第31話 襲来! 蛮族の軍勢来る!! 前編
前回のあらすじ:主人公の翔は卒業試験代わりの遠征に参加し、蛮族の襲撃に悩むコーツ子爵領の街エウロに辿り着いた。他のヒーロー仲間や幼馴染と共に町での休暇を楽しんでいる最中、外部の協力者である、異世界からの転生者、忍者の義影と情報交換を交わし、この遠征には別の目的がある事を示唆される。そして、街中には昔遭遇した犯罪者の剣豪ボーグダインも居たのだった。騎士隊長ウィルととある高等学校の学生の協力もあってボーグダインは撃退したものの、取り逃してしまう。そして高等学校の学生は自分の名前を言い残して去って行ったのだった。『デルキウス』と。
街が平和を取り戻したかに見えたその夜、エウロの街の外に、多数の蛮族の群れが現れたのだった。
ボーグダインを逃した後、僕はしばし騎士団の方々に事情聴取を受ける事になり、ウィル隊長が直々にその気難しい顔で僕の供述を聞いていた。
一通り話し終えると、ウィル隊長が口を開いた。
「…ふむ、経緯は分かった。犯罪者に臆せず、よく通報してくれたな。まあ騎士団養成学校の者ならば当たり前だが……」
そこでウィル隊長は言葉を切ると、少々からかうように口の端を上げた。
「自分で退治しよう、とは思わなかったか?」
「衛兵、そして騎士すら出し抜いた犯罪者を相手にするのは荷が重いと判断しました」
まあ退治出来るだろうけど、後処理が面倒なので最初から公的機関に丸投げしました。…とは言えないので、無難な回答を述べて口を噤む。
ウィル隊長は今度は楽しげな笑みに表情を変える。
「くはっ…! トリスタンから聞いた通りだな。ロイの息子は妙に真面目で、年に似合わない硬い物言いをする」
「父をご存知なので?」
「おうよ。お前の父とトリスタンは三つ下の後輩だ。しかし、猪突猛進だった父親より、お前は頭が回るようだったな。あのボーグダインの集中を乱すとは、将来が楽しみだ」
「お、お褒め頂き光栄です」
その言い方がまたツボだったのか、ウィル隊長は愉快そうに笑う。
「わっはっは! 処世術も中々のものだ。だが謙遜だけではいかんぞ、ああそれと……」
忠告が始まるかと思いきや、ウィル隊長はすっと顔を近づけて僕の耳元に囁く。
「あの高等学校の学生と、何を話していた?」
それは殺気こそないものの、底冷えするような強烈な威圧感を伴っていた。僕は身を固くし、勝手に攻撃を始めないよう体を必死に止めながら答えた。
「その……『構え』に関してのお話しを少々。それを元にボーグダインの裏をかく方法を考えました」
「他に聞いたことは?」
「いえ、特には……」
名前は聞いたけど、それは言うなと念押しされてる。
しばらくウィル隊長と睨めっこの末、漸く信用してもらえたようで、ウィル隊長は身を引いた。
「そうか……。遅くまで付き合せてすまなかったな、もう宿舎に戻っていいぞ。明日までの休みを楽しむといい」
「はいっ! 失礼します」
僕は敬礼を残して、騎士団の宿舎を後にしたのだった。
◆
外に出ればもう完全に日が落ちていて、様相の変わった町並みにげんなりしていると、出口のすぐ近くに、ヒーロー仲間とサラ、リーザ、それに何故かアンドレイさんとニコル、リンイーが揃い踏みしていた。
「よう、親友。災難だったな」
「お疲れ様。話はサラ達から聞いたよ」
「え、二人ともわざわざ迎えに来てくれたの?」
何と言う友情だろう。騎士団の隊長とサシで事情聴取受けて疲れた僕には、ちょっと感動で泣きそうだ。
リンイーも心配そうに駆け寄って来て、猫耳を上げたり下げたり落ち着かない様子だ。
「大丈夫だったニャ? 王都でも指折りの犯罪者と戦ったって聞いたんニャけど」
「戦ったっていうか、煽ったっていうか……」
「ニャ?」
面と向かい合って戦ったのは騎士の方々とウィル隊長だしなぁ。言葉を濁す僕に、リンイーは不思議そうに小首を傾げる。
