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恋の魔法

周りに流されるままだったやる気のない子が、恋をしたことで変わろうと決意するお話。



「なあ、直紀ナオキ! 俺、図書室行ってみたい!」


 始まりは二ヶ月前にやってきたもっさい頭をした転校生の、そんな何気ない一言だった。


友喜トモキに聞いたんだけどさ! この学園の図書室って広いんだろ!? ちょっとした図書館だって!」


 そう話を振られた九嶋直紀クシマナオキは、聞かされた内容に眼を瞬かせる。


 話題に出た“トモキ”と言うのは、今現在転校生の周りに群がっている連中の内の一人のはずだ。 今も転校生を囲むようにいる七人の中、どこか得意げな顔をしている一番端の茶髪がおそらく“トモキ”だと 思われる。


「そんだけ広いんなら、やっぱ興味あんじゃん!? なあ!」

 

 顔の良い連中を釣り上げることに特化した性質持ちの転校生は、良く言えば明るい、悪く言えば五月蝿い音量でまくし立てる。


 確かに他校に比べて学園の図書室が広いのは認めよう。校舎とは渡り廊下で繋がれた離れという形態になっ ていることからして、図書館並みだというのも間違いではない。

 だがしかし。

 図書室というものは皆一様に静かにすることを求められる場所だ。

 となると、転校生にとっては一番縁がない場所なはず。

 何せ転校生が起きている間中、静かだった例しがない。

 そんな口を閉じていられない転校生が何故に図書室に乗り込もうと思い立ってしまったのか。甚だ迷惑だ。

 “トモキ”とやらも何を思って転校生にそんな情報を与えたのか、余計なことを。マナーを何だと思ってる。


 そう思いはしたが、ここで止めても無理やり強行することは経験上理解していたので、「へぇ」とだけ返し ておく。


 そうして結局ここ二ヶ月と同じような流れで生徒会役員に一匹狼、スポーツ特待生とクラス委員長、という 変わり映えしない面子に引きずられて行った先の図書室。


 長期休暇前の試験がそろそろ控えているということもあり、訪れた図書室は結構な人数の生徒が静かに勉強 に励んでいた。


 そんな中突然騒がしい一団が乱入して来たのだから、室内にいた生徒たちはたまったものではないだろう。


 顔を顰める生徒たちをよそに、転校生を始めとした一団は室内に入っても声を抑えることなく、普段通り面 白みもない遣り取りを繰り広げ始める。


 同じような会話しかしないなら別に図書室に来る必要はないんじゃないか。

 とは思っても直紀はやはり口にはしない。

 連中とは言葉のキャッチボールが出来ないのも経験済みだからだ。


 よって直紀はその騒ぎに当然ながら参加せず、書架に並んだ本のタイトルをぼんやりと眺めていた。




 ─────あ、料理本みっけ。誰が読むんだろ。この学園で自炊してる人って居んの? 珍しい。うわ、お菓 子作り関連のも充実してる。




 直紀はすぐ傍で展開されている騒音をシャットアウトし、並んだ本の背表紙をマイペースに眼で辿って行く 。




 ─────え。節約料理だって……このボンボン学校では馴染みのない言葉だよね。




 料理本一つ取っても意外に豊富なラインナップ。こんな入り口付近にコーナーが設けられていることも予想外だ。

 その中から興味を引かれた一冊を、直紀が棚から抜き取った時。


「─────図書室ではお静かに願います。勉強している方もいらっしゃいますので」


 耳に飛び込んできた穏やかな声に直紀はふと顔を上げた。


 視線を向けた先にいたのは長身の一人の生徒。黒髪にフレームレスの眼鏡を掛けた、見た目は完璧優等生な生徒だ。顔立ちは悪くないが、美形の在籍率が無駄に高いこの場所では目立って騒がれるレベルじゃない。


