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第30話 到着! コーツ子爵領!!

前回のあらすじ:卒業試験の代わりに、コーツ子爵領の蛮族討伐遠征に参加する事になったフィアル達。遠征の途中、変な魚人に絡まれたり高等学校の先輩方から妙なシゴキを受けたりと波乱はあったものの、何とか順調に遠征は続いていた。だが目指す先の子爵領には、不穏な影も見え隠れしていた。

*文字数1万5千と多目です。お時間のある時にどうぞ。

 王都を発って早二週間。途中の街で休息などを取りつつも行軍を続け、遂に遠征隊はコーツ子爵領に到着した。と言っても、領地の端っこに到着しただけなのでこれから更に前線へ向かう必要があるが、それでも後二、三日のことだろう。


 子爵領に入って最初の町『エウロ』に入った遠征隊は町民達の歓呼の声で迎えられた。


 地方の町民にとっては王都の騎士団なんて滅多に見ることが出来ない存在であり、なおかつ武勇を誉れとする国家ではおのずと人気も高くなる。



 故に、『田舎の町に国民的アイドルが来た!』状態で大賑わいになっているのであった。



「超カッケー!? 王都の騎士様スゲェカッケー! 騎士様、蛮族どもを蹴散らしてやって下さーい!」


「キャーー! 騎士様、こっちを向いてー!」


「騎士様、騎士様ー。おいらも騎士団に入れてくれ~~!」



 女性の黄色い声やら入団を求める幼い子どもの声などが聞こえてくるが、蒼華騎士隊の方々は一切目もくれずに今日の宿場へと向かう。そのストイックさがまた受けるのか、歓声は止むことがない。


 しかも僕ら騎士養成学校の面々も騎士と勘違いされているのか、僕らにまで声援が送られる。しかしトリスタン先生の眼力が背中に突き刺さるので、僕らも手を振り返したりせず、ただひたすらに前を向いて前進するしかない。


 ただ、魔術師ギルドの班が来た時にさっと静まり返ったのが少し笑えてしまった。



 思ったより地方の住民の反感は少ないみたいだな。確執は地方貴族と中央貴族の間だけの問題かも知れない。



 とりあえず、地方遠征の最初の一歩は躓かずに済みそうだった。



 ◆



 エウロの町は比較的発展した町で、宿場にされた場所は何件も宿が連なっていた。その宿に分散して宿泊することになり、ついでに二日ほど滞在するらしい。


「今日から明日までがまともな町での最後の休息だ。前線に出たら休みなどは無いから、精々鋭気を養っておけ」


 トリスタン先生の有り難~~いお言葉を賜り、僕らにはしばらくの自由行動が認められた。それは教会と魔術師ギルドも同様で、久しぶりにヒーローギルドのメンバーが顔を合わせることができた。



「……おい、なんでリーザも居るんだよ」


「何? 居ちゃ悪いわけ?」


「すまん、尾行を撒けなかった……」



 宿場近くの路地裏に集まったヒーローギルドの仲間達に、リーザも当然の如く参加していた。

 普段ならば追跡を撒くのは造作も無いのだが、僕らは宿場近辺から出てはいけないお達しがあり、かつそんな中で人目を避けれる場所には限りがあった。


 故にリーザの目と鋭敏な感覚から逃れられず、ついに僕らの活動がばれてしまった。


 半眼でリーザを見る勇の顔は渋く、黙っているが乱も物言いたげにこっちを見ている。サラに到っては明らかに不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「あたしだけ仲間外れにするなんて、幼馴染として感じが悪いわよ?」


