第5話 誕生! 新たなる妹!
遅くなりまして申し訳ありません。今回はヒロイン二人追加です。
また一年経ちました。月日の巡りが本当に早く感じます。
でも今度は特筆すべき事がありますよ。タイトルでもご想像の通り……、僕に妹が出来ました!
そう、子どもの居なかったロイ父ちゃんとエレナ母ちゃんの間に子どもが出来たのです! ルリィさんも居るのによく励めたな、とか思っちゃう僕は下衆野郎です。堪忍や……中身は男子高校生なんやもん……。
三ヶ月前の冬本番の寒い季節、目出度く生誕した妹の名前はネージュと言います。これで前世と同じ家族構成になりました。これも神様の粋な計らいなんでしょうか? 兎にも角にも可愛い妹が生まれて僕の感情は有頂天です。
ネージュの髪の毛はちょっとくすんだ感じの金髪で、ロイ父ちゃん譲りと分かる。顔立ちはエレナ母ちゃんに似てて細面って感じだ。頬はふっくらしていてマシュマロみたいな柔らかさ。笑うと満開の桜を前にした様な高揚した気分になれます。もうその笑顔だけでキューピットの矢が十本単位で僕の心臓に突き立ってますわ、うへへ…。はっきり言っておきますが僕はロリコンじゃないよ。
そんな可愛い妹だから、昔取った杵柄と言うわけでは無いけど四歳の自分で出来る範囲の赤ちゃんの世話は心得てるので積極的に妹の面倒は見てます。
……ロイ父ちゃんとエレナ母ちゃんを信じないわけでは無いけど、妹の面倒を見れば捨てられたり放って置かれたりしないよね、という打算もありました。でも父ちゃん母ちゃんも分かっているのか、妹に掛かりっきりにならないように気を遣ってくれます。ご飯の献立は何がいいかとか、欲しいものは無いかってね。ありがたや~。
だから両親の愛に応える為にも、可愛い妹の為にも、今日も頑張ってネージュの面倒を見ます。まず手始めに、ルリィさんがお祝いに持ってきた『踊る女の子の人形』を持って帰って貰うよう、丁重にお願いせねば。
……常に小粋なステップを踏み続け、箱の中に入れてるとガタゴトと五月蝿く、朝起きると枕元に居て僕の顔を覗き込んで居たこの人形はネージュの情操教育上よろしくないと判断しました。僕がルリィさんに返してくると宣言した時の両親のほっとした顔は忘れられない。でも出来れば貴方達で言って欲しかった。
◆◆◆
そんなこんなで妹が生まれてから三ヶ月後の春半ば、今僕達は算数の勉強中です。でも……
「可愛いわね~~。あたしも妹が欲しいな~~」
「こらこらリーザ。まだ計算問題を全部解き終わっていないでしょう。勉強に集中する為にも、先生にそのネージュを渡しなさい」
「あの~先生、問題解き終わりましたけど…」
「ん? そうかフィアルは相変わらず解くのが早いな。じゃあ次はこのプリントを解きなさい」
「さっきの倍以上問題が書いてあるんですけど!? というより妹の面倒は僕が見ますから、先生はちゃんとリーザを指導して下さい!」
「……」
僕の天使はリーザとルリィ先生に取られてしまってます。エレナ母ちゃんが買い物に出かけている間僕が面倒を見るよう頼まれたのに、まずリーザウルスが横からネージュを掻っ攫い、その横からルリィ先生が虎視眈々と妹を狙っています。
リーザ曰く、
「あんたが問題解き終わるまで構っててあげるわ!」
…だそうです。しかもそれにルリィ先生が乗っかっちゃって、
「よし、フィアルは計算も得意みたいだからテスト用に作っていたこの問題を解いて見なさい。なあに二時間もあれば終わる!」
と二人してネージュを独占しようとしています。僕が気合で問題を二十分で終わらせたら、更に難しい問題を出して来ました。おのれ、怪獣と長耳の策士…!
そんな中でもサラはネージュ争奪戦に参加して来ないから助かる。……でも時折、黙々と問題を解くために下を向いている顔を上げてこちらを恨めしげな視線で見てくるのは……正直怖いです。ここ最近妹にかまけてサラと遊んでいないからだろうか……? サラ、もしかして焼きもち焼いてる? アツアツですか?
