××の定義
「理想の相手」「ポジションチェンジ?」続編。
「「「ッごめんなさい! 僕たちが間違ってました!!」」」
「! おい」
「ちょっ」
咄嗟に引き止めようと伸ばした手も虚しく、二人を呼び出した小柄な生徒たちはそう言い残して脱兎の如く 走り去って行った。
結果、その場に取り残される形となった妙泉真咲と始沢律一は。
「「…………………」」
またもや前回までと同じ結果となったことに顔を見合わせ。
「………なあ、律一」
「………ああ、真咲」
「「なんでこうなる」」
揃ってがっくりと肩を落とした。
現在真咲と律一の二人がいるのは、呼び出される場所としては定番中の定番である校舎裏。
無駄に広い金持ち学校ということもあってそこは結構な広さの裏庭となっており、きちんと手入れされた木 々の織りなす色鮮やかな風景が周辺には広がっている。
今は秋から初冬へと差し掛かる季節特有の黄色と赤色に紅葉した様が非常に見事だ。
だがしかし、今この場にいる二人は生憎それを愛でる感性というものを残念ながら持ち合わせていなかった 。
というよりそれどころではなかったとも言う。
向き合って立ち尽くす彼らは、おそらく最後だったであろうチャンスを失したことに揃って難しい顔をして いる。
「どうする、律一」
「どうするか、真咲」
そうして顔を寄せ合っている場面は、一見するとちょっとしたラブシーンに見えなくもない。
だがそこにあるのは甘さの欠片もない深刻な雰囲気。
ほぼ同じ身長である二人は、同じ高さにある互いの顔を真面目な表情で見つめ返すものの。
「「………………………………………………」」
これといった打開策も思いつかない二人の間に横たわるのは、長い沈黙。
「…………………人間、諦めも肝心だよな」
「……だな」
うん、と頷き合った。
思えば真咲が時期はずれの転校生としてこの学園にやって来て早半年。
気づけば思わぬことから生徒会役員たちと交流を深め、合間にあった夏期休暇にも一緒に遊ぶほどには仲良 くなっていた二人だ。
役員たちが体験したことがないというカラオケやファミレスに連れて行っては、カルチャーショックを受け る彼らを見て楽しみ。
逆にクルージングだ自家用ジェットだ、で船や飛行機に乗せてもらってはニースだモナコだクレタ島だと避 暑に行くのに、『金持ち……パねぇ』と感じたり。
お互いの世界のすべてが新鮮で目新しく、非常に充実した夏休みであったのだ。
だがしかし。
そんな気安い関係を見せられては面白く思わない連中がいる─────当然、彼らの親衛隊だ。
一学期の頃は気の良いクラスメイトたちの根回しのおかげで回避されていた親衛隊関連の呼び出しが、二学 期に入って怒涛のラッシュとなってやってきたのだ。
それもすべては真咲と律一が食堂利用を解禁したことに因る。
そこで役員たちと一緒に毎回食事をしていれば、親衛隊の隊員から厳しい眼を向けられるのは当たり前とい えば当たり前であった。
その結果、真咲と律一が役員たちの親衛隊に呼び出されるのも今回で十二回を数えた。
恐らく生徒会役員の親衛隊とは一通り接触し、二巡目三巡目の呼び出しも終了した頃だと思われる。
そうなれば当然どこかの親衛隊から実力行使なりなんなりがあって然るべき状況なのだが。
しかし何故か未だにそのような展開にはなっていない。
むしろ三度呼び出された親衛隊からはそれ以降の音沙汰が無いという、これまでにない事態。
忠告→警告→制裁の順序で為されるという話を聞いていた律一と、やはり彼からそう聞かされていた真咲も 首を傾げるしかない。
それというのも本来なら親衛隊からの忠告の場となるであろうはずの呼び出しが、いつもどうしてか隊員た ちの方が自主的に退いて行く。
それも吹っ切れた感のある顔で礼と謝罪を言って去って行く者と、泣いて詫びながら走り去って行く者の両 極端。
どうやら今回は後者であったようだ。
思い返してみれば、これまでの呼び出しでは何故か人生相談や恋愛相談をされていたような記憶がある。
その度に何かがおかしいと思いながらもそれをスルー出来ず、自分たちなりの意見や見解を述べてきたのだ が。
「……なんか違う…」
「目的が…」
今回も例に漏れず恋愛という事象を話し合っていたら、途中で相手に離脱されてしまった。
制裁の実害がないのはいいのだがしかし。
真咲と律一がわざわざ親衛隊からの呼び出しに応じているのは、何も彼らのお悩み相談をしてやる為ではな い。
二人がどうして親衛隊からの呼び出しに律儀に赴いていたのか、それは二学期に入って気づいた重大な事実 に端を発している。その為の糸口として親衛隊との機会を活用していたのだが。
今となってはその予定も大幅に狂い、大事な目的さえ解決できずにずるずる来ている状態。
つい揃って溜め息をつきたくもなると言うもの。
だが始めは確かに通り一遍当なやり取りを親衛隊の隊員たちとはしているのだ。
『××様に近づくな』だの。
『あんたらは○○様に相応しくない』だの。
『いい気にならないでよね』だの。
一応そんな類の言葉を黙って聞くことから始めている真咲と律一。
が、しかし。
聞いている途中で真咲に些細な疑問が芽生え始めてしまったら最後だ。
浮かんだ疑問を真咲が色々と突っ込んで聞く横から、言葉を補っては細かい部分を突き詰めて行く律一に、 隊員たちは狼狽し、挙動不審になり、果ては泣きそうな顔で逃げるように立ち去って行く。もしくは何度も 頭を下げて礼を言っては晴れやかな表情で帰って行く。
二人からすれば『なんで?』と言ったところだ。
とはいえそんな過程を両手以上も繰り返せば、さすがにその原因が自分たちの言葉の返し方にあることを自 覚せざるを得ない。
何より普通に話していてもあちこち脱線しまくる自分たちが、会話を誘導しようとすること自体が無謀なの だということにも。
ふとした疑問を“つい”口にしてしまう真咲と、彼の言葉には“つい”律儀に応えてしまう律一のコンビが、話 を誘導するなどという高等技術を用いようとしたことこそ間違いであった。
何せ当人たちですら自分たちの話がどこに転がっていくのかもわからないのだから。
「……人には得手不得手というものがあるんだよな」
「……自分を知るって大事だな」
真咲と律一の間をひゅるりらと木枯らしが吹き抜けて行く。
もっと早く気づけていれば違う対応を心掛けることもできたのだろうが。
