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第29話 出陣! 卒業試験遠征の始まり!!

前回のあらすじ:フィアル達ヒーローギルドの面々は、また別のヒーロー二人組みと邂逅した。経済型ヒーローの金市(ヤン・スクナ)と忍者型ヒーローの百地義影ももち よしかげと名乗る二人は、この国の抱える暗部をフィアル達に話した。外側と内側の格差から内戦の危機を知ったフィアル達は彼らを仲間に勧誘するが、彼らは彼らの理念の為にそれを断った。だが互いの協力は約束し、一時彼らの袂は分かたれた。

そしてフィアルに転機が訪れる。卒業試験の代わりに、騎士団の遠征に動向する事に成ったのだった。遠征先は、金市が話した問題の王国外縁の貴族領だった。

 さて、卒業遠征に参加することを決めてから二週間の猶予があると言われていたが、そんなものは無かった。


 まず卒業遠征参加の契約書を提出したあと、まずサラやリーザから事前の説明無しに決めたことをこっぴどく責められた。

 その後、言わずもがな二人とも参加する契約書を提出した。


「そのう……おじさん達に相談した方が」


「手紙が行って戻るまでに遠征始まっちゃうわよ。大体、入学する時に訓練の過程で発生する怪我や死亡に文句言いませんって誓約書出してるでしょ。今更よ」


「お父さんもお母さんも心配するだろうけど……大丈夫だよ。フィアルがいるもん」


 リーザもサラも覚悟は既に決まっているようだった。リーザはいつもの不機嫌顔で、サラは緊張しながらも健気に微笑んで僕の懸念を一蹴してくれた。

 だけど何となく楽観した様子なのは、多分僕の活動(裏工作)を察しているのではなかろうか。


 班の残りのメンバー、ニコルとアンドレイさんも参加を表明した。


「ま、まああれだ。世話になった親友一人を戦場に行かせて、俺だけ逃げるのは騎士らしくないからな!」


「僕もニコルと同じだね、行かない選択肢は無いよ。父からは参加を見送るよう言われたけど、頑張って説得したら、最後は『しっかり務めを果たせ』と言ってくれたよ」


 大仰に震えながら強がるニコルと、山のように揺るがぬ姿勢で答えるアンドレイさんが好対照だった。



 そして……遠征が間近に迫った日、なぜかリンも参加する事になっていた。



「……なんで? 確かリンは、留学生だから特別に参加しなくても卒業して、高等学校に進むって聞いてたけど」


猫人マオレン族は戦いから逃げないニャ! 私と同じ学年の子も皆参加するし、実際の戦場でキルディス王国騎士団の活動を見習って来いと族長からも許可を貰ったニャ!!」



 ふんふんと鼻息荒くリンは捲くし立てた。後で聞いた噂によると、一人で残されるのを寂しがって諸方面に説得して回ったらしい。この時期、トリスタン先生が胃痛を堪えるように顔を歪めていたのはそのせいだったのか。


