第36話 遭遇!? 未知の生命体と知られざる真実!!
前回のあらすじ:卒業遠征の目的地コーツランに着いた翔達は、任務の為に街中を西へ東へと歩き回っていた。その最中、街の近くにある湖と繋がっている地下水道にて、不気味な人骨を入手する。猫人族のリンがその骨に呪力を感じ取り、一行は、武神バセムの神殿へと足を向ける。
その二、三日前。湖にはエウロの街から逃げてきた悪党四人+魚人一名が流れ着いていた……。
地下水道で呪力を帯びた骨を拾った僕らは、一路、武神バセムの神殿へ向かった。王都から付いて来られた聖職者の人達もそこに滞在しているし、何より勇も居るから鑑定は問題無いだろう。こっそりメールも送っておいたから、うまく合流してくれる事を願おう。
街と城の中間くらいにある神殿は、小さな砦と言ってもいい程に堅牢な造りをしている。バセムの聖印が掲げられていなければ、誰も神殿とは思わないだろう。
僕らが到着した時には、装飾の無い無骨なつくりの門は開かれており、門の周りを掃除している少年の待祭が一人居るだけだった。
……あれ、勇だ。
勇はわざとらしく、今気付いたとばかりにこちらを振り向いて、大げさに目を開く。
「おや、どちら様ですか? ……おっ、フィアル、サラ、リーザ! もうすぐ夕方なのに、どうしたんだ?」
「知り合いか?」
「故郷の村の幼馴染です。彼も王都のバセム神殿に奉仕するため上京を……」
ロッキー先輩は珍しいこともあるもんだ、と感心していたが、顔を引き締めると前に進み出て勇の質問に答える。
「我々は騎士養成学校の生徒だ。任務中、市内の地下水道で不審な人骨を発見した。我々の仲間によると、呪力を帯びた骨との事なので神官の方に鑑定をお願いしたい」
「なんと! 分かりました。司祭様に取り次ぎを行いますので、こちらにどうぞ」
勇は箒を片付けると、先に立って神殿へと僕らを案内し始める。神殿内は予想外に静かで、行き交う人もまばらだった。
「今は負傷兵の治療や、人心安定の為に街中へ説教に出ているので、人は少ないんです」
察したように勇が説明してくれる。
「そうなのか。では、司祭様もお忙しいのでは?」
「ここに居るのは、万が一の為に待機している方々ばかりです。我が師であられるコンウッド司祭も、今は簡単な書類整理中ですから、手を止めても問題は無いでしょう」
なら大丈夫かな、と胸のつっかえが消えかけたところで、近くの扉が開いて一人の修道女が現れた。彼女はこちらに気付くと勇を引き止める。
「おや……待ちなさいレオン。その方達はどなただ?」
「あ、シスター・ロベルタ。お疲れ様です」
勇が頭を下げる相手を見る。
金髪を短く切っておかっぱみたいにしていて、顔は厳格な印象を受ける凛々しい表情。修道服の下に隠れた体つきはしなやかに鍛えられており、腰にはえらく武骨なベルトを巻いてメイスを下げているのは、さすが武神に仕える修道女だけはある。思わず『お姉さま』と呼びたくなりそうな、男性的な印象すら受ける麗人だった。
「自分達は、騎士養成学校の生徒です。任務中に発見した不審物の鑑定を司祭様にお願いしたく、参りました」
ロッキー先輩が背筋を正して敬礼するのに合わせて、ジョン先輩も敬礼する。それに慌てて僕らも続いた。
ロベルタさんは胸の前で印を切って返礼される。
「申し遅れました。私は修道女ロベルタ、今回の遠征に参加している王都の者です。それより、司祭様というとコンラッド司祭様か? 今先ほど、この街の教区長と会議に行かれたそうだぞ」
「え゛」
勇が固まる。こいつ……師のスケジュールも把握してないのか?