「言葉一つ発するだけで、騎士様でも勝てなかった犯罪者を叩きのめしたって、ニコルが言ってたニャよ?」
「おいコラ、ニコルー!? 誤解を招く言い方してんじゃねえ!」
「奥義『口八丁』は代々商人の家系に伝わる戦いの技……。我が弟子フィアルよ、よくぞ体得した!!」
僕は無言で、邪法『妄言流布』を繰り出すニコルに腹パンを慣行した。腹を押さえてうんうん唸るニコルの背中を、アンドレイさんは慰めるように撫でながら僕に顔を向ける。
「ともかく、今日はゆっくり休んだ方がいい。明後日からの行軍に疲れを残さないようにね。後のことは僕とニコルがやっておくから」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませて貰います。……頼むぞ親友、アンドレイさんの足引っ張らないようにな」
「お、おうよ……。でも後で覚えてろよ……」
最後に、僕は勇と乱のところへ向かい、声を潜める。
「ボーグダインの件、どうする?」
「可能なら、今日の夜と明日を使って捕まえたいな。あいつが居る、ってことはあの骸骨野郎と褐色美人呪い師も居るだろうからな」
「あとゴーレム使いのドワーフもね」
勇も乱も、数年前に煮え湯を飲まされた存在は忘れ難かったようだ。僕も同じで、あの時取り逃がした屈辱が心に蘇っている。
「……今は皆もいるし、後で通信機を使って話そう。また連絡する」
最後に二言三言、別れの挨拶を交わした僕らは、それぞれの宿へ向かって移動し始めたのだった。
◆◆
「ふう、しかし疲れたな……」
僕らの班に割り当てられた部屋に向かって宿の廊下を歩いていると、思わず溜息が漏れてしまった。体の疲れより、ウィル隊長と差し向かいだった気疲れが大きい。
「フィアル、無理しないでね。きつかったらいつでも言ってね?」
「ありがと、サラ。とりあえず少し仮眠を取るよ」
サラの心遣いに感謝を述べてる間に部屋に着いたので、愛しのベッドを求めて急いで扉を開ける。
「!? イヤ~~ン、ノックも無しに入って来ないで欲しいッス!!」
「そうだぞ、翔。きちんとマナーは守らないといかん」
部屋の真ん中で、ドラム缶と忍者が向かい合わせにお茶を飲んでいた。何故かちゃぶ台と座布団まで設置されている。
バタンッ
僕は扉を閉めた後、頭を冷やすしばしの時間を欲した。そしてある程度冷静さを取り戻したところで、ゆっくり周りを確認し、こちらを見ていた人間が居ないか探す。
幸い、廊下には僕、サラ、リーザの三名しか居ないようだった。それを確認した僕は、ドアを蹴り開けたい衝動を抑えてドアを三回ノックする。
「「どうぞ」」
やっぱり二人分の声が聞こえてきた。さっきの光景が幻覚だったら良かったのに。
他の部屋の人間に不審がられないよう、僕はゆっくり扉を開けて素早く部屋の中に滑り込んだ。
「お、感心だな。ちゃんと入るところからやり直すとは」
「流石っス、フィアル坊ちゃん。上に立つ人間はそうあるべきっス」
「何で二人とも居るんだ!? アンドレイさん達に見つかったらどうするつもりだったんだよ!」
開口一番、このTHE・不審者共に説教を開始する。しかしこの不審者、失礼、不審物一個と不審者一名は何食わぬ顔で肩を竦める。
「誰が入って来ようとしてるかなんて、アッシのセンサーでばっちり分かるっス」
「気配で人を識別するくらい、俺ほどの忍になれば造作も無いことだ」
「あーもういい、分かった。で、なんで義影がここに?」
玄衛門さんはいつも近くに隠れているの知ってたが、義影がここに居るのは完全に想定外だった。義影は湯のみを置くと顔を引き締める。
「後ろの二人と、残りのヒーロー二人も含めて緊急の知らせがある。中に入って戸を閉めてくれ」
