第35話 奔走! 西へ東へ任務の日常!!
前回のあらすじ:蛮族の侵攻を受ける最前線の街コーツランへ辿り着いた主人公含む遠征隊。道中、王国の第二王子デルキウス(偽名:ジョルジュ)というスポンサーを得る事にも成功した彼らの前途は明るい。しかし、スポンサーは割りと血も涙も無く、街に着いたその日の内にフィアルこと翔へ、夜襲に来る蛮族討伐をたった一人で行えと命じられる。それでもヒーローの魂はへこたれない。翔は愛機『レッドプラズマ』を駆って蛮族の集団へ突撃する。その頃、コーツランの城塞では、サラが懐かしき恩人と再会していた。……が、今回は出ません。
煙の中を歩く。
粥のように濃密な白で埋め尽くされた視界。その中に僅かな揺らぎを捉えては腕を振るう。
突き出された棍棒を受け止め横に流すと、棍棒を持っていた蛮族は、タイミングをずらして襲ってきた別の蛮族に衝突して大地に転がる。
素早く二回足を振るい、蹴り上げた蛮族を煙の向こうに吹き飛ばす。赤外線モードのヘルメットは、煙の奥で計四体の蛮族が煙に変わった瞬間を映し出していた。
掴みかかって来る蛮族をいなして地に叩きつけ、飛んで来る矢は掴み取って投げ返す。
散発的な攻撃は体に染み付いた戦いの記憶が勝手に処理してくれる。
だがそんな奴らばかりじゃない。
『警告! 多数の敵性反応が接近中』
十人を越える集団が一塊になって突撃してくるのを、センサーが感知し警告する。僕は右手を挙げてその報告を向く。
「……『ディメンジョン・テレキネシス』…チャージ」
『チャージ開始。……10%……20%……」
右手全体から仄かな光が包み、その輝きはどんどん強くなっていく。そして目の前の煙に揺らぎを感じた瞬間……
「シュート!」
ドオンッ!!
大砲のような音と共に空間の歪みが迸る。数で圧しようとして蛮族達は、それを遥かに超える暴力的な圧力によって雲散霧消した。
これでほぼ片付いた。残りは……と首を巡らせるていると、空を切る気配を微かに感じ、身を捻って後ろへ左拳を振るう。
棍棒とは違う金属の煌きが横を通り過ぎ、僕はその剣を持った腕を強かに叩く。剣が落ちていくのを、眠たげな蝶の飛行のようにゆっくりと感じながら、左手を引きつつ反動のついた右手を突き出す。
拳は蛮族大将の頭を打ち、破壊の感触を僕に伝える。
最早、結果は見るまでもないと振り返る。
後ろから蛮族大将の体が倒れ込む音が聞こえ、煙へと変わる小さな破裂音が響き渡った。
今夜は風も無く、辺りに立ち込める白煙はしばしその場に留まって視界を覆う。しかし、眼前を埋め尽くしていた煙は引き潮よりも潔く、素早く消え去っていった。
あとには、赤いヒーロースーツに身を包んだ僕だけが、月光に照らされながら平野に立っていた。
「……うん、勘はそこまで鈍っていなかったな。やっぱり日頃から鍛錬はしておくものだね」
僕は身を捻ったり首を回したりして、体のコリをほぐす。
蛮族数十体に、蛮族大将まで残さず倒したが、疲労も余り感じてない。夕飯後ではあるが、まさしく朝飯前というやつだ。
『翔君、お疲れ様。やっぱり戦う翔君はカッコイイね!』
愛機『レッドプラズマ』のAIである朱美さんから賞賛をもらい、どうにもむず痒い気分で頭を掻く。
あっさりと蛮族達は倒せたが、これは昔戦った怪人達に比べて、蛮族達が弱かっただけに過ぎない。
「兜の緒は、締め直しておかないとな……」
そう自分を戒めておく。未だ体は成長途中で、全盛期とは比べ物にならない状態だと忘れないようにする。
『大丈夫だよ、翔君。私がしっかりサポートするから』
「その割には、テンション上げ過ぎて速度調整ミスってたよね?」
『……テヘッ☆』
朱美さんは可愛らしい音声を上げて、本体を揺する。その心意気だけは、苦笑しながら受け取っておこう。
「とりあえず今夜の夜襲部隊らしき蛮族の集団は……丸ごと倒しちゃったけど、これからどうしようかなぁ」
『帰って休めばいいんじゃない? 翔君も疲れたでしょう?』
まあ、大掃除の疲れが残っていないと言えば嘘になるが、僕の頭には一つの懸念が浮かんでいた。
「蛮族、一体位残してセンサーを付けておけばよかった」
変人忍者の義影は、蛮族大将さえ倒せば残りの蛮族は撤退すると言っていた。
ならば、その撤退する蛮族を追跡すれば敵の本拠地が分かったのではないか? もしかすると、そこまで考えてデルキウス王子は僕を派遣したのかも知れない。
「……やばい。本採用の前に『気が効かない』とか『考え無し』の烙印押されたら、ヒーローギルドのリーダーとしての面目丸潰れじゃん」
『そこまで考えてはいないんじゃない? 心配し過ぎよ』
朱美さんはそう慰めてくれるが、義影の言葉が頭の中で何度も繰り返し再生される。
策略や謀略を張り巡らせる『ヤマト総合商社』の金市と、その部下である義影がそんな単純な話だけ持ってくるだろうか? デルキウス王子も未だ今回の遠征計画の全容は教えてくれていないのだ。
つまり、これは自分で考えて行動する事を鍛えさせるための、王子からの試練では無かろうか? お馬鹿な駒の脳みそを推し量っているんじゃ無いか?
