第4話 懐柔! 怪獣リーザウルス!
今回は解説を入れたせいで何時もより若干長くなりました。また書き方が一部不安定な部分がありますが、ご容赦下さい。
この前サラに僕がヒーローとばれてしまいましたが、土下座して黙っててくれと言ったら快諾してもらいました。でもウィンクしながら「二人だけの秘密だね」って言うのは勘弁して欲しかった。不覚にも心臓が高鳴ったし。
さてそんな事があったのも今は昔、あれからまた一年が経ちまして、僕達は三歳になりました。…展開が早過ぎとか色々仰りたい事もあるでしょうが、あれ以来本当に特筆する事が無かったので仕方ないのです。
…一体僕は誰に言ってるんだろうね? しかし平和なのはいい事だと思います。サラのお祖母ちゃんのお誕生日も無事に終わり、サラはめいいっぱいお祖母ちゃんから褒められてお小遣いを沢山貰ったそうです。でも僕は危険な森に立ち入ったという事でお小遣いを減額されました。
なんと言う愛情の格差社会。いえ、これも親の愛だと分かってはいるのですが、その愛が痛いですママン。
あれから何度かサラに、またあの赤い服の格好して、とおねだりされましたが、スーツだけ召還すると朱美さんが不機嫌になるので、濫りに変身するものでは無いのだ、と言って誤魔化してます。
◆◆◆
さて一年経った現在、僕とサラに転機が訪れました。
皆大好き(あるいは大嫌い)『お勉強』の時間です。
僕の家の周辺は元騎士団員やその家系の農家、いわゆる富農という比較的お金持ちの農家が集まっています。元々ここら辺は国有地で、恩賞として与えられる為の土地だったのでそんな人達ばかり集まっているのです。そんでこの世界では、早ければ三歳頃から家庭教師を雇って子ども達に教育を施すのだそうです。でも個人で雇うのは家計に優しくないので、数件の家が共同でお金を出し合って家庭教師を雇うのが通例みたい。
ま、簡易的な学校を開設するわけですわ。
そして今回家庭教師をして下さるのは、ロイ父ちゃんの知り合いのルリィさんでした。ルリィさん、本名ルリィ・エトランゼさんは前も言った通りエルフです。
彼女はロイ父ちゃんがまだ騎士として働いていた頃知り合ったエルフの国『テトラ』の自由騎士の一人らしい。
自由騎士とは諸国を歴訪して様々な事件を解決し、弱きを助け強きを挫き、自身の力を高めた後国に帰って貴族とかの客将になるとロイ父ちゃんから聞きました。
難しい話だったけど、要約すると『騎士階級のフリーター』が近いようだ。
そもそも騎士階級の出身者は実力があればどこかに登用されるし、実力が無くてもコネがあればどこかの貴族が拾ってくれるが、どっちも無い場合は職にあぶれてしまう。
そんな職にあぶれた騎士は、とりあえず箔と実力を付ける為に色んな所に行って事件解決なり魔物退治して名声を得ようと頑張るらしい。
でも大体その日の糊口をしのぐ為に用心棒をやったり家庭教師をやったりしてお金を稼ぐだけの日々になるそうな。
そうそうこの世界にもいわゆる『冒険者』みたいな魔物退治から遺跡の探索まで何でもこなす職業がありました。
その名も『禍祓い』。
あらゆる災いや苦難=禍、を祓う者達という意味で使われているらしい。まあその苦難の内容が魔物退治だろうと暖炉の煤取りだろうとOKというところがなんだか情け無い気もするが、そうそう大きな災いが頻発しても困るので良しとしよう。
この禍祓いとして働く自由騎士も居るらしい。自由騎士になる者は大体それなりの教育を受けているので、読み書き算術や礼儀作法に歴史など結構広範な知識を持っている。それに戦闘力もそこそこあるので、禍祓いの人達の間では結構人気がある。
閑話休題。ルリィさんはその自由騎士であるが、通常の自由騎士とは身分が大分異なる。
ルリィさんは隣国テトラの大貴族様の昔からのお抱え騎士で、御年四百歳のベテラン騎士。実家は伯爵家の三女と生粋のお貴族様にしてお嬢様。だが剣の腕、魔法の才能、知性の全てに秀でた超エリート騎士でもある。そんな騎士様が何で自由騎士をやっているかと言うと、見聞を広めて自らを鍛える為というある意味最も自由騎士らしい理由からだそうです。
