其之十二 萌国と大臣達
『萌国・城内大広間にて』
翌日、再度会議が開かれた。
萌国首都にそびえる居城。
その城の一室で重苦しい話し合いが行われていた。
「という訳で昨日に引き続き皆に集まってもらった訳だが、率直にどう行動するべきかを考えてほしい」
僕の言葉にその場にいた家臣たちが一斉に深々と礼をすると会議が始まる。
この場にいるのが実質的な萌国の納める最重要人物達だ。
その中でも特に大きな権限を持つのが僕の眼前に控えるこの三人。
萌国軍務大臣。
萌国内務大臣。
萌国外交大臣。
僕以外のこの三人が萌国重臣の実質的な頭であり頭脳である最重臣達だ。
彼らの職務は肩書の通りだがそれだけではない。
彼らはこの萌国領内に萌国内の領地を各々運営、統治する行政権を所持しているため普段はこの城に常勤していない。
いわば代々続いている地方を治めている領主が各肩書の大臣職務も兼任しているので非常に皆多忙である。
そしてそんな多忙な人間達が城に集まっているのは親睦を深めようという心温かい企画があったわけでは、もちろんない。
この国の明暗を分ける戦略会議が開かれたのだ。
……ここ毎日、ずっとだが。
「さて、まずは皆、多忙の中集まったわけだが、僕はあーでもない、こーでもないと先日のような無意味な会議をしたくない。実りのある会議を期待しよう。まずは外交大臣、昨日、帝国から帰還した使者はなんと言われて戻ってきた?」
威厳も無い砕けた態度だが、連合最弱の国の国主なんてこんなもんだ。
威張ったってこの顔触れには僕の幼少の恥ずかしい黒歴史のような思い出は知られているのだから。
僕は一人の中年の男性に視線を向けながら尋ねる。
尋ねられた、視線の先にいる中年で小太りの男性は緊張しているのか一瞬体を縮こませると、顔を真っ青にして汗を拭きながら口を動かす。
「……はい。戻りました使者が言うには『今回の流国攻めは、流国が帝国に対して戦争を仕掛ける為に軍を動かしてきた為に防衛の為にやむをえず流国に戦をしかけた』『結果として残念な事になりましたが弱小国の流国ではなく、連合副盟主国である萌国ならば今回の対応ご理解いただけると信じております』との事で……」
「なるほど!そうだったのか!流国が自分の国の十倍はあろうかという帝国に攻めこむ準備をしていたと。帝国から『連合』を攻める意思はまったく無かったわけなんだね!だけども流国が攻めてくる予兆があり『仕方なく』防衛の為に逆に攻め落としましたと!今回の派兵は攻められる前に攻めた正当防衛だと!」
僕は『ニンマリ』と笑顔で室内を見渡して、皆の表情を見る。
萌国軍務大臣は額に血管が浮き出ていた。
そして萌国内務大臣は目を閉じて無表情を決め込んでいた。
ついでに僕の横の副官を横目で見たが、面白がって浮き出た笑みを必死にこらえている。
クソぅ……、僕以外の奴らにばれたら懲罰もんだぞ。
そして再度、外交大臣の顔を見る。
その顔には脂汗がびっしりと浮かんでいるし顔色も一層赤色に拍車がかかって面白い。
「……はい、使者はそのように申しておりました」
「ふざけとる!帝国はこれを機に連合を一気に飲み干すつもりですぞ。外交大臣!お主の使者もそこまで舐められて何も言い返さなかったのか!」
大声を張り上げたのが軍務大臣のじっちゃん。
僕が昔、国主になる前の子供時代の教育係だったころからの付き合い。僕は未だに私生活では説教される。
「いえ、まずは帝国の言葉を国主様にお伝えして、返事のお言葉を頂戴するのが先かと思いまして……」
「ぬしは伝言板か?何のための外交権限だ?一々すべての国の使者の返事を国主様にお伺いを立てていてはいくら時があってもたりぬわ!大体、仮にも一国の大臣である貴様がそんな弱腰だから帝国をはじめ諸国に萌国の凋落ぶりを笑われるのだ。そもそも、ワシが若かりし頃にお仕えした初代萌国国主様の時代には……」
(うん、老人の話は長いなぁ。あ、外交大臣半泣きだ。中年のおっさんの涙目ってなんでこう目を合わせたくなくなるんだろうな)
さすがに外交大臣が哀れになってきたので止めることにした。
「ほらじっちゃ……軍務大臣落ち着いて。ほら、まぁ、いいんじゃないかな?どうせ流国無き今、連合で一番の弱小国になっちゃった訳だし」