「……いや、やっぱり何とかして蛮族の本拠地を突き止めよう! 朱美さん、ここら辺をぐるっと偵察してから帰るよ!!」
『翔君がそれでいいならいいけど……無理はしないで?』
ちょっとだけだからね、と念を押されつつ僕はレッドプラズマに跨る。
「蛮族の足跡を逆に辿ってみよう。もしかしたら他の蛮族が見つかるかも知れない。その時はそいつらにセンサー仕込んで帰ろう」
僕のプランに納得したのか、朱美さんはレッドプラズマのセンサー類を一斉に起動し始める。
『分かったわ。進路は任せて』
「よし、レッドプラズマ……発進!」
そして夜の平野を、一筋の赤い流星が駆け抜けるのだった。
◆
足跡を辿って北上して行った僕らだったが、途中で追跡を断念せざるを得なかった。
「これって……」
『うん……』
僕と朱美さんは、とある開けた平地の地面を見つめて言葉を失っていた。
足跡を見失ったのではない。無数の足跡に埋め尽くされた地面に、戦慄していたのだった。
東西南北あらゆる方向に進んだり戻ったりしている数え切れないほどの足跡。広範囲に広がり、それこそ平地全体に大波のような蛮族の群れが想像できそうな、恐ろしいほどの数だ。
「これは流石に……一人で飛び込むのは得策じゃないな」
『可能な限り調べているけど、万単位で移動した痕跡があるね。これが総数、ならいいけど』
それは希望的予測に過ぎる、と僕の勘は告げていた。
あれだけ弱かった蛮族の集団。千人以上の蛮族も、城壁と精兵が居れば軽く殲滅出来るほどの弱兵だ。
それが、一地方領主とは言え、武で鳴らす国家の兵隊を防戦一方にする程にはどれ程の数が必要か?
そして現実的に、コーツ子爵領は長年に渡って攻められ続けているのだ。
「万の単位で、済めばいいなぁ……」
スーツの中で冷や汗を流す。平地の向こうに見える丘の先に、大海のように蛮族が蠢いている恐ろしい想像をしてしまって。海と戦ったことは無いんだよ、さすがに。
「もし蛮族に見つかって下手に刺激しようもんなら、どえらい数の蛮族を連れて帰る事に成りかねないなぁ」
『レッドプラズマなら振り切れると思うけど?』
「タイヤの跡を追われたら一発でばれそうだからなぁ。やっぱり追跡はここまでにしておこう。一応、ここの写真は撮っておいて」
OK、と軽い返事をしながら朱美さんは何枚も地面の写真をカメラに収めていく。ついでに大体の位置情報も記録すると、僕はレッドプラズマの機首を返した。
「……覚えてろよ、今度は仲間連れて来てやるからな!」
『翔君……その遠吠えはちょっと格好悪い』
あれだけ大見得切って(自分の中では)偵察に来たものの、あっという間に手の平を返した自分の情けなさに、心の中の負け犬が悲しい叫びを上げていた。
◆◆
さて、負け犬よろしく逃げ帰って隠し通路から街の中に戻ったはいいものの、これからどうやって先輩に報告に行こう? 普通に高等学校用の宿舎に居るんだろうか?
まあこんな時は仲間に頼りましょう。
僕は勇を電話で呼び出しする。一回着信拒否されたが、数分待っていると向こうから掛け直してきた。
「なんだよ、翔? 用件なら手短に頼むぞ、傷病兵の看護で滅茶苦茶忙しいんだ」
「悪い。王子様の居場所を教えてくれ。確か、式神に追跡させていただろ?」
王子様との連絡役は、今のところ勇の式神を介して行っていた。通信機とか渡してもすぐには理解出来ないだろうし、何より説明し辛い。勇の式神ならまだ使い魔みたいなものだと言い訳できる気がしたのだ。
勇は目を閉じて何事か念じ始める。すると、一羽の鳩がどこからともなく僕の肩に降り立った。
「そいつに付いて行けばいい。……あーやっぱり連絡方法は早めにどうにかすべきだな」
「二度手間は避けたいねぇ。勇と一緒に行動できればいいんだけど……」
「所属が違うから、今は厳しいな。ま、お仕事ご苦労さん、リーダー」
じゃあな、と言い残して勇は通信を切る。こっちも大変だったが、向こうも向こうで忙しそうだ。労いの言葉くらい返すべきだったかな。
そう思いに耽っていると、僕の肩から鳩が飛び立ったので、僕は慌てて後を追った。
鳩はあっちこっちと人気の無い場所を選んで城の奥へと進んでいく。その過程で、高い壁を乗り越えたり、狭い路地や屋根を伝ったりとかなりアクロバティックな動きを要求され、ヒーロースーツのありがたみを再確認した。