「……どうせ一人ぼっちが寂しくてフィアルの後を追いかけてきただけだろ。お前俺ら以外に友達いないもんなー」


 勇の囁きが耳に入った瞬間、リーザは無表情に勇の顔に手を伸ばす。勇がその手を払い除ければ、倍する速度でもう片方の手が勇の顔に食い込んだ。


「いででででで!? くそっ、男同士の集まりに女が混じるなよ! 気を遣えよ!!」


「どんな悪巧みしてるか分かったものじゃないから私が監督してあげる。折角の休日潰してあげるんだから感謝なさい」


 酷い理論を聞いた。


 リーザの仕切りたがるところは昔から変わっていないな。妙な感慨深さを感じていると、当のリーザがこっちに顔を向いた。勇の頭は締め上げたまま。


「ところで、何でこの四人で集まってるの? レオン(勇)とサラはまだしも……そっちの魔術師見習いさんはどういう繋がりなわけ?」


「一応、これでも貴族だからもう少し礼儀を弁えて欲しいね。まあ遠征中は別にいいけど」


 乱が丁寧に指摘すると、リーザへ珍しく狼狽して勇の頭を放し居住まいを正す。


「申し訳ありませんでした。貴族様への非礼、深くお詫びします……」


「やーい、リーザの礼儀知らず~~」



 ドスッ



 常人ならば目で追えないほどの速度でリーザの拳が茶々入れした勇の腹に叩き込まれた。ギリギリで致命傷は避けたようだが、勇は咳き込んで抗議する。


「おまっ……俺も武神バセム様に使える聖職者様だぞ! 無礼ではないか!?」


「もっと徳を積んでから出直しなさいよ。破戒僧一歩手前に偉ぶられても礼を尽くす気にはならないわ」


 またぎゃーすか騒ぎ始めた二人を尻目に、乱が僕に問いかけてくる。


「で、どうするの? 他に集まれる場所無いし、彼女は梃子でも動きそうにないけど」


「……まあリーザなら僕らの事を喋ってもいいかな。僕の事はばれてるし」


 十年近く僕の秘密を守ってくれた彼女にならば、今の活動を喋っても問題あるまい。乱は僕が認めるなら、と納得してくれた。信頼がありがたい。



「リーザ、今から僕らの事を話すね。……レオンの顔を変形させる作業はちょっと止めて」



 勇の顔に掴みかかって百面相させていたリーザは、改まった僕の態度に少し困惑したように逡巡し黙って頷いた。


 その後、掻い摘んで僕らの正体、ヒーローギルドの活動内容、ついでにサラに従う玄衛門さんの事などを説明した。

 リーザは前二つについては驚きながらも納得はしてくれたが、最後の一つが理解できないようだった。


「ええと、そのロボットってのが分からないわ。金属製のゴーレムってこと?」


「百聞は一見にしかず。とりあえずリーザ、口を手で塞いで」


 眉を寄せながらもリーザは素直に自分の口を手で塞ぐ。それを確認した後、僕は路地の奥に声をかけた。


「玄衛門さん、お願いします」


「ど~~~~れ、……っス」


 時代劇の用心棒みたいな声を出しながら、暗がりから玄衛門さんのドラム缶ボディが現れた。


「……っ!!」


「おっと、悲鳴は勘弁ね」


 手を放しそうになったリーザの上に手を重ね、彼女の叫び声を封じる。目を白黒させていた彼女だったが、玄衛門さんが静かに佇んでいると徐々に落ち着きを取り戻した。


「……これが……ロボット?」


「そうっス。『TYPE-D型 潜入護衛ロボット』の玄衛門っス! よろしくお願いしやス」


 頭(といっても胴体ごとであるが)を下げる玄衛門さんの態度に、漸く警戒が取れたのか、固かったリーザの体から力が抜ける。


「とりあえず、レオンよりは礼儀を知ってるみたいね」


 リーザはまじまじと玄衛門さんを見つめ、その視線に何故か体をくねらせ始める玄衛門さん。


「ああんっ、そう熱い視線を向けられると熱暴走しちゃいそうっス!」


「やだっ、こいつも変態じゃない」


「玄衛門さん、話が進まないからおふざけはその辺で。とりあえず僕らの今の目的も話しておくよ」


 気持ち悪さに身を引くリーザを捕まえ、路地の外を気にしつつ話を続ける。人通りは無いが、遠くに気配を感じる。誰か来る前に説明と今後の方針だけは話し合わないと。


「僕らの目的は、今回の遠征で死傷者を出さずに蛮族討伐を行うことだ。騎士団はともかく、幼年学校の仲間や高等学校の先輩方ももしかしたら襲われるかも知れない。そうなる前に脅威を排除、または襲われた時に人知れず皆を助けたいんだ」


 リーザの目が軽く見開かれ、そして少し細められる。何となく目が潤んでいるようにも見える。


「リーザ、今まで僕の秘密を黙っててくれた君だから信用して明かしている。この事も他言無用でお願いしたい」


「分かったわ。誰にも言わない」


 力強く了承してくれた。こういう時は結構聞き分けいいんだよな。



「私も協力する」



 おおっと、予想外の一言が追加されました。だが止めようとする僕をリーザは手で止める。


「大丈夫、別に戦いを手伝うわけじゃないわ。貴方達の秘密がばれないように手伝ってあげる」


「ああ、それならお願いしたいな。うちメンバーに女の子が居ないから、女性の力が必要な時は頼むかも知れない」


 僕の言葉にリーザは一つ頷いて、ちょっとだけ笑顔を見せてくれた。

 その笑顔は数年前に学校で再会した時に見せたような、嬉しさがこぼれ出たような笑顔だった。



 ◆◆



 その後、とりあえずの方針として敵の脅威を調べるべく、勇の式神と僕のセンサー、乱の使い魔を使って前線の状況と蛮族の活動などを調べることにした。


 それと平行して町での情報収集も行う。宿周辺からは出られないが、その周辺だけでも小さい市場や商店、入れないけど酒場なんかもある。

 そこら辺で噂話を聞けばコーツ貴族領の現状をある程度掴めるかも知れない。


 そんなわけで、玄衛門さんと別れた僕らは学友達や先輩、騎士の方々に混じって町の一角を練り歩くことにした。




 だが狭い範囲に遠征隊全員が固まっているせいで、町民の姿より遠征隊の面子の方が多い有様だ。商店や市にも遠征隊の誰かが居て、その対応をする為にとても話を聞ける状態では無い。


「う~~ん、どこもかしこも人が多いなぁ。かといって宿場の範囲外には出れないし……」


「そうだねぇ……。でも、僕はフィアルと一緒に居れるだけでも楽しいよ?」


 行き詰った状態ではサラの笑顔が癒しである。でも問題はそこじゃないんだ親友。


「ハァ…情報収集する余裕も無さそうだね。大人しく宿で休んでおく?」


 乱も諦めたように周りを見渡して溜息を吐いている。もうそれでもいいかと僕が方針転換を考え出した時、勇が掠れた声を上げた。


「お、おい……あれ見ろ」


 変な声釣られて顔を動かすと、勇の指差した先には小さな建物があった。



 その建物には看板が掛けられていて『ヤマト総合商社・エウロ支部』とあった。……ついでにその下に簡素な木の板が打ち付けられており、墨筆で『ヒーローギルドご一行歓迎』と書いてあった。日本語で。