「急ぎ決める案件が出来たそうで、後事は私に託された。お前の先輩がさっき知らせに来たが、お前は何をしていたのだ?」
「えーっと…書類整理の手伝いは先輩に任せて、僕は門の掃除を……」
こいつ、僕のメール見てばっくれる口実を思いついたな……。
油汗を流して言葉に詰まる勇を救うべく、僕は例の骨を差し出した。
「これがその不審物です。仲間の猫人族の子が、呪われた骨だと言ってました」
ロッキー先輩は勝手に骨を出されて少し眉を寄せて何か言おうとしたが、それより前にロベルタさんの血相が変わった。
「これは……!? 一体どこで拾ってきたの?」
「街の地下水道で、水道を流れている所を発見しました」
ロベルタさんは骨を受け取ろうとし、何度か躊躇した後に聖句を唱え始める。
「……偉大なる武神バセムよ、我に力を……『聖護』」
ロベルタさんの全身が淡い光に包まれ、そうして漸く彼女は骨を受け取った。
「ううん……残滓だけとは言え、これほどの瘴気を放つとは……。君、気分は悪くないか?」
「いいえ、特には」
「私はちょっと気持ち悪いニャ……」
リンが耳をペタンと畳んで弱音を吐くと、そう言えば……という具合に他の皆も若干の不調を訴える。あれ、何で僕だけ?
「ゴフッ、ゴフッ……」
すると勇が変な咳を始めた。何事かと視線を向けると、意味深にこちらを見返す勇と目が合った。
ゴフ…? ごふ……ああ、護符か。そう言えば、勇から貰った護符を懐に忍ばせていたな。
僕らの様子を見たロベルタさんは、顔を引き締める。
「瘴気にあてられたのだろう。君達、しばらくこの教会で休んでいきなさい。後で聖水を持ってきて上げよう。それを飲めば気分は良くなるはずだ。レオン、彼らを案内しなさい」
「分かりました、シスター・ロベルタ」
「それから、この骨はこちらで預かる。これが何の骨か判明したら騎士団へも報告するから、それについて上役へ報告してくれ」
「承知しました」
ロッキー先輩の敬礼に頷き一つ返したロベルタさんは、足早に神殿の奥まで去って行った。
彼女の背を見送っていた僕らに、勇が声をかけて来た。
「とりあえず、ゆっくり出来そうな中庭にご案内します。こちらへ」
そうして、また勇の後に付いて中庭へ移動する僕ら。
神殿の中庭は思ったほど武骨でなく、緑一色の草地にまばらに木が生えて、花壇やベンチ、東屋なんかも整備されていた。
「戦士には休息も必要。血生臭い戦場から離れて草木を愛でる時間も必要、か。バセムの教え通りの、見事な庭園だな」
ジョン先輩が薀蓄を語り出した。ロッキー先輩やアンドレイさんは同意するように頷いているが、他の面々は大した関心を持たず、休めそうな東屋を物欲しげに見つめている。
「お褒めに預かり光栄です。さあ、どうぞ体を休めて下さい」
一礼した勇は、顔を上げると僕に目配せをしてくる。
「あー……先輩、ちょっとトイレに……」
「ん? ああ行って来い」
「ではこちらにどうぞ」
ロッキー先輩の許可を貰った僕は、勇に連れられてもう一度神殿に戻った。
向かった先はトイレ……でなく、人の来そうに無い押入れだった。外を警戒していた勇は、扉を閉めて振り返った途端、顔を歪めた。
「お前……とことん変な縁があるよなぁ」
「はい? ……勇、もしかしてあの骨の持ち主が分かったのか?」
勇の言葉から何となく察した僕は、恐る恐る尋ねてみる。
「分からいでか。あの瘴気はガキの頃と乱と出会った頃の二回も目の当たりにしてるからな」
瞬間、僕の脳裏にあの死を覚悟した苦しみがフラッシュバックする。川遊びの時に受けた死に至る呪い、それをかけた相手は……。
「確か……ハセウムだったけ? 二回目の時はボーグダインやデイボーとかいうドワーフに、カーラってダークエルフも一緒だったっけ」
「ああ、コール香辛料専門店の事件の時に逃げられて以来だな。あの野郎には霊を冒涜した責任をきっちり取ってもらわないといけないからな」
いつもは飄々としている勇が、珍しく鋭い表情をして腕を組んでいる。やはりオカルト系ヒーローとして思うところがあったんだろう。
「じゃあ、あの骨からハセウムの居場所が割り出せたりする?」