 友人として危ないことは避けて欲しかったが、僕らと一緒に行けると決まってとても嬉しそうなリンに口を開くことはできず、ただ笑みを返すしかなかった。



 同級生達も殆どが参加を表明し、彼らと一緒に慌しく遠征の準備を整え、短い手紙を父さん母さんネージュに宛てて書き終わった頃、既に二週間という時間は過ぎ去っていた。



 ◆



 二週間後からすぐ遠征が始まるわけでは無く、その後数日かけて遠征の内容についての打ち合わせと勉強、行軍練習などが行われた。

 新事実として今回の遠征には騎士養成高等学校の学生も定期試験の一環として参加する事とか、派遣される騎士団は一隊だけだがかなりの精鋭だとかの話も聞けた。



 その講義の中で、遠征に向かう先の貴族領についてと『蛮族』についての講義があった。



 遠征先の貴族領の名前は『コーツ子爵領』。ランド・コーツ・トリトン子爵が治める地であり、長年国境外から蛮族に侵攻され続けている場所である。


 この大陸にある国々は全て国境を接しているわけではなく、どの国家にも属さない空白地帯が数多く存在する。

 むしろその空白地帯を避ける形で諸国家の勢力拡大が行われたというのが正しいらしい。


 空白地帯には強力な魔物が潜んでいたり、あるいは開拓に適さない瘴気や呪い、毒気に覆われた土地だ。そしてもう一つ、人類の侵出を阻むのが……『蛮族』である。



 蛮族とは言うものの、実は人類とは異なる生物である。ただ統制の取れた動きから何らかの社会体制を築いていると思われているが、正確なことは殆ど分かっていない。


 蛮族は、長い体毛に覆われた縦長の玉から手足が生えているような見た目をしている。背丈は低くドワーフより少し大きいくらいで、服の類は身につけない。

 大体が棍棒や投石などの原始的な武装をしているが、剣や槍や弓矢などで武装した集団も見られる。


 蛮族の個々の戦闘力は一般の兵士と同程度かそれ以下で然程強くは無い。だが脅威的な特徴として、『数が多い』事が挙げられる。


 小さな集団でも百人前後で固まって行動して辺境の村を襲い、時には千人規模まで膨れ上がって町を襲う事もある。どれだけ倒してもどこからか現れる。それも数を増して。

 蛮族以外の全ての国家や種族に対して敵対的で、忌み嫌われながらも絶滅させることができずにいる理由はその数の多さにあった。


 そんな『蛮族』の研究が殆ど進んでいないのは、彼らが殺すと消えてしまうことにある。ついでに生け捕りにしても、一日程度で餓死し溶けるように消えてしまうのだ。

 それに彼らはこちらと対話しない。魔法も拷問も効果がなく、むしろそれらの影響で死んでしまう。



 謎の多い人類の脅威、それが『蛮族』である。



 ……



「これ、かなぁ?」


「『神様』の真の目的が、俺達に『蛮族』討伐させるってことか? ちと早計かも知れないぞ」


『蛮族』についての講義があったその日の夜、僕は勇と乱に連絡を取っていた。人類の手に余る存在に対抗する為に異世界からヒーローを呼び寄せたのかと思っていたんだが、勇はあまり賛成してくれなかった。


「蛮族の話は俺も聞いた事がある。でも少しずつだが蛮族の勢力圏を奪っているのも事実みたいだぞ。完全に人類の手に余る存在ってわけでもなさそうだ」


「多分、戦場に向かう翔達の気を引き締めるつもりで、少し大仰に喋ったんじゃないかな」


 なるほど、そういう考えもできるか。


「数は多いが、結局そこまで強くないんだよな。魔法や戦争の技術が向上してからは戦闘での被害もどんどん減少しているみたいだし」


「騎士や兵士でなくても、凶祓いが数を揃えて対処することも出来るみたいだし、ちょっと厄介な害獣って印象が一般的みたいだね」


「なるほどね。……だからと言って油断だけはしないよう注意しよう」


 いくら街のチンピラでも、運が良ければサラやニコルを傷つけることもある。リーザは……負ける姿が想像出来ない。


 この卒業遠征、同級生の誰も死なせたくない。その想いを汲んでくれたのだろう、二人は僕の言葉に勿論、と強く頷いてくれた。



 ◆◆



 ついに遠征出発の日が来た。


 王都の北門前に集合した僕らは、今回の遠征の中心となる王家直属騎士団の一隊、『蒼華騎士隊』の邪魔にならないよう、隅の方に整列していた。


「うおぉ……王家の精鋭騎士が目の前に……初めて見た」


 ニコルが小声で漏らす。周囲は見物に来た野次馬に囲まれており、その喧騒で真横の僕に辛うじて聞こえる程度だったのは幸い。


 横の悪友を軽く小突いて姿勢を正させると、僕は蒼華騎士隊の方に注意を向ける。正面には、完全武装の上から薄蒼のマントを羽織る騎士達と、蒼い華の描かれた隊章旗が翻っていた。


 蒼華騎士隊は立浪草タツナミソウを隊章に掲げる王家の騎士団でも精鋭らしい。



 立浪草の花言葉は『命を奉げる』。



 王家に不惜身命の誓いを立てた騎士が集まる、忠誠心と武力の両方を備えた騎士隊だ。これらを超えるのは近衛騎士団くらいとさえ言われている。

 逆に言えば、蛮族討伐には少々過剰なのかも知れない。


 ふとその奥に目をやると、騎士養成高等学校の生徒達が同じく整列していた。一切の弛緩なく不動の構えで立つその姿は騎士のそれと遜色なく、流石上級生と感心する。


 何となく気になったのは、蒼華騎士隊の整列の仕方だ。


 無論、高等学校の生徒達以上に綺麗な整列をしているのだが、普段垂れ下げているはずの右腕を、何故か左腰の剣の柄に添えているのだ。まるで剣を動かさないように気をつけているみたいだ。



