第7話 開催! 春の村祭り!
*注意:今回の話は非常に文章が長くなっています。普段の二倍以上になってますので、お時間に気を付けてお読み下さい。
今日もルリィ先生の歴史授業からスタートです。このカリキュラムはルリィ先生肝いりの教科なので、かなり時間数が取ってあります。単に喋りたいからだと言う理由に一票入れたい。
今日も朝から張り切ったルリィ先生は上機嫌に長い耳をピクピク動かしながら地図を指しています。対して両脇のサラとリーザは困ったような詰まらなそうな表情で椅子に座っている。二人にはルリィ先生の講義は難し過ぎるんだろうなぁ。
「さあ、今日は今君達が住んでいる国『キルディス王国』について説明するぞー。よく聞くように」
お、サラとリーザの眼がちょっとだけ開いた。自分の国についてはやっぱり興味があるらしい。
ルリィ先生は地図を指でなぞって大体の国の形を示す。
「キルディス王国は、建国王ルーパウス・エント・キルディス、すなわちルーパウス一世が、周辺都市国家を武力によって制圧したのが興りだ。ルーパウス一世は当時としては画期的な軍略家としても知られているな。史上初めて魔術師と兵士による諸兵科連合戦闘を行った……っと、これ以上は騎士団にでも入隊した時に聞くだろうから止めておこう。……寝られたら困るしな」
ルリィ先生が苦笑交じりにそう言うと、既にうとうとしかけていた隣の二人が慌てて身を起した。ルリィ先生は二人を注意するようにウィンクしつつ指を振り、説明に戻った。
「先ほど言った様にキルディス王国の興りは武力による征服によるものだからか、武家や騎士が尊重される国だ。君達のお父さんやお祖父さん、あるいは親戚に必ず騎士または軍に努めていた者が居るだろう。ここら辺一帯は、騎士を引退した人達に与えられる土地だからな。二代に付き一人は騎士を輩出しないと土地の削減や没収も有り得る精度があるから土地を貰った引退騎士は必死で後継者を育て、それが優秀な軍隊を維持する事に一役買っている。フィアル達の中にも騎士団へ入隊する者が出るかもな」
騎士か~…。騎士をやりながらヒーロー家業は可能なんだろうか? 何か神様も本格的なヒーロー活動は大人になってからみたいな事言ってたし、就職活動はよく考えてやらないといけないな。
などと考えていると肘をつんつん突かれた。こっそり横を見るとサラがこっちを見ていて、ルリィ先生の説明の隙を突いて耳打ちしてくる。
「フィアルは騎士を目指すの?」
耳にかかるサラの吐息に妙な気分になりながら、僕もルリィ先生の隙を突いて囁き返す。
「まだ決めてない。……でも似たような仕事に就くんじゃないかな……」
騎士は主の敵と戦い、僕は悪の組織と戦う。相手は違うけど戦う事に変わりは無いね。この世界は結構気に入ってるし家族も友達も出来た。それらを守る為なら、また戦いに身を投じる事も悪くない。
「そっか……。何になるか決めたら、僕にも教えてね?」
小首を傾げながら上目遣いに頼まれると断れない。てか意識して断られないようにしてるんじゃないか、この子?
「……ちょっと、何話してるのよ? 私にも教えなさい」
サラとの内緒話が聞こえたのか、今度は逆方向から肘鉄と一緒にリーザが割り込んできた。…痛いです。
「いや、あの、将来の仕事について少々……」
「ほう、今から将来の事を考えるのはいい事だ。……だが今は授業中だぞ? 先生の話はちゃんと聞こうな?」
騒ぎ過ぎた!? いつの間にか目の前にはにこやかに青筋を立てるルリィ先生のご尊顔が現れていた。
チラリと横を見ると聞いてきた当の本人のリーザはそっぽを向いて関係ありませんの体を装っていらっしゃる!! 己どこまでも姑息なリーザウルスめ!
……結果的に僕らの内緒話は全てルリィ先生に筒抜けだったようで、三人揃って宿題が増量されました……。
◆◆◆
授業終了後、リーザとサラを玄関口まで見送りに行ったら、リーザが帰ったのを見計らってサラが声を掛けてきた。
「フィアル、明後日のお祭りは行くよね?」
明後日は今僕らが住んでる村の春の祭りがある。今日の授業にも出たルーパウス一世が大勝利を収めた事を記念するお祭りで、名前をルーパウス一世のロニ川戦大勝祭、略して『ロニ大勝祭』と言う。この日は祝日とされているが、キルディス王国は建国以来かなりの数の戦を経験しているせいで似たような祝祭日がやたらと多い。
そのせいで全ての祭りを行おうとすると隔週で祭りが行われる事になる場合もあるので、どの祭りは何年に一回行うというオリンピックみたいな措置が取られている。年間の祝日数は一緒になるよう調節されているらしく、毎年祝祭日が変わるのでややこしい事この上ない。
かく言う僕もこの祭りに参加するのは初めてだ。…でも内容は他のとあんまり変わらないんだろうなぁ。まあルリィ先生もお祭りを配慮してくれたのか明日明後日の二日間授業を免除してくれたし、滅多に無い娯楽なので是非とも行くつもりだ。
「うん、行く行く」
「じゃあさ、明後日の朝から一緒に行こうよ。……その、久しぶりに二人だけでお祭り巡ろう?」
そう言えば最近二人だけで遊ぶ事は少なかったな。以前に比べて大人しくなったリーザとも一緒に遊ぶようになったし、ネージュの世話で遊べない時も多かった。偶には男友達と一緒にって言うのも悪くないか。
「分かった。じゃあ朝になったら迎えに行くよ」
「ほんと? やったぁ。待ってるね、フィアル」
満面の笑みでぴょんぴょん跳びはねるサラは年相応の可愛らしさでした。しかし友達と一緒にお祭りに行くのにあんなに喜ぶものかな。前世ではそんな機会も無かったので今一分からない。
約束を取り付けたサラは上機嫌で帰って行きました。帰りがけに何度もこっちを振り返っては大きく手を振ってくるので、中々家の中に戻れませんでした。
ようやくサラが見えなくなったので家に入って台所に向かう。今日のお昼ご飯はなんだろな~。
台所に移ると、いつもは既に居るはずのルリィ先生が居なかった。エレナ母ちゃんは一人で鍋からいい匂いのするシチューを皿に移している。普段はルリィ先生と僕も一緒に準備を手伝うんだけど……。
「母ちゃん、ルリィ先生は?」
エレナ母ちゃんは鍋の方を見たまま答えてくれた。
「ルリィ先生なら今さっき裏口の方から裏庭に行かれたわよ。何か用があるみたいね、それよりシチューをテーブルに運んでちょうだい」
「はーーい。……!?」
凄くヤバイ事に気が付いた。この時間はスーさんがネージュの子守をしてくれている時間じゃ無いか!!
