其之十 萌国国主と連合という集団
トン!
煙管の灰を捨て、新たに煙草を詰め火を付ける。
あー、煙草うめー。
「一つ一つ行こうか。
まず、『1』の選択肢の場合。
帝国全軍と戦う必要が出てくる。
流国を占領している一軍じゃない、本当の帝国全軍だ。
……情報不足により帝国軍全軍の兵力は不明だけど、帝国には第一軍から四軍まであるのは掴めてる。その内の一軍が今回の流国占領軍だとすると、単純に四倍。恐らく補給部隊込みで『最低八万』の兵力と戦うと推定される。連合中の兵力かき集めてもその数にはとても届かない。
よって『1』の選択肢は夢物語で却下……」
「まぁ、敵の本拠地に寡兵で攻め込むなんて自殺行為以外の何物でもないからない。帝国の流国を潰した流国占領軍で一万、帝国首都には残りの……、というか帝国本隊が別にいるからな。この戦力差で勝てると思う奴は頭に梅干しでも詰まってるんだろうな」
副官は整った髪をワシャワシャ掻きあげた、髪からほのかな香水と汗と女の匂いが混じり合って漂ってほんの一瞬だけ理性が性欲に負けて飛びそうになる。
勘弁してくれ。このくそ忙しいときに。
おお……沈まれ僕の秘部。
必死に理性を総動員して溢れ出る獣欲を鎮める。
「私は個々の戦闘なら得意だが戦略なんてわからない、でもさ流国は『3』の籠城という選択肢を取って僅か一月で敗北した。となれば残る手段は『2』だけじゃないのか?」
「そうなんだよね、『3』という籠城策は今までは通用していた。しかし残念な事に流国という失敗例が出来てしまった。僕も含め連合国主達は『籠城してその間に援軍が来る』という概念に凝り固まっていたからね……、当然その為の『盟約』なんだけどさ。
半世紀近くもその方法で守れてきたんだ、思考能力が退化するのもある意味必然だったのかもしれない……。だから連合の国主達は今更ながらに、こう思ってるはずさ。
『盟約は本当に今も機能するのか?』『耐えている間に本当に援軍は来てくれるのか』とね」
ならば残る選択肢は『2』となる訳だが……。
「流国奪還だけど帝国の流国占領軍(仮称)ですら戦闘部隊で一万が流国に駐屯している……、後方の補給部隊を入れればニ万だろ?さっきも言ったけど我が国の動員兵力は八百がそこそこ、農民から足軽を集めて、尚且つうまく徴兵できても二千が限界だ。ウチ以外の連合軍と足並み揃えてようやく勝利の可能性に手が届くかな……って状況だからね」
「……相変わらずの弱小国だな」
「この間まで最弱だった流国が滅びた今、総合的に見れば連合内最弱国に繰り上げだよ……いや繰り下げか?これが連合副盟主国の今の姿さ。我が国の事だけど泣けてくる、だからしばらく泣かしてくれ」
僕はそう言うと、ぐちゃぐちゃのこの国の状況に途方に暮れ、めそめそ嘘泣きを始める。
彼女は泣きべそをかく僕を呆れて黙って見ていた。
……虚しい。
「こう言う時は『私の胸で好きなだけお泣きください』って慰めてくれるのが女性の母性ってモノじゃないの?」
僕が泣き飽きてケロリと言うと、『夢は寝ながら見ろ』というありがたいお返事が聞こえてきた。
「結局、どの選択肢を取るにしても、ウチ一国じゃどうにもならないし、同じく連合の国が個々に戦ってもどうにもならない。連合の中で最大の兵力を持つ武国ですら帝国に攻勢はかけられないだろう。連合が纏まって兵力かき集めて、ようやく戦えるってのは間違いない。……問題は『どうやって連合を纏め、動かすか』になるんだ」
「その纏める為に必要なのが、連合諸国の意思統一を図る事であり、その為の『連合国主会議』じゃないのか?お前が過労死覚悟してさっさと開催を呼びかけろよ」
はっはっは!