「気をつけ!!」



 号令にハッと背筋を伸ばす。蒼華 騎士隊の隊長が隊の前に立ち、出陣の宣言を行おうとしていた。


 その野太い声に野次馬達の喧騒も鳴りを潜めてしまっている。壮年の筋骨逞しい隊長は自分の隊、僕ら学生達、勇や乱の居る魔術師ギルドとバセム教会の列を睥睨した後、口を開いた。


「まず蒼華騎士隊隊長である私、ウィル・ボーマンより挨拶をさせて貰おう」


 ウィル隊長は一度咳払いをすると重々しく語り出した。



「これより我らはコーツ子爵領へ向けて出立する。忌まわしき蛮族を討伐する遠征は数ヶ月に及ぶだろうが、我が部下達にはさしたる労苦とならんだろう。だが今回は同道する方々が居られる。彼ら彼女らを守り、導くのもまた責務であると心するように」



 蒼華騎士隊は微動だにしないが、ウィル隊長は話を続ける。


「バセム教会の聖職者の皆様には遠征の全てに渡って、私達の治療を担当して下さると聞く。どうかよろしくお願いする」


 ウィルが一礼するのに応えるように、バセム教会の列の先頭に立つまだ若い女性の僧侶が返礼する。……どこかで見た気がするな?


「魔術師ギルドの方々は主に蛮族の調査をされるが、可能な範囲で魔法による手助けをして下さるとのこと。よろしく頼みます」


 魔術師の列の先頭に居た老魔術師が会釈する。その後ろには乱の姿が見えた。確かお師匠様だっけ。


「そして……騎士養成幼年学校、及び高等学校の生徒達。卵と雛鳥ではあるが、貴殿らも騎士を目指す一員であることを自覚し、精一杯励むよう期待する」


 ウィル隊長の顔がこちらを向き、その眼光に触発されるように僕らは一斉に敬礼する。敬礼を返さずにはいられないその威圧感は、騎士の一隊を率いるに相応しいものだ。


 だが、彼が同じく敬礼する高等学校の生徒の列を見た瞬間、ほんの僅かにうろたえて威圧感が消えた気がした。



「んんっ! では、長々と喋ったが出発時刻も迫っている。これにて出立の儀を終わろう。……出陣!!」



 ウィル隊長の宣言に従い、蒼華騎士隊が行軍を開始する。その後を追うように、バセム教会の列、魔術師隊の列が続き、高等学校、幼年学校の生徒の列が並んで殿を歩み始めた。



 後方からは野次馬達の声援。振り向くことは出来ないが、せめて心に王都の情景を描きながら、僕らの遠征は始まった。



 ◆◆◆



 王都から出た後、開けた場所に再度整列した僕らは、魔術師の方々から『早歩』の魔法を施してもらった。この魔法のお陰でキルディス王国の兵は騎兵に近い速度で行軍でき、かつ疲労も少なくなるというから有り難いことだ。


 ただし当の魔術師の方々は事前に用意されていた馬車に乗る。ついでに騎士様方も軍馬に騎乗される。


 徒歩は聖職者グループと学生達だけだ。


「僧侶の方々は馬車に乗らないんだな」


 意外な事実に僕が独り言を漏らすと、そっとニコルが耳打ちしてきた。


「当たり前だろ。軍神バセムを信仰する方々だぞ、並みの兵士よりよっぽど鍛えてるよ」


 なるほど。軍神に仕える以上、戦闘や戦争に関することは当たり前のように行うんだな。よく見れば僧服の下には鎧も纏っているようだし……。あれで行軍するのか、凄い鍛えようだな。


