第39話 侵入! 深き森の遺跡へ!!
前回のあらすじ:変身ヒーローの翔ことフィアルは、幼い頃に村で世話になっていたエルフの騎士ルリィと、元聖女の遺骨スケルトンのスーと再会した。突然の再会やスーに肉が付いている事に驚くフィアルだったが、ルリィ達もまたフィアルの身の上話から異世界の転生者という事に驚いていた。だが双方は昔からの信頼関係によって、協力して蛮族の侵略を止めるべく戦うことに合意。一路、森へ向かう。だが森の奥へと進むフィアル達が野営していると、因縁深い悪党四人組が蛮族と戦っている所に遭遇。なし崩し的にフィアルは彼らを助ける事にした。無論、人道的配慮ゆえからでは無く、彼らの持つ『蛮族の親玉』に関する情報を得るためであった。
悪党とすら手を組み、国を救わんと奔走するヒーロー達の物語は、徐々に佳境へと迫っていた。
さながら世界の終末を引き起こす戦争、その戦場の真っ只中のようだ。
今、僕らは四人の悪党と洞窟の中で対面して座っていた。
こちらは僕こと翔率いるヒーローギルド三名に加えて外部協力者である忍者の義影、そしてエルフのルリィ先生と元スケルトンの聖女スーさん。
対するは僕の故郷から王都まで騒がせていた死霊術師、ドワーフのゴーレムマスター、豚人のオタク剣士、呪術使いのダークエルフ。
お互い因縁浅からぬ間柄であり、刃や拳、魔法に呪術まで交わして戦った敵同士である。今は一時休戦しているとは言え、剣呑な雰囲気だけは拭い難い。
静かに対峙している今でも、互いの眼力が空中で火花を散らしてぶつかり合っているのが目に見えるようだ。
「あの、一つお聞きしたい事があるんですが……」
だが、徳高き聖女であらせられるスーさんにおいては、休戦と決まった以上はわだかまりを完全に飲み下せるのか、臆する様子もなく手を上げて発言される。
視線の先には、死霊術師ハセウムが居た。………ん? よく考えたらまずくないか?
「何かね、お嬢さん?」
「あなたが、私をスケルトンにした死霊術師さんですか?」
それだっ!? そーだよ、スーさんが現れたあの当時、僕の村近くに居た死霊術師はハセウムただ一人じゃないかっ!!
もしハセウムが、スーさんの生みの親? が自分だと知ったら、よからぬ呪術でまた操ろうと企むかも知れない!
事情を知るルリィ先生と勇にも緊張が走る。しかし、どうするか判断に悩む数秒の間に、訝しげにスーさんを眺めていたハセウムが驚いたように全身を震わせる。
「なっ……!? き、貴様もしかして、あの墳墓で作った修道女のスケルトンか!? なんで肉が着いているのだ! しかもそんなに生き生きとして!!」
「生き返りましたので」
「死霊術のスケルトン経由で生き返った例など聞いた事が無い!! 第一、復活の奇跡とは真逆の術法で造られた存在が復活できるかっ!? 儀式を受けても、不死者は破壊されて灰になって消えるだけだぞ!!」
「……てか、復活の奇跡ってあるの?」
「あるぞ。うちの国じゃちょっとできないが、生命のマナを持ってる国とか、ある宗教国家とかはできる」
こっそり勇に確認してみたら、死からの復活はこの世界ではありらしい。
内緒話中の僕らの横では、ルリィ先生が余所を向きながら頬を掻いていた。
「……世界樹の実とか、霊泉の水とか、自然と肉体と生命のマナを混ぜた魔力温泉の湯治とか色々試したからなぁ……どれが効いたんだろう?」
なんか洒落じゃ済まない金額がかかりそうな復活の儀式(独自研究)が行われた模様。ご実家が貴族とはいえ、ルリィ先生も無茶なさる。というか、それで復活できるスーさんの徳と運が物凄い。
向こうも動揺しており、ダークエルフのカミラがハセウムに囁きかけている。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そこの娘……本当に、あんたが作ったスケルトンなの?」
