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第27話 何奴! 謎の変人忍者!?

前回のあらすじ:12歳になったフィアル達は相変わらずヒーロー活動に勤しんでいたが、最近の王都はめっきり平和になっていた。だが最終学年になったフィアルのクラスに新任の教師がやって来たり、猫獣人の部族から転入生が来たりとイベントもあり、彼の周りの騒がしさは変わらないようだった。

そんな中、少しずつであるが、また不穏な影が見え隠れし始める……。

 季節は春! この騎士養成幼年学校においては、季節の差はより激しく感じる気がする。


 春はきつい。気候が良く、雨も少ないので野外での体力トレーニングがこれでもかと詰め込められる。


 夏は凄くきつい。高い気温は体力を奪い、雨が降りやすく、泥だらけの訓練場は足を重く絡め取る。訓練は雨天決行です。涼しいのは助かるが。


 秋はそこそこきつい。この時期は学科試験が重なるのでトレーニングは程ほどになる。だが代わりに座学に比重が置かれるので、頭が痛くなる日々が続く。


 冬は死ぬ。秋に引き続き学問に重きが置かれるが、一年の総括として体力試験も設けられる。これに落ちると冬休み返上で膨大な課題と一緒に訓練ノルマもこなさなければいけない。監督させられる先生も休みが取れないので、物凄く辛く当たってくる。


 ちなみに、僕ことカケルは一度も落ちたことが無い。ニコルが一回落ちたが、次の年に人相が変わるほど鍛えられてから落ちた事が無い。



 で、そのきつい季節だが……五年前から日常的に体力作りに励んでいたお陰か、今年は割りと余裕でノルマをこなせている。



 首都は平和そのもので、ヒーロー活動も開店休業中。目下残った体力は主に勉学の時間に充てている。


 来年には幼年学校を卒業し、騎士養成高等学校に入るか、どこかの貴族のお抱え騎士団に騎士見習いとして就職する事になる。



 そろそろ進路を考えなくちゃいけない、そんな時期に事件は起こった。



 ◆



 それはある日の朝のこと、珍しくニコルが朝会に来なかった。それどころか朝食の席にも居なかった。

 少し不真面目なところもある彼だが、この五年間でだいぶ性格が矯正されて遅刻などまずしなくなっていたのに、である。


 でもその事についてトリスタン先生は何も言わず、いつも通りに出席の確認を行っていた。


 授業が始まり、二時間目が始まる直前にニコルがやってきた。



「失礼しました。ニコル・ホフマン、ただいま登校しました」


「……話は聞いている。入れ」



 言葉少なくトリスタン先生は了承し、ニコルを教室に招き入れる。入り口で敬礼していたニコルはいつもの軽い雰囲気など感じさせず、きびきびとした動作で教室に入り自分の席に着いた。


 その表情は固くまるで岩のように不動だった。普段と恐ろしく乖離した様子なので、まだ休み時間中だった事もあって、隣の席のよしみで声をかけてみる。


「ニコル、今日は遅かったな。何かあったのか?」


「……ああ、ちょっと厄介事がな」


「大丈夫ニャ? 病気かニャ?」


 同じく近くの席だったリンイーが心配そうにニコルの顔を覗き込む。サラやリーザ、アンドレイさんも言葉は発さずともニコルをさり気なく見つめている。


 他のクラスメイト達も同様だ。お調子者が修行者みたいになっているのを奇異の眼で観察している。


 それらが煩わしいのかニコルの眉が一瞬ひそめられ、だが最終的に出たのは苦笑いだった。


「あーうん、ちょっと調子悪くてね。ま、その内良くなると思うよ」


「そうかニャ? もし具合が悪くなったら言うニャ。故郷から持ってきた薬はまだまだあるニャ!」


「あ、それは結構です……」


 以前、ニコルが仮病で倒れたふりをした時、リンイーさんがお薬を持ってきてくれた事がある。漢方薬みたいな薬だったが、飲んだニコル曰く『この世全ての灰汁あくだ!!』と叫ぶほどの、えぐ味、渋味、苦味が混在する味だったらしい。