 そんな彼は本を両手で抱えながら臆することなく転校生一行と対峙していた。


「静かに出来ないのならば退室してください」


 おそらく図書委員なのだろう彼の丁寧ながらも毅然としたその態度に、直紀は思わず眼を奪われる。


 それもそのはず、今となっては転校生たちに関わろうとする者は皆無だ。

 絡まれて被害を受けないためには“我関せず”が無難、そう考えるのは間違っていない。

 転校生が同室者でなければ直紀も絶対に関わろうとはしなかった。それなのに否が応にも巻き込まれた結 果がこの現状だ。


 二ヶ月の間で直紀は転校生の話の聞き流し方を覚えた。最近では「へぇ」しか言っていない。それでも 支障がないのだから凄い。要は無駄に反論しなければいいのだ。


 だが彼はそんな転校生たちを凛々しくも勇敢に窘めて見せた。




 ─────三年生…? でも一対八じゃ、どう考えても無謀だと思うんだけど。正論言っても聞く耳持たない 奴らだし…。




 案の定、自らの無作法を棚に上げいきり立ち始めた転校生たちを、だが彼はあっさりスルーして直紀へと視線を流し。


「君は構わないからね」


 騒いでいたわけじゃないから、と。


 合わせた視線のまま目許を緩ませて微笑まれた瞬間。


 雷に打たれたかのような衝撃が直紀を襲った。


 続けざまに脳内で花火が上がり。

 ラッパやクラ ッカーの音が響き渡って。

 トドメに鳴ったのは教会の鐘。


 九嶋直紀、十六歳。



 

 ─────この時、初めて恋を知りました。




 未だかつて感じたことのないの胸の高鳴りに浮き立った直紀であったが、その感覚に浸っていられたのも束の間。


「なんだよ、おまえ!」


 注意されて腹が立ったのだろう、しかしいつもの如く喚き散らそうとしたその寸でのところで直紀は転校生を黙らせることに成功する。

 

 そう、強制的に顎を下から突き上げるという方法で。


「ッ!?」


 思わぬ相手からの予想もしなかった攻撃に転校生は途端に眼を白黒させ。

 舌を噛むのは免れたものの歯への衝撃が大きかったらしく、口を押さえて 涙目になる。

 それに気づいて騒ぎ立てようとした取り巻き共を肘鉄と足蹴りで沈め、纏めて廊下へと投げ捨てる─────この間一分。


 そうして静かになってから手にしていた本を素早く棚に戻し。


「お騒がせしてすみません。これからよく言って聞かせますので」


 こんなことならちゃんと身嗜みを整えておくんだったと思いながら、とにかく悪印象を持たれるのは避けた くて、眼を丸くしている相手へにこやかに言い置いて一礼し。

 直紀は静かに室外へ体を滑らせ、扉を閉めた。






 



 


 場所は変わって図書室前の渡り廊下。


「なんてゆーの、火事場の馬鹿力?」

「ここ火事場じゃねーし!」

「いやいや。俺にとってはそれに匹敵するくらい重要な局面だったってことだよ」


 投げ捨てた際に折り重なって積み上がってしまった彼らの前にしゃがみ込み、取り敢えず直紀は緩く弁明した。


 乱暴だ酷い最低だと喚く転校生はしかし今現在、己の下で呻く連中を華麗にスルーという素敵技を披露 していることに気づいているのかいないのか。

 積み重なった彼らの体の上に座り込んでいるからこそ向こうの目線が高く、こちらが見下ろされる形になっているのだが。

 どいてやれよ、とは思っても口にはしない。何故なら彼らは自分が気遣ってやらねばならない関係でもない からだ。


 これまで彼らには理不尽に絡まれ、意味不明な理屈を並べ立てられて睨まれた記憶しか無い。 生憎と自分を嫌っている相手に優しくしてやれるほど直紀は出来た人間では無かった。