義影の要請に応えて、サラとリーザは訝しがりつつも、彼の言う通りに部屋へ入り、ドアにしっかり鍵もかける。
「それで、用件は?」
「『蛮族』の集団ががこの街に近付いている」
単刀直入に、それに過ぎる程に義影は恐ろしい話を切り出した。絶句する後ろ二人を残し、僕は義影の顔をじっと見つめる。だがそこに一切の冗談めかした雰囲気は無かった。
「本当……なんだね」
「現在は街のすぐ近くの森に潜んでいる。百やそこらの規模じゃない、千単位の数だ」
カタカタと微かに震える音が耳に入る。僕は後ろを振り返ると、顔を急速に青褪めさせ始めた二人に近付く。
「大丈夫、僕が絶対守るから」
そう言って二人の肩を抱き寄せて少し強めに力を込める。腕の中で、不思議なほどすぐに二人の震えが止まった。
「うん、信じてる」
「……分かってるわよ」
とても嬉しそうな声と不機嫌な呟き声。調子の戻った友人達に精一杯の笑顔を見せて、振り返る。
「潜んでいる、って事は…すぐには攻撃して来ない?」
「今夜、もっと遅くだな。俺の勘では後二~三時間以内、皆が寝静まった頃に攻撃が始まると思う」
「どこから来たのだろう?」
「方角からして前線の城塞都市コーツラン方からだろうが、あの町が落ちたとは考え難い。早馬の知らせを出す間も無く街が落ちるとは思えん」
義影は、真剣な話は肩が凝る、とばかりに首を廻す余裕を見せながら話を続ける。
「仮にそうだとしても途上の町や村からも知らせが無いのは解せん。長躯この街を狙った浸透部隊かも知れん」
「何でわざわざこの街を? 騎士団の妨害のため?」
「そこまでの知能と情報網があの毛玉共にあるようには見えなかったがな。いずれにしろ、この街のピンチだぞ、ヒーロー」
うわぁ。今更だけど、面と向かってヒーローとか言われると凄い恥ずかしい。ちょっと顔が熱くなっているのを自覚しながら、僕は通信機を取り出す。
「勇と乱にも連絡入れるから、繋がった後で詳しい話を頼む」
「ああ。……玄衛門さん、お茶をもう一杯」
「分かったっス。この『面倒臭がり急須』があれば、お茶、紅茶、コーヒーまで幾らでも飲み放題っス! あ、砂糖とミルクは付けるっスか?」
「いや、俺は緑茶はストレート派だから」
「……ついでに僕にも頼むわ」
変に馴染んでいるドラム缶と忍者を目の当たりにしたせいか、より増してきた疲労感を拭うべく、僕もお茶を求めたのだった。
ちなみに秘密道具『面倒臭がり急須』のお茶の味は、コンビにで売られているお茶そっくりの味だった。味にこだわりが見られない辺り開発者も面倒臭がりだったのかも知れない。
◆◆◆
勇と乱の間に通信回線を繋ぎ、粗方事情を話し終えた僕は重々しく口を開いた。
「どうすればいいと思う?」
「「う~~ん……」」
異口同音に悩ましい声を上げる二人。それはそうだ、本来ならばこれから街に潜むボーグダイン達を捕まえようと考えていたんだから。
眼前の蛮族か、街中の犯罪者か、どちらに対処すべきか厳しい判断を迫られている。
「義影の要求は何なんだ?」
「俺は単なるメッセンジャー。たまたま蛮族を街の近くで発見したから、協力者のお前達に報告しただけだ」
判断はこっちに任せる、と言って義影はお茶を飲みながら沈黙する。
ボーグダイン達を捕らえるか、それとも蛮族と戦うか、その選択が僕らの心に重く圧し掛かる。
それを見かねたわけでは無かろうが、義影は更に続けてくる。
「だが俺の雇い主、金市ならば蛮族に対処して貰いたいだろうな。あのボーグダインとかいう犯罪者共は街に潜んでいた事から直接的には街の脅威にならないだろう。だが蛮族は兵も民も区別無く襲うぞ」
……なら腹は決まったな。僕は立ち上がり、ヒーローギルドのトップとして決定する。
「蛮族と戦おう」
「ま、リーダーならそう言うと思ってた」
「ボーグダイン達には逃げられる可能性が高いけど……いつか必ず捕まえよう」