「私語は慎め。これより行軍隊形に移行する。遅れた者は容赦なく置いていくから覚悟しろ」


 トリスタン先生のお叱りが飛んでくる。淡々と喋っているが、まがりなりにも軍事行動中なのだから本気で置いていくだろう。気を引き締めないと。



「よし、準備はいいな? これより行軍を開始する!」



 ウィル隊長の号令一下、遠征隊は速度を上げて行軍を再開した。



 ……



 その日の行軍が終了した夕方、なんと脱落者はゼロだった。小川の傍の草原が本日の宿営地となるようだった。


「よく生き延びたな~ニコル」


「お……おうよ。ちょっと足が笑ってるくらいで済んだぜ。やっぱ魔法ってすげー……」


 宿営地の隅で、座り込むニコルに声をかける。


 若干笑顔が引き攣っているが、まだまだ悪友ニコルの顔は余裕そうだった。『早歩』の魔法のお陰で、騎兵の小走り程度の行軍を二時間程度続けても疲労は殆どなかった。

 小休止で十分息を整えることも出来て、驚く程の速度で今日の行程を走破できた。


「でもこれから野営の準備があるから、もうちょっと気張ろうな」


「あ~うん。頑張るよ」


 もう粗方回復し終わったのか、ニコルは一つ深呼吸して伸びをすると、勢いよく立ち上がる。

 僕はニコルを伴って同じ班の下へ向かった。


 サラとリーザ、リンの待つ場所に行くと、丁度アンドレイさんがトリスタン先生からの指示を貰って戻って来たところだった。


「僕らの班の役割は炊事の為の竃と火の準備、水汲みと馬の餌やりと水やりだ。火の準備が終わったら、食事の用意を手伝うように。野菜の皮むき担当だそうだ」


「やった、漸く保存食じゃないまともな料理だ! メニューはなんだろな~」


「喜ぶ前に役割の配分を決めようか。竃と火の準備、それに皮むきは……リーザとリンがいいかな?」


「はいニャ!」


「………」


 アンドレイさんの提案にリンは元気良く応え、リーザは顔を強張らせる。


 僕は友人として彼女を助けるべく、そっとアンドレイさんに提案を返した。


「アンドレイさん、リーザは馬の扱いが上手なんだ。リーザとサラの役割を交換した方がいいと思う」


「そうなのかい? じゃあ……それでいいかな、二人とも」


「うん、分かった」


「……了解よ」


 サラも空気を読んで素直に了承してくれた。


 ちなみにリーザは余り家事が得意ではない。剣の扱いは上手いのに、包丁になるとどうしてかドジっ子属性が付いてしまう。サラは家事も剣も器用にこなせるので、適役である。


「じゃあ、日没までに作業を終了させよう。サラとリンはリーゼ先生の所に行って、残りは僕に付いて来てくれ」


 アンドレイさんの指示の下、僕らは野営の準備を始めることになった。



 さて、桶を抱えて小川に降りて水を汲み、水樽へ運ぶこと十数回。


「ま、まだ終わらないの?」


「あと二樽分だから……もう十往復くらいかな、皆で」


 アンドレイさんの計算結果に、皆が肩を落とす。


 僕らの分担作業は予想外に辛く時間が掛かっていた。水の入った重い桶を持って、溢さないように運ぶのは神経を使う作業だ。

 リーザも体力的には大丈夫そうだが、気疲れしているのか溜息を吐いている。


「溜息吐いてる暇で動こうか。夕食が出来上がるまで、もう時間も無いんだし」


 そう皆を励ましつつ、僕は空の桶を手に提げて先に小川へ向かう。




 一人で川原に到着した僕は、奇妙な光景に出くわした。


「……なんだ、アレ?」


 僕の視線の先には、小川から顔を出す魚の頭が見えた。もう日も落ちようって時間帯だから、見つけられたのは結構幸運だったかも知れない。


 魚の頭はじっと僕の方を見ている。僕も視線を合わせざるを得ない。



 だって小川に棲むには狭すぎるだろうって位、その頭は大きかったから。具体的には小ぶりのマグロ位の大きさ。



 ザバッ



 突如水音がして、鮪(仮)の頭が上昇する。水の衣が流れ落ちたその下には、スマートな手足が生えた魚の胴体があった。


「半魚人!?」


 僕の驚きの声にビクリと身を震わせたその半魚人は、陸上選手のような綺麗なフォームでこっちに走り出してきた。


「うわわわわわ、ちょっ、何!?」


 大慌てで桶を放り出し、構えを取る。


