端から見た茶番劇
転校生が来たことによって恋人に振られた二人が元恋人たちに対してちょっとした仕返しをしようと試みる話。
ある日突然、恋人から一方的に別れを突きつけられた。
中途半端な時期にやって来た転校生に恋人がべったりしだしてから、ちょうど一か月が過ぎた頃のことだ。
少なくとも一年は“恋人”という関係であった相手に対するにはあまりにも冷ややかな眼で、切り捨てるこ とに何の斟酌も感じないといった雰囲気で、王路幸峯は文字通りあっさり捨てられた。
自分 の本当の姿を見てくれる、傍にいると楽しいのだ、とそう転校生を評するのと合わせ、随分な言葉でこちらをこき下ろしてくれた元恋人に、いくら温厚と言われている自分でも怒りを覚えないわけがない。
だがしかし。
『親衛隊を無駄に騒がせたくないから』
そう関係を公表しないことを求めた相手の、その実裏に隠された男としての譲れない矜持を慮り、周りには 一切知らせていなかったからこそ余計に怒りをぶつける先がなく、苛々が募るばかりだったのだ。
人目につかないようメールや電話で連絡を取り合っては短くとも濃密な時間を共に過ごし、互いにゆっくり と気持ちを育てて来たはずだった。
根拠のない噂ではなく、間近で接した相手の繊細で寂しがりな部分も、周りの眼に怯えて泣いたその傷ごと 大切に守ってやりたいと思っていた ─────それなのに。
たったひと月前に来た転校生に、全てをぶち壊されるとは思ってもみなかった。
まさに青天の霹靂。
自分を振るなんて有り得ない、などとそこまで自惚れているわけではないが。少なくとも自分なりに誠意を持って恋人とは向き合ってきたつもりだった。しかしそれこそが独り善がりだったと言われてしまえばもう何を言える訳もない。
ましてや別れ際にあんなにも悪し様に言ってくれたくらいだ。転校生の人間性とは一体どれほど『素晴らしい』ものなのか、としばらく観察してみれば。
─────酷い。
唖然とした。
呆然とした。
何より『アレ』以下の人間だと判断されたことに愕然としたのだ。
まず身嗜み以前である、手入れのしていないボサボサ頭。
これまた手垢がべったりな瓶底眼鏡。
今時の幼児さえしないほどの食事マナー。
周囲の迷惑を考えもしない喚き声。
それを見かねた生徒からの注意に対し、ただひたすらに「横暴だ」「最低だ」と相手を責め立て自らを省みない厚顔さ。
それを窘めようともせずに庇い、一緒になって進言した相手を脅しつける元恋人や取り巻きたち。
─────有り得ない。
それでも自分を通して見たソレに、恨みつらみといった余計なフィルターが掛かっていないとも限らない。
ならば第三者の客観的な意見を、と幾人もの相手に聞いてみた結果。
「なんていうか、解り合うには難しい……大きくて深い溝が、彼らとの間に横たわっていることに気づいちゃったんだよ……」
そう疲れたように吐き出したのは、転校生の取り巻きと化してしまった元恋人を含む学園の美形ドコロを一緒に眺めていた放送委員会の美人委員長─────更科美鶴。
それに対しては自分も大きな溜め息と共に頷くしかない。
「ああ……、もう解り合おうとする過程はとうに過ぎた」
何より自分で観察して感じたモノが、大半の意見と一致するのを知ったからだ。
今となっては彼らの周囲に寄ろうとする生徒などいない。
かつては姿を見せる度に歓声を挙げられていたそれが、今では全く無いことにも気づいていない。ましてや 自分たちを避けるようぽっかりと開いた空間も意識に入らないほど、彼らは転校生のことしか見えていない のだ。
もちろんそんな彼らをどうにかしようと頑張った存在も少なからずいた。彼らの親衛隊だ。