真っ赤な顔がこちらに向かい、ついでにその口から放たれる『小言の呪文』が僕に向かって飛んできた。チッ!助けるんじゃなかった。
「あなたがそんな事では困ります!我が国の威厳が無くなりますし、体面保てません。小国だからこそキチンと一枚岩で統制がとれている事を見せねば寝首をかかれますぞ」
「わかった、わかったから……。それよりさっきも言ったけど建設的な話をしよう。それで帝国軍は今のところは旧流国との国境から今のところは動く気配はないんだね?」
「……放った忍はそう申しております。また兵糧運び込みと国境の警備など慌ただしくは動いているようですが」
不機嫌なまま軍務大臣がぼやくように言う。
この場の誰もがこの国の滅亡を恐怖している。圧倒的な大軍を前にして戦の可能性に恐怖している。この国が次の流国になるのではないかという恐怖と必死に戦っている。
そんな中、次に発言したのは内務大臣だ。この男は相変わらず無表情が当たり前の男で喜怒哀楽が全く読めない。
「まず、夜盗や他国からの侵略を防衛するには圧倒的な武力、兵力が必要です。そして兵は食わせねば養えない。その養う食いぶちを何処から調達するのか?それは度重なる侵略と戦争で疲弊した民から徴収せねばなりますまい。幸い我が国は他国からの戦火もなく『先の内乱のゴタゴタ』を経てもまだ軍費に余裕はあります。我が国は連合の中ほどに位置して交易の関税、鉱山の輸出と潤っておりますからな。しかし帝国と戦をした場合、敵味方多くのものが死ぬでしょう、当然人口が減れば税収が減ります。畑を耕す労働力も減ります。万が一帝国が攻めてきても、私は戦には賛成いたしません」
「ヌシは帝国が攻めてきたら一戦もせずに降伏しろと言うンか?!」
内務大臣は、『そうは申しませんが』と前置きしてから反論する。
「民あっての国ですぞ。民を徴兵し戦でこの国を滅ぼすおつもりか?この国の百姓に鍬ではなく槍をもって、戦場で死ねと。民百姓、女子供。この国のすべて駆り出し戦場へ送り込むと、あなたはそう言うのですか?」
「初めから足軽百姓なんぞ徴兵する気は無いわ!我が国は正規の侍のみで十分じゃ」
軍務大臣は怒気を発して大声で叫ぶが内務大臣は眉ひとつ動かさない。
「八百の正規兵のみで帝国先兵一万余りと戦うと?ましてや勝つと?ボケ老人の自殺は一人でやって頂きたいものですね。そんな勝算も無い戦いに私の領兵も我が領民も殺させませんよ」
その言葉は最後まで僕の耳に届かなかった。『貴様!』と怒り狂った軍務大臣が内務大臣に掴みかかる。
「そこまで!」
僕は声を上げる。どうせならこの二人の殴り合いも見物したかったが立場上そうもいかない一応止めに入る。外交大臣なんてどうすればいいか分からずにオロオロしてるが結局何もできなくて真っ青になっている。
「二人の意見はわかった。軍務大臣は徹底抗戦、内務大臣は降伏、外交大臣は……特になさそうだな、あえて言えば受動的な降伏って感じか。正直予想通りの答えだな、もう少し捻った意見が出るかと思ったけど。やれやれ、万が一の為に『連合国主会議』の準備をしとかないとな」
昨日副官と話した会議開催国のデメリットもあるがそんな事を言っている余裕はなさそうだ。
溜め息一つつくと、僕は横のこの場で唯一の女性を見る、僕の個人副官兼実験部隊指揮官だ。彼女には発言の許可はあるがその言葉は所詮、格下モノの言葉と軽く見られるだろう。
まぁ、国主である僕の副官だし無下にはされないだろうけど。
「そうそう、昨日、我が個人副官が各地見聞の遊学から帰還してきた。皆には言っていなかったが彼女に実験部隊の指揮を任せることにした。そして僕の個人副官としての職務も引き続き兼務してもらう」
その言葉を聞いてそれぞれの大臣の表情が反応する、大まかに言って不満の空気だ。役職にもない女に兵を任せるなんて普通ではありえないだろうし、僕も逆の立場だったら気でも狂ったかと思うだろう。
「恐れながら……」
軍務大臣が何か言いかける。
このじっちゃんとも長い付き合いなので何が言いたいか大体解るし、本人も個人副官とは馴染だからあくまで内務大臣、外交大臣の心中に湧いた不満をわざわざ言葉にして先陣をきってくれたのだろう。