火傷しない内にサラの機嫌を取っておこうかと考え、サラに話しかけようとした瞬間、ネージュが泣き出してしまった。
「あぅ、あぅっ……うええぇぇん!」
「あわわ!? ネージュちゃんが泣き出しちゃった!」
「な、何とこれはいいかん! ど、どうしよう、とりあえず私のおっぱいを吸わせて落ち着かせ……」
「待って先生!! 年頃の娘さんが乳放り出したりなんてしちゃいけませんて!」
慌てて服のボタンを外しかけるルリィさんを僕は必死で押し留めた。ここには魂魄年齢男子高校生レベルが居るんで、暴走しがちなリビドーを刺激するような行動は謹んで欲しい。
僕は泡を食ってネージュをあやすリーザから半ば無理矢理に妹を奪い取る。眉が釣り上がるリーザは怖いが、今は可愛い妹のご機嫌の方が大事だ。
「ほ~~らネージュ、お兄ちゃんだよーベロベロバー!」
僕が顔面の筋肉を最大限に使って様々な変顔をすると、ぐずっていたネージュはキョトンとした表情をした後、きゃっきゃっと笑い出した。
「あう~~」
そして僕の服の胸元を掴んで抱きついてくる。…ふう、任務完了。ははは、このフィアルさんに掛かれば泣いた赤子も一分で笑顔よ! それにしても我が妹はしっかりと僕の服に掴まっている。ははは、憂い奴よのぅ。
バキッ
…後方から何かが折れる音が聞こえました。
「あっ!…ごめんなさい、炭筆折っちゃいました」
軽い悲鳴の後、か細い声で謝罪してきたのはサラさんでした。
炭筆とは細く加工した木炭を紙で何重にも巻いた、鉛筆みたいなものである。細くといっても太さ二~三mmと結構太くて頑丈なんだけど、筆圧強いんですね、サラさん。
「フィアルってもう課題終わったから炭筆使わないよね? 借りていい?」
「う、うん。どうぞ」
サラが申し訳無さそうに上目遣いで聞いてきたので思わず頷く僕。サラはどこと無く嬉しそうに僕の筆を取ると、鼻歌混じりにカリカリと自分の課題を解き始めた。
サラの機嫌が少しは良くなったかと思い、僕はほっと一息ついた。するとネージュが泣き止んだ事でまた可愛がりたくなったのか、リーザが近づいて来た。
「うわぁ~、フィアルにしっかり抱きついてる。栗鼠の子どもが親に抱きついてるみたいね」
「ちょっとリーザあんまり近寄らないで、折角泣き止んだところなんだから」
「どう言う意味よ!?」
リーザが食って掛かってこようとするも、僕の胸にはネージュがいるので蹴りを入れるわけにもいかず、僕を睨みながらぐるると唸り声を上げるだけだった。
「あう~~?」
そんなリーザに興味を引かれたのか、ネージュが指をしゃぶりながら首を巡らせてリーザを見る。まるで計算し尽されたかのように完璧な角度でリーザを斜め下から見上げるネージュの姿は、リーザの鬼面をだらしなく蕩けた奇面に変えた。
「あ~~ん、可愛い~~。ネージュちゃんうちの子にならないかな~~……」
妹は絶対やらんぞ。もし年頃になった妹が彼氏連れてきたなら……、ヒーロースーツ着た僕に勝てたら認めてやる。
ネージュを抱く僕と、覗き込むようにネージュを見るリーザ、その両者を客観的に見ていたであろうルリィ先生が不意に呟いた。
「二人共、まるで夫婦みたいだな」
「「はぁ!? こいつと夫婦とかありえません!」」
仰天した僕とリーザは異口同音に反論する。不覚…、無意識に息のあった返しをしてしまった。ルリィ先生は僕らのコンビネーションが面白かったのかくすくす笑い出す。
「ふふふ…、息も意見もしっかり合っててお似合いだな」
むぅ、ルリィ先生にこれ以上誤解を抱かせるのはいかん。横をチラリと見たらさっきは否定していたリーザの頬が薄く赤くなっており、恥ずかしそうにそっぽ向いているし。このまま拱手傍観しているといつの間にかリーザとくっ付けられて、夫婦で妹争奪戦が始まるかも知れん。ここはしっかり否定して…
ボキッ
「あわわ…、ごめんフィアル! 炭筆折っちゃった…」
後ろからサラの申し訳無さそうな声が聞こえてきて二の句が告げられなくなりました。……筆圧強いだけだよね、サラ?