当初は今まで通り転校生への忠告・制裁の流れを試みたものの、全く効果がなく。むしろ悪化しかしない状況にさすがの彼らもアプローチを変え始め。
直接親衛対象に直談判に行き、しかしどうしたってまともな会話にならないことに、最後は─────匙を投げた。
そんなものを遠目に見て聞いて、最後の確認の意味で転校生のことをどう思うか聞いた友人たちには。
『……ばっ、はっ、まさかおまえもアレの面妖で異様な空気に悪酔いしたのか!?』
『やめろ、頼むからアレだけはやめて!』
『なんでだ、あんなモップの何がいい!? モップだぞ!? 会話出来ないんだぞ!』
『……世間様にバレて後ろに手が回らなければロリコン、ショタコンまでなら許してやる!』
『ババ専、ジジ専、デブ専でも構わない!』
『倫理的にはマズイが、相手が姉でも兄でも妹でも弟でも、おまけで母親父親、祖母さん祖父さんでも賛成はしないが容認はしてやろう!』
『だから』
『『『『『『アレだけはやめて!!』』』』』』
まさか半泣きで土下座されるとは思わなかった。
その後、縋りついてくる彼らを宥めて誤解だと説き伏せるのに、結構な労力を使ったのだ。
そんなことが転校生の話題を振る度に繰り返されれば、さすがに転校生及び彼に群がっている連中に対する周囲の認識も理解する。
どうやら頭お花畑になっているのは、彼らだけだということを。
「で、どうする。美鶴」
「どうしよっか、幸峯」
互いに顔を見合わせて首を傾げる。
二人の手元にあるのは数枚のデータカードと大量のネガフィルム。
これまで彼らを観察し続けた結果の産物だ。
それを指先でトントンと示し。
「あの連中のおかげで学園の運営自体も怪しいらしい」
「うん、そんなことも話してたね。まさか理事長も宇宙人だったとは思わなかったなあ……。やっぱ血が繋が ってるんだね」
転校生が来るまでは理知的な大人のイメージだったのに。人は見かけによらない。
今の学園で“宇宙人”といえば転校生のことを指すということを、知らないのは当の本人とそれにメロメロな 取り巻きだけだ。
そしてその“宇宙人”を呼び寄せた叔父である理事長も、やはり甥と同じ“宇宙人”であったことがこの度発覚 したのだ。
美鶴は頬杖をつき、その学園の存続すら危ぶませる事態にまで貶めた原因である、未だ騒がしい連中を眺めた。
「でもさ、あんな連中に折角できた恋人とのらぶらぶ生活を台無しにされるの嫌なんだけど」
「ああ。それに俺は、色々とおまえの“元”恋人に思うことがある」
「それなら俺だって、幸峯の“元”恋人さんには言ってやりたいことが多々ありますよ?」
よくよく聞けば自分と似たような流れで恋人に振られたことに共感し。
気づけば互いを特別に思うようになっていた。
今では目の前の存在こそが愛しい愛しい恋人だ。
だからこそ自分以前の男が去り際に恋人に投げつけた台詞を、相手にベタ惚れなお互い共に許せるわけがな く。
「……多少の痛い目は見るべきだと思うんだ、あの人たち」
「……まあな。あいつらのおかげでどれだけの被害が出てるかくらいは、自覚ないし責任取るべきだよな」
「……やっちゃう?」
「……やるか」
仕返しの名を借りた不用品の処分を。
─────妙に萎れた転校生の取り巻き連中が見受けられるようになるのは、それからわずか一ヶ月後のことだ った。
王路幸峯→写真部男前部長。転校生の取り巻きとなってしまった生徒会の会計とひっそりつきあっていたが振られる。親衛隊持ちの結構な人気者。
更科美鶴→放送委員会美人委員長。こちらも転校生の取り巻きとなってしまった恋人に 振られる。転校生たちを観察する過程で幸峯と出会いフォーリンラブ。