スケルトンのスーさんは意外にも子守が得意で、泣き出したネージュを寝かしつけたり、オムツを交換してくれたりと大変お世話になってます。何故かネージュも懐いているようで、固い骨だけのスーさんに抱かれても怯えたり泣いたりしないんだよね。
いかん、こうしちゃ居られない! ルリィ先生がスーさんを退治する前に助命嘆願|(スーさんに命があるかは置いておくとして)をせねば!!
「母ちゃん、ちょっとトイレ行って来る!!」
「こら、フィアル! 家の中を走らないの!!」
母のお叱りを背中に受けつつ、僕は必死に足を動かして裏庭まで向かう。
玄関のドアを開けて外に飛び出し、物置小屋の前を急角度で横切って家の側面に回りこみ、そこから草むしりをサボってたせいで伸び放題の雑草に足を取られかけながらも大急ぎで裏庭に向けて走る。
間に合え……間に合え……間に合え!!
「やあ、スーさん。調子はどうだい?」
「あ……はい、問題無く元気です…」
ズザアアアァァァ…!!
僕の体はホームベースにスライディングする野球選手みたいに土埃を上げながら、談笑するルリィ先生とスーさんの足下に前のめりに滑り込んだ。ネージュの居る部屋の窓の近くで談笑していたルリィ先生とスーさんは足元にえび反り状態で滑ってきた僕に驚いて話を中断する。
「わっ!? どうしたんだフィアル、急に転がり込んできて」
「だ、大丈夫フィアル君? 凄い速さで地面を擦ってたけど……」
正直痛いです、はい。でも今はそれより聞かなければいけない事があるので勢い良く立ち上がります。
「る、ルリィ先生! スーさんと面識あったんですか!?」
「うん? ああ、会ったぞ。先日の死霊術師騒ぎから二、三日後くらいからスーさんのことは知ってたぞ」
うはぁ、結構前から知ってたんですね先生。僕の心労と擦り傷は一体なんの為に……。いやそれより疑問が残る。
「先生、なんでスーさんを退治しようと思わなかったんですか!? 死霊術師を追い掛け回して、確か悪霊も二、三体倒したとか後で聞きましたけど?」
ルリィ先生は耳の先端をコリコリ引っかいて難しい表情をとり、過去の困惑を思い出していた様だった。
「いやー……最初に目撃したのがネージュを抱っこしてあやすスーさんの姿でな。ネージュも懐いている様だったから、まず話をしてみることにしたら悪いスケルトンに思え無かったから別にいいかなって。フィアルもそう思ったからそのまま裏庭に居させたんだろう?」
はい、今では主に妹の世話に関して大変お世話になる程になってしまいました……。
眉の間に深い谷間を形成しながら押し黙る僕に、ルリィ先生は片手を腰に当てた状態で屈み、僕の額を小突きながらちょっと怒った顔で小言を言い聞かせてくる。
「と言うかなフィアル、こう言う事は秘密にせずにちゃんと先生達に言っておきなさい。スーさんの話では元々ネージュが狙われていたらしいし、スーさんはともかく万が一他のスケルトンや悪霊が来たらどうするつもりだったんだ?」
それはまあ………普通に退治しました。ネージュに発信機も付けてた他にも実は密かに裏庭にセンサーの類を幾つか仕掛けていたから、万が一敵が来てもすぐに分かるようにはしてた。
「それに私やロイ、または村の警備員がスーさんを見つけたら話し合う以前にそのまま倒してしまってもおかしくなかったんだぞ。まだフィアルには難しいかも知れないが、一人で解決しようとせずに先生達に相談する事も考えなさい」
「はい……ごめんなさい」
確かにスーさん自身に対する配慮には欠けていたと自覚しました。僕はスーさんに向かっても頭を下げる。
「ごめんなさいスーさん。スーさんの事を考えるのを怠っていたのは僕の責任です」
「ううん、いいんだよフィアル君。結果的に大丈夫だったんだし、気にしないで」
スーさんは僕に目線を合わせる様に屈んで、僕の肩に気遣わしげに手を置いて許してくれた。
ええお人や……、生前はきっと三国一優しいお姉さんだったんだろう……。
「そうだフィアル、明後日はお祭りに行くんだろう? ついでにスーさんも連れて行ってあげてくれ」
ルリィ先生の爆弾発言にスーさんの優しさに零れかけていた感動の涙が一瞬で引っ込んだ。僕はひどく狼狽しながらルリィ先生を見上げる。
「ルリィ先生…? 先ほどスーさんが警備員さんに見つかったらえらい事になると仰ったばかりでは……」
「それを回避する為に連れて行って欲しいんだ。…言葉が足らなかったな、私は村長さんと自警団の警備責任者さんにスーさんの事を説明して正式な居住許可を貰おうと思ってる」
「なら先生が一緒に連れて行けばいいんじゃないですか?」
「その説明の際に、知り合いの助けを借りたいんだ。私は明日その知り合いを迎えに行って、明後日の昼頃帰って来る。その時間に合わせてスーさんを村長さんの家にお連れしてくれ。村長さんからの許可が出たら、ロイを説得して一緒に住もうとも考えているからフィアルもその時は手伝ってくれ」
なるほど事情は分かりました。納得したので僕は頭を上下に振ってルリィ先生の頼みを請け負う横で聞いていたスーさんはしきりに恐縮して、立ち上がってルリィ先生に頭を下げる。
「こんな私の為にご面倒をかけて申し訳ありません……。でも宜しければルリィさんのご好意に甘えても良いでしょうか…?」
「ええ勿論。スーさんみたいな善良で礼儀正しいスケルトンさんの為なら何てこと無い苦労です。……それに少々気になる事もありますし……」
その時スーさんを見るルリィ先生の眼は何とも言えない表情をしていた。強いて言うなら、サラのお父さんが、ルリィ先生が隣国の貴族の娘さんと知った後の本当に貴族なのか疑っているとも迷っているとも言える顔が近いだろうか。
つまり生前のスーさんが何者かと言う事が関わっているのだろうか……?
