其之十八 酒と財布
「あっはっは、お前にこういう趣味があったとはしらなかった」
盗賊が僕の横でゲラゲラ大笑いしている。
孤児の姉と弟の二人は出された握り飯に飛びついた。
それを僕は苦々しく、個人副官は微笑みながら見ている、そして……
「なに?なに?なんなの?お前母親にしか興味の無いマザコンだと思ってたけど、こういう年下の子も守備範囲なの?しかもなに?片方男の子?お前、マザコンでロリコンでその上で両刀のショタコン?人の趣味にとやかく言うつもりはないけど、なにこの色物ここに極まれりの展開~」
盗賊は爆笑しながら僕と孤児達を見比べている。
「うっさい、笑い飛ばすだけなら黙っていろ」
僕は鬱陶しそうに邪見に睨む。
場所は先ほどの居酒屋に出戻りだ。副官が二人を連れてきたが、まずは『店主に貰った林檎だけでは』と軽い飯を食わせようとこの店に戻ることにしたのだ。
結果、他のむさ苦しい大人たちは帰ったのに一人だけまだ飲んでいた盗賊と鉢合わせして今に至る。
「しかしなんだ、盗賊?お前も一人でまだ飲んでるなんてな?お前は敵の多い商売していたと思ったけど」
「誰かさんほど因果な商売じゃね~よ。俺は自分の命ぐらい守れるしな、お守なんて口うるさいだけだろ」
盗賊は酒臭い息を吐きながら、『けけけ』と独特の笑いをした。
「んでこの餓鬼どもは飼うのか?他国へ商品として流すなら手貸すぞ」
「……お優しい僕のおもり様が養うのだと。決定権はそこのゴツイ大女に言ってくれ」
離れた席で子供二人と猫一匹が飯にがっつく姿をニコニコ眺めていた副官は、『陰口は聞こえないようにいいなさい!』と詰め寄ってきた。
「盗賊!お前もいい加減そんな商売はやめなさい、仮にも50人の男共の長なのでしょう?」
「だからこそさ、俺はそいつら食わさなくちゃならねぇ。俺を信じて付いてきてくれてるゴロツキ共だ、裏切るわけにはいかねぇしな。まして女なんかに多少説教されたからって簡単に男が職を変えられるか」
「私はその『女なんか』ってのが気に入らないんだけど。男どもはいつもそれだ!」
「男は外に出て働き食い扶持を得る、女は家と守り子を育てる。それはこの世の節理だと思っていたがねぇ?まぁお前みたいな大女で、髪を捨てた女は女ではないか、尼様の分類になるのか」
「まぁ否定はしない。私は女の幸せなんて期待していない。それは私が族国で生まれて物心ついた時に理解してる。私は女であるが戦人でありたいの、私が族国で唯一感謝しているのはあの国は男も女も共に戦うことが認められていることだ。あの国は女であれ男であれ強く戦い続けるものが崇められる。この国のように女を家の中に閉じ込めたりはしない」
「ものは言いようだな、男どもは命がけで食い扶持稼いで女を守っているのだぜ?女が戦場に出ないで済むことは男どもが命を賭ける結果だとなぜ思えねぇかね?」
「盗賊、お前はすべての女が男に守ってもらえなければ生きられないか弱い存在だと思うなよ?女は女で戦える、確かに力は男に及びにくいかもしれんが鍛えれば男と遜色ないぐらいまではたどり着ける。女の知恵が男より劣るとなぜ言える?」
言いながら副官は視線を孤児たちに向けた。腹が一杯になったのだろう、二人はより添ってうたた寝を始めていた。
横には猫も付き合いで丸くなって、みんな一塊になっている。
『店の親父さんにかけ布団借りてきます』、そう言って副官は席を外した。
「久々に会ったってのに、相変わらず気が強いな、族国の女は皆ああなのかね?」
「普通は傍に置かないだろうな。しかし僕はそこが気に入っている、あいつは僕の命令に従うがそれが道理に合わない場合は必ずさっきみたいな言い合いになる。あいつは遠慮しないし、あいつの諫言を聞く事により僕にも思考の幅が生まれる。そして僕がどんな理不尽な決定を下しても、副官は最終的には僕について来てくれるしな」
「……えらく買うじゃねーか」
「お前と同じく僕の子供時代を知ってるからな、腐れ縁もこの年までくれば簡単には捨てたく無くなる」
「腐れ縁ねー、俺には理解できんな。この世には義理も人情も貸し借りもねーよ。あるのはただ生きることに精一杯な小汚い人間が星の数多いるだけさ」
「その小汚い代表のお前は何の為なら動くんだ?」
「んー、当座は『金』かな」
「『金』ね、まぁ盗賊ならそう言うか」
言いながら僕は懐から財布を取り出す。
とりあえず今の有り金全部だ。
「今日は驕ってやる。お前の商売の祝いだ」
「ん……、俺は俗物だから断らねーよ。貰っとく」
「ああ、その代りって言ったらなんだが……」
一旦僕は言葉を区切った。
この男は信頼できる男かとも思ったがそもそも僕はこの世で信用している人間は一人しかいない。
「義理も人情も貸し借りも通じないお前には無意味かもしれないが、もし盗賊の手を借りる必要が出たとき、これを手付の代わりに話を聞いてくれ」
「けけけ、高そうな手付だな。
……いいぜ俺は『盗賊』。恩を踏み倒すなんざ、日常茶飯事だ、それでもいいと思うならここは驕らせてやる」
盗賊は財布を引っ掴むと酔った足取りで店を出る。
店の入り口を開けるとき、盗賊が『帝国はつえーよ、マジにな……』と呟いたのを僕は聞こえない振りをした。