ロイ父ちゃんが騎士を引退する事になった魔物討伐の折、その魔物が居た場所がテトラとの国境付近だった為この国とテトラとの共同で討伐する事になり、その時ルリィさんも派遣され、ロイ父ちゃんと知り合ったと聞きました。だが魔物と戦った際、不覚を取ったルリィさんをロイ父ちゃんが庇って重症を負ったので、ルリィさんは自分の不甲斐無さに責任を感じたらしい。だからもっと自分を鍛えたくなって、安定した身分を返上して自由騎士になった、そんな理由だそうだ。
ロイ父ちゃんとはいい友人関係と言ったところ。年に数回は会いに来て僕にも色々お土産を暮れる。
ただお土産のセンスは微妙だと思う。諸国を歴訪しては珍しい物を買ったり拾ったりして集めているそうだが、ある意味箱入り娘だったせいか普通なら怪しいとかいかがわしいと思う物を喜んで集めてる。
この前お土産に貰った『古代カナカナ族の王族が使った黄金のスプーン』ってめっちゃメッキだったし。試しにヒーロースーツの機能で年代測定してみたら制作年月日は恐らく二年以内と出た。そして歴史書を調べてもカナカナ族なんて民族は居なかった。
だがそのスプーンを売ってくれた人(多分詐欺師)から聞いた由来を、楽しそうに僕に語って聞かせるルリィさんに真実を話す勇気は僕ら一家には無かった……。
そんなルリィさんだが、僕がそろそろ教育開始年齢とロイ父ちゃんから聞いたので、各国歴訪を一旦止めて家庭教師を買って出てくれたそうだ。しかも泊まるところと食事をうちで提供してもらうからって相当格安で請け負ってくれたそうで、一緒に子どもを教えてもらうテイラー一家も大喜びだったとサラから聞きました。
そんな理由でここ一週間ルリィさんはうちに滞在している。今は授業の準備期間だから授業自体はまだ始まって無い。
ルリィさんは僕のことを弟か何かみたいに可愛がってくれる。う~ん、美人のエルフのお姉ちゃんか…。向こうの世界では上の兄姉は居なかったから新鮮だなぁ。
優しくて甘えさせてくれるいいお姉ちゃんだが、……欲を言えば、今回のお土産の、古代遺跡で拾ったという如何にも呪われそうな装調の書物を渡してくるのは勘弁して欲しかった。なんか外側の皮製のカバーが常にしっとりしてるし、夜な夜な『オオォォォ…』とか唸り声みたいなのが聞こえてきたんで、怖くて亜空間の収納スペースに放り込んだままにしてる。
ルリィさんのお土産のせいでその内僕の部屋から魔物とか生まれるんじゃ無いかと、徐々に魔窟と化していく自分の部屋を見ながら思う今日この頃。
◆◆◆
ルリィさんの準備も整ったある日、ついに授業が開始されました。場所は我が家の一室、元々物置にしてた場所だが、外に倉庫を新しく作って物を全部移して掃除したら結構広い部屋になった。そこに机を三つ並べて教科書と紙束、墨を用意して準備完了である。
……三つという数からもお察し頂けただろうが、ルリィさんに教えを請う生徒は僕、サラの他にもう一人居る。
「ほら、何ボサッとしてんのよ。準備手伝いなさいよ洟垂れフィアル! ほんと、あたしが注意しないとグズグズしてばっかりなんだから!」
今まさに無実の罪を僕に着せてるのはリーザ。本名リーザ・ウルズというサラとは逆方向のお隣さんウルズさん宅の娘さんだ。年も僕らと一月遅く生まれただけなので一緒に勉強する事になりました。物凄く気が強く、サラはよく泣かされているし、僕も理不尽な暴力の的によくされます。…だから陰で僕は彼女の事をリーザ・ウルズじゃなくて『リーザウルス』って呼んでます。暴虐度は恐竜か怪獣と変わらんと思えるので。
ツリ目がちの少々きつい印象を受けるが、そこそこ可愛らしい顔立ちをしている。金髪の長い髪を左右に分けて三つ編みにして垂らしているので、往年の名作RPG五作目のヒロインの子ども時代みたいにも見える。
彼女との出会いは半年くらい前、僕がサラと遊んでるところ後ろから僕の背中を蹴っ飛ばして来たのが最初の出会い。その後、何かを叫びながらこっちを追いかけてくる様はまさしく恐竜でした。ガチ泣きするサラを励ましながら林の中を逃げ回るのはとても疲れた…。
その後、事ある毎に遊ぶ僕らに突っかかってきては、なし崩し的に鬼ごっこ(常にリーザが鬼)を開催する羽目になり、一時期怯えたサラが引きこもりになる程だった。
仕方無いのでサラの家の中で遊んでたら、ある日の事、メアリーさんが「お友達が来たわよ」と言ってサラの部屋のドアを開けた。
そこには邪悪に笑う怪獣の姿があった……!!