スーさんは黙り込んだ僕とルリィ先生を不思議そうに首を傾げて見ていた。
◆◆◆
お祭りの当日、サラの家では朝早くからサラが起き出して身支度を整えていた。動きやすい上着にズボン、それに毛皮のチョッキを着たサラは着崩れしていないか姿見を使って真剣に調べていた。そしてどこもおかしいところが無いと確認すると、服を入れていた棚の一番下の段、下着入れの中に隠していた皮の袋を取り出す。その袋からは金属が擦り合わされる音が聞こえてくる。
サラは袋の口を開けると中を確認する。袋の中には数枚の手垢の付いた銅貨が入っていた。サラが前々から家事手伝いや肩叩きをしてお母さんやお祖母さんから貰っていたお小遣いの集大成である。
財布の中を見ていたサラの頬がにへらと緩む。お祭りの日に向けて頑張ってきた甲斐が今日得られるのである。サラの顔が喜びで崩れるのも無理は無かった。
(これだけあればきっと色々買えるよね……。フィアルにも何か買ってあげよう)
サラの頭の中ではフィアルと一緒に見世物を見たり、音楽に合わせて一緒に踊ったり、お祭りの屋台で買ったお菓子をフィアルの口に運んでいる光景すら浮かんでいた。
◆◆◆
「はい、フィアル。あ~~~ん」
「あ~~~ん。……ふぅ、おいしいよサラ……。そうだ、今度は僕がやってあげるよ」
「そ、そんな恥ずかしいよフィアル……」
「恥ずかしがることは無いさ、サラもしてくれただろう? さぁ、(顎の)力を抜いて……」
◆◆◆
空想の中のフィアルは普段の二割増しに凛々しく描写され、フィアル本人ですら「誰だこれ!?」という程の美少年に描写されていた。視覚情報が脳で処理される過程でサラの乙女回路による修正が加えられたのであろう。
今一度書いて置きますが、サラは『男』です。
「~~~~~~~~!!」
空想に浸っていたサラは蕩けた顔を両手で挟み無言でごろごろと床を転がる。
「はふぅ~~……、楽しみだなぁ……」
最近二人っきりで遊ぶ機会がとんと無く、フィアル独占欲が満たされずにもやもやとした日々をサラは過ごしていたのだった。
(でも今日は二人だけでお祭り回れるはず。リーザは家の手伝いで昼過ぎから参加するって言ってたし、それまでに大体見回ってリーザと入れ替わりに帰ってしまえば、夕方まで二人で遊べる…!)
うんうんと可愛らしい顔に気合を込め鼻息荒く作戦を考えるサラ。彼は意外と計算高かった。
サラが財布を懐に入れてもう一度姿見で格好の確認をしていると、廊下から母親のメアリーの声が聞こえてきた。
「サラー? フィアル君が迎えに来てくれたわよー」
「! 今行くー!」
サラは珍しく大きな声を張り上げて自室を飛び出し玄関まで走る。息せき切って玄関まで辿り着くと、玄関ではメアリーとフィアルの二人が世間話中だった。
「ありがとうねフィアル君。サラの面倒を見てもらって」
「いえ、僕の方こそサラにはお世話になってますので」
「本当に貴方は落ち着いてるわねぇ、うちのサラにも見習わせたいわ……、あら来たわね」
二人はサラの接近に気付いて会話を中断させる。メアリーはサラとフィアルを対面させるべく横に移動する。
サラの前に半袖の上着にズボンと言う普段と変わらない格好のフィアルが現れた。フィアルはいつもと変わらず若干くたびれた感のある普段着姿で頭には一箇所寝癖が残っている。お世辞にも凛々しいとは言えない格好であるが、サラの眼には野性味を感じさせる精悍さとして映っていた。
サラは走った事で乱れた衣服を整え、仄かに頬を紅潮させてフィアルに近づく。
「お待たせフィアル。今日はお祭り楽しみだね!」
「おーう、早速行こうかー」
興奮気味のサラに対して全く気負いの無いフィアルはメアリーに一礼するとさっさと踵を返して家から出て行ってしまい、サラは慌ててそれに付いて家を飛び出す。サラの後方ではメアリーが微笑ましく二人の後ろ姿を見送っていた。
サラはフィアルに追い付くと歩調を合わせて隣を歩く。走った意外の理由によってサラの頬に宿った朱は鮮やかさを増していた。
サラは隣を歩くフィアルを盗み見て自身の緊張を覚られていないか気にしていたが、思い切って喋りかける。
「あ、あの……フィアル……」
「あそうだサラ、悪いんだけど一緒にお祭りに連れて行く人が居るんだ」
「え……?」
勇気を出して喋り始めたサラを遮った上でフィアルが話し始めた内容はサラを凍り付かせた。
愕然とフィアルを見るサラには気付かず、フィアルは道の先に向かって手を振る。サラが緩慢な動作でそちらを向くと、道の端に座っていた人物が立ち上がりこちらに向かって来るのが見えた。
その人物はメアリーより少し低いくらいの背格好を長いローブですっぽりと包み、顔の部分は目深に被ったフードでよく見えない。近づく事でようやく顔の部分が見えたが、その表情は首元まで覆う大きな木製の仮面で覆われている。仮面には赤色と黒色で縦横に紋様が描かれており隈取りのようにも見える。子どもには少々刺激の強いデザインだった。
サラはその仮面が、以前フィアルがルリィ先生から貰ったお土産の一つだと思い出す。同時にフィアルが青い顔で「寝て起きると文様の柄が変わっているんだ……」と言っていた事もフラッシュバックしてしまう。