若干へばりながらも、巡回の兵士をやり過ごしてとある通路の窓際に辿り着く。そっと中を窺えば、人気の無い通路を、サラを伴って歩くデルキウス王子……もといジョルジュ先輩を見つけた。
周囲を確認して、彼ら以外は誰もいないと判断して窓を開ける。
「むっ」
一瞬身構える先輩とサラだったが、窓から僕が顔を覗かせると、サラは嬉しそうに顔を綻ばせ、先輩は珍妙なものを見る顔つきに変わる。
「フィアル! おかえりなさい」
「お前……よくここまで侵入できたな。意外と警備の穴が多いのか?」
「散々飛んだり跳ねたりして、やっとここまで辿り着いたんですよ。ご命令について報告しても?」
「ここではまずい。……仕方無い、付いて来い」
そう言うが早いか、先輩は足を早めて歩き出す。僕は急いで窓から中に飛び入り、ちゃんと窓を閉めてから追従する。
自然とサラが僕の隣に並んできた。
「大丈夫だった? 怪我は無い?」
「問題ないよ。今は静かにね」
ちらっとこちらを振り返る先輩の視線に気付いて、僕はサラの口を指で塞ぐ。何故か相好を緩ませながらしきりに頷くサラを促し、僕らは人気の無い通路を進む。
時折、通路の奥や曲がり角の先から人の気配を感じる時もあるが、その時は先輩の指示に従って身を隠してやり過ごす。
そうして誰とも出会うこと無く、城の隅にある古びた倉庫までやってきた。
倉庫の中は古びた道具が溢れており、その奥、城壁と接するであろう場所にまた扉があった。
倉庫に入って扉を閉めると、先輩は肩の力を抜いて息を吐き出した。
「ここまで来ればいいだろう。城を出る前に報告を聞いておこうか」
「はい。おそらく夜襲部隊と思われる蛮族の集団、約二百を壊滅させました」
きょとんと目を瞬かせる先輩。
「壊滅?」
「はい、つい勢い余って全部倒しました」
先輩の眉間に皺が寄り、疑いの眼差しが僕の顔に突き刺さる。
「大将格を倒して撤退させた事を、誇大に報告してないよな?」
「一応、取り逃しはいないはずです」
残らず襲い掛かってきたし。
それでも疑いの半眼は消えないのを見かねてか、サラが声を上げた。
「あの、フィアルは過去に何度も、一人で多数の敵と戦って勝っています。信じて下さい」
おお親友。君の必死のフォローに、僕の涙腺は間欠泉に繋がったかのように熱い水が溢れて来そうだよ。
「……確かに、過去の噂でも多人数を一人で制圧をした話は聞くな。よかろう、続けろ」
完全では無いが納得は頂けたようなので、話を再開する。
「その後、足跡を辿って蛮族の拠点を探ろうとしましたが、圧倒的多数の蛮族の痕跡を見つけ、万が一、敵を刺激した場合を考え、撤退しました」
先輩の顔が引き締まり、サラの驚いた顔がこちらを向く。親友にかっこ悪いところを見せちゃったな。
「ほほ~う。フィアル坊ちゃんが尻尾巻いて逃げ帰るなんて、よっぽど多かったんスね」
「なんか変な気配を感じてたけど、そこに居たのか玄衛門さん」
いつの間にか、倉庫に置いてあった樽が手足を生やしていた。
樽の迷彩を解除した玄衛門さんは、手で額の辺りをカツーンと叩く。
「おおっと! さすがフィアル坊ちゃん。アッシの変装なんてお見通しでやんス……ね」
そこで急に動きを止める玄衛門さん。
「あの、殿下。アッシが悪かったでやんスから、剣は、剣は抜かないで欲しいでやんス」
首を巡らせれば、今まさに白刃を翻そうとしていた先輩の立ち姿が目に入る。寛大な先輩は舌打ち一つで怒りを収めて下さった。
「次からは、静かにしているか、もっと分かり易く現れろ」
「肝に命じやス」
とりあえず脱線した話を元のレールに戻す。
「えーと、見つけたのは蛮族の足跡だけでしたが、軽く見積もって万単位の軍勢が移動した痕がありました」
「万、か。大規模な蛮族の襲撃時と同じ位の数だな。先月もあったそうだが」
「足跡自体は、そこそこ真新しいものでした。……先輩」
僕は含みのある言い方をする先輩を見上げる。そこそこ眼力を込めていたおかげか、先輩は僕の考えを察してくれたようだ。
「質問を許可する。何なりと言え」
「この街は度重なる襲撃を受けているそうですが、討って出た事は無いんですか?」
武を重んじるお国柄で、ひたすら壁に籠もって守り続けるのも少々おかしな話だ。敵の拠点を探し、攻勢に出る事を誰も考えないとは思えない。
そこら辺の事情を知りたかった僕に、先輩は声をひそめて教えてくれた。
「無論あった。しかし、これから話す内容はみだりに触れ回るなよ」
そう口止めされて開かされた内容は、背筋が寒くなるような代物だった。
