ポジションチェンジ?
「理想の相手」続編。
少し風変わりな転校生である妙泉真咲がクラスにやってきて早二週間。
転校初日にうっかり真咲に懐かれてしまった始沢律一であったが、特にそれ以降は大きな騒動に巻き込まれることもなく過ごしていた。
顔面偏差値の高さによって扱いの決まる学園の特質性から、カツラと眼鏡の下にあった真咲の美貌に一度は 舞い上がり掛けたクラスメイトであったものの、彼の性格を知ると皆一様に生温い視線へと変化した。
羨むほどの美貌を持っていながら容姿を 磨くことより日々の面白さを優先し、自分の容貌に頓着しない。人からどう見られるかよりも好きなことを 追求するのに全力を挙げ、常に笑顔の天真爛漫さ。
そんな真咲の態度が気に障って仮に嫌味をぶつけたとしても、彼の頭の中では不思議な転換がなされるらし く、何度か言葉を交わす内に途端に相手の毒気が抜けるようだ。 もちろんそれはクラス内の親衛隊に入っている者たちも例外でなく。
要するに真咲から突っ込まれるような行動・言動をしなければ、この年齢には無いその無邪気さは特筆すべ きものであり。
クラスにおいての真咲に対する認識は、二週間ですっかり『愛でるもの』に落ち着いていた。
そんな日の昼休み。
昼食を済ませて各自が残りの時間を自由に過ごしていた教室に。 律一が慎重にクラスメイトに協力してもらいつつこの二週間避けてきた事態が、突然飛び込んできた。
「─────妙泉真咲はいますか?」
よし、と聞こえた時点で咄嗟に真咲の両耳を塞いでいた律一は、我ながら素晴らしい反射神経だったと自画 自賛する。
その際、不思議そうな顔をしている真咲は当然ながら無視だ。 何故か律一に対してやたらと素直な真咲は、突然の行動にも取り立てて嫌がらずに普通に従ってじっとして いる。
そうしている間に教室に入って来ていた連中は、ぐるりと室内を見回し。
「このクラスに転校してきた妙泉真咲は、いないのですか?」
運悪く副会長に訊ねられたクラスメイトの『どうしよう』、という視線がこちらに向けられるが、律一は首 を横に振ることで返す。
窓際の前から二番目に後ろ向きで座っていた律一にそのクラスメイトの様子は見えても、三番目に正面向い て座っている真咲には見えていない。
律一に両耳を塞がれた状態で真咲が何? というように首を傾げるのにも首を振り。
「あの…、はい。いない…みたい、です」
上擦った声でクラスメイトがどうにか穏便に追い返そうとしているのを聞きながら、律一は目の前の真咲の 顔をじっと観察する。
癖の無い黒髪に、やや潤みがちの黒い瞳。更にその周りを縁取る自然にカールした長い睫毛。程良い高さの 鼻の下には淡く色づいた柔らかそうな唇。
副会長がカツラと眼鏡を装着した真咲を探しているのなら、まず気づかれることはないはずだ。 あの下にまさかこんな美貌が隠れているとは思っていないだろう。
こうして目立たぬよう息を潜めている内に諦めて帰って欲しい、という律一の願いは、だがあっさり打ち砕 かれた。
わざわざ徒党を組んで乗り込んできた彼らが、『不在です』の一言であっさり引き下がるわけもなく。
関わらないように静かにしていたものの、顔を突き合わせて片方が相手の両耳を塞いでいる態勢は、やはり 眼に付いたようで。
「「ねぇ、何してるの?」」
ついに補佐の双子に声を掛けられてしまった律一と真咲だ。
そして双子は揃って左右背後から挟み込むように覗き込んだ真咲の美貌に、驚いたように眼を瞬き。
「スゴいきれーな子」
「でも見ない顔だね?」
「こんなに美人なら騒がれないはずないのにね」
「「不思議ー」」
そう声を挙げられてしまえば、他の連中の興味を引かないわけがなく。
焦るクラスメイトたちを尻目に、結局律一と真咲は副会長以外の役員連中に囲まれてしまう。
「へえ、ホントだー。美人ー!」
会計が真咲を見て口笛を吹けば。
「ホント、美人…」
書記が言葉少なに肯定し。
「ああ……、確かに今まで見たことない顔だな。それで…一体それはなんの真似だ?」
