第26話 流転! 過ぎ去りし日々!!
前回のあらすじ:悪党四人を囲っていた『コール香辛料専門店』の主、フォス・コールの悪事を暴いたヒーロー四人組だったが、寸でのところで悪党四人には逃げられた。悔しさをバネに、彼らはその後の日々をヒーロー活動に精を出した事だろう。そして、月日は流れる……。
*前回から時間が飛びます。伏線回収用のキャラが出るため、動きが少ないもっさり回です。
さて、ヒーロー達の時間は徐々に加速していく。日々の鍛錬と事件の解決は彼らの心身を成長させ、いずれ来るであろう本当の戦いへ向けて、彼らを完成へと導いている。
主人公である『的場 翔』、いや『フィアル・ノースポール』が王都の騎士養成学校に入学してから、五年の月日が経とうとしていた。
少年時代の終わりが近付いている。
◆
「私がリーゼ・ネロ・シュニグワだ! これからお前達を一人前の騎士にしてやる!!」
私は誰も居ない更衣室の一角で、発声練習を兼ねた自己紹介の練習をしていた。
「……よし、これでいい筈。大丈夫だ私、生徒に舐められる事なんて無い……はず」
春の日差しが心地よい日よりだが、心は不安の暗雲にどんより曇っている。そのまま入道雲になりそうな不安感を、深呼吸して押さえつける。
王都の衛兵隊の一つを指揮する身だったが、過去の功績と……ほんの少しの失態により、王立騎士養成幼年学校の教導騎士になるよう辞令が下りたのが先日の話。今日が就任初日である。
教師などやった事も無いのに半ば無理矢理放り込まれたのだから、不安に成らない方がおかしい。
縦ロールの髪型や服装、騎士章が崩れていない事をチェックして覚悟を決めて更衣室から出た。まずは職員室へ向かう。
職員室で簡単な挨拶をした後、とりあえず先任の教導騎士に着いて仕事を学ぶ事になった。
「俺の名前はトリスタン・シャオルだ。貴族の様だが、この学校の関係者になった以上、例え王族と言えど学校の法には従って貰う」
「存じています。宜しくご指導願います」
厳格さの塊のような壮年男性が相手だ。貴族姓が無いから平民出身だろうが、その威圧感を前にしては貴族の姓など何の価値も無いように思えてくる。
彼の後に付いて、まずは学校内を見学する事になった。私はここの出身ではなく、騎士団へ直接見習いとして入ったから、新鮮な気持ちで校内を見て回る。
「まずは俺の受け持ちのクラスで、指導内容などを見学して貰う。しばらくは雑用を押し付ける事になるが、その内に剣の指導役なども任せようと思う。実戦経験済みとも聞くし、衛兵隊を指揮した経歴も知っている。その指揮、指導力に期待する」
「全力を尽くします」
そうだ。今、自分にはここしか居場所が無いんだ。いずれほとぼりが冷めたら騎士団に戻れるとは言え、今はとにかく評価を落とさない事、それに全力を尽くす。
黙り込みながら胸中で必死に自分を奮い立たせていると、喚声の飛び交う訓練場の横に着いていた。
「今、俺の受け持ちクラスが戦闘訓練中だ。ここで少し見ていけ」
「はい」
私が訓練場に目を向けると、そこでは木剣を使った剣術の訓練が行われていた。五人一グループで、一グループ同士が対戦する形式らしい。騎士の基本、隊伍を組んだ戦闘術だな。
その中で一際目を引くグループがあった。
「ヤッ!!」
「ぐわああああ!?」
先陣を切って敵グループに切り込んでいるのは、何と少女の生徒だ。背中の中ほどまで届く、金髪の三つ編みは猛獣の尾のようだ。苛烈かつ強力な剣の技で、一撃の下に一人弾き飛ばしている。
「ほう、いいところに目を付けたな。彼女はリーザ・ウルズ。二年前に途中編入して来た生徒だが、相当な剣の腕前を持っている。俺のクラスでも三本の指には確実に入るな」
私の見ている方向に気付いたトリスタン先生が解説してくれる。英才教育を受けた貴族も混じるクラスで、三本の指に入るとは、素晴らしい才能だな。そう感心していると、リーザの横からまた見目麗しい少女が切り込む。
「ヤアアアアッ!」
「うわああああ…ありがとうございます!!」
彼女に切り倒された敵方の少年は、恍惚の笑みを浮かべてお礼を言いつつ地に崩れ落ちた。何なんだ?
