5
「おいっ!大丈夫か?」
赤さんの手によってヘルメットを外された私は、ようやく落ち着きを取り戻した。
「だ、大丈夫です。すみません」
混乱しながらも、返事を返す。
そろそろ一周する車も出てくるということで、赤さんに担がれてゴール横のスペースに避難させられた。
ちなみに担がれることに関して、押し問答があったことをここに記す。
「パニック障害だな」
赤さんの診断は以上だ。
さっきのは何だったんでしょう?という私の問いに対して、赤さんはものの数秒で答えた。
「でも、あの時私は怪我をしたわけでもないですし。事故のときの記憶もないですよ?」
「それでも脳と身体が事故を覚えてたんだろ」
「え、私どうなるんですか?レース出れないじゃないですか!」
知るかと答える赤さんは冷たい。
それにしても困った。そもそもレースで上位に食い込むことすら難しい上に、さらにパニック障害を克服しろと。
お母さん、私帰れそうにないです。
ゴールには私と赤さんの車は片付けられ、次々と一周目を走り終えた車が通り過ぎて行く。
青さんはゴール付近にいる私と赤さんの姿を見て、少し驚いた顔をしたが、次の瞬間には(おそらく)笑顔で手を振ってレースを続行させた。
実に爽やかだ。
「赤さんも見習った方がいいですよ」と言うと「は?」の後でヘッドロックを掛けられた。
ニュアンスで悪口だと判断したらしい。
「いーたーいー!ごめんなさい。冗談ですー!」
バンバンと赤さんを叩いて、やっと解放された頃には青さんが見事1位でゴールしていた。
*****
「で?どうするの?」
ゴール後、楽しそうだねと話に加わってきた青さんに事情を説明すると、なぜか会議が始まった。
議題は「パニック障害をどう克服するか」である。
表彰式はいいのかと青さんに尋ねると「別にいいんじゃない?」とのことだ。そんな適当で本当にいいのか。
「どうにか克服したいです。っていうか、克服しないと困ります!」
「そうだよねぇ」
真剣に考えてくれる青さんとは違い、面倒そうな雰囲気を隠そうともいない赤さん。
この人絶対友達いないわ。
「ハンドル握るところからリハビリ始めたらどう?」
ハンドルは大丈夫なんだっけ?と言いながら、青さんはどこからかハンドルを出して来た。青い猫型ロボットみたいになんでも出してくる青さん。どこから出した。
青さんに急かされて、恐る恐るハンドルを触ってみる。
特に問題もなく、これならいけるかもとハンドルを握った瞬間、指先が震え出した。
「モモちゃん、モモちゃん!」
いつの間にかハンドルは青さんの手に渡っていた。
「大丈夫?」
最近は青さんに心配ばかり掛けている気がする。
大丈夫だと頷き、ギュッと手を握りこんだ。
ゲームの世界でパニック障害なんて笑えない。さっきまでは、ちょっと楽しくなってきたなぁと思っていたのに。
ヴォルは相変わらず出てこないし、なんだか泣きそうである。
「うぶっ!」
落ち込んでいると、顔面にタオルを押し付けられた。
こんなことをする人物は1人しかいない。
「な、なにするんですか!」
キッと赤さんを睨むが、もう一度タオルを押し付けられる。
「お前さぁ、言葉が足りないんじゃない?」
青さんが赤さんに向かって話掛けているが、私はタオルを押し付けられフガフガとするしかない。
青さんによってやっとタオルから解放された私は、酸欠によって顔が真っ赤になっていたことだろう。
「大丈夫?」
何度目になるか分からない青さんの大丈夫?にコクリと頷いた。
「モモちゃんが泣いてるからタオル持って来たんだよーあいつ」
言わないと分かんないよねぇと笑う青さんの横で、不機嫌そうなオーラを漂わせながら立つ赤さん。
「え、うそ、私泣いてました?」
泣くまいと堪えたつもりだったが、涙が出ていたらしい。恥ずかしいなぁもう。
「えーと、ありがとうございます?」
お礼を言うと、プイッとそっぽを向く赤さん。
「え、なに?照れてんの?かーわーいいー」
明らかに楽しんでる青さんを、赤さんが締め上げるまで時間は掛からなかった。