第17話 開演! 麗しの学園生活!!
*くっそ長いです。1万6千文字は書きました。
クリスマスプレゼント代わりの0時投降ですぞー。え、要らない? でしょうね。
お時間のある時にお読み下さい。
休日もあっという間に過ぎ去り、遂に……、遂に学校に通い始める日が来ました!
「あっという間だったね……。またお休みの日は遊びに来てね。美味しいご飯を用意して待ってるから」
ネミッサさんは少し寂しそうに家を出る僕を見送ってくれている。
「ネミッサさん、この三日間お世話になりました。またいつか王都巡りをしましょう」
僕は深く頭を下げてネミッサさんにお礼の言葉を述べる。ネミッサさんはちょっと潤んだ目でそっと僕の肩に手を置く。
「うん、またね。……ところで、ハンカチ持った? ノートとか鉛筆とか、学習道具もちゃんと持ってる? あ、お昼ご飯にお弁当用意しようか? ほんの十分ぐらいで出来るから……」
「あ、あのネミッサさん。荷物は昨日の内に確認しましたし、昼食は学校で出されるので大丈夫です……」
「あ、じゃあクッキー焼いてあげる! 少しくらいならおやつ持ち込んでもいいよね! 大丈夫ほんの一時間ほどで……」
「いい加減にしろ」
ネミッサさんの頭上から、トリスタン先生の疲れた声が降り掛かってくる。こんな調子でもう五分は引き止められてるからか、怒りを通り越して呆れが混じってきたようだ。
ネミッサさんは、キッとトリスタン先生を見上げると、目から涙を溢して、への字にした口からうめき声を出す。
「うううううう……。おとーさん、やっぱりフィアル君は私が面倒見ます! 入学は取り消しておいて!!」
「ネミッサさーーーん!?」
抱きしめられた挙句、とんでもない事を宣言されて思考が飛ぶかと思ったわ。てかネミッサさんの力が意外と強い! あ、あんこが出ちゃう……。
「………ふぅ」
トリスタン先生はひょいっと、ネミッサさんから僕と取り上げると、僕の首根っこを掴んだまま歩き始める。
「ああああああっ!!? ふぃ、フィアル君、カムバーーーーック!?」
泣き崩れて手を伸ばすネミッサさん、それが彼女との別れ姿でした。
◆
「全く……。困った娘だ」
「はぁ……」
学校に到着するまで終始無言だったトリスタン先生でしたが、校門を過ぎたところで大きな溜息と共に愚痴を溢し始めました。
「分かっては居るんだ。あいつが日中一人で過ごす寂しさを持て余している事には。あいつを家に拘束しているのは俺の意志だからな……。家にお前が居る事が、大層嬉しかったんだろう」
ああ…だからあんなに僕と居る時、はしゃいでいたのか。素だと思ってた。
「お前さえ良ければ……。偶にでいい、遊びに行ってやってくれ。不出来な親の足掻きだと笑ってくれて構わん」
「それで笑える程、擦れた人間性は持ってないです。勿論、喜んでお邪魔させて貰いますよ」
僕の返事に安心したのか、トリスタン先生は柔らかな微笑みを浮かべた。
「………だから、そろそろ降ろして下さい」
「ああ、そう言えば抱えたままだったな」
校門くぐる前になんとか降りれた。セーーーーーフ! まあ、中層区入り口の門兵さんにガン見されてしまったけど……。
そんなこんなで僕の初登校は間抜けな感じでスタートした。
学校内に入って、一度職員室へ。移動途中では生徒らしき人達とすれ違い、先生と一緒に歩く僕に興味の視線を浴びまくった。恥ずかしい。
職員室では簡単な書類の手続きを行い、この学校の制服へ着替えた。白いシャツに黒いズボン。日本でのブレザー制服から、上着とネクタイ外した感じの制服だ。
着替えると俄かに緊張してきた。……そうだ、これから、この騎士養成学校の一員なんだ。現代日本の学校生活とは全く違うだろうから、凄く緊張する。やっていけるだろうか……。
無意識に右手の甲を眺める。薄っすらと、ディメンジョンマンの紋章が浮かび上がっている。
僕は右手の握り拳で額を打つ。これ位の緊張、敵本拠地に単独で殴りこみに行った時に比べれば大した事じゃない。そう自分に言い聞かせながら、トリスタン先生の後ろに付いて教室に向かう。
授業の予鈴が鳴り始めたと同時に、トリスタン先生が教室のドアを開けた。
「全員起立!」
トリスタン先生の入室直後、大きな声で号令が掛けられ、教室内の生徒が全員立ち上がった。ざっと教室内を見渡すと、先日一緒に罰走りをした二コル、貴族のぼんぼんに苛められてたナンシーとか言う子も居る。
……どう見てもこの前の授業をご一緒した生徒ばかりです。本当に有難う御座いました。先に面通しをさせてくれていたとは、トリスタン先生も粋な計らいをする。
「おはよう。先日も言ったが、今日から途中入学者のフィアル・ノースポールが本格的に授業に参加する。座学はそれなりに得意なようだが、授業内容を把握していない部分を、皆で教えてやれ。他の連絡事項は特に無い、今日も一日頑張るように」