「私がかけた術法は完全に消えているから確証は無いが、骨格は何となく見覚えがある。遺骸の保存状態がとても良かったから、印象に残っているんだ」
ひそひそと会話する二人がスーさんに向ける目は、まるで化け物を前にした様な怖れがちらほら感じる。テメエらがそんな眼でスーさんを見てんじゃねえ。
一言僕が物申そうとするが、それに先んじてスーさんがのんびりとお話しを進めてしまう。
「やはりそうでしたか。スケルトンであった時は、心のどこかに創造主である貴方を思う気持ちがありましたが、この身になってそれを忘れていました」
そして、スーさんは深々と頭を垂れた。
「スーさん!?」
「な、何を…?」
驚愕する僕ら、困惑するハセウム達。
スーさんはそれらを意に介さず、頭を上げるとハセウムをまっすぐに見つめる。
「貴方のお陰で、私は新たな生を得ることができました。スケルトンとして授けられた使命は果たせずに申し訳ありませんでしたが、今、こうして居られる事に感謝します。ありがとうございました」
「あー…えー…うー…そのー…お礼を言われる事じゃ……いや、ここは出来損ないの元スケルトンとして叱るべきなのか?」
「出来損ない作った時点でアンタの不手際でしょうが。私に聞かれても分からないわよ」
「俺様も分からんブヒ」
「ワシも」
ハセウムが助けを求めるように仲間達をチラ見するが、返って来るのは渋い顔と呆れたような視線だけだった。あちらさんも、恐らく史上初の事態に対応策なんぞ浮かばないらしい。僕も同感だ。
兎にも角にも、スーさんのおかげで、いい感じに双方の毒気が抜けたのは確かであった。
◆
改めて冷静な話し合いを行うべく、今度は僕が口火を切る。
「一応、僕らとあなた達の目的は、『蛮族と蛮族の親玉の討伐』で一致している、と考えていいんだよね?」
僕の質問を受け、ハセウム達はアイコンタクトで交渉役を選び始め、最終的にハセウムに視線が集中した事で決定する。
「……概ね同意だ。そして、そちらには敵の『デンパ攻撃』を防ぐ手段があり、こちらには敵の親玉の情報がある」
含むところは残しながら、ハセウムは半身を乗り出して僕と向き合う。
「僕らは敵の情報が欲しい」
「我々は君達の持つ防御手段が欲しい」
互いの切り札は公開された。どちらの役が強いかはこの後の交渉で決まる。まず、値踏みするような上目遣いでハセウムが先手を打つ。
「共闘は……できるのかな?」
「……互いの背中を任せられる程に、信頼関係あったっけ?」
「無かろうな。隙あらば蛮族ともども互いを消し去りたいのが双方の本音だろう。となれば、ここはそれぞれの持つ物を交換して別れるのが最善か?」
「うーん……でもこのアルミホイル、二つに分けられるようなものじゃ無いしなぁ」
洞窟を内側から覆うのに結構使ったが、それでもまだかなり残っている。ただ二分割しようにも、一度広げて巻き直したりするのは酷く手間だし、破ける可能性もある。
ロールを二つに切り離すのも考えたが、使い難くなるのでやりたくないな。
ハセウム達も同じ考えに至ったのか、悩ましげに唸り始める。
「ううむ……ではこうしよう」
ハセウムはポンと膝を打って顔を上げる。
「我々の知る親玉の情報を提供するから、お前達がまず敵を倒しに行きたまえ。我々はここで待機する」
「ちょっと!?」
「そんな事したら……」
ハセウムは憤る仲間達を手で制し、続ける。
「貴様らが失敗すれば我らはお前達という脅威を取り除けるし、弱った親玉を討つのも容易かろう。もし成功したら、とっとと帰るさ」
「………」
「そう睨まないでくれたまえ。貴様らは蛮族を討伐し、我らは情報提供の見返りとして見逃してもらう。それで良かろう?」
「良くないブヒッ! お前あれだけ興奮して喋くってたのに、今更諦めるなんて何……」
ズンッ
「あーら、豚ちゃんダメよー。人間様の大事なお話しに割り込んだりしたら」
「おっ、おまっ……股間は……あたしのトラウマを呼び起こしちゃイヤンブヒよっ!」