怯えてフィアルに縋り付いたサラは涙目でフィアルを見上げる。
「あ、あの人誰…? なんで一緒に行くの……!?」
「ええと……彼女はルリィ先生のお友達でスーさんって言うんだ。お祭りを見学した後に村長さんの家に案内するよう頼まれたんだ。悪い人じゃ絶対にないから、一緒にお祭りを回ろうよ」
優しく背を撫でてサラを宥めるフィアル。サラは想定外の事態に混乱しつつもフィアルの手の感触にちょっとだけ幸福感を感じていた。
しかし、その幸福感はフィアルを飲み込むように落ちてきた影に吹き飛ばされる。サラが恐る恐る上を見ると、そこには恐ろしい紋様の仮面がどアップで浮かんでいた。
「こんにちわ。貴方はサラ君ですね? フィアル君から聞いてます。今日はお祭りにご一緒させて貰いますね、よろしくお願いします」
聞こえてきたのは実に涼やかな優しい声音だったが、サラの耳には地獄の悪鬼の恫喝に聞こえていた。
げに恐ろしきは人の想像力である。
◆◆◆
村の広場までサラとスーさんを連れて行った頃には、既にいくつかの出店が開店していい匂いを漂わせていました。人はまだそこまで来ていないけど、準備の人達が休憩の合間に買ったり摘まんだりしている様だ。見世物をする演者や吟遊詩人さんはまだ本格的には動いておらず、楽器や小道具の調整の他は、慣らしに適当な歌を歌ったりしているだけだ。
食べ物関係の出店は余所から来た人半分、村人半分ってところ。吟遊詩人や芸人さんは全員余所から来た人達だ。
吟遊詩人さんや芸人さん達は、普段は色んな地方を遊歴しているので普段は顔を合わせない。祭りの時期になったりするとどこからとも無く村にやって来るのだ。でもやって来る彼らの顔ぶれは毎回ほとんど変わらないので村人さん達は全く警戒していない。むしろ親しげに世間話して、遠くの地方の話を聞いて情報交換してたりする。
僕達はそんな中をちょっとぶらりと歩いているところです。……概ね平和ですが、問題もあります。
それは『サラの雰囲気が怖い』という点。
こっちを悲しそうな恨みがましいような眼で見ていたかと思えば、スーさんが近づくと僕の影に隠れ、僕を挟んでスーさんと会話します。その時ぎゅーって僕の腕とか服の裾を握るので、痛かったり服がよれたりして大変です。
おかげで好物の『パン田楽』が食べ難いです……。
今皆様、なんでファンタジー世界に田楽があるんだと思った方がいらっしゃるのではないでしょうか?
そしてこう思った事もあるのではないでしょうか……?
『異世界召還されたり転生した日本人て、米、味噌、醤油が無いけど生きていけるんだろうか?』
…この世界なら生きていけると僕は断言します! そう、この世界には米も味噌も醤油もあるんです!!
正確には同一では無いでしょうが、味はほぼ遜色無かったです。
この世界では小麦の他に米が陸稲形式で栽培されています。村の片隅で小麦だと思っていた黄金色に輝く穂が稲穂と気付いた時の感動は忘れられません……!!
そして味噌と醤油、この二つは大豆から作られますが、この世界ではトウモロコシみたいな植物から作られます。でもトウモロコシの粒をより硬く大きくしたような感じの植物で、昔節分で食べた大豆と大して変わらない味がしました。
製法に関しては同じかよく分からないけど、村で作っている味噌と醤油の味は日本で食べていた味にそこそこ近く、僕としては十分に満足できる味でした。
ただ残念な点として、エレナ母ちゃんに無理言ってご飯をと味噌汁もどきを作ってもらった時に気付いたんですが、……出汁が取れるような食材がこの界隈には無かった……。昆布も鰹節も煮干も無く、ひたすら『これじゃない』感の漂う味噌汁を飲む羽目になりました……。
この世界では味噌は田楽みたいにして使うのが一般的らしく、野菜や肉、魚とかに塗って炙る使い方が多かった。
祭りの屋台では、小麦粉を練ったものに蒸したイモを混ぜ込んだ生地を棒にくくりつけて焼いてパンみたいにした上に、砂糖を加えて甘辛くした味噌を塗ってもう一度焼いた『キルディス焼き』がよく見られます。さっき言ってた『パン田楽』がこれです。なんでもルーパウス一世が遠征先で食料が尽きかけた時に考え出されたパンの味噌付け焼きが始まりと言われているそうな。……日本人にはある意味冒涜かも知れない。
しかしこの『キルディス焼き』、味噌に柑橘類の汁を混ぜて香りを付与していたり、下のパン生地を餅みたいな物に変えたりと結構店ごとに違いがあるので、縁日の焼きソバやたこ焼きを食べ比べるみたいに何個も食べたりしてしまう、僕の好物なんだ。でも……。
「ふぃ、フィアル~~……」
齧り付こうと大きく口を開ける度にサラが悲壮な声音で話しかけてくるからまだ一口も食べれてません。サラに買ってあげた『キルディス焼き』も口を付けていないようだ。
「どうしたの、サラ?」
「す、すすスーさんが何か言ってるよ……?」
おっと、つい日本食三種の神器にこの世界でもめぐり合えた事に対する感動で頭が一杯だったぜ。
僕は急いで横に立つスーさんに顔を向ける。
