生徒会役員の考察
「元生徒会長の言い分」「元生徒会長の誤算」「生徒会顧問の執心」続編。
本日のおやつとして差し入れられたのはソフトタイプのプレッツェル。
指を広げた片手ほどの大きさのそれにかぶりつけば、一年補佐組の一人である相川信治の可愛らしい顔が途 端に笑み崩れた。
まだほんのり温かく、ふんわりもっちり。
口に広がる生地の甘さと表面にまぶされた塩気がこれまた絶妙。
「んぅー、今日のも美味しいー」
もごもごと味わうようによく咀嚼してから飲み込み、はふん、と満足げな息を吐けば。
同じくソファに座ってテーブルを囲んでいた他の生徒会メンバーも深く頷く。
「てか、海里が持ってきてくれるヤツってハズレが無いよね」
早々に自分の分のプレッツェルを完食し、やはり同じく差し入れであるザッハトルテの皿を手元に引き寄せ ながら会長の鹿島稔がそう言えば。
「結局は何事もセンスってことなんかね。ここまで何でも人並み以上にやられると妬む気も失せるわー」
既に誰より早くザッハトルテに舌鼓を打っていた生徒会きっての平凡代表、会計の原夏彦がフォーク片手に 溜息をつく。
「………そういう心境にならずに見当違いな嫉妬で自滅した連中もいるけどな」
だが副会長の浅野克志が怜悧な顔そのままに淡々と付け加えた言 葉には、皆揃って「あー…」という顔になった。
「…確かにアレは自滅以外の何物でもないわな」
現生徒会では硬派な兄貴分、といったポジションにいる書記の長山康生が呆れたように呟けば。
「無駄なプライドでライバル視してた割りには空回って盛大にすっ転んじゃいました、って感じかなぁ?」
補佐組の水谷誠司が癒し系な顔でおっとりと、だが内容は結構辛辣なことを言い。
「皆瀬先輩がどうのってより、まんま連中が蒔いた種でしかねぇし」
同じく補佐組の斎藤敦がその強面を苦々しげに歪めて補足し。
「あれじゃ、結局『顔だけだった』とか言われても仕方ねーよな!」
やはり補佐組の井ノ原豪が爽やかフェイスであっけらかんと締めくくる。
結局のところ、海里の人徳という以前に連中のやり方が杜撰過ぎたのだ。行き当たりばったりで後先考えて いないにも程がある。
「………正直、自分があっち側でなくてホント良かったなーって思う…」
相川がしみじみ呟けば、やはり他役員たちも神妙な面持ちで頷く。
“皆瀬海里”の視界から弾き出された元役員とその他大勢の生徒たちを見ていると心底そう思うのだ。
海里の親衛隊は他親衛隊持ちの生徒とは一線を画し、制裁騒動は皆無の超穏健派。
その為、他の親衛隊持ち相手と違って怯える必要もなく、海里に声を掛けることや接触さえも当たり前に可 能だったのだ────そう、以前は。
今では海里の半径二メートル以内は接近禁止。それを踏み込んで近付こうものなら問答無用で親衛隊によっ て排除される。
以前のように声を掛けようとしても、海里の前に壁を作られて口を開く隙さえ与えられない。
その間に他の親衛隊員によって海里は連れて行かれてしまう。
リコール騒動以降、隊の統制がきちんと為されていた穏健派である海里の親衛隊は、まさしくその“親衛隊” という名称通り、彼の心身を守る為に近付く相手を選別し始めたのだ。
海里がリコールとなった時には既に生徒一人一人の言動と態度を観察し、振るい落としも完了していたと言 うのだから徹底している。
余計な情報に惑わされ、眼の前に示されていた事実を見過ごして誤った判断をしたことに気づいた時には遅 かった。
彼の親衛隊は学園生徒たちのそんな様子さえも冷静に逐一観察していたのだから。
全てが済めば以前のように戻れると考えていた学園生徒たちはすぐに現実を思い知らされた。
海里に謝罪するどころか対面できる場を設けることすら拒絶され。
