第33話 変遷! 地上の正義と地下の悪!?
前回のあらすじ:エウロの町を襲った蛮族の集団だったが、フィアル達に同道する蒼華騎士隊と町の衛兵達によって難なく撃退されていた。だが民心の動揺は大きく、町の各所で暴動や犯罪が発生し、フィアル達ヒーローギルドはその対処に奔走した。そんな中、高等騎士学校のデルキウス先輩に偶々出会ったフィアルは、不用意な一言でその正体がばれてしまう。彼に連れ回され、仲間も呼ばされ、一体何が目的かと思案している中、蛮族の襲撃を受ける。
そんな大事な時に限って、空気も読まずに先輩は告げる。「俺は王子様だ」。
「うおおおおおおっ!?」
「っしゃ、こらああああ!!」
森の中にやたらとでかい声が木霊していた。僕と勇の掛け声だった。
「んだらあああああ!!」
「やんのかコラアアア!?」
丘を駆け上がってくる蛮族達を千切っては投げ、いや千切っては無いけど、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、ぶん投げてはいた。
「こんにゃろがああああ!!」
「んだこらボケがあああああ!!」
「うるさい」
少し後ろから見ていたルナティクスが蔑んだ眼で僕らを非難していた。だが許して欲しい。今僕らは衝撃の事実を知り、その事を心の中で大いに持て余していたのだ。
そんな状況で戦わざるをえないのだから、叫ぶことで漸く心の平衡を保つくらい勘弁してくれ。
「やかましいぞ。もう少し雅に戦えんのか? 貴様らが蛮族に見えてきたぞ」
そしてその努力を土足で踏みにじるが如く、俺様王子様だったデルキウス先輩は眉をひそめて僕らを睨んでくる。
「こんな状況でそんな重大事実を聞かされた身にもなって下さああああい!?」
「ど畜生! 予想外過ぎて心臓のバクバクが止まらねええええ!?」
叫ぶことでストレス発散が出来るのは皆も知っているだろう。つまり、僕らは今とんでもないストレスに晒されているのさ。
ていうか、ルナティクスが冷静なのが驚きだよ。
「おいルナティクス、なんでお前だけそんな落ち着いてるんだよ!? あと手伝って!」
勇もそこは疑問だったのか、回し蹴りで蛮族を薙ぎ倒しながら器用に質問する。
「私、一回だけだけど遠くからデルキウス様のお顔は拝見したことあったし。まあ、あなた達の気持ちも少しは分かるわよ」
よっ、と掛け声を上げてルナティクスは杖を持ち上げる。そして彼女の口から流れるように呪文の旋律が紡がれる。
「『マジカル・サモン・ルナベアー』×3!!」
「「「グマーー!!」」」
スポットライトのように月光が降り注ぎ、光の当たった地面から三体のグリズリー級・熊のぬいぐるみが現れると、僕らの横を通って蛮族の群れに突撃していった。
「しばらくルナベアー達に任せて休んだら?」
「そ……そうするわ。叫びながら戦ったせいでちと息が切れた……」
僕と勇は前線から距離を取ってルナティクスの元まで戻る。すると先輩も近くに寄って来ていた。
「ほう? そこの魔女は王宮にまで近寄っていたのか。宮廷内に悪人でも潜んでいたのか?」
「……申し遅れました。今はこのような姿になっていますが、私の名前は『ティン・ロッド・カースラン』と申します」
「……ロッド男爵家の者か! 待て、貴様のような姿の者は誰も……ティン? もしかしてあの黒髪の末弟か?」
「…! 私のような者まで覚えて下さっているとは、身に余る光栄です」
深々とルナティクスは頭を垂れる。こういう所作はさすが貴族の家で育っただけあって堂に入ってる。
「いや、珍しい黒髪の少年で顔立ちも良かったからな。小姓として召し上げようかと候補に考えていたのだ」
……ん? 何かやばい事を聞いた気がする。