会長が未だに真咲の両耳を塞ぎ続けている律一に視線を向ける。
「…いえ。こちらの都合ですので、お気になさらず」
それに対して無表情で淡々と返す律一の今までに無い反応に、日頃から騒がれ慣れている役員たちの表情が 不思議そうなものから面白そうなものへと変化する。
「…ちょっと、あなたたち。そんなことより真咲を探してください」
だがそれを制したのは、当初の目的そっちのけで自由に行動し始めた役員たちに対して苛立たしげに声を上 げた副会長だった。
「……あれから二週間も会えてないんですよ」
「って言っても副会長。俺たち、そのマサキって子がどんな見た目してんのかも知らないんですけどー?」
「それ、を探せって…」
「「わかんないよー」」
ぶーぶー言う双子に、副会長は小さく溜め息をついてからこちらに近づいて来る。
「真咲は…、そうですね、ちょっと独特な見た目をしてました」
「独特って何ー?」
「…ええ、まあ、斬新なヘアスタイルといいますか…。だから見ればすぐわかるはずなんです」
それでも一応念の為、連中が騒ぐほどの顔を確認しておこうとでも思ったのか。
役員たちが囲んでいる中を覗き込んだ副会長の眼と真咲の眼が、ぱちり、と交わった時。
耳を塞いでも口、もしくは眼も塞がねば意味が無かったことに律一が気づいたのは、次の瞬間。
「あ、変態」
副会長を見て真咲がぽろっと零した言葉に、クラス内の空気が凍結した。
ちっちっちっちっちっちっちっちっ、ぽーん。
秒針の刻む音がはっきり聞こえるほど静まり返った教室。
そんな中ただ一人動じなかった律一は、もう意味の無くなった手を真咲の耳から外し。
「うん。なあ真咲、もう少しオブラートに包もうか」
「え。じゃあ、変わった人?」
「惜しい、もう一声」
「う? えーと、えーと、あ! 副会長だっけ?」
「わかってるんなら始めからそれ言おうなー?」
言い聞かせるように律一は言うが、しかしクラスメイトからすれば。
─────そういう問題でもない。
むしろそれによって真咲の言った「変態」が誰に向けられてのものかを駄目押しする形になってしまってい る。
さすがにここに来て、何となく真咲の発言だけがおかしな方向へと転がる理由じゃないことに気づき出して きたクラスメイトたちだ。
しかし気づき出した所で今この状態をどうにかできる猛者は居らず。
「…………………変、態?」
わなわなと震えながら呟いた副会長に、思わず同情の眼差しを向ける。
下手に口出ししても真咲相手にどうにかする自信がないクラスメイトたちは、とにかく見守ることしか出来 ない。
後は真咲“係”でもある律一が上手く収めてくれることを祈るだけだ─────先ほどの会話から一抹どころじ ゃない不安が過ぎるが。
対して『変態』と面と向かって言われてしまった副会長は。
「…………………私が……何、ですって…?」
だが変態と言い切った相手に聞き返せば返ってくる答えなど決まりきっている。
「ああ、ドMな変態」
こっくり頷いて更に追い討ちを掛けられるだけだ。
「変態…、私が、ドM…変態……?」
どうやらいつものように嫌味をぶつけ返す気力もないくらいに、『変態』の単語の威力は凄まじかったよう だ。
ぶつぶつと唱えだした副会長に、ここで凍結していた役員たちの中からやっと解凍された会計が。
「…………ねぇ、ちょっとキミ。なんなのー、その言い種。少し人よりキレイな顔してるからってさぁ」
「…? 顔は関係ないだろう、変態かそうでないかとは」
「…あのねぇ!」
副会長への暴言にご立腹した、意外に仲間思いらしい会計だったが、今回はさすがに相手が悪かった。
「で、あんたが変態二号?」
「………はい?」
「ん? てことは、ここにいるのは皆生徒会役員ってこと?」
すげぇな、生徒会長とその愉快な変態仲間が揃い踏みか! と興奮気味に声を挙げた真咲に、会計は再凍結し た。
それを見て「あー…」と気の毒そうな視線を向けるのは、既にこの二週間で真咲の洗礼を受けたクラスメイ トたちだ。
どこか人よりズレた感性の持ち主であった真咲は、この学園の特性をやはりズレた感性で認識していた。