 また飲まされては敵わんとその後はいつもの倍近く訓練に励んだものだから、先生方が真剣に騎士団の衛生科に取り入れようかと議論していた。


 張り詰めていた苦笑が情けない青い顔に変わったのに安心してか、殆どのクラスメイト達は興味を失い顔を背ける。



 だが同じ班のメンバーは、彼の心に大きな悩みが残っていることを見抜いていた。



 ◆◆



 その日の放課後、僕はニコルに呼び出されて訓練場の隅に来ていた。この後日課の剣の練習予定だから都合がいい。


「どうしたんだ? 今日の遅刻と関わりがあるのか?」


 僕の問いかけにニコルは黙って下を向いていたが、しばらくすると意を決したように顔を上げた。


「ああ……そうなんだ。思えばお前とも付き合い長いよな。色々後ろ暗い調査の協力もしたりしてさ」


「まあ、色々頼らせてもらった事は確かだね」


 その一・五倍は何かしら世話した気もするが。五年間のヒーロー活動中に、こいつの情報網に助けられたことも少なくは無い。


 僕が同意するとニコルの顔に不敵な笑顔が浮かぶが、それもすぐに消え去った。顔を沈痛な表情に塗り替えたニコルはぽつぽつと語り出した。



「実はな……実家の商売が上手くいってないらしいんだ。フィアルは親父さんが元騎士だし、成績もいいから学費も大幅に免除されてるだろ? でも俺って余り成績良くないし、商家の出は学費払って当たり前みたいな風潮があるから、下手すると……俺、退学するかも知れない」



 驚きの余り絶句してしまった。まさかそこまで困窮する事態になっていたとは……。


 ニコルは続けて詳しい実家の事情まで話してくれた。

 それによると、ニコルの取引先の商家が不渡りを出したらしい。大口の取引先であったらしいが、その商家で事故や事件が頻発して資金繰りに行き詰まり、ニコルの実家に支払いが出来なくなったそうだ。

 その為ニコルの実家は今資金繰りに奔走し、今年度分のニコルの学費すら苦慮する有様になっているらしい。


「俺も実家に戻って書類や帳簿の整理を手伝うくらいは出来ると思うんだが……今朝、お袋が学校に来て、ここまで頑張ったんだからせめて卒業までは何としてでもさせてやる、って言ってくれてさ。親父も了承済みらしい。……今更、申し訳ない気持ちで一杯ってやつ」


 そう自嘲気味に笑うニコルの顔は今まで見たこと無いほど張り詰めていた。


「……学費の支払いっていつまでだっけ?」


「お? 肩代わりしてくれるのか? 残念だけど元騎士とはいえ貧乏農家の収入じゃ無理な額だぜ」


「茶化すなよ。真剣なんだから」


「悪いな。冗談でも言ってなくちゃやってられなくて……。一応、滞納期限まで含めて再来月くらいかな。トリスタン先生も限界まで上と掛け合ってやる、って励ましてくれた」


 再来月か……何とかなりそうで絶妙に時間が足りなさそうだなぁ。


 いや、しかし友人のピンチに何もしないのは、ヒーロー以前に人としていかん。


「何かいい案が浮かんだら、伝える」


「どっちかと言うと、それとなくアンドレイさんの同情を引ければなぁ…と思ってフィアルに話をしたんだがな。ま、なんだ、アンドレイさんにもそれとなく話していてくれ。俺からだと露骨過ぎるからな」


 そう冗談めかすニコルだったが、もしかしたら彼はもう諦めかけていて、居なくなってもいいよう始末を付けてる最中なのではなかろうか? 班のリーダー格であるアンドレイさんにも話を通しておくのは彼なりのけじめなのかも知れない。


