明かされた黒歴史
「黒歴史を無かったことに」続編。
「「「「「『ミカ』!!」」」」」
「すまなかった!」
「すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「ゴメンナサイー!」
「許して」
─────………いや、うん。もうどうしてくれようコイツら。
麻生修也が数日間の引きこもりから復活したあの日。
鉄拳制裁した連中に土下座で友人に詫びを入れさせた日から三日経った、昼休みの2Bクラスで。
修也とは過去全く面識もない“はず”の役員連中が、衆人環視の中、見事に────やらかしてくれやがりま した。
─────そうか、なるほど、そんなにおまえらは顔面整形の上プライド根こそぎ剥ぎ取るような辱めを受 けたいか。
そう思わず修也が拳を握り締めてしまったのは、極めて当然な感情の発露ではないだろうか。
散々あの転校生に向かって呼び掛けていた、もはや自分にとって『黒歴史』という単語一つでは到底収まり きらない恥辱と侮辱、屈辱というものにコーティングされてしまったその名を。
再びこちらに押し付けようとするその無神経さに、何より殺意を覚えた。
それでもどうにか寸でのところで堪えたのは、“友人”に“何かしたら”、“顔面整形”と言った自分を覚えていた からだ。
そこには修也自身に対することは含まれていない。
その辺りの宣言を有耶無耶に出来ないくらいには潔癖な修也だった。
だが今は取り敢えず。
「人違いです」
もはや愛想笑いすら浮かべられない修也の冷ややかな視線と端的な否定が彼らの横っ面を張ることは、それ こそ決まりきった反応であった。
しかしそんな対峙している相手の機嫌すら読み取ることの出来ない、察しも諦めも悪い連中は。
「……そうだな、すまない。確かにどうして気づかなかったのかと責められても仕方がない」
─────気づかなかったことを責めて否定してるんじゃなく、おまえらに関わりたくないから言ってんだよ。
「…言い訳になるかもしれませんが、勘違いする理由となったのが、彼があなたと同じ指輪を身に着けてい たことが原因なんです」
─────いや、だからさ。言い訳も何も、正直、理由もそれこそどーでもいいんですけど。何当たり前のように話進めちゃってんの。
「その指輪が、会長がミカちゃんにあげたのと同じヤツだって言うし、それと一緒に俺があげたのと同じイヤーカフもしてたから、てっきり…」
─────かつて貰った貴金属類は忘れたい過去となった時に全て換金しましたよ? それも随分な金額で懐が潤ったので、一応報告も兼ねてお月様とご先祖様に感謝しました。その時にはおまえらとの縁も切れてたからね。
「そう。俺も、ピアス、それ確認…した。同じ」
─────こちとら過去に着けてたアクセサリーなんて覚えてねぇよ。オーダーメイドならともかく、同じ販売元なら似たようなデザインはそれこそレプリカ含めいくらでもあんだろーが。おまえらの人間判別法はアクセサリーか。同一人物ゴロゴロいるぜ。というか、俺はそんなアクセサリーの一つや二つや三つのせいで、忘れたい過去を引きずり出されたばかりか、無駄に余計な羞恥心を掻き毟られる羽目になったのか?
「彼のカツラやメガネにも気づいてた。バレない為にしてるんだろうな、って…」
─────バレない為も何も、銀髪は地毛でもなければ眼だって普通にカラコンだっつーの。カツラする意味不明。クラスメイトすら指摘したそれに何故気づかない。素でそんな色彩の知り合いでもいるのか。それなら凄いがな。
「でもついうっかり口を滑らして。そうしたらどんどん色んな連中が集まってきちゃうし。それに口では否 定しながらも喜んでるみたいだったからいいかな、って。それがまさか偽物だったなんて……」
─────あの空気読めない転校生のことは察することができたのに何故俺とその他大勢の周囲の空気は読めないんだ。おまえら致命的過ぎるだろ。
「それからは、あいつが『ミカ』だと思ったらもうそれ以外考えられなくてな…」
─────ならもう『ミカ』はアレでいいだろが。俺の中に中学二年の夏の記憶は無い。無いったら無い。早々にまた転校してったアレ追っかけておまえらも転校しちゃえよ。
「でも気づいた。食堂で殴られて締め上げられた時に」
「勘違いしてた、ってこと」
「あの容赦ない一撃」
「急所への無駄のない膝蹴り」
「的確に落とし込む締め技」
「「「「「あ、本物の『ミカ』だ、って」」」」」
