表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いい国つくろう!  作者: みのまむし
17/34

其之十七 あの頃の僕は2

雨が降っていた。


食べ物もなく、傭兵団もなくなった。

愛すべきガキ共の姿も見えない。

足が重い。

体が重い。

雨の中をどれだけ走り抜いただろう。

体は寒さに震え頭は不調を訴え鳴り響いている。

昔から夢も、希望も何もなくただただ生きて来た。

辺りには野犬が禿鷹のようにうろついている。

ここで朽ちても野犬が太るだけか……。

お笑いだ、これが私の過ごしてきた生の最後か。


ふと、泥水に塗れた泥濘に足をとられ、無様に倒れこんだ。

逃げなければならない。

そう思ったが体は私の命令に答えない。

疲労か?空腹か?それとも病か?

あるいはすべてかも知れない。

この『族国』ではそのすべてが溢れているのだから。


族国は『血』を売り歩き、『血』で生きる国だ。

もちろん、本当に血を売るわけじゃない。

売るのは血の詰まった皮袋……人間だ。


この族国があるこの土地は何も生まない。

何も育まない。

あるのは痩せた土地にしがみ付くだけの戦いに狂った人間たちだけ。

だから男も女も武器を持てる年になったら縁のある傭兵団に所属する。


そして、主に帝国との、稀に連合による小競り合いに、最後に族国の傭兵同士で殺し合い金を稼ぐ。

族国の国主は族国傭兵の中で、最大の傭兵団の長であり、族国の傭兵団を束ねる者の事。

そんな国だ。

そんな国が私が生まれた国。

金の為に戦して、焼いて、奪って、殺して、殺される。

そんな景色がこの国の風景だ。

一応、良い事もある。

女の私が堂々と戦える事だ。

男尊女卑の連合において、女の価値は家の中での家事の善し悪しで決まる。

だけど、族国は違う。

戦えれば認められる。

強ければ敬われる。

勝てば富を得られる。

たとえそれが女であろうと。


だから、族国は連合国の中で『血に飢えた野盗まがいのゴロツキ達』という視線を受けながらも、族国の傭兵団を大金を積んで雇うのだ。

大小数ある傭兵団で、女が率い名声を得ている傭兵団も両手で数え切れないほどある。

族国で必要なのは強さ、賢さ、そして生きる事と金への執着。


そんな族国に私は生まれた……らしい。

らしいと言うのは物心ついた時、私の隣にあったのは親の愛情でも、優しい子守唄でも無かったからだ。

ガキの私に辛うじて扱える細身の短剣共に寝ている痩せたガキ。

それが私が覚えている一番古い記憶だ。

大した名すらない弱小傭兵団で私の意識は始まった。


そいつら、傭兵団に連れられ多くの戦場を旅した。

飯炊き、武器の手入れ、馬の世話。ガキの私に押し付ける雑用なんて山程あった。

私と同じ境遇の身よりのない奴らもいたし、連合内の小競り合いでこの傭兵団に捕えられた奴らもいた。

そんな奴らと、雑用を分担しながら、大人に交じって戦場を巡る。

そんな日々を過ごしながら、私は少しづつ成長して行った。


そして戦を重ねるごとに顔ぶれを変える傭兵達と同じく、私達ガキ共も偶に負け戦に巻き込まれて消えてゆく。


……交流のあった傭兵達の、雑用しているガキどもの顔ぶれが毎月のように入れ替わっていく。


明日は私の番かもしれない。

そう考える度に布団代わりのボロの中で恐怖と共に涙した。


生きたい。


それだけ考えて淡く細い希望を抱きながら日々を生き延びる。

共に寝起きをし、日の出前から夜更けまで雑用にこき使われる毎日。

戦場を転々とするうちに、私の体はあの重かった短剣も何とか振れるようになってきた。

そんな頃の私の日課はひたすらに見続けた。


傭兵たちの武器を見る、消耗、摩耗具合を見る、訓練を見る、戦場での戦いを見る。

生き延びている古株の傭兵の動きを見る。

生き汚い団長の処世術を見る。

時間が空くと、寝る前に見た事を再度なぞる様に剣を振り続けた。


死にたくなかった。

生きたかった。


いつか迫り来る『死』に対抗する為に少しでも強くなりたかった。

只々『死』が恐ろしかったのだ。

それはどんな形で迫り来るのだろう。


野盗で?病で?戦場で?剣で?弓で?騎兵で?帝国で?毒で?人で?はたまた人外の姿で?


