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理想の相手

普通に考えたらアンチ王道転校生はネタでしかないという話。

 



 ────予想外だ。


 今の己の状態を表す言葉は、もはやそれ以外に他ない。

 むしろここに至るまでが想定外の連続だったと言ってもいい。


 事の始まりは彼の両親の勝手な都合によるものだった。


 それは高校一年の冬。

 仕事の関係で日本にいることすら稀な両親と、久しぶりに家で顔を合わせたのが発端だった。


『おまえ、ここの試験受けなさい』


 そう父親に笑顔で言い渡され、碌に事情も知らされず、学園への編入試験を受けさせられたのが年明けのこ と。


 だがそれをお膳立てした当人たちは編入試験の結果も、仕事の忙しさにかまけて把握していなかったという 体たらく。

 ましてや試験を受けさせたこと自体を、つい二週間前まですっぽり忘れていたというのだから随分な話だ。


 何のために受けさせたんだ、と自分が思っても仕方ないだろう。


 勿論そんな事情を知るよしもない自分は、特にそのことについて両親から連絡もないので、当然のことなが ら普通に今まで通りの学校に通い続けていたのだが。


 後に学園の方から『どうなってるんでしょうか』との電話連絡を受け、ようやく両親が思い出す、という、 これまたしょーもない展開の結果。


『アンタの将来の為だから』


 そんな一方的な言い分でもって編入手続きを強行され、つい先日泣く泣く友人たちとお別れしてきたのだ。


 忘れていたくせに試験後の手続きは前もって人に頼んであった為、編入するには支障が無いというのだ からふざけた話だ。


 試験は受けたが編入するなんて言ってない。

 わざわざ山奥くんだりの全寮制になど、こんな半端な時期に今更行きたくない。

 しかも受けさせた両親すらがそのことを忘れていたんだから、別に行かなくてもいいだろう。


 そう散々主張したのに、日頃放任主義を通り越した野放し状態にしておきながら、両親はこんな時ばかりは強 引な横暴さを発揮し。


 五月のゴールデンウイーク明けという、なんとも微妙な時期に編入する羽目になったことが最初のケ チのつき始めだと今にして思う。


 そうしてなんだかんだで中途半端な時期に編入となる自分を心配し、新しいクラスに早く馴染む為にまずは最初の掴みが重要だろうと、友人たちが協議してくれ。


『あからさまなカツラと瓶底眼鏡なら誰かしら突っ込んでくれんじゃね?』


 という結論に達し、その通りの出で立ちでやってきたわけですが。


 


 ────妙泉真咲ヨシズミマサキ、早くも挫けそうです。










 

 思えばこの学園に辿り着いた時から雲行きが怪しかったのだ。

 それでも真咲が当初の予定通り断行したのは、ポジティブさに見せかけた意地だった、としか言いようがな い。

 だからこそこうなっているのは自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが。


 しかしそれにしたって今の状況はあんまりじゃなかろうか。


 ぴーちくぱーちく。

 やいのやいの。


 真咲が教室に現れた時から、求めていたものとは違う言葉の数々。

 それはこれまでの予想外の道のりを思い、せめてクラスメイトこそは、と願った真咲の希望を打ち砕くもの で。




 ────絶望した。




 瞬間、真咲の堪えていたモノが一気に決壊。


「──────ッなんなんこの学校! 会う人会う人ボケ殺しって! 的確なツッコミしてくれる人はおらんのか!?」


 

 

 ────吠えた。




「まずそこの人!」


 びしぃ! と指を突きつけられて硬直するチワワ系の小柄な生徒。

 オタクだの気持ち悪いだの声を潜めるでもなく言っていたことへの抗議かと思いきや。


「ツッコミがおかしい!」


 そう言う当人は指摘がおかしい。


「オタクとか気持ち悪いとかより先に言うことあるよね? なんで誰もカツラに触れないの? 優しさ? 優しさとか言っちゃう? でもさ、ホントに頭皮状況で悩んでるヤツはこんなあからさまなカツラしないよね? 隠したいならもっといいのあるじゃん。こんなカツラ被ってること自体がツッコミ待ちだってことに気づこうよ!」


 え、あれカツラなの?