理不尽さを覚えて抗議しようにも隊員たちから向けられるのは冷ややかな眼差し。
『自らを省みず安易な謝罪という押し付けを強要してくる厚顔無恥な相手に海里様の時間を割く必要性を感 じられません』
そんな正論を叩き返されては引き下がるしかなかった。
そして海里もまた、親衛隊を信用して周囲の自身を巡るやり取りには一切口を挟まない。
それが正当な抗議であれば耳を傾けるが、愚にもつかない雑音に関しては全てシャットアウト。 そのはっきりとした線引き。
一連の騒動から出た反感や反発は潔く受け止める。弁解も言い訳もしない。しかし同時に他人の無責任な言 葉にも揺らがない、おもねらない。
悪辣な噂で貶められた時でさえ、真っ直ぐ前を向く海里の姿勢は変わらなかった。
まさしく高潔で清廉。
だから、憧れる。
むしろ今回のリコール騒動で、前以上に海里へと向かう憧憬の視線は増えた。
しかしそれに反比例して海里へ近づくことの許された者の数は極端に減っている。
近づくことを許され、傍で海里の実像に触れた生徒会役員だからこそ、今の状況には色々な感慨がある。
「今回のことで“共同責任は無責任”って言葉を思い知ったというか」
「『“皆”言ってたし』の“皆”ほど信用ならないものは無いな」
嘆息混じりの長山の言葉を受けて浅野が言い添えれば、他役員たちから返るのはやはり深い頷きと溜息。
噂は人を介せば介すほどに変質して行くものだ。ましてそこに悪意があったら尚の事。
海里の場合は元の好感度が高かった分、その反動が凄まじかった。
“可愛さ余って憎さ百倍”とはよく言ったものだ。
「……ホント、好き勝手言ってたよなぁ」
「リコール前にはそりゃもう酷い言われようだったし」
思い出すと皆揃って渋面になってしまうくらいには随分な悪意が飛び交っていた。
「個人的な付き合いを持つ機会がないから仕方ないって言っちゃえばそうなんだけど」
「声掛けオッケーって言っても単純に皆瀬先輩の容姿には気後れしちゃうもんね」
「でも勝手なイメージ押し付けてたくせに『幻滅した』とか言って陰で根も葉もない適当な話をバラまくの はなあ」
「それをバカみたいにあっさり信じ込んでこれ見よがしに『酷い』とか『サイテー』とか言いやがって」
「言えるほどオマエら皆瀬先輩の何を知ってんだっつーの!」
「そうそう! しかもそーゆー人ほど身の程知らずって言うか」
「自分じゃ出来もしないことを偉そうに上から目線で言うんだよなー」
「ならオマエらは人に言えるだけのことが出来てんのかよ! ってツッコミたくもなるっつーの!」
「人に何様だって言うオマエこそ何様だってんだ!」
海里大好きっ子な補佐組にとって、その大好きな相手に向けられた中傷への憤りは未だ根強い。 思い出しては徐々にヒートアップしていく補佐組に、二年の役員組は顔を見合わせて苦笑する。 言っていることに対して異論はないが、しかし放っとけば延々と続きそうだった為に鹿島は手を叩いて中断 させた。
「はいはい。お怒りはごもっともだけどー、美味しいもの食べてる時くらいは穏やかにね」
「…………はぁい」
「……そうですよね」
「……確かにわざわざ気分悪くすることもないよな」
「……何より勿体無ぇ」
海里手製の菓子を引き合いに出せば非常に素直に聞き分ける補佐組だ。
再び持ち直したフォークでケーキを口に運び、揃って頬を緩ませる。
そんな話のネタにされている肝心の海里はと言えば、本日は親衛隊との“お茶会”ということで席を外してい た。
しかもどうやら親衛隊の方にも彼は手作り菓子を持参しているらしい。
というのも海里の親衛隊に所属しているクラスメイトから、相川の元に写真付きメールが送られてきたから だ。