勇の方を見れば、僕と同じく困惑した表情でこっちを向いている。ルナティクスに視線を移せば、真っ青な顔で引き攣った笑みを浮かべていた。
「そ、それは……その、このような体ですし、ご期待には添えぬかと……」
ルナティクスは必死にその嬉しくない立場から逃げようと画策している。そらそうだろう、こういう世界の小姓といえば性の対象にされる事もあるし。王子様相手では断りようもない。
ルナティクスになった経緯がアレなだけにホ○ォとかも苦手なんだろうか。……いや、大抵は嫌か。
「安心しろ、俺は男でも女でもいける口だ」
全く安心できない情報を頂きました。
先輩の言葉を耳にした瞬間、ルナティクスが彫像と化す軋んだ音が聞こえた。
しかしデルキウス先輩はぞんざいに手を振って首を横に振る。
「望まぬ相手に無理強いはせん。第一お前らに求めるのは小姓としての能力でなく、その類稀なる戦闘力だ。勿体無い扱いはしないから緊張を解け」
風船から空気が漏れ出すように、大仰な溜息がルナティクスの口から吐き出された。
「そこまで安心されるといっそ小気味いいな。俺付きの小姓の立場は兄弟姉妹ですら争って求める立場のはずなんだが」
「あ、いえ、その、身に余り過ぎる光栄ですし! 家格も見劣りしますから!! ……許してネッ?☆」
ルナティクスはウィンクしながらちょっと舌を出し、可愛さアピールで誤魔化そうとする。
大慌て過ぎてやっちゃいかんところで元のキャラが出てるんじゃなかろうか。ルナティクスの顔面が見る見る内に蒼白に成っていくのが分かる。
「ご主人様ー、全部倒し終わったグマー」
のしのし歩く音が背後から聞こえ、ルナベアー三体が現れる。
「あ、ありがと……ついでに介錯も頼める?」
「どうしたグマご主人様!? 死相が出てるグマよ、そのままだと変身解けちゃうグマ!!」
「大丈夫グマ、ご主人様はベアー達が絶対守るグマ!! だから安心するグマ!」
悲壮感に溢れるルナティクスに、ルナベアー達は眼を剥いて驚いて大慌てで励まし始める。グマグマ煩いぬいぐるみ達だったが、その気持ちはルナティクスの心に届いたようだった。
「……そうね、こんな所でへこたれてる場合じゃないわね! よーーし、『マジカル★ルナティクス』復活よ!!」
「「「グマーー!!」」」
杖を振り上げポーズを決めるルナティクスとそれを囲んで拍手を贈るルナベアー達。
「茶番は終わったか?」
そして最後に思いっきり冷や水を浴びせる王子様によって一旦この場は閉められた。
◆
デルキウス先輩、もといデルキウス王子は丘の上から町の戦況を食い入るように見つめていた。
その前は丘の斜面に転がる蛮族の死体を観察していたが、しばらくすると煙のように薄くなって消えてしまったため、中断している。
そして僕らはデルキウス王子の後方で、捕まえた蛮族の調査を命じられていた。
「調査って……何しろっていうんだ?」
「とりあえず、それぞれの得意分野で調べてみるしか無いんじゃないかな」
勇は完全に部下扱いされている事が腑に落ちない様子だったが、逆らう気はどうにか堪えて従ってくれている。
捕虜の蛮族を囲んで見ていると、ルナティクスが小声で聞いてきた。
「ねえ、結局どうするの? 王子に従うの?」
「……悩ましいところなんだけど、僕の目標には恐らく一番合ってる人選なんだよねぇ……」
ここでデルキウス王子にうまく取り入れば、自由騎士のパトロンとしてこの上ない人物だろう。大貴族なんて目じゃない、王家の後ろ盾があれば今後のヒーローギルドの活動もやり易くなるかも知れない。
それと同時に、この破天荒な王子に従っていいものかと疑問も残る。何を命じられるか分かったものじゃ無い不安は、パトロンとしての価値と天秤にかけてほぼ拮抗していた。