「「「………」」」


「?」


「どうしたのよ?」



 急に黙りこくった僕ら元日本人三人衆を、サラとリーザが不思議そうに見てくる。顔を見合わせた僕らは、少々嫌な予感を感じつつその建物に足を向けた。


 態度の急変に戸惑いつつもサラとリーザが付いて来る気配を感じる。できれば二人は外で待ってて欲しいが、こんな所で立ちっ放しは怪しまれるかも知れないし、付いて来てもらおう。



 申し訳程度に扉をノックすると、くぐもった声で『どうぞ』と声が聞こえてきた。

 周りを見渡し、こちらを見ている人が居ない内にそっと扉を開けた。





「ハーーーイ! オ客サン、イルァッシャイマセー。今日モサービスシチャウヨー」




 いつぞやのグルグル鼻眼鏡を付けた忍者型ヒーローの義影が、たった一人でカウンターに立っていた。エセ外国人のような奇妙な巻き舌発音と忍者服も顕在である。


「何してんの」


「オーーウ、オ客サン見テ分カリマセンカ~? 店番ヲヤッテルニ決マッテマーース」


「その喋り方を今直ぐ止めないと、燃やし尽くすよ?」


 苛立たしげな乱が杖を取り出したおかげか、義影は鼻眼鏡を外してくれた。


「久しぶりだなお前ら。無事にここまで来れて何よりだ」


「……寒いギャグで大怪我した人間に言われると腹が立つ」


「落ち着け、乱。どうして義影がここに?」


 扉を閉めつつ再度問いかける。僕の後ろでは、警戒するリーザにサラが義影のことを小声で説明しているのが聞こえる。

 義影は鼻眼鏡のレンズをハンカチで拭きながら淡々と応える。


「仕事だ。も両方な」


「裏? 表?」


「裏については詳しくは話せないが、今回の遠征については俺達ヤマト総合商社も一枚噛んでる。その状況確認とサポートに来ている。表は商社のお使いで、本社の手紙をコーツ子爵領の支部に届けに来ただけだ」


 そう言われて建物の中を見渡すが、人が使っている形跡は見当たらずとても活動しているようには見えない。


「ああ、ここは商社従業員の仮宿みたいなもんだ。コーツ子爵の居る前線の街にこの領地の正式な支部がある。そっちに向かうついでに、お前達とも顔を合わせておこうと思って待っていたんだ」