──────────うん。もうホントにどうしてくれよう。
真贋を判断する術が“アクセサリー”か“拳の一撃・膝蹴り”の二択って何の冗談だ。
─────この期に及んでまさかのこの状況で、そんな信憑性の薄い理由で、人の平和な生活を脅かしに来 るとは…………………………いいだろう。その挑発、受けて立ってやる。
「……そうですか、あなたたちが俺の所にいらした理由はわかりました─────ですが」
そこで修也は一旦言葉を止め。
順繰りに一人一人役員連中の顔を眺めたかと思えば。
「生憎と俺は」
ハッ、と蔑みを存分に込めた更なる嘲りの笑いを一つ吐き。
「『俺が可愛いからって嫉妬すんなよな!』とか恥ずかしげも無く言えるほど自分の顔に自信を持っている わけでもありませんし」
「っ」
「『いくら俺のことが好きだからって取り合いでケンカなんかすんなよ!』とか言えるほど自惚れが過ぎる思考回路もしてませんし」
「そっ」
「『俺はみんなのものだからな、誰か一人を選んじゃいけないんだ!』とか厚顔極まりないセリフは、それ こそ口が裂けても言えませんよ」
「……ぅ」
「勿論、『あなたに嫉妬するなんて随分と身の程知らずな馬鹿もいたものですね』とか」
「…ッ」
「『いい加減、俺のモノになれよ。おまえに相応しいのは俺だろ』とか」
「そっ…」
「『ミカちゃんが可愛いからって、程度の低いムシが寄ってきて困るー』とか」
「うう…」
「『手ぇ出す奴らはみんな消えればいい』とか」
「ぐ…」
「『好きだ』とか『愛してる』とか─────あなた方がそう所構わず言い寄っていた転校生ではありません ので、何か勘違いしていらっしゃいませんか」
「「「「「……………………」」」」」
反論を許さず畳み掛けた言葉に、連中は返す言葉も無く沈黙する。
並べ立てた台詞の数々は、友人からメールで教えられた“転校生たちの名(迷)言集”の中から一部抜粋した ものだ。
読んだ瞬間、実際こんなことを言う奴がいるのかと思わず眼を疑った。疑って、うっかり飲み物を吹き出し、 更には咽せて咳き込んで結構な惨状になったのは記憶に新しい。
だが別の友人からも同じような返信メールが何通も届くに至っては、冗談でも揶揄でも洒落でもなく真実なのだと知り─────余計に修也の憤りが収まらなくなったのもまた当然のことであった。
そんな人の気もその立場もこれっぽっちも考慮せずに押し掛けてきた考え無しな奴らに、これ以上の恥の上 塗りや碌でもない情報をまき散らされてはたまったものではない。
ならば彼らが揃って惚れたらしい、“自己チューで行動言動に一貫性の無い男好きな頭の弱い”『ミカ』を好 きなだけ追いかければいいと思う。こちらに関わることなく。
何故なら過去において自分は連中に口説かれた覚えなぞないからだ。彼らが惹かれたのは、間違えようもな く転校生の『ミカ』なのだから。修也が趣味の悪さをどうこう言う問題でもない。
何より。
「人の友人を罵倒し、謂われのない理由をこじつけて暴力をふるうような知り合いは、過去にも現在にも俺にはいませんので、さも見知っていたかのような態度をとられるのは不愉快です」
冷ややかにはっきりきっぱり最後通牒を突きつけてやる。
がっくりと連中が肩を落とそうが、そもそも奴らの自業自得。因果応報。目には目を、歯には歯を、両方や られたら両方叩き潰せ、の持論を守っている修也だ。
それでもやられたことをきっちりやり返すだけなので、以前に比べたら随分と良心的と言える。
現在は一応『やられた以上のことをやり返してはいけませんよ』というハムラビ法典を絶賛推奨中だ。だが それはつまり『やられたことまでならやり返してもいいですよ』との実に素晴らしい解釈が出来るのだ。まあ、やり過ぎは何事も眼をつけられやすいが、同じことをやり返す程度なら痛み分けだ。
因って今の修也は、決して中学時代のような十倍返しとか理不尽なことは言わない。
そうすると精神的苦痛を受けた代償はともかく、修也自身が彼らに何かされたわけでは無い為、空気を読むか雰囲気を察して大人しく引き下がれば良し、と見定めていれば。
「…だが、おまえがミ─────ぶっ!」
懲りもせず言い募ろうとしやがったバ会長の顔面に、修也は反射的に教科書を叩きつけていた。
どうやら自分で思っていた以上に気持ちに限界が来ていたようだ。うっかり手が出た。