なんか、ボーグダインがカーラから蹴り上げを食らって、しなを作りながら裏声で抗議している。な、何を言ってるか自分でも分からないが……とりあえず頭がおかしくなりそうな光景から目を逸らす。
ついでにざっとハセウム達を見回すと、一度抗議の声を上げかけたカーラとデイボーは押し黙っているな。
思考も猪突猛進なボーグダインの言動から察するに、ハセウム達の目的は親玉を倒すことだけじゃ無いみたいだが……。
「一応聞いておきたいんだけど、なんであんたらが蛮族の親玉を倒そうとしているの?」
「依頼を受けたからな。蛮族が襲っているのは何も人間だけではない。実はこの辺りに住んでいた魔法生物の集落も襲われていて、彼らが私達に泣きついた、というわけだ」
「魔法生物? そんなのがこの辺りに居たなんて聞いた事ないけど」
乱は顔をしかめた上目遣いで、怪訝さを隠そうともせずにハセウムを睨む。対するハセウムは敵意もどこ吹く風と頬杖をついて視線を受け流す。
「君らの調査力不足を自慢されてもな……まあ、隠れ潜んでいたのは確かだ。しかし運悪く蛮族と遭遇した彼らは同胞を殺され、その復讐と今後の安全保障を我らに託したのだ。蛮族に攻め込まれて城壁内に引き篭もる人間共に変わってな」
「………ふうん」
「ま、貴様らが首尾よく蛮族の親玉を倒してくれれば、我らは労せずに依頼を果たせて報酬を受け取れるわけだ。精々気張れよ、自称・正義の味方諸君」
ちくちくとこっちを煽ってくるなぁ。こっちの感情を逆撫でして振り回し、逆に会話の主導権を得ようとしているのかも知れない。
交渉も戦いも、熱くなったら負けだ。鉄の意志と冷静さが勝利の道、それはよく知ってるつもりだ。
「分かったよ。ここの洞窟を拠点代わりに使うといい。あとこの道具の使い方も一応教えておく」
「フィアル」
ルリィ先生が声をかけて来る。僕は振り返ると、ただ見据えるように静かな目を向けるルリィ先生と対面する。
先生はそれ以上何も言わず、僕も黙って口を閉じる。
信じて下さい
その想いだけを乗せて先生を見続けていると、ふと先生は薄く微笑み、視線を外した。
「一応、この隊の責任者は私だが……いいだろう。フィアルの望むように行え」
「ありがとうございます」
僕は丁寧に一礼し、訝しげに待つハセウムへと顔を戻した。
「さあ、交渉成立だぞ。お互いの出品物を交換しようか」
「……よかろう」
恐らく、互いに腹の底で笑い合いながら、ヒーローと悪党の初めての取引が成立した。
……
ハセウムから得た情報は僕らにとって可もなく不可もなく、見逃した報酬としては対価が釣り合っているのか怪しい情報だった。
敵の親玉の詳しい正体は不明。森の中の遺跡にある『生命のマナ』を操って蛮族を生産している事は確からしいが、それはこっちでも予測していた事だ。
電波攻撃に関しても今日初めて受けたらしく、依頼主の魔法生物からも何も聞いていないそうだ。
唯一の収穫は、遺跡の正確な位置と見つかり難いルートの情報だけだった。でも、これも僕のセンサーや義影の偵察、ルナティクスの魔法なんかで慎重に調べれば分かったはずの情報だ。僅かな時間の差でしかない。
結局、今回の交渉で赤字を出したのは僕らの方だったわけだ。
そう、交渉については。
◆◆
私、ハセウムは今、骨の身を震わせる程に笑いを堪えている。
運が向いてきた! あの忌々しい赤い怪人やエルフの騎士、その仲間達を上手く誘導し、敵の親玉にぶつけることが出来そうなのだから。
奴らは少し前に出て行った。『デンパ攻撃』とやらは今は止んでいるが、またいつ再開するか分からない。奴らに言ったように、しばらくはここで様子見しているのも良いかも知れん。
「おい、ハセウム説明しろブヒ。お前達だけ分かっているのずるいブヒ」
おっと、回復した同士ボーグダインがご機嫌斜めだ。ここは丁寧に解説してやらねばな。
