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言葉の魔法

「恋の魔法」続編。



 



 これまでの九嶋直紀クシマナオキと言えば、名実共にやる気のない生徒だった。


 成績こそ優秀であったものの、人付き合い然り学校行事然り、積極性というものがまるで見られない生徒で あったのだ。

 それは転校生というトラブルメーカーに絡まれた時も一向に変わらず。

 転校生を取り巻く連中から暴言を吐かれようが、一時親衛隊の制裁対象に上げられようが、まるで態度は変 わらなかった。


 というのも、基本的に他人に無関心な直紀はどうでもいい相手の言葉など右から左へ素通り。 他者の存在に おいても要不要の取捨選択が非常にドライであった。その為、印象が宜しくない相手は例え視界に入ってい てもオブジェでありインテリア。有って無いが如し。


 おかげで早々に不要だと認定した取り巻き共や親衛隊の暴言や雑言も、直紀の中では動物の発情期の鳴き声 と同義。鬱陶しいと思いはしても、引き摺るほど記憶に残るものではなかった─────そう、あの日、彼 が恋に落ちるまでは。






 直紀が図書室で運命の出逢いをした、その日の夜。


 髪を切って戻った直紀が、協力もとい邪魔をしないよう言い含める説明と共に想い人の存在を明かした時。

 非常に不愉快なことに、転校生を除いた連中からは見事なまでに相手を腐す言葉が返ってきたのだ。



『っはあ? 眼鏡ってあの平凡!?』

『アァ!? 俺らに文句つけてきやがった何様だよ? な地味男か!?』

『有り得ない!』

『趣味悪ーい!』

『アレに一目惚れ? あんた眼ぇおかしいんじゃね!?』

『美意識がズレてますよ!』

『つかオマエ、俺ら目当てで芳光に付きまとってたんじゃねぇのかよ!?』



 ─────聞いた瞬間、無言で一発ずつボディブローを連中に叩き込んだ直紀からすれば、もはや取り巻き 共の印象は下の下だ。これまでの無関心振りを綺麗さっぱりうっちゃって、今では彼らを敵視してしまうく らいには。


 しかしその点、転校生だけは少し違った。というか非常に珍しいことに良い方へと変わったのだ。



『……えと…、協力って言っても何すりゃいいのかわかんねーんだけど』



 床に沈んだ取り巻き共をちらちらと気にしながら言った転校生に、直紀の中で彼の印象はがらりと変わった 。

 何せこれまではこういう状況になった場合、転校生が盛大に喚いて噛みついてくるのがお決まりのパターン となっていたからだ。


 しかし初めて第三者を入れず、一対一で話してみたら。




 ─────転校生こと仙道芳光センドウヨシミツは、別に空気が読めないわけではないらしいことが判明した。




 ただ、芳光は良くも悪くも単純だった。そしてちょっと人より調子に乗りやすかっただけで。

褒められたりおだてられたりするとすぐいい気になり。些細なことでカッとなりやすく。早合点で正義感を 暴走させることもしばしば。


 親衛隊のことにしても、取り巻き共の言葉すべてをバカ正直に信じ込み、『ダチが困ってるなら助けてやん ねえと!』くらいの意識しか持っていなかった。

 仲良くなった友人たちを困らせている親衛隊は悪者だから、それをどうにかやめさせなければ、と考えただ けなのだ。


 そんなノリで暴走していたところに直紀が待った掛けたことで、少し周りを見渡す余裕が出来たのか。冷静 に考えてようやく自分が学園内で浮いていることに気づいたらしい。

 そのせいで今は意気消沈と言った所か。


 だがしかし、それは誰かが学園のことを正しく説明してやっていれば防げた事態でもあった。普通に行動の 拙さを理解する頭はあったのだから。

 だというのに誰もその役割を果たさなかったことが状況を悪くさせた。


 その為、転校当初から常に芳光の傍にいて周りを威嚇していた取り巻き共の印象が更に悪くなったのは言う までもない。

 沈めて脇に除けた連中をわざわざ揺り起こしてまで鬱憤晴らしをしてしまうくらいには、結構腹が立ってい た。


 乱暴な扱いに悪態を付く連中の前に、だん、と仁王立ちした直紀の背後には─────でっかい黒雲。


『ええ、そりゃね。確かに俺も色々面倒がって放置しましたよ? あんた方に対して偉そうに説教できるよう な立場でもなければ、誉められた性格もしてないですし? でもね、少なくともあんた方よりは“好きな相手” への対応は遥かに誠実だと思いますので、これまでに思ったことの一部を今ここで言わせて貰います』