 となると、ニコルの心が完全に折れるまでがタイムリミットだろう。より時間は少ない。



「俺は、ニコルが学校に留まれるよう、頑張るよ」


「……期待してるよ、親友」



 強く、断固とした口調で励ました時に、ニコルは漸く以前と同じ様な笑顔を見せてくれた。



 ◆◆◆



 夕食も済んだ後、自室に帰った僕は部屋のインテリアと化していたドラム缶に縋りついた。


「玄衛門ーー! お金があっという間に稼げる道具を貸してくれよう!!」


「うんっもう仕方無いっスねぇ、フィアル君は……。はいっ、『チート・トランプ』~~!」


「ストップ、何それ」


「ちょっと視点を変えると相手の手札が透けて見えるトランプっス。これでイカサマ賭博やり放題!!」


 それ、手品グッズじゃないのか? というか、この世界にトランプ無いし。未成年が出入りできる賭博場も無いし。


「もうちょっと実効性のあるもので……」


「『フェイク・ダラー・メイカー』がいいっすか? とりあえずこの世界の通貨のサンプルが必要になりやスが……」


「ナチュラルに偽札製造を薦めるな! じょ、冗談なんだからツッコミ頼むよ……」


「そういう掛け合いは不要だって前も言ったでやんスよ。あとアッシでなく、サラ坊ちゃんに絡んで下せぇ」


 玄衛門さんはトランプとか取り出しかけていた偽札製造機を頭部に戻しながら低い声で抗議する。

 ふと横を見れば、玄衛門さんに泣きついたのが不満なのか頬を膨らませたサラが僕を睨んでいる。


「えっと、ごめんねサラ……。ちょっと重い話を聞いたから、気分を変えようと様式美に乗っ取って……」


「……別にいいよ……。それより、話ってニコルの事でしょ?」


 サラは表情を改めて、真剣な表情で聞いてくる。サラもニコルのことを心配してくれていたんだな。


「うん……。ニコルの実家が今資金難で、学費が払えないかも知れないらしい。最悪、あと二月で自主退学するかも知れないんだ」


「そんな……!」


 サラも深刻な事態を察したのか表情を曇らせて俯く。賢い彼のことだから、現状僕らに出来ることが殆どない事まで考えが到ってしまったのだろう。


「暴力を振るう悪人を退治することは出来ても、お金の問題だけはどうしようもないからなぁ……」


「ん~~……一応、詳しい事情を教えてもらっていいっスか?」


 玄衛門さんの求めに応じて、掻い摘んでニコルの事情を二人に話す。話を聞き終えた玄衛門さんはチカチカと目のライトを瞬かせて黙り込んだ。


「あ、検索モードに入ってる?」


「そうっス。ちょっとここ最近の王都のニュースを洗い出してるとこっスから、待ってて下せぇ」


 玄衛門さんの目は、パソコンのハードディスク読み込みを示すランプみたいな物らしい。

 彼は王都内に張り巡らせた僕のセンサーと同期して、人々の噂話などを収集し、事件の手掛かりや前触れが無いか調査して貰っている。


「下町二丁目のバーバラ夫人が、三軒隣のジャックさんと不倫関係らしいっすよ! しかもそのやり口が手の込んでいて……!」


 と、井戸を囲む奥様方のようなことを興奮気味に言い出した時は、収集する情報の選別を徹底するよう、サラを交えてかなり叱った。


 何はともあれ、ニコルの実家の苦難に事件性があるのだろうか? 固唾を呑んで僕は玄衛門さんの検索終了を待った。


 五分ほどして、玄衛門さんの目が点滅を終えた。



「ちょっと気になる噂がいくつかありやスねぇ。どうもニコルの坊ちゃんのご実家みたいになってる商家が複数あるようっス」


「えっ、取引先が不渡り起こした例がそんなにあるのか?」


「不渡りまでは行かなくても一時的に支払いが遅れ例もありやスし、酷い場合は夜逃げされた商家もあるみたいっス。共通点は、事故や事件による資金の喪失からの支払い不良。それと、不渡りを起こした相手は商家や貴族と幅広いでやんスが、どれも金貸しに精を出してて強欲な奴だと噂されてやス」



 ふむ、悪どい金貸しが事件によって資金を失う……。時代劇の義賊が悪代官や悪徳商人から金を奪って、貧しい人に分け与える話を思い出すな。


「最近、スラム街や下町にお金がばら撒かれた話とか聞かない?」


「それは無いでやんスね。……発想が古臭いっスね、フィアル坊ちゃん」


 う、うるさいやいっ!!


「実はもう一つ気になる話があるでやんス。街中ではあまり噂になってないでやんスが……。商人組合で、金貸し達が金を失った頃から少し羽振りが良くなった商家がある、て話が一件ありやした」


「へえ、怪しさ抜群だね」


「そうでも無いみたいっス。その一件以降、そんな噂も聞きやせんから」


 サラは興味を引かれたように身を乗り出すが、玄衛門さんの歯切れは悪い。玄衛門さんも繋がりがあるのか完全に自信があるわけではないようだ。


「でも数少ない手掛かりだ。その商家の名前は?」


「え~っとでやんスねぇ……」


 玄衛門さんの目がまた一瞬チラつき、商家の名前を出力する。






「『ヤマト総合商社』って名前らしいっス」






 ◆◆◆◆



『ヤマト総合商社』



 キルディス王国の首都デュスターヴに本拠地を置く商家。元々は『ヤヌス製粉』という小麦粉を扱う商家であったが、十年近く前から商売の規模と範囲を拡大して現在の『ヤマト総合商社』に改名。