「ふふ、至極簡単なことだ。どうも敵の親玉には強力な攻撃手段、『デンパ攻撃』とやらがあるらしい。それが効かないのは私と……恐らくあの赤い怪人だけだろう。となれば、まず奴らと親玉を戦わせて、攻撃手段や奥の手などの情報を得ればいい。可能な限り共倒れを狙えば、労せずに双方を倒せよう」
「そんなに上手くいくブヒか?」
「奴らに教えたルート以外にも、二つ三つ潜入ルートは聞いてたでしょう? 別ルートを使えば向こうも私達の存在に気付かないだろうし、不意さえ打てればどうにでもなるわ」
カーラ、私の解説を横取りしないでくれたまえ。少々の不満を込めての方を向けば、カーラは優雅に髪をかき上げていた。
「ま、咄嗟に考えたにしては上手く誘導できたんじゃない? あのエルフの騎士が私達の企みに気付いてないとは思えないけど……周りの精霊が聞き耳立てている様子も無いし、あのフィアルとかいう子どもに入れ込み過ぎて判断を誤ったわね」
「確かに、あのエルフは昔も甘いところがあった。追いかけられた時は血の気が引きっぱなしだったが、今思えば可愛いものよ」
「わしは、まだ思い出すと振るえが出るのう。ところで、魚人君一号を回収に生きたいんじゃが、誰か付いて来てくれんか」
同士デイボーがチラチラと洞窟の出入り口を気にしながらお願いしてくるので、私は腰を起こして先に立つ。
「私が行こう。万が一デンパ攻撃があっても、私ならば大丈夫だろうからな。一応、出発はあと三十分後くらいでよいかな?」
「あっちの移動距離と出発時間から考えれば、そんなものかしらね。ボーグダイン、休んでおくなら今の内よ」
「そうするブヒ……フゴフゴッ」
横になるボーグダインを横目に、私とデイボーは洞窟の出入り口へと向かう。出て行く直前、怪訝な様子のカーラとボーグダインの会話が耳に入った。
「さっきからなぜ鼻を鳴らしてるのよ? 詰まったの?」
「別に通りはいいブヒ。なんだか知らないブヒが、ルナティクスたんっぽい残り香を感じるんだブヒ」
そう言えば、あの赤い怪人の仲間に『マジカル★ルナティクス』とかいう魔法使いと『アスラ』とかいう法力使いがいたな。
あの場には同年代の魔術師と戦神バセムの待祭が居たが……どっちも男だったし、待祭もそこらの小僧と大して変わりは見えなかったから、別人か。
しかし、あの赤い怪人は何者だろうか? 魔術師や待祭、エルフの騎士に聖女と……あと影の薄い男も連れて、少数で蛮族の親玉を討ちに来るとは、もしや王国の精鋭か?
「ハセウムどん、前見ないと危ないぞい」
ゴンッ
「アウチッ!?」
思考に埋没していた私は洞窟の出っ張りに頭をぶつけ、大事な頭を取り落とすところであった。
「「「………」」」
ドジった私へ向ける、仲間達からの冷めた視線が痛い。私は急いで頭蓋骨の位置を整えると、何事も無かったかのように胸を張って外へ出て行ったのだった。
……そういえば、出っ張りの上に何か見慣れぬ物があった気がしたが、今更引き返す気にはなれず、一分もしない内にその事は忘れてしまった。
◆◆◆
「あっぶねー……仕掛けた盗聴器が落っこちる所だった」
森の中でこっそりハセウム達の会話の映像と音声を確認していた僕は、ハセウムの顔がドアップで映る一時停止画面を前に、冷や汗を拭っていた。
「もうちょっと工夫しろよ。義影に渡して隠してもらっても良かったんじゃないか?」
勇の指摘にその手があったかと今更ながら僕は目を見開き、その様子を見ていた皆から呆れた眼差しを貰った。
ルリィ先生は空中に浮かぶ画面と僕を交互に見ながら、感心と呆れの混じった様子で顔を歪めていた。
「フィアルの狙いはこれだったんだな。この遠く離れた場所の映像と音声を表示する機械は凄いが……それに頼りきっては駄目だぞ? ちゃんと使いこなさなければ、どんな名剣も鈍らに劣るんだからな」
「頑張ります……」
ああっ、先生のお説教が心に痛い! 今度から自分一人だけで解決しようとせず、仲間にも頼ってみます!