「できるかも知れないが、分かんね。瘴気もだいぶ薄れてたし、何よりシスター達の目を盗んであの骨に近づけるかが難しそうだ」
と、そこまで言ったところで、勇は何かを思い出したように目を瞬かせた。
「そういえば、翔。お前、シスター・ロベルタの前では変身するなよ……いや姿すら見せるな。ややこしいから」
「変身は元からするつもりないけど……ややこしい?」
言葉の微妙なニュアンスに首を捻っていると、勇は酸っぱい物でも食べたように口をすぼめて、不本意そうに説明する。
「翔は覚えて無いかも知れないだろうが、お前が王都に初めて行った時、道中で死霊術師が、墓場で死霊の盆踊り大会開催してたろ?」
「その物言いの方がややこしいわ。あーあー、あの勇の御札一枚で解決したやつね。死霊術師をぶん殴ったのは僕だけど……」
同時に、そう言えばあの時、どこかの神官さん達が居たような事を思い出す。
「その時同じ場所に居合わせた神官の中に、シスター・ロベルタが居たんだよ。アンデット達を一瞬で浄化したのをお前の仕業と思って、武神の使途だと勘違いしてるらしい」
うわぁ……。
「あれ俺がやったっちゅーーねん!! 俺のお陰だろ常識的に考えて!? てか映像で俺の顔も一緒に見たはずなのに、綺麗さっぱり忘れられてて逆にびびったわ!!」
勇は不本意だ、不条理だと、自分の功績を僕に取られた事を嘆いて悶えている。
僕としては、勇のヒーローの秘密がばれなくて良かったと思いたいところだが、さすがに仲間の活躍を奪ったのは忍びない。
「えっと、うん、ごめん」
「ハァ…ハァ…いいよもう。俺は俺で、教会内で密かにファンクラブあるもんねー。会員人数が未だに一桁なのが解せないけど」
実は、ここ数年の王都での活動の結果、僕らの姿格好と活躍はそこそこ人々の耳目に入っていたりする。最近はあまり活動してないので、そろそろ忘れられ始めてるかも知れない。
「お、良かったじゃん。俺なんか学園では色物扱いされてるぞ。勇は法力とか使える点が神官とか待祭さんに受けたんじゃない?」
「……ちなみに、お前のファンクラブは先日二十名を突破しました。ルナティクスのファンクラブは、去年の段階で千名を超えてた。今はどうなってるのか、怖くて調べてない……」
THE・薮蛇。
「意外と僧侶の人達ってミーハーなのな」
「くっそ何がいけないんだ!? あれか、変身後の姿が派手じゃ無いからか? こうなりゃもう……脱ぐか!?」
「せめて顔は隠せよ。顔だけ隠して他全裸ならもはや変態だけど……」
ふと、僕と勇は顔を見合わせる。
「なあ、変態系ヒーローって……」
「言うな!! 出てきちゃうかも知れないだろっ、ギルドに入りたいとか言われたら滅茶苦茶困る!」
そ、そうだな、と勇は何度も咳払いして嫌な妄想を取り払う。
「とにかく、この街の近くにハセウム、もしくはボーグダイン達も含めた悪党どもが潜伏している、あるいはしていた可能性がある。十分注意しよう」
「エウロの街からこっちに来たのか、こっちに居てエウロの街に行ったのか、判断が難しいな」
とりあえず、乱とデルキウス王子にこの事を報告しておく事を確認し、僕らは中庭に戻ったのだった。
◆
中庭で休み、聖水で入れたお茶をご馳走になった僕らはそのまま宿舎に帰投した。
瘴気の影響が取り払われた皆だったが、精神的な疲れは残っているのか、宿舎に着いた時には安心したように溜息を吐き出していた。
そんな中、先輩らしく背筋を伸ばしていたロッキー先輩から最後のお達しがあった。
「骨の件は俺達で報告しておくから、お前達は戻って休め。ああ、担任教師への報告は忘れるなよ」
日報もちゃんと書くんだぞ、と割とマメな注意をしつつ、ロッキー先輩とジョン先輩は自分達の宿舎へ帰っていった。囲まれて無理矢理勝負をしかけられた事もあったが、根はいい先輩のようだ。
先輩方を見送った後、アンドレイさんが指示を出す。
「日報は、今日は僕が書いて提出する。明日からは持ち回りでお願いするね。皆は夕飯まで休憩で」
了解。と敬礼を返した僕らは、部屋までの道のりを歩む。他のクラスメイト達も今日の任務を終わらせて、三々五々帰投してきているようだ。そんな彼らを眺めながら歩いていると、僕の後ろ、割と近くから鼻を鳴らすような音が何度も聞こえる。
