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第25話 暗躍! 王都の影に正義と悪 後編

前回のあらすじ:カーラの落とした短剣に描かれた絵と、以前捕まえた犯罪者の持っていたコインの紋章が『トリカブト』で一致する事に気付いた翔達。彼らはそれを手掛かりに、捜査を始めるのだった。

対する悪党四人組は、スポンサーの突き上げに苦しみつつ、成果の上がらない正義の味方三人組の情報収集に苦慮していたのだった。

王都の影で、今正義と悪が互いを探り合っていた。


*また滅茶苦茶長いです。お時間のある時にお読み下さい。(大体1万6千文字超)

 元ルナティクス襲撃犯であるダークエルフと、帝都で犯罪行為を犯していた男を繋ぐ『トリカブトの紋章』という手掛かりを得た僕らだが、捜査は早速暗礁に乗り上げかけていた。


「……どこを調べればいいんだろう?」


 そう、王都の裏事情に詳しい者など近場に居る筈も無かったのだ。そもそも僕ら自身が調査するのも問題である。なにせ幼い子どもが王都の裏事情なんぞ調べようとしたら、非行に走る一歩手前と勘繰られかねない。


 一応、知識人の集まる魔術師ギルドに所属する乱が情報収集を担当する事になったが、成果は期待しないでくれと念を押されてしまった。



 そんなわけで、僕は一人寮の部屋で何とか情報を集めれないか思案していた。


 考え事をしながら窓の外をぼーっと見ていると、寮へ向かってくる人影が何人か見えた。そろそろ帰省していた人達も帰って来る時期になったか、と頭の隅で考えていると、部屋のドアを叩く音が響いた。


 忙しなくコンコンコンコン叩いくるので何事かと焦りながら返事をする。


「はい? どなたですか」


「俺だ親友。助けてくれ…ドアを開けてくれ!!」


 ニコルやん。彼も帰って来ていたのか………って、嫌な予感が沸々と沸き上がってきた。



「……その門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」



 おどろおどろしく低い声で警告してやると、ニコルが悲痛な声で戸を叩き出した。


「誰だお前!?  くそっ、フィアルをどうしやがったんだ!? あいつの嫌いなニンジン代わりに食べてやった恩をまだ取り返して無いんだぞ!!」


「立場完全に逆転してんじゃねぇか! お前の嫌いなニンジンを毎食代わりに食ってやったのは僕の方だ!」


「やっぱりフィアルじゃないか! おい開けろよ親友。感謝してやらん事もないからさ!!」


 どこまでも厚顔無恥な友人の態度に辟易しながら戸を開けてやると、重そうなバックを背中に背負った隈の浮いた顔をしたニコルが立っていた。


「えらい不健康そうだが、どうした?」


「早速本題に入るけど、宿題手伝って……」



 バタンッ



「お前っ! 人の話は最後まで聞けって親に習わなかったのかーー!?」


たかってくる奴は躊躇せずに排除しろ、とは言われたかな。友人としての情けだ、扉越しだが一応言い分は聞いてやろう」


 部屋の戸に鍵を掛けながらそう言い放つと、ドアノブをガチャガチャ揺らしていたニコルはついに諦めたのか、蚊の鳴くような声で応えた。



「………実家で遊び呆け過ぎて、先週漸く始めた宿題がまだ半分以上残ってます……手伝って下さい」



「あと一週間少々あるじゃん」


「ほぼ毎日寝ないでやってこれだぞ!? 夏休み明け前に確実に体壊すわ!! 頼むから手伝ってくれよ~~。代わりに何でもしますから!」


 ほう……?


 部屋の鍵を開けて、ドアを少しだけ開ける。ドアの隙間からは、救われたように瞳を輝かすニコルの姿が見えた。

 だが僕の顔を見た瞬間、その笑顔が引き攣ったような気がする。



「何でも、してくれるんだよねぇ……?」



 ニコルの顔に悪魔と契約する直前みたいな緊張感が浮かんだ。



 ………



「うわっ……解答欄穴だらけじゃん。いくら解ける所から解くってやり方でも限度があるだろ。これ絶対見落としが出るぞ」


「うるせー! 書き写しまで手伝ってやるとか言いながら、やる事はダメ出しか!? ちゃちゃっと手を動かせよ!」


 ニコルは鬼気迫る様子で僕の宿題ノートを見ながら、汚い走り書きで解答を写している。


「あーん? いいのかなーそんな事言って。宿題見させて貰ってる立場が分かってるのかなぁ?」


「対価は払うと約束しただろうが。契約は成立したんだから、今更反故に出来ると思うなよ。商人の息子舐めんじゃねぇぞ?」


 ちょっと脅かしてみたら、意外に強気な反応が返ってきて少しびっくりした。でもまあ、この気概ならしっかり働いてくれるだろう。


 僕も真面目に手伝う事にし、時折ニコルの質問に答えながら宿題の書き写しを手伝った。




 その甲斐あって、夕方になる前には全ての宿題を片付ける事が出来た。


「よっし! 解答の漏れをチェックするのは明日にしよう……。もう体力の限界だ」


「お疲れ。まあ、ざっと見たところ無いから大丈夫だろう。ところで、対価の件だけど……」


 余りにも疲労困憊のニコルの姿に少し躊躇して言葉尻を濁す。だがニコルは今にも寝落ちしそうな状態から、のろのろと体を起こして僕に向き直る。


「ああ、聞くよ。何でも言っていいぞ。感謝しろよ? 俺が値切りせずに言い値で買う事なんてまず無いんだからな」


 商人根性が染み付いてるなこやつ。まあ、出来ない事まで言うつもりは無いさ。


「ニコルに頼みたいのは、王都で活動してる非合法の組織や犯罪集団の情報、或いはそれを知っている人物の情報かな。あと、他言無用で頼むぞ」


 ニコルは首を捻って悩ましげな表情を見せる。


「何でまたそんな事知りたいんだ?」


「それも秘密で。隠し事が多くて悪いな、親友」


 僕は頭を下げてニコルに謝ると、ニコルは疲れた顔を少し引き締め、目を細める。

 まさしく値踏みするように僕を真剣な顔で見つめてきた。

 それに対して僕も真顔で応じる。申し訳ないとは思うが、まだヒーローギルドの活動を余り外部に漏らしたく無いのも事実だ。最悪、この国のお偉いさん方から狙われる事になるかも知れないし。