「軍務大臣様、解っております。私の様に族国の出身の卑しき身分、ましてや若輩の女などに実験部隊とはいえ兵を任せるなどと。過去に女が軍略や政治に口出しをして国を傾けた例などいくらでもありますから」
そう言って個人副官は少し寂しそうにほほ笑む。口調も僕の前だとぞんざいな口調だが、こういった公式の場ならば礼節を弁える事ができる女だ。
「しかし、このたび任されました実験部隊は『鉄砲』の部隊なのです。この兵器はまだ科国より発表、売り出されたばかりの兵器。連合内でも指揮できる者は限られておりましょう」
「なれば個人副官殿が新規に後任の部隊長を教育すればよろしいではないですかな?」
そう続けたのは外交大臣だ。
てっきり気にしてないと思ったんだけど食いついてきたな。外交大臣は自分に関係なさげな事はすんなり可も無く不可もなく素通りしてくれると思ったんだけど……。
「確かに左様でございますが、私が部隊長を教育しその部隊長が鉄砲部隊を教育していてはいささか手間でございましょう?この間まで各国を探索して、科国に入る機会を幸運にも得ました。その際に私が手に入れたものですので使い方も熟知しております」
「……しかし、新たに部隊を増設するにしても人手がたりません。先ほど内務大臣も申されていましたが、そんな実験部隊に国民の税金をかけるなど。……ましてやその『部隊の兵』は何処から来るのですか?」
名前を出されて内務大臣が少し眉を寄せた。一々自分の意見を言うのに他人の言を盾にとるなって所だろう。現に外交大臣には自分の意見を堂々と言う事が少ない、特に自分より目上の者に対しては極端に口数が減る。今も『個人副官』という自分より格下ものの相手だから口も良く動いているが……。
(それにしても『部隊の兵』は、何処から……か。なるほどね、それが言いたかったのか)
そもそもこの萌国は僕と言う国主がいるが、僕自身がこの国のすべての兵の指揮権を僕が掌握している訳ではない。僕の領地であるこの国の各村々を、領主である大臣たちが僕の代わりに運営、繁栄させているが実際には彼らは代々有力な豪族であり彼らの土地を安堵する代わりに忠誠を誓わせている。あくまで僕が各土地を大臣たちに貸し与えているという形ではあるが、その土地から動員される兵達は各大臣たちの指揮で動くのだ。
(つまりは、『部隊を作るからお前トコの兵をよこせ』とか『新規部隊の運営費がかかるから所領を少し没収』とか『税金よこせ』と言われないか怯えて、邪推している訳だ……)
「……この部隊の創設、維持費は僕の直轄地の税から出す。みんなの兵を削ったり吸収したりもしない」
そこまで聞いて見るからに安堵している外交大臣。ここまで表情が読みやすいといっそ気持ちがいい。だからこそこの男に外交を任せていていいのか?といつも心配になるがこの男の家柄が名族であるし、この男に付ける地位が他に目ぼしいものが無かったのでなし崩し的に現在の地位についている。
(まぁ、ただでさえ僕みたいな『ろくでもない噂』の絶えない国の国主は警戒されてるし、さらに外交大臣が血も涙も無い冷血でやり手の男だったら帝国は元より「連合」諸国にも無用の緊張を強いてしまう……。平和な時代の外交とはこういう無能で人畜無害な男なのかもなぁ、今この国に必要なのは『前者』の冷血な外交官だけど)
「国主様のご意見承りました。なれど今からその部隊を育成して間に会うのですか?「鉄砲」とは飛び道具と伺っております。直属の弓兵から選別し育成するのも手間がかかりますし、実験部隊にただでさえ少ない兵を裂けませぬ」
軍務大臣はそんな得体の知れないものよりも鎧武者を増やせと言いたいのだろう。
「うん、だから引き抜きは行わない、新規に募兵する」
「何を申される?一から兵を育てるのにどれだけの時がかかるのかご存じでしょう。数年ですめば御の字すぞ。そして帝国は明日にも攻めてくるかも知れないのですぞ」
「ああ、わかってる。だから農民から募兵して足軽を急造する、んでそいつらに鉄砲しこんで数カ月の内に使えるようにする」
「……そんな者達はいざ戦になっても真っ先に逃げだしますぞ、『農民』を使い、『短期間』の育成で、なおかつ『鉄砲』などという新兵器の兵など役には立ちますまい」
じっちゃんは渋面をつくり僕に諭すように、だが反論を許さない威圧感を言葉に持たせてくる。