「リン? 何をしているの?」
困惑したようなサラの声に振り返ると、眉を寄せたリンがしきりに僕の臭いを嗅いでいた。
「あの……僕って臭い?」
「へ? ……あ、いや違うニャッ!? なんでフィアルだけあの骨の影響を受けなかったのか不思議で、ちょっと気になっただけニャ」
リンは耳をピーンと立てて早口で捲くし立てる。自分の行動がこっちの常識では奇怪であると漸く思い至ったようだ。
恥ずかしそうな顔は、しかし一転して曇り顔に変わる。
「そういえば、前も妙にフィアル君の事が気になった事あったような……」
エウロの街で、僕の身代わり札がばれそうになった時の記憶が蘇りかけているようだ。催眠状態で誤魔化したとは言え、しっかり思い出されると後がやばい。
ここは、気遣うフリして誤魔化そう。
僕はそっとリンの額に自分の額を当てる。瞬間、リンの顔が沸騰した。
「にゃにゃにゃにゃにゃにぬねの!? じゃなくて、にゃにをするニャ!?」
「リン、ちょっと熱があるんじゃない? 宿舎で早く休んだ方がいいよ。顔も赤いし」
リンはばたばたと手を振り回した後、両手で頬を押さえて、荒い息を吐いている。
「そ、そうかも知れないニャ。気遣いありがとニャ……でもフィアルも女の子に対して、もうちょっと配慮して欲しいニャ」
「ああ、ゴメン。リンが心配だったせいで、つい失礼な事しちゃったね。許して」
手を合わせて頭を下げておく。リンは小声でぶつぶつ言いながらも、特に嫌そうな顔はせずに許してくれた。
「……へっへっへ、サラの兄さん、どうしやす? フィアルが妙にリンに馴れ馴れしいっすけど」
「大丈夫……後でお仕置きしておくから……」
小悪党のような台詞をサラに投げかけていたニコルは、冷え切った笑顔を返され、ニヤついた顔を凍らせて二歩下がる。
「サラ、あたしも混ぜなさい。こいつが女の敵にならないよう教育する必要があるわ」
リーザも参加決定のようです。本当にありがとうございました。……助けて。
と思ったら、右手の甲に反応あり。部屋に急いで帰るふりしてそっと確認すると、勇からのメールだった。
『ジョルジュ先輩からの集合連絡。今夜、また指示があるらしい。ついでに今日の事件についても軽く説明しておいたが、それも詳しく聞きたいって』
メールは乱にも送られていた。きっと今頃、死霊術師の骨の件について説明がなされているだろう。
「どうしたの?」
「うん、なんだか今夜も眠れなさそうな気がしただけさ」
こっそり聞いてくるサラに、ぼかして今夜のお達しを伝える。サラは察してくれたのか、気の毒そうに目を細める。
さて、今夜はどんな無茶振りをされるのやら……。
◆◆
じめじめした暗い洞窟の中を、か細い魔法の光一つを頼りに四つの足音が進んでいた。その後ろをふらふらと揺れる、何やらごちゃごちゃした影が追従している。
「うう、ちょっと冷えるわね。適当なところで火を焚かないと」
光を掲げ、先頭を歩く魚人の後ろでカーラはしきりに二の腕を撫でながらこぼす。
「わしは腹が減ってきたわい。早いところ食糧も確保せんとまずいぞ」
その後ろで、デイボーは腹を撫でながら不安そうに洞窟の奥と出入り口を交互に見ている。彼らは小川に沿って森に入り、川上を目指し続けた結果、小川の流れ出す洞窟内に足を踏み入れていた。魚人に先導され、小川を横目に洞窟の奥へ奥へと入り込んでいる。
デイボーの言葉に反応したのか、先頭の魚人は身振り手振りで何かを伝えようとする。
「川魚で良ければすぐ取ってくるって。良かったわね、デイボー」
「……食える魚なんじゃろうな? 腕とか足が生えてたらわしゃいらんぞ」
またまた冗談を、という感じに魚人は馴れ馴れしく手を振る。市井のおばちゃんがするような仕草であったが、虚ろな魚眼でされてはどうにも不信感しか芽生えない。
「ところで、どこまで行くブヒ? 小川の源まで行くって言ってたけど、もう結構入って来たブヒよ?」
ボーグダインもやや警戒した様子で一度出口を振り返る。出口から見えていた木々の姿は、暗さも相まって判別できない。