 それこそ極寒とも言うような冷え冷えとした眼を向けた後。


『仕事しない部活に出ない授業を受けない理由に好きな相手を使うなんて最悪。そんなこと言ったら引き合 いに出された“好きな相手”の方が悪く言われんの眼に見えてんのに。てかそもそもそれって“公私の切り替えできない駄目男です”って自分で宣言してるよーなもんだし。男としての度量や器も知れるよねえ。それを 恥ずかしげも無く言い切っちゃうってんだから………わあ、プライドなーい』


 態度だけでなく口調にも軽い嘲りが滲み出し。


『もしかしなくても好きな相手を周りから孤立させて自分たちだけが味方だと思わせる狙いだったりしたの かな? 親衛隊の制裁から守るって名目でべったり傍にいたもんねえ。根本的な原因をどうにかするんじゃな くその場しのぎの対処しかしようとしない所に裏を感じるなあ……さっすがイイ性格してる』


 更には本格的に攻撃モードへとチェンジして。


『しかも常に傍にいることで余計に周りの反感買って人は遠ざかって包囲網完成、みたいな……うわ嫌だ腹 黒ーい。てゆーか、みみっちーい。了見狭ーい。色々ちっちゃーい。噂されてる“リコール”とか“部活出禁” とか出席日数不足で“留年”とかなりそうなのも想定の範囲内なんですか』


 結果、今更思い至った現状に揃って無言になってしまった彼らに対し。


『はあ? え、気づいてなかったの? うっそマジで? えええ、全く仕事してないんだからリコールの話が出 るのは当たり前じゃん。そっちの人は部活出てたのいつの話? あとクラス委員長と一匹狼だか不良だか人見 知りだかは知らないそこの二人、確かに成績優秀者の場合は一般生徒より授業の単位数で優遇措置が取られ てるけどさ、いくらなんでも全然出なくてオッケーなわけないっしょ。んなの考えなくてもわかるよね。俺 は連れ回されててもそこんとこちゃんと考えてましたから』


 周りに無関心だったからこそ余計な労力を嫌う直紀は、これまで何だかんだ口先だけで親衛隊を追い返して きたその本領発揮とばかりに。


『えー…………弱味握って脅すとか親の力使って裏で改竄させるとか、その他にも俺には考えつかないような 悪どいこと考えてんだろうな、とか、もしくは何かすんごい計画があるんだろうと思ってたのに───── なんだ、ただの馬鹿かよ』


 想い人への発言に対する腹いせも込め、盛大にせせら笑った。




 そうした言葉で連中を撃沈させた後は、これまで芳光と碌に向き合おうとしなかった反省&お詫びも兼ね、 今より過ごしやすい学園生活を彼にもたらすべく最近は努力の毎日だ。

 もちろん、そうすることが直紀にとっても利益となることを見越してのことだったが。


 まず手始めに周りとの融和を考え、芳光のカツラと眼鏡は外させた。

 というのも芳光の素顔が非常に愛らしい女顔だったからだ。

 本人にとっては隠すくらいのコンプレックスだったらしいのだが、直紀からすれば「ビバ女顔!」でしかな い。

 何せこの学園では美形が正義。可愛いはジャスティス。美しければ正しいのだ。

 これを上手く使わない手はない。


 美形に甘い学園の土壌を逆手に取り、その顔を武器にまずはクラスメイトへの軽い挨拶からアプローチを開 始。

 それと同時に役員たちの尻を蹴り飛ばして仕事に戻らせ、今更ながらクラス委員長と一匹狼、スポーツ特待 生、芳光には真面目に授業を受けさせる。

 そうしてテストでもきっちり結果を出させてから夏休みに突入。

 夏休み中もあれこれと小姑さながらの口煩さで彼らをチェックし続け、日々態度を締め上げた結果。


 夏休みが明けてひと月が過ぎる頃には、彼らは見違えるほど性格が円くなっていた。

 おかげで校内は今までにないくらいに平穏だ。


 そしてそんな落ち着きを学園にもたらした功労者である直紀はと言えば。




 現在、教室中の注目を浴びながら、スマホ画面を食い入るように見て喜びを噛みしめていた。



 “今日、お昼一緒にどうかな?”