タイトルが『幸せすぎる…』とあったメールに添付されていた写真には、小さめに作られた手のひらサイズ のレモンタルトと、やはり同じく手のひらサイズに切り分けられたチョコレートブラウニーが写っていた。
そのメールによれば、甘い物好きな隊員たちの為に両方きっちり人数分用意されていたらしい。
ピンクのハートマークと歓喜の言葉に埋め尽くされたメールからはハッピーオーラが溢れていた。
「……うう、美味しい。こっちはプレッツェルとザッハトルテを差し入れて貰ってるというのに、この二つ が美味しいからこそ親衛隊の方のレモンタルトとチョコレートブラウニーも食べたかったと思ってしまう我 が身の意地汚さが切ない…!」
「……それは仕方ないよ。あっちのタルトとブラウニーも美味しいんだろうな、っていうのが簡単に想像つ くんだもん」
補佐組のちびっ子コンビである相川と水谷がケーキを食べながらも素直過ぎる本音を漏らせば。 その“親衛隊”で思い出したのか、鹿島が手にしていたカップをソーサーに戻しながら口を開く。
「タルトとブラウニーが気になるのは俺もだけどさ……何より海里がそれを人数分用意したってことに驚く 」
「あー…確かに。海里が親衛隊の子たちを可愛がってるのは知ってたけどさ、あいつんとこの隊員数って七十越えてるはずだぜ?」
「「「「「「………七十……」」」」」」
鹿島と原の言葉に他役員たちは思わず唸る。
他の親衛隊とは違って希望すれば誰でも入れるわけではないことを考えれば驚異的な数だ。
しかもその人数分を用意する手間を惜しまないのだから、海里がどれだけ隊員を可愛がっているのかも知れ る。
何よりその人数の顔と名前をしっかり覚えているだろう海里を思うと、もはや感嘆しか出ない。
「そんな海里と親衛隊の関係も碌に知らなかったお馬鹿さんたちが『セフレと乱交パーティー』なんて阿呆 くさい噂流してたけど」
「……海里からはそういった話、一度も聞いたことないんだよね」
そこで皆が食べ終わっているのを見て取ると、鹿島は身を屈めて膝に肘をつき、ちょいちょい、と役員たち に同じ体勢になることを手で促す。
怪訝そうな顔をしながらも皆がそれに従って身を屈めれば。
「……結局どうなの。海里って、男相手もイケるの?」
海里からすれば非常に大きなお世話であるだろうことを、ぼそっと呟いた。
「………そういえば、はっきり突っ込んで聞いたことないな」
しかし何だかんだで付き合いの良い原が首を捻りつつ答えれば。
「……おまえな」
「……付き合いの長いおまえらが知らないのを、俺らが知ってるわけないだろ」
「何より皆瀬先輩は聖域です」
「右に同じく」
「俺もそんな感じ」
「あんま考えたくねぇ」
そう言いながらも律儀に応じる、やはり付き合いの良い他役員たち。
「いや、だってさー。あんだけモテんだよ? セフレの噂は有り得ないにしろ、中等部からここなんだし一度 や二度は何かあったって不思議じゃなくない?」
「………まあ、海里のとこの隊員って結構選り取り見取りだよな。可愛い系や美人系だけじゃなくて平凡系 に格好いい系も意外と多いみたいだし」
海里が再び本棟に出入りするようになり、その際の送迎時の付き添いから親衛隊の顔触れも自然とそれなり に把握出来るようになっていた。
「昨日の…一番右にいた黒髪の子は海里と気安いように見えたけど」
「……ああ、あれは俺と同じ2Cだ。以前も皆瀬と時々話してるのを見掛けたことがある」
「一昨日の茶髪のちまっこいのは?」
「あ、あの子は1Bの子です。昨日は皆瀬先輩の話で凄く盛り上がっちゃいました」
「じゃあ三日前の眼鏡っ子」
「四日前の小動物系」
「八日前の儚げ美人」
「十日前の爽やかワンコ」
「……鹿島…原…、よく覚えてるな」
