から斬りつける。

が解っていたとばかりに振り向きざまに足を払われ背から倒れこむ。そして男は一瞬で距離を詰めその右足で倒れた盗賊の頭を踏み抜いた。

ぐちゃ、と嫌な音が僕の耳まで届いた。

僕と盗賊がこんな一方的に敗北するなんて考えたことも無かった。

僕は折れた肩を抑え立とうともがいたが残りの男たちに木刀で滅多打ちにされ意識が途絶えた。






「じいさん!軍務の爺さん!」


私は城の一室に大慌てで駆け込んだ。

室内には軍務大臣のじいさんともう一人見慣れない綺麗な女性がいた。


「武器を貸してくれ!脇差でも短刀でもいい。駄目なら私に武器蔵出入りの許可をくれ!」

「いかかがした?」

「それが……」


事の顛末を聞いていくうちに軍務大臣のじいさん表情が曇る。


「してお主は?」

「逃げた。だから今、じいさんと話している。……念のために言っとくと私に武器があれば私も加勢した、本当だ!でも私はあんたに武器を取られちまってる。返してくれるか何か貸してくれれば今すぐあいつを取り戻してくる!」

「ほぅ、よう言うた!貸してやる。何処に連れられたか覚えておるな?」


聞きながら爺さんは脇差を腰から抜いて私に手渡した。

かなりの業物と見ていたのでびっくりして、『こんな上物はいらない』と言った。


「たわけ!若様を救うのに最高の武装を持たんで如何する。戦いは武器のみでするものではないが強大な敵を前に手に入りうる最良の武装を揃えるのは大前提じゃ」


確かに折れやすい刀よりは折れにくい刀の方が有利だろうし無言で頷くと腰に差した。


「じゃあ、行ってくる。ありがとな!」


部屋から駆け出そうとする私を慌てて引き止める。


「待て待て、わしも行くわい。ついで城に居るわしの手勢も動かす。馬は乗れるか?」


首を横にふる私。

過去、傭兵達は馬の手入れはさせたが私を馬に乗せようとはしなかった。

逃亡を恐れたのかもしれない。


「……今度手ほどきをしてやる。わしと共に乗れ、行くぞ!」

そう叫んだ軍務大臣じいさんはを今度はもう一人の女性が引き止める。

「軍務大臣殿。誰か忘れてはいませんか?」

「はっ?」

「私も行きますよ」

「いやしかし……」

このじいさんが口ごもるなんてめったに見れないから少し驚いた。


「ふふ、武国の姫が只の女であるわけはないでしょう。あなたより私は腕が立ちますよ」


そう言って女性は奥から薙刀を持ちあげ物騒に微笑んだ。

その微笑みが凄く綺麗だったので、私は同性なのに一瞬見とれた。






僕と盗賊はとある納屋の一室に吊るされていた。

縄が手首に食い込み、右肩が砕けた痛みで気絶しそうだった。

そして僕の左腕に巻かれた包帯は取られていた。

生まれた時からこの醜い左腕を人前にさらしたことは無い、その僕の腕がなすすべもなく見られているのが何よりの屈辱だった。

隣に吊るされた盗賊は顔面は鼻が潰され顔面血だらけだった。

ぎょろりと盗賊の目が動いて僕と目があった、盗賊はニヤケた笑みを浮かべたが僕の左腕を見て表情が一瞬固まったがまた笑みを取り戻した。


「うひひ、お二方共目が覚めましたかい」

「ああ、最悪の目覚めだ」


盗賊は喋りにくそうなので僕が代わりに答える。


「ひひ、そいつは残念。すぐにもっと最悪になりますよ。あんたらここで拷問されて死にますんで」

「ああ、それは残念。しかし死ぬ理由ぐらいは知りたいな」


横目で見ると盗賊も頷く。


「いいでしょう。あんたらが脅した商人がウチの頭に泣きついたんでさ。唸るほどの大金を積んでね。あっしらだって人間だ、食わなくては生きていけない。だからあんたらは商人の名誉とあっしらの飯の為に死ぬ。おわかりで?」