だからこそ律一は真咲が必要以上に目立たぬようこれまで注意をはかり、クラスメイトたちの協力を得てや って来ていたのだが。
それも結局、物の見事に台無しになってしまった。他ならぬ墓穴掘りな生徒会役員自身の手によって。
「そのチャラい雰囲気! 緩い喋り! 粋がりたいのか格好つけたいのか、もしくはその両方なのかわからな い、だらしない制服の着方! いくつ着けてんのアクセサリー! お風呂入る時とか外すのめんどくない? も しかして外さず入るとか言う? ワイルドだな! ゴールド多用するとなんか下品に見えるのなんでだろな、 それともつけてる人に拠るのか? かと言ってシルバーはすぐ色悪くなるし、え、もしかして全部プラチナとか いうオチ? こんの金持ちボンボンが! ……な見掛けから判断して─────あんたは会計さんだな!?」
「…なあ真咲。いちいち無駄に主観的な感想とイメージを上げ連ねなくていいから。役職知りたいなら普通 にそれだけ聞けばいいだろが」
「でも推理形式のが面白くないか? もしくはクイズっぽくさー」
「……ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
周りが固まっているのをいいことに、真咲と律一のズレた掛け合いが進行していたその時。
「ってちっがーう! 推理でもなんでもなかったよね、今の!」
再解凍された会計が割って入った。
それまで反応すら出来ていなかった会計だったが、解凍されたと同時に比較的話が通じそうな律一を消去法 で選択して詰め寄る。
「ちょっ、なんなのこの子! こんな面と向かって馬鹿にされまくったの初めてなんですけど!?」
「いえ。真咲は別に会計さんを馬鹿にしたつもりは無いと思います。今のはボケでもなんでもなく、まった くの“素”です」
「それ余計にタチ悪いんですけど!? そもそもなんでこんなイメージついてるワケ!?」
そう会計に問い詰められた律一は、ふ、と視線を床に落とす。
「……あれは不幸な行き違いだったんです」
「…え、なんでそんなシリアスちっくなの」
そうして律一が思い返して語ったのは、真咲が転校してきた日のこと。
あの朝のホームルームの後、各々自己紹介などの過程を経てから聞かされた真咲がクラスに辿り着くまでの 経緯に、律一が取った行動は─────徹底的に騒ぎのモトを避けることだった。
それというのも、どうやら真咲の中で副会長という人は、初対面の怪しげな男にさえキスを仕掛けるほど体 を張ったボケをかます『キング・オブ・ボケ』の認識のようだったからだ。
真咲曰く。
「門番さんに行動をスルーされたのは、まあ…単純に関 わりたくないと思われちゃったんだろーなー、ってのはわかったんだよ。だって門を乗り越えるなんて単純に不審者だし。本人確認書類とかしっかり揃えてたからどうにかなったけど。でも確認してるその間一度も目ェ合わそうとしてくれなかったわ、あの門番さん。ちょっとくらい弄ってくれてもいいのになー。で、その後会ったのが案内に来てくれた副会長? さんだったんだけど、いや、もう凄かったー! 見た目から行動に至るまで、どうにかしてこっちに突っ込ませようとするあの姿勢。俺、「すげぇな、その愛想笑い」って結構失礼なこと言ったんだけど、怒ってこっちのカツラにツッコミ入れる所 か、逆に笑顔でキス迫るってゆーボケ返しされて、もう完敗。さすがに俺も初対面であのカツラとあの眼 鏡かけたおかしな恰好の男にキスは出来ねーわー」
俺もまだまだだなー、そうキラキラした顔で語った。
何故そうなる? というツッコミを呑み込み、とにかくその不可思議な認識を時間をかけて懇切丁寧に、時に は喩えを出しつつ改めさせたのだが。
どうにか副会長が「ボケ」ではないことを納得させた結果、その行動の方が逆にクローズアップされる形となってしまい。
「…ッ、なら変態か!」
真咲は閃いたように叫んだ。
ぽくぽくぽくぽく、ちーん。
─────ヘンタイ。
…………変態?