「彼はサラレット・テイラー。美少女に見間違われるが、れっきとした男だ。リーザと同じ村の出身で、同じ年に途中編入した。剣の腕はまあまあだな。座学も優秀だし、見た目もいいから卒業したら貴族のお抱え騎士として引く手数多だろう」
男だったのか……。軽く女としての自身を失いそうになったぞ。流れるプラチナブロンドの長髪で、見た目は少女にしか見えない。あの年では体型で区別も難しいし……。
ちょっと悶々としていたら、二人に加勢すべく様子見していた残り三名も最前線に突入していた。
「あの体格のいいのはアンドレイ・ロクス・ユースフ。ロクス伯爵家の嫡男だが、それを感じさせない物腰の柔らかい奴だ。だが戦闘訓練では勇敢さと冷静な判断力を見せる。指揮官向きだな」
確かに、彼は暴走するように戦うリーザに一度戻るよう促している。囲まれかけていた彼女は一瞬早く引くことが出来て、脱出に成功していた。
「その横の、やや腰が引けた奴がニコル・ホフマン。商家の出で、決して剣の才能に恵まれているとは言えん。しかもやや怠惰な傾向があるが、顔の広さと事務処理能力の高さは騎士団の裏方で重宝されそうだな」
ニコルという少年は、サラの援護に向かおうとして逆襲を受け、逆にサラに守られていた。前線では使い物にならなさそうだな。
しかしもっと目を引く少年が居た。彼は他の者達に比べてやや身長が劣るが、その引き締まった身体つきと筋肉は相当な鍛錬を積んだと感じさせる。そして囲まれそうになったリーザの援護に入り、復活した敵陣営の四人を器用に捌いて時間を稼ぐなど、戦巧者な面も見せる。
彼の髪と瞳は、滅多に見ることの無い黒々としたものだった。
「あいつはフィアル・ノースポール。俺の友人の息子だ。五年前に途中編入して来たが、非常に努力家で鍛錬を怠らない。座学も優秀、基礎体力も十分以上にある。どうやら只の騎士に納まるつもりは無いようだが……」
そこでトリスタン先生が言葉を濁した意味に気付いた。彼の剣は……決して上手くは無い。今の学生としての必要水準は満たしているが、騎士になって更に上を目指す為には、才能が確実に足りていない。リーザの方がまだ見込みがあるだろう。
だけど戦いを見続ける内に違和感を覚え始めた。
「……気付いたか? そう、あれが奴の奇妙なところだ」
トリスタン先生が肯定してくれるならば、私の考えは間違っていないのだろう。
フィアルの剣の腕は並程度である。だが立ち回りが恐ろしいほど上手い。背中に目でも付いているように相手の陣営に切り込み、撹乱し、その上で敵の剣はかすらせもしない。
驚く程の回避能力の状況把握能力だ。しかし攻撃に回るとその剣は受け止められ、いなされる。酷くチグハグな印象を受ける。
「これは俺の勘だが、あいつは剣を持たない方が強い。無手ならば、並みの騎士くらいはあっさり倒しそうな気さえする」
「流石にそこまでは……まだ幼年課程最上級生でしょう? 並みとは言え騎士が遅れを取るなど……」
有り得ない。そこまで言葉が口から出かかったところで、その光景を見てしまった。
「そこだっ!」
「!」
カンッ と軽い音がしてフィアルの木剣が弾き飛ばされた。相手の学生はそれを好機と口元を嘲笑の形に変えて剣を振り下ろす。
だが対するフィアルの動きは急流を易々と泳ぐ魚の様だった。
フィアルは右手を伸ばして相手の手を押さえると、自然な動作で横に回りこみつつ左拳を相手の横腹に叩き付ける。
「…っぐぅ!?」
呻き声を上げて動きを止める学生の手を右手で引き、前のめりに倒れこませる。その隙に相手の木剣を奪い取る事も忘れない。
一瞬の交錯の後、倒れていたのは相手の学生で、木剣を構えて立っているのはフィアルだった。一連の動作はまるで熟練職人の早業のように、何万回と繰り返した手馴れた動きであった。
「ふぅ……危なかった~」
「危なかった、じゃないわよ!!」
ゴンッ
軽く息を吐いて安心していたフィアルの脳天に、リーザの木剣が振り下ろされた。
「あおおああおおんんんん……!!?」
「あんた、剣術の訓練で格闘戦するなって何回言ったら分かるの!? ほんっと物覚えが悪いんだから」
「ふぃ、フィアル! 大丈夫!?」
頭を抱えて蹲るフィアルにサラレットが駆け寄り、心配そうに彼の背中を撫でる。そして鋭い視線をリーザに向けた。
「酷いよリーザ! なにも殴ること無いじゃないか!!」
「この馬鹿がまたやらかしたから教育し直してあげてるの。ちゃんと剣を使って剣術の腕を磨かないと、こいつの目標にはいつまで経っても届かないわ」