次から次へと上げていく鹿島と原に、そこまで気にして隊員たちを見ていなかった浅野がやや引き気味にな る。
だが二人はそんな視線も何のその、ぐっ、と拳を握り締め。
「いや、だってあの子ら見るからに海里のこと『大好きです!』って顔してたから」
「だよね。ちょっと気になったとゆーか。そこんとこどーなの?」
「実は親衛隊の中にイイ仲の子がいたりしないの?」
言いながらずいっと二人が顔を向けた先は。
「……………………あのですね、そんなのは本人に聞いて下さいよ。何で俺に聞くんですか……」
一人掛けソファで静かに紅茶を飲んでいた、2Eクラスのトップ犬養進だ。
実は最初からその場に居合わせていた犬養は、そこで二対どころかプラス六対の期待と興味に満ちた眼を向 けられ、大きな溜息を吐いた。
「だって犬養が一番海里と仲良いじゃん……悔しいけど」
「何かツーカーっぽいから……悔しいけど」
口を尖らせながら言う鹿島と原に、犬養は再度深い息を吐く。
海里に頼まれて生徒会用のおやつを届けに来たのはいいが、その際に何故か鹿島と原に引き留められてソフ ァの一角で会話を聞くこと二十分。
引き留められた理由もわからないまま、しかし特に口を挟むことなく出された紅茶を飲んでいれば、振られ た話は自分には関係のない海里の恋愛事情。
もはや溜息しか出ない。
「…………海里は隊員の子たちを可愛がってるので有り得ませんよ」
取り敢えず言える範囲の事実を告げるが、しかし鹿島と原は揃って首を左右に振る。
「いや、可愛がってるのがわかるからさ。その中に特別な子がいるんじゃないのかなーって」
「海里ってばそーゆー方面のことはとんと話さないし」
鹿島と原の主張に、話さないのはそんな事情がないからだ、と犬養は疲れたように言う。
どれだけ迫られても涙ながらに訴えられても、抱き締めて頭を撫で、耳元で『ごめんな』と囁くことで海里 は相手を宥めてしまうのだから。艶っぽい話になどなりはしない。どれだけ熱烈な想いを向けられても、そ れが不健全な方向には行かないのだ。
むしろその手順で全てを収めてしまえる海里の手腕が恐ろしい。
『応える気もないのに手が出せるか』
というのが海里の一貫した言い分だ。
好意を向けられることを当然とし、都合良く親衛隊を性欲発散に利用しておきながら、自らを棚に上げ、彼 らに対して嫌悪感を隠そうともしなかった元役員たちとは根本的に考え方が違う。
もっとも海里の親衛隊員たちにそんなことを言えば、比べること自体が間違いだと怒られてしまうだろうが 。
「……大体一度振った相手とどうこうなるなんてこと、海里は考えもしないでしょうし。そうなると隊員の 子たちの半数以上は除外対象になりますから」
「……は? 何ソレ」
上げた根拠に、しかし役員たちは皆顔に疑問符を浮かべた。
それを見て犬養は怪訝そうな顔になる。
「………海里の親衛隊に入るには段階を踏まなきゃならないことは、知ってますよね?」
「隊長さんとの面接制、ってのは聞いたことあるけど。それ以外にも何かあんの?」
「ああ…。そこまでなんですか、そうか……。いえ、そうですね。それはもちろんですが、その面接以前に 海里への感情が恋情か憧憬かの申告をする必要があるんですよ」
「申告?」
「ええ」
憧憬だった場合はそのまま隊長との個別面談へと進んで可否を言い渡されるが、恋情だった場合は更に違う 段階を踏まねばならない。
それが“海里への告白”だ。
何せその為にわざわざ告白の場を一人一人設けていると言うのだから。
その手順を踏み、海里の口から直接お断りをされて初めて親衛隊への入隊資格を獲る。要するに一種の牽制 だ。
一度はっきり『振られた』という前提が、海里への“好意”を免罪符に使うことを許さない。