 それでもこれからのことを考えると、一応他の面々にも話を通しておきたいのだが。

 まあ揃って喚かれて会話にならないよりはマシか、と直紀はそのまま話を続行させる。


「俺ね、基本的になんか色々どーでもいい人なんだ」

「は!? なんか色々って何!?」

「だからね」

「流すなよ!」


 意外にツッコミの才能があるのかもしれない転校生に感心しながら、だが直紀はあくまでマイペースに話を 進める。


「そういうわけで今のこの現状があるわけなんだけども、実はこの度─────恋をしてしまいました」


 ぽっかーん。


 まさしくそんな顔で、転校生は口を開きながらも声は出さないという、非常に珍しい反応を示してくれた。

 常に感嘆符のついた話し方しかしない彼にしてみれば、とても珍しいことだ。


 これまで自発的に会話をしようとは思わなかった転校生相手に、こんなことの協力を求めるのは無謀だと 思う。

 だがこうして今話を通しておかねば、この先大変なことになる。

 なだめすかして持ち上げへつらっても、どうにか約束を取りつけねば。

 何せ直紀には人生が懸かっているのだ。


 あれよあれよと流されるままに転校生に連れ回されていた直紀の傍には、もはや連れ回しの張本人とその取り巻き連中 しかいない。

 それはつまり、意思疎通もままならない連中しかいないということだ。

 途中でコミュニケーションを取るのを諦めたせいとはいえ、非常に厳しい状況。


 そんな状態の中で恋愛成就など望めるか─────答えは否。

 これは由々しき問題だ。


 先ほどの彼の穏やかな声と優しい笑顔は、あの僅かな時間で直紀の心臓を文字通り鷲掴みにした。

 そんな体験はこれまで生きてきた中で初めてのことだ。


 今なら祖父母、両親や兄弟が言っていたことの意味がわかる。




 ─────恋とは落ちるものなのだ、と。




 そんな折角巡り会えた存在との今後を、周りにいる連中のせいで台無しにされるなんて冗談じゃない。

 しかしそれもこのままの状態なら避けられない未来だ。

 転校生が無駄にしゃしゃり出て来てぶち壊しにする情景が不吉なほどありありと直紀の脳裏に浮かび。




 ─────それ、なんて再起不能なフラグ?


 


 想像しただけで震え上がった。


 それというのも直紀の家系は曾祖父母祖父母両親兄姉に至るまですべからく一途であった。


 好きになった相手も付き合った相手も一人だけ。

 曾祖父母も祖父母も両親も兄も姉も恋愛結婚。しかも皆一目惚れした相手と、だ。


 七つ上の兄は中学時代にその相手と出会い、大学卒業後に結婚して今では二児の父親。勿論ずっと揺らぐ ことなく義姉一筋。

 四つ上の姉は出会うのが早くて幼稚園生の時。近所に引っ越してきた長兄と同い年の少年がその相手だった。

 押しては引き、引いては押し、の手練手管を用いる“女”っぷりを幼少期から見せつけ、見事に陥落させたそ の相手と学生結婚している。


 世間一般に初恋は実らないと言うが、九嶋家においてそれは当てはまらない。

 初めて好きになった相手が『運命の人』なのだ。


 そんな『運命の人』と共にいられない未来なんて考えたくもない。


 そうならないよう今の内に確約を求めるべく、これまでにない積極性で直紀は転校生に詰め寄る。


「“親友”だって言うなら、俺の恋路の邪魔するようなことはしないよね? 協力してくれるに決まってるよね ?」

「…お、おう!」


 こちらの認識などお構い無しに直紀を“親友”扱いして引っ張り回していた転校生だ。

 その“親友”の頼みにまさか頷かないわけがないよね、と畳み掛ければ。

 初めて直紀から“親友”と言われて喜色を浮かべた転校生は勢いよく首を縦に振る。

 それを見て言質を取ったと言わんばかりに直紀は切り込んだ。


「ならそのカツラ止めてね」


 にっこり笑顔で突きつけられた言葉に、転校生は途端に硬直した。


「なっ、な…ん!?」

「なんでも何もないよ。人は見た目で判断するんだから、それなりに身嗜みを整えるのは当然でしょ。カツ ラ被るんならもっと質の良いヤツにしてよ。事情があって被ってるんだろうから、今ここで引っ剥がすことはしないけどさ」

「こっ、これはカツラじゃないぞ!」

「え、嘘。だってソレ、取り外しできるよね。部屋の洗面台に置いてあるの見たし。普通の頭髪は着脱可能じゃありません。着脱可能なものは一般的にカツラ、もしくはウイッグって言うんだよ?」

「ぅぐッ。オっ、オレは見た目でなんか判断しないし!」

「そうだね。見た目で態度を変えない君のその姿勢はすごく立派だと思うけど、でもごめん、俺を含めた大半は見た目で判断するんだよ。それに一緒にいる親友の見た目や性格がアレだと俺の印象も良くないだろうし。この学校に通えてるくらいなんだから金銭的に余裕がないわけでもないんでしょ? なんでそのカツラをわざわざチョイスしたのかまでは突っ込まないから、もっと不自然じゃないのに替えて」

「う、うぅッ」


 直紀がカツラに気づいていたことを突っ込めばいいのか、その言い分に突っ込めばいいのか迷ったらしい転校生だったが。


「「「「「「「う…、ちょ、ど…いて」」」」」」」」

「─────あッ、オマエらからも言ってやってくれよ! オレはカツラじゃないって!」


 都合良く自分が敷いていた連中を味方につけるべく引っ張り出すことにしたようだ。

 ぱっ、と連中の上から飛び退いた転校生は、直紀を指差して連中に訴え始める。


「直紀がオレのことカツラって言うんだ! ヒドイよな!?」

「…は?」

「……カツラ?」

「…芳光ヨシミツが?」

「そんなワケ…」


 だがそこで直紀はすかさず先手を打つ。


「もう往生際悪いな。ここにいる人たちは皆キミのこと好きなんだよ? 俺が気づいたくらいなんだから、ま さか彼らがキミのカツラに気づかないワケないじゃん。部屋では結構頻繁にカツラ外してたでしょ。時々、 慌てて装着しましたって感じに金髪の地毛が見えてたこともあったよ?  今まで皆が言わなかったのは気を遣ってただけだよ」