「僕もフィアルの考えに賛成するよ」
勇と乱、それにサラも合意してくれたので、これでヒーローギルドの方針は固まった。後はどう対処するか、だ。
「勇、蛮族の隠れてる森へ式神を送ってくれないか?」
「もう送ってる。到着まではもう少しかかるけどな。街周辺にも放ってはいるが、今のところ蛮族らしき姿はない」
仕事の早い仲間ってステキだ。ついでに僕のセンサーも幾つか運んで貰おう。
「で、蛮族をどうするか、だけど……森へ行って直接叩きのめせばいいのかな?」
「派手に暴れると今後の遠征に支障が出ないか? 蛮族が出現した調査とかで」
勇が懸念を示すのに応えるように、義影も口を開いた。
「一番いいのは、蛮族が居たという痕跡すら残さず殲滅することだろうが……それは無理だろうな。足跡だけでも大量に残っているし、使っている武器などの物証も全部は片付けられないだろう」
「乱の魔法で痕跡を消すのは無理?」
「……『マジカル・ルナヒーリング』の事? あれって時間が経ち過ぎていると修復できないよ。少なくとも足跡は無理だろうし、それに森全域に魔法をかけると確実に街の衛兵にばれる」
どうにもままならないなぁ。……しかし嘆いている暇は無い、ばれてしまうのならばいっそ……。
「……派手にやってみるか……?」
僕の呟きに、他の皆は一様に首を捻っていた。
◆◆◆◆
蒼華騎士隊隊長のウィルはファイルの事情聴取が終わった後、束の間の休暇を味わっていた。明後日からまた始まる遠征を前に、自室に割り当てられた部屋で一人酒と興じていた。
「……ふぅ。これを楽しめるのも二、三ヵ月後か。どうせならトリスタンも呼べば良かったか」
ウィルはグラスをテーブルに置くと、また酒を注いでグラスを持ち上げる。強い火酒の香りを嗅ぎながら、ふと外へと目を動かす。
「しかし、今日は珍しい日だった。豚人にあのような剣士が居たとはな……」
ウィルは昼間対峙したボーグダインの姿を思い浮かべて目を鋭く細め、そしてそのボーグダインを言葉だけで撃退したフィアルの姿を思い出し、顔を綻ばせる。
「あの少年……義理の息子とは聞いていたが、中々どうして頭の回る子じゃないか。ああいうのが部下に居るのも面白いかも知れん」
だが次に、酒場でフィアルと会話していた青年の顔が脳裏に浮かび上がったことで、ウィルの顔が引き締まる。
「一体、何を話されたのか……」
ウィルの独り言とささやかな休息は、その時点で打ち切られた。ウィルは街の空気が変わったのを敏感に感じ取った。
騎士団の長を任じられる程の卓越した騎士である彼は、それから数十秒後に聞こえてきた荒々しい足音を耳にする前に、既に武装を整えていた。
乱暴にドアをノックする音が聞こえ、それを上回る強い語気でウィルは入室を許可する。
「入れ!」
その言葉に従い、転がり込むように騎士の一人が戸を開けて入って来た。
「失礼します! 火急の用件で報告に参りました!!」
「前置き不要。とっとと報告せんか!!」
ウィルの叱責に騎士は反射的に背筋を伸ばし、訓練してきた通りに簡潔明瞭に答えた。
「街近郊の森より蛮族が出現しました! エウロの街に向かって進撃中です!!」
「…! すぐに町の衛兵隊にも連絡を回し、蒼華騎士隊の当直を先に森側の防壁へ送れ。残りは完全武装後、同様に。バセム教会と魔術師ギルドの方にも連絡を送れ、その際はそれぞれの長に防壁下まで来るよう伝えろ。俺はそこで指揮を執る」
「幼年学校と高等学校の学生については?」
「待機だ。ただし全員叩き起こして即座に動けるようにしておけ。場合によっては市民の避難誘導を担ってもらう」
騎士は敬礼を返すと、矢のような速度で部屋から飛び出て行った。ウィルも続いて部屋を出て、早足で外へ向かう。
(最悪、彼らだけでも……)
ウィルの頭に、若き未来の騎士達の顔ぶれが通り過ぎていた。