「恐れながら、『鉄砲』の扱いはそれほど難しいものではないのです。農民を使い数カ月の訓練で最低限の打ち方は教育できます。弓兵、ましてや武者と違い剣術の修行に何年、何十年とかけなくても並みの兵が出来上がります」
反論したのは個人副官だ、言葉づかいは真面目だがこの件については引く気は全く無いようだ。
「……。戦とはそんな足軽たちが跳梁跋扈する場ではありませぬ。長い時を経て手に入れたツワモノの達が己の技の限りを尽くす神聖な場でございますぞ」
「言いたいことはわかるが、数が圧倒的に足りないしそうも言ってられないさ。五十人ほどで足軽の鉄砲部隊を作り上げる。これは決定事項だ」
「一つ付け加えるなら、鉄砲部隊は全員女を用いて運用いたします」
そう付け加えたのは個人副官だ。
「な!?」
僕を含めて皆が驚く。
「鉄砲の運用には短気で粗野な人間には合いません。粘り強く、根気のある女の方が適しています。鉄砲は重いですが、陣地から的に向かって打つだけなら斬り合いをするほど体力を必要としません」
「……古来より女性が戦場に立つことは何回かはあったようだ。でもそれはあくまで一軍の指揮官として安全な後方にいた場合だよ。確かに僕は今回の新規部隊長に君を任命するつもりだった、でも部隊員が全員女性と言うのはまずい」
(ほら軍務大臣のじっちゃん、怒りのあまり額の血管浮き出てるじゃん)
「確かに体力的には男性より女性の方が劣っているのは認めますが、器用さ、集中力、そして忍耐と継続力は男性にもけして引けをとらないと私は考えています。鉄砲のように刀を振るい続けるものより、鉄砲を担いで扱う最低限の力ですむならば女性の出番もあるでしょう」
「……ワシは別に女人を馬鹿にしているわけではないが、古来より男が戦場にでて、女人が留守の間、家を守るのは長いこと当たり前だった、先も言うたが戦場とは長年磨いた己の技と知恵を掛けて凌ぎを削る場所じゃ。女人が入って『汚して』よい場所ではない」
「……戦場は男だけの聖地だというのですか?」
少し皮肉を匂わせる、挑発とも取れる副官の言葉に軍務大臣は眉をしかめる。
「血と暴力と臓物と死に溢れた、な」
「私では無理だとおっしゃる?」
「否、お前なら大丈夫であろう、問題は他の女人だ。戦場で女人が殺されるのも、犯されるのも、捕られられて奴隷として連れて行かれるのも、ワシは見たくはない」
軍務大臣のじっちゃんは、彼なりに女性を守ろうとしているのだろう。
男が外で槍働きで稼ぎ、その間女が家の留守を守る。
それが、ずっと過去からあった戦のあり方の一つだからだ。
「失礼ながら、戦場で男が負ければその光景はこの国全体で繰り広げられる姿でしょう。ならばただ戦場で男が勝つことを祈り待つのではなく、その光景を打破するために、少しでも力になりたいという思いを持つ女性もいることを忘れないでいただきたい」
「農民の、女人の、よくわからん新兵器の、部隊か。初代様が聞いたら何と言うのか……」
そう言いながら軍務大臣は僕を見た、僕は困ったように肩をすくめると目で『よろしく』と勝手に語った。
まぁ、正しく伝わる自信は無いのだけどそこそこ付き合い長いし、と勝手に伝わると納得した。
軍務大臣はしばらく何か言いたそうにしていたが……、やがて不機嫌そうに黙った。
そこから現状の確認と兵の動員をいつでもかけられるように準備を、なんて話を繰り返しながら会議も終盤に差し掛かり皆の顔に疲れ滲んできたその時、伝令が会議室に掛け込んできた。
会議に疲れた面々が何事かと伝令に視線を向ける。
その伝令は皆の視線を一身に受けて少し怯んだあと、僕の元まで来ると耳打ちする。
「わかった。ご苦労……」
僕は伝令にそう言うと溜め息をついた。
「さて皆、幸か不幸かこの忙しい時に別件が舞い込んだ」
僕の表情は無表情を必死に作っていた。でなければ怒りでどなり散らしていたかも知れない。三人の大臣と個人副官は何事かと耳を集中させる。
「流国王女である流国姫が若干の手勢と共に、帝国の魔の手から無事に逃げおおせて我が城に到着されたらしい。この瞬間、嫌が上にも帝国に対して何かしらの対応をしなくてはいけなくなった」
この皮肉たっぷりの僕の言葉の意味がわからない馬鹿はこの場にはいなかった。