メアリーさんが居なくなった後は強制的におままごとに付き合わされました。
そんな事があってから、最早安住の地は無いと絶望したサラが「僕と一緒に逃げて…!」と言い出した時は思わず真剣に検討してしまう程きつい日々が続いてました。逃げなかったけど。
……今更だけど特筆すべき事ってこの『リーザウルス』来襲の話があったな。思い出すのも苦痛なので記憶の奥に封じ込めてしまっていたのか……。
「ちょっと! 何遠い目してんの。ほら、あんたの分の教科書よ! さっさと取りなさいよ、ノロマ!」
「こらこらリーザ、そんなに大きい声を出しちゃダメだぞ? 女の子はお淑やかにね」
「はい、ごめんなさいルリィ先生!」
隣から叩きつけるように教科書が回ってきました、暴言付きで。席順はリーザ、僕、サラの順で、今リーザから僕の方に教科書が回ってきたところです。サラが涙目で訴えてきたのでこっちも涙目になりそうだけど、サラの盾に成ることにしました。
しかしルリィ先生が庇ってくれるとは言え、やっぱりきついなぁ。リーザはルリィ先生の言う事は一応聞くようだがいつまで持つことやら……。
◆◆◆
初授業はまず文字の書き取りと暗記からでした。この世界で一般的な共通語の文字を覚えれば古文書以外は大抵の本が読めるようになるし、重要な科目であるでしょう。
……まあ僕は最初から読めるわけですが。ルリィ先生からは、僕が早々に文字を覚えてしまった様に見えたのだろう、凄く褒めてくれた。
「凄いじゃないかフィアル! こんなに早く覚えるのは私でも出来なかったのに。フィアルは将来学者さんに成れるかもな」
そう言って僕の頭を撫で回してくれる。嬉しくもあり、面映くもあり、そして若干罪悪感も感じる。ごめんなさい先生、これ多分神様のおかげ。
「やっぱりフィアルは頭がいいんだね! 凄いなぁ……」
サラもそんな尊敬の眼差し向けないで、心が痛いから。
「…ちっ…」
リーザウルスの舌打ちが聞こえてきた。今はその反応の方が安心する…。
ちょっと早いけど僕だけ先に単語の学習が始まった。絵本を渡され、ルリィ先生とマンツーマンで単語の発音と意味、書き方を教えて貰う。
今は兎が森の中を旅するという内容の本を使って学習している。
「いいかいフィアル、これが『兎』、これが『木』だ。そして絵をヒントにこの文章を読んでみてご覧?」
「えーと、『兎は木に登りました?』」
「うん! その通り。この単語の流れを覚えておけば他の文章もすぐ読めるようになるぞ」
すいません文章も問題無く読めるのでもっと難しい単語を覚えたいです。そう言えたら楽なんだけど流石にこれ以上理解力が早いと思われると後が怖いので止めておく。時折云々唸って悩んでる演技もしておく。…僕が正解を言ってルリィ先生から褒められるたびに、リーザウルスからの視線が圧力を増していったのも理由の一つだが。
その日の授業は僕が絵本を半分読み終わる昼頃に終わった。リーザとサラはまだ字の書き取り練習中で、それぞれ半分も覚えていなかった。その後帰り際にリーザウルスから蹴りを頂戴しました。君が文字を覚えられないのは俺のせいじゃないよぅ。
◆◆◆
その後二日間同様の流れで文字を学習した。その間で僕が偉いと感じたのは、まだ三歳にも関わらず一生懸命勉強するサラとリーザの態度である。前世の僕ならすぐ投げ出すであろう内容を根気強く学んでいる。
サラにその事を伝えて褒めると、「フィアルと一緒になりたいから頑張るの」という、捉え方次第ではプロポーズに聞こえることを口にして僕の心臓をフル回転させましたが、要は僕がさらりと文字を覚えたから自分もそうなりたい、と思っている様である。