一際強く、一人の青年の顔も。
◆◆◆◆◆
エウロの街の片隅にある、あばら屋が集まった下層民の住宅街。夜には静まり返るその場所も、町のざわめきに釣られて起き出した人々によって不安げな喧騒が渦を巻いていた。
それ故か、ある寂れた廃屋から響く音は喧騒にまぎれ、目立ってはいなかった。
「あばばばばばっ……お、王都の騎士団がなんでこんな辺鄙な土地まで……!?」
「知らんがな、そんな事! ハセウムどん、焦っとらんと荷物を纏めい!!」
カタカタ音を鳴らして骸骨頭を抱える臆病な不死者の王に、狂気のゴーレムマスター、デイボーはでかいリュックサックに工具を積めながら叫ぶ。
隣の部屋からも荷物を押し込むような、布や金属の擦れ合う音が聞こえる。
「全く…! やっと拠点に使えそうな所が見つかったと思ったら、また逃げ出す羽目になるなんて……。あんた達と組んでから、私の人生ケチが付きっ放しよっ!!」
甲高い声はヒステリックな女性のそれ。しかし込められた感情は嫌悪すら滲んでいた。怒られたハセウムは頭を抱えたまま蹲ってしまう。
「わ、私のせいじゃない、私のせいじゃない……」
「おい、カーラ。プリンメンタルのハセウムをいじめるなブヒ。可哀想ブヒよ」
「勝手に遊びに出た挙句、王都の騎士団に思いっきり発見された豚は黙りなさい! 味方増やそうたって誰も擁護しないわよ」
一人荷物を纏め終わっていたボーグダインに冷たい視線が集中する。自身の落ち度は自覚している彼は気まずそうに視線を逸らした。
すると明後日の方向を見ていたボーグダインは、訝しげに顔をしかめるとフゴフゴと鼻を鳴らし始める。
「何してるのよ。鼻でも詰まったの?」
「いや……なんだか生臭い臭いがするブヒ」
隣室から荷物を纏め終わったカーラが出てくると、ボーグダインはある一方を指差して珍しい困惑顔を見せる。指差した先は、騒々しい玄関口に対して酷く静かな裏口だった。
カーラも鼻を鳴らして嗅ぐと、微かに異臭を感じた。
「ちょっとデイボー、あんた料理当番だったでしょ。裏庭に生ゴミとか置いたの?」
「あっちは古井戸があるから物を置かんと決めたじゃろ。外まで水取りに行く必要ないから高い家賃払ってこの家を拠点にしとったんじゃから」
「生ゴミは置いてないのね? ……ボーグダイン」
「分かってるブヒ。何か居るブヒ」
カーラが顔を引き締めるのと同時に、ボーグダインが腰の剣に手をかける。二人は裏口の扉の奥に、底知れぬ居ような気配を感じ取っていた。
二人の緊張がハセウムとデイボーにも伝播し、四人は裏口を囲むように位置どる。
そのまま時が流れるかと思いきや、ハセウムは自分を見つめる仲間達の視線に気付く。
「な、何かな?」
「あんたが一番死ににくいんでしょ。開けなさいよ」
不死者の王へと転生したハセウムは、自らを死を超越した存在であると常日頃から自慢していた。物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性を持ち、秘術で高められた耐久力は並大抵の事では打ち破れないと。
今彼は、そんな自分をマウント取ってぶん殴りたい気分に駆られていた。
ハセウムは生来の臆病さと不死者の王としてのプライドの狭間で壮絶なジレンマを味わい、そして何とかプライドを保つことができた。
「よ、良かろう。私が様子を見てきてやろうではないか」
精一杯の威厳をへっぴり腰で台無しにしながら、ハセウムは恐る恐る裏口へと歩を進める。
その場の雰囲気が空気を読んだのか、外からにわか雨が降り出す音が聞こえだし、雷の轟きまで響いてきた。
ハセウムは湧き出すことの無い唾を飲み込むフリをして心を落ち着かせ、裏口のノブを掴むと一気に開け放った。
カッ!!
その瞬間、稲光りが外を照らし、裏口の前に佇んでいた人物の姿を映し出す!
