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アヒルの帰郷

「アヒルの作法」続編。





 その日、他県の高校に進学した友人と久し振りに会う約束をしていた青木達郎アオキタツロウ新田洋介ニッタヨウスケ山崎勝ヤマザキマサルの三人は、待ち合わせ場所である駅前にやって来ていた。


 夏休みに入ったばかりということもあり、駅前は彼らと同じ年頃の連中で賑わっている。

 そんな人込みを避け、駅舎の壁際で他愛のない話をしていれば、やがて話題は未だ一人姿を見せていない友 人のことへと移って行く。


「そういえば一色イッシキのヤツ少し遅れるってメール来てたっけ」

「……珍しいな、いつも五分前には来てるようなヤツが」

「いや、ホントなら昨日こっちに帰ってくる予定だったのが、今日の午前中にズレ込んだんだと」

「あー…、一色が行ってる学校って山奥にあるんだったか」

「そうそう。まあ金持ち学校だからってのもあるんだろーけど、敷地とか校舎がやたら広くて専用施設も充 実してるって言う話の」

「……アイツ、そんなとこでちゃんとやってけてんのかね」

「金持ちの割りに感覚はまるきり庶民だったしなー」

「そういえば四月辺りに『弾けろイケメン…!』ってよくわかんねぇメールが来たんだけど」 「……なんだそれ」

「いやだからわからん」

「……俺は全寮制の男子校だって聞いてたから『ホモには気を付けろよ!』ってメールしたんだけど…それに対する返信が『シャレにならねぇんだよ、バーカ!!』だった」

「「「……………」」」


 そこで三人の間にしばし沈黙が落ちる。


「…………あの一色が、バーカ…?」


 地味でおとなしげな容姿通り引っ込み思案だった友人を思い出して新田が信じられない、とばかりに呟けば 。


「………ストレス溜まってんのかもな……学校も親に押し切られたって感じだったし」


 卒業間近になった辺りから塞ぎがちになっていた友人を思い出した青木が遠い眼になり。


「………俺、そんな過剰反応するような何かがあったのかと思ったら怖くて………まだそこんとこ聞けてない 」


 メールを受け取った山崎がどんよりと肩を落とす。


「「「……………」」」


 再びの沈黙。


「………………いや、でも大丈夫だろ。何かあったなら、もっと電話やメール寄越すだろうし。俺のとこに最近来たのは『テスト終わった』とか『夏休み楽しみ』とかそんなんばっかだったぞ?」


 うっかり嫌な想像しかけたのを打ち消すように新田が言えば。


「………だな。七月入って俺のとこに来たメールなんて『学校で迷子になった』だぜ?」


 続いて呆れたように言った青木の言葉に、山崎も頷いてぎこちなくも小さく笑う。


「……だよな。俺も“バーカ”メール貰った時はその三分後に『インスタントラーメンくらい作れるよな?』 っていうやっぱり謎メールが来たから『当たり前だろ』って返しといた」

「…………何、そのどーでもよさげなやり取り」

「…………大体その質問に至った経緯がわからん」

「…………ホントになんだったんだろうな……」


 ははは、と山崎の空笑いが三人の間に落ちる。


 そんな話題の人物、一色理緒イッシキリオとは、三人とも幼稚園の頃からの付き合いだ。活発な青木と優等生な新田、ム ードメーカーの山崎に引っ込み思案な理緒。一見するとちぐはぐなメンバーなのだが、中学卒業するまで何 かにつけて四人一緒に遊んでいた。

 しかし高校は理緒が他県の全寮制男子校へと進んでしまった為、四人で顔を合わせるのもこれが実に半年振 り。


 それもこれも中学卒業後から理緒が高校の入学準備に掛かりきりとなっていたからだ。遊ぶどころか連絡は 電話とメールに終始し、結局この間彼らは一度も理緒と顔を合わせていない。

 しかも高校に進学したらしたで学校に慣れるので手一杯になったのか、もしくは単純に面倒になったのか、 理緒との連絡は一言メールが精々。

 だがそれも仕方ないと三人は諦め半分に納得していた。


 何しろ理緒が通っている高校は外部生自体が非常に珍しいというブルジョア校。聞くだけでも大変そうな雰 囲気がひしひしと感じられたからだ。

 そんな中に一人飛び込んだ内向的で人見知りな理緒からすれば、学校に馴染むのに精一杯なはず。

 時々来るメールの文面が多少「キャラ違くね?」というものだったとしても、色々な気苦労があるからだろ うと三人でしみじみ頷き合った、ちょうどその時。


 ざわ、と急に辺りの空気が変わった。


 次いで『ちょ、あの人すごいカッコよくない?』だの『雰囲気が普通じゃないよね』とあちこちから漏れ聞 こえる声に、三人は顔を見合わせる。

 『え、何、芸能人?』や『見たこと無いけど』などと話す周囲に釣られて皆が注目する先に揃って視線を向 ければ。


 そこにはこの辺りでは早々お目にかかれないレベルのイケメンがいた。


 涼しげな目許に通った鼻筋、薄めの唇がシャープな印象を与えるが、身に纏う雰囲気は不思議と柔らかい。

 服装は白シャツにジーンズという極々シンプルなもの。特にアクセサリーの類も付けていない。 だがむしろシンプルな恰好だからこそ余計に着ている人間の素材の良さが際立つのか、明らかに彼だけ周 りと空気が違った。


