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いつものように自分の布団で寝て、目が覚めたら意味の分からない空間にいたことがあるだろうか。
そして羽がついた奇妙な生物を見たことがあるだろうか。
とりあえず数秒固まってから、迷わず羽を引っ張ったら悲鳴をあげられた。
普通この状況で悲鳴をあげるのは私の方じゃないかな。
「痛い痛い!普通初対面相手に羽を引っ張る??」
「普通羽が生えた生き物に会ったら引っ張ります」
仕方がなく羽から手を放すとササっと距離を取られた。
失礼なやつだ。
「君はもう少しこの状況に驚いた方がいいよ!」
一番非常識な生物から常識を説かれたくはない。
「まぁそんなことより…おめでとうございます!君は転生生活お試しキャンペーンに見事当選しました!」
「は?」
意味も分からないまま「じゃあ案内するね!」と強引に連れて来られたと思ったら、なぜか私はハンドルを握っていた。
車のハンドルです、はい。
そして唐突に始まるカウントダウン。
GO!の合図と共に走り出す周りの車に思いっきりぶつかられた。
「アクセル踏んで!負けちゃうよ!」
「は?ちょっ意味分かんないんだけど!」
周りにつられる様にアクセルを踏んで、車は動き出した。
ちなみに私はペーパードライバーである。
4年前に免許を取ってから運転した記憶がない。
「うわぁ!ちょっと!真っ直ぐ走って!ぶつかるぶつかる!」
羽の生えた(以下略)が騒がしく横で叫んでいるが、それどころではない。運転に真剣だ。じゃなきゃ間違いなく死ぬ。
*****
「僕ね、思ったんだ…車の免許って誰にでも与えていいものじゃないって…」
失礼な奴だ。
でも私自身それは痛感しているので何とも言えない。
何十回とアクセルを踏んで、やっとハンドル操作に慣れたところだ。
「そろそろ状況を説明してくれませんかね?」
少し余裕が出来た私は今や相棒となってしまった生き物に話し掛けた。
いや、まだ自己紹介すらしていないわけですよ。
「今までにない余裕だ。人って成長するんだなぁ」
いや、これだけ運転したら慣れるわ。
「一応何度か運転中に自己紹介したけど、それどころじゃなかったみたいだね」
「一切記憶にないです」
ハンドルを左に切りながら私は即答した。
「僕はヴォル。で、ここはなんと!レースゲームの世界です!」
「いや、わかってたけど」
ゴールしては次のコースへと移動する、なんとも単調なレースゲームだ。
私が運転している可愛いピンクの車体は一度も表彰台に上がったことはないが、どうやら表彰式も行われているらしい。
「普通、転生ってRPGとか乙女ゲームとかの世界に転生するもんじゃないの?」
少なくとも、私が読んだ携帯小説はそうだった。
「いや、それがどこのゲーム世界も転生者で溢れてて、人気のないレースゲームの世界が余ってたんだよね」
そりゃそうだ。誰が永遠と車を運転するだけの世界に行きたがるのだろうか。
よっぽどの物好きしか希望しないだろうな。
「とりあえず、私帰りたいんだけど」
いきなり連れて来られた当初は余裕がなく、話がまともに出来なかったが、一刻も早く帰りたい。
明日も仕事だし。
「いやぁそれがさぁ」
ヴォルと名乗る生き物は遠い目をして言った。
「ただのレースゲームじゃ可哀想だと思ってオプションで恋愛ゲーム要素を追加してみたわけだけど、何かしら成果ないと帰れないんだよねぇ」
「はぁ?」
ここから始まるのは私とヴォルの長い戦いである。
とりあえず帰りたい。