裏口に立っていたのは、スマートな手足を生やした小ぶりの鮪だった。
「--------!!!???」
骨を引き裂くような……訂正、絹を引き裂くような……再訂正、骨が擦りあうような悲鳴は幸いにも、雷鳴りの音に掻き消されたのだった。
◆◆◆◆◆ ◆
エウロの街は俄かに騒がしくなっていた。街の衛兵隊と駐留していた騎士達が一斉に動き出したことで、ただならぬ事態が起きていることは市民の目にも明白であった。それ故、夜にも関わらず起き出した彼らは不安そうに情報を交わし、間違った情報、恐怖を煽るだけの情報が氾濫する土壌が生成されかけていた。
蛮族が発見された側の都市の防壁へ着いたウィルは、道中見てきたその有様を思い出して苦虫を噛み潰したような顔を晒していた。
そんな彼に衛兵隊の隊長が話しかける。その顔もまた苦いものがあった。
「市民の避難誘導はどうしますか?」
「騎士養成学校の幼年部と高等部の生徒を使う。生徒達の指揮権を一時的に衛兵隊へ移すから、そちらの戦力を一部抽出して指揮を執れ。残りは俺の指揮に従え」
「……戦時特例法に従い、上位の騎士団へ指揮権を委譲します」
衛兵隊長は市民の安全が担保されたと確認し、苦かった顔を漸く緩めてウィルへ敬礼する。ウィルは敬礼を返す猶予も惜しみ、防壁の上へと続く階段へ向かう。残された衛兵隊長もまた見送る間を惜しんで、すぐに避難誘導のための部隊編成にかかった。
防壁の上へと辿り着いたウィルは防壁の端から身を乗り出し、眼下の暗闇へと視線を落とす。
「チッ、暗いな……」
思わずウィルの口から舌打ちが漏れる。
もうすぐ弓の射程範囲に届くであろう距離に、波のように蠢く蛮族の群れがウィルの目に映っていた。だが夜闇の中では全体の蠢きが見て取れる程度であり、詳細は分からない。
ウィルが目を凝らしていると、ふと空の天気に違和感を覚えた。
突如として雷鳴が鳴り始め、小雨が騎士達の体を叩き始める。ウィルが好機と目線を下げれば、タイミングを計ったように発せられた稲光が、一瞬だけ蛮族達の姿を鮮明に映し出した。
その一瞬の内にざっと周囲を見渡したウィルは、身を起こすと淡々と話し始めた。
「……百前後の集団が……十くらいか。森に増援が隠れているとして…最大で二~三千。それ以上は森に入るまい」
ウィル隊長の見立てに衛兵隊は身を固くする。そして雷鳴に釣られた様に眼下の蛮族達が進撃を開始した。
衛兵隊の動揺は大きく、呻き声や掠れた悲鳴がそこかしこから響いてきた。
しかし蒼華騎士隊の面々はただ静かに佇んでいる。それを当然の如くウィルは見回し、ざわめく防壁上の衛兵達を圧するごとく堂々と声を張り上げる。
「我らが蒼華騎士隊、王家への忠誠を全う出来ぬ事以外に恐れるもの無し! たかが蛮族の二千や三千、何するものぞ!!」
騎士達は無言で弓を取り、矢をつがえ、弦を引き絞る。
「殲滅せよ! 我らが王の御為に!!」
ウィルの号令に続き、騎士達の咆哮と飛翔する矢の風切り音が響き渡った。
◆◆◆◆◆ ◆◆
「やばい、完全に出遅れた!? 誰だよ、凝った演出で皆を驚かせようとか言った奴!?」
「嵐の天気が欲しい、雷の光と一緒に浮かび上がる演出がやりたい、って言ったのは勇だよね?」
防壁から矢の雨が降り注ぐ光景を、ヒーロー三名と玄衛門さんは、街の中心にある広場に面したバセム教会の屋上から呆然と眺めていた。
僕の考えた作戦はこうだ。
まず蛮族の襲撃が市民に隠し切れない以上、逆に知らせる方向で考えた方がいい。その際に、僕らヒーローギルドで片付ける、という事をアピールする事で安心感を与える。
無論、市民から見ればいきなり出てきた僕らは怪しさ満点の人物なので、実際に僕らと蛮族が戦っている光景を街の広場に映し出す事で、正義のヒーローをアピールする。ちなみに玄衛門さんの秘密道具で上映予定だった。
騎士団がどう介入してくるかが気がかりだったが、とりあえず蛮族との戦いに決着が着くまでは静観するだろう、と考えていた。
この作戦によりエウロの街の救出と、僕らの安全性と有用性を市民に印象付けて今後のヒーロー活動をやりやすくしよう、という広報が一辺に出来てしまうのだ。まさに一石二鳥!