「……いや…。ちょっといい加減あなたたちの理解力の無さに俺も疲れてきたんですが。馬鹿なんですか、 阿呆なんですか、ああ両方なんですか、末期ですね、ご愁傷様です」
にこりともしないで修也は一息の元、そう言い切った。
「人違いだと俺は最初に言いました」
察しの悪すぎる連中相手に、修也の優等生然としていた態度はもはや崩壊寸前。
せっかくこれまで目立たず騒がず模範的な生徒で学園生活を送ってきたのに、だ。
三日前にあれだけ食堂で暴れておいてと言うなかれ、修也の中であれは暴れたことになっていない。
そもそもちゃんと食堂という場所柄を考えたからこそ、埃が立つような無駄な乱闘は控え、急所を一撃で突 いて抵抗できないようにしてから締め上げる、という体裁を取ったのだ。
ブチギレてはいても、その辺りを考える程度の理性は持ち合わせていたからこその判断だ。
そして食堂で働く人たちにはきっちり『お騒がせして申し訳ありません』との謝罪もしている。
食器やテーブルを破壊したわけでも無し、ましてや他の関係ない相手を巻き込んだわけでも無し、特に問題 もないだろう、と。
だがこんな面倒なことになるのなら、やはり闇討ちにするべきだった、と修也は今にして思う。
さすがに感情が高ぶっていた為、こんな事態を予測する冷静さを欠いていたのも、また事実であった。
肩を落としたいのはこっちだ、と修也が連中を見やって溜め息をついた時。
「修くん、お昼買って来たよ……って、アレ?」
どこか不可思議な空気が漂うクラスに、修也の友人である今回の騒動の最大の被害者─────砂野知久がや ってきた。
「…………なんでこの人たちがいるの」
もちろん砂野の役員連中に対する印象が良いわけない。
姿を見て途端に眉を顰めた彼を守るように修也が傍へと寄れば、途端にふにゃりと表情を緩めた。
「今日はコロッケパンとサンドイッチとりんごのデニッシュ買って来たよ。同じのでいいってメールにあったから、みんな僕が食べたいヤツにしちゃったけど、平気?」
「ああ。俺、デニッシュ好き」
「なら良かった」
そうして息を潜めて遠巻きにこちらを窺っている教室昼食組のクラスメイト、廊下から覗いている他クラスの生徒、うなだれている役員連中の姿をちらりと横目に見やり。
「で、修くん。なんでこんなことになってるの?」
「─────…いや…あー…、うん。なあ、俺ってさ……“自己チューで行動言動に一貫性の無い男好きな頭の弱い” ヤツ?」
「………………、はッ!?」
「いや、だからさ」
「“自己チューで行動言動に一貫性の無い男好きな頭の弱い”転校生から僕を助けてくれた修くんがそんな性格なわけないじゃんッ!」
半ば悲鳴にも似たトーンで砂野は修也の問い掛けを全面否定してくれた。
「…ホントに? 全然、全くそういう所、俺無い?」
「修くんが自己チューだったら僕今こうしていられないし、友達だから守るって言ってくれた通り守ってく れてる人が一貫性無いわけないし、男好きの要素に至っては皆無だよ!? それに修くんが頭弱いって言うなら、この学園の大半がクズみたいなもんだよ!」
そう大声で熱弁した所ではたと我に返ったのか、砂野は恥ずかしそうに頬を染めた。
だが修也からすれば嬉しい反応と言葉以外の何物でもない。
思わず自分より顔半分ほど低い位置にある頭をくりくりと撫で。
「…いや、なんかそこまで言ってもらえると、ちょっと感動」
「……当たり前だよ、修くんは僕の自慢の親友」
「俺には砂野が自慢の親友だ」
認識の一致にお互い顔を見合わせてにっこり笑い。
「でもなんでそんなこと聞くの?」
「あー。なんか、今度は俺のことを『ミカ』だとか言い始めたんだよ、この人たち」
「はあ?」
「だからさ、“自己チューで行動言動に一貫性の無い男好きな頭の弱い”転校生をこれまで『ミカ』だって、 この人たちは言ってたわけじゃん? それが間違いだったって言うんだけど」
「うん」
「でもそれって要するに、その探してる『ミカ』と転校生は間違えるほどには性格だとか容姿だとか似てるわけじゃん?」
「ああ」
「だから、俺のことをそう言い出したってことはイコールで俺も似てるのかなあ、と思っての質問だったんだけど」
段々言ってて凹んできた修也を、だが砂野は有り得ないから! とまたもや盛大に否定してくれた。
「そもそもこの人たちの眼は節穴な上に欠陥だらけであの転校生の頭悪い発言も可愛いとか言っちゃえるく らい同じく頭弱い人たちなんだから、そんな人の言うことをまともに聞いちゃダメ!」