 キルディス王国内全土から商品を集め、デュスターヴや他の大都市で販売している。扱う商品の豊富さから競合する商家も多く、同時に敵も多い。

 だが徹底した在庫管理を行って無駄の無い取引を続け、コストを減らすことで利益を伸ばしてむしろ競り勝っている状態ですらある。


 代表取締役の名前はカーベル・スクナ。漸く中年の域に差し掛かった程度の男性で、精力的に仕事に取り組んでいる。

 なお、社名の『ヤマト』の由来については判明していない。耳慣れない言葉なので誰もが疑問に思うが、それをも宣伝効果かと商人達は噂している。


 また風の噂では、カーベル氏の息子が名前を決定したとも言われている……。



 ……



「怪しいね」


「むしろ何故、今の今まで気付かなかったのか不思議だな」


「僕らにとっては『大和ヤマト』なんて良く聞く名前だったから、逆にスルーしてたんだと思う」



 その日の夜、緊急のヒーロー会議を開いた僕はニコルの事も含めて、勇と乱に諸々の情報を提供した。

 結果、『ヤマト総合商社』に日本からの転生者、すなわちヒーローが居る可能性があると結論づけた。


「以前から王都には俺らとは別のヒーローが居るって話はあったが、多分そこに潜んでるかもな」


「今まで商家関係はほぼ調べて無かったし、調べる価値はあるだろうね」


「ただ、一つ気になる事はあるんだ……」


 勇と乱の会話に静かに割り込む。通信映像の中の二人は何事かと不思議そうな顔を向ける。


「今まで、件のヒーローは陰ながら僕らに協力してくれてた気配があったろ? つまり向こうは僕らの事を知っているんだ。それでいて何故か直接的な接触はして来ない。もしかして、僕らと協調するつもりは無いんじゃないかな?」


「それは考えられるな。たまたま同じ相手を排除したい時だけ、こっちを利用したのかも知れない」


「となると、この世界に転生したヒーロー達は必ずしも正義の心を持っているとは限らないのかもね。ダークヒーローって奴かも」


「神様の意図が分からないよなぁ……」


 僕らをこの世界に送り込んだ神様(仮)……一体何を考えていたんだ? 


 議論を続けようとしたところで、いきなり肩の重みが増した。顔を向ければ夢の世界に旅立った親友サラの頭が見える。相変わらず会議になると寝付きがいい子だ。


「ごめん、サラがお眠みたいだからここで落ちるわ」


「はいはい。でもニコル君の件もあるし、早めに探りは入れておいた方がいいんじゃないかな?」


「今度の休みに店に行ってみるか? 確か近々、『ヤマト総合商社』がデパートみたいな大き目の雑貨屋を開くらしいぜ。買い物客のふりして探りを入れてみないか?」



 そんなこんなで、僕らは次の休みに出かける事にした。仲間達と一同に介するのも久しぶりだな……。



 ◆◆◆◆◆



 数日後の休みの日。王都の目抜き通りに集まったのは、僕、サラ、勇、乱……そしてリーザとアンドレイと、何故かネミッサさんだった。



「きゃーーー!? 久しぶりね、フィアル君! また背が伸びたかなぁ?」


「お、お久しぶりですネミッサさん……」



 頭を撫でてくれるネミッサさんに、かしこまって背筋を伸ばして敬礼する。


 今、ネミッサさんは王都の騎士団に所属している。それも二年前からだ。

 つまり、いずれ僕らが就職する先の先輩にあたり、騎士養成学校所属の学生としては無礼が無いよう必死に努めなきゃいけない相手なのだ。


「もーそんなにしゃちほこばらなくていいの! 今日は非番なんだから、いつものお姉ちゃんに対する親しみを見せて?」


 ネミッサさんは不満そうに唇を尖らせるが、乱と勇を除いて皆の緊張は解けない。



 そもそもネミッサさんが騎士団に所属する逸話からして凄まじい。



 発端は四年ほど前。ずっと家事をやらされる事にネミッサさんが我慢できず、トリスタン先生と大喧嘩。果てしなき口論の末、先生が伝手のある騎士団の事務方として働くことを許可され、その後一年くらい騎士団の事務員として働いた。男ばかりの職場に華やかな女性が入ったことでアイドル化したらしい。


 トリスタン先生の目論見としては、そのまま良さそうな男を引っ掛けて所帯を持てば落ち着くだろう、と考えていたらしいがそうは問屋が卸さない。


 働き始めて一年後。騎士団主催の剣術試合が行われた。これはお祭りみたいなもので、町からも多くの見物人が来ていた。その中で、お遊びとして現役騎士団員と誰でも好きな者が試合できる場面が設けられていた。