◆◆◆
授業終了後、執拗にネージュを構おうとするリーザは帰るのが遅いとお母さんに怒られながら連行され、サラはネージュがまたぐずりだした時に僕があやし始めると、「邪魔になるといけないから」と言って寂しそうに俯きながら帰っていった。ごめん、友よ。今度絶対一緒に遊ぶから!
ネージュが泣き出した理由に検討が付いている僕はルリィ先生に一旦ネージュを渡して、代えのオムツを探しに行った。僕から離されたせいかネージュは泣き声を一オクターブ程上げ、大いにルリィ先生を慌てさせる。
「わっ、わっ!? ど、どうすればいいんだフィアル! おっぱいか!? おっぱいの時間なのか!? 先生おっぱい出ないんだけどどうすればいいんだ!?」
「先生! 嫁入り前の娘さんがおっぱいおっぱい連呼しないで下さい! 娘って年じゃないかも知れないけど」
「ひどいぞフィアル!? エルフの年齢的にはまだ先生セーフだぞ! 多分…」
意気消沈した先生はとりあえず置いておき棚からオムツを取り出す。下手に胸をもろ出しされたりするより大人しくてよろしい。
難しい顔で自分の年齢を内省しているルリィ先生からネージュを受け取り、手早くオムツを替える。やっぱりおしっこしていた。僕の手際の良さを横から観察していたルリィ先生が感心している時に、エレナ母ちゃんが外から帰ってきた。
「ただいま、ごめんねフィアル。授業中なのにネージュを任せちゃって」
「いいよ母ちゃん。ルリィ先生とかリーザもネージュを構ってくれたから」
「まあ、申し訳ありませんルリィ先生。ネージュがご迷惑おかけしました」
「い、いえ…お気になさらず…」
エレナ母ちゃんはルリィ先生にもお礼を言うが、ルリィ先生は僕への講義をおざなりにした事を思い出したのか、若干引きつった顔で謙遜している。
「母ちゃん、今日はちょっと遅かったけど何かあったの?」
授業終了はお昼だから、お昼ご飯を作る為にもお昼前には帰って来ると思っていたら、いつの間にか午後一時位になっていました。我輩空腹である。腹の虫、もといお腹の中の妖精さんの大合唱と一緒にエレナ母ちゃんに質問したら、エレナ母ちゃんが少し深刻な表情をした。
「ごめんねフィアル。実は買い物に出かけた時に守衛さんに聞いたんだけど、ここ最近不審な人影や邪悪な死霊がこの近くで見つかった、って話を聞いたから、メアリーさんとかに注意を促してたの」
「ほう…、死霊とは穏やかではありませんね」
ルリィ先生の顔も鋭く引き締まっている。いつもはゆるりとした穏やかな雰囲気が、今は完全武装して警備にあたる騎士のように厳格に変わっている。
僕はちょっと遠慮しつつもルリィ先生に疑問に思ったことを聞いてみた。
「先生、死霊ってなんですか?」
「ん、そうかフィアルはまだ死霊とか魔物については知らなかったな。死霊というのは、一度死んだ者達が邪悪な魔法、外法によって仮初めの命を与えられ動き出した者、あるいは死した後怨念などに囚われて他者を害するだけになった死体・魂魄の総称だな。要は動く死体や悪い事をする霊のことだ」
大体予想通り。そんなホラーな者がこの界隈に居るとか……ここはヒーローの出番か?