「「「分かりました!!」」」
生徒全員が、一斉に敬礼のポーズを取って了解の意を示す。様に成っているなぁ。
「フィアルの席は……二コル、お前が仲が良かったな。隣に座らせてやれ」
教室の机と椅子は、一人一つでなく、五人くらいが座れる長机と長椅子だった。二コルの座ってる机に少しスペースが空いてたので、皆が間を詰めて一人分のスペースを作ってくれる。
僕は小走りで机に近づき、はたと入学試験を思い出した。ここにも罠があるんじゃないかと、椅子と机を睨んでいたら、二コルが怪訝な顔でこっちを見下ろす。
「…何してるんだ、フィアル?」
「いや、ちょっとトラップ探知を……」
「ここには仕掛けとらんから、とっとと座れ」
トリスタン先生が面倒くさそうに手を振って促すので、僕は急ぎつつも慎重に机に滑り込む。
……ふう、本当に無かったようだ。僕が机に並んだところで、丁度本鈴が鳴り始めた。
「では、授業を開始する!!」
◆◆
さあ、始まりました騎士養成学校での最初の授業! 内容は基礎学習項目の一つ、算術の授業です!
うん……、算数なんだ。すまない。
てかトリスタン先生に算数教わるって結構シュールだな。まさしく軍人! って感じなのに、教わるのが小学校の算数。ギャップを感じるのは、僕の偏見だろうか。
三~四桁の足し算引き算をひたすらこなして一限目は終了した。
休み時間中に今日の時間割りを確認したところ、午前中は基礎学習だけで、午後に体育関係の授業が詰まっている。一週間のほとんどがこんな感じだ。変り種としては魔法の講義もあるが、これも基本的なものだろう。一年目は基礎をみっちりやるんだろうな。
「なあ、フィアル。ちょっといいか?」
振り向いたら、二コルがプリント片手に上目遣いでこっちを見ていた。サラには遠く及ばない破壊力だが、別にそれだけで断ることでも無い。
「どしたの?」
「実は、宿題で分からなくなった問題があって……。フィアル算術得意みたいだから、教えてくれ!」
まあ、確かに授業中はサラサラ問題解いてましたが。これでも中学校卒業はしてるからね。高校数学まで行くとダメだが、三桁四桁の足し算引き算は暗算でも出来る。
「いいよー。じゃあ、机に戻ろうか」
そうして二コルに算数を教えていたら、何人か二コルの友達も声を掛けてきた。彼らにも算数を教えて、少し仲良くなれた。
……これなら、やっていけそうだ。
◆◆◆
そう思ってた。午後の授業までは。
「次! 全力疾走、用意!!」
トリスタン先生の掛け声で、荒い息も整わぬままスタート地点に着く。
「……行け!!」
号令一下、全力でゴール目指して走り始める。ほんの百mが、気の遠くなりそうな長い旅路に思える。倒れこむようにゴールを越えた先では、夏場の犬より激しく呼吸を繰り返す学友、いや戦友達が居た。
「遅い! ハロルド、規定時間内に着かなかったな。お前はもう一本追加だ!」
「ヒ、ヒイイイィィィ………!?」
一緒に走っていた戦友が、先生の罰則という魔弾に撃たれて戦死した。酷使した体と過酷な未来に耐えられず、大地に倒れ伏して白目を剥いてしまう。
「ちっ…。フィアル、ハロルドを木陰で休ませておけ。あとで走らせる」
「は、はい!!」
ここで掠れた声で返事しようものなら、僕にももう一本追加されるだろう。僕は必死に声を張り上げ、ハロルドを木陰に引っ張り込む。
体育の時間は、絶対小学校レベルじゃない鍛え方でした。とにかく走り込み。短距離全力疾走か長距離持久走かの違いはあれど、とにかく嫌と言うほど走らされる。
いや、むしろ嫌と言う言葉も吐けなくなるほどか……。とにかく過酷だ。こりゃ午前中には出来んわ。午後は絶対授業中に寝る自信がある。
それほど肉体を酷使する授業だった。
そんな授業でも、僕は何とか付いて行けてる方だ。大抵の子は疲労困憊である。逆に、一部ではあるが、余力を残している子もいる。この子達は成績も上位だから、いわゆるエリート階級のように、もっと小さい頃から英才教育を受けていたんだろう。あるいは才能か。
そんな上位陣に混じって、僕も何とか付いて行けてる。才能、ではなく、勇とやってた鍛錬や王都に着くまでの旅路で鍛えてたアドバンテージによるものだ。努力を怠れば、すぐに追い抜かれて置いて行かれてしまうだろう。
だから必死になる。
ヒーロースーツを使えば、こんな訓練なんて余裕だろう。だけど、あのスーツは悪と対峙する時だけに使いたい。それ以外の事に使うのは……これを託してくれた宇宙人さんに申し訳ない気がする。
移動に『レッドプラズマ』を使ったことに関しては、心の棚に上げておく。
まあ地力が高いに越したことは無い、ヒーロースーツも全能ってわけじゃないんだし。
そうこうしている内に、短距離走が全員分終わった。