副会長が『変態』?
って、エエエエ!?
流れに任せて周りで聞いていたクラスメイトたちも、あまりのことに絶句するしかない。
だが当の真咲はやはり周囲の様子も気に留めず。
「そうか、変態だったか…なんてことだ。俺、うっかり師事しそうになってたぜ…」
そう真剣な顔で自分勝手に一人納得していた。
そんな真咲の様子に、「え。ちょ、どうするの、コレ」というクラス中の眼が律一に集まる中。
ここに至るまで色々と話が脇道に逸れたり脱線したりした末の結論だったことを思い巡らせていた律一 は。
─────うん。まあいいか、そういうことで。
真咲が導き出した答えを訂正するのを放棄した。
「…そうだな。だから、あまり親しくなろうと近づくのはどうかと思う」
「そっか。うん、気をつける」
「ちょ、えーッ!?」というクラスメイトたちの声無き心の叫びが響く中、気づいているはずの律一は外野 を無視して真咲に言い聞かせる。
「もしかしたら眼をつけられているかもしれないから、あまりあちこち動かない方がいいだろう。しばらく は慎重に行動するように」
「わかった、そうする。ありがとな、律一」
いやいやいや。 いいの? それでいいの?
そうクラスメイトたちが目配せしながら互いに確認をしている中、副会長を『変態』呼ばわりされては黙っ ていられないのが当然副会長親衛隊所属の隊員たちだ。
「ちょっとッ! 重森様が変態なワケないでしょッ!」
「そうだよッ! 変なイメージであの方を見ないでッ!」
きゃんきゃん吠え立てる隊員たちを見て、だが真咲は不思議そうに首を傾げる。
「………しげもりさま?」
「この流れでいったら副会長さんのことだろう」
「ああ……なんで様付け…?」
「今は気にすんな」
「あ、そう? じゃ、まあなんだ。あれ、ボケじゃないなら訴えられてもおかしくないぞ?」
「そうだな。真咲に関しては未遂だったが、下手したら性犯罪者予備軍と見なされるはずだ」
「えッ、で、でも重森様はお仕事だって立派になされてて…ッ」
「そ、それに王子様のような上品なお顔立ちとあの振る舞いに皆憧れてて…ッ」
どうにか副会長を擁護しようと言い募る隊員たちに、しかし真咲と律一は無情だった。
「あー、そういうのが一番うっかりタガ外して破滅しやすいよな。周りには真面目で教育熱心な教師と見ら れてた人が電車内で女子高生のスカートの中を盗撮、とか」
「子煩悩で有名だった人が子供の友人に猥褻行為を強要、とかな」
「新聞とかニュースでよく見るよな。まさかあの人に限って、とか、そんなことをするような人だったなん て信じられません…って」
「それで職場を解雇、家庭崩壊って展開になるわけだ」
「一時の衝動に任せた行為で、それまで積み重ねてきた信用があっという間にパー。やっぱ血迷ったらいか んよなー」
「ああ、まったくだ」
真咲と律一は顔を見合って、うんうん、と頷き合う。
そして唖然としている隊員たちに向き直った律一は。
「例えば自分がそんなことをされたら、と考えてみるとわかりやすいはずだ。好意を持っている相手だからこそおまえらはそう庇うのであって、実際に…そうだな、初対面の見るからに冴えない中年男にでもされ たらどう思う?」
「何この変態、変質者! と思わないか?」
「確かに顔の良し悪しで相手に与えるダメージの度合いは変わるのかもしれないが、やってることは同じだ ぞ?」
「なら一般的に考えて副会長も変態だろ、って結論になったんだが、おかしいか?」
「そッ…」
「そ、れは…」
反論しようの無い具体例を挙げられた上で問い掛けられて、隊員たちは一様に押し黙る。
何故なら世間一般的に考えるとフォローのしようがない行為と気づいてしまったからだ。
この学園の常識は社会の非常識。
皆それを痛感した瞬間だった。
初対面の男相手にキスを迫るような奴は、普通に考えて「セクハラ野郎」の「変態」だ。