コーツ子爵領が出来た当初、この辺りは魔獣などが多数生息する危険地帯だった。それらに対応するために今の防壁を築き、徐々に魔獣達の数を減らして、開拓可能な土地を確保しようとしていた。
そして数年前に防壁の北側を開拓しようと進出したところ、蛮族が現れた。彼らは初めは散発的にしか現れず、排除も容易だった為に開拓は続けられた。
しかし、ある日を境に蛮族の数は激増し、ある程度、組織だった攻撃をし始めた。
開拓団は全滅。激怒した子爵は軍を率いて北方に打って出た。
それを待ち受けていたのは、平地から丘までを埋め尽くす蛮族の群れだった。子爵の軍は奮戦するも蛮族の数は一向に減らず、ついに退却し始めた軍勢を蛮族はさらに追撃した。
軍は城壁内に逃げ込む事に成功したが、その後一昼夜に渡って蛮族の攻撃が街を襲った。弓矢や魔法であっさりと倒され、積み重なることなく消え去る蛮族の死体。だけど城壁上に居た兵士は恐怖に震えていた。
地平線の果てまで続く蛮族の軍勢を見てしまったから。
「……城壁の外へ出る勇気を保てた兵士は居なかった。攻勢に出ないのは、何も兵力や資金、物資の欠乏だけじゃない。士気をへし折られたんだ」
丁度、僕が逃げ帰った時と同じ心境に皆が成ってしまったのか。
「当然、怖気づいたから攻め込めないなどと噂になれば、子爵と兵の名声は地に堕ちるだろう。子爵領に資金が無いというのは、方便の一つでもある」
「大規模な襲撃が、最低でも月に一回。そして小規模な夜襲がほぼ毎日。それでも尽きない蛮族とは一体……?」
「それを確かめ止めるのが、今回の遠征の目的だ。表のな」
裏については……まあ今は詳しく追及するのは止めとこう。
「とにかくご苦労だった。大規模襲撃の予兆を察知できただけでも僥倖だ。宿舎に帰って休むといい。お前の厳しい担任教師の方には、俺から手を回しておく」
「ありがとうございます」
トリスタン先生の厳しさは高等学校まで広まっているのか。何にせよ、助かる。
先輩は話は終わりだとばかりに歩き出し、倉庫奥の扉に向かう。そして扉の外に向けて、ごく小さい声で声をかけて扉を開ける。
「早く来い」
先輩に促されて僕らも、なるべく静かにかつ早く扉へ向かう。ちなみに玄衛門さんは透明化していた。
扉の外は街中へと続く通りに面しており、横には一名だけ見張りの兵士が立っていた。
彼は僕を見ると不審そうに見下ろしてきたが、先輩が首を横に振ると、黙って顔を戻した。
そのまま通りを進み、それぞれの宿舎へと向かう分かれ道で、先輩から声が掛けられた。
「とりあえず、しばらくはいつも通り仕事をこなせ。用があったら、追って指示を出す」
「分かりました」
「では解散」
そして先輩はくるりと振り返り、歩き出す前に一つの浮かび上がった記憶に足を止めた。
「そうだ。明日、あるいは近日中にお前に知人が会いに行くだろうから、楽しみにしておけ」
「知人ですか?」
先輩は、妙に含みのある横顔を見せて笑う。
「ああ。おっかない人物が一名、恐れ多い方が一名だ。平伏して出迎えて差し上げろよ?」
「あのね、フィアル。実は……」
「サラ。フィアルが出会うまでは、その件については秘密にしておけ」
嬉しそうに解説しようとしてくれたサラは、先輩の意地悪な命令に少々不満そうに顔を曇らせ、渋々口を閉じた。
「え、誰なんですか。僕はそんな偉い人に知り合いは……目の前の方以外にいませんよ」
「人の耳を気にしろ。今度口を滑らせたら処刑するからな」
先輩はそう言い残すと、高等学校の宿舎へ向けて去って行った。
そっとサラの方を窺うと、困りながらも、安心させるように微笑んでくれた。
「大丈夫。きっと悪いことにはならないよ」
「そうか。なら、大丈夫かな」
安心して思わず胸を撫で下ろす。
僕の信頼が嬉しかったのか、サラの笑顔から憂いが取り除かれ、晴れやかな笑顔に変わっていった。
◆◆◆
夜遅くに帰って就寝したところで、起床時間は遅くならない。
よって、僕は隈の浮かびそうな眠たい目をして、兵舎の広場で朝の点呼を受けていた。
幼年学校の生徒全員が整列し、生徒たちを睨みつけるようにトリスタン先生が相対していた。先生はゆっくりと僕らの前を歩き、生徒一人ひとりを威圧していた。
「さて、ようやく遠征の目的地についてほっとしたか? 昨夜はよく眠れた事だろう」
僕の頑張りによって、昨日は静かな夜だったんでしょうね。みんな実によく寝てましたよ。