私は怯えながら、しかし黙々と『死』に打ち勝つために傭兵たちの戦いを見、剣を振り続け過ごした。


傭兵達もわざわざ教えてくれる親切な奴なんていない。

強い奴は生きる、弱い奴は死ぬ。

そんな奴らに囲まれて私の少女時代は過ぎて行った。


そんな日々を過ごしていると、いつしかガキ共の中で私も古株になっており、自分より年下のガキ共の面倒を嫌々ながら見させられてた。

もう少しすれば私も雑用から傭兵団の一員として、戦で槍働きを求められ、生き延びるごとに纏まった金を貰える。


金があれば『死』から逃れられるのだろうか?

そんな事を考えながら、やはり私は時間があればひたすらに剣を振っていた。


そんなある日。


……なんだ?


夜、日課通り剣を振っていると違和感を感じる。


辺りを見回すと、何人かの餓鬼共が眠そうな目を擦って私の剣の動きをジッと観察するように見ていた。


うっとおしい……。


邪険に追い払いたかったが、泣かれても面倒なのでそのまま放置しておいた。

直ぐに飽きるだろう。

そう思っていたのだが……何故だか日を追うごとに私を見るガキ共は増えていった。


私はいつから見世物になったのだろう。

いや、こんな事で集中を乱す様では戦場でまともな働きなんてできるはずもない。

私は、無視して剣を振る。


数日後、私の周りには私のマネをして剣を振るガキ共がいた。

いつの間にか餓鬼どもに囲まれ、その視線を一身に受ける。


やりにくい。


私が技を盗んだ傭兵たちはこんな気分を味わっていたのだろうか?