 最初は『凶祓い』や筋力自慢の労働者が挑戦していたが、無論、誰も騎士団員に勝てなかった。そのまま「いやーやっぱり騎士様は強いね」で終われば良かったのだが、何をトチ狂ったか騎士様が


「女性の方でも結構ですよ? 優しくお相手してあげますからね」


 などと言ってしまったのが悲劇の始まりだった。割とイケ面の騎士様からお声がかかり、何名かの女性が不慣れな木剣を持ってキャーキャー言いながら騎士様と戯れた。


 順番待ちの列にネミッサさんが居たのを見た時、とても不吉な気分になったものだ。


 ネミッサさんの出番になり、イケ面騎士様が爽やかな笑顔で「さあ、どうぞ」と言った次の瞬間、騎士様は地面に倒れ伏していた。


 電光石火で現役騎士を病院送りにした事で、騎士団上層部の注目を浴びたネミッサさんは、あれよあれよという間に昇進、異動を繰り返して正規の騎士団に所属する騎士の一人となった。


 なお、トリスタン先生の上層部への泣き落としは「こんな金の卵を隠しとったなんて許せん!」とお叱りの言葉に敗退した。



 そして今、ネミッサさんは騎士団の中でもエリートが集う『王宮騎士』の一員になってしまっていた。


「い、いえ栄えある王宮騎士の方に万一でも粗相があったら……」


「……甘えてくれないと、しごきにいっちゃうよ?」


 笑顔のネミッサさんから強烈な寒風が吹き込んできた気がした。


「……わ、わ~~い、ネミッサお姉ちゃ~~ん……」


「ひゃっほうっ!! フィアル君はいつまで経っても可愛いね~~!」


 引き攣った笑顔でハグをすると、ネミッサさんはがっしりと僕を抱え込んでぶんぶん振り回す。タスケテ。


「あ、あの……そこら辺でどうかご勘弁を……。雑貨屋に行く時間がなくなります」


 アンドレイさんが控えめにネミッサさんを止めてくれる。ありがとう、信じていたよ班長……。

 ネミッサさんははっと緩んでいた表情を改めると、名残惜しそうに僕を下ろして身繕いをした。


「そうね。今日は皆の保護者役としてここに来たんだから、私がしっかり先導しないとね。じゃ、早速出発しましょうかー。道中、お友達の紹介もして貰おうかな」


 ネミッサさんはアンドレイと乱の方を横目で見つつ、通りを歩き始めた。いつもなら反発しそうなサラやリーザも毒気を抜かれた顔で追従していく。


 その後を追う僕の横合いから乱が声をかけて来た。


「……なんでこんなに人数増えてるの?」


「寮に住んでると、誰が外出届けを出したかなんてすぐ分かるんだ。リーザは羽目を外さないように監視役やるって付いて来て、アンドレイさんも何故か付いて来た。何となくだけど、ニコルの件に関係あると気付いてるのかも」


 アンドレイさんにはニコルの事情を既に話してある。その後で僕の外出先を知った時、「ほう……」と妙に含みのある思案顔を見せていた。彼の貴族の情報網から、何か繋がりを掴んだのかも知れない。