投石段階でしくじったのが、プロデューサーの詰めの甘さだった。役者の暴走を止められなかった怠慢は万死に価するだろう。僕だけど。
「どうする、無理矢理にでも戦いに割って入る?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
既に『マジカル★ルナティクス』に変身した乱が天候操作魔法をいじりながら聞いてくるが、頭を抱えている僕の脳内はそれどころでは無かった。
戦闘が始まった状態で下手に動くと、最悪ヒーローギルドが犯罪者集団に認定されかねない。どうしたものかと頭を悩ませていると、通信機に着信が入った。
通信者名は、義影、となっていた。ちなみに義影にもヒーロースーツ謹製の通信機を渡していたのだった。
「はい、こちら『ディメンジョンマン』」
「分かり難いから翔と言ってくれ。ヒーローに成りきっているところ悪いが、街中の数箇所で混乱が起こっている。恐怖心に駆られた市民が暴れたり略奪に走ったりしているみたいだ」
最悪の事態が仲間を連れて来たみたいだ。泣きっ面に蜂を嘆く暇も無く、義影の淡々とした声が続く。
「どうにもお前達の作戦は破綻したみたいだからな。この際、金市の心情は無視して治安維持に活動を切り替えてもいいんじゃないか?」
ぐぬぬ……折角エウロの街でもヒーローギルドの活躍を誇示する機会になると思ったのに……。
「仕方無い、玄衛門さんは蛮族との戦闘状態を確認してて。劣勢になるようだったら、もう無理矢理にでも介入して助ける」
「了解っス」
「僕ら三人は、一旦別れて街中で暴れている人達を落ち着かせよう。喧嘩とか暴動鎮圧優先で」
「あいよ」「任せて」
一言残して勢い良く散る二人。言葉も交わさず別方向に分かれられるのは、長年ヒーロー活動を共にした賜物だろう。
「義影はどうする?」
「俺は別にやる事がある。気が向いたら手伝ってやるさ」
「……素っ気無いけど、義影って結構僕らに協力的だよね」
「お前達の信念は嫌いじゃないからな。切るぞ」
あ、速攻で切った。照れ屋だな意外と。
僕は知り合いの新たな一面に含み笑いつつ、教会の屋根を蹴って街中を移動し始めた。
……
スーツのセンサーで何か事件が起きてないか探しつつ屋根伝いに移動していると、ある時スーツが言い争うような音を検知した。
音のする方を向けば、路地の一角に雨合羽のようなマントを被った人が、同じ様なマントを被った三人に囲まれていた。
言い争う内容は、さきほどから降り始めた雨の音と声自体が小さいので判断できない。
しかし周りを囲む三人はじりじりと距離を詰めていて、今にも襲い掛からんばかりの姿勢だ。
僕はスーツの感度を上げる暇も惜しんで、路地に身を投じた。
……
「……なあ、ほんの少しでいいんだ。行かせてくれないか?」
「駄目だ! いくら蛮族が弱くても、都市を囲むほどの数なんだぞ!? 物見なんて……正気の沙汰じゃない!」
「俺達を困らせないでくれ、デル……いやジョルジュ」
さて、どうしたものか。蛮族の到来に好奇心を刺激され、知識欲の赴くままに宿を抜け出したはいいが、少々友人達の追跡能力を甘く見積もっていたらしい。
ロッキー、ヘンリック、ジョン。心配性な三人の友人達に囲まれるたこの状況から如何に脱するか、これもまた心躍る命題であるが、説得は難しそうだ。
この遠征、ただの一学生として来たわけではない。これは俺の飛躍の為の一歩であり、成長の為の糧なのだ。ここで死ぬ程度ならば、もとより俺の目標に至る前に死ぬ定めだったと思える。
だから、今王国に攻め寄せる『蛮族』の情報は是が非でも欲しく、この目で見定めておきたい。
だが、それを目の前の友人達に理解してくれ、というのは少々酷かも知れない。彼らの心配も立場も分かる。
何か穏便に済ませる方法は無いか。考えに耽りつつ、ふと雨空見上げると……赤い何かが降ってきた。
「名乗りも上げずに、不意打ち失礼!!」
ドゴォッ!