生憎と気づいたのが前々回の呼び出しの時。
今後どこかの親衛隊が四度目の呼び出しをしてくれるなどという甘い期待は持てない。
どの親衛隊も三度で打ち切っているのだから。
“三度目の正直”の道を脇に逸れ、“二度あることは三度ある×四”の道を進み切ってしまった二人に残された選 択肢はただ一つ。
「………もうこうなったら腹を括るか」
「…そうだよな」
半ば投げやりに顔を合わせて深々と嘆息。
「……ちぇ。副会長さんは俺直接聞いたはずなのにさー、まったく記憶にないってどんだけー」
形の良い唇を突き出して不満げに言う真咲に、律一は制服のポケットからメモ帳とシャーペンを取り出しな がら、ああ、と顔を上げる。
「……髪の色に気を取られてまともに話を聞いてなかったってヤツか」
「おーよ。だって顔は明らかにアジア系なのに、超キレイな金髪なんだもん。先祖返りかなー? とか、染めるにしたって最初に色抜かなきゃあんなキレイな色にはなんないよなー、とか」
「まあ…確かにな」
「染めたんだとしたら金持ち坊ちゃん学校なのに意外と服装規定や校則緩いんだ、とか。それとももしかし て俺と一緒でヅラだったり!? とか色々ぐるぐるして、これはツッコまなきゃいかんのか…? という葛藤 が」
その時のことを思い出したのか拳を握り締めてうーっ、と唸る真咲。
「そうだな、それでこそ真咲だよな」
メモ帳を捲りながらそれを横目に見て相槌を打つ律一。
「で。結局は『外見ツッコミ待ちの自分が先にツッコむのは負けた気分になるから』で、あの『すげぇな、 その愛想笑い』発言になったんだっけか?」
「……うん。いやさ、正直髪色だけじゃなく赤い眼もツッコミたかったんだ…! アンニュイな感じのモデル 座りで待ってたこととかもそうだけど! でも眼の方はほら、万が一カラコンじゃなくてデリケートな理由が あったりしたら、とか思ったりもして…こう、もだもだしたというか」
妙なところで豊かな想像力を発揮し、気遣うべき部分の基準が少し不思議な真咲だ。
そしてやはり淡々とメモ帳に本日の呼び出し内容を書き込みながら言葉を返す律一。
「デリケートな理由があったら寧ろ黒のカラコン入れるけどな、目立たないように。そしてもし仮に頭がカ ツラだったとしてもだ、敢えて金髪をチョイスする意味がわからん。それ以前に副会長さんにはわざわざカ ツラを被ってツッコミを待つ必要性がない。あと、アンニュイなモデル座りというのがどんなもんだか知らんが、おまえは自分の眼の付け所が少し特殊だということを自覚した方がいい。そのくせ言葉を選んだ割り に誉めてんだか貶してんだかわからない指摘の仕方もどうかと思うぞ」
「だよなぁ……、さすがにちょっといっぱいいっぱいだったみたいで。中途編入ってことでガラにもなく緊 張してたしさ。でも副会長さんの髪色と眉の色を見比べて違和感なかったから、金髪は自前なんだろうとあ の時は判断したんだよな────…つーか、頭は金髪なのに眉毛が黒々してる奴見ると金のマーカーで塗り 潰したくなんねぇ?」
途中ふと思いついたのか真咲が“金髪”というキーワードで日頃気になっていることを何気なく口にすれば。
「………ああ、わかる。時々見掛けるが、確かにアレ目立つよな。どうしたって髪よりまず眉毛に眼が行くし」
やはり同じように感じていた律一が普通に応じ。
「だよなだよな! いや、前のガッコん時のダチなんだけど、ある日いきなり頭キンキラキンに染めてきたヤ ツがいてさー。でも眉は黒いままだったからもう気になったのなんのって」
以前の学校での話を真咲が例に挙げれば、む、と律一が顎に手をやりながら同意する。
「確かにそれは気になるな。ある日いきなりというのも想像力がかき立てられるが、その前にどうせ染める なら眉毛もだろう、と注文をつけたくなる」
「そうなんだよー、どうしても眉に眼が行っちゃってさ。で、つい堪えられなくて」
「……やったのか?」
律一の問い掛けに、真咲はきらきらと眩しい笑顔で右手の親指を立てて見せ。
「おうともよ! 頭染めたんなら眉もだろ! ってそいつが拒否るのを追っかけて捕まえてさ、実際塗ってみ たんだけど。無駄に抵抗するから眉毛だけじゃなく周辺にも色ついちゃって。そしたら今度は眉毛を中心に やたらキンキラして逆にそこだけ浮いちゃってさー。いや参った参った。もうクラス一同爆笑もんで。担任 のセンセも風紀のセンセも、そいつの顔見た瞬間に吹き出しちゃって、髪の毛の方を注意できねーの。おか げで説教もいつもより短く済んだんだよな─────早くどうにかしろって追い出されたとも言うけど」
「……それはまた随分と愉快なクラスというか。まあ眉毛を塗られた側からしたら、斬新な嫌がらせと受け 取られかねない事例だが」
「さすがに俺だってやっていい相手かどうかは見るぞ? そいつ馬鹿騒ぎ好きな奴だったし。頭染めたのも『 いきなり啓示が降りてきた』とか言ってた」
「………『少年よ、髪を金にしなさい』みたいな?」
「そうそう。結構そういう感じで色々仕出かすヤツだったから」
「一歩間違えると電波系だけどな」
「ああ、うん。紙一重って感じ。でも発言がぶっ飛んでて結構面白い。今度律一にも紹介するなー? 夏休み は生憎と都合つかなかったけど、そうだな ……冬休みにでも。眉毛事件の奴はもう頭黒に戻してるから金の 眉毛は見せられないけど、他もいいヤツらばっかだし」
「ああ、うん、楽しみにしてる。面白いヤツらだってことは、おまえを見てるとよくわかる」
「そうかー? 俺なんて、ボケとしてはまだまだだぞ」
そう言う真咲はこの期に及んでまだ自らのボケに不満がある様子。
ボケではない素の部分で散々役員たちをおののかせたというのに、やはり本人にその自覚は無い。
それ以前に二人は自分たちが何故校舎裏になど来ているのか、すっかり失念していた。
だがそのことに気づく様子もなく話は続く。
「………そのことなんだが。真咲は別にボケに拘る必要はないと思う」
「えー? なんで?」
「ツッコミにしろボケにしろ、どっちも相手あってのものだろう? だからこそ互いの立場を理解することが 必要だと俺は思う。ボケる側はツッコむ側の、ツッコむ側はボケる側の立場を経験してこそ、どんなツッコ ミが最適か、どんなボケが活きてくるのか、という理解が深まるはずだ」
「……!! 確かに」
「ボケからツッコミに転身して売れたという芸人も少なくないしな。逆もまた然り」
