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黒歴史を無かったことに

転校生という存在によって忘れたかった過去を直視する羽目になった子のお話。

 


 春の嵐、もしくはトルネードか、と言わんばかりの型破りな騒がしい転校生がやってきて早ニ週間。

 その転校生が所構わず暴れまわるおかげで、校内は常に落ち着かない雰囲気がそこら中で蔓延するようにな っていた。


 そんな滅茶苦茶な転校生を気に入って役員連中を含めた顔の良い奴らが彼にベッタリ貼り付こうが、それが気に入らなくて親衛隊の連中がイラついてピリピリしようが、正直なんの興味も無い。


 自分には関係ない対岸の火事だ、と呑気に構えていた麻生修也アソウシュウヤは、だがこの後うっかり耳に飛び込んで来た会話にとんでもないダメージを受けることになろうとは、まるで考えもしていなかった。




 それは五時限目が終わった休み時間のこと。


 その時、修也は机の上に両腕を投げ出して顔を伏せ、迫り来る睡魔と一人格闘していた。

 危うくノックアウトされそうなギリギリの境界で、それでもあと一限を乗り越えれば帰れる、と自分に言い聞かせ気力を振り絞り意識を浮上させた瞬間。


「……でさ。それが、なんでも役員連中がずっと探してた相手らしいんだって」

「え。あの転校生が?」

「そうそう。やたら喧嘩が強くてカッコイイとか言われてた『ミカ』っていう人らしいよ」


 聞くとも無しに聞こえてきた隣席クラスメイトの何気ない噂話に、修也は机に顔を伏せた状態で、かちん、 と固まった。


 “ミカ”?


 なんだか凄く嫌なくらい身に覚えのある名前だ。


 あれほど強大だった修也の眠気が、呆気なく瞬時に吹っ飛ぶ程に。


 それによって余計な記憶までも浮上してくる。

 引っ張り出されたのは、忘れようと努力してもふとした瞬間に甦る記憶。

 その度に声無き声で羞恥に身悶えるしかない修也の忘れたい過去とは────そう、あれは二年前、中学二年の夏のこと。


 男の中学時代といえば、少しくらいカッコつけたいお年頃の真っ盛り。

 調子に乗って粋がることは誰しもが経験するはず────そうだ、自分だけじゃないに決まってる。ノリで あんなことをしたのも若気の至り。反抗期の若さ故の勢いだ。でなきゃあんなことするはずがない。


 夜な夜な街へと繰り出し揉め事や関係ない騒ぎに首を突っ込んで少々おイタをしたことも。

 厨二病そのままに付けた通り名を恥ずかしげもなく名乗り、口にするのも憚られるようなことをしたのも。

 思い余ってよくわからないチームを組み、しょーもないことで暴れ回って方々へ迷惑をかけたのも。


 全て今では諸々記憶の彼方へと葬り去りたい黒歴史だ。


 そんな時代を思い起こさせる名前に、修也はつい聞き耳を立てずにはいられない。

 “ミカ”とは、天使様なんだよ天使様! という、よくわからない思いつきと当時の自分テンションにより、 『ミカエル』から取って名乗っていた痛い時代の修也の通り名だ。


 いやだがでも特に珍しい名前でも無いし自分のことだとは限らない、どっかの違う関係ない『ミカ』さんだよ、女の子かな、あ、転校生って言ってたっけ、そうかそうだよね、と修也は自己完結させようとした、のだが。