“想い”に応えて貰えなかったのだから、海里の付き合いに口を出す権利など無いのだと言い含めて。対象に 近づく相手を“排除する”行為を“好きだから”という理由で正当化させない為に。
その流れを済ませた後で再び入隊の意志を問うのだと言う。
それでも例外なく皆入隊希望するというのだからそこはやはり海里の人柄故だろう。
誰にも邪魔されない場所で海里と話をし、想いを伝えられたことで皆満足するようだ。微力ながら海里を支 えられたら、という心境になるらしい。
そういう意味でも海里と隊員の間の繋がりは非常に強い。
『あれだけ素直に慕ってくれるんだ、可愛くないわけないだろう』
海里は好意を向けられた分の誠意を相手に返す。
どれだけの想いを貰っても同じ気持ちを返してやれないから、と。
想いに応えられない心苦しさを抱え込むことになろうと、それでも『好きになってくれてありがとう』の言 葉と共に一人一人と向き合うのだ。
「……海里ってば律儀だなあ……」
そこまでの説明を聞いた鹿島が頬杖を付いて大きな溜息を吐くと。
「でもさー…。それって逆に生殺しっぽくね? 振られてんのにあんな優しい顔で可愛がられたら」
送迎時の海里と親衛隊のやり取りを思い出したのか、原はむーん、と眉を寄せる。
しかしそれに関しても犬養は事も無げに言う。
「そこは海里の接し方が上手いんでしょうね。隊員は皆横一線で平等。先輩後輩の垣根はあるが、実質の序列がない。隊長や副隊長だからといって特別扱いすることもないですから。何よりあそこは隊員同士の仲が凄く良いんです。入った当初は吹っ切れていなくても、同じ過程を経て入隊した隊員たちと話している内に落ち着いてくるみたいですよ。それでも気持ちにけじめがつけられなくて辛いようなら脱退すればいいこと ですし」
「ああ…」
「何でも脱退した後に恋人が出来て、その恋人と一緒に再入隊した子もいるらしいですよ?」
「……………うん、何かよくわかんないけど海里が凄いことはわかった」
これまでその手の苦労とは無縁に生きてきた原には、海里のように期待を持たせない距離を図りながら対応 するなんてこと到底無理だ。
「……こう考えてみると海里の恋人ってハードルたっかー」
「そもそも想像つかなくないですか? 皆瀬先輩の隣に並んで見劣りしないような人」
「…………確かに…」
「……、前期役員の先輩方は?」
「あー、確かに皆瀬先輩と並ぶと眼の保養、って感じではあるね」
「でもあの人たちはツーショットっていうより、グループって感じがしないか?」
時たま顔を出してくれる彼らは、集団で海里を取り巻いているイメージが強い。
「『役付きじゃなかったら海里の親衛隊に入ってたね!』とか言うくらい海里のこと好きな人たちだからな ー。あの中の一人と海里がどうこうなる想像ができない」
「…じゃあ図書委員長」
「ああ、美人さんだよねー。俺、好きなタイプ。でも海里とはしっくり来ないかな」
「ならテニス部部長」
「おお、カッコ可愛いと評判の彼ですね。悪くはないけど違うなー」
「んじゃ剣道部主将!」
「……確かに凛々しいイケメンですけど」
「……今一つ決め手に欠ける」
「人気はあるみたいだがな」
「皆瀬先輩の隣に立つには少し見劣りするかな」
最初は呆れ顔だった他の連中も、色々と名前を上げられるにつれ、つい口を差し挟み始める。
「だよなー。悪いが凛々しいイケメン程度の輩に海里はやれん!」
きりっ、と鹿島が決め顔で宣言した瞬間、べしっ、と後頭部に衝撃を喰らった。
「ッて! なに────ッ」
慌てて振り返れば、いつの間に来ていたのかそこには海里が腰に手を当てて立っていた。
顔を突き合わせて話していた為にどうやら扉の開閉音にも気づけなかったらしい。
「おまえら…くだらないこと話してんなよ」