もちろんそう返される前の真咲の発言も失礼な部類ではあったが、だからといってキスはあまりに飛び道具過ぎる。
よって「変態」を訂正する必要無しと判断した律一だ。
そして早々にこの学園の特色を含めた特殊性と、不用意にあちこちでボケをかまして厄介な連中に眼を付け られないよう、念入りに言い聞かせておこうと律一が思った結果。
─────生徒会役員たちは何故か『変態』レッテルを貼られることになりました。
「え、ちょ、おかしくない、それ!?」
そこまで百面相を晒しながらも黙って聞いていた会計が、あまりの話の飛躍っぷりにツッコミを入れる。
だがそんな会計のツッコミに、律一はちらりと視線を真咲に流し。
「まあ…、でも仕方なかったんです。真咲、少しの間お口チャックな」
「ん? ん」
真咲がこっくり頷いたのを見届けて律一は会計に向き直る。
まず真咲にこの学園における同性愛のパーセンテージを説明がてら身を守るように忠告すれば。
「へぇ。ゲイの人って必ずしも顔の良い奴に惹かれるワケじゃないって話だけど。やっぱこーゆーとこに男 だけで放り込まれてる奴らの大半は真性じゃなくて仮性って感じだから、違和感無いようにキレイな顔して るのを選ぶのか? 卒業後にも男同士で続いてる割合って高いの?」
─────普通にそう分析され。
続いてこの学園の特殊性の最たるものである親衛隊なるものの存在を説明すれば。
「親衛隊…。またなんつーか古風な響きだなー。 ハチマキ締めて法被とか着て応援する集団って感じ? な んか応援団っぽいな。なら部活みたいなノリ? 部費とか出んの? え、無い? 応援団じゃなくてファンクラブみたいなものなの? じゃあ、会費制? んで、君と握手! とか、一緒に写真撮影とか? は、無い? 規律が 厳しいから? はあ? じゃあ入ったところで何すんの? 食堂利用が半額になるとか、購買利用時に割引きに なるとか、無いの? 全然? まったく? えー………それって入るメリット、つーか意味あんの?」
─────そもそもの根本的な部分を理解されず。
親衛隊の規模が大きい分、関わり方を間違えると非常に面倒なことになる役員たちの話をし、不用意に近づ かないように言い含めれば。
「ああ、わかってる。変態な副会長さんがいるからな! でさ、俺思ったんだけど、あの人もしかしたらドM なのかも。あんないきなりキス迫るようなことしたら、普通ひっぱたかれるぞ? そのビンタが目当てだとし たら、凄い残念な人だよな。でも近づかない方がいいって……他の役員さんたちの変態度ってそれ以上に半端ないの?」
─────もはや後に引けない所まで曲解されていた。
「ええええー!? おかしいよね!? なんで副会長だけじゃなくこっちまで同じ括りになっちゃってるワケ !?」
「やはり変態と普通に仲間付き合い出来る人たちが普通なワケないよな、という結論になったようです」
「やめて、その連想の末の勝手な思い込み!」
「はい。さすがにそれはどうかと思ったので、俺も何とかしようと試みたのですが…」
余計なものに関わらせないよう、またそれを裏付けするような行動から副会長変態説を肯定した律一ではあ ったが。
他役員に関してはさすがに予定外だった。
どうにか少しでも軌道修正しようと、律一は自身から見た生徒会役員たちの印象を語ろうとしたのだが。
副会長以外の役員─────まず会計は、これまでに何度かその手の最中の声、現場をモロに目撃したことが ある手前、印象として公開プレイ好きな変態、という疑いを拭えず。
書記は変態とは違うかと思いきや、やはり同じく特殊で意外な話を小耳に挟んだのを思い出し─────果た してケダモノプレイというのは何なのか…普通なのか…?
双子の補佐は二人で一つらしく、基本が3Pという話で、自分たちより体格の良い奴を攻めるのが好きなマ ニアック派。とにかく決まって道具を使うのだとか……蝋燭とか鞭とか。これは…変態…か…?