 好きな相手のことなんだからわからないワケないでしょう、と連中の言葉を封じ込める。


「ま、まあ…」

「そう、ですね…」

「確かに…」

「そりゃ、なあ?」

「「「あ、ああ…」」」


 取り巻き連中からしてみれば、気づいてなかったなんて言おうものなら直紀より鈍いと自ら認めるようなものだ。


 カツラ? 地毛は金髪? とそれぞれが微妙な顔をしながらも、直紀の言葉に頷く。


「ほらね?」

「……でっ、でも! 直紀こそどうにかしなきゃなんない見た目してんじゃんか! そんなんじゃオレが協力してやったって無理に決まってる!」


 暴かれた事実に、絶対的な味方であるはずの連中からも胡乱げな視線を向けられて焦ったのか、転校生は苦 し紛れに直紀の容姿をあげつらう。

 そしてそれにいち早く応じたのは、常日頃から直紀が気に入らない素振りもあからさまなスポーツ特待生だ。


「……だよね、あんたこそ人の見た目がどーのって偉そうに言える恰好してないよね?」


 目元どころか鼻先が隠れるくらいまで伸ばしっぱなしな前髪の直紀を見て、嫌みったらしくスポーツ特待生が言え ば。

 他の連中からもそうだそうだ、と上から目線の同意が起こる。


「ほらな!」


 我が意を得たり、とばかりに転校生が直紀に視線をやる。


「まあ、そりゃ見た目が良くないのは否定しないけど」


 直紀はそれをあっさりと認めた。反論する必要もない事実だからだ。


「俺もこれから髪切りに行って来るし。この頭じゃ、さすがにみっともないから」


 言いながら伸びた前髪をひょい、と持ち上げ。


 久し振りに開けた視界で転校生たちへ眼を向けた瞬間。


「「「「「「「「!!!??」」」」」」」」


 転校生及び取り巻き連中は揃って眼を見開いて硬直する。


 しかしすぐ髪から手を放して思案し始めてしまった直紀は彼らの反応など碌に見もせず。

 頭の中では次にどうやって“図書委員の彼”と自然にコンタクトを取るか、ということに思考が飛 んでいた。


「……よし。とにかく今から髪切りに行ってくるんで、キミもそのカツラどうにかする算段つけておいてね ! 新しいのは清潔感を第一に、被った時に違和感のない自然なもの選ぶこと! あとそこの連中にも俺の邪魔になるような行動をしないよう言い聞かせといて!」


 顎に手をやってしばし黙考していた直紀だったが、取り敢えずは髪をどうにかするのが先決か、という結論に達し。


 ずびし! と転校生に人差し指を突きつけ、小走りで去って行く。


 未だ直紀の顔を見た衝撃から覚めやらない転校生一行は、誰一人まともな反応することが出来ないまま、半ば茫然とその背を見送った。







 そうして容姿から性格に至るまで見事に劇的ビフォーアフターを遂げた直紀が、件の図書委員の三年生を射止めるのは─────そう遠くない未来のこと。















九嶋直紀(クシマナオキ)→やる気のない巻き込まれ主人公。抗うことなく流されるままに転校生に連れ回され ていたが、今回恋をしたことによって性格が激変する。容姿を磨き上げ想い人を射止めるべく行動を改めた結果、人気が急上昇という嬉しくない副産物がついてきたり。実は美形だったという在り来たりなオチ。


芳光(ヨシミツ)→頭は軽いが矯正可能なレベルの転校生。筋道立てて説明すれば理解します。ただ美形ホイホイな上に寄ってくる大概がイエスマンなので、うっかり増長した結果非常識ぶりばかりが取り沙汰されてしまうある意味不幸な人。


取り巻き連中→構成メンバーは会長、副会長、会計、書記、クラス委員長、スポーツ特待生、一匹狼の計七 名。やはり在り来たりな展開を経てあっさりホイホイされた人たち。


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