流石僕の副官だ、冗談がうまいなぁ~。
え?冗談じゃないの……?
「覚悟を決めて開催してもいいが、それ以外に僕が懸念してる事がある……、というか恐れている事がある。分かるか?」
一転して僕は副官を試す様に問いただす。
副官は無言で、さも当然だとばかりに頷き、言いにくそうに答えた。
「先も言った、やはり帝国は連合を試していると思う。ここで連合が纏まるかどうかが分かれ道なんじゃないか。帝国という恐怖に打ち勝てるかどうかが……」
だろうな。
僕も怖い、民も怖いだろう。
流国の民は相変わらず帝国の残虐さと恐ろしさを噂にして町にばら撒いている。
僕以外の連合国主の耳にも届いてるだろう。
多分、皆が恐いんだ。
『連合国主会議』を開催して起るかもしれない現実を、突き付けられる連合と言う『組織』の実態を。
流国を失い総合的な兵力も落ち防衛もしにくくなった今、効力の弱まった『盟約』と、目前の脅威である『帝国』を天秤に掛けるかも知れない。
事実、その可能性は僕も、何度も何度も頭をよぎったから。
そして今も考えている可能性の一つであるから。
即ち、連合での裏切り。
帝国に鞍替えし、『連合盟主会議』に参加しない国があるかも知れない。
流国が落ちた事により、天秤は大きく帝国側に傾いてしまっているのだと。
その現実を見たくないのかも知れない。
会議で流国奪還が決まったとして、自国から流国へ兵力を差し向け、国が空になった所を盟友だと思っていた隣国が、帝国と同調して背後から襲われるかも知れない。
すでに……何処かの国は既に帝国と密約を交わしてかつての味方を斬る為に刀を研いでいるかもしれない。
『そう、連合は既に組織として崩壊寸前なのだ』
「そんな状況下で信用できるか分からないのに、自分の城に各国国主を招いて城の防衛設備を見られて、兵の練度も数なんかも隠しきれない部分もあるだろう。そりゃあ各国は只でさえ疑心暗鬼なのにそんな火中の栗を拾う危険を冒さないさ」
連合国主会議を開催した国は忙しさに加え、危ない橋を渡り、ババを引く可能性が高い。
本来ならば連合盟主の『武国』に期待したい所だが、かの国は流国が落ちて帝国と接する面が増えてしまい、流国との国境だった場所の増強に追われそんな余裕はないだろう。
となれば、次は名ばかりとは言え副盟主国のウチの出番なのだが……。
「盟約が機能しなければ帝国は小さな国を一つ一つ作業のように潰して行けばいいだけだ。連合すべてが呑みこまれる日もそう遠くないだろう?私はやるべき時だと思うぞ」
とは言ってもね。
「……いっそのこと真っ先に降伏しようか?したらしたで今度は連合が敵に回るだろうけど。仲良くしてた他の国主達に憎まれ蔑まれ、挙句戦場で命狙われるのは嫌だけど」
そんな僕の軽口は彼女の気には召さなかったようだ。
『ふん、根性も甲斐性も無い奴だ』、そう冷たい目をして返されただけだった。
「ま、否定はしないよ。どうせ奴らは僕の首を欲しがる、僕の首一つでこの国の民が救えるのなら安~い買いものさ」
僕は首に手をあてて頭をぽりぽりと掻く。
それを聞いて副官は静かに苦笑し『嘘ばっかしだな、お前にはこの国の民のすべてよりも大切なものがあるのにな』と言ったのを聞いた時の僕の表情は苦虫を噛み潰したように歪む。
「僕はこの国の国主だ。僕にはこの国の民を守る義務がある。そして『妻様』も守るべきそのうちの一人さ」
「お前が納得してるなら良いさ。まぁ、私は敵が来たらぶっ潰して殺すだけだしさ」
副官は不敵に笑って『国主と妻様は私が守ってやるから安心しろ』と目を細めた。
………カッコイイな、おい。