 という事は、僕らより先んじてこの町に入っていたのか。


「随分早足なんだね」


「忍者を舐めてるのか? 魔術の助けなぞ無くても、一日二十、三十里は余裕で駆け抜けるぞ」


 一里は約三・九キロメートル。大体、一日八十キロメートルから百二十キロメートル移動するのか。お遍路が早く終わりそうですね。


「魔術込みでも徒歩でそこまで早く移動出来ないよ……」


「体鈍ってるのか? ヒーローは体が資本だろうに」


 むしろそっちがおかしい、と思いたい。そう苦い顔で考えていたら、言葉に詰まってる僕に代わり勇が前に進み出てきた。


「それで、目的は顔合わせだけか?」


「それはお前達次第だな」


「どういう意味よ」


 漸くサラの事情説明が終わったのか、リーザも会話に加わる。だがその顔は半信半疑を表すようにしかめられていた。

 リーザが噛み付く前に、僕は義影に彼女を紹介しようと口を開く。


「義影、彼女は……」


「リーザ・ウルズ。騎士養成幼年学校の最上級生で翔とサラの幼馴染だな。剣術の腕が学年でも五指に入ると聞く」


 すらすらとリーザの経歴を述べる義影に、リーザの目がより鋭く細まる。


「怖い顔するな。悪いが、翔達のことを調べる時に近しい者の調査も行っているのでな」


「フィアル、こいつ信用できるの?」


「少なくとも、この世界をより良くしようとする理想だけは共有できてる」


 そう信じてる。

 僕の応えに義影の表情が和らいだ気がした。


「ふっ。まあ持って回った言い方を除くと、お前らにこの領地の情報を渡そうかと思って待っていたんだ」


「いいの?」


「さっきも言ったが、お前らの遠征は俺達の利にも適っている。成功して貰わないとこちらも困るんでね」


 まあ情報が手に入るのは有り難い。特に情報収集の専門家が集めた情報は貴重だ。



「じゃあ、教えて下さい」


「待ってろ、短い話じゃ済まないだろうから茶を淹れてやる」



 義影に促された僕らはカウンター前の椅子に並んで腰掛け、良い香りを嗅ぎながらお茶と話を待ったのだった。



 ◆◆◆



 コーツ子爵領は、近年で最も蛮族や魔物の被害を受けた貴族領だそうだ。

 毎年のように兵を募集し、あるいは徴兵しているせいで財政も人的資源もカツカツ。若い働き手が町や村から少なくなり、加速度的に疲弊していたらしい。

 今居るエウロの町はまだ良いが、前線に近付くほど荒廃している。


 それを見かねた王家が、実戦経験を積ませることで騎士団の練度向上を図る一環として援軍を差し向けた、と言うのが裏の向きの話。


「真の裏話はまた違うんだが……それは教えられん」


 義影はそこまで説明した後で、そううそぶいた。その態度が気に入らないのか、リーザが低い声で恫喝する。


「随分隠し事が多いようね。本当は悪どい事やってて言えないんじゃないの?」


「そうだな。決して正道だけを歩んでいる訳でない事は確かだ」


 だが彼女の脅しにも義影の心に小波一つ立てることは無かった。平然とお茶のお代わりを注ぐ姿に一切の動揺は無い。


「…っ!」


 リーザは激昂して立ち上がりかけ、彼女がカップのお茶を義影にぶちまける前にその手を押さえる。


「リーザ、落ち着いて。僕らも納得の上で彼らと関わってるんだ。そして、彼らの行動もまた必要なことなんだよ」


「でも…!」


 なおも反論しようとする彼女の手を強く握る。


「堪えて。お願いだから」


「………」


 リーザは怒っているのか赤くなった顔でじっとこっちを見ていたが、やがて何も言わず椅子に座り直した。

 ほっと一息ついたところで義影の視線に気付く。何故かニヤニヤと厭らしい笑みが顔に張り付いていた。


「なんだよ」


「いいや~? 色々と苦労しそうだな、って思っただけだ」


「冗談は鼻眼鏡だけにしといてよ。それより話の続きを頼む」


「鼻眼鏡、いい変装道具だと思うんだがな……」


 ちょっと残念そうな義影はお茶の入ったポットを置いて話を続ける。


「これからお前達が向かう街は『コーツラン』という、子爵家のお膝元で最前線の町だ。防備も固い堅牢な城塞都市だが、度重なる侵攻を受けて最も疲弊している街でもある」


「そんな街に支部構えて大丈夫なの?」


「あの街に物資を供給しているのはうちの商会くらいだ。地元の商会もあるにはあるが、街に駐留する軍隊の需要を受けきる程の余裕は無い。しかも子爵家にも金が無いから支払いも滞りがちで、うちの商会でも赤字が多い」


「え、でも……ヤマト総合商社が居なくなったら……」


 恐ろしい話の流れに顔を青くしている僕に、義影は肩を竦めて回答する。



「国境がかな~~り後退するだろうな。コーツ子爵領は最悪取り潰し。前線が広がることで他の領地にも蛮族が侵攻し、王国の領土は虫食い状態に削り取られていくだろう」



 それは赤字でも支部を置くわけだ。最前線でコーツ子爵と子爵の軍が頑張っているお陰で、王国内部の平和が保たれているようなもんだからな。


「この遠征では攻勢に出て、蛮族の数をとにかく減らす事が主目標になるだろう。あの騎士団の練度なら楽なもんだ。それで子爵領に一時でも平和が訪れれば、財政再建や軍の再編も可能だろう」


 義影は肩のこりをほぐす様に首を回し、次に僕らを見回す。


「子爵領の事情はこれ位として、他に聞きたいことはあるか?」


「蛮族の動向やその生態について、何か分からない?」


 乱が声を上げると、義影は明後日の方向に目を向ける。


「あ~~……そうだな……。生態については大して分からん。見たことはあるが、実際に戦ってもいないし、調査もしてない」


「ここら辺でも見たことは?」


「今のところ無いな。だが他の地方では予想外の動きをする時もあると聞く。思わぬ所に浸透していて、前線以外で遭遇する可能性もある。それは気をつけておけ」


「出発前に遠征隊の周囲にも式神を放っておいた方が良さそうだな」


 勇が珍しく真面目な顔で提案する。僕もそれには賛成だ、警戒するに越した事は無い。



「ま、精々頑張れよ。お前らヒーローギルドの活躍に期待してるぞ」



 そう言って義影は笑い、それを機に情報収集はお開きとなった。



 ◆◆◆◆



 情報収集を終えた僕らは、残り少ない休息時間を楽しむ事にした。


「ま、少しくらい休んでもばちは当たらないだろ。どこ行く?」


「でもこの近くからは出られないし、暇潰しの方法が思い浮かばないんだけど」


 勇と乱はあーだこーだと行き先を話し合っているのを後ろからぼーっと見ていたら、ふとリーザが妙にお大人しいのに気付いた。


 俯いたまま歩くリーザは明らかに元気がなく、僕は不安を感じてそっと話しかける。


「リーザ、どうしたの?」


「……フィアル……」


 顔を上げたリーザは、思い詰めたように苦しげな表情をしていた。


「私……自分が思ってるよりずっと子どもだったと思い知ったの。世界はもっと複雑で、残酷だったと漸く分かったわ」


 どうも義影のくれた情報や、中央と地方の確執などを知って落ち込んでいるようだ。だけどそれは僕らも既に通った道だ。


「それは僕も同じだよ。自分じゃどうにも出来ない世界の歪みを知った時は、自分のやってきた事に疑問を覚えたさ」


 ヒーローも万能じゃない。力だけで押し通せることには限りがある。その事実に心が折れそうになるけど、それは僕のエゴだ



「だけど、それで足を止めるのは……悔しいから。だから、せめて自分の出来る範囲で世界を良くしようと足掻くよ。出来ない事を嘆くより、出来ることを頑張るんだ」



 その初めの一歩が自由騎士。公に認められた正義の味方。


「僕らの助けられない人々は義影達に任せる。その代わり、彼らに助けられない人達は僕らが助けるんだ」


「フィアル……」


 暗かったリーザの顔に徐々に光が挿してきた。こっぱずかしい高説垂れた甲斐があったかな?