唯一そういった話を聞いていないのは会長だけ。
他の役員たちに関しては記憶の底をどれだけひっくり返しても、思い出されるのは彼らの下半身事情ばかり と来た。
しかも親衛隊の連中が赤裸々に語っているのを偶々聞いたというだけの話でしかない。
信憑性も微妙なら、変態でないと言い切れる根拠も無い。
では美点は、と言って思い浮かぶのは“顔が良い”ただ一点のみ。
結局、フォロー出来るほどの情報を、律一は何一つ持っていなかった。
説明出来たのは役員たちの容姿の特徴を律一視点で見た印象と、精々が役職くらい。
結果─────見事に変態説を回収するに至りませんでした。
そんな流れを思い返した律一は。
思わず会計から眼を逸らす。
「え、ちょ! なんで今眼ぇ逸らすワケ!?」
その態度になんとなく後ろめたい部分があると察した会計からすぐさま問い詰められる。
だが律一は遠くを見やり。
「……噂話って、他人の些細な印象次第で尾鰭・胸鰭・背鰭に留まらず、有り得ない足まで付いて一人歩き するようになるんだな…と再確認しました」
「ちょ、それってつまり変態認定されたまま放置したってことだよね!?」
「俺は否定も肯定も出来なかったので、消極的な沈黙を選択しました」
「待って、沈黙は消極的な肯定だと思われる可能性大だから!」
「一応…、真咲には俺の主観による印象を…更に誇張したイメージで伝えたというか…」
「ああ。特徴をばっちり教えて貰ってたおかげですぐわかったぞ」
それまで律一の言葉を守り口出すことなく会話を聞いていた真咲だったが、思わず出たという感じに親指を 立てて満面の笑みで言う。
「緩いフリして実はド鬼畜そうなロン毛茶髪。嫌々言うと逆に燃えてつきまとわれる羽目になるかもしれな い、絶対二人きりになっちゃダメな生徒会会計!」
「いや、あくまでもイメージですからね」
「てことはキミの中での俺のイメージってそんなんなワケね!」
「でも大丈夫です、会長さんだけは最後の良心だって言い聞かせましたんで」
「その内容のどこに大丈夫な部分があるワケ!? 会長のイメージが良くても俺には何の関係もないことだよ ね!」
「そんなことないですよ、これで役員さんたち皆変態だったら救いようがないじゃないですか」
「だから何で俺が変態だって決めつけてるの!?」
「え。それってここで言って差し支えないものですかね」
「ちょっと、俺の何を知ってるのキミ!」
無駄に口を挟まずその会計と律一の掛け合いを見ていた真咲は、だがここにきて我慢が出来なくなったのか 興奮したように律一の肘部分の制服を引っ張り。
「な、な、律一! 俺もこの人と話してみたい! なんか仲良くなれそう!」
非常に嬉しそうにそう告げた。
「ああ、そうだな。俺もこんなにノリが良い人だとは思わなかった。やはり見掛けや噂だけじゃわからない もんだな」
「なー」
「この学園では貴重な存在だぞ? 大事にしな」
「うん!」
交流して良し、とばかりに律一が許可を出せば、すかさず真咲が会計へとにじりよる。
そうしてきゃっきゃと楽しそうに会計を言葉でいじくり回す真咲を、微笑ましげに見る律一。
その目線は過保護な親馬鹿そのもの。
そこに来てクラスメイトたちはようやく気づく。真咲のストッパーとして見られていた律一が、実は真咲に 負けず劣らずボケ体質の天然だったということに。
だからといって今更どうにもできず。
うっかりツッコミ気質を発揮させたばかりに精神力を削られていく会計と、それを呆然と見守るしかない他 役員連中に向かい─────クラスメイトたちは静かに合掌するのだった。
妙泉真咲→この後、会計から副会長、書記、補佐へ矛先を向けて彼らに精神的ダメージ を与えるが、本人に悪気は微塵も無い。
始沢律一→真咲に対しては「どうしようこの子」→「しょうがない子だな」→「まあ楽し そうだからいいか」の過程を経て今に至る。関わるうちに真咲に感化された節が無きにしもあらず。
会計→どうやらツッコミ気質だったらしい人。真咲のボケとは名ばかりの言葉責めに、これから日々打たれ 強くなっていく予定。
重森→副会長。そもそもの原因。
書記、補佐→とばっちりで変態認定された被害者? 真相は不明。
会長→唯一の良心。ただ単に律一の耳に噂話が入らなかった為に変態認定を免れた運の良い人。