 ちなみにネミッサさんは、たまたま実家に帰った時にトリスタン先生から事情を聞いたらしい。本来は先生に頼んでいた保護者役を強引に奪い取ったみたいだ。



 閑話休題。顔をしかめている乱の懸念は分かる。こう人が多くては密かに調査なんて出来そうもない。何とか隙を見つけるか、今日は様子見だけに留めるべきかも知れない。



「お~~い、フィアル君! 足が遅いぞー」


「そうだそうだ。ネミッサさんをお待たせするなんて良くないぞー」



 前方では振り返ったネミッサさんと、ちゃっかりその横に侍る勇の姿が。



「何とか、頑張ろう……」



 溜息混じりの宣言に、頭痛を堪えるように額を抑える乱が頷いた。



 ◆◆◆◆◆ ◆



『ヤマト総合商社』が経営している大型雑貨店、その名も『クロイヌヤマト』。



「「「なんでやねん!?」」」



 雑貨屋にかかる大きな看板を前に、ヒーロー三人組の総ツッコミが入った。


 デパートじゃなくて配送業者だろ! とか、動物の種類違うだろ! とか『ヤマト』って付けばなんでもいいのか! と小一時間問い詰めたくなるネーミングセンスだ……。


「ど、どうしたの三人共?」


 揃いのポーズで空に裏拳かます僕らはお店に集まるお客様方の注目を集め、保護者役のネミッサさんを困惑させていた。


 子どもがはしゃいでいると思われているのか、微笑ましい視線はあれど奇異の目が無いのが救いか。僕らはそっと姿勢を戻し、ネミッサさんに頭を下げた。


「すいません、お騒がせしました」


「でもどうしても言っておきたくて……」


「とりあえず、『居る』事は確定。これが偶然だったら逆に怖い」



「う、うん……興奮するのは分かるけど、節度は守ろうね?」



 ネミッサさんの優しさが心に痛い。ついでにドン引きしている学友達の視線も痛い。



 それはさて置き、『クロイヌヤマト』を振り返る。


 外観は四階立てのかなり大きな建物だ。元々四つ分の建物があった土地を使っており、半分が建物、半分は広場になっている。


 広場はフリーマーケットのようで、登録すれば商業ギルドなどに登録してない行商人でも自由に商売できるらしい。雑貨屋本体は一階が食料品、二階が本屋や日用品、三階が服飾品や家具、最上階に高級志向の宝飾品や嗜好品が売られているらしい。


 庶民は主に二階まで、それ以上は富裕層が多くなりそうだ。三階、四階までの直通階段が別に据え付けられているなど移動の配慮もされている。



 数日前に開店したと聞いたが、集まっている人の量が半端無い。出入り口が大きめとは言え、誰ともぶつからずに出入りするのが不可能な程だ。



「凄いねぇ! こんな大きなお店見たこと無いよ」


「全く、人が多くて嫌になるわ。……でも凄い商品の数……」


「四階立て……造りもしっかりしていて頑丈だ。これだけ人が入っているのに殆ど揺れを感じない」



 サラやリーザ、アンドレイさんはそれぞれ別の感動を抱いて店内を見回している。先導するネミッサさんは何度も振り返りながら注意をする。


「人が多いから、はぐれない様にね!! あ、フィアル君、手繋ごうか?」


「い、いえ大丈夫です。流石に恥ずかしいので……」


 十二になってまでお手々繋ぐのは本気で赤面ものだ。とりあえず、人がごった返す食料品コーナーは抜けて、二階の日用品売り場に向かう。


 日用品売り場も人は多かったが一階ほど多くはなく、隅の方に休憩所があったのでそこで一息付く事にした。


「ひ、人が多いわね……。何か珍しいお菓子でも買ってあげようと思ったけど、とても立ち止まれる雰囲気じゃなかったわ」


「そんなに気にしないで下さい。珍しいお店が見れただけでも十分ですから」


 申し訳無さそうなネミッサさんを慰めつつ、二階の様子を伺う。


 二階はこじんまりした本屋のスペースが端っこにあって、各地方から取り寄せた本が置いてある。お客さんは二、三名ほどでいずれも学者や魔法使い風の人ばかりだ。客層は大分偏っているらしい。


 代わりに人が集中しているのが日用品のお店だ。幾つかのスペースに区切られ、文房具、食器、掃除道具、薬、果ては何に使うのか不明な、蛙の干物とか怪しげな灰が詰まった瓶なんかを売ってる店もある。


 ぼーっとそれらを眺めていると、ふと誰かが僕の腕を突いた。


「おいフィアル、あれ……」


 僕の注意を引いたのは、珍しく困惑した顔をした勇だった。勇の視線の先を目で追うと……オカシナモノが居た。




「ハーイ、安イヨー安イヨー。大安売リダヨー。今ナラ魔法ノ触媒ガ全品十パーセントオフダヨー。オクサン買ッテイカナイー?」




 明らかに一般人の女性に魔法の触媒を勧めている片言の店員が居る。


 それだけならばまだそこまで困らない。


 問題は、彼がコテコテのギャグアイテム『ひげ付きグルグルレンズの鼻眼鏡』をかけて、忍者が着るような黒装束と鎖帷子の上から安っぽいエプロンをして接客している事にある。



 忍べよ。いいから忍べよ、エセ忍者。



「何あれ? 魔法の触媒を売ってるの? 魔法使いってやっぱり変なのが多いのね」


「大いに遺憾の意を表明したい」



 リーザの侮蔑が混じった言葉に乱が抗議する。一応自己紹介は終わっているので、乱が魔術師ギルドに所属していることは知ってる筈だが、リーザの辛辣さは変わらなかった。


 あれだけ目立てば注目の的になりそうだが、お客さんは関わりたくないと思ってるのか見向きもしない。ある意味忍べているのか?