「ま、あいつらの狙いは分かったな。だが件の別ルートに関しては改まって話さないようだし、俺があいつらの監視をしよう」
うな垂れる僕を置いて勝手に話が進む。抗議しようと僕が顔を上げると、義影は僕の眼前に指を突きつけた。
「勘違いするなよ、俺は飽くまでも外部の協力者だ。お前に俺への指揮権は無いんだから、俺は独自に行動させてもらう」
「……ツンデレ?」
「いや、足手纏いに付いて来られると本気で迷惑なだけだ。一人でないと監視し辛いからな」
にべも無く、けんもほろろだ。無愛想の究極形を見せられた気分で僕が絶句していると、義影は粛々とルリィ先生に頭を下げて挨拶していた。
「では、俺は一旦隊を離れます」
「ああ、気をつけてな」
義影が挨拶を終えた瞬間に一陣の風が吹きすさび、風が収まった後には義影の姿は既に無かった。
「……っちっくしょ~、カッコイイじゃねぇか。俺のヒーロー魂が疼くぜ」
「それ、単なる厨二魂じゃない?」
勇が不敵に顎の汗を拭っている様を、乱は冷めた目で見ていた。でも、僕もちょっと勇の心が分かるので何も言えねぇ。
呆然としていると、ルリィ先生が僕の背中を叩いた。
「行くぞ、フィアル。まだ任務は道半ばなんだからな」
「……はい!」
僕は自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、前に立って歩き始めた。
……
遺跡への行き方は、知っていれば単純なものだった。
遺跡を中心に囲むようにして環状の石畳が存在し、その石畳沿いに進むと今度は石塚がある。
その石塚から中心へ向けて石畳が伸びているので、それを目印にすれば迷う事無く遺跡へ行けるのだった。
途中、蛮族と遭遇しかける事もあったが、ルリィ先生が樹精霊に頼んで僕らを隠してくれたので、難無く切り抜けられた。
石畳は木の葉や土に埋もれて分かり難かったが、スーツのセンサーで問題なく発見できた。
後は、遺跡へ向けて接近するだけだった。
◆◆◆◆
遺跡を最初に見た時、僕らはそれを遺跡と認識出来なかった。普通、遺跡といえば石造りで重厚な印象を受ける建造物、といのが相場だろう。
僕らが発見したのは、緑溢れる小山だったのだ。
山には青々とした草が生え、何本も木が伸びている。いずれも大樹であり、複雑かつ奔放に伸びており、時に絡まり、所によって折れて倒れ、その折れた部分からまた新たな木が伸びているなど、もうどれがどの木か分からないぐらいに混ざっている。まるで、小山の頭に絡まった木々の王冠が載っているような有様だ。
しかも山のそこかしこに穴が開いていて、そこから蛮族の集団が出入りしているせいで、遠目からだと奇妙な虫の巣にも見える。
「うわぁ…何あれ、気持ち悪い」
「あの山が実はモンスター、ってオチじゃ無いよな? 不気味さ極まりないんだけど」
「……センサーでざっと調べた限りだと、遺跡の上に苔が繁茂していて、無茶苦茶分厚くなって土の層みたいになった部分に、木々が根を張ってる感じだな。普通はそうなるのに何千年とかかかりそうだけど……多分、長くて数百年だな」
生命のマナの暴走ゆえか、植物の成長が恐ろしく早いようだ。元々の遺跡が飲み込まれるほどに、草木が生い茂ってしまっている。無秩序な生命の増殖は、尊さよりも気持ちの悪さを僕らに感じさせていた。
それに対して、ルリィ先生は眼前の光景を深刻な表情で見つめていた。
「この辺り一帯を整備して植林場にしたら木材の大量生産が可能になって、木材の値段が大幅に下落するだろうな。我が国の交易にも影響が出そうだ」
「え? ルリィ先生の故郷って、木材を輸出しているんですか?」
「我々エルフの仕事は森の整備と言っても過言ではない。その過程で古い木を処分したり、適度な木の伐採も必要になるんだ。キルディス王国だけでなく、他国への主要輸出品目の一つだぞ」
エルフが木を切ったりするイメージは無かったのだが、それは元の世界の偏見だったようだ。なるほど、『生命のマナ』はただ『無限の魔力』であるだけでなく、それ以外にも重要な価値があるようだ。
「ともあれ今の私の仕事は、この遺跡を占拠して『蛮族』などを生み出している下手人を討ち取る事だ。先の事と政治に関しては、文官達に頑張ってもらおう」
ルリィ先生は話はこれまでとばかりに木の影に身を隠す。僕らも遺跡に出入りする蛮族に見つからないよう、物陰へ移った。
「えーっと、ここからの潜入ルートは……」
僕はハセウムから教えてもらったルートを思い出しながら茂みを分け入って進み始める。