「よし、次は終鈴まで校庭を周回しろ。手を抜いたら短距離走に戻してやる。位置につけ!」
トリスタン先生の非情な宣告が発せられ、軋む体に鞭打ってスタート地点に並ぶ。
「では……始め!!」
「う、おおおおぉぉぉぉ…!!」
知らず、気勢を上げながら僕は走り出していた。
◆◆◆
もうダメです、ヒットポイント1です。ついでにマジックポイントも1です。
精根尽き果てるとは正にこの事か……。気合を入れて走り込みを頑張ったせいで、体がめっちゃだるい。
「おいおい、大丈夫かフィアル? まだ今週は後五日もあるんだぜ」
言ってくれるな、戦友(二コル)。明日が怖くなるから。
放課後、僕は二コルに連れられて学生寮へ移動していた。前を行く二コルは背中の荷物の重さに耐え兼ねて右へ左へふらつく僕を、何度も心配そうに振り返って来る。
「最初から飛ばすと、続かないぞ。慣れるまでは、程々にしていた方がいいんじゃないか?」
「………心遣い感謝するよ。でも、目標が高いから、少しでも多く頑張らないとね」
普通の努力では、自由騎士の身分なんて夢のまた夢だろう。
「ふーん、フィアルは何目指してるんだ? 近衛騎士団か?」
「内緒。知りたければ、もっと僕の好感度を稼いでくれ」
大笑いされたり、出来やしないと罵倒されるのは御免だ。うう……誕生日のトラウマが……。
「何だそりゃ。ま、それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫か」
二コルは笑いながら、僕の荷物を半分取り上げる。
「ほら、夕飯に間に合わなくなっちまうぜ。もっとスピード上げろよ」
「……ありがとう」
ああ、こんな男友達が欲しかったんだよな……。サラは男友達ってか弟か妹(!?)みたいな感じだし、勇はどっちかってと悪友の類だ。こういう、気の置けない友人ってのは初めてだ。
二コルに手を貸してもらいつつ、僕は日が沈む前に何とか学生寮まで辿り着けた。
学生寮は校舎から少し離れた場所にある大きな建物だ。五階建てだが、敷地面積が結構でかい。何でも幼年学校だけでなく、その上の高等学校の学生までもが住んでいるらしいから、そのせいだろう。
取り敢えず、トリスタン先生から貰った学生寮の書類を事務員さんに渡して、僕の部屋の場所を教えて貰った。
「俺の部屋から三つ隣か。まあまあ近いな、宿題教えて貰うには都合が良さそうだぜ」
二コルは少々悪い顔でにやけていた。ヘイ、ブラザー。僕と君の絆は宿題だけかい?
ちと釈然としないが、追及はせずに続けて部屋まで案内してもらう。部屋の前に立つと、ドアの横に表札みたいなものが掛かっていて、そこに『フィアル・ノースポール』と『アンドレイ・ロクス・ユースフ』の二つの名前が書かれていた。
「ああ、アンドレイと同室か。一応、言葉遣いに気を付けた方がいいかもな」
「え、そんなに気難しい人なの?」
部屋の中でまで心休まる暇が無いのか……。
「いや。図体はでかいけど、気のいい奴だよ。でもアンドレイは伯爵家の、それも嫡子だからな。学校内で身分は関係無いとは言っても、卒業した後まで続くわけじゃないからな。下手に不興を買うと、将来生き辛くなるぞ」
あー、確かに。日本と違ってガチに身分差がある世界だから、そこら辺は気を付けないとな。
「忠告ありがと。怒らせないように気を付けるよ」
「おう。んじゃ、また後で食堂でな」
二コルは僕に荷物を返すと、そのまま奥の部屋に進んでいった。あいつの部屋はあっちか。
二コルを見送った後、しばらく部屋の前で無礼で無い入室方法について悩んでいたが、結局普通に入ることにした。
コンコン
「どうぞ」
中の人から了承が得られたので、ドアを開ける。
部屋の奥にある机から、結構でかい体した少年がこっちを振り向いていた。確か部屋割りは同じ学年同志で行われている筈だから、同じ歳のはずなんだが……、九歳から十歳くらいの身長に見えるな。しかも筋肉質な上に顔の彫りも深く、年上に見えて威圧感が半端ない。
「えっと……、今日からルームメイトになるフィアル・ノースポールです。どうぞよろしく」
「ああ………。聞いてるよ、よろしく」
アンドレイさんは軽く会釈して、こっちを向いたまま動かない。
入っていいのかな? とにかく荷物を置きたいので恐る恐る部屋に入る。部屋は左右対称で、両側にベッド、机、クローゼットの一式がそれぞれ備え付けてある。
部屋の右側がアンドレイさんのスペースみたいなので、空いてる左側のスペースに荷物を置く。一息ついたところで、ちらりとアンドレイの方を盗み見る。
……やっぱり見てる。
無表情に、何を考えているのか分からない顔で見られ続けるのって、精神的に凄く辛い。挨拶が気に入らなくて怒ってるのか、それとも田舎者が珍しくて見ているだけか、どっちだろう……?