「フィアル!?」


 後方からアンドレイさんの焦った声が聞こえ、走り出す音も聞こえてくるが、明らかに目の前の半魚人の方が速い。


 半魚人は腕を大きく広げ、そして僕を包み込むように腕を振るう。



「…フンッ!!」



 僕はその腕を掻い潜って片腕を掴み、腕を引きながら足を掛けて転ばせる。



 ズボッ



 川原の柔らかい砂地に勢いよく頭を突っ込んだ半魚人は、しばらくバタバタ暴れた後、唐突に力を抜いた。


「フィアル、大丈夫か!?」


「あ、うん。何か変なモノが釣れちゃったけど……」


 動かなくなった半魚人? を指差しながら頭を搔く。アンドレイさんは奇異の目で砂地に埋まるオブジェを眺めた後、一つ大きく頷いた。


「とりあえず、先生に報告しよう。魔術師の方が鑑定して下さるかも知れない」


「そだね」


 結局先生に丸投げする事に決めた。


 僕らは遅れて追いついてきたリーザ達を押し留め、事情を説明しつつ宿営地に向かった。

 その時に何となく、どこからか伸びる視線が背中をチクリと刺した気がした。



 ……



「ん~~これは魔物の一種だな。こんな風に人の形を真似る魔物は結構いるんだ。分類としては人魔とも呼ばれていて……」


 トリスタン先生に相談後、僕は数人の騎士と魔術師を川原に案内していた。魔術師の講釈はまだ続いていたが、それを騎士の一人が遮る。


「分かりました。で、この魔物の危険性は? もう死んでいるのですか?」


「そうだな、既に息は無いようだ。砂地に頭を埋めたから窒息死したのかな? しかし興味深い……ちょっと引き抜いてみようか」


「!? みだりに触らないで下さい! まだ安全とは……」


 だが騎士が止める暇もなく、魔術師は魚の尻尾を掴んでぐいっと力を込めてしまう。



 スポンッ



 間抜けな音を立てて半魚人の頭部が砂地から引き抜かれる。そして次の瞬間、閉じていた半魚人の目が見開かれた。


「何っ!?」


 ドンッ!


「ぬわああっ…!?」


 半魚人は魔術師を突き飛ばすと、騎士の抜刀に傷を負いながらも小川へ飛び込んだ。



 ザッパーン!!



 そしてけたたましく水音を響かせながら、小川の下流へ向かって泳ぎ去ってしまった。


 一連の流れに付いていけず、僕らは呆然とそれを見送っていた。そんな中、魔術師の方はしたり顔で語る。



「うむ、あれは擬死行動というものだな。俗に言う死んだふりで、これは捕食者に拘束された時に突然動かなくなると拘束が緩む場合があり……」



「ご高説は結構! 今度からは慎重な行動を願います!!」


「あー君、もう戻っていいから。お腹減っただろう? 夕飯食べておいで」


「お、お心遣いありがとうございます」


 騎士の一人から出た帰還命令を有り難く拝命し、僕は敬礼を返して宿営地に戻った。



 この後しばらくの間、騎士隊と魔術師隊の間に微妙な雰囲気が漂っていたけど、僕のせいじゃ無いと信じたい。



 ◆◆◆◆



 ちょっとした問題もあったけど、次の日からの行軍には特に影響は無く、遠征は滞りなく進んでいた。


 二日後の夜、また野営をすることになり、僕は薪集めの任務に精を出していた。


「ふう……」


 枯れ枝の山に更に枝を重ね終えた僕は一息吐いて汗を拭っていた。


 今日は少し早めに野営準備が始まったのでまだ日も高い。この後が山越えなので、山中泊にならないように今日は山の麓で野営するそうなのだ。



 まあだからと言って休める時間が出来たわけも無く、僕ら学生達には多数の雑用が申し渡されていた。


「皆は……まだ薪集め中か」


 僕らの班は薪集めと馬の世話を命じられたので、三名ずつに分かれて任務に従事していた。拾った薪を一箇所に集めて、ノルマ分に達したら宿営地に持っていく予定である。


「もう少しだな。もっと大きな枝とかも持ってきた方がいいかな?」


 そう一人悩みつつ森へ足を向けた時、宿営地の方角から足音が聞こえた。



「おう、幼年学校のチビか。雑用ご苦労」



「あ、先輩…お疲れ様です!」



 後ろから声をかけてきたのは、高等学校の学生だった。ガタイのいい男の先輩の後ろには、同じく高等学校の先輩が二名付いて来ている。


 はて? 先輩方は別の仕事を任されていたような?