遺跡への出入り口は蛮族が使っているものが全てであろうが、それ以外にも外と内を繋ぐ経路は存在するそうだ。
それは、『水路』。
遺跡には近くの水源、コーツラン横の湖や山から下る地下水脈などから水を引いている地下水道があるらしい。
大量の水が必要な理由があるのか、単に生活用水だったのかは知らないが、その水路は結構大きく、人が楽に通れる程の大きさはあるらしい。
そんな水路も、遺跡周辺の森が急成長するにつれて、木の根が水路の形を歪めたり塞いだりして、一部水が塞き止められた場所があるらしい。
その水路が一部地上へと露出している部分があるらしく、僕らはそれを目指していた。
しばらく進むと、目印となる石塚の近くに、不自然に窪んだ場所を見つけた。
「遺跡の方角があっちだから……あった。これだな」
窪地に降りて遺跡側の方を向けば、木の根や蔦で塞がっているが、僅かに風の動きを感じる穴を見つけた。
「結構太い根が張っているなぁ。ううん……これ音を立てないように切るの面倒そうだ」
「ん? そんな事する必要ないぞ」
唸っている僕の横を、ルリィ先生は涼しい顔で通り過ぎる。先生が穴の前に到達した瞬間、
グニャリ
木の根はまるで自動ドアのように広がってスペースを空け、先生を内部へと歓迎した。
「ご苦労様」
ルリィ先生は顔を正面に向けたまま、多分根っこを操作した樹精霊を労って穴の奥へと進んで行った。
「……先生、パネェ」
「森の中では怒られないようにしよう……」
勇と乱は震え上がり、小声で偉大なる先生への感想を述べていた。いかん、僕の心も勝手に先生に阿ってしまう。
「お先に失礼しますね」
スーさんも続いて中に入ってしまったので、慌てて僕らも後に続く。
グニャリ
入る直前、自動ドアでも良くあるように木の根が閉じてしまった。
「開けろよ!?」
「早く入らないお前達も悪いぞ。すまない、もう一度頼む」
ルリィ先生が声をかけると、やれやれ、と言わんばかりにゆっくりと木の根が開いた。僕らが通れるギリギリくらいの大きさで。
「こんの精霊、俺達のこと舐めてやがる」
「あんまり怒らせるような口利くな。足元の草がいつの間にか輪っか状に結ばれてるかも知れないぞ」
勇に忠告しつつ僕はさっさと穴に入る。樹精霊は寛大だったのか、特に問題なく勇と乱も中に入れた。
水路の中は広く、二人くらいならなんとか並んで歩けそうだが、当然ながら暗く見通しが悪かった。
「ふむ……光の精霊を呼んでもいいが……目立ちそうだな」
「先生、僕が先行しますから離れて後から続いて下さい。勇、何かあったらお前に連絡するから」
「あいよ」
きょとんとしている先生を置いて、僕はヒーロースーツの暗視機能を作動させながら先へ進む。
水路は多少曲がりくねってはいるが、一本道で迷うことは無い。木の根が所々突き出している他は大した障害物もなく、徐々に下りながら遺跡へと向かっていた。
「こっから先はさすがに情報が無いんだよなぁ。比較的安全とは言ってたけど、蛮族が潜り込んでいる可能性もあるし……っと」
結構歩いたな、と思っていると、水路の先に少し広めの空間がある事に気付いた。また上の方からわずかに光を感じる事から、外への出口への期待と同時に、蛮族の存在への警戒が高まる。
慎重かつ静かに歩を進め、その空間を覗き込むと、丁度反対側にまた穴が開いていたが、今度はかなり小さい穴になっていた。
上を見れば、明らかに人工的な石造りでできた丸い穴が地上まで続いていて、日の光が差し込んでいた。
「井戸……かな?」
僕は先方の穴がとても通れる大きさに無い事を確認し、勇へ連絡を取る。
「勇、先へ進む水路の穴が急に小さくなった。代わりに地上へ通じる穴……多分、昔の井戸があった。そこから地上の様子を見てくる」
『……了解、気をつけろよ』
『なんだレオン、その珍妙なアイテムは? それからフィアルの声がしたぞ」
『あ、先生……これは、そのー連絡用の魔法のアイテムみたいなもので……』
不思議そうな先生と、説明に悩む勇のしどろもどろな声を残して通信は途絶える。そう言えば説明してなかったか。
変な像や奇妙なアイテムの収集癖があるルリィ先生が、通信機を欲しがって横取りしない事を祈ろう。
胸中で祈りを捧げつつ、僕は井戸の壁面にある凹凸を足がかりにして、三角飛びの要領で素早く上へと登り切る。
穴の出口へ辿り着く前に一旦停止し、静かに頭を上げて外の様子を伺う。
複数の風切り音が聞こえる。その直前に聞こえたのは弓の弦を弾く音。