「そうね……。ちょっとあんた、あたし達をどこまで連れて行く気?」
ここに来てカーラも違和感を覚えて立ち止まる。一行の動きが止まったことを受けて、魚人も立ち止まる。振り返った魚人は明りに照らされたまま微動だにしない。もし暗がりでいきなり遭遇したら、恐怖に叫びそうになる立ち姿のまま、じっとカーラ達を見つめる。
「ど、どうしたのかね、君。……そう言えば、名前も聞いてなかったな」
ハセウムは不揃いの体を揺らめかせて、今更な事を思い出す。
「そう、よく考えれば……逃げ出す事で頭が一杯だったけど、あんた何者よ?」
「今更過ぎる話じゃな。人間にも見えんが、魔獣や魔物の類にも見えん」
「こんな種族、俺様も見た事ないブヒ」
「魔法生物の一種ではないのかね? 微弱ではあるが魔力は感じる」
寄り集まってひそひそと会話し続ける四人を、魚人はじっと見ている。一切の動きが無い事に四人が一層の不信感を募らせていると……。
パシャ……パシャ……
水音が洞窟内に木霊する。それは横を流れる川からではあるが、洞窟の奥の方から聞こえて来ていた。あえて言うなら、川を泳ぐような音だ。
「ブヒッ!?」
ボーグダインが困惑と驚きに鼻を鳴らす。他の三人は絶句していた。
実は水音に紛れて、ひたひたと洞窟を素足で駆ける音も聞こえて来ていた。それも一つや二つでなく、多数。
それらはいきなり光の下に姿を現した。暗視と夜目が利く者達はより早く察知していたが、それでもしばらく忘我に至る程驚いていた。
何せ、洞窟の幅一杯の魚人の集団が現れたのだ。しかも、奥にまだまだ居る気配がある。
「こいつ……自分の巣に俺様達を連れ込んだブヒね!?」
ボーグダインが剣を抜くのに合わせて、他の三人も臨戦態勢を取る。それに対して魚人の群れがした行動は……
膝を折り、両手を地に着け、頭を垂れる。
ここに『土下座』が完成した。
「「「「……ん……?」」」」
俎上の鯉では無いが、敵対する意志をまるで見せない彼らに、四人の警戒心が一段下がった。
「何じゃこいつら? まさかさっきの小魚云々はこいつら……じゃないわな」
案内をしてくれた魚人が顔を上げてぶんぶん手を振ったことで、デイボーはほぼ信じてなかった自分の考えを完全廃棄する。
「えーと……つまり、あんたは歓迎のつもりで自分達の巣に案内した、ってこと?」
こくこくと上下に頭を振る魚人。
「何の為に私達を連れて来たのかね?」
魚人は立ち上がると、ついっと奥の方へ両手を向ける。
「……どうする、付いて行く?」
カーラの最終確認に、四人はそれぞれ顔を見合わせ、一つ頷いた。
「「「とりあえず、ご飯よろしく」」」
グ~~……
「あ、良ければお仲間の誰かに、私の骨を探してもらえないかね?」
食欲と労働力確保の為、悪党四人は珍しく大人しいまま魚人の招きに応じたのだった。
◆◆◆
洞窟の奥深くへ進んだ先には深い泉があり、魚人達は次々とその中へ飛び込んで沈んでいく。
「ちょっと待て! また水の中に入れと!?」
デイボーが嫌気を前面に押し出してがなり立てていると、水中から奇妙な、それでいて大きな泡が浮かんできた。
それは虹色に光を反射する、人一人が入れそうなガラスの球体のようだった。しかしプルプルと震えていることから、固さは然程でも無いと分かる。
「これに入れって。水魔法の一種みたいだけど……これ多分、世には出回ってない類の魔法よ」
「興味深いな……魚人であるから水魔法に長けているのは分かるが、やはり彼らの正体が気になる」
カーラとハセウムのお墨付きがあり、渋々デイボーも抗議の声を収める。
彼らは後から湧き出る球体に一人ずつ入り、計四つの泡はゆっくりと水中に入っていった。
不思議な事に、泡の中ではちょうど真ん中あたりで体が浮遊するようになっていた。
「おおい……本当に大丈夫じゃろうな……?」
『心配するなデイボー。十分な魔力の波動を感じる……ほう、離れていても互いの声が伝わるのか。ますます興味深い』
不安そうなデイボーに、くぐもってはいるがハセウムの返事が聞こえてきた。それに少し安心したデイボーだったが、どんどん深くまで降りていく球体にまた不安が鎌首をもたげてくる。