「何かあったのですか?」


「あ? なあに後輩の仕事ぶりを見に来てやったのさ。ちゃんと仕事してるかってな」


 僕の質問にぞんざいに応えると、先輩は高く積まれた枝の山に近付く。


「ふんふん、これなんかいいな」


「そうだな。これとこれと……俺はこれでいい」


 先輩方は枝の山を漁って何やら枝の選別を始めた。ぼさっと突っ立ってると怒られそうなので、僕はそそくさと身を翻す。


「あの、僕は薪拾いに戻りますので失礼します」


「まあ待てよ。ノルマ分はもう集めているようじゃないか、それよりこっちに来な」


 僕の背中に先輩のお声がかかる。ゆっくりと振り向いてみれば、先輩方の手には木剣代わりになりそうな丁度いい長さの枝があった。

 ついでにもう一本の枝が用意されている。サイズは僕にばっちり合っていそうだ。


 嫌な予感をひしひしと感じながらも、仕方なく僕は先輩方の下へ歩み寄る。値踏みするような視線を上から浴びながら、精一杯に姿勢を正して先輩を見上げる。


「何の御用でしょうか?」


「なに、今の後輩どもの実力がどんなものか気になってな。一つ、お前の剣の腕を俺らに見せてくれよ」


 そう言ってゴツイ先輩は僕に枝の木剣を差し出す。



 困った。僕ってクラスでも剣の腕は下から数えた方が早いレベルなのに……。



 しかし、これは所謂『可愛がり』って奴なのだろうか。先輩三人で後輩一人を囲う状況で剣の腕を見るっていじめ案件だと思う。


 だけど先輩方の視線に嗜虐的なものは感じない。むしろ、本当に『値踏み』をしているように見える。


「分かりました。拙い剣技ですが披露させて頂きます」


「堅っ苦しい奴だな」


 木剣を渡しながらちょっと笑う先輩。

 やっぱりいじめとは雰囲気が違う気がする。それだと逆に申し訳ないな、本当に僕下手だし。


「ああそうだ、名前を言ってなかったな。俺はロッキー・マイヤー。騎士養成高等学校所属の三年生だ」


「同じく、ジョン・マンソン」


「ヘンリックだ」


 細身の美形がジョン先輩、切れ長な目の引き締まった体格の方がヘンリック先輩か。



「騎士養成幼年学校の六年生、フィアル・ノースポールです。よろしくお願いします!」



 せめて気合だけは示そうと大きく返事をして、僕は木剣を構えた。




 ロッキー先輩が木剣を構える。背が高いから圧迫感があるなぁ。


 ジョン先輩が木剣を構える。顔と同じく優美な構え……え?


 ヘンリック先輩も木剣を構える。待って。



「あの、なんで皆さん構えてらっしゃるので?」


「決まっているだろう。三対一で稽古するからだよ」


「はいっ!? 一人ずつじゃないんですか!?」


「それは……事情があってな。諦めて受けてくれ」



 申し訳なさそうにロッキー先輩が頭を搔いていると、ヘンリック先輩が鼻を鳴らした。


「いつも仲間と共に戦える状況になるとは限らん。一人でもやるだけやってみせろ。それともお前の担任は、一人の時は逃げろと教えるのか?」


 そう挑発されてはもう何も言えない。ここで怖気づいたらトリスタン先生に顔向けできない。


 僕は覚悟を決めて木剣を握り直す。


 それを開始の合図としてか、まずヘンリック先輩が切りかかってくる。


「シッ!!」


 鋭い呼気の音に倍する鋭さで風を切り裂く音が聞こえる。

 単なる枝では受け止めきれないと判断した僕は、身を引いて木剣をかわす。


「いい目だ! 鍛えているなっ!」


 次はジョン先輩が横薙ぎに木剣を振るう。それを掻い潜って逆に懐に入る。


「なにっ!?」


 慌てて剣を引き寄せて防御するジョン先輩だったが、僕はジョン先輩の横を通り抜けて距離を取り、小山になった枝の近くで先輩達に向き直る。


「っと…! 狡猾な動きをするな」


 追撃しようとしていたロッキー先輩は小山に進路を塞がれ立ち止まる。大回りしてヘンリック先輩が僕を包囲しようと動き始めている。


 先輩方の実力はトリスタン先生より数段下だが、それでも僕が剣で敵う相手じゃない事は分かった。どうしよう?