 モデルと言うには少し身長が足りてなさそうだが、姿勢良く立つ姿も格好良く、何かを探すように顔を巡ら せる動きに合わせて揺れる黒髪はサラツヤキューティクル。


「……うわ、すっげ」

「……あれが俗にイケメンと呼ばれる人種か」

「……隣に並びたくぬぇー」


 三人がそんな感想を漏らしていた瞬間。

 こちらを向いた件の彼とばちり、と眼が合った。


「「「!」」」


 思わず息を呑んだ三人に、しかし彼は僅かに眼を見張った後、嬉しげに表情を緩め。

 それを見て色めき立つ周囲に構うことなく、何故かこちらへと一直線に足を進めてくる。


 そして。




「─────久し振り」




 人違いしているとは到底思えない距離から親しげに話しかけられ。




「「「─────……ドチラサマデスカ」」」




 動揺その他諸々の衝撃で呆然と呟いた言葉は。

 奇しくも三人分ぴたりと一致していた。














 結局あの後、周囲の好奇に満ちた視線から逃れるように入った場所は、彼らが中学時代毎週のように入り浸 っていたファーストフード店。

 その時と同じ四人掛けの席に青木、その左隣に山崎、正面に新田の順で陣取った彼らの視線は、残る一 つの席に座る人物へと集中する。

 青木の正面、新田の左隣にいるのは、場所を変えても相変わらず注目の的であるイケメン。おかげで周りの 視線が気になって仕方ない三人はそわそわと落ち着かない。


「………えーと、ホントに一色、なんだよな?」


 しかし意を決した青木がそれでも未だ半信半疑と言った風に問えば、正面に座る相手はがっくりと肩を落と す。


「………うん、半年振りだね─────でもそんなに念押しされなきゃならないくらい、違う?」


 複雑そうな顔で聞く彼には悪いが、三人は揃って大きく頷いた。

 声を聞けば理緒だとわかるのだが、如何せんその見た目が違いすぎる。


「正直、名前言われても信じられないレベル」

「…でもよくよく見れば顔は変わってないんだよな」

「それなのになんだそのイケメンっぷり」

「つか、並んだ時の目線が同じになってて地味にショックなんですけど」


 ようやく最初の衝撃が去った三人が以前のような軽口を叩き始めるのに、理緒の顔も自然と緩む 。


「あー…、春休みの間に成長期来たみたいでさ……。成長痛っていうか、脚とか腕がギシギシきて結構つら かった」


 対する三人も、見た目はともかく、理緒の変わらない中身にほっとしていた。


「でもまあ、なんつーか……結構心配してたんだぜ?」

「特にメールの内容でな」

「そうそう、なんだよあの“バーカ”っての」

「……うわ…、ごめん。そういえば動揺した時とか衝動に任せた勢いでメール送ったっけ」


 理緒は少し罰が悪そうに首を竦めて見せる。


「一学期も終わるっつーのに“学校で迷子になった”とかさー」

「あー、いや……、うん…。皆もうちの学校に来てみればわかるよ……色々と規格外だから」


 そうして見事にイケメンと言われる存在にクラスチェンジした理緒が、深々と溜息を吐きながら言うには。


「─────常識って場所によって変わるんだよね」


 という、わかったようなわからないような理由だった。


 理緒曰く、彼の通う学校は校舎も生徒も常識すら規格外らしい。


「………おかげで焦ったなんてもんじゃないよ」


 入学前の学校説明会であの場に足を踏み入れた瞬間とてつもない危機感を覚えたと、理緒は眉を顰めながら 語った。

 遊びの誘いを断っていたのもすべてはそのせいだったと。


 なんでも理緒が通う学校はやたらと美形、イケメンレベルが高いらしい。


「一般的に見ればイケメンだったとしても、あの学校に行くと途端に平凡扱いだからね…」


 そう言う理緒の顔に滲むのは隠しきれない疲労感。

 しかしそんな様子すら気怠げな雰囲気に映るのだから、これまでとはまるで違う理緒の表情に三人の眼は自 然と上下左右に泳ぐ。


「前のままの俺じゃ逆に悪目立ちしそうだったからさ。学校で浮かないように入学まで色々イロイロ頑張ったんだー……ほら、これが同室者」


 そう言って差し出されたケータイ画面に映るのは、テレビや雑誌でも早々見ることのないレベルの美形。


「「「……………」」」