 時間にして一~二分の事だったと思うが、とても長く感じた時間を経て、ニコルは首を縦に振った。


「分かったよ親友。具体的に何か知りたい事はあるか?」


「……トリカブト、この花の紋章が付いた組織について知りたいな」


 ニコルは目線を上げて何か思案していたが、今度は首を横に振るった。


「今のところ思い当たる話は無いな。……だけど、学校に入る前に付き合ってた友人に伝手がある。明日あたり、そいつに聞きに行ってみるさ」


「ありがと。残り少ない夏休みを使わせてすまん」


「これもお前が宿題見せてくれたお陰だからな。試験前も期待してるぜ、親友?」


 ちゃっかりと未来の家庭教師役の予約まで取り付けて来た、抜け目無い親友には苦笑を返すしかなかった。



 ◆



 その日の夜の内に、ヒーロー仲間にもニコルに情報収集を頼んだことを伝えた。

 他人に極一部とは言えヒーロー活動の事を話しかつ情報収集も頼んだ事に異議が上がったが、乱の情報収集が不振だった事もあり、強い反論には到らなかった。


 しかしヒーロー活動がばれる危険性も確かで、やや険悪な空気が漂い始めたところで玄衛門さんが挙手した。



「あ、記憶消去ならいい道具があるっすよ」



 いきなりやばげな道具の存在を示唆された。止める間も無く玄衛門さんは頭の蓋を開くと、なかから太めのペンライトの様な道具を取り出した。

 銀色に光るメタリックな形状で、上の方にライトの照射口みたいな部分が横向きに付いている。



「パンパカパーン! 『もう絶対思い出したくない・黒歴史ライト』~~!」


「それアカンやつや!?」


「前から思ってたが、未来の秘密道具製作者は頭おかしいだろ!?」


「てか、ネーミングセンスだっさ……」



 ヒーロー三人組からの総ツッコミにも、玄衛門さんは平然と応じる。


「まあ、才能溢れる変態なんていつの時代も珍しく無いっスよ。過去の時代にはこんな名言が良く使われたって聞くっス。『技術の無駄遣い』とか『変態に才能を与えた結果がこれだよ!』とか」


 う~~ん、それ一部ネットの世界だけで使われるスラングの筈なんだが、未来では名言集に加えられたのか……。


 思い悩む僕は放っておかれ、道具の解説に移られた。



「まあ使い方は到ってシンプルっス。この照射口を記憶を消したい人に向けて光を放てば……」


「記憶の一部が消えるんでしょ? それ位分かる……」


「いえ、消したい記憶の部分が『絶対思い出したくない黒歴史』として本人の記憶に上書きされるんス。思い出そうとしたら悶え苦しんで床をゴロゴロ転がりたくなりやスし、死んでも他人には言いたくなくなるっス」



 えげつないな、その道具!? 余りにも恐ろしい道具の効果に、勇と乱も戦慄した表情で固まっている。サラだけは何を言ってるのかさっぱり分からないのか、可愛らしく首を曲げて困っている。


 何と言うか……これを使うのは最後の手段にしよう。某映画みたくポンポン使ってたら、精神を病む人が大量発生しそうだ。


 記憶処理については何とかなったので、その日のヒーロー会議はそこで終了した。



 ◆◆



 で、次の日の夕方に早くもニコルがやって来た。


「大まかな事は分かったぞ。今聞くか?」


「うん、頼むよ。まあこれでも飲んだり食べたりしながらゆっくり話してくれ」


 ニコルを部屋に通した僕は、用意していたお茶と茶菓子(玄衛門さんに送って貰った)を出して彼を歓迎した。

 少々驚いたように固まっていたニコルだが、茶と菓子の誘惑には勝てなかったのか遠慮なく食べ始めた。


「持て成しの心が分かってるじゃないか。商品を持ってきた運送人を労う心意気、これが後々まで良い関係を保つ秘訣だと親父が言ってたぜ」


「お褒めに預かり光栄の極みだね。まあまずは食べてよ」


 オモテナシの心は万国共通なのかな、と空想していたら、ニコルはさっさと茶菓子を食べきって本題に入った。



「フィアルの言っていた『トリカブト』を紋章にする犯罪組織だが、幾つか候補が見つかった。だけど、王都内で現在活動中の組織は一つだけだった。……それの話でいいか?」


「うん。王都で活動している組織で頼む」


「あー良かった、追跡調査を頼む羽目になるかと思った……。ええと、その組織の事だがな……」



 ニコルの話によれば、その組織は『死花結社』という名前で新興の犯罪組織らしい。元々遠くの国にある大犯罪組織から暖簾のれん分けされた組織で、子会社か支社のような扱いだそうだ。


 割と新しい組織である為か、そこそこ強い者も居るが大体はチンピラレベル。小金持ちや商人などを主な顧客として非合法の何でも屋みたいな仕事をしており、窃盗、誘拐、脅迫行為、違法品の運び入れ、時には暗殺なども手掛けるとの事だ。


「王都のどこら辺で活動しているとか、本拠地の場所とか分かるかな?」


「……本当に何するつもりなんだ? 何があったか知らないが、正義感に駆られて突っ込んだりするんじゃないぞ」


 ニコルから心配されてしまった。しないしないと否定はしたものの、妙に警戒されてしまったので手を挙げて宣誓した。



「このフィアル・ノースポール、『死花結社』を襲撃したりしないと誓います。退学を賭けてもいいね」



 後でルナティクスにやって貰えばいいし。


 僕の宣誓で何とか納得したニコルは、不承不承『死花結社』の場所を教えてくれる。



「俺も正確には知らないが、商業区から下町のどこかにアジトがあるらしい。前は結構下町辺りでそれらしい人間を見かけたらしいが、最近は余り見かけないってよ。代わりに街の色んな場所に不意に現れたりして変だなって話を聞いた」



 ふむ、大体の位置さえ分かればこっちのものだ。広い王都に分散させていた勇の式神を総動員し、僕のマシンやルナティクスの魔法を使えば、本拠地を見つけるのに余り時間はかからないだろう。



「ありがとうニコル。……これはお礼だよ」


「なに? また何かくれるってのか……」



 ブゥゥゥン……ピカッ!