「……名前、聞かないんだね」
はい?
「えっと、表札に書いてありましたから。アンドレイ・ロクス・ユースフさんですよね?」
「……そうか、書いてあったか」
何となくしょんぼりした様に、アンドレイさんは無表情のまま俯く。自己紹介したかったのか?
動かないアンドレイさんには悪いけど、荷解きと収納を早くしたいので、荷物に手をかける。そんなに多くなかったので、五分もかからず荷解きとクローゼットへの収納は終わった。
作業が終わって視線を戻すと、………微動だにしてないアンドレイさんが………。
気まずい。
何だ!? 二コルは気のいい人って言ってたのに、もの凄く気難しいじゃないか。……僕何かしたかなぁ。
そのまま、夕食の時間を知らせる鐘が鳴るまで、アンドレイさんと沈黙を共有する羽目になりました。
◆◆◆◆
夕飯は、大きめのパン一個、野菜と肉のスープ、チーズ一欠けら、水。
以上でした。
「はあ、今日もこの献立か……」
正面では二コルが憂鬱そうに溜め息を吐いている。個人的には悪くないと思うけどなぁ。味は母さんやスーさんの作る物に遠く及ばないが、材料に関しては殆ど一緒だ。農村での食事では、上位に入る内容だと思う。
「二コルって、結構いい所の出身なのか?」
「ん? あ~~俺って商家の三男なんだよ。平民出だけど、まあ、そこそこ美味いものを食べて生活してきたな」
それでか。納得したところで、スープを食べつつパンを頬張る。
「そう言えばさあ、同室のアンドレイさんだけど、結構気難しくない? 何というか、掴みどころが無くて……」
「そうか? ガタイはいいけど大人しい方、って評判なんだが。確かに内気って噂も聞くけど、そんなに合わなかったのか?」
「合わないっつーか、話をすることすら難しい状況で……」
何を話題にすればいいか、さっぱりだ。
「そうなのか……。俺も良く知らなかいし、今夜あたり、宿題聞くついでに遊びに行ってやろうか?」
助かるぜ友よ。あの人と二人っきりは精神衛生上、良くないと思うんだ。一も二も無く頷く僕の目の前で、二コルはほくそ笑んでいた。
「これで伯爵家とのコネが出来たぜ……」
下心満載だが、この際気にしないでおこう。僕はそっと横目で、少し離れた席で一人食事を取るアンドレイさんを見ながら、ほっと息を吐き出した。
夕食後、さっそく二コルが来てくれた。
「失礼します、アンドレイさん。フィアルに宿題を教えて貰うために、お部屋にお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「……構わないよ。遠慮せず入るといい」
「ありがとうございます」
アンドレイさんはニコルの申し出を、大して悩む様子も見せずに許可してくれた。ニコルは深々と頭を下げてアンドレイさんにお礼を言うと、ノートと筆記用具、それに課題のプリントを僕の机に並べる。
アンドレイさんはその様子をじっと見てくる。
「(……確かに、何かやり難いな……)」
ニコルはアンドレイさんの視線のせいで居心地が悪いのか、そっと耳打ちしてくる。ニコルも僕と同様の感想を抱いた様だな。
「(とりあえず、静かめに宿題をしようか……)」
僕の提案にニコルも頷き、課題のプリントを広げ始める。
「……算術の課題か……」
「「うひゃあ!?」」
いつの間にかアンドレイさんがそばに近寄っていた!? 思わず僕とニコルは異口同音の悲鳴を上げてしまう。アンドレイさんは、それに少し傷ついたのか、無表情の顔面を僅かに歪めて、声を潜めて謝罪してくる。
「ああ……、すまない。覗き見するつもりは無かったんだ……」
「い……いえいえ、そんな……。あ、アンドレイさんも良ければ一緒にしませんか?」
つい口が滑ってお誘いしてしまった……。ニコルが泡食ったような顔で、僕とアンドレイさんを交互に見ているのが横目で見て取れる。
「いいのかい? ……じゃあお言葉に甘えようかな」
表情は余り変わらないが、何処と無く喜んでいる様にも見える……か? 二の句を告げる間も無く、アンドレイさんは自分の鞄からいそいそとプリントを取り出してくる。そして、困惑しているニコルを視界に入れると、途端に不安そうな声に戻る。
「あ、ニコル君にとっては邪魔だったかな?」
「えっ!? とと、とんでもないです! どうぞ、ご一緒されちゃって下さい!!」
「敬語表現がおかしくなってるぞ」