 画面に表示されているメッセージの送信元は『仁階誠一ニカイセイイチ』。

 直紀の運命の人であり、現在進行形で片想いしている相手の名前だ。


 そのメールは二時限目が終わった休み時間に送られてきた。


 名前を確認した瞬間、直紀の頭の中で鳴ったのはファンファーレ。

 マーチングバンドが軽快な音楽を奏でて行進する中、鳩が羽ばたき。

 『Congratulations!』の幻聴まで聞こえた直紀の纏う空気は、一気にピンク色に変わった。


 すぐさま歓喜の了承メールを返し、それからは授業が終わる度に飽きもせず仁階からのメールを読み返して ─────現在はついに約束の昼休み。



 “教室まで迎えに行くから”



 繰り返しその文面を眼で辿っては目許を緩ませる直紀の姿に、顔を赤らめるクラスメイトたち。 だが生憎とそんなものは今の直紀の視界には入らない。

 それどころか髪を切って以降、“佳麗なる百合”だの“麗しの君”だの、本人にとっては失笑ものでしかない例 えを学園生徒たちからされている美貌を、これ以上ないほどに煌めかせ、直紀はほう、と吐息を漏らした。


 白い頬を薔薇色に染め、夢見るように瞳を潤ませて僅かに開いた唇は柔らかそうなベビーピンク。


 破壊力抜群なその表情に、教室のあちこちで鼻を押さえて腰を折り視線を逸らす者が続出した。 しかし直紀はそんな周りの様子にもやはり気づかず、そこであることを思い出して席を立つ。


 仁階と昼食を取るとなれば芳光に断りを入れなければならないことに気づいたからだ。

芳光とは同部屋であるもののクラスは別。最近は真面目に授業を受けさせている為におかしな時間にクラス を襲撃されることはなくなったが、ここ数ヶ月の習慣で昼休みは大体いつも直紀を迎えにやってくる。

 それを今の今まで失念していた。


 だがメールするにしても既に昼休みに入ってしまっている為、今更だ。ならば直接言いに行った方が早い。


 そうして仁階から貰ったお誘いメールのおかげでテンション最高潮な直紀が廊下に出れば、そこで眼にした のは何故だか一触即発状態の芳光+α。

 そんな彼らと対峙しているのは親衛隊と思しき小柄で可愛らしい生徒四人。




─────何。このどことなく不穏な顔触れ。




 そう直紀が思った通り、案の定彼らは会話になっていない問答を繰り広げていた。


「何しに来たんだよ!」

「ッだから、僕らは話を…」

「どうせまたオレはこいつらに相応しくないだの立場を考えろだの言う話だろ!」

「っそうじゃなくて、役員様方の…」

「仕事なら今はこいつらもちゃんとやってんだろ!」

「ッ、だから!」


 少し聞いた限りでも放っておいたら収拾が付かなくなるだろうことがわかった為、直紀はその時点でさっさ と介入することにした。


「はいそこお口ミッフィーちゃん」


 ずぱん。


「ぐはッ」


 どこから取り出したのか、直紀はハリセンで音高らかに芳光の後頭部を張った。

 そして衝撃でつんのめった芳光に、めっ、と人差し指を立てて見せ。


「人の話は一応最後まで黙って聞くこと」


 もうしょうがない子ね、と言わんばかりに腰に手を当てて言った。

 だがいきなり頭を張られた芳光からしてみれば、抗議の一つも言いたくなるもので。


「…ッ直紀!」


 なにすんだよ! と頭を押さえて振り返った彼に、しかし直紀はやれやれ、というように溜息を吐くと。


「俺、よくよく言い聞かせたよねぇ?」


 そう言われるに至ってからようやく思い出したのか、芳光は、うっ、と口を閉じる。


「“親友”だって言うなら俺のイメージ悪くするような態度と言い方は慎んで。類友で括られて俺も『気が短 いのかな』とか先輩に思われたら泣くに泣けないよ。こういう時はちゃんと相手の言い分を聞いて、それか ら反論なり弁解なりすること。相手が冷静に話そうとしているのに、それを遮っていきなり喧嘩腰はいけま せん」