二人の言い合いに、周りの学生達も何事かと訓練の手を止め様子を伺い始める。剣戟の音の代わりとばかりに、二人の応酬はどんどんと過熱していっている。
「……あいつら、またやりおって……。少し待っててくれ」
トリスタン先生は苦虫をまとめて噛み潰したような表情で一言残すと、肩を怒らせながら訓練場に入っていった。
「お前ら、訓練中に私語は慎まんか!! リーザ! サラ! フィアル! お前達は訓練場十周だ!」
「先生、僕らはお咎め無しですよね!?」
「先生、連帯責任で僕らも走りましょうか?」
慌てて無罪を主張するニコルと、冷静に粛々と罰を受けようとするアンドレイが好対照だった。
「……いいだろう、ニコルは免除してやる。アンドレイ、走れ」
「やったぜ!」
「了解しました。……さっ、行くよ三人共。さっさと終わらせよう」
喜ぶニコルに対して、アンドレイはフィアル達を促して訓練場の外周に向かって行った。うん、実にいいまとめ役だ。
一人残されたニコルは、はたと周りの状況を見渡し不安そうにしている。
「あの、僕は休憩でいいですか?」
ニコルはおずおずと、周りの学生達に訓練の再開を呼びかけているトリスタン先生に話しかける。トリスタン先生は冷徹な表情でその質問に応えた。
「何を言ってる。お前一人で相手の組全員の相手をしろ。それがお前の連帯責任の罰だ」
「ヘァッ!?」
素っ頓狂な声を上げてニコルが固まる。その横には、散々フィアルの組に叩かれ不機嫌な相手五人組の姿があった。
「い、いやあああああ……!?」
五人一辺に襲いかかかられ、成す術も無く逃げ惑うニコル。トリスタン先生は止めるどころか、情けない姿を晒すな、とニコルを叱咤している。それを尻目に残り四人は淡々と訓練場を回っていた。まだリーザとサラは鋭い視線を交わして眼力の火花を散らしているが。
「これは……就任早々、大変なクラスに当たったかな?」
私はちょっと自嘲気味に笑いながら、これからの教師生活に思いを馳せていた。
◆◆
「いてて……。リーザ、脳天に割りと本気の一撃落とすのは止めてくれよ」
「下手な攻撃だと避けちゃうでしょ。言葉だけじゃ一向に改善しないから駄目」
教室で過ごす、戦闘訓練後の休み時間中。
僕は痛む頭を擦りながらリーザに文句を言っていたが、大変理不尽な理由で拒否されていた。そもそも言葉だけの注意が、今まで片手の指で足りる程の回数しか無かったんですけど……。
苦い顔をしている僕の横から、サラが心配そうに腕に触りつつ話しかけて来る。
「フィアル、まだ痛む? 一度、救護室に行った方がいいんじゃない? 付き添うよ?」
「あ~大丈夫だよサラ。リーザも一応手加減してくれたみたいで、瘤が少し有るくらいで血も出てないから」
サラを宥めながらやんわりと断る。そのやり取りを見たニコルが後ろから囃し立ててくる。
「ようよう、お二人さん相変わらず仲がいいねぇ。さっすが遠距離恋愛を三年続けたカップルは二年経っても熱々だな!」
「ニコル……そこら辺にしておきなよ」
からかうニコルをアンドレイさんが苦笑混じりに窘めている。ありがとう、アンドレイさん。貴方だけは、この学校に来てからの親友だ。ニコル? ……ギリギリ悪友ラインに留まってる位かな。好感度はもうすぐマイナス領域かも。
「やーそうは言うけどね、アンドレイの旦那。サラが初めてこっちに来た時の事件、今でも記憶に残ってるでしょう? あれは、多分目撃者全員死ぬまで覚えてると思うなぁ」
「ニコル……」
アンドレイさんがやや固い声でニコルの名を呼ぶ。だが奴はその声音の変化に気付いていないのか、天井、その果てにある記憶の光景に目を奪われているようだ。教室に居る他の生徒達は面白そうにニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。
「今でも鮮明に思い出せるぜ。フィアルが初めて来た時と同じく、訓練中にトリスタン先生に連れられてサラとリーザが訓練場に入って来た時の事。美少女とまあまあな顔立ちの少女に色めき立つ男子共。特に驚くフィアルの顔。そして……フィアルを見つけた瞬間、駆け出すサラの感極まった顔!」
「も~~やだなぁ。恥ずかしいから、あんまり言わないでよ」
サラは顔を赤らめつつ、何故か妙に嬉しそうに頬を緩めてニコルに向かって手を振っている。
でも僕らを止める気は無いらしい。
「長い髪を振り乱し、フィアルの胸に飛び込むサラ。涙すら浮かべてフィアルの顔を見上げたサラは……」
おい……それ以上言ったら………戦争しかねぇぞ?