僕がニコルに突っ込むと、アンドレイさんは初めて薄く笑ってくれた。
「ははっ……仲がいいんだね……。僕にも気兼ねせず、そう言う口調で構わないよ。同じ学校の生徒なんだし、ルームメイトなんだから」
……ああ、そうか。アンドレイさんも緊張してただけだったんだな。根はいい人、ってのは本当らしい。
「じゃあ、始めましょうか。もたもたしてると消灯時間になっちゃいますからね」
ニコルも多少打ち解けて来たのか、口調が柔らかくなってきている。僕の心も、余計な緊張が取れてきたようだ。ありがとう、戦友。
そんなこんなで、算術の課題を三人でやる事になりました。
十分後、早くもニコルの頭から煙が出始めていた。
「えーと……6+6+6……。6を3回も足してんじゃねーーよ! 2回までにしておけよ! 指足りねーだろうが!?」
「落ち着けニコル、2回でも指足りないから」
「でも3つ以上の足し算とか面倒だよね」
アンドレイさんも苦戦しているようだ。僕は暗算で解けるのでさっさと答えを書き込む。
「……おい、フィアルさんよう。さっきから見ていて思ったんだが、筆算してないよな? え、何、答え知ってるの? もしくは解答持ってるの?」
「いや、6を3つ足すのって、要は6×3だろ。18ってすぐ分かるじゃん」
ニコルは、摩訶不思議な物に出くわした時の様に、眉をいっぱいに顰めて僕を見ている。そんなに凝視されると、緊張しちゃうじゃないか。
「ああ、そっか。掛け算はまだ習ってないのか。道理で、課題に足し算と引き算しか無いわけだ」
「待て待てフィアル。その掛け算って………どんな軍事機密だ?」
「これが軍事機密なら、商人さんとか教師さんが将軍になっちゃうんだが。単なる算術の計算方法だよ」
「フィアル君は随分勉強家なんだね。掛け算は僕も知ってたけど、6の段をすぐに計算できるのは凄いよ」
ふむ、貴族のアンドレイさんは知ってて、商人出身のニコルは知らないのか。教育格差ってやつかな。
「家庭教師の先生に教えてもらったんだけど……、ニコルは習わなかったのか?」
「へっ……騎士を目指して日々鍛錬に励んでいた俺に、家庭教師の課題なんて些細な問題をこなす時間があるわけ無いだろ?」
偉そうに言ってるが、結局勉強せずに遊んでただけじゃないか?
「まあ、掛け算しなくても、6+6は12だろ。それに6足して18。簡単じゃないか」
「待つんだ戦友、指を折る時間をくれ」
指から離れろよ。
「ああそうか、一遍に考えるんじゃなくて、二つに分ければいいんだね。分かり易いよ」
アンドレイさんは割りとすぐに理解してくれた。……ニコルの教育は骨が折れそうなだな。
「………よし、何とか分かったぜ! じゃあ次は、6+3+4+7………だから2回までにしろと……!?」
「落ち着け。これは見た目より簡単だ。6+4と3+7に式を組み直してそれぞれ計算して、出た答えをまた足せばいい。答えは20な」
「おい、今度は掛け算じゃできない計算じゃないか? 同じ数字じゃないのに、何で筆算せずに答えが分かるんだ?」
「暗算しただけだよ」
今度こそ、ニコルとアンドレイさんが絶句した。まるで教官を見ている時のような、畏怖の混じった視線を投げかけてくる。
「暗…算……? え、頭の中で計算してるの? 小人さんが居て、中で紙に計算してるの?」
「そうか、頭の中に妖精が……!?」
「二人とも落ち着いて。慣れれば皆出来るようになるから」
どうも暗算できるって事はこっちの世界でも珍しい様だった。
◆◆◆◆◆
紆余曲折あったものの、何とか算術の課題は終了した。他の課題は二人もそこまで苦手では無かったようでパパッと終わった。
消灯時間までまだ間があったから、何となく雑談を交わすことになった。遅れて入学してきた珍しさから、僕の経歴が話題のネタにされた。
「……そうか、フィアル君は随分遠いところから来たんだね」
「魔法の講義は夏休み前までに一通りあるそうだから、頑張れば『早歩』の魔法を習得して、一週間程度で故郷に帰れるかもな」
『レッドプラズマ』の安全運転モードとほぼ同じ速さで帰れるのか。改めて思うが、魔法すげえな。……魔法と言えば、一つ気になる話題があったな。
「ニコル、ちょっと聞いていいか?」
「何だ、改まって」
「この前言ってた『マジカル★ルナティクス』について、もうちょっと詳しい話が聞きたいんだけど」
「『マジカル★ルナティクス』だって……!?」