「………………ハイ」


 それを聞く芳光は実に神妙そうな顔をしている。

 もっとも、直紀が言っていることは彼自身の都合を押しつける内容なのだが。

 自分が『先輩』にどう見られるか“だけ”を気にするのは終始一貫している。


 しかし直紀の言葉を芳光がおとなしく聞いているのだから周りからすれば驚異だ。

 話が通じないと思われていた転校生に言うことを聞かせられるなんて、と。

 現に廊下にいた生徒たちはおろか、目の前にいた四人の生徒も眼を丸くしている。


 取り巻き連中もいきり立っていたのが直紀の介入を受けて途端に静かになっていた。

 直紀がこれまで懇切丁寧に説明したことを思い出したのだろう。でなければ芳光同様ハリセンでシバかれる 。

 ハリセンが怖いんじゃない、それに付随してくる直紀の言葉が痛いのだ。何せあれは心臓にずくずく来る。




『………ホント、あんたら色々めんどくさい』




 非常にわかりやすく、嫌そうな顔もあからさまに告げられた言葉が不意に耳奥で甦り、彼らは揃って両耳を 塞いだ。

 思い返す度にそんな意味のない行動をしてしまうくらい、言われた内容は耳に痛かった。


 だが直紀はそんな明らかに不自然な態度の連中には見向きもせず、芳光と対峙していた四人へ視線を移すと 。


「で、この人たちは?」

「……………役員の皆の親衛隊長たち…」

「なるほど。芳光はそれで頭に血が上っちゃったわけね」

「………うん」


 しゅん、とうなだれた芳光に、だが直紀は仕方ないな、と苦笑した。


 芳光は転校当初から呼び出しだ何だで親衛隊には嫌がらせを受けてきている。そして今眼の前にいる四人は 、その親衛隊の所謂元締めとも言う存在だ。そんな彼らに良い印象を持てないのは当たり前。


「……でもね、さっきも言ったように、相手の言葉は最後まで聞くこと。これまでだってまともに話したこ となかったでしょ?」

「でもそれは!」

「うん。最初に納得できないことを言われたからだよね?」


 この学園の仕組みを碌に理解しない内に、あーだこーだと友人関係を指図されて不快に思わないわけがない 。それが芳光のような性格なら尚更。

 しかも親衛隊のやり方があまりにテンプレ通りだった上、それを煽るような情報ばかりを取り巻き共が与え たせいで、芳光の中に『親衛隊=悪』の図式が出来上がってしまったのだ。

 前提にその考えがあるせいか、芳光は『親衛隊』と聞くだけで過剰反応してしまい、頭に血が上ってまとも に会話ができなくなる。


「だからって話をしようとしに来た相手に最初から喧嘩腰じゃ纏まるものも纏まらないでしょ?」

「う…」


 直紀に柔らかい口調で諭され、芳光も徐々に落ち着いてきたようだ。

 どう贔屓目に見ても短気であることを否定できない芳光ではあったが、聞く耳を持たないわけではない。彼 の言い分を聞き、それに対して順序立てて説明すればちゃんと理解する。要は芳光につられてエキサイトし なければいい。


 敢えてそういった様子をクラスでも見せるようにしたからか、最近では芳光も徐々に馴染めてきているよう だ。少なくとも今は姿を見ただけで顔を顰められることはない。

 だがそれはクラス内での限定的な話で。


 芳光の容姿が可愛く変わろうと、学園内にすっかり浸透しきってしまった“厄介者”の認識を払拭するのは容 易じゃなかった。

 今回の騒動で学園生徒たちもさすがに学習したらしく、芳光の見た目や態度が変わろうと警戒心を中々緩め ようとしない。校内を歩けば大半の生徒から遠巻きにされるのが現状だ。


 だからこそ親衛隊の隊長格が揃って来てくれたのはいい機会かもしれない、と直紀は考え直す。


 転校当初から続いていた制裁は、芳光には効果がないことを知って厭きたのか諦めたのか、夏休み前には無 くなっていたこともあり、正直このまま音沙汰が無いのなら放置、でなければ相手の出方次第だと直紀は考 えていたのだが。 何せ未だ取り巻き連中の親衛隊はしっかりと存在しており、芳光との騒動で脱退者は出たものの、それなり な規模を相変わらず維持している。下手に刺激してまた面倒な事態になることは望ましくない。