 チャージ音に続いて、紫の光がニコルの目を直撃する。顔を逸らせていた僕は玄衛門さんから借りた『黒歴史ライト』を素早く懐にしまい、魂が抜けたように呆けた顔を晒すニコルに、恐る恐る話かける。



「えっと……ニコル、その、今の話は……」



 瞬間、ニコルの顔が真っ赤に染まった。



「だああああああっ!? 言うな! 言うな! それ以上言うなあああああ!!」



 ニコルは絶叫すると顔を手で覆って体をグネグネと捻らせて悶える。軟体生物の奇妙なダンスを見ている気分になりながら、もう一度釘を刺しておく。


「えっと、この件は他言無用で頼む……」


「馬鹿野郎!? お前こそ絶対言うんじゃねえぞ………もし誰かに言ったら、お前を殺して俺も死ぬ」


 トリスタン先生すら殺しにいきかねない迫力で僕に迫ると、ニコルは踵を返して部屋から走り出て行った。



「ああ~~~~~!! 恥ずかしい~~~~~………!!??」




 廊下をニコルの絶叫が木霊していた。遠くの方からニコルを叱り飛ばす管理人さんの声が聞こえた気がする。


 僕はそっと懐の秘密道具を触り、こんな非人道的な道具はさっさと返してしまおうと心に決めたのだった。



 ◆◆◆



 最近の事だが、王都の地下水道はとても騒がしくなっている。


 発端はある借金取りに追われた三人組が潜伏場所に使ったのが始まりである。

 この地下水道は魔法技術の発達に伴い、地上で容易に魔法の水源が作れるようになってから廃れて久しく、その存在を知る者は少数であった。


 取水口や出入り口も取り壊されたり埋め立てられたりして封鎖され、その中に住もうとしても出入りの不便さから浮浪者や宿無しからも敬遠されていた。


 だが、そこに目を付けたのが件の三人組である。そのメンバーの一人がドワーフであり、旧取水口の場所やごく浅い埋め立て場所などを数箇所発見。仲間の死霊術師が配下のスケルトンなどを動員し、人気の無い場所を選んで掘削した。仲間のオークが増えてからはそいつの馬鹿力で穴を開けたりもしたらしい。


 そして過去の遺物は犯罪者の住処となり、今は別の犯罪組織が抜け道として使っている。



 その地下水道を使い、今夜も仕事を終わらせた犯罪組織の一員が足早にアジトへ帰っていた。



「ふう……やっぱり地上と比べてかなり涼しいな。かび臭いのだけが難点だが……」



 ぶつくさ文句を言いながら、黒のマントを羽織った男は地下水道を歩く。水も殆ど抜け切っており、歩くのに支障は無い。

 男は難なくアジトの真下に開けた地下水道出口まで辿り着けた。


「うん?」


 だが出口へ続く梯子の前に、金属製の大きな筒が置いてあった。小さい人なら丸ごと入れられそうなその筒が邪魔で、梯子には手が届きそうに無い。


「何だよ……誰かの届け物か? こんな所に置くなよ全く……」


 男は苛立たしげに金属の筒に近付くと、力を込めて横にずらそうとする。



「イヤ~~ン、エッチ! お触りは厳禁っスよ」



 その瞬間、金属製の筒から聞いた事も無いような声音が響いた。男は驚きつつも飛び退り、腰元のナイフに手を伸ばす。


 ボフッ


 しかし背中にモフモフの感触を感じて急停止し、次の瞬間首周りにも柔らかい感触を感じた。



「C・Q・C! グマー!!」



 ギュウウウウウウ!!