静かに話に加わってたアンドレイさんが、突如椅子を蹴立てて立ち上がる。アンドレイさんの顔が険しく引き締まり、何かまずい話題だったかと、僕とニコルの顔色が青くなる。
「な、何か不愉快な内容でしたでしょうか!? 悪を討つ魔法使いとはいえ、徒に王都を騒がす者として、貴族として捨て置けないとかそんな感じ……」
大慌てでニコルが言い訳を捲くし立てていると、アンドレイさんは自分の剣幕を自覚したのか、恥ずかしそうに顔を赤らめて椅子に座りなおす。
「いや、そうじゃないんだ。……実は、僕もその『マジカル★ルナティクス』に興味があって……」
堅物そうに見えるアンドレイさんも、意外にそういうのに興味があるらしい。
「思わず立ち上がる程気になるんですね。ニコル、ここは一つ、『ルナティクス』の一番ホットな話題を頼む」
「簡単に言うけどよー……この前言った以上の話は特に無いぞ」
「どんな悪人を倒したとか、どんな事件を解決したとか、具体的な武勇伝が聞きたいんだ」
「興味あるね。僕も解決した事件なんかは、一部しか知らないし」
僕とアンドレイさんから期待を込めて見つめられ、ニコルは困ったように頭を抱えると、記憶の掘削作業を開始する。
「あ~~…う~~……。そうだ! 最近『マジカル★ルナティクス』にライバルが出来たらしいぞ」
「ライバル?」
「ああ。豚人の戦士らしいが、これがまた強いんだ。王都の衛兵が二十人近く集まって戦ったのに、殆ど傷も与えられず負けたとか。自称『オーク族一の大戦士』らしいが、眉唾とも言い切れないな」
豚人はこの国にも結構住んでる獣人の一種で、前出会った猫人族と同じような種族らしい。穏やかで綺麗好きな種族らしく、ファンタジー物でよく悪役にされがちなオークとは一線を画す。豚と人の中間的な顔立ちで、肌の色は普通の豚そのまま、ピンクっぽい。
先日のネミッサさんとの王都観光の時に立ち寄った、喫茶店のマスターも豚人族だった。
「そのオークの大戦士だが、王都内で酔っ払って暴れてたところを衛兵に囲まれて、逆に衛兵隊をぶちのめしたんだって。そこに颯爽と現れたのが『マジカル★ルナティクス』!」
ニコルの語りが熱を帯び始めてきた。アンドレイさんも前屈みになって聞いている。
「月を背に得意の決め台詞を掲げ、強力な魔法の一撃でオークを打ち倒した。だけど、そのオークは次の日には留置所から脱走。それ以来、王都の各所で騒ぎを起こしては、『マジカル★ルナティクス』の名前を呼び、出て来た彼女に再戦を申し込んでいるとか」
「へぇ……。ある意味定番だね」
アン○ンマンに対するバ○キンマンの行動が近いかも知れない。
「「定番?」」
「あー、いや何でも無いよ」
口を滑らせてしまった。二人は不思議そうに僕の方を見ていたが、やがて互いに感想を漏らし始める。
「しかし、一体何者なんだろうな……彼女は」
「魔術師ギルド内でも似た人は皆無らしいですし、常人には有り得ない魔力量。何より可愛い! 興味が尽きないよ、ほんと……」
話し込む二人の横で、僕はそのオークについて考えていた。
◆◆◆◆◆ ◆
深夜。消灯時間もとうに過ぎ、皆が寝静まった頃、僕はこっそりトイレに行って、勇を呼び出していた。
「翔……お前は俺のお肌の天敵か?」
「悪かったよ。消灯時間近くまで友人と話しこんでて、おまけに部屋が二人部屋だから一人になれる場所を探してたんだ。僕も眠いから、ざっと話すよ」
僕は今日聞いた『マジカル★ルナティクス』のライバル、オークの戦士について掻い摘んで勇に説明する。
「はーん。じゃあそのオークの戦士が騒ぎを起こしている所に行けば、その魔法少女系ヒーローと接触できそうなわけか。問題は、どこで発生するか分からないってとこだな」
「基本的には下町が多いらしい。衛兵隊の警備が薄いところだな。もう少し情報を集めて、今度の休みの時にでも下町にセンサーを幾つか仕掛ける予定つもりだよ」
「そうか。まあ話は分かったよ。そいつに会ったら、また連絡をくれ。……あ、そうそう」
勇は何か思い出したように手を打ち合わせると、眠そうだった顔を真剣なものに変える。
「お前に王都で友達が出来た事をサラに伝えたんだが……。背筋が凍るかと思うくらい、底冷えする瞳になってたぞ。一、二年以内には絶対王都に行くって言ってた」
……わーお、サラさん。別にニコルと仲良くしたからって、君との友情が消えたりなんかしないよ?