「これもとりあえず保留で。今は従っておこう。最悪、玄衛門さんからあのライト借りてこよう」
「本当に最悪の手段じゃない……。王族にトラウマ植えつけたりして、暗殺者が送られて来るかも……」
「その時はそいつも捕まえてライトの餌食にしてやれ」
勇が茶々を入れると、毒気を抜かれたのかルナティクスは苦笑して肩を竦める。その間に、僕はスーツの分析装置で蛮族を調べていた。
だが結果は『Unknown』。少なくともまともな生物でない事だけが示された。
勇は印を結んで眼に光を浮かべ、蛮族を霊視して霊的観点から蛮族を調べる。
「う~~ん……なんだこりゃ? 魂魄も無ければ霊力も霊格も感じない。ロボットみたいだな」
「やっぱりか。こっちも調べた限りでは、生物みたいだけど、生き物じゃないって判定されてる」
蛮族に目と鼻はあるが口は無い事は分かっていた。内臓をセンサーで調べたら通常の生物には無い臓器が散見されただけで、内臓そのものが少ない。脳らしきものと体を動かすのに必要な器官、そして用途不明の内臓が幾つかあるだけだ。何故生きているのかすら分からない。
最後にルナティクスが呪文を唱えて魔法的に蛮族を調べようとする。
「……『マジカル・ルナライト』!」
杖の先端から月の光に似た柔らかな白光が蛮族に降り注ぎ、その体表面がキラキラと輝き始める。
「これは……魔法生物? いえ、でも魔法だけじゃない……あっ!?」
「うおっ!?」「なに!?」
ルナティクスの魔法が発動して十秒も経たない内に、突如蛮族の体が白煙を上げ始めてあっという間に消えていく。
「くっ、解呪魔法を……駄目、間に合わない……」
魔法を使って止めようとしたルナティクスだったが、口を開いた時には蛮族はもう九割近く消えかかっていた。
程なく、蛮族の姿は地面に寝そべった形だけ残して消え去った。
「どうした?」
デルキウス王子が戻って来て声をかけてくる。だがその声音は事態を予想していたのか、平易なものであった。
「申し訳ありません、蛮族が消失しました」
「で、あろうな。これまでの調査と同様か」
「ただ幾つか分かった事もありました。説明してもよろしいですか?」
デルキウス王子が頷いたのを皮切りに、僕らはそれぞれの調査結果を述べた。
結論として、『蛮族』はただの生物や亜人でなく魔法によって生み出された存在でないか、と。
「ただ、単純な魔法生物では無いと思います。フィアルの話を聞く限りにおいては、ある程度生物らしい構造を持ってはいるようです。魔法生物ならばそんな面倒な設計にしません」
最後にルナティクスがそう締めくくる。そこら辺の分析はさすが魔術師ギルドで学んでいるだけはある。
僕らの報告にデルキウス王子は大層機嫌よく頷いている。
「ほうほう! お前らの見解は実に面白いな。特に内臓や魂の有無については新たな発見だ。王都の学者どもがどれだけ頭を捻っても進展の無かった蛮族の正体解明に、一歩近付いたな」
「それより王子様、こんなところで油売っててもいいのか? もう宿抜け出してから大分時間経ってるんじゃないか?」
頭の後ろで手を組んだ勇がそう指摘すると、初めて王子の顔に狼狽が浮かんだ。
「そうだな……少々時間を取りすぎたか。余り遅くなると、いらぬ誤解を与えそうだ。おいフィアル、俺を抱えて宿まで走れんか?」
「その前に先輩、じゃなくてデルキウス王子に質問があります」
改まって名前を呼ぶと、王子の表情が引き締まる。雰囲気から僕の真剣さを読み取ったのか、急かしたりすることも無く胸を張って待つ。
臣下の質問を王座に座って鷹揚に待つ王様のようだった。
「発言を許す」