撃たれたかと思ったが、方角はまったく別方向のようだ。下げかけた頭をもう少し上げて外を盗み見る。
おそらくここは遺跡の中庭だろうか? さっき遠目から見た場所からは死角になっている位置なんだろう、見覚えの無い開けたな場所だ。
そこでは、練兵が行われていた。
広場の片隅に、人に見立てた人形の的が並べられてあり、離れた場所から複数の蛮族がそれぞれクロスボウを人形へ向けている。
「なんだと……?」
そして指導役と思しき蛮族の号令と共にクロスボウから矢が放たれ、人形の姿をハリネズミのように変えていく。
命中率は高く、外したのは二体だけだ。その二体に対して指導役の蛮族が近寄り、手の添え方や体の姿勢を矯正しているような素振りもある。
それは僕が学校で散々経験していた、軍事訓練の様子と全く一緒だった。
「蛮族が……訓練している?」
『おい、フィアル。多分お前の言う井戸みたいな場所の下まで来たぞ。上の様子はどうだ?』
驚愕に固まっていたところ、勇からの通信で我に変える。
「ああ、ちょっと衝撃的なもの見ちゃったよ……」
『何ぃっ!? それは……ちょっとHな漫画でよくある、『穴から顔を出したら偶然女の子のスカートに顔を突っ込んじゃった☆』的な展開が……!』
「最近、お前がヒーローギルドの副リーダーなのが不安になってきたよ……」
何でこいつは、こう<お約束>な展開に弱いんだろうか? 様式美を求め過ぎるのもヒーローとしてどうかと思う。
それはさておき、掻い摘んで今の状況を説明しつつ、訓練する蛮族以外の周囲の状況を確認しておく。
「……上手い具合に近くに草むらがあるな。遺跡への出入り口もあるし、また僕が先行して偵察するから、勇達は魔法とかで姿を隠しつつ付いて来てくれ」
『見つかるなよ?』
「もし見つかったら、出来るだけ敵を引き付けて逃げ回るからその間に隠れてくれ。例の秘密道具を渡しとく」
そう言って、次元の穴に収納しておいて玄衛門さんの秘密道具を穴の下に落とす。うまく掴まえたような音が通信機から聞こえたのを確認して、僕は一旦通信を切る。
外の様子を伺い、こちらに注意を向ける者が誰もいないと判断した僕は、素早く穴を乗り越え草むらに身を隠す。そして草に紛れながら遺跡への出入り口へと進み、物陰から中を窺う。
暗視機能をONにして探った限りでは、中の通路に蛮族の存在は認められず、そのまま通路に身を滑り込ませた。
通路は少し進んだ先で左右に分かれており、角から見た限りではどちらも遠くまで続いている。遺跡の外観から察するに、左側が奥の方に続いていると考えた。
「遺跡内部に入った。左右に通路が分かれているから、とりあえず左に進んでみるよ」
『分かった。こっちはちょっと手間取りそうだ。スーさんを上に連れて行くために、乱に変身してもらって飛行魔法使ってもらわないといけねぇ。おらっ、早く変身しろよ』
『うるさいな、無理矢理テンション上げるのって大変なんだぞ……。もールナたん、激おこプンプン★!!』
さっすがプロのヒーロー、怒りながらもすでにテンション上げ始めている。躁鬱の乱高下に、彼の精神がいつまで耐えられるのか、本気でハラハラする。
こっちの心臓まで寿命を縮めに来る業深き友人の変身はさて置き、僕はさらに遺跡の奥へと向かう。
遺跡内部は石造りで、所々に草や苔が生えているが外観ほどに植物の繁茂は見られない。まるで誰かが掃除をしているみたいだが……いや、きっと掃除をしているのだろう。
先ほどの蛮族の訓練風景を思い出して、背筋に冷たい汗が流れた。
蛮族は進化している。今までのように、ただ徒に突撃を繰り返すだけの戦い方から、組織だった軍隊としての戦法へと移り変わっているのだ。
森の中で見た新種の蛮族、あれも訓練を受けた蛮族だったのかも知れない。もし、全ての蛮族があれと同じ様になってしまったら……王国のみならず、世界征服だって出来てしまうかも知れない。
無数の蛮族が次々と襲来し、街や村を焼き払いながら侵略を続け、遂には僕の故郷の村を……。
恐ろしい考えが頭を締める前に、顔を振って妄想を取り払う。
「今は前だけに集中しないと。………うん?」
と、通路の奥からざわめきが聞こえてきた。こっちに近付いて来る様子は無い。だが大勢の集団が蠢くような、無数の音の重なりを感じる。
そのまま歩を進めると、通路はかなり広い開けた場所に繋がっているようだった。
腰を屈めて通路から顔を出すが、正面には手すりが広がってまた横方向に通路があり、手すりの奥から喧騒のような音が響いている。左右を確認後、手すり際からそっと顔を出す。