「リーザも同じ頃に王都に行くつもりだってさ。良かったな、幼馴染組、全員集まれそうだぞ。ネージュを置いていくのは心苦しいが……ま、その内ネージュも来るだろうがな」
マイシスター、そこまでお兄ちゃんを慕ってくれているのか。父さんが泣き出しそうだ。
「あ、なんなら俺がエスコートしてもいいぜ? 旅を続ける中で育まれる愛情……王都に着いた頃には、翔の事なんか忘れてるかもな」
「その時になったら、ネージュは僕が責任持って連れて行きます。なあに『レッドプラズマ』にタンデムで乗れば、一週間程度で着けるからな」
僕の宣言に、勇は悔しそうに舌打ちをする。
「乗り物持ちはこれだから……。けっ、いいよーだ。ネージュに振られたら、王都の教会のシスターを神様から寝取ってやる」
「罰当たりなこと言ってないでとっとと寝ろ。そして早めに王都に来い」
「へいへい。んじゃまたな」
そうして、通信は途絶えた。さて、明日に備えて僕も寝ますか。
この夜更かしのせいで、次の日の授業はとてもきつかったです。ぎゃふん。
◆◆◆◆◆ ◆◆
入学してから数日が過ぎました。午前中の授業はまだしも、午後の体育がまだまだしんどいです。魔法講義も、まだ触りだけでルリィ先生から教えて貰った事と大差無い内容でした。
その割に、ニコルが魔法について詳しいなぁと思ったら……。
「実は、俺の姉ちゃんが魔術師ギルドに所属してい、魔法に関してはちょっと詳しいんだぜ!」
と誇らしげに胸を張られました。算術を教える代わりに、魔法講義に関しては助けて貰えるよう、お願いしておいた。
さて、数日間のハードな日程をこなし、明日は休日です。元の世界と同じく、休日の前の日は午前中で授業終了でした。
外に出るためには、外出届を出さないといけないので、昼飯もそこそこに事務員のお姉さんに書類を貰いに行きました。
「外出届ね。じゃあ何時から何時まで出るかと、どこに行くのか……それと、君はまだ幼年組だから、同行する保護者の方の名前も書いてね」
げ、下町行こうと思ってたが、思わぬ障壁があった、て言うか保護者って……。
「あの、僕は王都には一人で来ていて……」
「ああ、ならお友達と一緒に出るといいわよ。お友達の保護者の方に代理をして貰えばいいから」
ぼっちは大きくなるまで学校に缶詰説、浮上。ちょっと厳しいが、まあそんなものか。しばしニコルを誘うかどうか考えたが、確か他の友人宅に遊びに行くとか言ってたな。アンドレイさんは王都の別宅に今日から帰るそうだし……。そうなると……。
僕は書類を貰って、一度学校の職員室に戻った。目論見通り、トリスタン先生はまだ残っていらした。
「ん? フィアルか。何か用か?」
「ええ、実はご相談がありまして……」
僕が事情を話すと、トリスタン先生は少しほっとした様に溜め息を吐かれた。
「そうか……連日の授業で疲れているだろうに、ネミッサの相手をしてくれるのか。助かる。ここ数日、あいつがほとんど口を聞いてくれなかったからな……」
僕の考えでは、ネミッサさんに保護者役をお願いしようと思っていたのだ。先生からのお願いもあるし、丁度いいかな、と思ったら予想以上に有り難がられてしまった。
トリスタン先生は、ネミッサさんに伝えておくと保証してくれて、不躾かも知れないと頭を下げる僕に、むしろ助かる、とこっそりお小遣いまでくれました。
どんだけ恨まれてたんだろう。先生のせいじゃ無いんだけどなぁ……。
ともかく、これで保護者の件は問題無くなったのでほっと一安心だ。
下町に行くと聞き、トリスタン先生が何故行くのか問い詰めて来られたけど、王都に入る際にお世話になった衛兵隊長ガンツさんの名前を出して、お礼をしに行くと伝えたら逆に感心された。
嘘は言ってないけど、それはついでの事なので、少々心苦しい。
まあともかく、トリスタン先生の署名と念書も貰ったので、意気揚々と僕は学生寮に帰りました。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆
さて、休日の朝。僕が準備を整えて校門に向かうと、既にネミッサさんが待機しておられました。
「ネミッサんさん!?」
「あ、フィアル君おはよーー!」
ネミッサさんは慌てて駆け寄る僕を抱き留めると、そのままぶんぶん振り回し始めた!!