「くっ!? かはっ……」



 万力のような力で首を締め上げられ、男は声を出す間も無く昏倒した。いつの間にか男の背後に現れたのは、デフォルメされた大きな熊のぬいぐるみだった。


「さっすがルナティクス姉貴の子分さんっスね! 一瞬で無力化するなんて痺れるっス!」


「ありがと。でも元に戻った時は『姉貴』は止めてね。確実に殺しに行くから」


「あ、ハイ……」


 ぬいぐるみの後ろから、涼やかな、でも殺気を含んだ少女の声が聞こえてきた。褒めたはずの玄衛門はいつも以上に機械的な声で素直に了解した。


 続いて玄衛門とルナティクスの隣に光る画面が浮かび上がると、翔と勇の顔が表示された。

 勇は満足そうに悠然と頷くと、妙に偉ぶった口ぶりで話始めた。



「よし。いいぞルナ1(ワン)、ゲン1(ワン)。出口の向こう側の状態を確認し、突入しろ。ベアー1(ワン)を先頭に立てるのを忘れるな」


「いつから司令官になったの? こっちでやり易いようにするから、ちょっと黙ってて」


「略称の後に1(ワン)とか付けてコードネームっぽくするの寒いっス」



 突入組みからべこべこに否定され、勇はちょっと泣きそうになっていた。



 やっと通信ができるようになったので、僕はほっとしながら二人を労う。


「お疲れ様。ルナティクスは病み上がりだから無茶しないようにね。それと玄衛門さん、手伝ってくれるのは嬉しいけど、いいの?」


「勿論でさぁ! ……だって現場で活躍しないと影が薄くなって、アッシを、延いてはサラ坊ちゃんをアピールする機会が無いんっス……」


「アピール?」


「いえいえいえいえ! 何でも無いっスよ?」


 腕をカチャカチャ鳴らして否定する玄衛門さん。何となく予想はしながらも、つつき過ぎて蛇が出かねないのでスルーする。


「分かった。二人とも注意してね」


「OK。…さあルナベアー、行きなさい!」


「グマー! スパイ大作戦の開始だグマー!」


 ルナティクスの命令に従い、頭にバンダナを巻いた熊さんが特殊部隊のような動きで梯子に向かう。だが梯子の前でピタリと止まると、そっと後ろを振り返り涙目で訴える。


「……狭くて通れないグマ……」


「ああ、うん分かったわ……。じゃあこの子に任せましょうか」


 サイズ差の考慮を忘れていたルナティクスが、気恥ずかしそうに呪文を唱え始める。彼女の周りを淡い月光のような光が包み、彼女の足元に満月のような円い光が浮かぶ。



「『サモン・ルナラビット!!』」



 一際大きな光と共に、これまた兎のぬいぐるみが現れた。普通の兎より大きく、中型犬を少し小さくしたくらいの大きさだ。


 その兎のぬいぐるみは徐に手を背中に回すと、慣れた手つきで葉巻とライターを取り出し、火をつけて紫煙を吸い込む。

 そしてフーッと長い息を吐いて煙を吐き出すと、草食動物とは思えない鋭い目つきでルナティクスを見上げた。



「……任務の内容は……?」


「おいこのメルヘン生物バグってるぞ」



 勇のツッコミを聞き咎めたのか、兎のぬいぐるみの前歯がシャキンッ! と音を立てて伸びた。その前歯は抜き身の刀のように鋭くなっている。


「舐めんじゃねぇぞ、小僧……。戦場ではおくびょうものを侮った奴から死ぬ。恐怖は生き残る為の本能のサインだ」


「ラビット軍曹、そこら辺で。今はこの上に隠れ潜んでる犯罪組織を襲撃する作戦中なの。軍曹、先導してくれる?」


「……任務了解。これより作戦を開始する……」


 ラビット軍曹? は前歯を収めると、目にも止まらぬ速さで音も立てずに梯子を駆け上がって行った。そして小さな金属の擦れる音が聞こえたと思うと、梯子の上から切り裂かれた錠前が落ちてきた。その後微かに戸板が軋むような音が聞こえ、軍曹の気配が遠ざかって行った。


「……何、あれ?」


「私のマスコットキャラの一部。魔法少女が操る動物系使い魔って設定らしいけど、ニッチな客層を狙い過ぎて変な方向に走った禁呪らしいわ。まああのオタク魔法使い共の考えなんて理解したく無いから、軍人系使い魔って事で使ってる」


「ま、また濃いキャラが……アッシの影がまた薄く……!」


 色々思うところもあったし玄衛門さんが何やら危機感を覚えていたが、とりあえず僕らは敵のアジトへの突入を開始したのだった。



 ◆◆◆◆



 アジトの制圧は瞬く間に終わった。階上に上がったルナティクスがルナベアーを再召喚し、玄衛門さんを引き上げた頃にはラビット軍曹が一階をほぼ制圧していた。

 建物二階に居た者達はルナティクスの催眠魔法と軍曹の手刀の一撃でお休みした。


「ふんっ……少々出来る者も居たが、所詮は街のチンピラ。軍人の動きには付いて来れなかったようだな」


 とは軍曹の談。建物の制圧が完了するとラビット軍曹はルナベアーと一緒に歩哨に立ち、外から帰って来る敵の警戒に当たってくれた。


 そんなわけで、今は建物の二階で椅子に縛り付けた敵の首領を尋問中だった。


「さて、貴方の仲間が私を襲った件について話があるわ。あのダークエルフについて知っている事を話して」


「………」


 強面の壮年男性の首領は、鋭い目をルナティクスに向けるだけでだんまりを決め込んでいる。僕らはそれをルナティクスの通信機を通した映像で鑑賞中。僕らの映像は出していない。



「よし、ルナティクス! お前の知る中で最もサディスティックな魔法でアヒンアヒン言わせてやれ」


「素直に話してくれた方が身の為だと思うけど?」



 勇が阿呆なこと言って嗾けるが、それをがん無視してルナティクスは冷静に尋問を続ける。ちなみに音声はルナティクスと玄衛門さんだけに聞こえるようにしている。


「………」


 だが首領は一切口を開かない。それどころか温い尋問を続けるルナティクスを嘲るように、口の端を上げて薄く笑う。

 苛立たしげに顔を歪めるルナティスは神経質に杖で床を叩く。


「痛めつけるのとか苦手なんだけど……。軍曹呼んでこようかしら?」


「まあ待つっスよ。アッシにお任せあれ」


 その時、別の部屋で犯罪組織の活動を記した書類を探っていた玄衛門さんが戻って来た。動くドラム缶を見るのは初めてなのだろう、首領の余裕のある顔が驚愕の形に変化する。


「な、何……何だ!? 何者だお前は!?」


「ふっふっふ、まあアッシの事はどうでもいいっス。それよりコイツを見るっスよ……」


 玄衛門さんは不敵に笑いながら頭の中に手を入れると、また秘密道具を取り出した。



「パンパカパーン! 『武勇伝!武勇伝! 俺SUGEEEガン』~~!!」



 玄衛門さんが取り出した道具は、一昔前のSFの光線銃の先端に透明な蚊取り線香のような部品が付いた見た目をしていた。


 玄衛門さんは解説に移るでなく、その銃の先端を首領にむけるとトリガーを引いた。すると蚊取り線香部分がくるくると回りだし、発光ダイオードのような光が幾つも渦巻き部分に点滅し始める。