「氷河も溶けよとばかりの、熱っっい接吻を交わしたのだったーーー!!」
ブフゥッ!! 「キャーー!!」
教室の各所から噴き出す音や、女子の黄色い悲鳴が聞こえてくる。続いて笑い声や口笛が、主に僕とサラに向かって投げかけられた。サラは照れ臭そうに笑いながら、それを素直に受け取っている。最近親友の考えてる事が分からなくなる。
ともあれ、宣戦布告は確かに受け取った。さあ、闘争を始めようか。
「いや~~名簿で性別を何度も確認するトリスタン先生の顔、あれ以来見たこと無いリーザの驚愕の表情、白目を剥いて気絶するフィアル、まずお目に掛かる事の無い映像のオンパレードだったな。あんなの絶対忘れられない……?」
そこではたと、漸く気付いたようだった。前を僕、後ろをリーザに挟まれている事に。
そして二人の顔が感情を一切感じさせない冷たい表情な事に。
「……ま、まあ落ち着けよ親友。別にこの国では同性愛は否定されて無いんだぜ? 貴族の中にも稚児を囲う人間なんて幾らでも……」
「その忌まわしい記憶が無くなるまで、ぶん殴ってやる」
「死ね」
僕とリーザの簡潔な死刑宣告。この話題の時はいつもリーザは不機嫌になり、大抵タッグを組んで制裁に当たってくれるので心強い。
「止めて! 止めるんだ親友! 暴力は何も生まない、まずは話し合いから始めよう!」
「お前それ魔獣や魔物の前でも言えんの?」
「その時は是非フィアルに通訳をお願いしたいね」
その後、滅茶苦茶ニコルをボコボコにした。
「よーーし、皆席に着け……。おいフィアル。何故ニコルが花瓶を頭に被っているんだ?」
休み時間の終わり際、教室に入って来たトリスタン先生は、僕の隣に座る大きめの花瓶を被ってピクリとも動かないニコルを訝しげに眺め、質問してきた。
「彼が酷く学友を辱めたので制裁を加えておきました。以前、先生からお許しが出た内容です。顔面がいい感じに不気味になってしまったので花瓶で隠しています」
大まかな説明だったが、後ろの席のリーザの不機嫌な様子や上機嫌なサラも見て、トリスタン先生は察してくれたようだった。気の毒そうな顔を僕に向けた後、何も言わず教壇へ移られた。
その後に続いて一人の見知らぬ女性が教壇へ上がった。金髪縦ロールの綺麗な女性だが、漂う雰囲気は武人のそれだ。
トリスタン先生は縦ロールの女性が横に来たのを確認すると、僕らの方に向き直った。
「授業の前に幾つか連絡事項を伝えておく。本日から、当校の教導騎士として彼女が配属された。しばらくは俺に付いて学校のルールや指導内容を学んでもらう。……自己紹介を」
トリスタン先生に促されて、教導騎士の女性は一歩前に出る。
そして険しい顔つきで一つ咳をすると、徐に手を前に突き出した。
「私がリーゼ・ネロ・シュニグワだ! これからお前達を一人みゃえの騎士に……」
噛んだ。しかも尻すぼみだ。名前まではしっかり言えてた事がより一層恥ずかしさを際立たせる。
可哀想に、生徒相手に一発かますつもりだったのだろうが、火でも吹きそうなほど赤面しながら固まっているリーゼ先生に、なんと慰めの言葉をかけていいか分からない。
リーゼ先生が彫像に成ってから十秒経たない位で、トリスタン先生はそっとリーゼさんの手を下ろし、姿勢を正させた。
「……という訳で、リーゼ先生が今後授業に参加する。実戦経験者で衛兵隊の指揮官もしていた人だ。しっかりと指導を受けるように」
はい、と生徒達の返事が唱和した。それすらリーゼ先生にはダメージになるのか、ビクッと身を震わせた後、プルプルと震えだした。
それを視界に入れないように、トリスタン先生は淡々と連絡を進める。
「彼女の紹介がこの時間になったのは、俺が案内役に成っていた事の他にもう一つ理由がある。これは前々から伝えていた事だが、今日付けでこの学校に獣人族が入学してくる。その到着がこの時間だったので、一緒に紹介する事にした」
獣人族! キルディス王国内に住んではいるが、文化的な隔たりから交流が余り無かった種族だ。だが最近はあちらが融和的に成って来たそうで、交流の機会が増えてきたそうだ。
珍しい種族の来訪に色めき立ちかけた生徒達だったが、トリスタン先生の眼光に口を噤み、大人しく姿勢を正す。