 兎にも角にも、あいつが多分当たりだろう。向こうから姿を現してくれたのならば都合がいい。早速接触しよう。



「ちょっと店内を見てきますね。ネミッサさんはここで休んでて下さい」


「え、大丈夫フィアル君? 変な物買わされないように付いて行こうか?」


「……お姉ちゃん、フィアル、一人で買い物に行きたいなぁ……?」



 苦肉の策で上目遣いにネミッサさんを見つめておねだりしてみる。するとネミッサさんの心にクリティカルしたのか、仰け反った彼女は鼻の辺りを押さえて動きを止める。


「お、おおう……これが初めてのお遣いってやつね……! 分かったわ。私はここで見守ってるから!!」


 何か色々勘違いされたようだったが、まあよし!(泣)


 ネミッサさんに皆の注目が集まったところで勇と乱に目配せする。二人は軽く頷き返すとすぐに行動に出た。



「失礼。そういえば、アンドレイ様は確かロクス伯爵家の……」


「ああ、そうです。ティンさんはロッド男爵家のご子息でしたか?」


「はい。慌しい自己紹介で無作法を晒してしまいました。ご挨拶が遅れたことを深く謝罪します……」


「いや、そう固くならずに。学校を出るまでは一学生としての振舞うよう、父からも厳に申し付けられてます。正式な挨拶などはまた後日に……」



 乱が上手い事アンドレイさんの足止めに入ってくれた。付いて来ようとする気配があったから助かった。



「リーザ、お前背中にゴキブリ付いてんぞ」


「えっ!? どこどこ、どこよ!!??」


「嘘に決まってんだろ。動揺し過ぎじゃね? 修行が足らんなぁ~~?」


「………」



 リーザは無言で勇に向かって拳を振るう。しかし勇はするすると鋭い突きをかわしまくり、リーザを更に煽る。


「キーーッ!!」


「おお、怖い怖い。感情の起伏が相変わらず激しいね」


「貴方達! 静かにしなさい!!」


 勇もリーザをからかって注意を引き、ついでにネミッサさんの目も引き寄せてくれた。


 凄いいい仕事してるんだが、ちょっと五月蝿いな。



「もう……あの二人、村に居た頃と変わらないね」



 当然のように付いて来ていたサラが嘆息混じりに振り返って休憩所を見ていた。まあ、サラは来てもいいだろ。大体事情知ってるし。


 皆の注意が逸れてる隙に、素早く怪しい魔法店の前に移動する。その店の周りだけ客が一人も居ないので大変移動しやすかった。



「オーッ! イラッシャイマセー、ヨク来テクレタネー。サービスシチャウヨー。二十パーセントオフニシチャウヨー」



「茶番は止めにしないかい? 君が、以前僕らを助けてくれたヒーローだね?」



 そう日本語・・・で話しかける。



 数秒間、その場に沈黙が漂う。日本語が分からないサラが疑問符を浮かべながら僕を見ている気配がするが、今はそちらを向くことが出来ない。


 何故なら、正面に居る店員の分厚い鼻眼鏡の奥に、背筋が凍るほどの鋭い眼光が垣間見えたから。



「……そろそろ来る頃だとは思っていた」



 ふと、懐かしい日本語の旋律が耳を打つ。微かな呟きだったが、低く太いその声はいやに耳に残った。


「ふうん。僕らの動向は掴んでいたって事かい?」


「お前達が街中に妙な仕掛けを多数配置している事もな。中々に動き難くて困ったものだ」


 その手のセンサーに一切引っ掛からなかった存在がよく言う。

 結局、彼の意図は何なのか。敵か味方か、ここではっきりとさせよう。


 と思って一歩近付こうとすると、数枚の紙切れが目の前に突き出された。


「今は仕事中だ。こいつをやるから、話は今度にして貰おうか」


「何をっ………福引券?」


 紙切れにはご丁寧に日本語で『福引券』と大きく書いてあった。裏面には外の広場でくじが引けることと、当たれば豪華賞品が貰えると書いてあった。



「おい、こんなもので誤魔化されない……ぞ……」



 苛立ちながら顔を上げると、目の前にはヨボヨボの御爺さんが立っていた。魔法使い風のローブを着た、如何にも魔法店の店主っぽい感じだ。さっきのエプロン鼻眼鏡忍者よりよっぽど店員らしい。