 しかし今、敢えて衆人環視の中を芳光に揃って会いに来たということは、彼らにも思う所があってのことな のだろう。

 となればこちらとしてはそれを切欠に良い方へと運ばせたい所で。

 和解とまでは行かなくとも、多少の歩み寄りが見られれば周りの眼もまた変わるだろう。それも人目のある ところでわかりやすく演出できれば尚良い。


「そうだな……ちょうどお昼だし、ご飯食べながら一度話してみたらいいよ」

「え! でも…」

「隊長さんたちも構いませんよね? この時間に来たってことはお昼もまだでしょう?」

「え!?」

「えと」

「その…」

「…まだ、だけど」


 いきなり話を振られたことに眼を大きく見開いて互いに顔を見合わせる隊長たち。


「なら決まり。因みにもれなく皆さんの親衛対象である役員たちとの話し合いも付いてきますので、これま での鬱憤やら理不尽な扱いに対する苦情やらを目一杯思い存分ぶつけちゃって下さいな」

「「「「え」」」」


 その突然の提案に隊長四人が眼を丸くすれば。


「「「「は!?」」」」


 それまで空気に徹していた役員たちがここにきて、俺らも!? とばかりに声を上げた。

しかしそれを直紀は面倒そうな顔で見やると。


「だってどうせ芳光とご飯は一緒なんだからついでに済ませた方が早いでしょ。あんた方も色々言いたいこ とあるんだろうし。言っても無駄だとかわかってくれないとか諦めて放置するくらいなら全部ぶちまけりゃ いいじゃん。このままいがみ合ってても仕方ないんだから。ただくれぐれも冷静にね。できるだけ穏やかに 自分の気持ちを述べること。あ、言ってなかったけど俺は今日先輩と食べるから」

「うぇ!?」


 そこで今度は芳光が声を上げた。慌てたように直紀に詰め寄る。


「え!? ちょ、何、何で!?」

「へへー。お誘いメール貰っちゃったんだよー」

「え、まっ、いや、それは。でも、あの…、その………な、直紀ぃ…」


 メールの下りでその麗しい顔をほわん、と緩ませた直紀に対し、芳光の眉は情けなく下がる。

 未だに直紀がいない場ではまともに会話できる自信がない芳光だ。それも相手は親衛隊。確実に途中でぷち んと行く。

 だが直紀の恋に協力すると言ってしまっている以上、こっちに付き添ってくれとも言えず。

 そんな焦りから、つい縋るような眼で直紀を見てしまう。


 対して仁階との昼食に心躍らせながらも芳光の心細そうな表情に気づいた直紀は、そこで少し考えるように 首を傾げると。

 手に持っていたハリセンを芳光の手にそっと握らせた。


「……?」


 それを反射的に受け取ってしまった芳光が疑問符を浮かべながら直紀を見返せば。


「もし話してて手が出そうになったらこれを使うこと」

「……はっ!?」

「紙だし平手とかグーパンよりは多分ダメージ軽いからさ」

「………いや。いやいやいやいや。むしろ馬鹿にしてるだろ、これの方が!」

「ん。だから手を出す前に少し冷静になれるでしょ」

「………あ」


 小さく声を漏らしてハリセンに眼を落とした芳光に、直紀は苦笑する。


「やっぱりね、相手が何考えてるかは直に話してみるのが一番だと思うんだよ。まあ…話してもちゃんと本 音を言ってくれるかどうかはわかんないけどさ。ただ、少なくとも又聞きした話よりはマシだと俺は思うわ け」

「……うん」

「他人から聞いた噂だけじゃなくて、ちゃんと顔合わせて話してみてから判断しな。その上でやっぱり理解 できない、駄目だ、と思ったんならそれはそれで構わないから。どうしたって合わない人もいるし。そうい う場合は無理に仲良くしろとは言わないよ。ただ話もしないで決めつけるのは止めること─────これは 隊長さんたちにも言いたいことではあるけど」


 そう言って直紀が視線を流せば、途端にびびっ、と背筋を伸ばす親衛隊長四人。


「隊長さんたちも芳光の言い分を聞いた上で判断して下さい。何よりあなた方の慕う対象が彼のどんなとこ ろに惹かれたのかを知る上でも重要だと思いますよ? てゆーか、今日こうして来たのはそのつもりだったん でしょうし」


 そう言った直紀に隊長たちも戸惑いながら頷く。


 それを見て今度は芳光へと視線を戻し、言葉を続ける。


「結局は月並みだけど、言葉が足りなかった、ってことなんだと思うんだよね」

「……ん」

「そりゃね、今はどうしたって蟠りがあるのは仕方ないと思うよ。それでもちゃんと話して欲しいのは…… まあ、これは俺の個人的な感情なんだけど。正直、おまえが実際より悪く言われてるのがイヤ」

