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いい国つくろう!  作者: みのまむし
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其之二十五 族国酋長と商国を率いる少女

「無意味な会議だったな」


部屋から出た僕を族国酋長に声をかけられた。


「しかし、これだけの有象無象を集めるのは大変だっただろう。ご苦労だったな」

「族国殿……。意味ならあったではないですか、連合の方針が定まりました。」

「ははぁ!あれは何も決まってないと言うのだ!一見方針が決まったように見えるが実際は『戦いたい奴は準備しろ』と言っただけだ。最低の結果だ」


腰の酒を一息あおった。

僕にも進めてくれたので一口貰った。

きつい酒だ。

喉を焼く辛味がなんとも言えない安心感を湧かせ、腹が熱くなる。


「しかし……」

「ああ、武国国主も他に纏めようが無かったのだろうな。昔の武国なら連合を力で従わせることもしただろうが……。今の武国は帝国との小競り合いで大分疲弊して兵も死んでいるからな。かつての力はないか」


少し残念そうに族国酋長はそう呟いた。


「帝国と戦うにしても帝国は強いぞ。特に帝国の騎兵はな。連合の馬とはそもそも作りから違う。

連合の地方の馬は小柄でロバに毛が生えたような大きさだが、帝国の馬はまさに走るために生れて来たような生き物だ。

それに人を乗せて走るのだ、その集団と化した進軍速度と突破力は恐るべきものだ」

「族国酋長がそこまで褒めるのは珍しいですね……」

「気に入らんものは気に入らんと言うし、強い者には強いという。それだけだ」

「……では連合の馬は役に立たないと?」

「戦場ではな、帝国の馬は足が長いし見た所不安定だろう。山や崖などの悪地形の荷物運びには連合の馬の方が断然役に立つはずだ」

「……率直に聞きます、帝国に勝つにはどうすれば?」

「兵力差もだが、騎兵をなんとかせにゃ勝てんよ。草原の多い帝国より山、森の多い萌国で戦うならば可能性が少しはあるか……、逆に奴らを馬から下ろして単純に人対人の斬り合いの戦いなら武国の武装集団に勝てるやつらなどこの世におらんさ。そこまで持っていけば後は数の勝負に持ち込める」

「結局はそこですか」

「お前さんは一人で百人と斬り合って勝てるかね?」

「無理です、百人どころか三人でも厳しいですよ」

「そうだろう、しかもその百人は馬と言う武器を持ってお前さんが走るよりはるかに速く襲ってくる。お前さんが走って走って疲れた所に馬のお蔭でほとんど疲労の無い百人に襲われるのさ。

それよりはお前さんが走って逃げた時、追いかけてきた百人も肩で息をして疲労していた方がまだ勝率もあるといものさ。

勝つにはまず数の対策、そして馬の対策。そこまでやってようやく五分かやや旗色が悪いという所までもち込めるかな」


『やはり帝国には勝てませんか……』しばらくの間の後、僕は溜息をついた。


「いや、そうでもないぞ。萌国国主よ。本当に勝ちたいなら必勝の策があるぞ」

その言葉に僕は息を止めた。そんな方法があるならなぜ先の場で発言しなかったのだと僕は目で問うた。


「不可能だからだ。絶対条件が二つ必要なのだ」

「是非ともお聞かせ願えますか。正直藁にもすがりたい気持ちなのです」


腰の酒をひとくち煽るとああ、と酒臭い返事を聞いた。


「さてさて、お前さん、連合はまとまっていると思うか?」

「ええ、もちろんです。現に連合内で連合所属同士の大規模な戦はここ数十年起こっていません」

「……ふむ、いいだろう。帝国は今回兵士一万、雑兵一万の計二万を使い攻め込んできた。それに対し流国は侍衆500、志願した民を足軽にして1500をかき集め2000にしてこの有様だ。流国亡き後、連合の総力をどう見る?」