厳粛な声音に思わず騎士の礼として跪きそうになるのを思い留まる。
ここに居るのは騎士のフィアルじゃない。ヒーローギルドのリーダー、ディメンジョンマンなんだ。
「僕らの目的は先ほど述べた通り、人助けや平和の維持にあります。その為の集まりとしてヒーローギルドという組織も結成しました」
「ふむ、総勢何名居るのだ?」
「……現在四、いえ五名です」
四名+一缶とか言いそうになった。玄衛門さんもちゃんと仲間扱いしないとね。
「少ないな。それで平和の維持が出来るとでも?」
「難しいです。王都の平和を影ながら守るのにもとても苦労しました。だから更なる力、やり方の改善が必要なんです。僕は、その為に自由騎士を目指してます」
「採用」
「しかし、王子の目的が僕らの方針に沿うかが分からず……ん?」
今、なんか……すっごく軽いノリで僕の人生目標が達成された気がしたんだが。
正面のデルキウス先輩を見上げると、不思議そうに目を瞬かせながら僕を見下ろしていた。
「お前達の目的や行動は、完全に俺の戦略や意図と合致している。だからお前達が自由騎士になって国内の治安改善に努めたいならば、諸手を挙げて支援するぞ」
「………」
ちょっと現実が理解し切れないのでルナティクスを手招く。
「なあに?」
これまた不思議そうにルナティクスが聞いてくるので、僕は自分の赤いヘルメット頭を指差す。
「ちょっと僕の頭を叩いてくれる? 夢から覚めるかも知れないから」
「ルナベアー・一号さん、どうぞ」
「グマー!!」
ブウンッ!!
豪腕が頭を掠めるのをギリギリのところで回避した! ちびるかと思った!?
「なにすんだーー!?」
「何って……私に直接叩かせる気? ルナティクスはマシュマロより固いものは叩けないわよー。手を怪我しちゃう」
「頭殴り代行業者とはグマーの事グマー」
壁でも殴ってろ! と叫びかけたが、頭を掴まれて強引に振り向かされたので中断する。
目の前には、怖い笑顔のデルキウス王子様が居た。
「茶番に付き合う時間は無いのだ。質問は終わりか? ならばさっさと俺を宿まで連れて行け」
「わ、分かりました」
首を痛めながらも頑張って頷くと、デルキウス王子の顔はより一層不機嫌に曇っていく。
「あ、あの王子様?」
「我が騎士よ。貴様の礼はそんなものか?」
はっと我に返る。
王子は、僕を自らの騎士と認めてくれた。
彼の本心を完全に把握できたわけじゃないが、この人の僕に向けてくる信頼は信用に価する、と僕の勘は告げていた。
故に姿勢を正して膝を折る。僕に倣って後ろの二人も続いてくれた。
「承知しました。可及的速やかに、殿下を宿までお連れします」
「良きに計らえ」
この時、僕の人生における一つ目の目標に大きく近づいたのだった。
◆◆
僕らはルナティクスの魔法によって宿の近くまで帰り一度宿の中を偵察する事にした。
まず僕が先行し、路地裏から窓に近付いて内部の音声をセンサーで拾う。
静かに蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。
高等学校の先輩達は一部を除いてデルキウス王子の事は知らないらしく、まだ落ち着いたものだったが教官である騎士の方達は殺気立って会議していた。
「殿下はまだ見つからんのか!?」
「目付け役のロッキーらを振り切ってから未だ目撃情報もない」
「街中では一部暴動が発生している。もし巻き込まれでもしたら……」
「かと言ってこれ以上人員を増やすと機密性の確保ができんぞ」
かなーり焦れた様子で、これ以上間を置くと高等学校と幼年学校の学生全員を動員しての大捜索が行われそうだった。
こそこそと皆の元に戻った僕は録音した音声を皆に聞かせた。