「なるほど。あんまりボケだのツッコミだのを気にする必要はない、と」
「ああ。大丈夫だ、おまえならボケだろうがツッコミだろうが」
「ッ、律一……! そうだな。俺、やってみるよ」
「その意気だ」
「やる前から自分をこうあるべきだ、と型に嵌めてちゃ可能性が狭まるだけだしな。そもそもこのガッコに 来た時点で副会長さんの頭を見て…………、副会長さんの……、?」
決意を新たにした真咲だったが、自ら発した言葉により『………アレ?』という顔になる。
「……………………」
「……………………」
ここにきてやっと、またもや話が脇道に入り込んでいたことに気づいたらしい。
見つめ合った状態で思わず無言になる。
しばしの沈黙の後。
同じタイミングですっ、と眼を逸らし、やはり同じ間合いで小さな咳払いを一つ。
「………あー、いや、うん。でも、ほら。何だかんだでちゃんと気づくんだから良くないか?」
「まあ…、確かにそうだな。脱線はともかく、これだけ会話が弾むのは気が合うってことだろうからな」
「いいことだよな」
「ああ、いいことだ」
うんうん、と二人はそうポジティブに捉えて頷き合い。
「…さ! もうしょーがないから、余計な小細工しないで当たって砕けるかー?」
「そうだな………。こうしてメモを読み返してると、つくづく自分たちの悩みの小ささを思い知ったという か……、親衛隊の隊員たちも色々大変なんだな」
「なー。惚れた腫れたで許せる限度って、人によってこんだけ違うもんなんだな。俺は無理」
さっくり数分間を無かったかのように話を戻し、メモ帳を覗き込みながら思いがけず入手してしまった情報 の感想を述べ合う二人。
「………まあ、なんだ。一応、色々知れて良かった……の、か?」
ちょうどメモ帳に書かれた赤裸々な内容を読み返しながらであったということもあり、つい律一の言葉が疑 問系になる。
「おお。別に知る必要ないモンばっかだったけどな」
しかしそんな迷いを悪気なく真咲がばっさり切ってうっちゃれば。
「……それ言ったら身も蓋もないだろ」
律一が溜め息を吐く。
「でもさー、友達の下半身がどんだけ暴走してるのかなんて、知ってどうなるモンでもないし」
「まあ……。おかげで男同士の妙な知識ばかり増えたしな」
「正直どんだけ絶倫? とも思った。そのうちなんかセックス依存症とかになってそうで心配」
「確かに。そうなったら大変らしいって話も聞くからな。でも最近はしてないと今日の子たちも言ってたか ら、まだそこまでは行ってないんじゃないか?」
「だといいけど。嫌だぜ俺、友達がセックススキャンダルで騒がれてるのをテレビで見るなんて」
「……いや。だからどこまで飛躍して想像したんだ、おまえ。どこぞの大統領や世界的に有名なプロゴルフ ァーでもあるまいし。公人でもなけりゃ普通は一般人のセクシャル問題がワイドショーで騒がれることはな いからな?」
突飛な真咲の想像を一度はそう言って諭した律一だっだが。
「でもさー、話を聞くにあいつらの相手への対応も随分なもんらしいし。今みたいな付き合い方続けるよう なら、そのうち裁判沙汰とかにもなりそうじゃね?」
「…………あー………、そういう可能性も無きにしも非ず、だな…」
その真咲の言葉と、メモ帳に記されていたそんな事例にならなくもなさそうな内容の数々を思い浮かべてし まい。 途端に律一の歯切れが悪くなる。
だが一応フォローはしようとでも思ったのか。
「…………でもまあ、もし仮に馬鹿やってそうなったとしても、金持ちだからどうにかなるんじゃないか?」
フォローというよりも、何か事を仕出かしてからの後始末を示唆するような律一の言に。
「……………………、カネで?」
「……………………、カネで、になるか」
「「…………………」」
あまりにドライな片の付け方を思い浮かべてしまった現実主義者な二人。
しかし仮にも友人だと認識している相手の印象としてはあんまりだろうということに思い至り、気まずげに 口を噤む。
「………いや、うん。なってもいないことを勝手に想像して憶測でモノ言っちゃいかんよな」
「ああ。あまり噂や先入観に囚われすぎるのも良くないってことをあの人たちに教えられたしな」
そんな想像を振り払うかのようにふるふると首を振って反省する二人。
学園では近寄りがたい存在の最高峰であった生徒会役員も、話してみれば意外に面白くて付き合いやすい相 手だということをこの五ヶ月の間で知っていた。
実際に言葉を交わしてみなければわからないものはある。
そして言葉を交わして知った役員たちは、真咲と律一にとって好ましい相手として映った。
だが自分たちには“良い相手”であっても万人にそうであるわけもない。
その時の状況や気分、過去の経験から来る思い込み、個々の見方によってもそれは変わる。だからこそ偏見 や色眼鏡は良くないと言われるのだが。
わかっていても他者を介してもたらされた情報が人の印象を変化させることはよくあることで。
これまで関わる中で役員たちの印象が“最後の良心率いる変態集団”から“少し変わった面白い人たち”へと移 行して定着するかに思われていたそれが。
「男相手でもちゃんとエチケットは必要だよな」
「子供がどうとか言う以前にゴムは必須だろ」
「ちゃんと処理しないと腹下すらしいし」
今回の親衛隊との接触で“絶倫鬼畜でアブノーマルな性癖持ちだけど友人としては楽しい人たち”というクラ スチェンジがなされていることを、幸か不幸か役員たちは知らない。
「………取り敢えず、色々な病気に気をつけるよう言っておいた方がいいんかなー」
「うっかり伝染されました、じゃ遅いしな」
親衛隊の隊員たちとの間で嫌というほど話題に登った友人たちの下半身の暴走から懸念されるリスクの部分 は、非常に気になっている真咲と律一であった。
─────一方その頃。
校舎裏にてそんな心配を真咲と律一にされていることを知りもしない生徒会役員たちは、ここ最近の恒例と なっている二人の教室へ昼食のお誘いに来ていた。
「「さっくん、いっくんお昼いこー! ……って、あれ?」」
いつものように後扉から顔を覗かせた補佐の双子だったが、その日はいつもと違って教室内に目的の人物た ちの姿は見当たらず。
「「ねー、二人ともいないんだけどー!」」
振り返って廊下で待っている他の役員たちへと声を張り上げた。
「え? ホント? ……どこ行ったんだろ」
