其之十一 副官とお土産
「建設的な明るい話しようぜ!そうそうさっき言った土産もあるぞ。『科国』から火縄銃を仕入れて来たんだ」
暗い話はもうお終い!とばかりに副官が明るい声を出して旅の荷物から細長い棒のようなものを取り出した。
「『鉄砲』かい?すごいじゃないか!いったいどんな魔法を使ったんだ?」
「商国の商隊の臨時護衛やってな、運良く科国の端っこに入国できた。出入りの商国の商人にまぎれて有り金はたいて数十丁手に入れて来たんだが大分散在した、軽く家が数軒立つくらいの値段だったからな……」
副官から手渡された『棒』を繁々と眺める僕に、『後で代金よこせよ』と彼女から追撃の言葉を頂いた、……嬉しくないね~。
「正直に言って強い武具は助かるけどこの『鉄砲』って本当に凄いのかい?噂では遠くの敵を倒すことができるって話だったけど。弓や弩とは違うのかい?」
「ああ、まず射程が違う。連合弓なら射程は二百メートル越えだが鉄砲は百メートルちょいぐらいだろうな。つまり射程は連合弓の半分だ。天候、風向き、その他諸々の調子が良ければ百五十メートルは……無理だな、もうょっといじれば百五十メートルに届きそうなんだが、改良と予算が必要だ」
「……」
「天候に左右され雨の日には『火薬』と呼ばれる粉が湿ると使えなくなる、ああ、あとその持ち手部分の上に付いている縄もだ。雨に濡れても消えにくい火縄を開発しないとな。追加で開発費よろしく」
最後の開発費よろしく、の部分で副官は可愛くウインクした。
知らず僕の唇は引きつった。
「装填に時間がかかるのが難点でな弩を装填するよりは早いが、連合弓とは比べられんぐらい時間はかかる。鉄砲が一発の弾と火薬を込めて打つまでに熟練した弓兵なら三、四本の矢を打てるだろうな」
その解説に僕の血管は破裂寸前、とまではいかないものの目の前が悲嘆で真っ暗になりそうだ、どこが明るい話なのか教えて欲しい。
「……全然駄目じゃないか!この大事な時に何を無駄使いしてるんだよ!その金で『族国』から傭兵を雇った方が良かったじゃないか!」
その言葉をいかけて僕は少し考え込む、一つ聞いていない事がある。
「威力は?」
それを聞いて副官がニヤリとする。
「そう!貫通力が違う。帝国の重兵装備でも当たり所が良ければ鉄を貫通して標的を仕留める。その威力は弓とは比べ物にならない威力だ」
その答えに僕の脳は回り始める。
「遠距離から弓で削るのか、中近距離から鉄砲で確実に倒すのかってことかな?」
「ああ、その考え方でいいと思う。国主、お前帝国の重装備の兵隊どう倒す?」
「歩兵の場合だよね?そもそも帝国と連合の装備自体が違う。僕達、連合は装備自体が連合式だ。体をある程度の装備で覆っていてもそれはあくまで急所を守る意味が強い、帝国の体中を鉄で覆った重装備と比べてもむき出しの部分がどうしても出てしまう。だからこそ隙間を通す槍や薄い刀が有効なんだ、今の装備で行けば刀、槍での接近戦だろうね。弓ではまず足を止めることはできても止めを刺すのは難しいし」
「そう、それなりの腕なら敵の甲冑ごと刀で両断できるし、比較的装甲の薄い関節部分を槍で突くことも可能だろうさ。でもじゃあ帝国兵の固い甲冑は最高なのか?なぜ連合は過去何度も帝国の進攻を防いでいる?」
「決まっている。帝国歩兵が『装甲』に優れていても連合歩兵は『機動』に優れている。元々体格が違うにしても同じ人間なんだ。重い帝国甲冑と連合の鎧じゃ重さが違う」
連合の一般兵は甲冑を全身に纏わず、頭と胴周りのみを守る鎧が一般的だ。
故に身軽に動け、持久力にも優れる。
しかし、帝国は連合に『侵攻』してくるので、城に篭っての『防衛』がほとんどで、折角の機動力を潰してしまう事が多かった。
また仮に歩兵の機動力を生かすために打って出ても、馬に乗った帝国騎兵の速度に敵うわけはなく、連合は帝国軍と相性が悪いというのが共通の認識で皆が帝国騎兵への対策を日々模索していた。
それでも、名案は今までに無く、機動を誇る帝国騎兵には痛い目にあってばっかりだから、最終的に城に籠るばかりになってしまうんだが。
「そうだな。つまり重装備で鈍足に攻めてくる敵歩兵を待ち構えて鉄砲で撃退できるわけだ。まぁ……騎兵に距離詰められたらあっという間にこっちが壊滅だからな、まず平原で敵の騎兵相手にのんびり弾込めしてたら一瞬で冥府行きだからな。運用は……簡単にはいかないだろうな」
その答えに僕は眉を寄せた。
いまさらだが帝国は強い。そして特に連合を悩ませるのが騎兵である。
逆に我が連合の馬は背の低い小柄な馬が多く、戦争の際は荷馬隊としての活用がほとんどで、帝国の様な大型の馬に乗れるのは一部の指揮官のみである。
連合でそのような大型の馬を一つの『部隊』として揃えているのは連合盟主国の『武国』と多くの傭兵を育成している『族国』だけだろう。
残念ながら騎馬武者を揃えるだけの、大型馬の育成設備も資金も我が国にはないのだ。
「……面白い考えだ。確かに騎馬隊以外の歩兵部隊の速力で駆けてくる兵なら距離を詰められる前に十分に対応できるというわけか?まぁ、今すぐに実践対応とは行かないだろうけど実験部隊を作って試してみる価値はあるか」
「ああ、ただし鉄砲は『足し算』では無い、『掛け算』だ。数が多ければ多いほど威力は爆発的に高まる、弓と同じように多数を運用する事により弓や玉の雨を降らせる。そこの所だけは肝に命じる方がよさそうだ。
しかし、鉄砲は訓練時間が連合弓に比べて圧倒的に短くて済むし、すぐに追加で仕入れたいところなんだが……」
「む……。確かに数十丁の少数では敵将の狙撃が精々か。うん追加仕入の予算は考えておく。……と言う訳で部隊の建設は任せたよ」
「は?」
「言いだしっぺで、かつ鉄砲に詳しく僕が信頼でき、兵の指揮ができるある程度の指揮官。君しかいないじゃないか?」
ククク……、ざまーみろ!
彼女のがあっけにとられて驚く顔を久しぶりに見たぜ!
「ちょ、ちょっと、もしかして私は墓穴掘ったか?!」
「まさかまさか、君の肩書は一気に国主付個人副官兼諜報部員兼新兵器実験部隊指揮官だよ、おめでとう」
僕は最高の笑顔で微笑み、笑顔から覗いた歯がキラリと光る。
「おまえ、厄介事と雑用を全部押しつけただけじゃないか!」
「大丈夫大丈夫、給料は変わらないから」
「さらりと笑顔で絶望的なこと言うな!」
「僕は優秀な副官兼部下兼指揮官を持って幸せだな~」
再び両方のほっぺをつねられる、痛い痛い。
彼女にも仕事を山ほど押し付けてやる、これが僕はからの帰還祝いだ。
ふひひひ……。
「絶対思ってねーだろ!というか帰国早々に仕事を山積みで押しつける国主様ってどうなの!」
……こんなのんきな会話の最中でもこの国は滅びに向けて転がり始めている。
連合弓=和弓
と捉えて戴いて大丈夫です。