デルキウス王子は参ったとばかりに頭を搔き始める。
「想定範囲内ではあるが、このままただ帰れば今後動き難くなるな」
「また単独行動されるつもりなんですか!?」
「その時はお前らが供をせい。今回の遠征は俺の見聞を広げる目的もあるのだ。外に出れぬようでは本末転倒よ」
もうやだこの水○黄門様。従者の苦労も考えて下さい。
「ん? 何だか今回の遠征が殿下の発案みたいな言い方ですね」
「人目に付く場所では『ジョルジュ先輩』と呼べよ。まあその通りだ」
あっさりお認めになった。
「まあ実際は俺の知人が考え付いた事なのだが……むっ」
先輩が何かに気付くのとほぼ同時に、僕らは屋根の上から飛び降りてくる存在を感知した。臨戦態勢で先輩を囲む僕らを先輩は手で制する。
「お前か『黒刃』。何か報告があるのか?」
「いえ、そろそろ殿下がお戻りになると思いご面倒の手間を省こうと待機しておりました」
「「「なんで義影が居るの?」」」
異口同音に僕らの疑問が変人忍者に投げかけられた。
膝を着いていた姿勢から立ち上がり、義影は満足そうに、そしてからかう様に笑っていた。
「いやあ実にいい働きをしてくれたなお前ら。もう少しお膳立てが必要かと思っていたが、自分から殿下と合流して、あまつさえ臣下の契りまで交わすとは恐れ入った」
「ちょちょちょ、マジで待て。お前……どこから仕組んでた?」
「それは後にしろ。『黒刃』、俺が今後動き易いまま宿に戻る手があるのか?」
勇が食って掛かるのを先輩が止める。歯を鳴らして苛立つ勇は無視して、義影は懐から見覚えのある銀の棒を取り出す。玄衛門……道具の管理はちゃんとしてよ。
「この道具を用いれば殿下が出歩いていた時間の記憶を思い出せないようにする事が可能です。少々嫌な記憶を増やすことになりますが」
「お前が言うならそう問題にはならんだろう。やれ」
「ルナティクス、悪いがあの催眠状態にする魔法を頼む。そっちの方が楽だ」
「いいけど……事情は話してもらうからね」
ルナティクスが杖を掲げ呪文を詠唱し始めた。
結果として先輩の無断外出は最初から無かった事になり、一時の間、宿の中に煩悶する騎士と学生達の声が響き渡ったのだった。合掌。
◆◆◆
ヒーロー達が地上で歴史的な邂逅をしていた頃、暗くじめじめとした地下道を進む者達が居た。
生臭い魚人間を先頭に、その後ろに続くのは骸骨、ドワーフ、ダークエルフの女、そして腹を壁に引っ掛けながら歩く豚人だった。
豚人のボーグダインは息を切らせて腹を引っ込ませたり強引に通り抜けて漸く通路を通っていた。
「ブヒッ、ブヒィッ…! 狭いブヒ…!」
その呼気を首筋に感じたカーラは、苛立ちを隠せない様子で松明ごと後ろを向く。
「ちょっと! 臭い息を吐きかけないでちょうだい。鼻息荒くて気持ち悪いのよアンタ」
「こんの色黒悪女が……! あとでキャン言わせてやるブヒ!」
「へえ、また私の鞭で女性化したいの? 股間を重点的に責めてあげるわよ」
きゅっと内股になるボーグダインとそれを嗜虐的に見下すカーラはさて置き、デイボーは前を行く二人を眺める。
「やあ、これはいい空間だなぁ。この湿った感じと丁度いい暗さは私好みだ」
「………」
ぎょろぎょろと魚眼を動かす魚人の後を追いながら、不死者の王ハセウムは上機嫌に喋っていた。意思疎通は一方通行のようだが、魚人の微かな動作からハセウムは彼の意図を理解しているらしく、またそれはどうも正しいようだった。
裏庭に突如現れた魚人は、驚いて倒れ込んだハセウムを紳士的に助け起こし、敵対の意志がない事を示した。