「ふふん……いつまで耐えられるっスかねぇ? アッシ達の尋問に」


「………はっ! どこぞの魔物か知らないが、俺を甘く見ないことだな。俺は何も喋らないぜ」


 うん? さっきまで完全黙秘していた首領がいきなり饒舌に喋り出した。首領の目は目の前の渦巻き状の光に囚われているのか、自信満々の笑みの中で目だけが微動だにしてない。



「ほほう……。ならば、何故ルナティクスを襲ったかも言わないと?」


「当たり前だろう。俺は仲間や依頼人を絶対裏切らない。元仲間とは言え、カーラの事は死んでも話さないぜ」



 今ばっちり名前漏らしてますがな。



「むむっ……中々やるっスね。じゃあ、襲撃を依頼した者は……」


「ふっ、聞いて驚け。『コール香辛料専門店』のオーナー、フォス・コール会長御大その方だ!! あの方は上流階級にも顔が聞く。お前達なんぞ碌な抵抗もできずに捕らえられ処刑されるだろう!」



 ……はいはい、依頼者はフォス・コールさんね……。



「何ぃ!? そんな繋がりが……じゃあその上流階級の人とは……」


「ちょっとちょっと、なにやってんのよ!?」



 ここでルナティクスが割り込んだ。まあ僕と勇も事情を聞きたかったし、丁度いいんだけど。


「え、何って尋問っス」


「相手が延々情報を暴露するのは尋問じゃなくて自白でしょ。その機械、なんなの!?」


「これは『俺SUGEEEガン』って言いまして、この先端から出た光を見た相手の気分を有頂天にしちまうんス。相手は自分の持ってる秘密とかを、武勇伝として喋りたくて仕方が無くなりやス。熟練警部補の『お前さんも苦労したんだな……』って台詞より効き目抜群っスよ。驚く演技とかすれば尚効果的!」


 何それ怖い。玄衛門さんの持ってる秘密道具って相当ヤバイのばっかりやん。未来の世界で規制されなかったのか?

 そうこうしている内に道具の効果が切れたのか、首領の顔色が真っ青になる。



「はっ…!? 俺は一体何を……!?」


「あっ。は~~い、こっち見るっスよ~~~」


「ああ゛~~~……俺は最強なんじゃ~~~……」



 ぐるんぐるん回る螺旋と同じ模様が首領の目にも浮かぶ。お目目グルグルの首領は、その後洗いざらい事件の詳細をぶちまけた上、『黒歴史ライト』で記憶を封印され、最後にはルナティクスの魔法で眠りに着いた。



 ……



 事件のあらましはこうだった。


 夏休み前に僕らが捕まえた、路地裏で婦女誘拐をしていた犯罪者はフォス・コール会長の依頼で動いていた。彼は自身の肉欲を満たす為に婦女子を誘拐させて邸宅に連れ込もうとしていたのだが、それを僕らに阻止されて腹を立てた。


 同時期に、カーラが追っている借金持ちのデイボー達の話をフォス会長が耳にし、その債権を金融ギルドから買い取って、借金チャラと引き換えに支配下に置いた。


 その後カーラとハセウムがルナティクスを襲い、その実力に味を占めたフォス会長はカーラを専属の私兵として組織から引き抜いて雇い、ハセウム、デイボー、ボーグダインの監視と操縦に当たらせた。


 そして今は、商売仇である『ヤマト総合商社』への襲撃を目論んでいるらしい。先日、僕ら三人組の調査を行うようフォス会長から新たな依頼があったそうだ。


 さらにフォス会長は裏の商売として麻薬の製造販売も行っており、上流階級にもお得意様が居る事が判明した。



「まーーた面倒な話になったなぁ。これどうしよう? 下手に官憲に情報流しても、上層部の命令で握り潰されたりするんじゃない?」



 僕と同様、他の皆も頭を抱えている。

 完全に社会と敵対している悪の組織と違い、表の部分とも関わりがあり、かつ社会へ影響力のある犯罪者の処理方法は中々に困難なものだった。


 ただぶっ飛ばせばいいだけだった前世が如何に楽であったか思い知らされた。


 ぺらぺらと書類を捲っていた玄衛門さんも悩ましい様子で目の明りを点滅させている。



「う~~ん……原材料の仕入れは、この『死花』結社がやってるみたいっスね。ここが潰れれば、しばらくはあちらも商売が出来ないと思うっスけど……。別の組織に頼んだりするかも知れないし、根本的解決にならないと思うっス」


「待て、状況を整理しよう。まず俺達の目的は例の四人組の悪事を止めることだった。その過程でこの組織の事を知って、かつフォス・コールの悪事も知ってしまった。四人組の討伐までは俺らの仕事として……それ以外の件は、衛兵隊なり騎士団に丸投げするしか無いんじゃないか?」


「勇、それは無責任じゃないか?」


「負える責任にも限度があるだろ。この国の上層部に自浄作用が無ければ、どの道何やったってフォス会長は活動を続けるよ。もし本当にそうなったら、この国は相当アカンって事で世直しをヒーローギルドの目標に加えるだけだ」