「立ち回りの良さは分かった。ならば今度は打ち込んで来い!」



 ロッキー先輩の声に意識を引き戻される。僕が悩んでいる間に包囲されてしまっていた。後ろは枝の山で退路は無し、仮に包囲を突破しても状況は変わらないだろう。


 先輩方も待ちの態勢に入っているから、乱戦に持ち込んでからの同士討ちも難しそうだ。半ば以上詰んでる気がするが少しは足掻いてみよう。



「ヤァッ!」



 掛け声だけは威勢よく、しかし目標は日和ってジョン先輩に向かう。


「ふうん……」


 カンッ


 木剣を振り下ろした瞬間、一振りであっという間に手から弾き飛ばされた。


「……ちょっと失望したよ」


 肩を落としたジョン先輩は追撃もせずに溜息を吐く。


「うっ…!」


 急いでその場から飛び下がると、様子を見ていた残りの先輩方も微妙な顔になっている。


「これは、ううむ……」


「幼年学校の二年生でももっとマシな剣を振るう奴はいるぞ。お前、ちゃんと授業受けてたのか?」


 してたわい! 毎日居残って剣の練習してたわい!! それでこの有様というのが一番悲しい。


 ロッキー先輩とヘンリック先輩の落胆ぶりにぐうの音も返せずにいる僕。実際に剣を受けたジョン先輩が最も失意が大きいのか、侮蔑すら混じりかけた表情で僕を見ている。


「どうしたフィアル君? 剣は無くとも騎士ならば引けない時はあるんだ。せめて無手でも抗ってみたらどうだい? それとも君の得意分野は逃げ足だけだったのかな」


 ヘンリック先輩と似たような事を仰って僕を挑発される。いや、実際馬鹿にしているのかな? しかし……



「え、素手でもいいんですか?」


「は? あ、ああ。素手でも戦う気概があるのなら……」




「じゃあ参ります」




 得意分野が解禁されたので、喜び勇んでジョン先輩に突撃する。


「なっ!?」


 踏み込みの速度に驚いたジョン先輩が慌てて剣を振るう。僕は剣を持つ手を払って剣の軌道を変え、横合いに回りこんで先輩の膝を打つ。


「速い!?」


 ロッキー先輩とヘンリック先輩が動き始めるのを背中で感じつつ、足を崩され姿勢が落ちたジョン先輩の脇腹に拳を叩き込む。


「あっ…!」


 苦痛に顔を歪めるジョン先輩を残像に残しつつ、既に僕の目は後方のロッキー先輩の方に向いていた。

 ロッキー先輩は大上段から剣を振り下ろそうとしているが、剣先がジョン先輩に当たらないような絶妙な位置取りだ。


 それを僅かの差でかわし、振り下ろされた枝の上に足を乗せる。


「ぬおっ!?」


 驚いたロッキー先輩が枝を振り上げるのに合わせて僕は足に力を込める。


 枝が上がりきる時には、僕は空中を跳んでいた。


 ヘンリック先輩の何が起こったのか分からない呆けた視線と僕の視線が交差する。半秒の間で意識を取り戻した先輩は木剣を握る手に力を込めるが、その時には僕の踵が手の甲に触っていた。


 空中踵落としでヘンリック先輩の手から木剣をもぎ取り、痛みに硬直してがら空きの胴体に拳を打ち込む。


「……っ!」


 掠れた息を吐き出して、ヘンリック先輩が蹲る。そこから横っ飛びに距離を離して残ったロッキー先輩に対峙した。

 ロッキー先輩は驚愕の表情で僕を見ていた。




「き、君は一体……何者だ?」




『ヒーローギルドの長、変身ヒーローのディメンジョンマンだ!!』





 ……とか言えたら格好良かったのかも知れないが、軽々しく正体を明かすことなど出来ない、いやむしろ痛い人扱いされかねないので沈黙を選ぶ。


「いや、失礼だったな。フィアル・ノースポール、君はやはり傑出した人材だ」


『やはり』という点に疑問を覚えるが、ロッキー先輩が話しを続け始めたので思考が中断される。


「だが俺も高等学校の上級生として、下級生に遅れを取るわけにはいかない。悪いが勝たせてもらう」


 そう言うとロッキー先輩は深く息を吸い込み始め、その身に闘気を纏い始める。



「ふうううう……『激怒の構えレイジ・フォーム』……!」



 あこれアカン奴や。


 記憶の奥底から、オーク族の大戦士ボーグダインとの戦いがフラッシュバックしてくる。

 体がその時の恐怖を覚えていたのか、無意識に僕の体は全力で跳躍していた。



「剛剣技、其ノニ。『空破衝烈斬……なにぃ!?」



 すいません、ヒーロー物のご法度『相手が技の名前を言い切る前に攻撃』、をさせて頂きます!