「知っての通り、この入学は我ら人族と獣人族の相互理解を建前としている。同時に、我らは獣人族の強力な身体能力を持った騎士を得る事を、獣人族は騎士学校で先進的な戦闘技術や知識を得る事をそれぞれ目的としている。お互いに相手を尊重し、切磋琢磨すればきっと良い結果を生むだろう」
トリスタン先生はそこまで話すと、固まっていたリーゼ先生に声を掛ける。リーゼ先生はびくりと身を震わせると、何事か思い出したのか小走りで教室の外に出て行く。
それを見送ったトリスタン先生は、また僕らの方に向き直る。
「獣人族からは数名の入学者が居るが、その内一名が俺のクラスに編入する。様々な面で未知の事ばかりだろうから、向こうも戸惑いがあるだろう。皆で協力して色々教えてやるように。……では、入りなさい」
最後にトリスタン先生が教室の出入り口に顔を向けると、ドアが開き、リーゼ先生が一人の少女を連れて入って来た。
茶色い髪の毛は短く揃えられているが、後ろ髪の一部が伸ばされ細長い三つ編みが伸びている。背丈は意外に高く、アンドレイと同じ位だろうか。整った面立ちの中で、大きな目が好奇心と不安に揺れている。活発さと可愛らしさが同居している印象だ。
服装はこの国では見た事が無い衣装だ。強いて言うなら、チャイナドレスを野暮ったくして、その下に長ズボンを穿いている感じ。全体的に中華っぽい。
そして、そしてそして! 彼女の頭から髪と同じ色の猫耳が生えている! しかも腰辺りからはゆらゆら揺れる猫尻尾も有るときたもんだ!! ついでに胸も結構大きい!!!
「紹介しよう。獣人族の中でも『猫人族』と呼ばれている部族から来た、『リンイー・ムーラン』だ。仲良くするように」
「よ、よろしくだニャ!!」
トリスタン先生の紹介に触発されたように、リンイーさんはピシッと背筋を正して片手を高く掲げて挨拶する。猫耳と尻尾の毛が逆立っているのが、緊張する猫みたいで可愛らしい。
(可愛い……)(可愛い……)(撫でたい……)(モフりたい……)
「ニ〝ャッ!?」
クラス中の男女問わず、リンイーさんの愛らしさに中てられて邪念が湧き出している。異様な雰囲気を感じ取ったのかリンイーさんは怯えたように身を縮め、またそれが皆の庇護欲をくすぐる。
「お前ら、弛んだ精神が駄々漏れだぞ。全く……フィアル、お前がリンイーの世話係だ。馬鹿共が彼女を刺激過ぎないように監視し、校内の案内などもしてやれ」
「えっ!? はい、分かりました」
いきなり接待役に任命されて少々混乱したが、先生の指示とあれば素直に従おう。
「ついでだ、お前がよくつるむグループに入れてやれ。グループ全員で色々教えるように」
「よ、よろしくお願いしますニャ!」
今度はペコリとお辞儀してくるリンイーさん。だが先生の采配を横暴と他の生徒達から不満の声が上がる。
するとトリスタン先生は目を鋭く細めて酷薄な笑みを浮かべた。
「ふむ、元気が有り余っていて実に結構。ならば今から始める座学の授業にも十分に答えてくれそうだな? 今不満を漏らした連中は、軒並み当てられると思え」
不満の声は途端に悲鳴に変わり、さらに鋭くなったトリスタン先生の眼によって完全に沈黙する。その間にリンイーさんはトテトテと歩いてきて、僕の座っている長机の端から身を入れて、僕の隣に座る。
「宜しくだニャ! フィアル…君?」
「ああ、よろしくリンイーさん」
「リン、でもいいニャよ?」
「じゃあ、僕もフィアルでいいよ」
「分かったニャ」
リンイーさん改めリンさんは、嬉しそうに目を細めてにっこり笑ってくれた。
その後の授業中、質問してくるリンに答える度、どうもリーザとサラの居る方向から冷たい気配が流れ込んで来たのが小さな修羅場でした。
◆◆◆
「ふぅ……思いの外疲れたな……」
僕は自室への通路を歩きながらそう溢していた。リンはその珍しい見た目と愛くるしい立ち回りであっという間にクラスの人気者になった。だけど本人はそこまでチヤホヤされる事に成れてないのか、眼を白黒させて質問やお誘いに応えていた。何度か僕に泣き付いて来た程だ。
その度に僕や友人達が間に入って暴走しかけるクラスメイトを宥めていた。大抵はリーザが一睨みするだけで大人しく成ってくれたが、女子には通じない事もあり、逆に感情的になった女子とリーザで掴み合いの喧嘩にも成りかけた。