「そうだね! だから僕もフィアルと一緒に頑張るよ!!」



 見詰め合う僕らの間に、にゅるりとサラが入って来た。彼は天真爛漫の笑顔を浮かべ……目だけが仄暗かった。


「……うん、頼りにしてるよ親友」


「えへへ~~……」


 どこからか湧き出た恐怖心に押されサラの頭を撫でると、サラの機嫌が回復すると共に目に光が戻ってきた。


「サラ」


「なあに、リーザ? 僕も君の事は頼りにしてるよ。外部・・の協力者としてね」


 と思ったら光が戻り過ぎです。超絶不機嫌そうなリーザとサラの間に眼光が衝突する火花が見えそう。




 そんな物々しい雰囲気の間に、たおやかな歌声が割って入って来た。


「へぇ……いい声だね」


「この店からだな。酒場みたいだけど、昼間は普通の食堂になってるみたいだな。なんか、人気の吟遊詩人が滞在中みたいだぞ」


 前を進んでいた乱と勇が足を止める。目聡い勇の視線の先には、大きな酒場の入り口に張られたポスターがあった。


 ポスターには『世紀の歌姫メリッサ来店中! 王国随一の歌声を聞き逃すな!! ファンクラブ会員募集中』……との文句が長々と書かれていた。

 勇はこっちを振り返って店を指差す。


「入ってみるか? 昼なら入っても怒られ無さそうだぞ」


「話の種に入ってみるか。さあ、二人とも睨みあってないで行こうよ」


 修学旅行気分ではないが、折角遠出しているのにただ宿に帰って寝るのは勿体無いしな。そんな建前半分、ガン付け合う二人をどうにかしたい本心半分で即決した僕は、二人の背中を押して酒場に押し込む。



 酒場の中はその大きさに見合ってかなり広く、中央にお立ち台まで設置してあった。そのお立ち台の上では、椅子に座った美人のお姉さんが、リュートを奏でながら美声を披露していた。

 彼女目当てなのか店は人でごった返しになっていて、立ち見をしている人も多かった。


「あれがメリッサさんかな?」


「だろうね。入り口に居ると邪魔だから、脇にどこうか」


 入り口から離れて静かに壁の一角に身を寄せると、籠を抱えた女の子が近寄ってきた。


「お客さん、立ち見なら一人銅貨一枚だよ。何か注文があるならメニュー持ってくるけど?」


「フィアル、支払い頼む」


「まあ、ニコルから返って来たお金が残ってるからいいけど……」


 予想通り勇がたかって来るので、僕は全員分の料金を少女の籠に入れた。


 以前ニコルの学費を立て替えたお金は、少しずつであるが返却されていた。でも余り沢山お金を持っていても危ないので、一部を小遣いに貰ってそれ以外はトリスタン先生に預けてある。これも金市に返さなければな。


 閑話休題。支払いも済んで漸く歌に集中できそうになったところで、タイミング悪く曲が終わってしまった。


 万雷の拍手と口笛、メリッサさんの歌声を褒め称える歓声が酒場に響き渡り、壇上の彼女がはにかむ様子が見て取れた。



「メリッサさ~~~~ん! 今日も素敵です~~!!」


「あああ……メリッサ様が俺に手を振ってくれた……」


「何言ってるんだ、俺だろ!」


「こっちに目線お願いしま~~すブヒ!!」


「アンコール! アンコール!」



 そんな中でやたらと騒がしい集団が壇上付近に陣取っていた。揃いの半被? らしき物を着て人一倍うるさい歓声を上げる様は正に『ファンクラブ』の姿そのものだった。


「何あれ……。この世界でもあんな連中居るんだ」


「……ああ、乱は確かに苦手かもね。ああいう集団」


 オタク系悪の魔術師集団に魔法少女へと魔改造された乱にとっては、アイドルオタクも嫌悪の対象なんだろう。


 やっぱり出ようか……そう思って顔を入り口に向けた所で、ふとなんだか心に引っ掛かるものを感じた。



 件のファンクラブの顔ぶれをもう一回眺める。殆どが人間だが、中には細い体のエルフや小太りのドワーフ、やたらガタイのいい豚人オークの姿もある。



 その中のオークの後姿に、どうにも見覚えがある気がしてならなかった。



 あの黒く焼けた肌、あの荒々しく立ち上がったたてがみ。そして何より、メリッサさんへ向ける小箱のマジックアイテムは……!