「……うう~~……せめて木人君がここに居れば……」
『途中でつっかえると思うブヒ』
ボーグダインは自分を超える体格の木人君シリーズを思い出し、周りの地形から通り抜けるのは結構大変かも知れないと推測する。
と、そんな事を考えていたら、狭いトンネルからいきなり大きな空間に飛び出ていた。
『あれを見なさい! 下!!』
カーラの声にデイボー達が下を見ると、広大な空間に大小無数の泡と、その内部から発せられる光が目に飛び込んできた。
泡は透明なものもあれば、白く濁っているものもあるが、いずれも何らかの光を放っている。
透明な泡の中では、魚人達が魚を捌いたり海草か水草らしきものを加工したりしている姿や、魔法道具らしき怪しい器具で実験のような事をしている姿が見て取れた。
『これは……文明を持った未知の知性体だと!? 世紀の大発見だぞこれは!!』
ハセウムが興奮したように叫んでいるが、デイボーやボーグダインは想像を超える事態の連続に精神を磨り減らしたような、げんなりした顔をしていた。
泡は魚人の群れに続いて、一際大きな泡へと向かっていく。そして泡同士が接触すると、軽く弾き出されるように大きな泡の中に入っていた。
四人は物珍しそうに周りを見回していると、彼らの前で魚人達が二列に整列して跪いた。
また緊張する四人が列の先端へ目を向けると、一回り大きな魚人が立っていた。
しかしその姿は、他の魚人と若干異なる。他の魚人の魚の部分が流線型のスマートな魚の形をしているのに比べ、その魚人は、丸かった。しかも頭から何か光る物体を生やしていた。
敢えて誤解を恐れず書くと、河豚に提灯アンコウの触覚を付けた様な造形だった。
それにスマートな手足が生えているのを想像すれば、大体正しい。
「族長……かのう?」
「まあ、地位が高そうなのは分かるな」
小声で囁くデイボーに、ハセウムも囁き返す。
と、河豚魚人が近付いてくるのに合わせて、四人の周囲の魚人が慌しく動き出す。
魚人達は四人の前に柔らかそうな水草の座布団を敷き、その前に御膳台を置いて水の入ったコップや魚料理が載った皿を載せていく。食器は、ハセウム達が見た事の無い器具だった。
「何これブヒ?」
「匙……の先端が割れて鋭くなってるけど」
先割れスプーンだった。
「この魚の煮物……温かいんだが、何かプルプルするゼリーみたいなものに包まれてるぞ」
「匂いはまあまあいいんじゃが……微妙に食欲が湧かん」
初めて見る料理と持て成しに戸惑いを隠せない四人。食欲よりも警戒心が先に立ってしまっているが、それでも空腹に目を奪われて料理を観察せざるを得ない。
はっと気付けば、目の前数歩の所で河豚魚人が座布団に座っていた。
じっと魚特有のどこか虚ろな目で立ちつくす四人を眺めていたが、すっと手を上げると、どうぞと言わんばかりに並べられた座布団へと手を向ける。
「……取りあえず、座るか?」
「まあ疲れてるしな、ブヒ」
恐る恐る四人は座布団に座る。ちょっと湿っているが、まあ座り心地は悪くない。
座ったはいいがそれから先の行動を躊躇していると、ボーグダインが先割れスプーンと皿を手に取って料理を食べ始めた。
「ちょっとボーグダイン!?」
「オーク族の俺様の腹は、ちょっとくらい痛んでるものでも平気ブヒ。毒への耐性も高いから大丈夫……予想以上に、普通に美味いブヒ……」
ボーグダインは味覚の感性が魚人と似ていた事がショックなのか、愕然と皿に目を落としている。
その様子から毒見は済んだと判断したカーラとデイボーも食べ始める。二人もボーグダインと同じく、ちょっとショックを受けていた。
「変わった調理方法だなぁ。このゼリー状の物質はなんだろうか? ……と、そう言えば目的を聞きに来たんだったな」
私の分は下げていい、とハセウムは御膳台を近くの魚人に渡しつつ、正面の河豚魚人に顔を向ける。
河豚魚人は、話を聞いてくれる態勢が整ったと判断したのか、身振り手振り、それに触覚の光まで点滅させて語りかけてくる。
<ああ、大地の民の方々よ。我らの言葉をお聞き下さるか>
ぶふうっ!