そんな僕の仄かな怒りに呼応してか、トリスタン先生の怒号が飛ぶ。
「気を抜くな!! ここはもう戦場であり、死地に最も近い場所だ。お前達に書かせた遺書は伊達では無い。お前達の失敗、ミス、それらが戦局を傾け、敗北と死を招くかも知れんのだ!!」
生徒たちの顔色が蒼白になっていき、ごくりと唾を飲み込む音も聞こえてくる。
「これからが本番だ。遠足気分は捨てろ、私心は埋めておけ、ただひたすら己が任務を全うせよ!!」
一斉に敬礼する音が響き渡り、場は静まり返る。
恐れは抱きつつも、それから目を背けず立ち向かおうとする覚悟を胸に、生徒達は口元を引き締めていた。
厳しい表情でそれらを眺めていたトリスタン先生は、最後に生徒達の正面に立つ。
「以上だ。お前達の働きに期待する」
最後に、満足そうに口元を緩めたのだった。
……
さて、本日の任務は何だろうかと班の仲間達とアンドレイさんを待っていると、先生から任務を受領したアンドレイさんが戻って来た。
「今日の僕らの仕事は……街の巡回だって」
「巡回ぃ?」
ニコルが、何それおいしいの? とでも言わんばかりに首を捻る中、アンドレイさんが続けて説明する。
「高等学校の先輩達と一緒に、街の治安向上を手伝うんだって。あ、だけど本物の衛兵みたいな権限は無いから、街中の怪しい場所を調査する事が主だって」
「怪しい場所って……例えば?」
リーザの質問に、アンドレイさんは先生から貰った書類を見せる。
「城壁内の脆くなった場所、物資を輸送する通りの路面状況、あとは……水路とか」
「つまり、戦闘になった時に問題になりそうな場所を予め調べておくって事かな? 水路が分からないけど」
僕が要約すると、アンドレイさんが肯定してくれた。
「そう。子爵の兵士達では手が回らない部分の補佐だね。水路は住民からの通報で、何者かが潜んでいる可能性があるため、調べる事になったらしい」
「犯罪者とか? まさか……蛮族もいるニャ?」
「それは調べるまで分からない。ただ、備えだけはしておいた方がいいだろう」
リンの猫目が細まり、くねらせていた尻尾が警戒にピンと伸びる。
同時に、班員全員の緊張が増したのが感じられた。きっと、あのエウロの街の戦いを思い出しているのだろう。安全と思われる後方まで易々と侵入してきたんだ、警戒するに越した事はない。
「アンドレイ班は全員、武装の上で高等学校宿舎まで移動する。まずは補給部隊から鎧と剣を借りに行くから、付いて来て」
そして、アンドレイさんの先導に従って、僕らは武装を整えに行くのだった。
……これ、楽な任務なのかな。王子様の口利きを少し疑ってしまう僕だった。
……
慣れない鎧を着て腰には剣の重さを感じつつ、高等学校宿舎前までやってた我らがアンドレイ班。
待っていたのは、一度見た事のある先輩方だった。
「よう、今日の相棒はお前らか。よろしく」
そう言って日に焼けた顔をフレンドリーに崩すのは、ロッキー先輩。その後ろには剣の具合を確かめているジョン先輩も居る。
二人とも、遠征中に僕に稽古を付けに来た上、エウロの街で知らず叩き伏せてしまった方々だ。正直、申し訳なくて顔を真っ直ぐ見れない。
しかし、もう一人のヘンリック先輩が居ないな? でもそれを指摘するのも憚られる。
「よろしくお願いします。アンドレイ班の班長、アンドレイ・ロクス・ユースフです」
「ロッキー・マイヤーだ。後ろはジョン・マンソン。ああ、お前達の名前も一通り聞いておこうか」
それに応えて、アンドレイさんは順番に僕らの紹介をする。途中、僕の番になった時だけ先輩方が一瞬身じろぎしたのが感じられた。
紹介が終わると、ロッキー先輩は咳払い一つして話し始める。
「今日のお前達の仕事は、雑用だ。調査の記録、瓦礫の移動、その他俺達の指示する事全般だ。危険があったら俺達で対処するから、恥だの何だの考えず、頼りに来い」
「はい、分かりました!」
アンドレイさんは見事に整った敬礼を示し、それに倣って僕らも敬礼する。
ロッキー先輩は仰々しく頷くと、一転して悪戯っぽく口の片端を上げ、小さな声で僕らに囁いた。
「……まあ、今日の仕事はそこまできついもんじゃない。ちゃんとやれば調査はすぐ終わる。残り時間は……遠征の疲れをとるために、長めの休み時間にしよう」
予想外のお達しに、ニコルが喜びの叫びを上げそうになったので、思いっきり足を踏んで黙らせておく。恨みがましい視線はよせよ、戦友。奇声を上げて注目を浴びるのは嫌だろう?