リーザについては……怖くて聞けてないけど、多分僕への対抗心だと思う。僕がルリィ先生に褒められるたびにビーム出しそうなくらい鋭い目線を僕に向けてくるし、その後書き取りの速度が滅茶苦茶速くなる事もあり、そう考えました。
ルリィ先生は「フィアルが頑張るから他の二人も頑張ってくれる」と喜んではくれるが、後二、三年もしない内に馬脚を顕すと思うのでそんな期待に満ちた目で見ないで下さい……。
まあ僕が努力して更に先に進めばいいだけなので僕も頑張って勉強する事にした。大体の単語は理解して、文法もおおよそ理解したと判断したのか、ルリィ先生が僕に小さめの辞書をくれた。
「これで分からない単語は調べるといい。フィアルは本当に教え甲斐があるなぁ、国元にもフィアル位優秀な生徒は居なかったぞ」
先生、リーザさんが僕を殺しそうな眼で睨んできます! だから余り持ち上げないで!
でも辞書は有り難く頂戴しました。これで家の本棚の本がもっと読めるな。
そしてその日はテストが有りました。文字を全部覚えたかのテストで、まず文字を書いて、書き終わった後にそれらを一つずつ発音していくという形式でした。
一応僕も受けたけど問題なく全問正解。サラは二個、リーザは四分の一くらい間違えてしまった。
ルリィ先生は皆上出来と褒めてくれたけど、リーザは納得できなかったのか帰り際に僕のお尻に膝蹴りをくれて帰って行きました。……今日のは特に効いたぜ……。サラが心配そうにお尻を撫でようとしてくれたけど、色々ムズムズしちゃうので遠慮しました。
◆◆◆
初めてのテストから三日経ちました。あれから毎日テストがあって、サラは昨日ようやく満点を貰えました。……でもリーザはまだ二、三個ミスをしてしまってます。
同じような形の文字と、似たような発音の文字で色々ごっちゃになるらしく、いつも同じところで間違えてしまうようです。
エレナ母ちゃんに聞いたところによると、井戸端会議でテストの結果が悪いとリーザのお母さんが愚痴を言ってたそうです。多分家でも怒られているのでしょう、ここ三日間は僕への攻撃のダメージが二割り増しになるくらいリーザは不機嫌です。
でもルリィ先生はそんなリーザを責める様な事はせず、文字を何か別のものに例えて覚えてはどうだろうとか提案してます。でもリーザもルリィ先生も具体的な例が思い浮かばないのか、ちょっと詰まってしまった。
そんな中、珍しくサラが声を上げました。
「あの……、リーザちゃん。その文字は蛙さんみたい、って覚えたらどうかな? 蛙さん好きだったよね?」
言われて見ると、リーザが覚えるのに難儀している文字は座っている蛙にも見える。変と言ってはまた蹴りを入れられそうだが、このリーザウルスは同じ爬虫類系が好きなのか蛙がお気に入りだったりする。……いかん、蛙は両生類だった。小学生の理科レベルの知識が既に消えかけてる。
まあそれは置いておいて、リーザはサラの言葉にあっと一声上げて、蛙の鳴き声も絡めた文字の覚え方を開発した様だった。サラはルリィ先生にも褒められて照れ顔である。可愛い。
残った文字についても、今度は僕が口出しして覚え方を開発できた。
授業後、リーザは笑みこそ浮かべてなかったもののご満悦な表情をして、蛙を絡めた覚え方を諳んじていた。その日は蹴りを入れられることは無かった。
◆◆◆
次の日、もう一回文字のテストがあった。僕とサラは既に合格しているの免除され、リーザだけが受けた。固唾を呑んで見守る僕とサラだったが、リーザは危なげ無く文字を書き終え、ちゃんと発音も出来ていた。
「よくやったぞリーザ! 偉い! よく頑張りましたね」