「ふむ、あの商人。本当に引き時の分からない大馬鹿だったか……」


そう言うと盗賊が吹きだして苦笑した。


「うひひ、あっしもそう思いやす。でもね……」


男は盗賊に近づいてその左手小指をへし折った。

辺りに盗賊の絶叫が響いた。


「これは仕事なんでさ……手抜きはしやせん」

「ふん、僕もそいつも碌な生活していない半端者さ。死んでも悲しむ奴はいない。まぁ今までの行いからしたら当然の結果か」

「ありゃ、悲しいお方だ。にしても……」


男が僕の左腕をしげしげと眺める。

気絶させられた間に手甲は外され、僕は滅多に人目にさらさない腕をまじまじと観察され内心、恥辱に震えていた。


「あんた、『妖国』の出身ですかい?左腕がまるで木炭みたいに黒ずんで人の腕の形をしている何かみたいだ……おまけに」


甲高い金属音がして男の小刀が僕の左手甲に突き刺さるが刃は……通らなかった。


「鉄板でも仕込んでいるですかい?その腕、見れば見るほど『気持ち悪い』見世物さね」

「あまり見るな ……。恥ずかしいじゃないか」

「まさか全身刃が通らないわけじゃないので?」

と呟いたと思ったら左肩に激痛が走った。


「う~ん、刃が通らないのは左腕だけのご様子だ」


肩から滴る血を見ながら男は興味深げに刀を捻った。

必死に悲鳴をかみ殺すが視界は涙でぼやける。

そんな僕をこいつは楽しそうに眺めていた。


「あんたの腕なんなんですかい?」

「……生まれた時からこんなのだ。偶に僕や周りの人間を殺そうと暴れる事がある。あまり触らない方がいい」

「へ……へへ、腕が勝手に動くとおっしゃるんで?そいつは面白い、肩から切り取ったら勝手に暴れ出すんですかい?こりゃ傑作だ」

「本当にやめてておけ。この腕何かが憑いているのは間違いない」

と言うとしたところで顔面に一発殴られた。

「黙っておくんなさい。今のこぎり持ってきますんで……」

と今度は男の声が止まる。


「あんた今あっしが刺した肩の傷、何をしました?」


男が目を剥いて肩を見た。僕もつられて見ると出血が止まり始めている。

脳内麻薬だろうか?僕の痛みも引き始めている。

男は物の怪でも見るような目で僕を見直す。


「……あんた、妖国の化物に違いねぇ。あの国の人間は人であり人で無いというがこういう意味だったんのですかい」

「僕はこの国の生まれだ……」

「嘘でしょう、あんたが人間の腹から生まれるわけがねぇ」

「僕の父と母は人間だ!」

「ならあんた……『実の親子じゃない』のでは?」


僕は驚いた、まさかとは思ったが……いや、この男の妄想だ。


「けへへ。まぁあんたのご両親が何者だろうと些細な事です。そろそろあんたはこの世から三途の川を渡るんですから」


男は刀を僕の心臓へ狙いを定めた。

腕に力を入れて見たが両腕とも重症の為、鈍痛が走るだけだった。


「何か、最後にありますかい?遺言くらいは聞きやすぜ?」

「別に……。いや、一つある」


男が無言で先を促した。


「父上が結婚なさるのだ。『新しい女とお幸せに』と伝えておいてくれ」

「……確かに」


男は一礼すると狙いを定めた刀に力を込め僕の心臓を貫く。

僕の瞳から光が消え、数日後路上に放置された僕の腐敗し始めた遺体を野犬が食い散らかして僕の存在は消える。

……はずだったのだが、胸の痛みの代わりに小屋の外から絶叫と呼ぶにふさわしい悲鳴が聞こえてきた、同時に男が転がり込んでくる。


「兄貴!侍が、侍と隣山の盗賊達が攻めてきやがった。あああ、あいつら完全武装で俺達を殺す気だ!見張りの『矢八』が殺された!」


矢継ぎ早に報告をする為に駆けこんできた男を一別して男は僕らを見た。


「うひひ、あんたら愛されてるじゃねぇですか」


瞬間小屋の扉を誰かが踏み抜き、ドガンと転がった。

四人の人間が足早に踏み込んだ。

一人は軍務大臣のじいちゃんだ。

武装し鎧を装着し僕と目が合うと安堵の溜息を洩らした。

隣りにいた副官はじいちゃんの背後からいつでも飛び出せるように室内を警戒していた。


だけど残りの二人は知らない人間だった。

一人は無精ひげを蓄えた逞しい男、そして最後には見目麗しい女性が薙刀を構えながら押し入ってきた。


「若!御無事か!」


じいちゃんが叫んだが僕は返事をする元気もないので軽く頷いた。

見知らぬひげの逞しい男は盗賊に駆け寄ると首の脈を確かめて安堵した。

盗賊の関係者だったらしい。

……こいつにも僕には語れぬ秘密の一つもあるんだろう。

それが少し悲しくもあった。


「うひひ、あんたらウチらみたいなちんけな組に何の御用ですかい?」

「あなたが此処の大将ですか?我らはその二人を引き取りに来た次第です。その二人が何をしたかは知りませんが既にそれなりの『代償』は支払ったでしょう?ここは素直にお渡しなさいな」