「どうかしましたか、スーさん?」
「ううん、フィアル君がボーっとしてたから疲れたのかな…、って思って声をかけたの。ごめんね食事の邪魔をして。……サラ君も有難う」
スーさんが顔を向けると、その視線から逃れるようにサラはさっと僕の陰に隠れる。スーさんは仮面で分かり難いがちょっと寂しそうだ。仮面のチョイスをミスったなぁ。
僕は横で怯えているサラの背をポンポン叩いて詫びる。
「サラ、ごめんよ。事情があってスーさんの顔は明かせないんだ。あの仮面を選んだのは僕だし、スーさん自身は本当に悪い人じゃないから、そんなに怯えないでくれない?」
「……う~~…うん…」
歯切れは悪いが一応同意してくれた。まだ眼が潤んでいるが恐る恐るながらもスーさんの方は見てくれるようになった。
さて改めて回りを見回すと、大分人も増えてきました。来たときは二十人位だったが、もう百人以上になっている。今の時刻は昼前十時前だからそろそろ祭りの開始が宣言されるだろう。
そう思っていたら、広場の中央のステージに村長さんが現れた。村長さんは恰幅の言い四十代の男性で、頭髪が大分薄くなっているけど福福しい顔をした人当たりの良い人だ。去年先代村長から代代わりしたからまだ若手だけど村人達からの人望は割と多い。
村長さんは一つ咳払いをすると、大きな声で話し始めた。
「皆さんこんにちは。本日は建国王ルーパウス一世閣下が、西方のロニ川流域においてその類稀なる戦術によって見事蛮族の軍を討ち果たした記念すべき日です! 今日は建国王の偉業を称え、建国王から現国王陛下に至るキルディス王家によりもたらされた今の平穏な生活に感謝を捧げつつ、この良き日の祭りを楽しみましょう。王国の繁栄を祈る為、皆様御唱和下さい………キルディス王国万歳!」
「「「キルディス王国万歳!」」」
村長の宣言の後集まった村人達が揃って万歳し、こうして祭りは始まった。
◆◆◆
祭りが本格的に始まった事で周囲の人達が慌しく動き出した。それぞれお目当てのお菓子や食べ物を買ったり、吟遊詩人さんの歌や芸人さんたちの芸をなるべく近くで観賞したりする為に皆急いでいる。
僕はサラとスーさんが人混みに紛れてぶつからないように、二人を連れて一旦人の少ない端の方に移動する。
僕が先頭に立って人ごみを分け入るが、動くのが少々遅かったらしくうまく進めない。
「わっ…!?」
そうしたら後ろでサラの悲鳴が聞こえた。しかし人の波に邪魔されて咄嗟に動けない!
「危ない…!」
代わりにスーさんが動いてくれたようだ。何とか後ろを振り向くと、スーさんに抱きとめられた形のサラが居た。
「大丈夫か、サラ!?」
「う、うん…、ちょっと大きな荷物に当たって転びかけただけだから」
サラはスーさんの腕の中から下ろしてもらうと、呆然とした顔で返事を返してきた。とりあえずまた二人を伴った移動を再開して、何とか人の居ない家屋の隙間に来ることが出来た。
「サラ、怪我は無い? どこか痛いところは?」
「だ、大丈夫だよフィアル。……やっぱりフィアルは優しいなぁ」
怪我って気付かない内にしているものだし、混乱してたりすると痛覚が鈍る時もあるから確認は大事だと思ってる。サラはそんな僕の心配を過剰なものだと思ったみたいだが、悪い気はしてないようだ。
なんせさっきの仏頂面が菩薩の笑顔に変化してるもんね。
サラは僕に微笑んだあと、スーさんの方に向き直って頭を下げる。
「あの…ありがとうございました……スーさん」
「ううん、気にしないで。怪我が無くて何よりよ」
スーさんを見るサラの眼から恐れがほぼ見えなくなり、堅かったスーさんの声も柔らいでくれた。これぞ塞翁が馬ってやつだなぁ。
僕は和やかに見詰め合う二人を見ながらうんうんと満足げに頷いていた。すると我に返ったサラこっちを向いてきた。
「フィアル、これからどうする? 僕人形劇がみたいなぁ」
「う~~ん、とりあえずもうちょっとキルディス焼き屋をはしごしたい」
「フィアルってばキルディス焼き大好きだよね、僕は飴細工とかの方が好き」
僕の返事にサラはくすくすと笑う。ええやん好きなんだから。
ついでに解説すると、この世界では砂糖はそれほど貴重ではない。向こうの世界の大根みたいな植物から砂糖が取れるが、ほっといても育つくらい生育が容易なため農村部では珍しくない存在だ。
……おやつに大根の切り身を渡されて、沢庵みたいな味を想像してたら脳天まで突き抜ける甘さに七転八倒したのはいい思い出だ……。
ただし砂糖への精製は施設が無い為農村部では出来ず、故に飴細工なども滅多に食べることは出来ない。
閑話休題。一頻り笑ったサラは、今度はスーさんに質問し始めた。
「スーさんは何か見たいものとか食べたい物ありますか?」
「うーんと、私お金持ってないから……、私はここで待ってるから二人で遊んでおいで」
「遠慮しなくてもいいですよ。……今日は二人っきりはもう諦めましたから……」
後半の台詞をぼそりと呟いた時、サラの眼は淀んだ光を湛えていた。ご、ごめんなさいサラさん……。
と、とりあえずスーさんに話しかけて場を誤魔化そう!