我が事の様にルリィ先生は喜んでくれ、そこで初めてリーザの誇らしげな笑みが浮かんだ。僕とサラはこれで今日もリーザの機嫌が良いだろうとほっとしていましたよ。
その日はテストだけで授業終了となった。先生が頑張った僕達にご褒美だと言って授業時間を短縮してくれたのです。連日家に篭って勉強していた僕達は喜び勇んで僕達は外に駆け出しました。
家を出た所で、リーザは僕達には構わず道の方へ行こうとしたので、つい声を掛けてしまった。
「あれ、リーザどこ行くの?」
授業後は大体いつも僕らを追いかけるか強制おままごとに付き合わせる彼女が、僕らを放っておくのに違和感を感じたからだったが、どうせ返って来るのは「アンタには関係ないでしょ!」とかだろうと思っていた。
そしたらリーザは満面の笑顔で答案用紙を誇らしげに掲げながら、溌剌とした声を返してきた。
「ママに見せてくるの! これで褒めてくれるわ!」
その笑顔はいつもの強気な威圧感のある顔で無く、年相応の少女みたいだった。リーザはそれだけ言うと駆け出して行ってしまった。
「…リーザちゃん、よかったね。いつもお母さんに怒られるのを気にしてたもん」
「そうだねー。これで僕に蹴りを入れる回数が減るといいんだけど…」
「ごめんね……、いつもフィアルだけ怪我させて…」
別に怪我はして無いけどね。女の子に蹴りを入れられるのは妹と取っ組み合いした時に経験してたからそんなにショックも無かったし。
さて、今日は久しぶりに二人で遊びますか……、と思った瞬間、突風が吹きすさぶ。
「ああーーーーーー!!??」
そして遠くからリーザの叫び声が響いた。その声は実に悲痛で、助けを求めているようにも感じた。
「何かあったのかな? …あ、待ってよフィアル!?」
後ろからサラの声が聞こえるが、僕の体は勝手に動いていた。例えザウルスと名付けた苦手な女の子でも、あんな声を出されたら様子を見に行かないわけはない。
僕はリーザの後を追って走り、道の真ん中で立ち竦む彼女を発見した。
「大丈夫か、リーザ!?」
「あっ…、フィアル…」
リーザは一度こっちを見るが、すぐにその顔を上に向ける。上? 僕はリーザの隣まで走り寄ると、同じように上を見た。リーザの正面には高い木があり、そのかなり上の方の枝に何かぺらぺらした物が引っかかっているのが見えた。
「…答案用紙?」
僕がそう呟くと、隣からひっくひっくと嗚咽が漏れる音が聞こえた。そっとリーザを見ると、木を見上げたまま涙を零すリーザが居た。
「せっかく…、てす、テスト……、満点取れたのに……。お母さんに……、お母さんに褒めて貰える……うぐっ、うえええぇぇぇ……」
後半は両手で目を塞いで泣きに入ってました。サラも追いついてきたけど、リーザの顔の向きから木の上の答案用紙に気付き、泣いている様子から大体の事を理解したようで、口を噤む。
大方風に煽られた答案用紙が飛んでいって目の前の木の枝に引っかかったのだろう。よくある話だ。僕も経験がある。…その時は算数のテストで零点だった時だからこれ幸いと放置したが。
しかし、今飛んで行ったのはリーザが一所懸命に努力して手に入れた満点の答案である。諦め切れないだろうが、同時に自分では取れないと理解もしているのだろう。
だから泣くしかない。心の中の葛藤を処理しようとして泣くしかない。そして諦めるのだろう、悲しみを背負って。よくある不条理な話のように。
だが僕はそんな道理は気に入らない。こちとら悪の組織に家族を殺される不条理話を経験済みだ。例え規模が違えども、同じ不条理で悲しむ人をそのままにはしたくない。
だから僕は唱える。世の不条理殴り飛ばす為に……!