「普通に喋れるのか……いや、この感覚はテレパシーか?」
河豚魚人がいきなり人語を喋り出したと思った食事中の三名は噴き出し、ハセウムは一人冷静に納得している。
<そうです。私達は発声が困難な為、このような形での会話をお許し下さい。完全な意思疎通が出来るテレパシー能力者は私を含めても少なく、道中は不完全な対応を失礼しました>
「いやいや、そこまで遜らなくて構いませんぞ。そちらのお仲間にも世話になった事ですし……」
「なに和やかに会話してるのよ!?」
カーラの怒声にハセウムはビクリと震える。
「か、カーラ? 食事中に大声は上品とは言えないぞ?」
「そう言う問題じゃ……ああもういいわ、あんたが事情聞いてなさい。お代わり」
カーラは文句の二つ三つを吐き出したそうだったが、色々と面倒になったのかどっかりと座布団に座り直して、空になった皿を魚人に渡す。
ハセウムはちらっちらっとカーラの様子を伺いつつ、河豚魚人に向き直る。
「で、私達をここまで呼んだ理由は?」
<はい、お怒りもご尤もでしょうが……私達はこの地に現れた危機をどうにかして排除したいのです>
穏やかでない単語の出現に、四人はわずかに動きを止めて身構える。
ハセウムはゆっくりと片手で顎を撫でながら、骸骨の眼窩に宿る暗い光を揺らめかせる。まるで目を細めるように、値踏みするように。
「危機、とは? 申し訳ないが、我らは慈善事業家ではない。むしろ、そういう輩と敵対している者なので、人助けを乞われても応えられないぞ?」
<これは我ら水底の民だけの問題では無く、大地に住まう方々にも関わる問題なのです。そう、あなた方が『蛮族』と呼んでいる存在の事です>
先割れスプーンで煮魚を突いていた三名の手が止まった。
<『蛮族』……あれは通常の生命体ではありません。私達と同じ、魔法生物です>
「ああ、やはり君達も魔法生物だったか。一体なにがあってこんな文明を築けたのか是非とも聞きたいな」
ハセウムが前のめりになって聞いてくるのを、河豚魚人は手を挙げて制す。
<お待ちを。まずは『蛮族』について説明させて下さい>
「……聞こうじゃないか……」
ハセウムが座り直したのを見て、ほっとした様子で河豚魚人は話を戻す。
<この水中都市の上に、人間族の造った街があるのはご存知ですかな? その街の北にある荒野の更に先に、深い密林があります。蛮族の発生源は、その密林の中にある、とある遺跡です>
「遺跡? 誰が作ったものだ? ……まさか、この大陸の先住民か?」
「キルディス王国の王都にある『理の塔』とか、テトラにある『霊魂の塔』とか、大陸に人の手が入る前から存在する遺跡は聞いた事あるけど、その類?」
河豚魚人は驚いたようにぎょろぎょろっと目玉を動かし、しきりに体を前後させて口の下あたりをぷくーっと膨らせる。
<おお、皆様は大変博識であられる。これならば話が早くなりそうだ>
「それ、感心している動作なのだな……。爆発でもするのかと思ったぞ」
若干腰を浮かせていた四人は、異種間コミュニケーションの難しさを感じながら座り直した。
◆◆◆◆
その後、河豚魚人と会話し、時に脱線しかけながらもハセウム達は蛮族の驚くべき秘密を知った。
コーツランの北にある密林内には、『生命』のマナが湧き出る遺跡が存在する。それは各国の垂涎の的である『無限の魔力源』の一種だ。ただ湧き出ている時点で既に『生命』のマナに変換されているので、書き換えは出来ない。それでも、一種類増えるだけで飛躍的に国力の増強に繋がる事には変わりない。
その『生命』のマナだが、現在、遺跡はある人物によって占拠され、マナも独占された状態であるそうだ。
そして、その人物は『生命』のマナを『蛮族』の生成に使い、キルディス王国を侵略しようとしていた。
<件の人物はマナの操作に慣れていないようで、強力な生命体の生成には失敗し続けているようです。むしろ、蛮族を思い通りに動かす事に重点を置き、こちらは一定の成果を上げています>
「えらく詳しいな。もしや、その人物と協力関係にあったとか?」
ハセウムが指摘すると、河豚魚人はぷくーっと膨れてブルブル震え始める。