「不審人物は恐らく死霊術師でしょう。何が目的か知らないが、死霊術を使って死霊を操っている時点で善良な者とは考え難い。私も見回りをしましょう」
と思ったら僕より適任のルリィ先生が居ました。確かにヒーロースーツを着たまま見回りとか出来ないし、何よりそんな悪い人がうろついている中、僕が出歩いていると怒られそうだ。
「ありがとうございます、ルリィ先生。フィアルもお外で遊ぶのはしばらく我慢しなさいね、危ないから」
ほらやっぱり。
「分かったよ母ちゃん。あとお腹空いたから早くご飯頂戴」
「あら、そうだったわ。ごめんねすぐ用意するから。ルリィ先生もしばらくお待ち下さい」
「いや、私は見回りを優先します。適当に外で食事を取るのでお気になさらず」
ルリィ先生はそう言って一礼すると、一旦部屋に戻り剣と鎧を纏って出かけていった。ルリィ先生を見送ったエレナ母ちゃんは僕の胸ですやすや寝ているネージュを見て微笑み、僕に話しかけてきた。
「ネージュは本当にお兄ちゃんが好きね。フィアル、ネージュをベッドに寝かして着けておいて。お母さんその間にご飯作るから」
「あい」
僕はそう言って一階にある両親の寝室に向かう。ネージュのベビーベッドは寝室にある。ちなみに僕が赤ん坊の時に寝かされていた部屋は僕の部屋になりました。
寝室に入ると涼やかな風を感じた。って窓開いてるやん、無用心だなぁもう。
ぶつくさいいながら窓際にあるベビーベッドにネージュを寝かせる。風邪を引かないようにちゃんと毛布をかけてね。ネージュの隣にはダブルベッドがある。夜中に、時折夜泣きするネージュをあやす声が聞こえるから、起きてすぐネージュを抱っこ出来る様にここにベビーベッド置いてるんだな。
そんな事を考えていて、そう言えば窓閉めなきゃと思い出し、正面に顔を戻すと……
目が合った
いや正確には目は合ってない。何故なら相手に目は無いから。
僕の正面、窓の外、裏庭に生えている木の陰から、そっとこちらを窺う白骨の頭蓋骨がそこにあった。
え……、白骨? あ、よく見ると木の幹に沿って置いてる手も骨だ。半身以上隠れてるけど全身骨なんじゃないかな、あれ。
いわゆるスケルトンってやつだと思う。
それが、往年の野球漫画に出てくる、木の陰からそっと主人公の練習を見守る姉、のような立ち姿でこっちを窺っている。なんか妙に可愛らしいなおい。
その仮称スケルトンは僕が見つめている事に気付いたのか、慌てた様子で木に全身を隠す。…そのまま待ってたら、十秒後にまたこっそりこっちを窺うように出てきた。……可愛いな。
何となく悪い人(骨?)に思えなかったので声を掛けてしまった。
「あの……何か御用ですか?」
骨はハッとした表情(顔の肉無いけど)で驚き、あわあわと隠れようとしたり出てこようとしたりしてしばらく迷っていた。何か奇妙なダンスにも見える。
一分位慌てていたスケルトンさんは意を決して出てきた。こっちを警戒させないようにしているのか、ゆっくりと歩いて近づいてくる。スケルトンさん手と足が同じ方出でますよ、どんだけ緊張してんだ。
スケルトンさんは窓から一m程離れた所で立ち止まる。そしておずおずと頭を下げると、か細い声で喋りだした。
「あ…、あの…、初めまして……。私は…スケルトン…の…、…えっと、スー…とでも、呼んでください」
「あ、ご丁寧にどうも。僕はフィアル・ノースポールです、よろしくお願いしますスーさん」
存外礼儀正しい。最近の白骨は出来ておるな。……いや古代の白骨の礼儀とか知らないけど。
「それで、スーさんの御用は何ですか?」
僕が問いかけると、スーさんはちょっとビクッとした後、ゆっくり喋り始めた。
「えっと、私、この家を見張るように言われて…、それで見張ってたんです」
「え、誰に? 何故?」
矢継ぎ早に問い返したせいか、スーさんがカタカタ音を立ててあっちこっとに視線を巡らせる。コミュニケーションが苦手な様だな。