「うげぇ……」
思わず下品な声を出してしまう程、下の広場は蛮族の集団で埋め尽くされていた。
広場の片端に上へ続く大階段があり、もう片方の端は中央が高くテラスのようになっており、その両脇に下り階段があった。
その下り階段から続々と蛮族が上って来て、上り階段へと向かっていた。
「あの先が、蛮族を生み出している所かな……あっさり見つかったのはいいけど、あれ……どうしよう」
大きな神社の初詣客か、もしくはコ○ケの開始待ち列か。気持ちの悪い程の大集団を突破して下に行けるだろうか? こっそり抜けれるほどの隙間は無い。
「どうしよう」
あても無く首を巡らせるが、目に入るのは蛮族ばかりなり。そう思って途方に暮れていたところ、異質なものが目の隅に入った。
「え?」
それは下り階段の間にある高台、そのテラスに立つ人物だった。
長身、恐らく二mは優に超えているだろう、かつ横幅も広い。その巨躯をボロ布で包み込み隠しているが、恐らく人間のような形をしているのだろう。
ただし、肩にや背中、腕などの一部が不自然に膨らんでいるので、確証は持てない。
その何者かはしばらく蛮族の動きを眺めていると、踵を返してテラスの出入り口に消えて行った。
「親玉…!」
明らかに蛮族以外の存在、それはすなわちこの事件の元凶に他ならない。僕はテラス側に向かって通路を走り出す。
『警告! 前方に敵性反応』
スーツからの警告音に続いて前を見ると、ずっと先の方で蛮族が数人、通路に入ろうとしていた。
僕は床を蹴ると手すりを跳び越え、海のような蛮族の集団の上に身を躍らせる。
「『ディメンジョン・テレキネシス』!」
左手から伸ばした念動力を天井の一点に繋ぎ止め、ロープに掴まったかのように弧を描いて空を飛ぶ。
勢いのままにテラスへ向かい、念動力を切った僕はテラスの床に転がり込んだ。
音は響くが、正直蛮族達の動く音のほうがよっぽど大きい。さっきの通路にいた蛮族達もどうやら気付いていないようだった。
それだけ確認した僕はテラスの出口へ向かって走り出す。今なら追いつけるはずだ。
出口の先は細い通路、親玉の姿は既に無い。だが少し先にまた部屋があるようなので、その手前までを一瞬で駆け抜ける。
部屋の入り口で止まって深呼吸を一回、意を決して覗き込むと、薄暗い部屋の奥に下へ通じる階段があり、またも親玉の姿は無い。
「どんだけ足速いんだよ…!」
悪態を吐きながら部屋へ入り込むと、突然、鋭い警告音が頭に入り込んだ。
『警告! 頭上より大質量物体の接近!』
警告音とほぼ同時に、嫌な予感に体を突き動かされ前へと身を投げ出す。直後、地響きが部屋中に木霊した。
振り返ると、そこには天井の高い部屋の半分はありそうな、巨大な蛮族が立っていた。
「いつの間に!? こんな近くまで反応が無いなんてどうやって隠れていたんだ!?」
(鼠が罠にかかった様だな)
すると、スーツ内に聞き慣れない声が響く。
『異常警報! スーツの通信波長領域に不明な電波の割り込みが発生! 索敵レーダーに偽装の痕跡を検出!』
同時に本日三度目の警告音も響く。
(聞こえているかね? そちらの通信は傍受していた。電波を発信するだけで、受信して分析する能は無いと考えたのは早計だったな)
「なっ……!?」
全てばれていたのか!? 急いで勇達に連絡を……。
『通信エラー 通信エラー』
だが勇への通信は繋がる事無く、淡々としたエラー報告が響くだけだった。
(ここ数日の潜入、さすがに驚いたよ。だがこれでチェックメイトだ、ここで果てるがいい)
一方的な死刑宣告が終わり、通信が途絶える。
「待てよ! くそっ、通信に出ろぉ!?」
僕は、仲間達にではなく敵の親玉に向かって叫ぶ。その間にも巨大蛮族はゆっくりとこちらに近付いている。
「出ろよ……出ろよ、この野郎! 何で……」
そして、僕の目の前で巨大蛮族が拳を振り上げた。
「なんで、日本語を喋ってるんだ、テメェーー!?」
巨大蛮族の豪腕が、遺跡を揺るがす轟音を生み出した。
2ヶ月以上も放置して、大変申し訳ありませんでした。
創作に対するモチベーションの低下が自分でも実感できます。ですが、せめて今書いている2作品は完結させます。この『ヒーロー』はあと一、二話で終わる予定ですので、来年の二月頃で終わると思います。
思えばこれも中々に長い道のり。お暇な方は、主人公達の最後の活躍と、それからの未来の暗示まで、よろしければお付き合い下さい。お読み下さり、ありがとうございました。