当人たちを前にして砂野は真剣に真面目に厳しく扱き下ろした。
何せその場面を、時に罵られながら当事者たちを除いた一番近くで強制的に見させられていたのだから当然だ。
「『ミカはあなたみたいなのが近づいていい存在じゃないんですよ』とか」
「ッ!」
「『おまえみたいなのがミカに気に入られてるなんて本気で思ってんのかよ。随分めでたい頭してんな』とか」
「ッいや、それは─────ッ」
「『ミカちゃんはー、天使なの。だからアンタみたいな汚いのがそばにいられるの、すごく目障り』とか」
「ッちょっ、まっ─────」
「『ミカさんは憧れなんです、汚しちゃいけない存在なんです。だからアンタみたいなのがあの人の視界に入ってること自体が耐えられない』とか」
「…………ッ」
「『邪魔。身の程…知れ。消えろ』とか」
「…う」
もはやその当事者であった役員連中らにしてみれば、顔面蒼白でただただ縮こまることしか出来ない。
だが反論や言い訳をするには覚えが有りすぎる上、紛い物相手にのめり込んで砂野に辛く当たったことも動 かしようのない事実だ。言い逃れ出来ようはずもない。
弁解しようにもまともな言い訳があるわけでもなく。
「なので─────これまで僕が言われたその台詞、今そっくりそのままあなたたちに返してあげます」
にこやかに穏やかに、それでも視線だけは冷たく凍えきった温度で、砂野は役員連中を見据えた。
「─────修くんは、あなたたちみたいなのが近づいていい存在じゃないんです。この先、気にいってそばに置いてもらえるなんて本気で思ってるんなら、随分な鳥頭なんですね。修くんは大事な大切な僕の自慢の親友です。だからあなたたちみたいな、中身を見ようとしない人にそばにいられるの、すごく目障りです。親友であるのと同時に、僕にとって修くんは憧れであり、尊敬する存在なんです。あなたたちみたいなのが彼の視界に入ってること自体が耐えられません。邪魔です。身の程を知って下さい。修くんの視界から消えて。むしろ僕の手で消したい」
そうノンブレスで言い切った砂野に、修也は思わず目頭を押さえる。
ここまではっきり連中に物を言えるようになって、というものからくる動作ではなく、ただ単純にその内容に感動しただけの話だ。
そんな風に見てくれていたのか、と。
その為、砂野への役員連中の暴言に対する怒りもあっさり消えた。しっかり砂野本人が言葉で叩き返した ことにより。
だが彼ら役員連中はとことん引き際を知らなかった。
「わかってます、申し訳ないことをしました。ですが、ミカッ」
─────ま・だ・言・う・か!
いい加減実力行使もやむを得ないか、そう思い実行に移そうとした修也を、だが砂野が止めた。
「もういいよ、修くん」
そして。
「─────結局、馬鹿には何言ったって無駄なんだよ。だって、馬鹿だから言ってる意味が理解出来ないんだもの」
実に清々しい笑顔で、砂野はそう宣い。
「さ、ほっといてお昼にしよ?」
理不尽な言い掛かりで罵られたり暴力をふるわれたことが原因かはわからないが、穏やかなほわほわしていた彼が、結構イイ性格になっていたことを周りに知らしめた瞬間だった。
麻生修也→結局どれだけ否定しようにも、ほぼなし崩しに『ミカ』だとバレてしまい、 もう放置というか諦め気味。この先もなんだかんだと役員連中を始めとしたミカ信者につきまとわれ追い掛けられるようになるが、興味もなければそれに付き合ってやる義理もないので、彼らへの対応は雑の一言。なんとなく毒を吐くようになった砂野に、だが自分に対しては以前と変わりなくほんわか癒し系なので 『まあ、いっか』と特に気にしていない。
砂野知久→修也に近づこうとすると立ちはだかる堅固な壁。本物と偽物の区別もつかないような輩が軽々しく修くんに近づくんじゃねぇよ、とばかりに邪魔する鉄壁。転校生の周り に群がってた奴らには、過去の言動を持ち出して修也の中での印象を悪くさせていくことに全力を挙げる。 一応修也に向かっている好意は友情です。
役員連中→二年前の夏に出逢った『ミカ』に惚れていたが、彼に一番近い場所に自分たちがいると自惚れていた為、まさかひと夏で姿を消されて音信不通になるとは夢にも思わず。それ以降必死に行方を探していた ものの、今回の件で本物の『ミカ』である修也の中での印象は最悪に。どうにか謝って以前のような仲に戻りたいと働きかけるも、その度に砂野の毒舌で返り討ちにされている。