「な、何かご注文ですかのう……?」


「え、あ、いやその……」


 御爺さんが震えながら聞いてくるが、僕はそれに生返事を返しながら周りを見渡す。サラに目で確認するが、サラも驚いた様子のまま首を横に振る。




 黒装束の変人忍者の姿はどこにも見えなかった。




 ◆◆◆◆◆ ◆◆



「何も買ってなくても、くじ引き券が貰えるなんてサービスいいね」


 二階を後にした僕らは、外の福引所に来ていた。感心しているネミッサさんの後ろでは、釈然としない様子のヒーロー三人組が居た。


 奴の意図がまるで読めないがとりあえず乗ってみるだけ乗ってみよう。そう僕らは結論付け、不本意ながら福引券を握り締めて福引所の列に並んでいた。


 福引所は日本でみたガラガラ回して玉を出すやつ、では無く、くじを中が見えないようにした箱から取り出す形式だった。


 福引所の奥には商品が飾られ、一等は豪華賞金、二等が名のある鍛冶屋作の名剣、三等が小粒の宝石三種と、眼を引くものばかりだった。


 ちなみにハズレは新商品のお菓子一個らしい。ティッシュの代わりかな?


 前の人達は皆ハズレを引いて悔しがっているが、お菓子を食べると美味しかったのか機嫌を治す。いい宣伝になってるな。



 そうこうしている内に僕の番になった。貰ったくじ六枚を全て渡し、ネミッサさん以外が一回ずつ引く事にする。



「…えいっ! ……はずれかぁ……」


「……レオンのせいね」


「リーザがハズレたのは俺のせいじゃねぇぞ。っと、俺もハズレか」


「……ふむ、やはり当たらないものだね」


「僕もダメ。フィアル、どうぞ」



「うん……」



 乱に促され、僕は恐る恐るくじ箱に手を差し入れる。多数のくじの海を掻き分けて、いいくじに当たるよう願う。チラリと賞品棚に眼を向ければ、そこには圧倒的な存在感を放つ金貨袋が……




 カサリ




 すると僕の手にくじの感触が滑り込んできた。思わず手を引き抜くと、手の中のくじを見た係員さんが、眼を丸くした。



「おめでとうございます!! 一等、一等賞が出ましたーー!!」



 ガランガランと、ここだけはお決まりなのか大きなベルをけたたましく鳴らして一等賞が出たことを宣言する。



 どよめく人々の前で、係員さんは大きな金貨袋を抱えてきて、僕に渡した。


「どうぞ、お受け取り下さい! あ、こちらは主催者の店長からのお祝いのメッセージです!」


 それと同時に一通の手紙を渡してくる。


「貴方が保護者ですね? 道中お気をつけ下さい。賞品お渡し後の責任は持ちませんので」


「あ、ええ、はい、分かりました。フィアル君、一度落ち着けるところに戻ろう。皆も付いて来て!」


 係員さんから注意されたネミッサさんは、戸惑いながらも僕の手を取って引っ張ってくる。それに続いて他の皆も急いで後を追う。



 万来の拍手を受けながら僕らは『クロイヌヤマト』を後にした。



 ◆◆◆◆◆ ◆◆◆



 その後、すったもんだの末に賞金はトリスタン先生に一時預かりとなった。額を調べてみたらちと洒落にならない金額が入っていたので、部屋に置くわけにもいかず、先生に頼む事にしたのだった。



 寮に帰れば、どこから聞きつけたのか賞金の話題で溢れていて、クラスメイトから賞賛されたり、からかわれたりと大変だった。


 だがニコルは輪に加わらず、一言「おめでとさん」と告げただけで去って行った。こういう時だけは甘えないんだから……。



 だが、目下の懸念はそれではない。




 賞金と一緒に渡された手紙。それにはこの国の言葉でお祝いの言葉が書かれていたが……




『賞金を友人に渡して時間を稼げ。話がしたいなら、次の満月の夜、ヤマトの本店へ来い』




 そう日本語で書かれた文面が、便箋の模様に混じって書かれていた。





 次の満月の夜、ヤマトの地で王都のヒーローが勢ぞろいする事になるだろうな。





2ヶ月も間を空けて申し訳ありませんでした。もう言い訳にしかならないのですが、仕事と体調不良でモチベーションが上がらず、ネタ出しにも苦しんでここまで遅くなりました。

別作品の『アウトキャスト』の方をなるべく優先したいので、今後も遅れることがあると思いますが、何卒ご容赦下さい。お読み頂き有難う御座いました。

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