じいちゃんの隣にいた女性が凛として良く通る声で語りかける。


「ひひ、別嬪のねぇさん。そうはいかねぇよ、あっしらはこの二人を犬の餌にしなくちゃなんねぇ……」


男は舐めるような視線で綺麗な女性を見た。

女性は怯みもせず睨み返す。


「と言いたいんだが……命あっての物だねだ。この二人返したらここは逃がしてくれますかい?」

「今なら。後、十を数える間に返しなさい。でなければあなたを犬の餌にします」


そう言って女性は数を数え始めた。


「うひひひ・・ひひ。あんた本当に女ですかい?帰ります、帰りますともさ……野郎ども引き上げだ」


腕を拘束していた縄が解かれ、僕は足に体重がかかる。

僕はいつものように体を支えようとして、それが出来ずに崩れ落ちた。

副官が慌て僕の所へ駆けつけて来たが一歩早く先程の綺麗な女性が、血に汚れた僕の顔を優しく拭ってくれた。

まじかに見るその顔は先ほど遠目に見たその顔より一層魅力的に見えた。


「あんた……美人だな。どうだ、僕と結婚しないか」


本気だった。心の底から本気だった。

その時僕は許婚の流国姫の事なんて心の片隅にもなかった。

これが一目ぼれというモノなんだろう。

女性は少し驚いたがまたすぐに微笑むと僕の頬を優しく抓った。


「母を口説く子が何処の世界におりますか」


僕の新たな恋は速攻で散った。

何故だが泣きたくなった。






助けられて傷も癒えたころ、淡々とこの新しい母に説教をされた。

やれ付き合う友人は選べだの、やれ敵の強さも知らずに挑むものがおりますかだの、やるなら私も強奪に付き合ったので相談なさいだの無茶苦茶言われた。

僕も初めは助けてもらった負い目もあって、黙って聞いていたがあまりの説教の長さに堪忍袋が切れた。


「うるせぇばばぁ!偶々助けたからっていきがるなよ、僕より弱いくせに!」


後は罵詈雑言の醜い言い合いだ。


「ほほほ……、私が『弱い』と言うのですか?」


笑顔だが青筋浮かんでいる。


「ああ!所詮は女、僕に勝てるわけはない!」

「ほほほぉ!良いでしょう。道場へ行きなさい、私も着替えてすぐに行きます」

「……本気か?」

「もちろん!まさか『女相手に本気が出せない』などど言わないでしょうね?」


言ってこの女は着替える為に奥へ入った。

帯をほどく音が衾越しに聞こえた。

僕は黙って服の衣擦れの音を聞いていた。

何故だかひどくもどかしい。

そして襖が開き、道着を着た彼女を僕はしばし見とれた。


「さぁ道場へ参りましょう!」


快活明朗に語る女の後を僕は無言でついて行った。

道場に掛けられた多くの武具から、刃の部分が木製の薙刀を構えると僕も対峙するように木刀を構えた、右肩が折れているから左手一本で小ぶりな木刀を選び、構えた。


「約束なさい。私が勝ったらお父上様を支えて差し上げると」

「もし僕が勝ったら……父上との婚姻を止めろ。できるか?」


この新たに母になる女は驚いたようだった。

『私を母とは認められませんか?』そう聞いて来た。僕は『是』と肯定した。

僕は父上とのこの女の婚姻を破談にしてどうしたかったのか今ではよく覚えていない。

当時は深く考えていなかったとは思う。

しかし……破談になればこの女が僕の妻となる機会ができるのでは、そんな愚かな事を考えたのだろう。


「わかりました……。それで試合ましょう」


女の声が、僕らだけの道場に響いた。

僕は雄叫びを上げ、持てるすべての力を出して挑んだ。

女も応じるように一言吠えた。

結果は……数日後大々的な婚礼式が開かれ僕の父親に新しい妻ができた。

僕に血の繋がらぬ義母ができた。


その日、僕の酒の量が増えたのは言うまでもない。


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