「なんか泥棒捕まえたりしたこともあったって」




 ─────ナントイウコトデショウ、バッチリ身ニ覚エガアルノデスガ。




「宝石店とか狙って盗み繰り返してた少年グループだったらしいんだけど、なんでも『ミカ』って人がやっつけたおかげで証拠品と一緒に警察に捕まったらしいよ」

「えー! スゴいね」



 ─────イヤ。アレハボコッタ相手ガ、タマタマ窃盗犯ダッタンデスヨネ。狙ッタワケデハアリマセン。




「それ以外にも痴漢捕まえたり」




 ─────エエ、男ナノニ男ニ痴漢サレマシタガナニカ? プライド傷ツケラレタノデ、結構エグイ仕返シヲシマシタネ、確カ。




「あと露出狂とか」




 ─────夏場ハ頭ノネジガ外レルヤツラガ多クテ困リマス。男ナノニ男ノ露出狂ニ遭遇シタ不運ニ嘆キマシタトモ。




「若い女性を狙った暴行犯とかもやっつけたらしいし」




 ─────アハハ強姦魔? フザケテルヨネ。ボコルニ決マッテンジャン。俺ノドコヲ見テ女ト思ッタンダカ知ラネェガ。




「……はー、凄い人もいたもんだねー。でもそこまで色々してたら、警察から表彰とかされないの?」

「それがさ、騒ぎになって警察が来る頃にはいなくなってるんだって」




 ─────基本、警察来ル前ニトンズラスルカラネ。正当防衛ヲ主張スルニハ過剰過ギルト思ワレルノデ。




「でも何だかんだで彼に助けられた人たちからの証言で、『ミカ』って人だってことはわかってるらしいん だ。でもさ、そんな人があの転校生って…………あり得なくない?」

「あー、確かに。どこからどう聞いても被る要素無いわ」

「役員連中がどんな眼してんだか知らないけど。アレは無いよ」

「アレ正義感強いんじゃなくてただの自己チューだし」

「言ってることとやってることの一貫性まるで無いし」

「ただの男好きだよね。見てればわかるのに、なんであんなの追っ掛け回してんだろ。趣味ワル」




 ─────ソンナ性格ナンデスカ転校生。シカモ男好キ? 学園ニ染マルノ早イネ。




「正直、僕も『ミカ』の武勇伝は人伝てに聞いた話だから、多少脚色は入ってんのかもだけどさ。転校生がマジでその『ミカ』だったとしたら、すんごいガッカリなんだけど」

「あー…転校生がホンモノなら、その話の信憑性もなくなるよなー」

「でも『ミカ』のことよく知ってるはずの役員連中が、転校生を『ミカ』だって言い切ってるんだよ?」




 ─────エ、チョ、ソレ初耳ナンデスケド。




「え。役員連中はその『ミカ』って人と面識あんの?」

「んー、なんかね、詳しくは知らないけど、一時期一緒に行動してたらしいよ」




 ─────確カニカツテノ夜仲間デシタケド。捜サレテルノモ知ッテタケドサ。忘レタイ恥ズカシイ過去ヲ知 ッテルヤツラニ会イタイ訳ナイジャンヨー。




「だからさ、そんな役員連中の御墨付きがある訳だから、『ミカ』に憧れてた人とか、助けられた人とかがこぞって転校生に群がってんの」

「あー。じゃあ役員以外の美形共はそのクチか……まあホンモノ知ってるヤツらの言葉だもんな。そりゃ信じるか」

「その上、喧嘩強いってのは知られてるから、親衛隊も迂闊に手出せなくてイライラし てるって」




 ─────ッテ、エ、ナニ。モシカシテ、今ノ学園ノ状態ノ発端ハ、元ヲ糺セバ俺ガ原因トカ言ウオチダッタリスルノ……………ソンナバカナー。




 あまりの動揺からクラスメイトの会話にカタコトで脳内ツッコミをいれていた修也は、そこに来てようやく 我に返る。


 何故だか自分の知らない所で名前が一人歩きしているらしい。

 見解の違いはあれど、話題に上がっている『ミカ』はどう考えても自分だ。


 窃盗犯をボコり痴漢をボコり露出狂をボコり婦女暴行犯をボコッた『ミカ』さんが自分以外他に存在しない限り。


「聞いた話じゃ、『ミカ』は銀髪で紫の眼してるらしいよ。まあ普通に考えて、髪染めカラコンだろうけど」

「んー、じゃあ何、転校生が黒くてもっさりしたカツラとやたらデカイ眼鏡をつけてんのは変装のつもりだったりすんの? 今時有り得ない見た目してると思ったけど」

「てゆーか、そもそもあれで変装する意味がわかんなくない? 目立ちたくないんだか目立ちたいんだか」

「ワル目立ちしてるもんな…。髪なら染め直せばいいし、カラコンなら外せばいいだけだろ」

「だよね。それだけ見てても転校生って頭弱そうじゃない? そのうえあの人たちの会話聞いてるとさ… 余計に、ね…」

「……転校生がホンモノだってんならさ、やっぱりその聞いた武勇伝ってヤツも偶々じゃない? 実際逮捕に 『ミカ』が関わったってのが嘘じゃないとしても、そうだな……『言い掛かりつけてボコッたら、結果的に相手が犯罪者でした』、とかが妥当じゃね?」

「あー、有り得る! 学校での転校生はそんな感じだもんね。うわー。そっかぁ……あー………、なんかマジ でショック。理想ぶち壊された。すんごい格好良い人想像してたのに」




 ──────────いや。いやいやいや………無い。無いわー。




 妙なイメージを持たれていたのもあれだが、しかし実際自分が犯罪者を警察に引き渡す羽目になった経緯の推理は当たらずとも遠からずで。


 そうしてそこまで聞いた内容の断片を、頭の中でかちかちと何の気無しに嵌めてった修也は。


 そこであまりな事実に気づき、愕然となった。


 仲間に気づかれないのがショックだった─────訳ではない。いや、気づかれるも何も、ヤツらと真正面から対峙したら修也は確実に噴き出す自信がある。だってヤツら皆揃って当時のまんまな色味だ。髪や眼がピンクや紫や緑って可笑しいだろ。ここ高校だよね、専門学校とかじゃないよね。校則は? 先生たち注意とかしないの? 無いわー。