 乱、玄衛門、サラ(相当眠かったらしく、机で可愛らしい寝息を立てて寝ている)からも反対意見は出なかった。僕もそれ以上の案は思い付かず、その方針でいく事にした。



「よし、じゃあせめて悪党四人組の活動だけは阻止しよう。どうにかして捕まえて、フォス会長共々官憲に突き出すか」


「ふ~~む、それならお誂え向きのタイミングがあるっスよ」



 玄衛門さんは書類を捲る手を止めて提案した。僕らが注目すると、玄衛門さんは目を光らせてとある書類を向けてきた……。



 ◆◆◆◆◆



 その日の朝、『コール香辛料専門店』の地下室では、相変わらず四人組がしけた顔でくだを巻いていた。


「なぁ、ルナたんの居所とかまだわかんないブヒか?」


「何度言わせるのよ! まだ調査中!! …たくっ、嫌味言われながらフォス様に頭下げた身にも成りなさい……」


 ボーグダインの質問を金切り声で一刀両断しつつ、カーラは疲れた表情でハーブティーを飲んでいた。

 彼女のティーカップが空っぽになったのに合わせてハセウムが追加を注ぐ。


「まあまあ二人とも落ち着け。後三日四日はあるんだから、吉報を待とうじゃないか」


「あんたはいいわよねぇ。この作戦に失敗しても錬金術師としてお抱えして貰えるみたいだし」


「その監視役として君の続投も決まってるようなものだろう。私は同志デイボーとボーグダインがどうなるかが怖いよ……」


「おおっ! 冷血女と違って何と温かいんじゃハセウムどん! お前さん実はまだ肉が付いてるんじゃないか?」


「ふっ、田舎に引っ込んでいた頃からの付き合いじゃ無いかデイボー……」


「巻き込まれた身としては全く感動できんブヒ」


 漢泣きしながらハセウムと抱き合うデイボーに対し、ボーグダインは白けた顔で距離を取っていた。

 この期に及んで緊張感の無い面々に、頭痛を覚えながらカーラは席を立った。


「どっか行くブヒか?」


「お手洗い。その暑苦しい? 寒々しい? 抱擁はさっさと終わらせて、早くゴーレム作成に移りなさい、デイボー」


「なんじゃい、漢同士の友情に水を挿しおって。もう最終調整も終わって、地下道に待機させとるわ。今は予備パーツの作成中じゃ」


 それなら結構と言い残し、カーラは部屋の戸を開けて出た。

 この地下室へは『コール香辛料専門店』の従業員の中でも、裏稼業を知ってる者しか踏み入れない。朝の業務開始後のざわめきが上階から聞こえてくる中、カーラはトイレへと急いだ。


 用を済ませて手を洗い、憂鬱そうに溜息を吐きながら部屋へと戻っていた。


「……ハセウムの世話好きも行き過ぎると迷惑よねぇ。ハーブティーは美味しいけど、注ぎ過ぎ……ん?」


 カーラの耳が、上階のざわめきが用足し前と若干異なっている事に気付いた。どこか困惑したような様子を感じ取り、彼女は気配をけして階段を上って扉越しに耳を澄ます。



 外では、かなり大変な事になっていた。



 ◆◆◆◆◆ ◆



 時は少し巻き戻り、従業員が業務を開始した直後くらいの時間。


 従業員達は緊張しながらそれぞれの仕事を行っていた。それもその筈、何故か今日はフォス会長が直々に階下に下りて、積荷を待っていたのだ。


「……ああ、私の事は気にせずにしっかり仕事に励みなさい」


 フォス会長は柔和な笑みで従業員達を促すが、その細められた目の奥の瞳は、重箱の隅でも見るかのような鋭さになっているので全く信じられない。


 従業員達は背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、慎重かつスピーディに仕事を進めていた。フォス会長は満足そうにそれらを眺めていたが、蹄が石畳を叩く音を耳にすると立ち上がり、外に出た。


『コール香辛料専門店』事務所前の通りに、一台の小型の馬車が停まっていた。馬車の荷台には、香辛料の名前が書かれた札の付いた袋が幾つも並んでいる。


「おお、遠路はるばるよくぞ来てくれた。新しい香辛料・・・の到着を首を長くして待っていたよ」


「これはフォス会長! 直々のお出迎え痛み入ります」


 荷馬車の御者をしていた行商人風の男性は軽やかに道路に降りると、フォス会長の労いに恐縮するように頭を下げる。

 その男性の肩を叩きながら、フォスはそっと耳打ちをする。


「……品質はどうかね?」


「まあまあ、ってところですな……。以前お届けした物より強い昂揚感を得られるでしょうし、精力増強効果も見込めますから夜の方もよりお楽しみ頂けるかと……」


「ほうっ! それはいいねぇ。製法は前と同じでいいのかね?」


「おっと、これ以上は立ち話ではちょっと……」


「ああ、これはいかんいかん! 余りにも新しい香辛料に気が逸っていたようだ。ささっ、まずは上がって旅の疲れを癒してくれ」


 フォスは薄ら暗い笑みを一瞬で引っ込めると、好々爺然とした笑顔で御者の男を事務所へ誘う。御者の男は、荷台に座っていた仲間達に荷物の運び入れ作業を命じると、フォスに続いて事務所へ入ろうとする。



 だがそれを遮るように、複数の足音が聞こえてきた。その足音は金属音が混じり、独特の響きは衛兵隊の到来を示唆していた。


 後ろ暗さ満々のフォスと御者の男は、その足音が自分達の方に近づいていると感じて動きを止め、尚一層の一般人風を装った困惑した表情で振り返った。


 彼らの元には十名程の衛兵が近付いていた。先頭に立っていた隊長らしき男はフォスの前で停まると、挨拶してきた。


「おはようございます。朝方から失礼、少々お伺いしたい事があるのだが」


「おはようございます衛兵殿。一体何があったのですか?」


 フォスは持ち前の面の皮の厚さを以って、無辜の市民を完璧に装う。対する隊長は、なんと説明してよいか図りかねている様子で言葉を紡ぐ。


「それがですな……ええと、衛兵詰め所に、こちらの事務所で犯罪行為が行われているとのたれ込みがありまして……」


「なんと! 心外ですな。一体誰がそんな事を………」







「それは、私よ!!」







 突然辺り一面が、夜の帳が太陽を覆い隠したように暗くなる。


 フォスも行商の男も衛兵隊も、皆狼狽して周りを見渡す。フォスは暗闇が現れる直前に聞こえた、少女の声を探して怒鳴り散らす。



「な、何者だ! 姿を見せろ!!」



「ならば目を見開いて、良く見るがいいわ!!」



 すると一条の光が空から降りてきて、『コール香辛料専門店』事務所の前の建物屋上に挿し込む。光の発生源は空に浮かぶ月の光。それが照らすは、王都を守る正義の味方。



「『マジカル★ルナティクス』、参上!! 今宵の月は貴方の罪を照らし出すわ、フォス・コール!」



「な、何ぃ!?」



 まさか直接乗り込んで来るとは思って居なかったフォスだったが、しかし小娘如き幾らでも言いくるめて見せようと一瞬嘲笑い、今にも泣き出しそうな老人の顔に素早く変化させる。