「仲裁する方の身にもなってよ……。女の子って、やっぱり怖いなぁ……」
引っ掻き傷などのの生傷を幾つかこさえた身を引き摺って、僕は漸く自室に帰って来た。鍵を取り出して鍵穴に差込み、手応えの無い事から既にルームメイトが帰って来ている事に気付いた。
僕は鍵を戻して扉を開いた。
「ただいまー」
「おかえりなさいっスー。お風呂にしやス? ご飯にしやス? そ・れ・と・も、アッシ?」
「じゃあ玄衛門さんで。丁度、苛々を解消するサンドバックが欲しかったんだ」
「なんでっスか!? 新妻風味で出迎えられれば、疲れも苛々も吹っ飛ぶ筈っスよ!?」
「相手がドラム缶じゃなければ、そうだったかもねー」
「じゃあ……僕だったらどうかな?」
甘さを含んだ声音の混じった吐息が僕の背筋に吹きかけられる。背筋にぞわぞわと何かが這い上がる感覚を払うように、僕は勢いよく振り返った。
「サラ、悪戯は程ほどにしてくれよ! あとドア開いている時に玄衛門さんを動かさないで!!」
「もーフィアルのイケズー。今日はリンイーさんに付きっ切りで、全然僕に構ってくれなかったんだから部屋でくらい相手してよ~」
サラはリンイーさんとは別種の可愛らしいふくれっ面を見せながら、ドアを後ろ手に閉めた。
そう、僕は今サラと同室に成っている。サラが来るまでに何回かルームメイトが変わっていたが、サラが来てからはずっとサラと同室になっている。
部屋割りはくじ引きで決めているんだが、何故か毎回サラと合うようにくじが回ってくる。
尚、容疑者は玄衛門さん。
くじ引きの日の前後に、サラとこそこそ話し合ってる姿が毎回のように確認されている。だが本人が否定しており、強硬捜査は遺恨を残しかねないので犯人確定には到っていない。
「分かったよ。でも構うって言っても何するんだ? 玄衛門さんに遊び道具でも出して貰う?」
「フィアルが望むなら……イケナイ遊びでも…いいよ?」
「教育的指導!」
ビシッ! と音を立ててサラの頭にチョップを食らわす。最近親友の発言がやけに過激に成ってる気がする。だがチョップを受けた当の本人は何故かニコニコと笑っている。
「えへへ……フィアルが構ってくれた~~」
「あーもう、この親友は……世話が焼けるなぁ……」
そう嬉しそうにされると何も言えなくなる。こんなやり取りも慣れたものだ。
僕は振り下ろした掌でサラをぐりぐり撫でるとサラは嬉しそうな悲鳴を上げて悶える。
「いいっスよ! いい感じっスよ!! じゃれ合う恋人感が出ててグッドっスよーー!!」
玄衛門さんがどこからかカメラを取り出して僕とサラの戯れを激写している。思いっきり興が削がれたので、さっさとサラの頭から手を離して机に向かう。
「あ……もう終わり?」
残念そうな声を出して、サラは眉を八の字に変えてしょぼくれる。
「今日はヒーローギルド定例会議の日だから、それが終わってからね。一応サラと玄衛門さんも参加してよ?」
「分かったっス。夕食前にパパッと済ませる話だったスね」
「ちぇ~~……はーい、分かりましたー」
不満そうなサラだったが、自分の机から椅子を引っ張り出して僕の横に座ると途端に機嫌が直ったようで、ニコニコまでは行かずも眉は平行線に戻っていた。
僕は勇と乱にコールを送ると、しばらくして二人と回線が繋がった。
「よ、今日は少し遅かったな。危うく夜の礼拝時間に被るかと思ったぜ」
まず口を開いたのは、髪を短く刈りこんで僧服を着た勇だった。彼も今は王都に居て、武神『バセム』の教会に住み修行に忙しい日々を送っている。
「今日は定時連絡だけだったよね? 魔法実験の手伝いを頼まれてるから、手早く済ませよう」
ややトーンの低い声で乱が提案する。成長して大分男らしさは出てきたが、長髪にしているせいかまだ中性的に見える。
「OKOK。早速始めよう。何か王都での異変に関する情報はある?」
「無し」
「こっちも噂一つ聞かないね」
「僕も無いな。すべて世は事も無し、か」
今日のヒーロー定例会議も早く終わりそうだ。
「ま~~一時期に比べて大分平和になったよなー。上流階級とがっつり組んでる裏の組織とかもめっきり見なくなったし」