「『開け、次元の門!!』」
変身時の光はOFFにしてあるので何事もなくスーツの装着完了。その姿を見てサラは喜び、リーザは混乱した。
「わぁ…! やっぱりカッコイイよ、フィアル!」
「えっ!? フィアル!? 何よ、その格好…?」
とりあえず二人の事は置いておいて、僕は左手を木の上の方に向ける。
「『次元念動』!!」
念動力の光が答案用紙を包み込む。破れないように慎重に力加減を調整して、そっと枝から外す。
「あっ……」
呆けたような声がリーザから漏れるが気にしない。ゆっくり答案用紙を引き寄せて、手元まで持ってくる。
少し汚れてしまっているが、ルリィ先生の『よく出来ました』の花丸マークはちゃんと見えるな。
僕は答案用紙をリーザに差し出す。リーザはびくっと震えたが、恐る恐る答案用紙を受け取る。
「あ、ありがとう…フィアル。あの、その格好って…?」
「答案用紙を取ってあげた代わりに一つ頼みがあるんだけど」
リーザの言葉を遮って僕は話し始める。リーザは目を見開いたままコクコクと頷いた。
「僕のこの格好の事は誰にも言わないでいて欲しいんだ。……頼むよ」
頭を下げた僕をリーザは慌てて止める。
「わわっ…! 分かったわよ、誰にも言わないから! 頭なんて下げなくても誰にも言わないから!」
「ありがとう。『閉じろ、次元の門!』」
僕がスーツを解除すると、目の前のリーザの顔が何だか赤くなってるように見えた。
「大丈夫、リーザ? 顔赤いけど」
「! 何でも無いわよ! とにかくありがと!」
それだけ言うとリーザは走り去っていってしまった。僕は怒らせてしまったのでは無いかと若干の不安を抱えながらサラを振り向く。
「リーザはどうしたんだろうね?」
「分かんないけど……何だかモヤモヤする……」
サラもサラで何かしら不安を感じているようだった。可愛らしい顔は眉を寄せた険しい表情によって何だか迫力がある。
僕は穏やかな風に吹かれる草木に囲まれながら、リーザの背を見送るしか出来なかった。
◆◆◆
リーザはお母さんに答案用紙を見せてよくやったと褒めてもらえた、とエレナ母ちゃん伝手に聞きました。これも僕とサラのおかげとリーザのお母さんがミートパイを沢山作ってご馳走してくれました。パイを持ってきたリーザの顔がやっぱり赤かったのと、それ以来蹴りを入れられる事がめっきり減った事の因果関係はまだ明らかでは無いが、微妙にサラが不機嫌なのと朱美さんからまた『嫌な予感がして』というタイトルでメールが来た事から、何となくリーザは僕が気になっているのでは無いかと考察した。
鈍感系主人公だと思った? 残念! こちとら死線を潜った戦いの連続で勘働きは結構鋭いんです!
……だから朱美さんとリーザの修羅場が発生しないようにこれからどうしようかと悩み中です。せめてサラは参戦してくれるな……。
ハーレム要員三人目、暴力系ツンデレ娘リーザ・ウルズです。…正直言って奇抜なヒロインのネタが尽きました。ですのである意味王道を登場させて見ました。
誰か面白いヒロインの案とか無いでしょうか…? 作者が読者様に聞く事ではありませんでしたね、失礼しました><
こちらの小説は後一話上げてしばらく休止する事になるかと思います。二月中の更新はほぼ無いとお考え下さい。