「!」


 直紀が眉を顰めながら言ったそれに、芳光は驚いて眼を見開く。


「これまでのことを考えたら仕方ないのかもしんないけど。でも俺から見た芳光は、ちょっと突っ走り過ぎ たり思い込みが激しかったりもするんだけど、素直で真っ直ぐで友達思いな奴なんだよ」

「…直紀……」


 その思いがけない言葉に、芳光はきゅうっと眉を下げて何とも言い難い顔になる。


「そういうことを俺が横から口出しして説明するのは簡単だけど。でも俺は、ちゃんと芳光自身と話して知 って欲しいんだよ。そうすればおまえが言われてるほど話が通じない奴でもなければ、悪い奴でもないって ことがわかると思うから」


 そう言ってまさしく“慈愛”と表現するに相応しい顔で笑った直紀に、そこに居合わせていた全員が途端に真 っ赤になる。

 それを正面からまともに見てしまった芳光も、真っ赤な顔で無駄にはくはくと口を開閉させては言葉になら ず黙り込んでしまう。


「言いたいこと言って、言いたいこと言わせて、それからお互いに妥協点を見つければいいんじゃない?」


 だが続くその言葉で、芳光の顔が一気に引き締まった。


 それを見て、直紀はぽす、と芳光の胸元に拳を当てると。


「大丈夫だよ。自信が持てないならその分俺がおまえのこと信じてやる。失敗したなら俺が一緒に謝ってやる。 だから─────気張りな、親友」

「ッ、……おう!」


 何の根拠もない保証と、だが何よりも力強く背中を押す言葉に、ぱっ、と芳光が顔を輝かせて頷くのを見届 け。

 ひらりと手を振り、直紀は少し離れた場所で待ってくれていた仁階の元へ満面の笑みで駆け寄って行った。











 そうして眼の前まで駆けてきた直紀は、嬉しそうに頬を紅潮させながら仁階を見上げて。


「すみません、お待たせしました!」

「いや、それほど待ってないから。それに─────上手いね」

「はい?」

「言い方が」


 仁階が直紀のクラスまで迎えに来てみれば、彼はちょうど転校生を諭しているところだった。


 手本をみせ、言って聞かせ、その後は本人にさせてみる。

 更には努力やその頑張りを後で褒めてやるのだろう。


「なんて言うか……子育てを見たような」

「あはは。結局バカ可愛いんですよ、あいつ。芳光のあの素直さは強みです。まあ、素直だからこそ匙加減 が必要になるんですが。あれでどうにか折り合いが付くといいんですけど」