「昨夜は何も言ってませんでしたよね」
「朝…は、一緒じゃ、なかった…し」
「トイレにでも行ってるんじゃないのか」
不思議そうに会計が言えば訝しげに副会長がそう確認し、書記がたどたどしく言い添えた後に会長の声が続 く。
そうして各々確認する為に教室を覗き込んだ時。
「…あ、あの!」
「そのこと…なんですが…」
扉付近にいた小柄な生徒二人が、緊張した面持ちで声を掛けてきた。
そして躊躇うように一拍置いて目配せしあった後に。
「……あの、妙泉くんと始沢くん、実は今……呼び出されてるんです」
潜めた声で告げられたその内容に、役員たちの眉が一気に不愉快そうに吊り上がった。
それまでとは様子が一変し、皆一様に厳しい顔になる。
「………どういうことですか?」
温度の下がった副会長の声に、二人は一瞬肩を揺らしたものの、きゅっと唇を引き結ぶと、意を決したよう に事情を説明していく。
二学期に入って二人が役員たちと親しいことを知った生徒会の親衛隊から頻繁に呼び出されていること。
だが当の真咲と律一が、呼び出しに応じていることを役員たちには知らせないで欲しいと言っていたこと。
しかしその呼び出しが今日で十二回目になっていること。
呼び出しに関わっていない自分たちにはどういう状況になっているのかわからないこと。
「今日呼び出したのは、多分……惣領様の所だと…」
最後に言い添えられた内容に、会計の笑顔の凄みが増した。
「………へぇ。で? キミらは誰のとこの隊員なワケ?」
「ぼ、僕たちは…」
「あの、惣領様の…」
「ふぅん。俺のとこの隊員が呼び出ししてて、俺のとこの隊員が報告にくる、ねぇ?」
「………変」
「「同じ会計親衛隊だけど、自分たちは関わってないって言う良い子ちゃんアピール?」」
「親衛隊なんて皆同じでしょうに。浅ましいですね」
「どうでもいいが二人をどこに連れてった?」
あからさまに信じてません、というような視線を向けられ、二人の生徒は途端に眼を見開いて顔を青ざめさ せた。 そこに。
「……ちょ、待って下さいよ! そいつらが言ってるのホントのことですから」
冷ややかな役員たちの視線に震え出す二人を見ていられなかったのか、教室で昼食を取っていたグループの クラスメイトたちが間に割って入った。
「「ッ、みんな…」」
小柄な生徒二人を背中に庇って役員たちと対峙する生徒たちは、皆取り立てて特徴のない平凡な容姿をして いる。
「…………あなたたちは?」
だがその生徒たちは副会長の美貌にも平淡な声にも動じることなく役員たちを見返し。
「俺たちは皆様方の親衛隊に入ってるわけでもない一般生徒ですよ」
「役員様方の親衛隊の指示系統がどうなってるのかは知りませんが、でもこいつらが今説明した話がホント だってことは知ってます」
「「どーゆーコト?」」
双子が揃って眉を顰めれば、彼らは小さな溜め息を吐き。
「同じクラスな上に妙泉と始沢に好意的だからって理由で、今うちのクラスの役員様方の親衛隊員のとこに は情報来なくなってるんですよ」
「たまたま今日二人を呼出しに来たのをこいつらが見てたから、会計様の親衛隊だってわかっただけで」
「だから別にこいつらに裏なんて無いです」
「純粋にあいつらのこと心配してるんです」
クラスメイトたちが重ねてそう言えば、始めから疑ってかかっていた役員たちもさすがにバツが悪そうな顔 になる。
「…………あー、なんか…ごめんね」
「悪い。少し過敏に反応しすぎたな」
「すみません、どうしてもこれまでのことを考えてしまったら…」
「「…ごめんねー」」
「ごめん、なさい」
しかしまさかここで役員たちから謝られるとは思っていなかった親衛隊員の二人は逆に驚き、恐縮したよう に勢い良く首を振る。
「! ッいいえ!」
「こちらこそ、今まで黙っていてすみませんでした!」
そう言って深々と頭を下げた後、彼らは庇ってくれたクラスメイトたちに眼をやり『ありがとう』と笑う。
対してクラスメイトたちもそんな二人の頭や肩を気安げにぽんぽんと叩き『わかってもらえて良かったな』 と笑い返す。
その他クラスでは見られない親衛隊の隊員と一般生徒たちの仲の良さを不思議に思った書記が首を傾げ。
「……………なんで、仲…良い?」
「確かに珍しいな」
やはり同じように感じていた会長も同意し、その言葉に頷く役員たち。
彼らの言うように一般的に親衛隊の隊員は隊員同士で固まり、その他には非常に排他的だ。
そしてそこに見えない境界線があるかの如く、一般生徒たちも親衛隊持ちや親衛隊とは一定の距離を置く。
だからこそこんな風に普通に会話している光景自体がとても珍しいのだ。
そんな役員たちの疑問に会計親衛隊の隊員である二人は嬉しそうにはにかみ、他の生徒たちも照れたように 笑う。
「えと…、それは妙泉くんが転校してきてからなんですよ」
「妙泉はそういうのを気にしないヤツなので」
「気がついたら親衛隊じゃない他のクラスメイトとも普通に話せるようになったんです」
それまでは確かに親衛隊と一般生徒の間には壁のようなものがあった。
しかし真咲はそんなことお構いなしに同じクラスメイトという括りで皆に接し、話し掛ける。
その上、真咲と話していると思いがけない見方を提示させられることもあり、時々はっとさせられるのだ。
だから今回の呼び出しももしかしたら自分たちのように親衛隊も意識改革させられているんじゃないか、と 。
そしてその予感通り、未だ呼び出し以外の制裁が始まる気配はなく。
クラスメイトたちも真咲と律一なら大丈夫だ、と最近は楽観ムードだったのだが。
今日は呼び出しが昼休みだった上にいつもより二人の戻りが遅く、急に心配になったのだと言う。
「これまでの呼び出しはすべて放課後だったので…」
「うん…」
「なんか心配だから、って、こいつらも昼を早々に引き上げてここで待ってるんですけど」
「戻ってこねーなあ…」
話していて不安になってきたのか、二人は元よりクラスメイトたちも廊下の方へと視線を投げる。
これまで大概は二十分もすれば戻って来ていたのに、と。
特に傷つけられたり制服を乱されたりといった形跡もなく毎回普通に帰ってきていた為に、クラスメイトた ちは今回もこれまでと同様に二人を見送ったのだ。
そして呼び出しから帰ってくる度に何かあったかは聞いているのだが、返ってくる言葉は毎回同じ。
『…言葉って難しいな』
の一言だけ。