「あの、私を作った人に…、この家に赤ちゃんがいるから…」
「赤ちゃん? ネージュの事?」
「あ、ネージュちゃんて言うの? …さっきチラッと見たけど…、可愛いね…」
スーさんは、はにかみながら妹を褒めてくれた。兄として何とも誇らしいし、嬉しい。思わず僕も褒め返してしまう。
「いやあ、そう言うスーさんこそ中々立派な骨格をしてらっしゃる。生前はきっとがっしりした男性だったのでしょう」
「あの…、私、女です…」
……あら本当、骨盤の形が女性型。身長が高くて骨太だったから勘違いしてしまった。
「ごめんなさい…」
「あ、いいんです…、多分生きてた頃も勘違いされてたと思うので…」
スーさんは慌てて手を左右に振って僕を許し、さらに慰めてくれる。…いい人だ…。あ、でも気になる事言ってたな。
「あの、不躾ですけど、なぜ赤ちゃんの居る家を見張ってたんですか?」
「えっと、そこまでは分からなくて…、先輩に聞かないと…」
先輩って誰やねん。まあスーさんの先輩ならやっぱり穏やかな死霊さんなんだろうか、などと思ってたら、急に気温が下がった気がした。…同時に凄く嫌な予感もした。
警戒心を高める僕と同様にスーさんも何かを感じた様だったが、スーさんは周りを見回して裏の雑木林に視線を固定すると手を振ってその誰かを呼ぶ。
「あ、先輩!」
「え、先輩?」
僕がスーさんの見ている方向に顔を向けると、林の奥に暗い靄が蠢いているのが見えた。その靄は徐々に近づいて来て、同時に僕の危機感も高まっていく。
オオオォォォ…!
暗い靄の中には苦悶する顔が浮かんでおり、その口からは怨嗟の声が響いている。その声に怯えたのか、ネージュが嗚咽を漏らし始めた。これはいけない、さっさとお引取り願わねば。
「あのすいません、ネージュが泣き出しちゃうんで先輩に離れてもらうよう言って頂けますか?」
「あ、はい…。先輩ちょっと離れて下さいませんか?」
スーさんは素直に先輩に僕の要望を通訳してくれる。だが先輩は一向に離れる気配が無く、むしろ更に近づいてくる。
オオオォォォ…!
「ふぇ、うええぇぇぇぇ……」
「ちょっと、先輩!! それってどう言う事ですか!?」
「え、何スーさん? 先輩何て言ってるの? 後ネージュが泣き出したから、それ以上近づくならこっちも対抗措置を取りますよ!」
「…贄…、赤子…」
今凄く不穏な言葉が聞こえた気がする。スーさんもそれに気付いたのか、先輩(怨霊?)の前に立ち塞がって抗議する。
「先輩、どう言う事なんですか!? 私達は、まさか子供を犠牲にする為に作られたと言うのですか!」
オオオォォォ…! ブォッ!
先輩は靄の塊を振って立ち塞がるスーさんを邪魔だとばかりに吹き飛ばす。
「あっ!?」
カランコロン
倒れたスーさんの体が乾いた音を立てる。
その音が僕の沸点だった。
「『開け、次元の門!!』」
合言葉と共に僕の右手の甲の紋章からスーツ召還プログラムが起動し、僕の体は一瞬にして真っ赤なスーツに纏われる。
突然僕の体をスーツが覆ったにも関わらず、目の前の先輩はネージュにその暗い靄を差し伸べてくる。
そうはさせない。可愛い妹を攫おうとし、あまつさえ仲間のスーさんに暴力を振るったその所業は見過ごせない。
僕は右手に意識を集中し、懐かしいグリップの感覚を思い出す。
次の瞬間には、僕の右手に赤くよく出来たおもちゃの光線銃みたいな銃が出現する。
ジャキッ!!
僕は泣いているネージュに今にも手が届きそうになってる外道の先輩に照準を合わせる。先輩はこちらを警戒していないのか、する知性が無いのか気にも留めない。
「吹き飛べ!」
バォンッ!!
鉄板が撓むような音がして、銃から不可視の衝撃波が放たれる。その衝撃は狙い過たず先輩を直撃した。
ボシュッ!!
靄の塊は一瞬にして吹き飛ばされ、引き千切られ、先輩は声も上げずに四散した。
久しぶりに使ったけど、問題無く稼動できてよかった。
この銃は『次元干渉波発生装置』名づけて『グラビティ・ブラスター』!