 ズンッ



「はうっ」



 背丈の差が、往年の悲劇を再現してしまった。ぎりぎり急所は外れたみたいだが、正拳突きの衝撃は二つのデリケートボールを震動させ、ロッキー先輩の顔を蒼白にさせる。


「あっ!? す、すいません!!」


「ふぃ、フィアル・ノースポール……恐ろしい男だ……」


 最期に一言呟いて、ロッキー先輩は意識を手放した。



「どどどどうしよう……やり過ぎたかな……?」



 蹲る先輩達を見回して、僕は途方に暮れて立ち竦んでしまった。


 その後、アンドレイさん達が戻って来る前に何とか持ち直した先輩方は、別れの挨拶もそこそこに帰還された。



 ……



 フィアルの戦いが終わった直後、そこから少しはなれた茂みの中のこと。


「撮れた!? ねえ撮れた? 玄衛門さん!!」


「ば~~っちりっスよ、サラ坊ちゃん! フィアルさんの戦いの映像、しっかりと録画できやした!!」


「やったあ! ……はぅ~~やっぱりかっこいいよね~~フィアル……」


 玄衛門のお腹部分に開いたディスプレイで、先ほどの大親友フィアルの戦いを眺め悦に入るサラの姿があった。



 そう、当たり前かも知れないが密かに玄衛門も遠征に同行していたのだった!



 一応その事は翔達も知っていたが、まさか撮影班になっていたとはついぞ知らないままであった。



 ◆◆◆◆◆



 フィアルとの試合の後、高等学校の三人は人目に触れぬよう宿営地の片隅に向かっていた。物資が積まれた馬車に囲まれた一角に、背の高い男子生徒が立っていた。


 その生徒は長い髪を垂らし顔の半分を隠していたが、もう半分から除く顔は端整でありながらも野性味を含んだ魅力を放っていた。


 覇気とも言える雰囲気を纏うその生徒は、三人組を目に留めると男臭い笑顔で出迎えた。



「おお、行ってきたか? 悪かったな、面倒な役を押し付けて」


「いえ、勿体無いお言葉で……」


「そう畏まるなって。逆に俺の身が危なくなるだろ?」



 茶化すようにそう指摘する男子生徒に、ロッキーははっとした表情で周りを伺う。それを留めるように男子生徒は話しかける。


「で、どうだった。例の少年は?」


 その質問に、三人は応えに詰まって目を逸らす。腹の底から漸う言葉を持ってきたものの、それを吐き出す口は重かった。


「そう、ですね……。身体能力は相当なものかと……」


「戦いの先読みが図抜けて上手いです。正直、教官を相手にしている気分でした」


「だが剣の腕はひどいものだ。六年間であれだけしか鍛えられなかったのが不思議なくらいだ」



「ほうほう……。では、お前達の怪我はどうやって負ったのだ? ロッキー、ヘンリック、ジョン、皆いつもと姿勢が微妙に異なる。どこか打撃を受けたのだろう?」



 自分達の変化を見抜かれて言葉に詰まる三人。だが報告は絶対なのか、恥を忍んでロッキーが口を開く。


「その、彼の拳あるいは蹴りによって手傷を負いました。彼の格闘能力は神がかったものでした」


 ロッキーの報告に片眉を上げる男子生徒。その顔は喜ばしい知らせに心躍らせる少年のそれだった。



「なるほど! お前がそこまで言うならば、あの時の川原で見た光景は錯覚では無かったという事だ。これは金の卵を見つけたかも知れんな」



 男子生徒はくふくふと嬉しそうに笑い声を漏らす。そんな彼の様子を苦笑いしながらロッキー達三人組は見ていた。




「フィアル・ノースポール……か。今回の遠征、楽しみが増えたな」




 覇気を纏う男子生徒は上機嫌に天を仰いだのだった。



あらすじが長いなぁ。しかしコンパクトに纏め切れない、筆の拙さが恨めしい。


遅くなって申し訳ありませんでした。まだまだ忙しい日々が続くので、今後も遅延が発生すると思いますが、どうかご容赦下さいm(_ _)m


お読み頂きありがとうございました。

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