「何と……王都を影ながら守ってくれている健気な少女と思っていたのに……。罪の無い老人を甚振いたぶるのですか? この哀れな爺が何をしたと……」



「『マジカル・ルナバインド』!!」



「「「ほんげえええええ!?」」」



 問答無用で拘束魔法を放たれ、フォスと御者の男、そしてその部下は一瞬の内に光の帯で拘束される。口も塞がれ身動きも取れず、むーむー呻きながら蠢く事しかできない。

 余りにも唐突かつ理不尽な行動に衛兵隊も色めき立つ。


「なっ!? おい、そこの君!! これは魔法による傷害行為に価するぞ。今すぐ拘束を止めなさい!!」


「あ、本命はそっちじゃ無いんで、後の事はお任せします。軍曹、あれを渡して来て」


「……任務了解……」


 ルナティクスの足元から一匹の兎が飛び出ると、隣の建物との間で三角飛びで降下し、目にも止まらぬ速さで隊長の足元までやってくる。


「ぬぅ!? 面妖な……!」


「焦るな、まずはこれを見ろ」


 剣を抜こうとする隊長に対して、ラビット軍曹は書類の束を渡す。隊長は慌てて書類を受け取ると、その最初の一枚を見て顔色を変える。



「『死花』結社……衛兵隊の間でも噂にはなってたんじゃないかな?」


「こ、この書類をどこで……!?」



 書類の一枚目には、『死花』結社にフォス・コールが仕事の依頼をした事を示す契約書が載せられていた。フォスの紋章印まで付いた、偽造のかなり難しい正式な文書である。


「あ、二枚目に『死花』結社のアジトの場所が書かれてるから、後始末お願いしますね。構成員はアジトで簀巻きにして置いてるから。そこに転がってる御者と部下で構成員は全員ね」


 隊長がルナティクスの言葉に従い二枚目を見れば、構成員の名簿と一緒に簡単な地図も描かれていた。

 三枚目、四枚目と見れば、『死花』結社の活動記録や別の契約書など、彼らの罪を立証する重要な証拠の乱舞だった。


「なるほど……この積荷も麻薬の材料だったとは恐れ入った。君の言い分は分かったが、彼らは本命では無いと言ったな。君は何をしたいのだ?」


 隊長は荷馬車へ向けていた視線を外し、ルナティクスを見上げて真意を問う。



「その事務所の地下に、私の仇敵ボーグダインが潜んでいるわ。フォス・コールの協力者としてね。さあボーグダイン、聞こえてるんでしょ? 今宵こそ、貴方を確実に捕まえて見せるわ!!」



 ……ルナティクスがノリノリで宣言している舞台裏、屋上の反対側で僕こと翔がディメンジョンマン状態でスタンバッていた。隣には阿修羅モードの勇も居る。



 作戦の概要はこうだ。てか作戦も何もあったものじゃない。


『コール香辛料専門店』事務所に今日の朝、麻薬の材料が届く予定であるとの書類が見つかった。その積荷が届いた時点で衛兵隊が着くよう誘導し、フォスと『死花』結社の構成員を丸ごと捕まえて、証拠書類と証拠の材料を渡す。


 ダメ押しに、ルナティクスでボーグダインを挑発すれば、奴なら確実に乗ってくると言う算段だ。幾らなんでも犯罪者ボーグダインを匿っていたと分かれば、散々煮え湯を飲まされた衛兵隊と騎士団が面子にかけてフォスを断罪してくれるだろう。



 で、他の三人組みもなし崩し的に出てくるだろうから、それに対応する為に僕と勇が待機しているわけだ。



「『参上!』は乱に使われたから、『見参!』がいいかな……。いや『推参!』も捨て難いかも……」



 隣の勇は、登場シーンの見得の切り方をひたすら思考中だ。

 初めての(衆人環視の元で)王都デビューと言う事で、少しでも自分を印象付けようと必死らしい。


「おい勇。登場の仕方とかどうでもいいから、ルナティクスが呪われないように気をつけろよ」


「馬っ鹿お前……! 既にメジャーデビューしてるルナティクスの、しかも後に出るんだぞ!? ハードル高い中で第一印象を良くしなきゃいけないんだぞ! どうでもいいわけあるか!!」


 もう、僕じゃ無くてこいつの方が『ヒーロー』って単語に引っ張られてるよ。どんだけ憧れとんねん。


 と益体も無い事を考えていたら、背後の様子がおかしい事に気付いた。あれだけルナティクスが挑発したにも関わらず、ボーグダインが一切出てこないのだ。


 首領の自供からはボーグダインが事務所に潜んで居る事は確実。奴の性格と地獄耳から、出てこないのは妙だ。


「『ちょっと……どうしよう。全然出てくる様子無いんだけど……』」


 困った様子でルナティクスの通信が耳に入る。想定外の事態に僕も咄嗟に指示が出ない。

 そしたら、横の勇が手をぶんぶん振ってルナティクスに合図すう。


「巻け巻け! 出てこないなら突っ込んじまえ! さっさと話進めないと番組的にテンポが悪い!」


「何が番組だ。誰が撮影してるってんだよ」


「玄衛門さんに決まってるだろ。気配消す道具で俺達の活動を録画してくれてんだって。サラに見せるんだと」


 玄衛門ーー!? 応答が無いと思ってたら、そのせいかよ!