 思わぬ情報に戸惑うクラスメイト。


「こんな瓶底タイプの眼鏡にしたって普通の店じゃ売ってないっつーの! 近場じゃ手に入らなかったからわざわざネットで取り寄せてまでこの日に備えたのに! なんで誰も眼鏡のことに触れてくれないの!? こんな恰好してる奴いたらツッコむのはお約束でしょ!?」 


 そうなの? 

 お約束なの? 

 世間様では常識なの?


 さざめく教室の空気にも気づかず、転校早々放置プレイって厳しいよすっかりイタい子じゃんか俺、と一人曲解して落ち込み始める真咲。


 しかしあまりに予想外の展開すぎて対応できない担任とクラスメイトの面々。


 そんな中。


「……あのな。普通に考えて初対面の転校生相手にこんな沢山のクラスメイトの前でカツラや眼鏡へのツッコミ出来るわけないって気づけよ」


 そう呆れたように口を開いたのは、前から二番目の窓際に座っていた一見地味めな生徒だった。


 だがそんな彼の発言に他のクラスメイトたちは顔を見合わせて互いに確認しあう。

 

 あれカツラって気づけた?

 わかんなかったよ!

 僕も!


 ひそひそ。

 こそこそ。


 対する真咲は、きっ、と彼を見据え。


「ッアホか! いじられないほうがよっぽどキツイわ! 愛ある弄りっつーのを知らんのか! そこら辺の空気読めや、空気! それに前のガッコじゃツッコんでなんぼやったんじゃ!」

「前の学校がどんなんだか知らんが、初対面の男相手に愛なんてあるわけないだろが。カツラだろうと思っても 『もしかしたら』って葛藤と躊躇いがあることくらい理解しろボケ」


 淡々と無表情で返されてむむっ、とする真咲。

 もはや二人のやりとりについていけない周囲。

 そんな中でも二人の会話は続く。


「葛藤を乗り越えた先に真のお笑いというものがあるんだ! それを目指さずして芸人の頂点には立てんのだ ぞ!?」

「いや、ホントにおまえどこから来たよ……、そもそもそんなもの目指してないから」

「はッ、そうか……この学園はボケのレベルが高すぎるのか……」

「待て、どこから引っ張って来たその結論」

「ちょっとしたノリと勢いでやらかした門を飛び越えるという荒業を門番さんに見なかったことにされても」

「は。おま、飛び越えたのか!? まずあれを飛び越えられる身体能力にツッコミ入れたいんだけど」

「案内に来てくれた人の見た目から言動に至るまでツッコミを入れかけたのを辛うじて堪えられても」

「いや、そこで何にツッコミ入れようとしたのか個人的に気になるんだけど」

「まさか担任、クラスメイトに至るまで、ことごとくのボケ倒し……もうツッコまずにはいられなかったんだ!」


 俺ボケ担当なのに……!

 と打ち拉がれかけ、真咲はそこでようやくはたと気づく。

 今まさに掛け合いをしていた相手のことを。

 ばっ、と勢いよく顔を上げれば。

 ばちり、と視線が合った。


 りんごーん。


 どこからともなく鐘の音が聞こえる。




 ────そう、これは運命。




 いや授業開始のチャイムだよ、というツッコミは今の真咲には届かない。

 否、むしろ誰もツッコめない。

 何より今の真咲には彼の存在がキラキラと輝いて見えたのだから。


「っ、理想の相手…!」


 歓喜の声をあげると同時にもはや当初の目的を全く果たせず不要となったカツラと眼鏡を取り払う。


 え。

 嘘。

 ちょ。

 はあああ!?


 今度はまた違う意味で眼を見張った担任及びクラスメイトに、だが真咲は意識を向けるでもなく。

 同じく驚いたように眼を見開いている彼へと飛びつき。



『俺専用のツッコミになってください!』

















妙泉真咲(ヨシズミマサキ)→カツラと眼鏡を取っ払ったら目映いばかりの正統派美人というお約束人物。 お笑いは人生の潤いと考える王道?転校生。基本構ってちゃんなので、ボケをスルーされるのが一番堪えます。


地味めな生徒→名前は出せなかったが、今後真咲に懐かれること決定。ひよこのように後ろをついて歩く真咲に困惑気味。


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