赤い何者かは、ご丁寧に早口で不意打ちを謝罪しつつ、ロッキーの後頭部を殴りつけて昏倒させた。
「な…!?」
「賊か!?」
「一人を三人で囲む奴らが賊とか言うな!」
ヘンリックが腰の剣に手を掛けた時には、既に赤い何者かは懐に潜り込んでいる。そして重い打撃音が響いて、声も出さずにヘンリックが倒れ込む。
ヘンリックが道路に横たわる前に、赤い何者かはジョンへと肉薄していた。
「貴様ぁっ!!」
ジョンは抜刀の勢いのまま剣を振るい、しかし鋭い剣線はあっさりとかわされ、持ち手を掴まれたジョンは背負い込まれるように宙を一回転し、地に叩きつけられる。
「がはっ!?」
「せいっ!」
鳩尾に拳が打ちつけられ、ジョンの体の動きが止まる。だが死んではいないよう加減されていたようだ。
騎士養成高等学校の精鋭三名を瞬く間に下した赤い不審者は、一息吐くと急に狼狽し始めた。
「……!? せ、先輩がた? え、何でここに……?」
妙な形状をした赤い兜のせいか、くぐもって良く聞こえなかったが……今『先輩』と言ったか?
「おい、そこの不審者」
「だ、誰が不審者だと……状況的に僕だ!?」
「その通りだな。お前の言動から多分俺を助けようとしてくれたのだろうが……この三人は俺の友人で、勝手に外出した俺を連れ戻しに来ただけだ」
「ひぃっ!? やってしまったー……。あ、あのごめんなさい……あれっ?」
赤い不審者は俺の顔を見上げると、ふと気付いたように動きを止める。よくよく見れば、意外に小さい背丈をしているな。
「なんだ? 俺の顔に何か気になる事でもあるのか?」
「あ、いいえ。べ、別に何も無いです、はい」
赤い不審者は下手くそな演技で同様を誤魔化そうとしている。見ようによっては愛嬌のある動作は、どうにも暗殺者や狂人の類に見えなかった。
それに、この距離感というか……見下ろしながらする会話は最近どこかでやった気がする。
それはともかく、これは僥倖かも知れん。お人好しそうなこいつを使って目的を達しよう。
「ところで、物は相談がある」
「は、はい?」
いきなり相談を持ちかけられた赤い不審者は、怯んだように身を僅かに引く。
「俺はこれから防壁外の『蛮族』を調査に行くつもりだ。お前は俺を助けようとしてくれたからには、危険地帯に俺が行けば勿論助けてくれるだろう?」
「その前に止めます」
「だが俺は行きたい。そこで、幾らか金子を進呈するし友人達を倒した事も目を瞑ろう。だから俺を護衛してくれ」
「え、いやでもその……」
当たり前だが決断できずにいるので、俺はさっさと走り始める。すると慌てたように駆け出す音が後ろから聞こえてきた。やはりお人好しは扱い易い。
「ま、待って下さい! どうしてそこまでして危険な場所に向かうんですか!?」
「俺の生まれた時からの使命の為だ。これは王国の為にも必要なことなんだ」
「『蛮族』の調査がなんで王国の為になるんですか、デルキウスさん!?」
俺は足を止めて振り返る。突然の静止に、後ろの赤い不審者も転びそうになるのを堪えながら止まった。
俺は絶対に聞き捨ててはならない事を問い詰める。
「なぜ、俺の名前を知っている?」
「………あっ」
さっきから俺の心の奥にあった疑いが確信に変わった。
「お前だったか、フィアル・ノースポール」
……
拝啓 僕の友人達よ
僕の正体がばれました。……最悪、玄衛門さんから『黒歴史ライト』借りてこよう……。
不吉な未来を暗示するように、雷雲がこれでもかと雷鳴を轟かせていた。
大変遅くなりまして申し訳ありません。
しばらく執筆活動から離れていたせいで、どうにも文章がまとまらず、また当初予定していたストーリーから大分離れた上に、テコ入れ予定だった蛮族との戦闘シーンも次回に回す事になりました。
言い訳ばかりで申し訳ありません。宜しければ、次回をまたお待ち下さい。
次は『アウトキャスト』の方を執筆しますので、またしばらく間が開きます。