 だがこのまま手をこまねいていても仕方が無い。ルナティクスに決行の指示を出す。



「そう……出てこないというのね。ならば、私から行くわよ!」



 指示に従い、ルナティクスが屋上から飛び降りようと前かがみになる。その瞬間……





 オオオオオオオオォォォォォ………!!




 大多数の怨嗟の叫び、悔恨の合唱が事務所の中から響いてくると、闇の塊が事務所の扉から溢れ出た。



「な、何だこれは!?」


「悪霊だ! 大きいぞ、神官を呼べ! 教会に応援要請を……!!」


「うわあああああ!?」



 闇の塊には歪みきった人の顔らしきものが無数に浮かび上がっている。それは叫びながら蠢動し、近くに居た者達に手当たり次第に襲い掛かる。

 悪霊に触れられた者はたちまち生気を失って倒れ、窒息したように首元を掻き毟りながら苦しみのたうっている。




「怨念調伏! 喝ーーー!!」




 今まで横に居た勇が素早く屋上に駆け上がると、一声叫んで悪霊へ向かって手を翳す。その手から神々しい光が放たれ、悪霊の塊を包み込む。




 オオオオォォォォ………




 悪霊の塊は動きを止めると、塊になっていたのがばらけ、それぞれ浄化された白い霊になって天へと昇って逝く。


 十秒もかからない内に、巨大な悪霊は大量の霊魂となって消え去ってしまった。



「翔! 行くぞ!!」


「はっ、そうだった! 突入する!!」


「ま、待ってよ!」



 勇が先陣を切って飛び出し、それに続いて僕、ルナティクスが道路に飛び降りる。道路上に居た衛兵隊やフォス、『死花』結社の構成員は悪霊に襲われ気絶している。死んではいないが、しばらくは動けないだろう。



「野郎、えげつない真似しやがって……!」



 珍しく怒りに燃えた勇の声が前から響く。霊を玩ばれる行為は、彼的に許せない事なんだろう。


 事務所に踏み入れば、中に居た従業員達も皆気を失っていた。周りを見渡し、とあるドアの向こうに地下へ通じる階段を見つけた。


 僕らは急いで階段を下りると、慎重に気配を探った。だが誰かが潜んでいるような気配は感じられなかった。熱源探知センサーにも反応は無い。


「魔法で隠れているのか?」


「いいえ、こっちにも反応が無いわ」


 僕の予想は即座にルナティクスによって否定される。彼女の目の前には魔方陣が浮かび、それを通して魔法の所在を見れるようだった。


「待て、あの部屋の扉開いてないか?」


 勇の指射す方向を見れば、僅かではあるが扉が開いている部屋があった。僕らはアイコンタクトを交し合い、まず僕が偵察に行く事にした。



 僕は静かに部屋の前まで行くと、そっと中を覗き込んだ。部屋の中は夜逃げ直後のように荒れた状態で、椅子や実験器具のような物が横倒しになっている。


 そして部屋の奥には、人が楽に通れそうなトンネル……の跡があった。



「やられた………」



 瓦礫で塞がれたトンネルから目を外し、唯一まともに立ってる机に目を向け、一通の置手紙を見つけた。




『フォス様へ。一身上の都合により退職させて頂きます。退職金代わりに、事務所内にあった金品と麻薬は頂いていきますね。監獄の中でもお体を大事にされて下さい。 カーラ』


『PS.赤い戦士とその仲間へ。今回は私達の負けね。でも、覚えていなさい? 私はしつこいわよぉ。』




 カーラの嘲笑が脳裏に浮かび、僕は反射的に手紙を握り潰していた。





 この事件が、因縁の悪党を野に解き放ってしまった始まり、と僕らが知るのはまだ大分後の話だった。



 ◆◆◆◆◆ ◆◆



『コール香辛料専門店』事務所の前で、大規模な事件が起きてから数日後。彼の店が閉店し、通りから漸く衛兵が姿を消した頃、『ヤマト総合商社』の事務所の一室で二人の人物が閉鎖されたコールの事務所を眺めていた。



「……無茶苦茶なやり方だったが、何とか自分達で始末を付けたな」


「スマートじゃないよね。それが彼らの限界だったのかも知れないが……こちらが動く前に片付けた手際は賞賛しよう」



 二人とも青年に近い少年の雰囲気がある男性だったが、だがその姿は全く異なるものだった。



 一人はこの世界でも富裕層が着るような高価な洋服に身を包んでいる。しかし顔にかかる眼鏡の奥の瞳、そしてその頭髪は漆黒のそれだった。


 もう一人はしなやかな身体を黒い装束で包み刀を背中に挿していた。顔は頭巾と鉢金で隠しているので正確には分からないが、頭巾の隙間から覗く鋭利な瞳は、やはり黒であるように見える。



 より端的に評するならば、片方はこの世界の装束を着た日本人、もう片方は『忍者』と呼ぶに相応しかろう。


 眼鏡をかけた少年は王都の空に、影ながら王都を守る三人の姿を夢想した。



「彼らの真の目的が何であるかまだ分からないが、友好な関係を築けるように願うよ」


「商売の為か?」



 忍者の少年が茶化すように聞くと、眼鏡の少年はニヤリと笑みを返す。






「世界平和の為、さ」



えー、またしてもヒーロー物っぽく無い展開になってしまい、大変申し訳なく思っております。

どうにも理屈付けしてしまう癖があるのか、どうにも遠回りな書き方で爽快感の無い展開になってしまいました。

今後とも精進し、もっと大雑把で勧善懲悪のはっきりした展開を書けるよう頑張ります。

お読み下さりありがとう御座いました。あとやたら長くして御免なさい。

次は『アウトキャスト』の執筆に移ります。

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