「旧帝国の来襲時は『連合十万蛮族一蹴セリ』とおとぎ話で聞きますが……」


それでは合格点をくれないだろうから続ける。


「武国が侍3000、足軽3000。

老国が侍1500、足軽2000。

族国が騎兵2000、傭兵3000。

商国が農奴兵2000。

若国が侍1500、足軽2000。

最後に宗、共国はそれぞれ1000づつ……出せるかどうか。

それに我が萌国で2000を足して……2万越えですね。」


「うむ。まぁそんな所だ。しかし防衛戦以外でこれらの戦力が集結することはない。わかるな?」

「はい、侍衆は兵であると同時に治安を守り、法を執行する機能もあります。空にしては国が止まります。そして『何かしらの事態』に城が丸裸で放置されることになります」

「そう『何かしらの事態』だ。連合は寄合小国の集まりであり、一つの国ではない。そこが良くも悪くもある。一つの国が優れた政治を行えば真似てきた。悪政を働けばその国は切り捨てて排斥してもその国の特産品が値上がりするだけですむ」

「かつての宗、共国ですね」

「うむ。なれば連合は敵を削りながら国を捨て、東へ東へ全軍を動かせばいい。当然食料は持って手に余る部分は焼き討ちしてな。帝国の奴らは米ではなく、小麦を食うそうだがそう簡単に水田を田畑に転用できん。さらに田畑に塩をまけば奴らはそう簡単に耕作をできんであろう」

「……連合全体を戦場と見立てるのですね」

「そうだ。奴らを東端の商国の国境ギリギリまでおびき寄せる。そこで先の二万で決戦を仕掛ける。帝国もそのまま増援がなければ二万、いや切り取った諸国に兵を分散しているから1万余りに減っているだろう。連合が東への撤退戦の過程でうまく削れていればもっと楽になる」

「しかし帝国は増援を送るでしょう?」

「帝国の総兵力は10余万と言われているが、やはり全軍は空にはできん。仮に半分の五万の増援が来たら決戦ではなく防衛に切り替えればいい。半年もすれば奴らの補給が悲鳴を上げて撤退するだろう」

「難しいですね」


僕は即座に否定した。


「ああ、まず東端に位置する商国以外の国が一度、国を捨てなくてはならない。捨てた各国は商国が最後まで裏切らず、食料、矢玉の提供を前提に計画を立てている。まして商国もそうだ、同じ連合とはいえ『他国』の全軍を国に入れるのだぞ。それらが自分に向かって来たとき防ぐ戦力は商国にはない。これでは誰もが疑心暗鬼になるだろう」


「二点目は?」

「民だ。おぬしも流国の難民を見たのであろうが?自分たちの田畑を守らぬ侍に、国主に誰が従う?その恨みは帝国に向けばまだよいが、風向き次第で簡単にこちらに向く。その時は民と戦う事になるだろう、その時点で泥沼だな。さっきの『東に撤退して……』とは兵とその兵糧のみを考えている。兵の為に食料を民から徴発し、見捨てて東へ逃げる侍を誰が崇えよう。誰が敬おう」


その通りだ。


これは敵である『帝国を倒す』。


ただそれだけの手段だ。

その結果、帝国と連合すべてが荒廃する。


「しかし……一考の余地があります。武国国主様へ伝えましょうか」

「やめておけ。これぐらいあの小賢しい武国国主なら気づいておる。そしてやはり言わなかったのだ。だからこその二つの条件なのだ。連合が一枚岩であること。民に憎まれる覚悟、もしく民が裏切らぬ自信があること」


それを聞いて僕は先日の流国姫様の町での出来事を思い出した。

手に鍬ではなく石を持った民たちを。

僕が黙っていると、族国酋長は『戦場で会おう』と言って去って行った。

僕の周りにはしばらく酒の匂いが残っていた。

心なしかひろよいの気分で脳内に電流を走らせ思考を巡らせる。


『商国』か……。

僕は先程の族国酋長の話を反芻していた。

特に戦力としては当てにしていない国だったがあの経済力による支援は帝国と戦うのに必須だ。

いい機会だし話を聞いてみよう。

ここで選択肢だ。

誰に話かけよう?