<何を仰いますか! あやつは我らの同胞を襲撃し、虐殺した憎き敵です! 我らもまた被害者なのです!!>
「あ、すいません、すいません。軽率なこと言いました、ごめんなさい……」
河豚魚人の剣幕に、余裕を保てなくなったハセウムは思いっきり腰を低くして謝罪する。
そこに、腹も満ちて食後の一服(やたら美味しい水)をしていたカーラが割り込む。
「で、私達に何をしろと? さっきハセウムが言ったように、私達は只じゃ動かないわよ?」
<……遺跡を占拠している人物は、どうやら大地の民も我ら水底の民も、等しく排除の対象らしいのです。私達は荒事は不得手であり、強き大地の民と協力したい。しかし繋がりを持つのは困難でした>
そらそうだ。と漸く見慣れてきた魚人の群れを見回す四人。街から逃げ出す直前の状況以外で出会っていたら、間違いなく攻撃を仕掛けていただろう。
<この際、あなた方が大地の民の中で良かろうが悪かろうが関係無いのです。私達は、遺跡の情報と引き換えに、遺跡の奪還と我らの安堵を願います。要は、同盟関係の構築です>
ぎらり、とハセウムとカーラの瞳が輝く。億千万を超える財貨の可能性を嗅ぎ取った、強欲の獣が宿っているようだった。
「つまり……遺跡の不法占拠者を排除すれば、遺跡、すなわち『生命』のマナは私達のもの?」
カーラが確認すると、河豚魚人はこくりと頭を縦に振った。
「ふ、ふふふふ、うふふふふふふ……」
「はは、はははははは……!!」
不気味に、狂気を宿して笑い出す二人を、置いていかれたデイボーとボーグダインが不安そうに眺めている。
「おい、ハセウムどん。話がよく分からんのじゃが、説明してくれんか?」
「おお、同志デイボー! 私達にもついに運が向いてきたぞ!!」
「だからその内容を詳しく説明するブヒ」
「お馬鹿さん、あなた二人って本当にお馬鹿さんね! いいわ、気分がいいから私が説明してあげる」
カーラは立ち上がると、髪を後ろに流して胸を張ってボーグダイン達を見下ろす。
「いい? 元々『無限のマナ』ってのは、魔法を使う上で必要な要素、魔力そのものよ。それさえあれば魔法使い放題。魔法を使う国家なら、戦争起こしてでも欲しい物なの!」
カーラの声は徐々に上擦り、興奮のあまり高音が混じり始める。彼女は天井を見上げ、まるでその先に輝かしい未来があるかのように目を見開いている。
「勿論、お金で買えるなら国家予算まるごと持って来てもいいくらいの代物! うまく売り捌く方法を考えないと、武力で制圧されて踏み倒されるかも知れないけど……今回は別! 何しろ、最弱だけど無限の軍隊を召喚できるんだもの!!」
あ、とデイボーとボーグダインは得心入ったように大きく口を開く。その横では、ハセウムがくっくっくと痙攣するように笑っていた。
「しかも、相手に戦死者が出れば私の死霊術でこちらの駒にもできる。死者の軍勢と蛮族の軍勢が合わされば、その遺跡を中心に国家を築く事すら出来るかも知れん!」
「そうなれば、私は女王様!!」
「既に鞭を持ってるから、今と変わらないブヒよ?」
ピシーーィッ! ブヒーーーッ!?
「と言うか……お前さんがトップになるつもりなんじゃな……」
鞭でしばかれ、ビクンビクン震えているボーグダインから距離を取りつつ、デイボーはこっそりカーラにつっこんだ。
「と、ともかく……蛮族の本拠地に潜り込んで親玉を暗殺しなければいけないリスクはあるけど、十分以上の見返りがある仕事なの!」
鞭と一緒に乱れた息を収めつつ、カーラはそう締めくくった。
そうして、カーラ、ハセウム、デイボーの三名は彼らを見守る河豚魚人へと顔を向けた。ボーグダインは打ち上げられた魚のようにびくびくしていたので省く。
河豚魚人は、やはり何を考えているか分かり難い、虚ろな魚の目で彼らを見返す。
<受けて頂けますか?>
悪党四人組がどんな選択をしたか、それはまた別の機会に知る事になるだろう。
遅くなった上、主人公の話が半分しか無いという、ストーリー構成がまるでなっていない話でした。本当に申し訳ない。
次回は、主人公達が戦いで活躍する場面を入れて、話をどんどん進めたいと考えてます。それもまた一月以上後でしょうが……。お読み下さり、ありがとうございました。