 そんな話をしながら直紀と二人並んで歩いていれば、必ず纏わりついてくる視線。

 仁階からすればもはやここひと月で慣れたものなのだが、直紀にとっては少し違うようだ。

 難しい顔で眉を寄せ、きゅ、と唇を噛み締めると意を決したように見上げてくる。


「……あの、仁階先輩。お昼の前に少し、いいですか?」


 その言葉の裏にある決意が何であるか気づき、仁階は眼を細める。


「……じゃあ、場所変えようか」







 そうしてやってきた中庭。


 後ろを歩いていた直紀が立ち止まる気配に合わせ、仁階もそこで足を止めて振り返る。


 直紀との距離は約一メートル。


 その近くも遠くもない微妙な空間が現在の自分たちの関係を表していた。


 そんな、どこか張り詰めた空気を纏いながら直紀が口火を切る。


「─────話が何なのかは、気づかれてると思うんですが」


 臆することなくこちらを真っ直ぐ見据えてくる直紀の真摯な視線に、だが仁階は少し困ったように眉を下げ る。


「………そうだね。さすがにそこまで鈍くはないつもりだし。ただ正直─────なんで僕だったのかな、 とは思った」


 対して直紀も困ったように小さく首を傾げ。


「一目惚れだったので、なんでと言われても困るんですが……強いて言うなら─────仁階先輩だったか ら、ですかね」


 頬を染めながら告げるその姿に、仁階の眼が一瞬眩む。


 初めて図書室で会った時の直紀と、今眼の前にいる彼の姿は別人と言っていいほどに違う。 だが仁階が二度目に直紀と会った時には既に彼は今の姿になっていた。


 あまりの変わりようを驚く仁階に、直紀は図書室で騒いだことに対する謝罪を改めてしてきたのだ。

 その流れで二言三言会話した後にメールアドレスを聞かれたのが始まりで。


 その時から、仁階の中に予感はあった。


 だが直紀のあまりに綺麗な顔を見ていると、どうしても信じられない気持ちの方が強く、その度に「まさか 」と思いを打ち消してきたのだが。




「改めて、言わせてもらいます─────俺は、仁階先輩のことが好きです」




 それが今、はっきりと確かな言葉で示された。


 出会って三ヶ月。

 しかもその半分は夏期休暇中だった為、メールを介した付き合いしかしていない。


「本当はもう少し時間を掛けて俺のことを知ってもらってから、とも思ったんですが。誰かをそういう意味 で好きになったのは初めてだったから、舞い上がっちゃって─────ごめんなさい」


 そこで俯いてしまった直紀は、仁階が不躾な視線を向けられている理由を知っているのだろう。


 ある日突然その綺麗な顔を晒し始めた直紀に、彼を見る周りの眼は露骨なまでに一変した。

 それまでは「冴えない根暗」だの「転校生に付き従うオタク」との評判だったのに、だ。


 今では直紀の容姿や態度が変った理由である彼の“想い人”までもが広く校内で知られるようになっていた。

 明言せずとも直紀の態度が非常に素直に“想い人”の存在を指し示していたからだ。


 そうなれば興味本位にその“想い人”だとされる仁階を見にくる者たちも居て。そして皆あからさまに「え、 アレが?」という顔をするのだ。


 しかしだからといって、そのことで直紀を敬遠するほど、仁階は繊細でもなければ周りの眼を気にするタチ でもなかった。

 そうでなければあの時図書室で転校生たちに注意などしない。その程度には図太い神経をしている。


 しかしそれはそれ、これはこれだ。


 以前ならともかく、今の直紀は常に注目の的であった。校内を歩けば常に人の眼が付いて回る。 そんな彼の手を取るとなれば苦労するのは眼に見えていた。

 けれど。


 仁階の姿を視界に入れた瞬間、嬉しそうに輝く笑顔も。

 頭一つ分低い位置から見上げてくる綺麗な瞳も。

 躊躇いながらこちらに延ばされる一回り小さな手も。


 気づけば全てが愛おしいものになっていた。


 客観的に見て釣り合わないから、そう戸惑って退こうとする仁階の気持ちを、その度に直紀は言葉で引き戻 す。




『仁階先輩のおかげで、変わろうと思えました』


『仁階先輩にそう言って貰えるのが一番嬉しいです』


『仁階先輩に会えて良かった』




 そう、直紀は酷く幸せそうに笑うのだ。


 そんなものを何度も見せられて心が揺れないわけがなく。


 今もうっかりその姿に眼を奪われ、碌な反応も出来ない。

 だがその無言で凝視する仁階の態度が直紀を焦らせたのか、彼は徐々に早口になって行く。


 浅い関係しかない今の段階で想いを告げて返事を求めるのは性急だという自覚もある。だが自分の認識の甘 さから周りの眼が仁階にまで及んでしまった。時期も考えずこんな状況に巻き込んでしまった自分が応えて もらえる可能性は低いこともわかっている。けれど今ここで手を取って貰えなくても自分が想いを向ける先 は仁階しか有り得ない。 断られても諦めることはできないから─────そう直紀は言い切った。


 おずおずとこちらを見上げて切なげに瞳を揺らし。




「………好きになってごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。でも俺は─────仁階先輩じゃなきゃ駄 目だから」