神経質そうな眉間に皺よってる目つきの悪い、第一商会長

脂肪たっぷりで汗かきのおっさん、第二商会長

浅黒い背の低いむっちむち筋肉溢れる、第三商会長

可愛い少女のくせに目の隈がすべてを台無しにしている、第四商会長


「2……、いや4かな」



そう答えを出した。

判断基準は話しやすさだ。生意気そうな少女とはいえほぼ初対面である。年下の少女の方が話しやすいだろう。

さっそく城内を探すと空いた一室で本を開いてしゃぶりつくすように読み込んでいる少女を発見した。

『第四商会長殿』と声をかけ、僕は正面に腰を下ろすと『話をしないか?』と語りかける。

第四商会長は一瞬だけ視線を本からこちらへ向けると、『読みながらで良ければかまわぬがの』と返答だった。


「他の商会長はどうした?」

「帰国の為の雑務は男どもに任せているからの。今は帰り支度に大忙しだろうの」


『別にどうでもいい』とぶっきらぼうだった。もう少し愛想があっても良いじゃないかと思ったがそんな事は覚悟の上だ。

「戦とは別に頼みがある、来る途中に流国の難民達の『吹き溜まり』を見たか?なんとかしてやりたいのだが兵糧も金も足りない。援助してくれる気はないか?」

「無い」


即断だった。

何の躊躇もない。


「……同じ連合の民として慈悲は無いのかい」

「無い」


……先ほどと同じだった。


「お主こそなんであんな難民なぞ気にする。やがて飢えて消えるではないか、イナゴと同じだの田畑を持たぬ農民なんぞ恵めば恵んだだけ喰って、それでも最後には飢えて死ぬのだの」

「だから今、急ぎで田畑を切り開かせてる。その間の繋ぎでいいんだよ」

「知らぬわけではないだろう、田畑は土づくりに三年かかる。それまでは碌なものは取れん、その間ずっと施せと?」

「……そうだ、無論他の国ににも打診する。商国だけに依頼するのではないよ」

「再度言う、『断る』。誤解の無いように言っておくが奴らが働くというのなら商国へ連れ帰ってこき使ってもいい、仕事に応じた給金と飯をやっても良い。だがただ恵むのは駄目だの、この場合の恵む意味は奴らの寿命が少し伸びる。その為に商国は身銭を切り備蓄が減る、とても三年は施し続けられないからだの。三年持たんのなら今、施さんでも二年と十一か月施そうと同じ事。意味が無いの」


「……意味はなんとなく理解できている。でも納得はできないな」

「若き国主よ、お主のするべき事は施す事ではない。あの難民どもに仕事をやりその対価として飯を食わせる事だ。仕事にあぶれたものは死ぬしかない、流国が落ちた今連合の食料事情は大きく変わった。流国の国土が無い今、残された連合諸国で流国民を食わせられん。先も言ったが既存の田畑の生産性を最大にして大急ぎで田畑を切り開かせてももはや食えぬ者が出る。そしてそれは弱きもの……流国難民であるべきだの。間違っても施す萌国や商国であるはずは無い。お主はそれが判らぬほど愚かかの?」


当然の正論だが見た目がガキに言われるとすんごく腹立つから不思議だ。

しかし僕の思考は別の所に飛んでいた。


「これはもしかして帝国の……」

「だろうの、我が商国は農奴を商いするが基本的に連合は人の売買をせぬ。しかし帝国は違う、帝国にとって獲得地の民は『戦利品』であり『商品』であり『奴隷』であり『大切な労働力』なのだの。その帝国がこうも簡単に流国の民が多数、脱出するのを見逃した。これは如何と考える?」

「民の脱出が早くて捕まえられなかったのかも」

「大甘じゃの」


第四商会長は楽しそうに本を閉じた。

ニヤニヤと僕との視線を交わらせながら、他人を小馬鹿にするような。


「帝国は連合に攻めてくるの、このままでは必ずの。民を『ワザと』逃がしたのは連合の国力を削ぐためだの。我らが兵糧をばら撒き備蓄の兵糧を減らし戦のできる侍の飯を難民に配る。難民という労働力もしくは徴兵し足軽とした所で大した戦力にならぬと高をくくっておるのさの」

「……なぜそれを会議で言わなかった?」

「言ってどうなる?お優しい国主様達は『同じ連合の民を切り捨てられない』とかあの姫様は『我が民を見捨てないで』とかになって話は進まぬしの」


この少女は心底他者を見下した目をして笑った。

見ていて気持ちの良い笑いでは無かったので僕は気分が悪くなった。


「戦をする前に人質を、『義母』とあの『流国姫』を出す気になったら我らを頼れ。我らは交渉役としていつでも待っておるのでの」


その声のあまりの無機質で感情を感じさせないその言葉に、僕は目の前の少女の中にうすら寒い者が潜んでいるような気がして全身が泡立つ。

逃げ出すように席を立った僕の背中に視線を未だに感じる。


化け物め。


商国の商会長はこんな奴らばっかりなのだろうか。

そう考えると何故だか震えと鳥肌が止まらなかった。


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