「スーさん、一緒に居ないと村人さん達に誤解されるかも知れないし、やっぱり一緒に行動しましょう。その方が安全です」
「……そうだね、御免ね気が利かなくて」
スーさんは実に申し訳無さそうにこちらに頭を下げてくる。いえ多分この中で一番気が利かない奴は僕だと思う。少なくとも隣に居る友人は一票投じるんじゃないかな…。
「じゃ、じゃあまずスーさんも楽しめそうな人形劇を見に行こうか。アントニオさんの人形劇は面白いし、歴史の勉強にもなるから」
そう言って僕はまた二人に先立って歩き始めた。
路地の外は大分落ち着いていて、村人さん達は劇や吟遊詩人さん達の前に固まってるグループと、それから外れて食べ物関係をはしごして移動を繰り返している二つに分かれ居た。
祭りでは見世物として吟遊詩人さんや芸人さん達が歌や劇を披露するが、それらは大体そのお祭りの元となる出来事にちなんだ内容を行うのが伝統になっている。
例えば今日のお祭りは建国王のロニ川での戦いを詠い、演じる劇になっている。だから、吟遊詩人さんや劇作家さん達は古今の戦史、歴史に物凄く通じている人達なのだ。俗説だけど、歴史に一番詳しいのは軍隊関係者でも歴史研究かでもなく吟遊詩人だと言う噂もある。
お祭りは大体戦争に勝った記念日に行われるので、詩や劇の内容も戦いに関する事が必然的に多くなる。だから内容が多少血生臭かったり勇まし過ぎたりするのだが、この国、少なくともこの村では女子供連中も楽しくそれを聞いている。以前敵将の首がチョンパされるシーンで男性陣だけでなく女性やちっちゃい女の子ですら拍手喝采を送ったのは、ちょっとしたカルチャーショックだった。まあ祭りの終わった夜に酒場とかで恋愛物の詩を聞いて喜んでいる女性も見かけるので、そこまで差異が在るわけでも無いと信じたい。女性が皆リーザみたいだったら僕はこの世界で生きていく自信が無くなる。
アントニオさんと言うのは祭りの度に人形劇をしてくれる芸人さんで、歴史的出来事の要点は抑えつつコミカルな演出もしてくれるので主に子ども達に結構人気がある。瘦身の中年男性で口ひげを四角く整えている。
そのアントニオさんの劇を探すと、丁度いい事に今から始まるところだった。幸いスペースも若干空いている。
「サラ、あっちにアントニオさんが居るよ。あそこがいいんじゃないかな?」
「あ、ほんとだ。アントニオさんの所に行こう、スーさん」
「ええ、行きましょう」
僕達はアントニオさんの人形劇が始まる直前に何とか隙間に滑り込んだ。
アントニオさんは両手に人形繰りの道具を持ったまま新たに追加された僕達を見て陽気に笑う。
「おおっと、子ども達が飛び入りして来ましたね。息せき切って駆けつける様はまるで主君の下に急ぐ騎士の様だ!」
アントニオさんがそうおどけると、既に居た人達から笑いが生じる。僕は何とも無いが、サラはちょっと恥ずかしそうだった。
アントニオさんがさっと手を上げると、周りの人達は劇の始まりを感じて静まりかえる。
「……建国王がロニ川で大いなる勝利を収めたのはその大いなる英知と指導力でしたが、その裏で活躍した者もいるのです。今からお話するのは王の為に人知れず戦った、そんな騎士の物語」
そうしてアントニオさんの劇が始まった。
◆◆◆
建国王ルーパウス一世のロニ川での戦いは、キルディス王国が出来て二年も経っていない春先の出来事でした。
二年前、ルーパウス一世は周辺都市国家の内最後の一つであった都市国家ノンを平定したが、実は都市国家ノンは西側に住む蛮族の集団とも対立していたのです。彼らは国家設立直後のキルディス王家から都市ノンを奪うべく、戦争を仕掛けてきたのです。
勿論、我らが建国王ルーパウス一世は即座に軍を動かしこれに対抗しました。しかし長年の戦いで疲労していた兵は思うように戦えず、戦況は不利な状態が続きました。
実はこれには別の理由がありました。都市国家ノンにはその蛮族のスパイが紛れ込んでおり、更にはそのスパイはキルディス王国の首都に居たノンの代表団の中にも居たのです。
ですが首都でスパイ活動をしていたその蛮族の手先は捕えられました。そこで情報を吐かされたスパイは、都市ノン内部にもスパイがいる事を打ち明けたのです。
首都に残っていた騎士団は、王が万が一スパイに暗殺されてはいけないと、残っていた数少ない騎士達の中でも特に優秀な一人の騎士を選び、急ぎ伝令として旅立たせました。
その騎士はたった一人で草原、荒野、森林の中を駆け抜けていきました。その過程で多くの苦難に見舞われました。狼の群れ、野盗の集団、魔物の他にも雨風に至るまで騎士は苦しめられました。
ある時、野盗の放った一発の矢が騎士のわき腹に刺さりました。騎士は何とか野盗の手からは逃れましたが、深手を負って動けなくなりました。
森の中で最早これまでかと騎士が覚悟を決めていると、そこに一人の聖女が現れたのです。聖女は最高神『ノートン』に仕える聖女で、騎士が倒れていたその森の近くの修道院に在籍していました。
その聖女は神からもたらされた奇跡の術を扱え、騎士に献身的治療を施しました。
騎士は二日も経たぬ内に回復し、聖女と修道院に礼を告げるとまた王の下まで急ぎ向かい、ついに辿り着きました。
王は騎士が持ってきた情報からスパイを見つけ、それを逆に利用して蛮族達を罠に嵌めました。
蛮族達はロニ川近辺から王の宿営地を奇襲できると言う話に乗せられ、まんまとロニ川を渡ってしまいました。
しかし明け方近くの夜陰に乗じて川を渡った蛮族達は、上り始めた朝日の下に、王の軍勢が勢揃いしているのを目にしました。
罠にかけられたと知った蛮族はすぐに逃げ出しましたが、王はそれを直ぐには追わず、半分ほどが川に入った時に初めて攻撃を開始しました。
蛮族達は半ば逃げ切れると思っていた為、効果的な反撃ができず、王の軍勢に穂を刈り取られるように切り捨てられていきました。
結局、戦力の過半を失った蛮族は程無くして王に降伏しましたとさ……。
◆◆◆
アントニオさんのお話が終わった直後、割れんばかりの拍手が響いた。いやあ、有り勝ちな話だったけど、王道はやはりいい物だ。まさしく王様の話だし。