殆どは、戦場で物言わぬ骸となったり、他の傭兵団に引き抜かれたりしていたが、珍しく私は少しだけ彼らに感謝した。


そもそも私はガキが嫌いだった。

弱くて、すぐに泣いて、戦場で真っ先に死んでいく。

そんなこいつらが嫌いだった。


そんなガキ共の中に毛色の違う変な奴がいた。

確か連合のどっかの国のが内乱で疲弊し逃げた所をこの傭兵団に拾われたガキだ。

年の頃は多分私より一、二歳下だろう。


いつも何が楽しいのか知らないが張り付いた笑みを浮かべ笑いながら雑用をこなす変な奴。

私の周りをうろちょろして、自分の事で精一杯な私の代わりにガキ共の面倒を見る。


私は毎日自分が生きる事で精一杯な筈なのに、こいつは他者の苦労を背負ってニコニコしている。

……何故だか私自身の生き方を否定されたみたいで胸の奥がイライラする。

自分の器がこのガキに負けたみたいで、なんだか悔しかった。

自分の弱さを見せつけられている気になって酷く不快だ。


だけど……。

こんな生活も悪くは無い。

そう思ってしまった。

ガキ共の視線は、私を恐れると同時に強者として見ていた。

ほんの数才しか年の違わない私の背中をみて、私に追いつこうと、私を追い抜こうと。

そんなガキ共に囲まれて。

怯えの中にキラキラした憧れみたいな光を交えた視線を受ける。

それが、少し嬉しかった。


ただ生きるのに必死で。

誰かの背中ばかり見ていた私が、誰かに背中を見られて生きている。


うっとおしいと思うのは変わらないのに、不思議と悪くは思わない。

心の奥底で、こんな生活は最低だ。

そう思いながらも、こんな生活も悪くは無いのかもしれない。

そう、ふと思った。


そんな私の思いを嘲笑うとように。

終わりである『死』の足音は唐突にやって来た。


族国の傭兵同士での小競り合い。

良くある話だ。

雇われ、部隊の掩護を請け負う仕事で傭兵たち曰く『ちょいと戦うマネをするだけで金の貰える楽な仕事』。


そんな仕事で、私が育った傭兵団は壊滅した。

冗談みたいにあっさりと。

敵側にはこの族国で五本の指に入る名だたる傭兵団を愚かにも敵に回し、待ち伏せに会い遭遇戦。

勝てる要素は皆無だった。


傭兵は金で動く。

金次第で見逃される事もあれば、装備を剥ぎ取る為に殺される事もある。

つい先日まで難民を捕え、奴隷として商国に売る立場だったものが、争いに負け売られる立場になる事もある。


しかし、確実に言えるのはその生殺与奪は捕えた奴らに握られる事になるって事だ。


傭兵団という居場所がないガキ共は捕まれば奴隷として商国に送られるか、別の傭兵団に拾われる。

……運が良ければだが。


後方の補給部隊で留守番をしていた私が見たのは血まみれに逃げ出す見慣れた傭兵達の姿だった。

私の中で危険信号が一瞬で鳴り出す。


直ぐに周りのガキ共にむかい叫んだ。


「街まで走れ!!今すぐに!」


キョトンとしているその面を張り飛ばして走らせる。

街に入れば傭兵団の論理は街の法により通用しなくなる。

少なくとも無意味に斬り殺される可能性は格段に下がる。

背後に迫りくる馬音と悲鳴を聞きながら、私達は逃げ出した。


散りじりに逃げ、すでに私の周りには誰の姿もなかった。

当然だ。

今の私にあいつらを守る強さなんてない。


ガキ共はどうなっただろうか……。

あの笑うガキはどうなっただろうか。


……無我夢中で逃げて、夜を徹して街まで辿りついた私に待っていたのは『浮浪児』という称号だった。

既に私のいた傭兵団壊滅の報は知れ渡っており、私を守る『後ろ盾』は名実ともに消滅。

伝手のある傭兵団も、当ても無く裏路地で盗みと追剥をして食いつないだ。


人々の罵声と呪詛を聞きながら裏道を駆け抜ける。

……瞬間、腹に鈍い衝撃を受けて私は壁に叩きつけられた。

蹴り飛ばされたと気が付いたのは、霞む焦点が目の前で蹴りの体制で静止している憲兵の姿を見たからだ。


「最近ここいらを騒がしているガキだな?この街に貴様のような奴が生きる場所は無い。大人しく捕まるなら商国へ売り飛ばさず、何処かの傭兵に紹介してもいい」


ニヤついた目のついた顔からそう声が聞こえた。


聞くだけならよい話に聞こえなくもない。

だけど、この族国でその言葉を信じる傭兵は皆無だろう。


咳こむ私は無言で四肢に力を込めると短刀を構えた。

これが私の返答。


傭兵は金に汚い。

傭兵はすべてを疑う。

傭兵は最後まで自分の命を他人に預けたりしない。


私が誰かに身を任せるのは。

私が誰かに従うのは。

私が無様に敗北し、屈服したその時だけだ。


私はその憲兵に挑んだ。


結果、完膚なきまでに敗北した。

なんとか隙をついて逃げ出したが背後で呼子の笛の音が鳴り響く。

はっ!

小娘一人に大したもんだ。


無我夢中で裏路地を走って既に自分が何処にいるのか分からない。

いつの間にか降り出した雨が容赦なく体温を奪い、少ない体力を更に奪う。

足がもつれて泥濘につっこんだ。



コツコツコツ……。

足音がする。

追手か。


「悪いがまだまだ私は捕まらな・・」

「なんだお前?」


追手じゃないのか?