「その手の犯罪組織が起こす事件が数年前は多かったけど、最近は大分改善されたね。王都の衛兵隊で何とかなる事件ばかりになったから、楽になったと言えばそうなんだけど」
確かに、数年前までは上流階級と組んで悪さしている組織が多く、後処理に凄く困ったりしていたが、この一、二年はそんな事件に全く出くわさなかった。
「王都が平和なのはいい事だよねー。皆も危ない事しなくていいし」
「うっ……まあそうなんだが……。ちょっと物足りない、って思うのはやっぱり駄目かな?」
「え、この赤いヒーロー…自分から事件を求めてる? 引くわー」
「僕は変身しなくて済むから万々歳だけどね。でも僕らの活動は何も王都に限定した事じゃないでしょ?」
サラの感想に三者三様の反応。僕だって、心の底から事件を求めているわけじゃ無いし、今が猶予期間みたいなものだってのも理解してる。
今の内に心身を鍛えて、いずれ来るであろう戦いの日々を乗り越えられるようにしておかなきゃ。
「あ、前々から気になってた案件なんだけど……。『僕ら以外のヒーローが王都に居るかも知れない』件について、何か追加情報無い?」
二、三年前、正確にはもっと前からかも知れないが、どうもこちらの活動を助けてくれる何者かが居る事に気付いた。
具体的には、犯罪組織の情報を探していたらその構成員が偶々僕の仕掛けたセンサーに引っ掛かったり、警備の厳重な邸宅に侵入しなければいけなくなった時に何者かの気配が僕らを安全なルートに導いたり、などだ。
犯罪組織の構成員は何者かに追われてセンサーのある路地に誘導されたようだったし、邸宅の侵入の時はこちらに姿を視認させる事無く無視出来ないプレッシャーを浴びせて僕らの注意を引いた。
こんな離れ業が出来るのは、恐らく僕らと同種のヒーローに違いないと皆で結論付けたが、その証拠が未だ見つかっていない。
で、その件に関しての新しい情報を聞いてみたが、二人のヒーロー仲間の反応は芳しくない。
「居る、筈なんだけどなぁ……さっぱりだ。教会内には居なさそうだけど」
「魔法使いじゃないのは確かだね。ギルド内には該当しそうな人は居ないし、前も言ったけど、正体不明のヒーローから魔力の波動は感じなかった」
「アッシの各種センサーでも感知出来なかったでやスしねぇ。今度は秘密道具を使うっス!」
「そっかー……仲間が出来るのは心強いと思ったんだけど」
僕は窓の外に眼を向ける。
青々とした葉を生やした木の向こう側に、暮れ行く日の光が見える。目を細めて赤い太陽にまだ見ぬヒーローの姿を幻視し、はたと夕食の時間が迫っている事に気付いた。
「やばい、そろそろ夕飯の時間だ」
「ああ、じゃあ今回はこれでお開きだな」
「次はまた休日にでも会おうか」
「そうだな、偶には顔を合わせよう。どうせなら、ネミッサさんの所に行っておやつでも頂こうか」
いいな、それ。と軽口の応酬をして通信は切れた。僕はサラを促して部屋の扉に向かう。
「じゃ、僕らは夕飯に行って来るから」
「大人しくしててね、玄衛門さん」
「了解っス! スリープモードで待機してるっス!」
玄衛門さんはベッドの脇で手足を収納し、完全にドラム缶状態になると目の光を消した。
それを見届けてから僕とサラは部屋の外に出て鍵を掛ける。さて、今日は忙しかった分、夕食を美味しく味わえるだろう。
……
二人が去った後しばらくして、フィアルの部屋の外に立っていた木が僅かに揺れた。
「『忍法<木の葉隠れの術>』……」
突如一陣の風が吹くと、木を大いに揺らして多数の木の葉を吹き散らす。その木の葉に隠れて、何者かの影も一緒に飛んで行った。
無論、それに気付いた者は皆無だった。
◆◆◆◆
「ふぅ……思いの外疲れたな……」
自室に戻った私は姿見で今の自分の姿を確認する。顔に血の気が少ない、自慢の縦ロールもなんだか巻き具合が甘くなっている、姿勢が悪い。
「初日からこんな具合で、やっていけるのだろうか……?」
教師というのは、やってみると意外に大変である事が分かる。剣にしろ戦術講義にしろ、きちんと理論立てて説明せねば成らず、その言い回しや理解を促す説明方法に神経を磨り減らした。
「いかん! 弱気になっていては駄目だ。私には、目的があるのだから……」