サラも前半の主役、騎士の活躍に喜んでいた様だった。劇中で狼が出てきた時に、耳元で「僕が狼に囲まれた時のフィアルも騎士様みたいで格好良かったよ」と囁かれた時は……不覚にもゾクゾクしました……。
僕とサラは財布から銅貨を取り出してアントニオさんに手渡した。その時にこっそりスーさんの分も払っておきました。
スーさんは予め離れた所に移動して貰ってたけど、僕らの様子は見えていたのか戻ってきた僕らに大して心配そうに話かけてきた。
「私の分はどうすればいいのかな?」
「ああ、僕が払いました。その代わり妹の面倒をまた頼みます」
スーさんが何か言う前に機先を制して対価を提示しておいた。まだスーさんが住めると決まったわけでは無いけど、スーさんに気にしないで貰うにはこうした方がいいだろう。
スーさんはちょっと悩んでいたけど、僕の提案に乗ってくれた。
「分かった…。ありがとうね、フィアル君」
そう言って手袋をした手で頭を撫でてくる。うう、くすぐったいけど何だか安心する。
スーさんは僕の頭から手を離すと、アントニオさんの方に目を向けた。気になったので僕も目を向けると、スーさんの視線は騎士と聖女の人形に向けられていたようだった。
「何か気になるんですか?」
「……ううん、特に何かを思い出したわけじゃないの。ただちょっと懐かしい気持ちが沸いただけ……」
ふむ、昔この劇と同じ話を見たり聞いたりしたんだろうか? スーさんは過去の記憶が無いらしいから、ちょっと気になるなぁ。
そんな事を考えながら上の空で歩き始めたのがいけなかった。僕は何者かにぶつかって、相手を転ばせてしまう。
「いてぇっ! 何しやがる!?」
転んだのは僕より一歳前後上の少年だった。多分僕らみたいな富農に分類される村人じゃなくて、小作農とか小規模な農場の子どもだと思う。間の悪いことにそんな子ども達が集まってグループで行動しているところに出くわしたようだ。
「おう、てめぇジョンにぶつかっといてご免なさいも無しかよ」
「てか誰だこいつ? お前どこのうちのもんだよ」
「こいつら北の連中じゃねえ?」
この村の北側はいわゆる富農に分類される人達のエリアで、それ以外は普通の農家だ。そして大人達はともかく、僕らは彼らと折り合いが悪い。
僕達がエルフのお姉さんに優しくお勉強を見てもらい、なおかつ農作業を手伝わなくていいという噂が実しやかに流布されているせいらしい。しかし勉強自体は結構難しく、時折だが農作業も手伝わされるので大して変わらないと思うんだがなぁ……。
そんな僕らの環境への嫉妬は、彼らの嗜虐心を刺激したようだった。男子だけの六人グループが僕らを取り囲み罵声を浴びせてくる。
「けっ、勉強は出来ても礼儀は成ってないんじゃないの?」
「一言侘びるのが筋ってもんだろ」
確かにそれはある。僕は怯えるサラを隠すように前に立ち、素直に頭を下げた。
「ごめん、余所見していた。僕が悪かったよ」
「なんだよその謝罪の仕方は! 人に言われてから謝ってる癖に謝り方が簡単過ぎるんじゃないか!?」
早速いちゃもん付けてきました。ここで下手に追加で謝るとまたいちゃもん付けられかねないので、方法を聞いてみましょう。
「どう謝れば満足するの? 教えて下さい」
「そうだなぁ……」
いやらしい笑みを浮かべて条件を考え出したジョン君。しかしそれを遮って、集団の中で一番体が大きく日焼けした少年が喋り出す。
「ガキの癖にいっちょ前に可愛い女の子連れて歩いてるんじゃねか。その後ろの子と遊ばせてくれよ、そしたら見逃してやってもいいぜ」
ぐっふっふと笑うのは悪役っぽいから止めなさい。君恰幅も大分いいおデブちゃんだから、より厭らしさが増すんで。
ジョンは不服そうだったが恐らく件のひでぶ、じゃなくておデブちゃんがリーダー格なのだろう、黙って引いた。
サラは尚一層怯えて僕の背中にしがみついて来る。おおう、眼前の少年達の殺気が二割り増しになった。
「見せ付けてくれるじゃないか……。なんだお前ら付き合ってんの?」
「だっせー、こいつ女と遊んでやがる」
そんな嫉妬交じりの視線で言われても全然悔しさも憤りも感じないな。……そして一つ訂正しておかなければいけない事がある。
僕は一度大きく咳払いをして喉の調子を整えると、はっきりとした口調で淡々と告げた。
「あのね……、後ろの子は『男の子』だよ」
「「「え………」」」
『少年達に新たな嗜好が目覚めた瞬間だった。』
なんだ今のナレーション!? いやそんな事より少年達が呆然自失している今がチャンス。さっさとこの場から逃げ出そう。
「じゃあ、お後がよろしいようで…」
「…はっ!? いや待てこの野郎、嘘付いてるんじゃねぇ!」
我に返ったおデブちゃんに回り込まれてしまった。
「いや事実ですって。ほら、ズボンも履いてるし服装も男物でしょう?」
「うっせバーカ! 俺の妹だって俺のお下がり着てるんだ、こいつもそうに違いねぇ!!」
「いや本当だって……」
「ベン、だったらズボン脱がせて確かめてみようぜ」
おおっとジョン君から下衆の発言頂きました。おデブちゃんことベン君もジョン君の案が気に入ったようで、ぐふふとまた厭らしい笑みを浮かべる。
「いいねぇ……そうしようか。おら、どけよ黒髪のチビ」
はい、僕のコンプレックスも頂きました。実は僕の見た目って前世と変わらないんだ。つまりこの世界に合わせて作り直されたわけではなく、元々の体を赤ん坊にまで戻しただけらしい。神様仕事しろ。
そのせいで明らかにお父ちゃんとお母ちゃん二人と見た目が違うので、二歳の頃には「お前は私達の本当の息子じゃないんだ。でも私達はお前の事を息子だと思っている!」イベントを消化しました。こう言うのは青年期にやりたかった……。
ベン君は脅しをかけても全然動かない僕に焦れたのか、手を伸ばして僕を押しのけようとする。僕は咄嗟にその手を払ってしまった。
「こいつ! 抵抗する気かよ!?」
「マジ生意気な奴だな!! てめぇ反省してないなら後悔させてやる!」
「やっちまえ!」
六人一斉にかかってきた。うへぇ、流石にこの人数を怪我させずに捌くのは無理だ!!