「おお! ボーグダイン氏、その画いいですな~~。後で拙者にも見せて下さい。イラストに描き起こしますから」


「オッオッオ、無論いいブヒよ。ジェスター氏のイラストは絶妙に萌えポイントを付いたアレンジがされるから楽しみブヒ」



 きゃっきゃと隣のエルフと戯れるオークはとても充実した表情をした……数年前に逃げられた宿敵ボーグダインだった。



 ◆◆◆◆◆




「「「ボーグダイン!?」」」



 ヒーロー三人組の叫び声が木霊し、驚きに酒場が静まり返る。


「……え……ボーグダイン氏、呼ばれてますぞ」


「へ? 俺様あんな小僧達なんか知らんブヒよ?」


 向こうもこちらに気付いたようだが、数年ぶりの再会のせいか僕の顔を忘れているようだ。まあネミッサさんが捕まった時くらいしか顔合わせて無いしな。


「ボーグダイン、どこかで聞いた名前ね」


「あ、あれだよ! 数年前、王都で『マジカル★ルナティクス』を付け回して暴れていたオークの戦士!」


 首を捻っていたリーザの横でサラが大声を上げる。


 サラの言葉に酒場中の人々の視線がボーグダインに集まる。ボーグダインは過去の悪事を突然暴露され、大いに狼狽していた。



「ち、違うブヒ、俺様は名前と種族と体型が似ているだけの他人ブヒ! 王都になんか行った事無いブヒ!!」



「え、ボーグダインさん……王都の酒場に知り合いが居るからって紹介状を書いてくれたじゃないですか。だから次は王都に行こうと思ってたのに……」



 壇上のメリッサさんが悲しみに顔を曇らせる。それがより一層ボーグダインを焦らせ、左右を見回し滝のような汗を流し混乱に拍車をかける。



「あああそれは別の街で知り合った奴が王都で店を開いたから大丈夫ブヒ! 信じてくれブヒ! 俺様悪い奴じゃ無いブヒブヒ!!」



「騎士様ーー!! 王都で暴れていた犯罪者がここに居ますーー!!」



「即通報は止めてブヒーーー!?」



 善良な一般市民(僕)が店の外に声を張り上げることで、ボーグダインの動揺は最高潮に達する。


 店の外は歩けば騎士に当たるくらい騎士様が沢山いらっしゃるので、すぐさま三名の武装した騎士が来てくれた。


「どうした? 王都で暴れた犯罪者とは誰だ?」


「五年くらい前に王都で破壊活動を行っていた、豚人オークのボーグダインです! あそこに居ます」


 僕が指差した先を見た騎士の一人が顔色を変える。


「貴様! こんな所に潜伏していたのか!?」


「確定か?」


「間違いない! 中央区の地下牢警備をしてた時に顔を見た」


「王都を騒がした悪漢め、時が経とうとも罪は償ってもらうぞ……」


 騎士の一人はボーグダインを見た事があったようで、彼の証言から他の二名も確信し剣を抜く。

 海が割れるように人垣が左右に分かれ、騎士とボーグダインの間に空隙が広がる。



 だがそれに割り込む人影があった。



「会長!?」



 ファンクラブの一人が驚愕したように叫ぶ。ボーグダインを守るように立ち塞がったのは、先ほどボーグダインと話していたひょろ長のエルフだった。


「ぼ、ぼぼボーグダイン氏は、僕と一緒にメリッサたんのファンクラブを立ち上げた、大事な仲間だ!! か、彼を傷つけるのは…ぼ、僕が許さないぞ!」


「ジェスター氏……!」


 孤立無援だったボーグダインは感動の涙を流し、もやしエルフの背中を見つめる。ジェスターさんは顔だけ振り返ると、ニヤリと精一杯の笑みをボーグダインに向けた。


「ぼ、僕が食い止めている間に、君だけでも逃げるんだ! なあに、すぐ追いつくから……」




「引っ込んでろ、犯罪者に組する愚民が!! そこの豚ともども撫で斬りにするぞ!!」




「……きゅう……」



「ああ、ジェスター氏ーーー!?」



 騎士の一人の大喝がジェスターさんを襲い、その威圧感はもやしっ子の意識を軽く吹き飛ばしてしまった。


 死亡フラグすら立てる間も無く倒れ伏すジェスターを受け止めたボーグダインの心中、いかばかりか。



「許さないブヒよ……」



 ボーグダインに歩み寄っていた騎士達の足が止まる。彼らは剣をボーグダインに向け、警戒の構えを取る。

 それはボーグダインの闘気が静かに膨れ上がってきたからだろう。



「ジェスター氏をこんな目に合わせた責任……俺様の友人を手にかけた罪、償ってもらうブヒ」



 死んでいないから。手も出してないから。


 そんなツッコミを入れる間も無く、ボーグダインは離れていたファンクラブの仲間にジェスターを預けると、騎士達へ向き直る。


「副会長…!」


「後を頼むブヒ。会長と一緒に、皆も安全な所へ」


 ボーグダインは副会長だったのか。いやそれより、ボーグダインは今日は剣も持っていない半被姿だが、どうやって武装した騎士に立ち向かうんだ?


「ほう、仲間を庇うか。その気概は良し、だが素手で我らと戦うつもりか?」


「素手? ああ、そうか。鍛錬の足りてない騎士には俺様が素手に見えるブヒね」


 オッオッオ、とボーグダインはさも可笑しそうに嘲笑う。それに騎士達は怒りの気炎を上げ、問答無用とばかりに一斉に斬りかかった。



「……フッ……」



 ギンッ!!



 ボーグダインが鼻で笑った直後、ほぼ同時に三つの金属が切断される音が響いた。


「なにぃ!?」


 騎士達は飛び掛った速度と同じくらいのスピードで身を引いた。彼らの持つ剣は、いずれも刀身の半ばから折れてしまっていた。


 対するボーグダインは剣を鞘に収める残心の構えを取っているが、その手に剣は無い。

 しかし目を凝らすとボーグダインの腰辺りに陽炎のような揺らぎがあり、それは剣の形をしているように見えた。



「これは、『練気剣オーラ・ブレード』!?」



 知っているのか雷○!? いや、本当に何なんだ? 