…英語力が貧弱な頃に名づけたものだから、次元と重力間違えてしまってます…。
この銃はその次元の空間そのものに干渉する波を発生させて云々…要するに衝撃波発生装置だ! 非殺傷モードなら突風に吹き飛ばされた感覚を味わうくらいだが、殺傷モードなら十tトラックに時速六十kmで追突されたくらいの衝撃を受けるだろう。
見た目霊っぽい先輩に物理的攻撃が効いてよかった…。この銃が物理で片付けていい存在なのか小一時間考えたくはあるが。
「そうだ、スーさん! 大丈夫ですか!?」
「…は、はい大丈夫です…、ネージュちゃんは無事ですか?」
「うええええええん!」
ネージュは元気に泣いて無事をアピールしてます。寝かしつけるのが大変だ、こりゃ。カタカタと音を立てながらスーさんは起き上がる。そして僕の方を見たらびっくりしていた。
「あれ…フィアル君、そんな格好にいつなったの? それに先輩は…」
「先輩はネージュを攫おうとしたので排除させて貰いました。スーさんはどうするつもりで?」
出来れば戦いたくないな、スーさんは悪い人に見えないし、ネージュを庇おうとしてたし。スーさんはええっと驚いていたが、しばし考え込んだ後、またぽつりぽつりと話し出した。
「えと、私を作った人が赤ちゃんを攫って生贄にしようとしてたって分かったけど、私はそんな事したくない…、でも他にする事も無いし…。だから、この家の監視を続けようと思う」
なしてそんな結論に至ったし。いや、下手に製作者に抗議しにいったりしたらもう一回死ぬ事に成りかねないし…しばらくうちに居るのはありか?
「う、う~~ん……、まあ僕も積極的にスーさんを倒したくは無いし…、居るだけなら構わないけど……、うちにはルリィさんて言う凄腕騎士とかロイ父ちゃんとかいう元騎士が居るから、ばれないように気をつけてね」
「…わかった、ありがとう…」
スーさんはカタカタ音を立てて頷いた後、まだ泣いているネージュを気遣うようにそっと眺めて、雑木林に帰っていった。
……今更だけど、この世界のスケルトンは変わっているな……。
◆◆◆
その後、泣き出したネージュをあやしながら昼食を取り、また先輩みたいな悪霊が来ないか見張っていたが、結局来なかった。
その日の夕方にルリィ先生とロイ父ちゃんの話によると、死霊術師と思しき者は守衛やルリィさんに追われて逃亡したらしい。大分痛めつけてやったからしばらくは大人しくなるだろうと宣言するルリィ先生は、久しぶりの戦いに興奮したのか満足そうだった。
もしやスーさんも元の白骨に戻って成仏してたりして…と思い、夜中に雑木林に確認に行ったら普通に居た。夜に動く白骨死体と出会うのは心臓に悪いね……漏らすかと思ったよ……。
スーさんに主が遠くに行った事を伝えると、他に行くところも無いからこの林に骨を埋めるつもりで暮らすと仰いました。ただ横になって寝てるだけでも骨を埋めているように見えると思うんだけど…。
こうして僕の家の裏手に一人のスケルトンさんが住み着きました。きっとこれからしばらくの間は木陰からこの家を窺う生活を続けるのでしょう。スーさんがルリィ先生とかに見つかった時にどうやって誤魔化そうか、という事が最近の悩みです。
ヒロイン二名追加です。属性『血の繋がらない妹』と属性『アンデット娘』です! 多分スケルトンのヒロインを追加した作品は余り無いんじゃないかなぁ。まあ例えスケルトンと言えど描写次第でいくらでも可愛く見せれるはず…。だめだ、どんなに可愛く想像しても骨は骨だ。
深夜遅くに書いてたせいか、脳汁出まくって分けの分からないキャラを出してしまいました。これが『魔が差した』って言うんでしょうね…。見切り発車で始めただけあって実に作品がカオスになってます。
本来はこの回はヒーロースーツの直接的戦闘力をアピールする予定だったのですが、文字数的に一回で終わらないと思ったので、別の機会に書く事にしました。
次回からルリィ先生の授業と言う形式で世界観設定などを書く解説回を行おうと思ってます。