海里は顔を顰めて役員たちを睨みつけた。
「あら海里、お疲れー」
「今日の差し入れも美味しかったでーす」
素早く身を起こした鹿島と原はへらっ、と笑って誤魔化し、他役員たちは揃って眼を逸らす。
何だかんだで最後は『海里の恋人に相応しいのは誰か』話に参加してしまっていた為、下手に口を開くことは得策でないと口を噤む。
それに対して呆れたような溜息を吐き、次いで一番奥に座って一人我関せずといった風に紅茶を飲んでいた 犬養に眼を留めると。
「つか、なんでまだ犬養がいるんだよ」
「……何でもあなたの恋愛事情が知りたかったらしいですよ」
「……はあ?」
「隊員たちと非常に仲が良いのが気になったみたいで」
「……俺の恋愛事情なんてどうでもいいだろが」
「えー、そんなことないよー。高校生に恋バナは付き物っしょ」
「恋バナよりも今は仕事の方が優先だ。ちゃんと終わってるのか?」
「もー、出来てますよ。俺の机に纏めて置いてある」
ノリの悪い海里に、鹿島は頬を膨らませながらも自身の机を示して見せた。
そんな鹿島には見向きもせず、海里は会長席に歩み寄ると早速書類の確認を始める。
その一連の動作をソファの背もたれに腕と顎を乗せて眺めていた鹿島が徐に口を開いた。
「……話戻るけど、じゃあ海里はさ、結局どういう人がタイプなの?」
「何だおまえ。やけに拘るな」
「だって海里とは一度もそーゆー話したことなかったから」
「…そんなもんか?」
「そんなもんですー。男同士なんて珍しくもない学校だしさー、もし男相手で選ぶとしたら誰?」
それがあくまでも興味半分といった感じだった為、海里は特に深く考えもせず答える。
「あー………、なら……吉戒先生?」
現状を振り返れば当然真っ先に思いつく相手の名前を上げれば。
「「「「「「「! あ、」」」」」」」
「ッはあああ!!?」
役員たちから上がりかけた声は、しかし鹿島の声で一瞬にしてかき消された。
むしろ上がった名前への驚きより鹿島のその反応の過剰さに全員の視線が彼へ集中する。
そんな中、鹿島は座っていたソファから飛び上がるようにして立ち上がると、凄い勢いで海里に突進し。
「っなんで!? 嘘でしょ!? そりゃ顔が良いのは否定しないけど、あーゆーのはスカした顔の下で何考え てるかわかったもんじゃないよ! しっかりして海里!」
必死の形相で詰め寄り訴えかける鹿島に、海里のみならず他役員たちの顔が「うわあ…」と引きつる。
「………………いや、おまえの方がしっかりしろよ」
妙な具合にエキサイトしている鹿島に両肩を掴まれて揺さぶられ、海里は色んな意味で引いた。
だが鹿島はそんな海里の反応も碌に眼に入らないのか更に言い募る。
「ッ、だって、だって! なんでよりにもよってあの人なの……!」
「……えー、でも僕は納得って感じだけどな」
興奮のあまり鹿島が声を詰まらせたところに相川が割って入る。
それを受けて他役員たちも互いに顔を見合わせ 。
「……確かに」
「まあ…」
「考えてみると…」
「違和感ないよな」
「そうだな」
「順当って気もする」
「吉戒先生だもんね」
揃って頷いた。
「っちょ! みんな本気……!?!」
喚きかける鹿島の口を、背後から歩み寄った原が塞ぐ。
「……もー、いいから鹿島会長は黙ってて下さーい! ……てことは海里ってば受け身でも抵抗ないんだー? 」
少々強引かつ乱暴に海里から引き離した原が、によによと笑いながら問えば。
「年の離れた姉が二人いるからな。俺は基本的に弟気質だぞ? 女相手ならともかく、わざわざ男を選ぶんな ら思い切り寄りかかっても倒れない相手が良い」
鹿島から解放された海里は再び書類に眼を落とすと、原の言葉を特に否定するでもなくそう言った。