「サラ、逃げろ!」
「駄目だよフィアル! フィアルだけを置いていけない!!」
「「「見せ付けてんじゃねぇーーーー!!」」」
きゃあ、嫉妬のガソリンで殺気が更に五割増しくらいになってる。僕はとりあえサラを庇うように立つ。
「駄目よ君達。仲良くなさい」
事ここに至って、目立たないように静観していたスーさんがついに割り込んできた。いけない、スーさんが目立って警備隊とかが来たら詰む!
「スーさん、サラを連れて離れてて!」
「そ、そうだそうだ、大人が口出しするなんてずるいぞ!」
あ、ジョン君がちょっとびびってる。他の男子もスーさんの仮面に少々引いてるようだ。この機会に何とか突破できないか!?
「余所見してると危ない…ぜっ!」
ボカッ
痛っ、逃走経路を模索してたらベン君が殴ってきた。衝撃で地面に倒れこんでしまったが、前世で怪人から貰ったメガトンパンチに比べればそよ風みたいなもんだ。
「フィアル!」「フィアル君!?」
サラとスーさんの悲鳴が聞こえる。だが奴らはスーさんに怯んでサラに手出しは出来ない模様。これなら押し切れる!
僕は少年達をあしらうべく、勢い良く立ち上がり……
ドスッ
ベン君の股間にめり込む足裏を見た。
「………はーーーーーーー~~~~~~~……ああああああああああ!!!」
徐々に甲高くなる声って始めて聞いたな。ベン君の口から犬笛に至りそうな高音が発せられ、彼は股間を押さえたまま蹲る。
「あんたら……あたしの友達囲んで何してんのよ」
「なっ!? お、お前は……!?」
「ま、まさか……」
「俺達の宿敵……」
ベンの背後には首無し人間が居た。……違った、あれツインテールだ。髪の毛の束が腕に見えちゃったよ。
「「「『暴虐』リーザ!!?」」」
少年達の声が唱和した。
……ヒーローの登場シーン? 僕がヒーローじゃなかったっけ?
ちょっと理不尽さを感じている僕にリーザが話しかけてきた。
「フィアル、あたしを誘わずにサラとその変なローブの人を連れて来たのはどういうつもり? じっくり聞き出したいとこだけど……まずは雑魚を片付けるわね」
「くっ、おのれリーザ!」
「毎度毎度俺達に暴力振るいやがって、この怪獣め!!」
「ベンの股間の敵、取らせてもらうぞ!」
うわぁ、さっきの少年達が戦隊モノのヒーローみたいな事言ってる。どんだけこの少年達に暴威を振るったんだよリーザさん。
「くっくっく、面白いわね……。フィアル一人を囲んで粋がってた弱っちい連中がどれだけ出来るか、試してみなさい」
余裕綽々で悪の総大将みたいな発言を返すは暴虐王女リーザ様。もうこの人一人でいいよね?
そっと離れようとした僕だったが、襟首を掴まれて拘束される。嫌な予感をひしひしと感じつつ後ろを向くと、そこには不服そうなリーザの顔があった。
「何一人で逃げてんのよ。あんたも手伝いなさい」
「……はい……」
前世でヒーローやってました僕ですが、こっちに来てから怪獣に一向に勝てません……。
◆◆◆
「う、うわーーーん!!」
「くそっ、覚えてろーー!?」
「お前の母ちゃんでーべそー! ぎゃあ!?」
最後の少年はリーザに石を投げつけられて、着弾した背中を押さえながら逃げていった。股間を強打され動けなかったベン君も抱えられて去って行った。
まあ少年達全員がベン君に負けず劣らず満身創痍だったが。
「はんっ! 一昨日きやがれってのよ!」
土埃で汚れたリーザさんは大した怪我も無く、逃げて行く少年達に向かって罵声の追い討ちをしていた。僕も初撃以外は全部かわすかいなすかしたんで怪我は無い。
僕は服の汚れを叩いて落すと、サラとスーさんの様子を見る。
「怪我は無い、二人とも?」
「うん、やっぱりフィアルは強いね!」
「私も大丈夫。……フィアル君こそ、無事?」
そう言ってスーさんは僕の体を労しげに撫でてくれる。スーさんの優しさが身に染みる。
「僕も大丈夫だよ。そろそろお昼になるし、村長さんとこに行こうか」
僕は多少強引にスーさんとサラを押して村長さん宅へ誘導しようとする。だが怪獣は僕を逃がしてくれなかった。
ガシッ
先ほどの少年と同様に僕の襟首を掴んでくる者が居た。僕は最後の抵抗として無言で前を向いたまま固まる。
「フィアル~~~? なんであたしを置いていったか説明をまだ聞いてないわよ~~?」
「あの、ルリィ先生から頼まれた仕事があるからそれが終わってからで」
「へーーそう、そんな事言うんだ。だったら……」
ぎりぎりと襟首に掛かる力が強くなる。ぐうう、首が絞まって頭に血が巡らない……!
リーザは囁くように僕の耳元で絶望の一言を漏らす。
「説明したくなるようにしてあ・げ・る」
蟲惑的にも聞こえる呟きの後、僕の腕の関節が捻り上げられる。
「アーーーーーーッ!!?」
騒がしい祭囃子が流れる中、僕の悲鳴が音楽にブレンドされた。
文章が長い割りに話が進まなかった……。スーさんを出したはいいものの、ルリィさん達が気付かないのも不自然と思って急遽村祭りの話に絡めたら予想以上に長くなってしまいました。素直に分ければ良かった……。
こっちの更新はしばらく行わないと思いますので、次回は気長にお待ち下さい。