 無言になった彼らの前で更に操作してスライドショーのように見させられた写真はすべて系統の違うイケメ ンで埋め尽くされていた。


 カッコイイ系可愛い系ワイルド系美人系以下略。


 画面から無言で顔を上げて理緒を見やれば、彼からは力無い笑いが返される。

 それだけで理緒が変貌した事情をうっすら察した三人は、黙って彼の肩を叩く。


 確かにこんな面子の中に飛び込むにはとてつもない勇気がいる。

 男は顔じゃない、という言葉がやけに薄っぺらく思えてしまうくらいだ。


 だがしかし。


 高校で浮かないように努力した結果が、逆にこの場において浮いていることに気づいているのかいないのか 。

 眼の前にいる理緒もまた、見せられた写真に写っていた彼らと同じ括りに入るのは間違いないのだ。

 そのレベルに至ったからこそ学校で浮かなくなったということを、理緒は本当の意味では理解していないようだった。


 そんな三人の思いを余所に、この半年の間でどれだけ溜め込んでいたのか、理緒は静かに語り出す。憂いを帯びた表情に仄かな色気さえ滲ませて。


「男子校だよ? しかも全寮制だよ? 別にカッコつけたり周りの眼なんて気にする必要なくない? てか男子校ってそーゆーもんだろ? 俺だけの偏見じゃないよね?」


 そう言って眉を寄せ、力無く首を振る様すら絵になってしまう男、一色理緒。


「それが入ってみたら全くの逆で。基準が世間様より色々高すぎるし」


 とんとん、と苛立たしげにテーブルを叩く指の爪は色こそ乗っていないものの艶やかな光沢を放ち。


「大体山奥の全寮制だってのになんで最新ファッションとか今年のトレンドだとかをいち早く取り入れてんだよ。学校では制服なんだし寮内の私服なんぞジャージでいいだろが、男しかいないのに誰にアピってんだっつーの。これもデザイナーの孫とかアパレル会社の息子とか業界人の身内がいるせいなのか? くそう余計な真似しくさって…! しかもどこぞの化粧品が良いだのメンズエステがどうだの、誰だ最初に腕や脇や脚の毛を剃り始めたふざけた奴は……! 毛だって必要だから生えてるんだぞ! 髪や眉や睫毛は大事だよな!? それがなんで生える部位が違うだけでムダ扱いされにゃならんのか…!」


 世の中間違ってる! とファッションの話から体毛談義に至り何故か結論で世間一般という括りを批判し始め た理緒。

 そのあまりの勢いに途中で口を挟むに挟めなかった三人は。


「……………あー……一色……?」


 一段落ついたらしいところを見計らって青木が躊躇いがちに声を掛ける。


「ん? ああ、ごめん。 ここ数ヶ月で溜め込んだのがちょっと出たみたい」


 ふ、と理緒が申し訳無さそうに眉を下げて笑った途端、店内が微妙にざわめく。

 しかしどうでもいいものを視界に入れないスルースキルをこの数ヶ月の間で身につけたらしい彼の。


「やっぱ地元は楽だなー。それに三人とも変わってなくて、ホント良かった」


 こちらを見て笑いながら口にされたその言葉に。




「「「オマエは変わりすぎだがな!」」」




 三人分の声で突っ込みが入ったのは、言うまでもない。
















青木達郎アオキタツロウ→理緒の地元の友人その一。新田、山崎と共に幼稚園の頃からの付き合い。高 校では野球部所属。結構気配り屋さんなので理緒のことは色々心配してた。


新田洋介ニッタヨウスケ→理緒の地元の友人その二。青木、山崎と共に幼稚園の頃からの付き合い。高 校では美術部所属。理緒が人見知りなのを知っていた為、中学まで何かとフォローしてやっていた。


山崎勝ヤマザキマサル→理緒の地元の友人その三。青木、新田と共に幼稚園の頃からの付き合い。 高校では新聞部所属。メールの件を非常に心配していたが、久し振りに会った理緒の変貌振りに唖然呆然で その辺りはいつのまにか有耶無耶に。


一色理緒イッシキリオ→色々あってひと皮剥けた感じはあっても結局は人見知りのまま。学校でびっく りな目に遭って多少は図太くなったが、本質的にはあまり変わってない。三人に対しては昔からの付き合い な為、何かあると甘えが顔を出します。一言メールも時々文面が荒ぶるのも甘えの表れ。


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