親衛隊とどんなやり取りがあったのかは想像するしかない。
「そのままお昼に行ったとかならいいんですけど…」
「でも最近は役員様方が迎えにいらっしゃるのわかってると思うし…」
と、再び廊下の方に皆揃って眼をやった時。
「─────あ。来ちゃってるよ、皆」
「………少し時間掛け過ぎたか」
「律一が飲み物で迷ってるからだろ」
「真咲こそカレーパンとコロッケパンで散々迷った挙げ句、結局両方買っただろうが」
「だってカレーパンは書記さんが好きだし、コロッケパンは補佐さんたちが好きだろ? 俺も食べたいから個 数で迷うのは当然だろ」
「俺だって副会長さんの紅茶がストレートかレモンかは重要な問題だし、会長さんや会計さんの珈琲が無糖 か微糖かも大事なことだ」
役員やクラスメイトたちの心配を知りもせず、呑気にどうでも良い言い争いをしながら真咲と律一が廊下に 姿を現した。
「サキくん…イチくん……」
途端、その場にいた全員の肩から力が抜ける。
そんな彼らを見回して真咲が不思議そうな顔をし。
「迎えに来てくれてたのか、ごめんなー。でも今日は昼休みに仕事片付けるようなことを昨夜言ってたから さ」
「食堂より購買の方がいいかと思って。これから差し入れに行こうと思ってたんです」
おそらくパンと飲み物が入ってるのだろう袋を一つずつ抱えて言う真咲と律一へ、すかさず双子が突進する 。
「「さっくんいっくん! 大丈夫!? なんにもされてない!?」」
「え」
「は」
双子が何か異変はないか二人の周りをくるくる回れば。
心配していた会計親衛隊の隊員であるクラスメイト二人も、その後に続いてやはりくるくると確認に回る。
そして書記が真咲と律一の頭や体をぺたぺたと触って安堵の息を吐けば。
副会長が目許を緩めて二人の頭を撫で。
「え、わ。なに?」
「ちょ、どうかしたんですか」
困惑した二人が会長と会計へと説明を求めて視線を向ける。
「…取り敢えず、おまえらは落ち着け」
「心配だったのはわかるけど、まず話聞こう。気になるっしょ?」
そう促して未だに事情が呑み込めていない真咲と律一を教室へと引っ張り込んだ彼らは、二人が持っていた 袋を引ったくって手近な机に置き。
「さあ。サキくん、イチくん─────きっちり吐いてもらおうか」
「ん?」
「は?」
疑問符を顔に貼り付けた真咲と眉を寄せた律一にじりじり迫る役員たち。
「親衛隊に呼び出されていたってどういうことだ?」
「しかも今日で十二回目だって言うじゃないですか」
「「僕らには黙ってるようクラスの子たちに言ってたんだってー?」」
「なん…で、黙って…た…?」
「あれだけ呼び出されても絶対行くな、って言ってた俺たちが納得できるような理由が、勿論、しっっかり ……あるんだよねぇ?」
会長、副会長、双子補佐に書記と続いて会計からの刺々しい言葉に、かちん、と固まる二人。
─────え、なんでか全部バレてんですけど。
がっちり腕や肩を掴まれて眼が笑っていない役員たちに囲まれた真咲と律一が、その理由を求めて視線を流 せば。
役員によって形成された輪の外でクラスメイト数人が、こちらに向かって申 し訳なさそうに手を合わせるジェスチャーをしていた。
それが意味することは 。
「え、ちょ─────」
「マジで─────」
ここに来てまさかのクラスメイトによる裏切りに、思わず声を挙げ掛けるが。
「はい、余所見禁止」
真咲と律一は会計の手によりぐりん、と強引に顔を引き戻された。
「説、明」
静かに『怒ってます』というように書記が端的に理由を求め。
「心配、したんです」
眉を寄せてそう呟き、副会長が二人の手をきゅっと握り締めれば。
「「なんで何も言ってくれなかったのー?」」
双子補佐がうるうるとした眼でヒドイ、と訴え掛けてきて。
「俺たちはおまえらにとって何なんだ…」
トドメとばかりに会長にまでも憮然とそう力無く漏らされた末の。
「理由」
腕組み苛々マックスな会計の圧力に遭っては、さすがに形勢が悪いと判断したのか。
「「ゴメンナサイ」」
二人は早々に白旗を上げた。
─────そして現在。
五時限目の開始時間でありながら何故か自席の机を退けられ、真咲と律一の前後左右を陣取るのは生徒会役 員たち。
どこからか椅子まで差し入れられ当然の顔で座っている。
それというのも五時限目の真咲と律一のクラスは運悪く担当教師の都合により自習時間。
おかげで昼休みも終わるから、と生徒会役員たちを追い返すことは失敗に終わった。
ましてや買ってきた昼食に手をつけられるような雰囲気でもなく。
真咲と律一の二人は昼抜きで役員たちに『言い逃れはさせません』とばかりに包囲されていた。 勿論教室には彼らの他にクラスメイトたちも揃っているのだが、何故かこちらを見守り態勢。
そんな状況に二人は戸惑いを隠せない。
あくまでも彼らに聞くことなく解決しようと思っていた真咲と律一だ。
“そのこと”を本人たちに聞くには時期を大幅に逸していた為、ただ単純に周りから情報を得ようと思ってい ただけのことで。
「あの………、理由聞いて、呆れたりしませんか?」
「内容にもよる」
「……怒ったり、しないか?」
「怒られるようなコトなの?」
「「………微妙…?」」
確実に呆れられることだとは思うのだが、怒られることか、というのは何か少し違う気もする。 そして当たって砕ける覚悟はしたものの、さっきの今ではさすがに心の準備もできておらず。
どうにか先延ばしにできないものか、と言葉を濁したものの。
本当ならば教室のこんな状況の中でではなく、後でひっそりこっそり聞こうと思っていたのだが、しかしこ こまで心配してくれていたらしい人たちを前に『後で』とは言えず。
意を決したように顔を合わせて頷き。
「…………いいか?」
「……ああ」
「「っせーの」」
言い様、ばっと勢い良く頭を下げ。
「「ッスイマセン、今更ですが名前を教えて下さい!」」
その瞬間、教室内が一つになった。
てんてんてんてんてんてん。
いつだかの再現のような沈黙がその場を支配し。
ちくたくちくたくちくたくちくたくちくたくちくたくちくたくちくたく、ぽーん。
きっかり秒針が一周するまでの間、教室から物音が消えた。
─────………。
─────…………。
─────…………は?
予想の遥か斜め下を行く言葉に、皆揃って間抜け顔になる。
呼び出しに行っていた理由を聞いたはずが。
─────……何故ここで名前?