「ッ、体格の話なら俺だって吉戒先生と同じくらいじゃん!」
そこにきてすかさず原の手を振り払った鹿島が抗議の声を上げるも、海里からは呆れた眼を向けられる。
「阿呆か。体格だけじゃなくて精神的にも、ってことだよ。おまえの場合、寄りかかったら一緒に倒れそう じゃねぇか。何だかんだで甘いからな。俺に流されて潰れそうだし」
割り切りが上手そうな容姿に反して意外に繊細な部分を持っている鹿島は、支えて支えられてというよりも こちらの感情に引きずられて不安定になりそうな危うさがある。そうなれば結局は共倒れだ。その点、吉戒 はちゃんと引っ張り上げてくれそうな安心感がある。
そう理由を告げれば、鹿島以外は皆納得したようだ。
「確かに大人の包容力って言うか……頼ってもいいんだ、って言う安心感はダントツですよねぇ」
「評判が良いのはわかりきったことだもんね」
水谷や相川が言うように、吉戒の評判はその端麗な容姿と相俟って学園内では非常に良い。
制裁で受けた怪我を手当てしてもらった。無理やり連れて行かれそうになっていたところを助けてもらった 。逃げていた時に匿ってもらった。
容姿の良い生徒からは当然だが、立場の弱い生徒たちからの好意的な意見が圧倒的に多かった。 教師の中でもあからさまに生徒をランク分けして贔屓する者がいる中、吉戒に関してはそういった話を聞く こともない。
相川と水谷が吉戒の良い評判を上げていく度に、ぎりぎりと歯軋りする鹿島。
その間に海里の書類のチェックも終わっていた。
「あ、訂正箇所とかありますか?」
書類を手に近づいてくる海里に気づいた水谷がソファから立ち上がって尋ねれば。
「いや、無い。おまえらマジ優秀」
とびきり柔らかい笑顔と共に後ろを通り過ぎざま頭を撫でられ、水谷の顔が瞬間ほわり、と緩んで上気する 。
「あ、狡い。皆瀬先輩、僕も!」
はい! と手を上げて立ち上がった相川が頭を出せば、海里は苦笑しながら相川、斎藤、井ノ原の順番に撫で て行く。
撫でられて照れくさそうに眉を下げる後輩たちを見て海里は微笑むと。
「これは俺が上に出しておくから今日はもういいぞ」
「あ、でもこっちのは吉戒先生に判子を貰わなきゃいけなくて」
「……ああ、ならそれも俺が持って行く。今日は碌に手伝ってやれなかったからな、」
「ッ海里!」
水谷が示した書類を引き抜いて重ね直した側から鹿島の悲鳴じみた声が被さってくる。
「……おまえ、しつこい」
それを胡乱げな視線一つで切って捨て、犬養を促して扉へ向かえば。
「っ、俺も行く!」
「あのな……、書類を提出するだけなのに何心配してんだよ。大体、犬養もいるっつーの」
共に付いてこようとする鹿島に、既に何度目かもわからない大きな溜息を吐く。
「っ、そりゃそうだけど、でも!」
「鹿島会長ー、自分が選んで貰えなかったからって駄々こねたってしょーがないっしょ」
「駄々じゃない!」
「あ、鹿島は押さえとくからもう行っていいよ」
「ちょ、原!?」
「男の嫉妬はみっともないぞ。少し冷静になれ鹿島」
「浅野まで…!」
「今日も差し入れご馳走さまでした。もー、相変わらず凄く美味しかったです!」
「だから、海里は…!」
「明日も宜しくお願いします。お疲れ様でした」
「駄目だって…!」
「……ああ、お疲れ。あとは頼んだ」
「海里!?」
「おー、任せろ」
「ほらほら会長ー、ひっひっふー」
そうして役員たちに寄ってたかって宥めおちょくられ足留めされている鹿島を尻目に、海里と犬養は生徒会 室を出た。
扉を閉じて尚漏れ聞こえる言葉の応酬を背に歩き出したところで犬養がぽつりと呟く。
「…………彼らには言ってなかったんですね」
何を、とは聞かず、海里はちらりと横目に見て。