そして身振り手振りでハセウムに語りかけ、裏庭にあった井戸からの脱出を提案したのだった。同時に何か頼み事があるようだったが、それはまだ教えてくれないとハセウムは語る。
今、悪党四人組は井戸の側面に隠されていた隠し通路から町の外へと脱出しようとしているのだった。
「なあハセウムどん」
「何かな、同士デイボー?」
躊躇いながらも声をかけたデイボーに、普段より上機嫌にハセウムは応じる。デイボーは先を行く魚人に気取られぬよう囁く。
「そのう……本当にその魚男は信用できるんか? ワシの木人君は通れんから置いてきたし、この狭さではボーグダインも上手く戦えんだろう。もし罠だったら危ないぞい」
「ふむ、その懸念は尤もだ。だが街中を隠れながら、しかも戦闘中の状態で外に出るのはとても難しい。こっちの方がまだリスクは低めだろう」
ハセウムもデイボーに合わせて声を潜めて答える。道理は分かるがまだ納得しかねているデイボーだったが、ハセウムは安心させるように彼の肩を叩く。
「なあに安心したまえ。もし何か罠があっても私の死霊術と呪術があれば何とかなろう。大船に乗ったつもりでいたまえ」
「その船、骨製じゃないじゃろうな? スッカスカ過ぎて物凄く不安じゃ……」
確証も何もあったものでない、あるのはハセウムの傲慢な自負のみの大船であったが、今更戻る事もできずただ付いて行くしかないデイボーであった。
そんなこんなでまた進んでいくと突然通路が途切れ、広い空間に出た。
その広間は地面から湧き出た水溜まりが幾つも存在し、光を放つ茸の群生によって全体が仄かに照らされていた。だが所々に大きな岩や隆起が点在しているせいで、まるで迷路に入ったような印象を受けた。
「ほお……エウロの町の地下にこんな空間があったとはな」
「ほーん、見事なもんじゃ。中々幻想的な光景じゃな」
二人が会話している間に、遅れていたカーラとボーグダインも出てくる。
「あら、いいじゃないここ。空気もひんやりしているけど淀んではいないし」
「風の流れを感じるブヒ。そろそろ出口が近いブヒか?」
ボーグダインは顔の毛を撫でる微風を感じ取り、地上への出口を探して視線を巡らせる。
だがその最中、突然身構えたボーグダインは腰の剣に手をかけた。
「どうしたのよ?」
「しっ! なにか音が聞こえたブヒ。それも幾つも」
ボーグダインの警告に、他の三人は一斉に身構える。同時に魚人は忙しげに周囲に顔を巡らせていた。
そしてハセウムの方を向くと身振り手振りで何かしらの意図を伝え始める。
「ふむふむ、どうやら予想外の侵入者がここに居るらしい。我々で何とか倒してくれないかと頼んでいるな」
「毎回思うんじゃが、何で分かるんじゃ?」
「私もある程度分かるわよ。洞察力低いんじゃないの?」
「こいつらやっぱりおかしいブヒ」
カーラも少しは理解しているようだったが、デイボーとボーグダインには魚人のジェスチャーは奇妙な踊りにしか見えなかった。
その間も広場を蠢く気配は勢いを増し、ついには明確な足音まで聞こえ始めた。
「来るブヒ……!」
ボーグダインが少しは離れた場所にある大岩に体を向けると、その陰から複数の影が飛び出す。
武装した毛むくじゃらの集団が、わき目もふらずにボーグダインへ向かって突進してきた。
「しゃらくさいブヒ!」
ボーグダインは抜き手も見せずに剣を抜き放ち、衝撃波すら伴う一閃でその集団を横に断ち割った。
体を両断された集団は、地に落ちると瞬く間に煙と化して消え去っていく。
「蛮族!? こんなところにまで潜り込んで来たのか!!」
「おいハセウムどん他のところからも続々来とるぞ!?」
ざわめきは大きくなり、周りを囲むように迫ってくる。最初は動揺していたハセウムだったが、落ち着きを取り戻すと両手を掲げて蛮族を待ち構える姿勢を取る。