「オッオッオ、名前くらいは知っているようブヒね」


「馬鹿な!? 騎士団でも使える者は殆どいない剣技だぞ……」


「気を集め、練り、心に一本の剣を想う。技にして技に非ず、剣に身を奉げし者が体得する奥義。武神が授けし不可視の剣。それが、こんな豚ごときに……」


 なるほど、気だけで剣を作り出す技なのか。さすが自称オーク族一の大戦士。もう自称の部分は外してもいいんじゃなかろうか。



「そんな大仰なものじゃ無いブヒ。こう、剣があると思って振ると出るブヒよ?」



 ボーグダインはちょっとしたコツをアドバイスをするように言うが、それで出来よう筈も無い。ボーグダインも分かっているのだろう、その顔には余裕と嘲りがあった。


 だが騎士達にそれを怒る余裕は無く、無手にされた状況に額から一筋の汗を流す。


 すると、またも酒場の入り口が音を立てて開かれた。



「賊が居ると聞いてやって来たが……存外大物だったようだな」



 入って来たのは、これまた完全武装の蒼華騎士隊隊長、ウィル・ボーマンだった。


「隊長!」


「弛んでる、とは言うまい。このオークの実力は俺の予想をも遥かに超えていたからな」


 ウィル隊長は剣を抜き放ち、盾を前に構える。


「俺が奴と戦う。お前達は増援を呼んで周辺の封鎖を行え」


「わ、分かりました。ご武運を!」


 ウィル隊長の命令に従って騎士三名は急いで外に出て行った。

 ボーグダインにとっては事態が悪化している筈なのだが、泰然自若とした様子で佇んでいる。


「逃げんのか?」


「雑兵がいくら増えようと問題ないブヒ。しかし、流石の俺様もそこそこ腕の立つ相手に背中は見せたくないブヒ」


 ボーグダインの応えにウィル隊長は獰猛な笑みを浮かべる。


「背中なぞ見せんでも、正面から叩き切ってくれる」


 そう言うやいなや、ウィル隊長は盾を構え直して剣先をボーグダインに向ける。



「…『忠義の構えロイヤリティ・フォーム』!」



 ウィル隊長が低い声で気合を入れると、彼の体が微かに金色のオーラを纏い始めた。


「ほう、『忠義の構え』ブヒか。背後に守るべき君主を置く事を前提とした『退かずの構え』。敵の刃を防ぎ自らの剣を叩き込む攻守において隙の無い構えフォームブヒね」


「よく知っているな。ならば、貴様の『練気剣』との相性の悪さも分かっているだろう?」


 ウィル隊長の勝ち誇った笑みを浮かべながらすり足で徐々に前に出る。それをボーグダインは詰まらなそうに眺めながら肩を竦める。


「その金色のオーラは防御力と攻撃力を同時に高め、ついでに相手のオーラを相殺する。相手に正々堂々と戦うことを強要する、実に騎士らしい面白みの無い構えブヒね」


 なるほど。相手が剣技か何かで攻撃力や防御力を高めてもそれを相殺するから、あとはそれぞれの地力が高い方が勝つわけか。相手が剣技や構えを使うなら正々堂々を強要するという表現は正しいな。



 だがボーグダインは口の端を吊り上げると、ゆるりと緩慢な動作で拳法の型のような半身を前に出す構えを取った。


「そっちが卑怯な手に出るなら、俺様も嫌がらせしてやるブヒ」


 ボーグダインは言葉を切ると静かに目を閉じた。



「『水鏡の構えミラー・フォーム』……」



 そして逆にウィル隊長の目が見開かれる。その顔は先ほどの騎士達にも似た焦りと驚愕の色が滲んでいた。


「ほお……あのボーグダインとやら……。軟弱な趣味の割りに戦上手な奴だ」


 背後から漏れ聞こえた呟きが耳に入り思わず振り返ると、そこには長い黒髪で端整な顔を半分隠した青年が立っていた。服装は騎士養成高等学校のものだから、きっと先輩だろう。


「……どういう事ですか?」


 僕がそっと問いかけると先輩は一度目を下に向けて僕を見下ろし、おどけた様に軽く眉を上げて再度ボーグダインに目を戻す。



「『忠義の構えロイヤリティ・フォーム』には弱点がある。あのオークが言ったように、あの構えは『退かずの構え』だ。一歩でも後ろに下がれば効果は消滅し、剣戟を交わす距離までは相手に向かって常に前進する必要がある。そして距離を詰めたら必ず攻撃しなければならない」



 言われてみれば、確かにウィル隊長はじりじりとではあるがずっとボーグダインへ向けて近付いている。

 強い構えなだけあって色々と制限が厳しいようだ。ならばボーグダインの構えは……?



「対するあのオークの構えは『水鏡の構えミラー・フォーム』と言って、反撃専用の構えだ。武器の有る無し関係無く、相手の攻撃を全て受け流しそのまま返す。見ていろ」



 先輩は懐から銀貨を取り出すと、ボーグダインへ向けて指を弾いた。銀貨は真っ直ぐにボーグダインへ飛んで行ったが、銀化が命中する直前、目を瞑ったままのボーグダインの腕がゆらりと翻った。



 カンッ!



 固い音が響いたのは僕の頭上からだった。驚いて顔を上げると先輩は首を傾けていて、先輩の頭が元々あった場所の後ろの壁に銀貨がめり込んでいた。


 その音がウィル隊長の注意を引き、その目がこちらの方を向くと極限まで見開かれた。



「で………でしゃばるな!!?? 怪我をするぞ、下がっていろ!!」



 絶叫に近い叱責が飛び、周りに居た一般市民の身が竦む。僕らも身を固くしていたが、当の先輩は軽く両手を挙げてやる気の無い反省を示すだけだ。


「今見たように飛び道具も正確に返してくる。相手が必ず攻撃を仕掛けてくる構えを取ったから、それを逆手にとって待ち構える戦法を取ったわけだ。そしてウィル隊長以外に奴を止めれる者はこの町に居ないだろうな」