「命令には、従います」
「それでいい。じゃ、行くぞ」
何か言いたげだったアンドレイさんは、それを飲み込んで実直に返事をする。それを合図に、僕らの任務は始まった。
◆◆◆◆
「ヘイ! フィアル、パス!」
「投げるな!」
ニコルは、城壁のひび割れに挟まっていた棍棒やら梯子の破片を取り除いてはこちらに投げてくる。
僕はそれを受け止めて麻袋に詰める係だ。
「予想以上に損傷箇所が多いな……」
「とりあえず応急処置だ。俺達では修理まではできないからな」
少し離れたところでは、先輩達が城壁内の図面を睨みながら唸っている。他の班員も、手分けして周辺の掃除を行っていた。
城壁内の通路、特に末端の方ほど補修が後回しにされているようで、脆くなっている部分が幾つかあった。
しかしそこを狙って攻めたりしないあたり、蛮族の知能の低さが窺えるな。
「よーしお前ら、これが終わったら休憩して、次は街に出るぞ。時間が厳しいから、今日の仕事は水路の調査だけにする。残りは明日だな」
「よっしゃー! キリキリ終わらせるぞ、フィアル!!」
ロッキー先輩の指示に、ニコルは大喜びで手を動かす速度を上げる。お陰で降って来るゴミをキャッチする手間が増えた。
「おい! だから投げるなって……止めろ!」
スコンッ
「痛っ!? 投げ返すこと無いだろ!」
丁度良い大きさの棒が飛んできたので、反射的に掴み取って投げ返してしまった。着弾地点は横頭。作業の為に鎧の兜は脱いでいたので、ダメージがそのまま通ったらしく、ニコルは涙目だった。
「散らばって面倒だから投げるなよ。袋そっちに寄せるから、直接入れろ」
「分かったよ……。あ、すいません先輩方! 静かに作業します!」
顔を痛みに歪めていたニコルは、急に蒼白になると生真面目にゴミを袋に入れ始める。肩越しに先輩達を窺えば、こっちをじっと見ておられた。
「すいません、真面目にやります」
「……ああ、いや、いいんだ。気にせず続けてくれ」
若干の歯切れ悪さを残し、ロッキー先輩はまたジョン先輩と顔を突き合わせて相談を始める。僕も城壁の清掃を再開していたが、ついでにこっそりと先輩達の様子を盗み見る。
時折、僕の方をチラチラと舐めるように見回していた。……やっぱり遠征中のあの事件のせいだろうか。さっきの棒を投げ返したのがいかんかったのかも知れない。
その後、掃除が終わるまで動物園のパンダにでもなったような気分が続くのであった。
◆◆◆◆◆
城壁の調査と清掃が終わり、補給部隊から支給されていた弁当を食べ、ちょっとした午睡まで楽しんだ後、日の傾き始めた街中を僕らは進んでいた。
「先輩、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ふあ~~……何だ?」
アンドレイさんが固い口調で質すのに対し、先を行くロッキー先輩は欠伸を漏らしながら、振り返りもせずに応じる。
「その……失礼とは思いますが、些か士気が低いのでは無いかと……」
「言いたい事は分かる。仕事に対して怠けているように見えるんだろう、お前には」
違うのか? と僕ら幼年学校組は目を瞬かせる。皆、口にこそ出さないが釈然としない思いは抱えていたのだろう。疑問を持っていないのは、ニコルだけかも知れない。
「実を言うと、この任務の重要性は低い。俺達学生を遊ばせておかない為に、名目上でっち上げられた仕事なのさ」
「ええっ!? そんな……」
驚いて身を固くするアンドレイさんが何事か反論しようとするが、ロッキー先輩はそれに構わず続ける。
「勿論、雑用といえど重要な仕事はある。だけどそれを任せられる人間は限られるし、そうでない人間は仕事もせずに遊ばせるわけにもいかない。結果、重要度の低い任務も作らざるをえなかった」
「僕らの差し迫った任務は、遠征の疲れを取る事さ。だから、仕事は適度にしつつ休憩を取る」
ジョン先輩も加わっては、アンドレイさんも沈黙するしかない。
これでいいのか、と悩むように俯いてしまったので、その肩を軽く叩く。厳しい顔をしているアンドレイさんに、精一杯の笑顔を向ける。
「そんなに気を張ってばかりじゃ、いざという時に緊張の糸が切れちゃいますよ。ここは一つ、ニコルを見習って緩めてみてもいいんじゃないですか?」
「おうっ!? どうぞ存分に見習って下さい、アンドレイさん! なんならポーズでも取りましょうか?」
すかさず乗ってくれる陽気な戦友。街角にあった樽に頬杖を付き、だらけきった顔と姿勢でぼへーっと空を眺める様は、まさしくナマケモノだ。
「うわぁ、キモ……」
「実家で飼ってるデブ猫でも、あそこまでだらけて無かったニャ」
「そこまで気を抜く必要は無いぞー」
余りにも見事にだらけた姿勢を見せ付けられ、仲間はドン引き、先輩方は失笑、アンドレイさんは……
「ふふっ、そうだね。あんまり張り詰めてもよくないよね」
不満と疑念に硬くなっていた顔は緩み、ふだんの穏やかな笑顔が戻っていた。上がっていた肩も下がり、緊張の取れた自然な立ち姿だ。思いの外、効果はあったようである。
「……へい、親友。リーダーに気を遣ったら、俺の評価が下がった気がするんだけど」
「いいじゃん。当のリーダーからの評価は上がったと思うよ?」
下手すると変わっていない可能性もあるが。
今度はニコルがしょんぼりし始めたが、僕らの歩みは止らずに、街の一角にある水路に着いた。