いや、それでも憲兵を呼ばれる前に二、三発殴って気絶させて……、目を挙げるとぴしっとした黒いスーツに身を固めた少年がこちらを眺めていた。


髪型はオールバック、スーツの胸ポケットからは白いハンカチがキザッたらしく見えていた。


決して私なんかが触れていい服じゃない、見ていい服じゃない。

傭兵団の団長ですらこんな上等なもの着ていなかった。


この国で洋服を着るのは帝国人かそれと接する商国の商人、そしてその商人と接する連合各国要人だけと聞いたことがある。

帝国人は一目見れば異人と判ると聞いている。

こいつは商人か、連合のどこかのお偉いさんのだろう。


その時少年の横に一人の男がいることにようやく気付いた。


「若、ここは気軽に足を踏み入れる場所ではございません」

「暇だ。どうせ連合会議に僕は必要ないさ、兄様の息子もいる今、誰も僕なんか見たくはないし、会ってご機嫌を伺う価値も無いだろうしね」


初老に近い男が口を開く、とその時こちらに気付いたのか、その目はこちらに向けられた。男の腰の刀は遠目に見ても一級品だ。

少年もそれに気付いたのかこちらを一別する。


「スリか?コソ泥か?フン、気に入らない目だ。何の目標も夢のないだだ毎日生きることのみを見据えている目だ、僕みたいにな……」


少年が吐き捨てるように言う。


「そこをどけ!」


私の言葉、まだ声を出す力はあったようだ。


「嫌だと言ったら?」


そう言って少年は唇を歪めて嫌味に笑う。

今気がついた。

こいつ気に入らない。

私は足に力をいれ立ち上がる。

ありがとう私の足、まだ動いてくれた。

腰の短剣を逆手に構える。

長年使ってきた短剣、物心ついた時から共にあったそいつ。

ありがとう相棒。


「力づくで押し通る!!」


スッと少年の目が細まる。

唇が吊り上り楽しそうに笑う。

ポケットから両手を出し、徒手空拳で構えると私と向き合った。

なぜだかその左手だけに手袋をしている。

帝国風のファションなのだろうか?

そんな思考を直ぐに切り替えここから逃げ出す方法を考える。


最悪、私はここで死ぬだろう。

この少年はともかく横の初老の男は数多の戦いを潜り抜けた猛者に見える。

ベストの条件で戦っても勝てるかどうか……。

いや、この少年を人質にすればあるいは。


「ふっ!!!」


呼吸を整え、腰を落とすし中段に構え、相手の目を見据える。

見たところいいとこの坊ちゃんだろう、一気に接近して鳩尾に蹴りを叩き込んで終わりだ。


相手は左手だけを中段に構えている、右手は腰の位置で固定されている。

まさか片腕だけで私を相手するつもりではないだろうな!


私は一気に走りだす、お互いの距離は5メートル。


私の射程内だ。

右に握った短剣を少年の目に向けて突く、簡単なおとり動作だが刺されば良し、避けてもひるんで体勢を崩せば及第点だろう。

そのまま相手がひるんだ隙に左手に握った砂を眼つぶしに投げる。

目を閉じた瞬間に鳩尾に蹴りを叩き込んで終わり。

自信も経験も十分にある。


その初手、短剣を顔に向けて突きだしたその時、

自分の顔に短剣が突きつけられ恐怖に歪んでいるであろうその顔は……苦笑していた。

そして中段に構えた左手で短剣の刃を、皮膚が裂け骨まで届くであろうその刀身を『握りしめた』。


「なっ?!」


驚いて反射的に短剣を引く。

それだけで左手は裂け、指がそぎ落ちる。

そのはず……。

そのはずなのにその手は裂けない、それどころかピクリとも動かない。

圧倒的な握力か?

この私と対して体格も年齢も変わらないこの男が?

なぜ?

と疑問を頭に巡らした瞬間、私は一瞬闘いをを忘れてしまった。


私が我に返る数瞬の間に、少年の頭突きが私の鼻っ柱に見事に決まって私は鼻血を出しながらもんどりうって倒れた。


「今日は僕の誕生日だ、父上は『ほしいものを一つ考えておけ』だったな」


そんな声が倒れた私に投げかけられた。

いや正確には隣の初老の男に言ったのだろうが私にはその言葉が私に宣言されたように感じた。

まるで敗者への死の宣告のように。


「このガキを貰う」


初老の男が目を向いて反論するが、少年が一蹴する。


「ここは族国だ。そして場所は路地裏でこの餓鬼はこんな状況だ、難民孤児が一人他国へ渡っても何も言わないだろう」


そこで少年は笑みを浮かべる。


「たのむよ、じっちゃん。この国のこんな裏路地に一人ってことは誰にも必要とされない、後は野たれ死ぬだけの身だろう、助けられる命は助けたい」

「……話をするだけですぞ、お館様がなんというかまでは責任は負いかねます」

「ありがと。愛してるぜ……じいちゃん」

「……その思いを少しでもお館様へ……お父上へお向け下さいませ」


そして少年は倒れた私を見下ろして問う。


「小僧、名前は?」


少年は私に尋ねる。

私は負けた、この弱肉強食のこの町で負けてしまった。

だから私は初めて敗者の証として他者に従った。

その時私は、この街でできた裏路地で有名な通り名ではなく本名を言った。それが何年ぶり他者に対して本名を告げた瞬間だった。

その名を聞いた時、少年は驚き隣の初老の男を見る。

男は『いやはや』と頭をかく。

一瞬私の悪名はこいつらも知っていたのかと思ったが、その後の一言で違うと解った。

少年は私に見せた初めての、そしてとびきりの笑顔で言った。


「おまえ女か。あははは!全然気付かなかった」


いつかぶん殴る。

そう誓いながら私は力尽きた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