「ふふん……たかが毛玉がいくら集まろうと、我が呪術の前には風に吹き飛ばされる綿毛同然よ! さあ姿を現せ蛮族!」
その声に応えるようにまた蛮族の集団が姿を現した。
魚人は慄いてハセウムの後ろに隠れ、蛮族達はまっすぐにハセウムに向かってくる。
ハセウムは掲げていた手を下ろし、邪悪な死霊術師らしい高笑いとともに呪術を発動する。
「はーーはっはっは! 飛んで火に入る蛮族どもめ、我が至高の呪いを食らえ。『死呪刻』!!」
ハセウムの両手が怪しく輝き、蛮族の集団が毒々しい靄に包まれた。その靄を満足気に眺めていたハセウムだったが、唐突に顎を落とした。
靄を突っ切って、蛮族達は元気にハセウム目掛けて走って来ていた。
「はーーーーっ!? 私の呪術が効かないーー!!??」
「このお馬鹿! 下がってなさい!」
ハセウムの横を風切り音が通り抜け、蛮族の集団は強かに全身を打たれて吹き飛ぶ。鞭を翻したカーラは前に出ると、残る蛮族を鞭で打ち剣で貫いてトドメを刺す。
「ハセウムどん、まさか錬金術のやり過ぎで鈍ったか?」
「そんなわけは無い! 不死者の王に転生した私が呪術に失敗する事はあり得ん! となれば、こいつらには呪術が効かないのだ」
「そうみたいね。私の『麻痺呪刻』も効いてないわ」
新たに出現した蛮族に呪いをかけていたカーラがそれに同意する。カーラはすぐに呪術を諦めて鞭と剣で応戦する。
ボーグダインの方にも続々と蛮族の群れが出現していたが、逆にそれを上回る速度で殲滅していた。
「弱いブヒねー。そこらのチンピラでも、もうちょっと考えて動くブヒよ」
ボーグダインは直立不動のまま、片手で剣を振り回して欠伸混じりに蛮族を殲滅している。
暴風の如き剣捌きによって、蛮族は叩き切られ、吹き飛ばされ、血煙と成り果てて消え去っていく。
「むう……呪いが効かぬとも私にはこの膨大な魔力がある! 食らえ、『血喰蟲』!!」
ハセウムが蛮族の集団へと両手を向けると、その手から真っ赤な魔力が迸り、水飛沫のように飛び放たれた。
それらの粒は無数の小さな虫へと変化し、雲霞の群れとなって蛮族を包み込む。
数え切れぬほどの肉を裂き血を啜る音が重なり、数秒後には幾重にも重なった虫の繭から煙が噴き出し、蟲もまた消え去った。
「ふふふ、どうだね。死霊術と言えど、直接攻撃魔法が無いわけでは無いのだ!」
「お前さんの魔法えぐ過ぎるんじゃ。わしらの見ておらんところでやってくれ」
ゲーっと舌を出し、吐きそうになりながらデイボーは首を振っている。カーラとボーグダインも嫌そうな顔を隠そうともしていない。
ハセウムはしょんぼりと膝を抱え、地面にのの字を書き始めてしまった。
「いじけとる場合か! 他の魔法で対処せんかい!!」
デイボーの一喝を受けて、わたわたと立ち上がるハセウムだったが蛮族の増援は更に続いていた。仲間の悲惨な末路を見ても一切動揺せず攻めてくる様子に、四人の背に戦慄が走る。
「ええい、勿体無いが死ぬよりマシじゃ!」
デイボーは腰のポーチに手を突っ込むと、火打石と拳大の球を取り出し、球から伸びた紐に器用に片手で着火する。
「どうりゃあああああ!!」
そして思いっきり蛮族の群れ目掛けて投げつける。
球は蛮族の一人に当たってひっくり返らせると地面に落ち、他の蛮族はそれを迂回して進もうとする。
球が蛮族の陰に隠れて見えなくなった瞬間、轟音と閃光が広間に木霊し、炎の渦が蛮族の大集団を包み込んで灰燼へと変えてしまった。
「はーっはっは、いい威力じゃわい! 今度の木人君に着ける自爆装置はこれを二、三個積むことで決定じゃな!」
「……こんの大馬鹿! 閉鎖空間でどでかい音鳴らすな!!」
ドゲンッ!