街を囲む防壁の一部に穴を開け、そこに丈夫な柵が何重にも建てられた水路が、外からの水を引き込んでいた。
「この水はどこから来ているんでしょう?」
「街のすぐ近くに湖があり、そこから水道を引いているんだ。俺達が来た方向からだと、街の死角になって見えなかったんだよな」
ロッキー先輩が疑問に応えてくれる。水路の流れを目で追うと、太い水の流れは防壁に沿って流れていたが、ある点を境に地上部分から姿を消していた。
「もしかして、地下水路になってるんですか?」
「そうだ。ドワーフの名工が造ったという、コーツラン自慢の水道設備らしいぞ。無駄話はここらにして、とりあえず水路に何か居ないか見回るぞ」
ロッキー先輩の命令に従い、手分けして水路の様子を調査する。
長い棒で水底を漁ったり、目を凝らして観察していたが……見つかったのは小魚くらいで、蛮族の影も形も無かった。
「地上から見える部分には居なさそうだな」
その結論が出たのは、調査開始から三十分も経っていなかった。元々、地上から見える部分はそこまで長くも無かったのだ。
「後は、地下水路をどうするかだな……」
先輩達が顔を突き合わせて小声で相談し始めたので、仲間達の目を盗んで水路の中に小型のセンサーを投げ込み、水路の状態や水質などを調べ上げていく。
『……音響ソナーによる水路形状の分析終了。一部損傷はあるものの大きな損壊は無い。水質、異常無し。藻類由来の成分が通常よりも高く検出』
耳に仕込んだイヤホンから報告が上がるが、特に気になる情報は無い。蛮族に関わる情報も皆無だった。
そうこうしていると、方針を固めた先輩方が僕らを呼んだ。
「最後に近辺の地下水路の状態を確認する。俺達が先導するが、明り持ちが一名、随伴してくれ」
そう言って先輩はランタンを差し出す。僕らの視線はアンドレイさんに集まり、彼は少し思案の末、僕の方に顔を向けた。
「フィアル、お願いできるかい?」
「了解」
短く返事をしてランタンを受け取りに向かう。その際、先輩達が微妙な表情をしている事に気付いた。
「何か?」
「いや、その……」
ロッキー先輩はしばし口篭り、そっと耳打ちしてくる。
「……ランタン持ったままで大立ち回りはしなくていいからな? 明りの確保だけは頼むぞ」
遠征中のあれが未だにトラウマなんだろうか。
「戦いは先輩にお任せしますから。間違っても、ランタン持ったまま参加はしません」
頼むぞ、と小声で念押ししてロッキー先輩は身を起こした。
「では、こっちに付いて来い」
そして、本日最後の仕事に取り掛かった。
◆◆◆◆◆ ◆
地下水路は整備用に人が通れる道もある。地上水路が途切れた部分の近くに、地下へ下りる階段があり、扉一つを抜けたら、そこは真っ暗なダンジョンだった。
ランタンの明りを持って、やっと二人並べる程度の細い小道を歩く。地下水路の中は、水の流れる音の他は鎧の擦れる音と足が床を叩く音だけが響いていた。
「……うぅ~~……結構冷えるニャ」
ぷしっと可愛らしいクシャミの音に続いて、リンの震える声が木霊する。
「無駄話はよせ……いや待てよ」
それを注意しようとジョン先輩が振り返ると、何か思い付いたようにリンの顔をまじまじと見つめる。
凝視されたリンは緊張したように耳を立て、尻尾を伸ばす。何事かと隊列は止まり、ロッキー先輩が問い質そうとする前にジョン先輩が口を開いた。
「君は猫人族だったね。感覚が人間より鋭く、特に視力や聴力に優れると聞いた。君の感覚で何か分からないかな?」
おお、それは妙案。……僕のセンサーが特に何も無いと告げている事を知らない、彼らにとっては。
先輩の発想は思いも寄らなかったのか、リンは急におどおどとし始め、困ったように耳を立てたり畳んだりして視線を彷徨わせる。
「えーーあーーうーー……きゅ、急にそんニャ事言われても……」
「まずは落ち着いて。とりあえず、ここ最近、この辺りに何かが居たような痕跡でも見つからないかな?」
「えっと……探してみますニャ」
リンの邪魔にならないよう僕らは壁際により、リンは水路側を行ったり来たり、時折しゃがみ込んで水路を覗き込んだりして、何かの痕跡を探し始める。
「う~~……」
彼女の顔は、可哀想なほどに不安が見え隠れしていた。性根が真面目なだけに、プレッシャーもひとしおなのだろう。
僕は水路を覗き込む彼女の隣に立って、ランタンを掲げる。
「! フィアル……」
「こうすれば見やすいでしょ? どうだい、明るくなったろう」
おそらく誰にも理解されないであろう昭和ギャグも交えつつ微笑んだところ、リンの顔が徐々に緩んできた。
「ありがとニャ。フィアルのおかげで見やすくなったニャ」
「ほお。お前は猫好きか? 我が国との友好の架け橋になるべく、猫人族に婿入りして来てもいいぞ」
「せ、先輩!?」
ロッキー先輩がニヤニヤと笑いながら茶化してくる。それに釣られて、僕らの仲間達も笑い声を溢すが……二名ほど、目が笑っていない人がいた。その内一名は顔すら笑っていなかったが。
それが誰とは敢えて言わないが、僕はサラとリーザから顔を背けて誤魔化すようにリンに話しかける。
「ど、どうかな? 何か見つかった?」
「えっと、その……ニャ!?」
顔を赤らめて視線を逸らせたリンは、突然目を見開くと素早く腕を振るう。
パシャリと水の跳ねる音に続いて持ち上げられた彼女の手には、緩やかに湾曲した白い棒が握られていた。