萎えかけていた士気を奮い立たせるべく、私は厳重に鍵を掛けていた小箱の鍵を開け、中から一冊の分厚いノートを取り出す。
『王都の赤い戦士レポート』
表紙にそう記した、私の宝物だ。
そう、私は昨今王都を騒がせる赤い戦士を追っている。
事の発端は約五年前、私がまだ騎士に成り立てだった頃の事だ。当時十五の小娘だった私は、街道に出没する盗賊団の調査を任されていた。
だがその盗賊団は見たところ大変軟弱者ばかりで、私一人でも討伐出来そうだった。事実、その盗賊団はあっさり私の剣技の前に降伏した。
そして差し出された降伏の証のシチューに、麻痺毒が入っていた。
……うん、今思い出しても恥ずかしく情けないが、食べてしまった。そして倒れた私に盗賊達の魔の手が伸びかけた時、目を光らせた赤い馬?に跨る赤い戦士が現れたのだった。
見た目は子ども程度の背丈の戦士は、瞬く間に盗賊達を叩きのめした。その技量は当時の私を軽く上回っていただろう。
赤い戦士は私に解毒剤を渡すと、こう言って去って行った。
『……通りすがりの、正義の味方ですよ……』
その盗賊団の討伐は私の功績にされ、私は王都の衛兵隊の一隊を任される身となった。上司に真実を報告したが、世迷い事として一蹴された。衛兵隊を任されたのも、実際は変わり者を厄介払いしたかっただけかも知れない。
……次にその存在が確認されたのは、『ガーラント材木店襲撃事件』の時だった。当時、王都を騒がせていたボーグダイン、そしてそれを撃退していた謎の魔法使い『マジカル★ルナティクス』の仲間として現れ、激戦の末ボーグダインを倒したとの目撃証言がある。
その後、時に単独で、時に『マジカル★ルナティクス』と共に……時々変なミイラみたいな奴も連れて……王都で発生した事件や悪人退治に活躍した。
だが、今もって彼らが何者か判明していない。
「知りたい……」
知らず声が漏れていた。そう、私は知りたいのだ。憧れているのだ、颯爽と現れ王都の難事を解決する英雄に。
ガーラント材木店の事件から、私は赤い戦士の情報を寝食を忘れかけるほどに、血眼になって探した。休暇を利用して、遠くの村に出たという目撃証言を確認しに行ったりもした。しかしそれがいけなかった。
余りにもその活動に力を入れ過ぎ、衛兵隊の隊長職というものを疎かにしてしまった。ちょっと隊員を聞き込み調査に使っただけだったが、部下の私的利用と断罪され、私は隊長の任を解かれた。
「くぅぅ……最近はめっきり姿を現さなくなったし……。王都が平和になったから、別の場所に行ったのかなぁ?」
彼の活動は、ただひたすらに世の安寧を求めての行動に思える。公共の秩序、人々の平穏な生活を守る為にその身を奉げているのだ。
「私も……その手伝いをしたい……。恩返し、ってわけじゃないけど……」
同時に、もう一つ気になる事がある。それは、赤い兜の奥に隠されたその素顔。
「どんな顔なのかなぁ? 体型的に男だと思うけど、女だったらどうしよう……っ!? いや、別に疚しい感情が在る訳では……!!」
ちらと鏡を見れば真っ赤になった私の顔。二十にも成って、未だあの時の感情を忘れられない自分だ。
「いつか、必ず会ってみせる。そして誓うんだ。貴方が、私の剣を奉げる相手だと……」
その光景を想像して、つい頬が緩む。十分妄想を楽しんだら、気を引き締める為に頬を勢いよく叩いた。
「よしっ! その為にも、まずはこの務めを全うしなくてわな。また騎士団に帰れれば、情報ももっと集め易くなるだろうし……」
また功績を挙げて、騎士団に帰り、赤い騎士を探す。それが私の今の目標だ。
明日から、また頑張ろう……。
……実は目標に最も近い場所に居るとはとんと分からぬリーゼであった。彼女の運命力は、割と高いのかも知れない……。
もっさりだなぁ。設定を語るとどうにも文章が冗長に成ってしまいます。今後も精進せねば。
さて、今後は本編の合間に、本話で経過した五年の間のエピソードなんかも書いていこうかと考えてます。つまり、また本編のテンポが悪くなる可能性があります。
ど、どうかご容赦下さい。おらは悪くないだぁ。ネタを思いつくのが悪いだぁ。(つまり自分が悪い)
お読み下さり、ありがとう御座いました。