 そうして仁階の為だけに綺麗に咲いた華が。




「俺の隣で、俺と同じものを見て、俺と一緒に、この先もずっと─────歩いてくれませんか」




 緊張のせいで握り締めた拳も白く、上気した顔で瞳をうっすら潤ませながら、精一杯想いを伝えてくるのだ 。




─────これはもう、無理だろ。




 そう思った瞬間。 仁階は込み上げてくる情動のまま、自分より小さな体を抱き込んでいた。


「っ!?」


 腕の中にすっぽり直紀を収めてしまってから深々と溜息を吐き。




「あのね………君みたいな子にそこまで言われて─────断れるわけ、ないだろう」




 自分でも思った以上に低く掠れた声が口をついて出た。

 覚悟が決まってしまえば強引なくらいに求めてしまうだろう自覚があったからこそ、これまで抑えてきたと いうのに。


 直紀はたった一言で仁階の理性を狂わせる。


 掛けていた眼鏡を外して直紀の耳元に鼻先を擦り寄せれば、彼の体は途端に硬直した。


「…、ッ」


 そして直紀が息を詰めて固まってしまったのをいいことに、その細い顎を掬い上げ。


「……っ、ぁ」


 突然のことに眼を見張る彼に構わず、その唇を奪った。


「…ッ、ん」


 窺うように何度か触れるだけのキスを繰り返せば、目蓋を伏せた直紀が躊躇いがちに仁階の背に腕を回して きた。

 それに許可を得たと判断し、顎から後頭部に移動した手で更に上向かせて息ごと奪えば、今度は縋るように しがみついてくる。

 制服越しに感じる体温と彼の首筋から香る柑橘系の爽やかな匂いに酔わされ、つい場所も忘れて先へ先へと気が急いた。


 これまでに触れたどの唇よりも甘く柔らかい感触に誘われるまま、舌を差し入れ、絡ませ、吸い上げる。


「ッ…、ん……っは」


 驚いて逃げを打つ腰をも引き寄せて何度も角度を変えて貪れば、やがて直紀の眉が苦しそうに寄せられ、伏 せた長い睫毛が震え始める。

 そこでようやく夢中になりすぎていた自分に気づいて唇を離せば、直紀はくたり、と力無く仁階にもたれ掛 かってきた。


「…っ、は…ッごめ……なさ…っ、息……できな…っ」


 その物慣れない様子と言葉が、真実彼が仁階しか知らないことを教えてくれた。

 それが単純に嬉しくも愛おしい。


 左腕で直紀の体を支え、未だ整わない息を吐く彼の頬に手を添えてその濡れた唇を親指でなぞる。


「僕の方こそごめん……少しがっつき過ぎた」


 眦を赤く染めて潤んだ眼で見上げてくる直紀に対し、ふ、と目尻を下げ。




「─────好きだよ」




 順序を間違えた感はあるが、しかしはっきりと言葉にすれば、直紀の顔が泣きそうに歪む。


「ごめんね、今まで煮え切らなくて」


 釣り合わないと思いながらも、仁階の言葉一つで一喜一憂する直紀が可愛くて。向けられる純粋な好意が嬉 しくて。

 結局は曖昧でどっちつかずな態度しか取れなかった。


 だがその表情一つ一つに魅せられ続ける自分が、最初から逃れられるわけもなかったのだ。


「……でも、そうだね。ああまで熱烈に口説いてくれたんだから、この先他の誰かに気を移したりしようも のなら─────酷いよ?」


 額を合わせ、睫毛も触れ合いそうな距離で低く囁けば。

 直紀は一瞬眼を丸くした後、どこかくすぐったそうに笑い。




「……俺、さっきも言いました。仁階先輩じゃなきゃ駄目だって。だから─────全部、先輩が最初で最 後です」




 健気で一途過ぎるその言葉に仁階は。




「─────上等」




 眼を細め、これまで見せたことのない男の色気全開の顔で笑うと、再度直紀の唇を噛みつくように塞いだ。













九嶋直紀クシマナオキ→元巻き込まれ主人公。首尾良く想い人と結ばれました。付 き合い出したら思った以上に仁階が積極的で嬉しい誤算。日々言葉と態度で気持ちを伝えてくれる優しく甘 い恋人にメロメロです。おかげできゅんきゅんどきどきが止まらない毎日。


仁階誠一ニカイセイイチ→多分普通より少し男前な性格の三年生。この度直紀に見初められて恋人関係 に。直紀の真っ直ぐ過ぎる好意に当初は戸惑ってましたが、何だかんだでしっかり両想いです。ぎゅーもち ゅーも告白されたと同時に済ませちゃった手の早さ。 一応女の子との経験は有ります。意外とそういう意味では遣り手さんかも。


仙道芳光センドウヨシミツ→直紀に親友認定を受けて嬉しい元アンチ(?)転校生。周りを気にするよ うになって無闇に我を張ることもなくなりました。むしろ時々直紀の発言に困った顔でおろおろしている様 が見受けられるようになり、最近では可愛らしい顔とあいまって庇護欲をそそるとの評判も。


取り巻き連中→またしても名前が出なかった人たち。直紀に容赦なくビシバシやられて目が覚めました。話 し合った結果、親衛隊他との関係も徐々に改善されつつあります。が、直紀からは未だ冷たくされててしょ んぼり気味。でも視界に入るようになっただけ以前の扱いよりはランクアップしてる……多分。


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