皆予想の範疇外過ぎて反応ができない。
しかし頭を下げている二人には、当然ながらそんな周りの様子に気づけるはずもない。
なかなか反応が返ってこないことに痺れを切らしたのか、頭を下げた体勢のまま小声でひそひそし始める。
「……やっぱり怒ってんのかな、だから何も言ってくれないのかな、どうしよう律一」
「大丈夫だ、落ち着け真咲。そんなに心の狭い人たちじゃないことは、これまでの付き合いでわかってるだ ろう」
「でも反応ないし! 初めましてから五ヶ月以上経ってて名前知らないとか超失礼じゃん」
「それを言ったら俺のがおまえ以上に失礼だから気にするな」
「でもそれは律一だって近くで対面したのは俺とおんなじ頃なんだから似たようなモンじゃん。俺だって前 のガッコの生徒会役員の名前なんて覚えてないよ」
「あー、まあ。役職と顔わかってりゃ特に支障ない相手だしな。個人的な付き合いがあるならともかく」
「…結構仲良くして貰ってたのに、これで絶交とか言われたら泣けるんですけど!」
「………もし仮に絶交されたとしても、真咲には俺がいるだろう」
「ッ……、律一…」
「ちょ、ハイこらそこ! 何いい雰囲気になっちゃってんの! ないから! 絶交とか言わないから! てか久し 振りに聞いたよ“絶交”なんて単語! 小学生みたいで可愛いなオイ! ああもうとにかく二人の世界から戻って きなさい!」
周囲を余所に何故だか仲を深め合っている真咲と律一に、やはりいち早く立ち直った会計からツッコミが入 り。
「………で? 意味がわかんないんだけど、なんでここで名前?」
会計が大きな溜め息を吐きつつ聞けば。 顔を上げた二人は互いを一度見やってから、おずおずと真咲が口を開く。
「……いや、あのな? ほんっと今更で悪いんだけど、俺、皆の名前……知らない」
「…………………、いやだからなんで?」
「えーと……、多分、副会長さん以外には教えてもらってない、から?」
「「「「「「…………………」」」」」」
そう真咲に言われて初めてそのことに気づいた役員たち。
対して真咲が言い辛そうにしていたのは、自己紹介してもらう機会を自ら潰したのだという覚えがあったか らだ。
初対面で質問責めにした記憶は未だ新しい。
どうでもいい質問を答えてもらった代わりに、名前を教えてもらわなかったことに気づいたのはかなり後に なってからだ。
「この間さ、補佐さんたちに『なんで名前で呼んでくれないの?』って言われて気づいたんだよ。いや、 その時に言えば良かったんだってわかってるんだけど……、会ってしばらく経つのに名前知らないって言い 辛くねぇ?」
唯一知っているのは副会長が“シゲモリ”という苗字であることだけ。
それでも普通は周りとの会話で誰がなんて名前なのかを察することが出来るものなのだが。
何故か当の役員たちですらお互いのことを役職名で呼んでいて。
一般生徒たちに至っては役職名に様付け。それでは知りようがない。
もう後は親衛隊の子たちの方から聞き出すしかないと思ったのだが、一般生徒たちとは反対に彼らは苗字に 様付けでしか呼ばないときた。
「……親衛隊の子たちのおかげで苗字がわかったのはいいんだけど、それが役員の誰なのかは結び付けらん なくて……」
そう説明した真咲に、だがそこで何かに引っかかったのか会計からストップが掛かる。
「いや、でもちょっと待って。ねぇイチくん? キミは中学からココなんだよね? なんでキミも一緒になっ て俺たちに名前聞いちゃったりしてんの」
中等部時代から容姿の良さで人一倍どころじゃなく、その四倍五倍は騒がれていた役員たちだ。 親衛隊でなくとも普通に考えて知らないわけがない。
そう会計が指摘すれば。
真咲は、なんてコトを! といった表情になり。
慌てて律一の肩を抱き寄せる。
「それ言ったら駄目だよ会計さん! 律一しょんぼりしちゃうから!」
その言葉の通り、見れば真咲に抱き寄せられた律一は気落ちして悲しげに睫毛を震わせていた。
え、なんで? とその場に居合わせていた役員、クラスメイトたちは思う。
「律一、気にしなくていいんだからな」
「……いや、いいんだ。普通は知っていて当然である以上、やはりこの責めは甘んじて受けなければ。なん て友達甲斐のない奴なんだと言われようが、名前を知らなかったのは紛れもない事実」
─────え。ええええ!? 知らなかったんだ!?
律一のまさかの告白に騒然となる周囲。
「律一…! でも仕方ないじゃないか、全然まったく興味ない相手だったんだから! 自分にとってどうでも いいことなら記憶には残んないよ!」
全然まったく興味ない。
自分にとってどうでもいい。
悪気はないのだろうが、しかしストレート過ぎる真咲の物言いは役員たちの心に容赦なく突き刺さった。
胸に手を当てて俯く役員たちに、クラスメイトたちからは同情の視線が集まる。
「……だが噂は噂だと知りながら妙なレッテルを貼ってしまっていたのは言い訳のしようもない。今思えば その噂も『会計様って○○らしいよ』とか、『副会長様って○○なんだって』だの、『書記様って○○プレ イがお好きだって』や『補佐様方には○○までさせられるって話なんだけど…』という親衛隊は親衛隊でも 当事者ではなく又聞きした感じがアリアリな情報でしかなかったというのに」
そう言ってくっ、と目頭を押さえ悔やむ律一。 それを見てあわあわと焦る真咲。
「ッ……でも親衛隊の子たちが言うにはその噂も全然的外れってわけでもなかったじゃん! そりゃ多少は盛ったかな的なのもあったけどさ、初対面でキスしようとしたって聞けば変態だと思っても仕方ないよ!」
律一を宥める為の言葉がうっかり副会長の心臓にクリティカルヒット。
「いくら王子様だなんだの言われてたって現実には日本に王子様なんていないんだから! それに出会い頭で マウストゥマウスのキスが許されるのは童話の世界の中だけだ! 現実には現実世界のルールがあることをち ゃんと教えてあげないと! でなけりゃ犯罪者一直線だよ!」
ぐさぐさ。
どすどす。
律一の気持ちをどうにか引き揚げようとした真咲によって話の引き合いに出された副会長は、更に何本もの矢を射られる羽目になり。
胸を押さえて息も絶え絶えな瀕死状態。
しかしそれにも気づかず真咲は律一だけを見て尚も畳み掛ける。
「そりゃ書記さんや補佐さんの噂は教えてもらってないから俺にはわからないけど、変態かもしれないと思 った理由がちゃんとあるんだろ? その上でただの噂にしろ何にしろホントだったら危ないから、って律一は 俺のこと心配してくれただけじゃん! 俺は感謝してるよ!」
「…それは…」
その真咲の必死さに律一の気持ちも揺れる。