 最悪、僕らが出動するんで大丈夫です。


 ……とは口に出せないので黙っているが、その間にもぶつぶつと先輩の呟きは続いていた。



「だがここまで完成した構えを取れるとはな……。覚えたての者ならば精々銀貨を払い除ける程度が関の山だろうに……欲しいな」



 なんだろう、この先輩は今まで見た事の無い独特の雰囲気を持っている気がする。何者にも頼らない強い意志があるような……っと、今はそんな事を考えてる場合じゃない。


「『水鏡の構え』に弱点は無いんですか?」


 僕が質問すると、先輩は夢から覚めたように目を見開いて僕を見下ろした後、誤魔化すように髪を後ろに流しながら答える。



「『水鏡の構え』は極限の集中力が要求されるから短時間しか使えない。だが達人になると自然体の無我の境地で行えるからほぼ時間制限は無い。あのボーグダインは後者だな」


「でも、他の事に気を取られたら……?」


「まあ無我の境地に『我』が戻ったら効果は切れるだろうな」



 ならば、我に策あり。



「メリッサさ~~ん!」


「ふぇっ!? はい、何ですか?」



 僕が大声で呼びかけると、壇上で固唾を呑んで固まっていたメリッサさんが驚いて返事をする。


「一曲お願いしま~~す。できればそこのボーグダインが好きな曲で!」


 微動だにしなかったボーグダインの体がピクリと震えた気がした。


「え、ええ……?」


「犯罪者逮捕のために、ご協力お願いします!」


「は、はい!!」


 僕が強い口調でお願いすると、メリッサさんは大慌てでリュートを構えなおしてくれた。だが一度腹を括ればそこはプロの吟遊詩人。前奏を奏で始めたその音色に乱れは無かった。



 それと同時に、ボーグダインの体がプルプルと震動を始める。その震えは前奏が進むにつれ大きくなり、顔中から大量の汗が噴出していく。



「…~~♪」



 そしてメリッサさんの歌声が混ざった瞬間、



「……っブヒ~~~! 待ってましたメリッサた~~~ん!!」



 ボーグダインは身を翻して壇上のメリッサさんの方を向くと手拍子で囃したて始める。



「覚悟ーー!!」


「ブヒィィィィィ!?」



 その隙を見逃さずウィル隊長が斬りかかるが、寸での所でボーグダインは振り返ると、ウィル隊長の剣を白刃取りで受け止めた。


「この軟弱豚が! 手間を取らせおって覚悟しろ!!」


「こなくそ~~……ブヒ! ここじゃ集中できんブヒィ……フンッ!」


「ぬおっ!?」


 ボーグダインは気合を込めて剣を引き、ウィル隊長ごと横へ転がす。そのまま猛スピードで正面入り口に走っていくと、扉を吹き飛ばしながら外に脱出した。



「覚えていろブヒーー! ファンクラブの会合を邪魔した報復はいつか絶対するブヒよーー!!」



 そして集まってきた騎士を薙ぎ倒しながら、いずこかへ走り去ってしまった。


「……はっ!? 展開の早さについ見逃してしまった」


「畜生……僕も動けなかった」


「俺もだ……」


 僕含め、勇と乱も悔しげに窓の外を凝視している。まずい事になったなぁ……ヒーローギルドが悪役捕まえそこなったとか格好悪いにも程がある。


 そんな意気消沈する僕らの背に、誰かが吹き出す音が聞こえた。



「…っく! くははははは!! お前、実に面白い奴だな。中々機転も効くじゃ無いか」



 先ほどの先輩がお腹の辺りを押さえながら、実に可笑しそうに笑っていた。そして一頻り笑い終えると、僕の顔の横に口を寄せて囁く。


「俺の名前はデルキウスだ。お前のことは気に入った、何か困ったことがあったら言いに来い。ただし、俺の名前は誰にも言わないようにな?」


 それだけ言うと身を起こし、上機嫌に店の外に出て行った。


 その後、ウィル隊長も急いで外に出て、集まってきた騎士の人達に指示を出し始めていた。



「……とりあえず、僕らも外に出ようか」



 多分また事情聴取で休日潰れるな。そんな嫌な未来予想図を思い描きながら、僕らも酒場の外に足を向けたのだった。



 ◆◆◆◆◆ ◆



 エウロの町近くの森の中。その森は端から顔を出せばエランの外壁がすぐに視界に移るほどの近くにあり、町の住民が薪や薬草を採取するのに使われている。

 森の規模はそこそこ大きく、炭焼き小屋なども設置されて町の人々の燃料を生産している。


 夕方になれば労働者も街に帰り、夜になれば人の気配は皆無になるはずであるが……



 ザッ……ザッ……ザッ……



 足音が聞こえる。それも十や二十では聞かない、大多数の行軍音が聞こえる。



「……悪い予感が当たったな」



 夜空に浮かぶ月を背に、一本の大木の頂点に立つ人影があった。


 黒い装束に身を包み、地上を睥睨するは忍者ヒーローの義影。その顔は無表情であるが、目だけは鷹のように鋭かった。


 鷹の目が見下ろす地上には無数の蠢く影があった。手に手に棍棒や粗雑な槍、弓矢などを携えた毛むくじゃらの集団。




 蛮族の軍が、エウロの町に迫っていた。





どうにも話が緩やかというか動きが少ないので、次回あたりでテコ入れできたらと考えています。ただ来月と再来月はまた忙しいので、遅れ気味になるかも知れません。

お読み下さり、ありがとうございました。

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