「……まあ。わざわざ言うことでもないし。大体この学園が例外中の例外なだけで、軽く話せることじゃな いだろ」
役員たちを信用していないわけではないが、だからといって話す必要性も感じない。
そう告げれば。
「でもまあ…、言わなくて正解だったみたいですね、あの様子じゃ」
犬養の言う通り、生徒会室での鹿島の反応を見る限りとても言えたものじゃない。
海里としてもあそこまで過剰に反対されるのは予想外もいいところだ。
これまで鹿島が他人の恋愛事情を気にする素振りを見せたことがなかった為、海里は完全に読み違えていた 。
あんな反応をされるとわかっていたら吉戒の名前など出さなかったものを、と内心頭を抱える。
今のところ吉戒との関係を知っているのは犬養だけだ。だがそれも海里が進んで話したわけではない。
話すも何も吉戒と“そうなった”翌日に顔を合わせると同時に深々と溜め息を吐かれたのだから。
『……バックには気をつけた方がいいって言ったでしょうが』
心底呆れた、と言わんばかりに顔を盛大に顰められて。
『まさかたった一週間で喰われるとは思いませんでしたよ。まあ、どうせあなたが余計な軽口でも叩いて向 こうの感情を煽ったんでしょうが』
まるでその現場を見ていたかのように状況を看破され、彼の察しの良さに二の句が継げなかった海里だ。
「見たところ微妙なラインですよ。この先関わり方を間違えると痛い目見ますからね」
やたらと聡い犬養の言うことだからこそ真実味があり、海里は途端に顔をひきつらせた。
「…………怖いこと言うなよ」
「心配してるんです。あなたにはもう吉戒先生がいるんですから。それなのに鹿島会長がうっかり友情枠を 踏み越えちゃったら不憫でしょう」
そしてこれ見よがしにやれやれ、と肩を竦めた後で犬養は更に余計な一言を付け足した。
「─────この男誑し」
簡潔でありながら多大なダメージを喰らうその一言に、堪えきれなかった海里の怒声が廊下に反響する。
「─────ッ、人聞きの悪いこと言うな!」
相川信治→会長補佐。相変わらずの海里大好きっ子。結構率先して原と一緒に鹿島を弄 ってます。
鹿島稔→会長。自分から話題を振ったくせに、海里の口から吉戒の名前が出たことに焦り気味。それが友人の身を案じてのことなのか、はたまた違う理由があるのかは定かでない。
原夏彦→会計。海里のことは好きだが別にどうこうなりたいとは思っていない。友情以上 の憧れはあっても恋情未満。
浅野克志→副会長。海里のことは単純に凄い人だと思ってる。目標であり理想。 及ばずとも近づきたいと鋭意努力中。
長山康生→書記。例に漏れずこちらも海里のことは色んな意味で凄いと思ってる。た だレベルが違うのはわかってるのでマイペースに関係を構築中。
水谷誠司→副会長補佐。生徒会の癒やし担当。言うことに棘があったりなかったり。し かしそれはあくまでも純粋な感想であり、そこに裏はない。
斎藤敦→書記補佐。これまでは強面な見た目のせいで上級生から絡まれることが多かっ た。その分、普通に後輩として可愛がってくれる海里に懐いてる。
井ノ原豪→会計補佐。爽やかな容姿のままに明るく人好きのする性格で生徒会のムードメ ーカー。海里への懐き方はどこか犬っぽい。
犬養進→2Eのトップ。海里を見る眼はどことなく兄的目線。しっかりしている割りに は面倒な状況へ自ら嵌まる海里に呆れることもしばしば。
皆瀬海里→生徒会オブザーバー。気を許した相手には口が滑る意外とうっかりな子。吉戒 を見る鹿島の眼が何となくキツイことには気づいていたが、その原因が何なのかはわかっていなかった。が 、今回のことでその理由に遅蒔きながら気づき、正直「マズった」と思ってる。「誑し」と言われるのは平気でも、「男」を付けて言われるのは不本意なお年頃。