「亜qwせdrftgyふじこlp……!!??」
両耳を押さえたカーラがデイボーの頭に踵落としを決める。デイボーは頭を押さえて形容し難い呻き声を上げ始める。
他の仲間達も突然の轟音と反響に耳を押さえたり頭を抱えたりしていた。爆発の範囲は凄まじく、爆風のあおりを食らってか、後続の蛮族達がすぐに来る様子は無かった。
そんな中で、ボーグダインが最初に眉間に険しい溝を刻んだ。
「おい、何か変な振動を感じないブヒか?」
続いてカーラが身を固くし、デイボーが顔を青褪めさせる。魚人すらおたおたし始める中、ハセウムだけは何も分かっていなかった。
「な、何かあるのかね?」
「まずいぞ……この感じ……崩落じゃ!!」
ドワーフ故の感性か、事態の深刻さを真っ先に感じ取ったデイボーはボーグダインの元へすっ飛んでいく。
「おいボーグダインどん、先に立って出口まで走るんじゃ! 下手すると皆生き埋めになるぞ!」
「なんでこんな事になったブヒ!?」
「すまん、わしの爆弾のせいじゃ」
「お前あとで絶対ぶちのめしてやるブヒーー!?」
二人が大慌てで走り出す間にも広場を震わす震動はどんどん増していき、ついには天井から小石も振り出した。
「ちょ、ちょっとそこの魚人間、早く道案内なさい!」
「ま、待ってくれたまえカーラ、こ、腰が抜けた……」
カーラは魚人の手を強引に引っ張って道案内させようとするが、その足に取り縋るハセウムが妨害してしまう。
「あんたは不死身の不死者の王でしょうが! 後で掘り出して上げるから、ここで埋まってなさい!」
「そ、そんな殺生な。第一、いつ頃掘り出してくれるのかね?」
「えーと、数百年後くらい」
「ダークエルフの寿命的に考えても微妙な時期まで先延ばししないでくれぇ!?」
そんな醜い言い争いをしていると、先を行ったボーグダインとデイボーが泣きそうな顔で走り戻ってきた。
「もう駄目じゃーー!?」
「こんなところで死にたくないブヒー!」
二人は先を争って元来た狭い道に飛び込もうとして、どっちが先に入るかで掴み合いの喧嘩を始める。
「ちょっと何をして……る……」
そこ尋常でない様子にカーラが声を掛けようとして、ふと震動の質が変わっている事に気付いた。そして地揺れの音色に、絶望的な大きさの水音が混じっている事に。
カーラはゆっくりと視線を巡らせ、その途中、自分の後方を見上げて顎を限りなく開けているハセウムを視界に収める。
それを無視して完全に後ろを向けば、天井まで届く水柱と、家すら飲み込みそうな大波がすぐそこまで来ていた。
(……故郷のお父さんとお母さん、元気かなぁ……)
絶望を前に精神が退行したカーラは、穏やかな笑顔で最悪を受け入れた。
地下広場に悪党四人組の悲鳴が木霊しかけ、波音に紛れて消えて行った。
大変遅くなりまして申し訳ありません。基本『アウトキャスト』優先のため、こっちの更新頻度はお察し下さい状態になってます。
どうか気長にお待ち下さい。お読み下さり、ありがとう御座いました。