「会計さんのは現場見て声も聞いたって言ってたし! しかも一度じゃないって! だから近づいちゃダメだ って注意してくれたんだろ!? それは動かぬ証拠、普通だったら不純同性交遊は停学処分にもなり得るし、 外で第三者に見られて通報でもされたら、公然猥褻で現行犯逮捕……までは行かないかもしんないけど、でも罰金刑は確実だよ!」
具体的なようでいてアバウトな、後は多分何となくのニュアンスで強引に押し切る真咲。
だがそんな真咲の必死のフォローは周囲に違った意味で悪影響を及ぼしていた─────主に役員たちに対 して。
書記と双子補佐の顔は少し引きつり気味。
会計に至ってはぷるぷると虫の息。
「……未成年の場合の公然猥褻の罪がどう扱われるのか俺はよく知らないが。いや、だがそれとこれとはや はり問題が違うだろう。何より些細なプライドや体裁を気にして素直に聞けなかった自分の器の小ささが嘆 かわしい」
「ッ、それだって『おまえら役員様方と仲良いよな』とか『これからも役員様方と仲良くね』とかで妙に応 援ムード醸し出されて、今更名前知りません教えて下さい宣言ができる空気じゃなかっただけじゃん!」
─────ああ、そういえばそんなことも言ったような。
その会話内容に覚えがあったクラスメイトたちの間からは乾いた笑いが漏れる。
役員たちとの仲の良さを話題にしていた時、二人が何とも言えない複雑そうな顔をしていた理由がまさかそ んなところにあったとは。
「しかしそのせいで皆に心配させてしまったことは弁解のしようがない。役員さんたちの名前を知りたいが 為だけに黙って親衛隊からの呼び出しに行っていたのに、その肝心の目的すらまともに果たせず…」
しかもそのせいで二人が親衛隊の呼び出しに行っていたという事実に、なんとも言えない空気がクラスメイ トたちの間に広がる。
そんな空気を余所に律一と真咲の会話は続く。
「それだって仕方ないよ! 俺たちが知ってる役員さんたちと隊員の子たちが話す役員像が全然違うんだから ! 喋り方とかでなんとなくこの人かな、ていう漠然としたのはあっても、相手によって話し方変えてるのか もしんないし!」
「……だが十二回だぞ? それだけの機会があったというのに、誰が誰なのか当たりさえつけられなかった自 分の察しの悪さにがっかりしなきゃ嘘だろう」
「……それは…」
「目的を達成できなかったばかりか、覗き趣味と非難されても仕方がないようなちょっとアレな役員さんた ちの情報を色々知ってしまって……、余計に申し訳ない」
「ああ…、確かにアレとか特殊なコレとかはびっ「うんすごくよくわかったから許してそろそろこっちのダ メージ半端ないからやめて下さい」
そこで涙目の会計にがしり、と肩を掴まれた真咲と律一。
しかし律一は気を遣ってくれているのだと解釈して会計に首を振ってみせる。
「いえ、ここで懺悔しなければ俺の「いやもう充分気持ちは伝わったから!」
「いや、でも「いいの! もう事情もよっくわかったから!」
「え、あの、じゃあ黙ってたことも名前知らなかったことも「許します! てか名前に関しては別に怒ってな いから!」
これ以上無差別攻撃されてはたまらない、とばかりに会計が二人の言葉を制す。
会長と書記、双子補佐はともかく、副会長と会計のライフポイントは赤信号が点滅中。
虫の息から気力と胆力だけで復活した会計からすれば、ここで二人を放置したら確実に副会長共々燃え尽き る。
「え、じゃ、あの……、名前、教えてくれますか?」
「はいはい、住所氏名年齢性別、なんだったらこれまでの誕生からの経歴も特別に教え、……」
どうにかしたい一心で言った台詞は、だが真咲と律一の照れ混じりの嬉しそうな顔が視界に入ったことで途 切れる。
その、珍しくも可愛い表情に思わず会計が眼を奪われていれば。
二人はふにゃり、と笑い合った後、律一が真咲を肘でつつき。
「……住所や経歴にもちょっと心惹かれますが、今は取り敢えず名前だけでいいです」
「えと、あの。じゃ、これに書いて教えて欲しいんだ」
そうして真咲はいそいそと脇に退けられていた机からルーズリーフとペンを引っ張り出し、役員たちにサイ ンを強請る。
「あと、読み仮名も書いて下さると嬉しいです」
きらきらと期待に満ちた二人分の視線に戸惑いながら、役員たちは自分の名前を紙に書いて行く。
副会長─────重森和人“シゲモリカズト”
補佐─────洞口新太“ドウグチシンタ”
補佐─────洞口幹太“ドウグチカンタ”
書記─────高槻孝壱“タカツキコウイチ”
会長─────江木峯茂“エギミネシゲ”
会計─────惣領桂司“ソウリョウケイシ“
そうして律一は戻された紙と相手の顔を見比べ。
「……副会長さんが重森和人さん、補佐の双子さんが洞口新太さんと洞口幹太さん、書記さんが高槻孝壱さ ん、会長さんが……、江木峯茂さん、会計さんが惣領桂司さん」
「……あー、やっぱ会長さんが『江木様』?」
「ん。半信半疑だったけどな」
「………何?」
「ッあ、いえ。なんでもないです」
「ッそうそう」
小さな声で交わされた会話を耳にした惣領が何の気なしに聞き返せば、二人からは上擦った声が返ってくる 。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
しばし二人と見つめ合うこと数秒。
えへ、と言うような真咲と、まさかの律一の作り笑いに。
─────おかしいと思わない訳がない。
「……………サキくん、イチくん?」
美形の面目躍如といった迫力の笑顔で惣領に詰め寄られ、真咲と律一は思わず視線を明後日の方向へと流す 。 どうやら二人は咄嗟に取り繕うことが苦手らしい。
「…………あーと…」
「………えー、と…」
真咲と律一は、どうしよう、と困った顔で見合った後。
それが傍目にどう見えるか知ってか知らずか惣領へと視線を戻し、可愛さ全開の上目遣いで首を同じ方向へ 傾け。
「「……怒らない?」」
その角度と僅かな溜めすら絶妙な威力で以て惣領の胸を被弾した。
「─────ッ」
とっさに口元を押さえ、二人から顔を背けて腰を折る。
実のところやることは一通りこなしておきながら初恋もまだという純情派だった惣領桂司。
胸きゅんどころか胸ずっきゅん体験は初めてのことで、そんな自分に驚いて中々反応できない。
「……惣領さん?」
「どしたの、惣領さん」
「─────」
律一と真咲に声を掛けられても言葉を返す余裕すらなく。
どかどか盛大に騒ぐ心臓と火照った顔を鎮めるのに躍起になっていた時。
「「……桂司さん?」」
今度は予告なくダイナマイトがぶち込まれた。
「ッッ!! ッいや! 今持病の不整脈に突然襲われただけだから放っといて!」
「………不整脈って持病なんだ?」
「………放っといて大丈夫な不整脈と放っといたら駄目な不整脈があるって言うけど」
「ああああ、間違えた! 持病の動悸息切れが来てるだけだから!」
だからこっち見ないで気にしないで!