「どうした?」
「何か水底を跳ねてたから掴まえたんニャけど……何んニャろ、これ?」
近付いて来たロッキー先輩に、リンは手に持った白い棒を見せる。それを見たロッキー先輩の顔が驚きに固くなった。
「……人骨だ……」
「「「ええっ!?」」」
驚愕の呻きが地下水道に木霊する。リンは思わずその骨を取り落とし、寸でのところで僕が掴み取って再度先輩の前に掲げる。
ジョン先輩も近付き、二人してよくよく観察する。
「……ああ、見た事があるな。これは、肋骨の一本か?」
「だな。しかしなんでこんなものが地下水路に?」
「!? これ、おかしいニャ!」
次に大声を上げたのはリンだった。説明を求めるように先輩達が顔を向けると、彼女は汗すら浮かべた緊張の面持ちで骨を睨みつけていた。
「この骨……とっても禍々しい気配を感じるニャ。邪法や外法によって呪われてるか、または強力な呪術師の骨そのものだと思うニャ!」
「いわく付きか……。これは教会へ持ち込む必要があるな」
先輩方は骨を受け取ると慎重に袋に入れ、辺りを見回す。周囲には滔々と流れる水の音だけがあった。
「予定変更だ。このまま教会関係者の逗留する宿舎に向かう。フィアル、出口まで先導しろ」
「了解!」
そして僕らは慌しく来た道を引き返し始めるのだった。
「……どこかで同じ事があったような……?」
ただ一人、サラだけは思い出せない過去の記憶に悩んでいたが、残念ながら僕は気付かなかった。
◆◆◆◆◆ ◆◆
遠征隊がコーツランに到着する二、三日前のこと。コーツラン横の湖で小さな異変があった。
「ゲッホ、ゲホ!!」
「いやじゃ~~……もう水は嫌じゃ~~……」
「ブヒイイィィ……久しぶりのシャバの空気ブヒ……」
湖の岸辺に喘ぎ、えずく音が連続する。その数は三人分。人影は四つと、バラバラ死体が一塊。近くの湖の水面は、下から水流でも吹き上げているように、こんもりと膨れて波打っていた。
「骨が、私の骨が足り無いーー!!?? 折角もとの数に戻ったのに、また失くしてしてまったー!!」
そこに、絹を引き裂くような骨が引き裂かれるような悲鳴も加わる。骨のパーツが積まれた小山の頂点にある頭蓋骨から、それは聞こえる。
唯一、声も発さずに忙しく動き回る魚人の影は、岸辺を巡って骨を拾い集めては骨の小山に届けていた。
ひとしきり咳をして落ち着いたダークエルフ、カーラがよろよろと立ち上がる。
「あ、あんたら……私に感謝しなさいよ。私が少し水魔法の心得があったから、窒息しないで済んだんだから」
「『水呼吸』が使えたからって偉そうに……あの魚人がおらんかったら、どっちに進めばいいか分からず餓死しとったろうが。第一、終盤魔力切れで殆ど空気無かったぞ」
「通訳できたのも私だけだったでしょうが。ハセウムは途中でバラバラになって役立たずになってたし。……というか、パーツの半分くらい足りなくない?」
カーラは、ようやく上半身の半分位を組み上げたハセウムを眺めながら呆然と呟く。当の不死者の王は、体から漏れる瘴気の量を線香の煙のごとく弱めながら、泣きそうになって骨の数を数えていた。
「二十一……二十二……二十三………肋骨が一本足りない~~~……!?」
「もう、今度から接着剤でくっつけとくブヒ。デイボー、作ってやるブヒ」
「関節部分までくっ付けたら動けんぞ。それより、ここどこじゃ?」
デイボーは服から水を搾り出しながら周りを見渡す。見知らぬ地形、広い湖、周りを見渡せば、遠くに大きな城壁が見えた。
デイボーの視線に気付いた豚人のボーグダインも同じ方向に目を向け、驚いたように目を瞬かせる。
「あれは、コーツランの城壁ブヒか? 随分北の方まで来たブヒね」
「子爵領の本拠地だと? えらい早い水流に乗っていたが、一日、二日でよう来れたもんじゃ」
「……確か、蛮族との戦いの最前線よね? 当然、警戒も厳重なわけだけど……」
どこから見ても不審者にして犯罪者な四名は、安全なねぐらが遠のいた予感に顔を暗くする。
そんな中で、一人精力的に動き回っていた魚人が手招きする。
「ん? 何よ」
カーラが気付くと、魚人はある一点、湖近くの森のほうを指し示す。森からは細いながらも小川が流れて湖に流れ込んでいた。
「そうね……とりあえず森に身を隠しましょう。川があるなら、水の心配もないわ」
「ぐえぇ……水の話はしばらく勘弁じゃ」
「俺様は腹が減ったブヒ」
「ま、待ってくれ! まだ私のパーツが揃っていないんだが?」
そんなもんは後にしろ、もしくはまた自分で創れとトライアングル叱咤されて、ハセウムは泣く泣く不揃いの体を浮遊させて彼らの後に続いた。
残念な悪党達もまた、運命に導かれるように、この地へと辿り着いていた。この世界を賭けた戦いの、最初の一戦の大地へ。
前回のあらすじに、今回のネタバレを仕込む暴挙! こんな事するのは私くらいのものでしょう。どうぞ石を投げて下さい。
予告からかなり間が開いて申し訳ありませんでした。体調、仕事、モチベーション、ネタ出し、言い訳を始めたらキリが無いので、ただ謝ります。大変ご迷惑おかけいたしました。
今後は、日時の予告自体を控え、どっちの話を投稿するかだけに留めようと思います。予約投稿が終わった場合のみ告知します。次は『アウトキャスト』の投稿予定です。お読み下さり、ありがとうございました。