 遠目に初めて彼らを校内で見掛けた時、修也は二度と連中には関わらないと心に誓った。

 高校に入学してすぐの話だ。


 対する修也はといえば、髪がダークブラウンで瞳も濃茶色という何も手を加えていない素の色。銀髪で眼が紫なんてものは当時の厨ニテンションでなきゃ到底纏えない色だろう。


 では、勝手に名前を使われたのがムカついたのか─────というと、それもない。修也の中で『ミカ』時代 は黒歴史だ。無くしたい過去だ。それを別の人間に押し付けられるんならば何も問題無い。むしろ万々歳。


 なら、一体何がショックだったのか。


 ここでよく考えてみよう。


 かつての夜仲間たちが、声を揃えて転校生のことを『ミカ』だと言い切った。

 まあそれはどうでもいい。昔のイタイ呼び名なんて今の自分には必要無いものだ。


 だが。


 転校生は、“自己チュー”で“行動言動に一貫性が無く”、“男好き”で“頭が弱い”のだとクラスメイトは言った。


 そんな、“自己チューで行動言動に一貫性の無い男好きな頭の弱い”転校生と間違えられるほどの類似性がどこかしらにあるらしい、過去の自分は。




 ─────もしかしなくても、そんなアレな人物とイコールで結ばれてしまうほど、非常に、ひっじょーにイ タイ、超絶イタイ子だったんですかね。




 そのことに、今この瞬間思い至ってしまったことにより。


 ざっと全身から血の気が引いた。




 ─────コワイ。何それコワイ。自覚してなかったなんて余計にコワイ。




「ちょっ」

「おい…」


 呆然と伏せていた机から虚ろに顔を上げた修也を見て、それまで隣席で喋っていたクラスメイト二人はぎょ っとしたように声を上げた。


「…って、え! ちょっと大丈夫!? 凄い顔色悪いよ、麻生」

「…保健室行くか、それとも早退するか? 先生には言っとくから」


 どうやら早退を勧められるほど酷い顔をしているようだ。


「……ああ…うん、ごめん。ちょっと無理っぽいから部屋戻る……後はお願いしていい?」

「ああ、構わないけど……付き添おうか?」

「んーん、大丈夫。ありがと」


 まさか自分たちの会話が体調不良の原因とは思うはずもない彼らに心配そうに見送られ、静かに教室を出た修也は。




 ─────精神的ダメージにより、この日を境に引きこもり期間へと突入することとなる。




 引きこもり初日から三日目までは羞恥と後悔と嫌悪にまみれ。

 四日目で落ちるとこまで落ちた結果、開き直り。

 そして、どうしたってアレと似たような言動行動をしたことも無い上、記憶を辿っても被る要素がこれっぽ っちも無いことに気づいてからは、余計な辱めを受ける羽目になった原因共に怒りを覚え。

 五日目には過去も現在も『ミカ』は転校生で良くね? 俺はそんな恥ずかしい真似してないよ、なんの関わり もない他人の話だよね、と色々裏工作を済ませた末の。


 ─────引きこもりから八日目。


 色々な意味でちょっぴり気分がハイになった状態の修也が久し振りに登校してみれば。


 クラスメイト、担任から労りの言葉を貰い、休んでいた間の授業のノートを写させてもらいつつ、三週間前から変わらない校内の動向や転校生の様子を片手間に聞かされる過程で。


 何故だか自分が引きこもっていた間に、一番親しくしている友人が転校生に巻き込まれて制裁や嫌がらせを一身に受ける状況になっていることを知った。







 


 

 どすどすと足音荒く食堂へ向かった修也が、転校生及び役員、取り巻き、親衛隊相手にブチギレして大暴れする まで─────あと五分。















おまけ。


(あ゛あ゛!? テメェら人のダチに何してやがんだ!)


(なんだよオマエ! って、ちょ! うわ、イタイイタイ! ぎゃああああ!)

(ッちょっとアナタ! 何するんで、す…か─────ッ、ひぁぁああ! スイマセン! ごめんなさい許して下さい─────!)

(ざっけんな! テメェ、ぶっ潰し…て─────ひッ、うわああああ!! )

(ちょっと、なんなのアンタ! 一緒にやっちゃって……いやあああっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ、ひッ、うえええーん!)


 友人に手出しした人数分上記リプレイ。


(─────今度コイツに手ぇ出してみろ? 唯一の取り柄なその自慢の顔、強制的に整形してやるよ……俺の手でな)












麻生修也(アソウシュウヤ)→恥ずかしい過去は全て転校生に押し付けたい主人公。でもブチギレたおかげ でなにやら雲行きが怪しくなり……。


友人→高校からの外部生だった修也を、親身になって色々サポートしてくれた学園での初めての友人。一言 も喋らないで終わったが、転校生たちが修也に鉄拳制裁を受けている間、キラキラした眼で見守っていた。


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