との惣領の言葉に、それ持病なの? 大丈夫なの? と顔を見合わせる二人。
それを傍目で見ていたクラスメイトたちは「あー…」と気の毒そうに見やる。
何せ彼らはその破壊力を身をもって知っていた。真咲と律一がセットでいると妙な相乗効果をもたらすこと を。
実は今回の親衛隊からの呼び出しでも『危ないよ!』と引き止めるクラスメイトたちに『大丈夫だから、つ いて来たら絶交だかんな!』と真咲が言い放ったことで、彼らは後をつけることも覗き見や盗み聞きも断念 した、という役員たちの知らない経緯がある。
そして『呼び出されていることは役員さんたちに内緒にしてくれ』と律一に言われれば、素直に従ってしま うくらいにはこのプリティコンビにやられてしまっているクラスメイトが大半だ。
しかし役員たちはあれだけ一緒に過ごしていながら、どうやらそのプリティ攻撃には免疫がなかったらしく 。
直撃を免れたはずの他のメンバーも顔をほんのりと赤くしていた。
それを見てやはり「あー…」と同情の眼を向けるクラスメイトたち。
そんなクラスメイトたちの視線に気づいたのか、会長である江木は仕切り直すようにこほん、と一つ咳払い し。
「………で、何が半信半疑だったんだ?」
しばらく使い物にならなくなった惣領の代わりに先を促す。
と、またもや二人は言い淀み。
「えと、皆さんのすごく私的なことなので」
「別に今ここで言うことでもないかなー、と」
「ね?」
「な?」
そう言って明らかに誤魔化そうとする二人。
「「えー、でも気になるよー」」
「会長、だって…気になる…でしょ?」
自分たちには関係なさそうだったからか、補佐の洞口ツインズと書記の高槻から興味本位な軽い促しが入る 。
だがそこで彼らは重要なことに気づいていなかった。
先ほど途中で制止した特殊なアレコレを二人が握っているということに。そしてその出所がどこであるのか ということも。
自分たちが今まで親衛隊をどんな風に扱い、ましてや真咲や律一と会話した隊員たちが普通に済んでいるわ けがないということを。
しかし。
「……まあ、そうだな」
迂闊にも江木はそのことに気づかず、軽い気持ちで自ら爆破スイッチを押した。
それを受けて、いいの? 言っちゃっていいの? と窺いながらも口を開く二人。
「……えと、俺が聞いていた書記さんの噂の“ケダモノプレイ”が“アニマルプレイ”の勘違いだったことがわか ったり、補佐さんが“3P”でなく“乱交好き“だったりっていうのにも驚いたんですが」
「『俺に抱かれたいんなら自分で後ろ準備してから来いよ。おまえら相手に前戯だなんだのめんどくせぇ手 間かける気ねぇから』とか言っちゃうほど、会長さんが鬼畜だったなんて意外だな、と思っただけで」
「俺、まさか『おまえ程度のを抱いてやってるだけ有り難いと思えよ淫乱』とか言っちゃうような人だとは 思ってなかったので…」
─────結果、見事な自爆。
他人事だと高をくくっていた洞口ツインズと高槻はもちろん、眼を限界まで見開いて絶句した江木に、律一 はしかし理解あるような顔で首を振る。
「いえ、大丈夫ですよ。人はいろんな顔を持っているものですし。そういうプレイがお好きなら仕方ないんだろうな、と。ただ、みんながみんなそういうやり方について行けるわけではないので、もう少し相手と言葉は選んだ方がいいですよ?」
「ッ!! ッいや、違うんだ、それには色々と訳があって…!」
珍しく顔色を変えた江木が弁明しようとするものの。
「うん。俺たちには会長さん優しかったから、ちょっと意外すぎる一面知ってびっくりしただけ」
「ッああ。いや、その、な?」
「あ、鬼畜俺様な二面性があるからって、別に友達やめたいとも思ってませんからね?」
「あ、ああ…、なら良い……でもなく!」
「ただ、ちょっと色んな意味で体には気をつけて欲しいかなーって」
二人がかりでやたらと物分かりの良い言葉を返されては弁解の言葉を封じられ。
「そう、体ね……って、いやだから、そうじゃなくてだな…」
これまで見たことのない必死な形相でその印象を払拭しようと躍起になっている江木から、クラスメイトた ちは揃って眼を逸らす。その姿に憐れみを覚えたが為に。
しかし視界からは締め出せても耳には入ってきてしまうやりとりに、クラスメイトたちは窓の外の青空を 見上げて誰へともなく語りかける。
─────ごらん、あれが俗に“マダオ”と言われる者たちだよ。
掛け合いをする真咲&律一と江木の後ろでは、動かなくなっている書記の高槻と補佐の洞口ツインズの姿。
自分に飛び火することを恐れてか、ダメージから復活した後は一人傍観態勢の副会長、重森。
「…駄目だ…、こんな子たちにうっかりハマったら大変だぞ、眼を覚ませ桂司!」
未だに立ち直れていない会計である惣領の呟き声もバックに聞こえる教室内は、もはやカオス。
こういう状況で部外者でしかないクラスメイトたちが取れる行動と言えば。
見ざる聞かざる言わざる。
それしかない。
家柄容姿資質にプライドすべてが高かった彼らの実態が「まるでだめなおとこ」だったなんて色々立つ瀬がないだろう。
ここは一つ内輪で納めてやるのが武士の情け。
見ざる聞かざる言わざる。
クラスメイトたちは念仏のようにそう唱えながら、手元の自習用プリントに向き合うのだった。
その後、真咲と律一の中の“最後の良心”というこれまでの立ち位置を、江木が死守できたかどうかは─────まだ誰も知らない。
妙泉真咲→プリティコンビ片割れ。一応ボケ担当だったが律一の言葉で方針転換。自ら の感じるまま思うがままにツッコミにもチャレンジ中。
始沢律一→プリティコンビ片割れ。以前は騒ぎのモトには『寄るな触れるな遠巻きに』を モットーに生活していた事なかれ主義者だったが、気づけば騒ぎの中心人物の一人に。
江木峯茂→“生徒会の良心”認定が風前の灯火な生徒会長。親衛隊隊員からその横暴傲慢ぶ りをうっかり真咲と律一に暴露され、今はとにかく名誉挽回しようと必死。
惣領桂司→真咲と律一のストッパーのようでいて、イマイチその任を全うしきれてい ない生徒会会計。何だかんだで二人には甘くて弱い。
重森和人→最近ではすっかり穏和になったと評判の生徒会副会長。真咲と律一に関わっ たことでわが身を省み、色々思うところがあった模様。二人に甘い人その2。
洞口新太→補佐その一。真咲と律一は面白いので気に入っている。でもあえて言うなら 真咲寄りな双子兄。
洞口幹太→補佐その二。真咲と律一は面白いので気に入っている。こちらはどちらかと 言うと律一寄りな双子弟。
高槻孝壱→喋るのはあまり得意じゃない生徒会書記。真咲と律一はなんだかんだでち ゃんと話を聞いてくれて意を汲み取ってくれるので好き。