「きゃーーーん!! 一週間ぶりだねフィアル君ーー!? 元気にしてた? 少しやつれたんじゃない? 学校がきついなら無理せず辞めてもいいんだよ? 大丈夫、王都は広いから、他にやりたい事も見つかるよ! それまでうちに滞在しなさい!」
「ふ、振り回さないで~~~!?」
早口で捲し立てながら、横回転の風車のように僕を振り回すネミッサさん。ギブアップ宣言代わりに腕をタップすると、何とかネミッサさんの暴走は収まってくれた。
「あ、ごめんね。フィアル君も疲れてるのに……。ちょっと嬉しくて興奮し過ぎちゃった」
てへっ、と苦笑いを見せるネミッサさん。プロレス技くらったみたいにグロッキー状態だったが、彼女の愛嬌のある仕草に、毒気を抜かれてしまう。
「……今日はよろしくお願いします」
「うん! フィアル君のお願いならいつでも大丈夫だよ!」
ネミッサさんはそう言って胸を張ると、僕に手を伸ばしてくる。
「じゃ、行こうか? 今日は下町にお世話になった人にお礼に行くんでしょ? ちょっと治安が悪いから、気を付けようね」
「はい。あ、その前に手土産を買いに行かないと……」
「じゃあ、まずは商店街からかなぁ」
僕はネミッサさんと手を繋いで歩き出す。燦燦と降り注ぐ陽光が気持ち良く、絶好の散歩日和だ。
今日はいい日になりそうだ。
商店街でお酒を買い、下町までやって来た。下町は所謂スラム街では無く、普通の街区だ。もっと奥まった所にはスラムもあるらしいが、ここら辺は、主に肉体労働者やその家族が住み、『凶祓い』のようなちょっと物騒な人達も屯する町、ってだけだ。
ネミッサさんが住んでいるような閑静な住宅街では無く、旺盛な客引きの声や子供達の歓声、浮浪者のお恵みを求める声に、喧嘩する人達の怒鳴り声などが絶えない、活気のある場所だ。
まあ、ギャングの様な人もちらほら見かけるから、お世辞にも治安がいいとは言えないんだろう。
「フィアル君、はぐれない様にね。ここら辺は結構入り組んでるから、迷うと大変だよ」
「はい、分かりました」
この前衛兵さんにも言われたな。僕はお酒の瓶を掏り盗られないように気を付けながら運ぶ。
そうこうしていると、門と衛兵の詰所が見えて来た。
間のいい事に、この前僕を案内してくれたロッソさんが門の警備をしていた。休日だからか、人通りも少ないらしく少し暇そうだ。
「おはようございます、ロッソさん」
声を掛けると、ロッソさんは少し怪訝な顔をしていたが、僕の事を思い出したのか、表情を明るくする。
「ああ! フィアル君……だったね。今日はどうしたんだい?」
「この前お世話になりましたので、ガンツさんとロッソさん含めた衛兵隊の方々に手土産を持ってお礼に来ました」
その言葉にいたく感動した様子で、ロッソさんは顔を綻ばせる。
「いやあ、礼節のある子だとは思ってたけど、本当に偉いねぇ。ん? 隣の子は誰だい?」
「恩師の先生のお嬢さんです。今日は保護者代わりに付いてきて頂きました」
「もーフィアル君ってば、そんな他人行儀な……。最愛の姉です、って言っていいんだよ?」
今日も攻めますなー、ネミッサさん。ロッソさんはそんな僕ら二人の様子を微笑ましく眺めている。
「今からガンツ隊長呼んでくるから、ちょっと待っててね」
「あ、ありがとうございます」
そうしてロッソさんは衛兵隊詰所に消えて行った。良かった、ガンツさんが休みでなくて。
暫くしてガンツさんとロッソさんが出て来たので、ガンツさんにお酒を、衛兵さん達にお菓子をお渡しして改めてお礼を申し上げた。
「こいつは……ご丁寧に、どうもありがとう……。いやしかし、隊長のご子息にここまでして頂くとは、申し訳無いな」
「いえ、それも昔の話ですし。余り気にせず、お納め下さい」
遠慮するガンツさんは、僕からそう促されて、にっこり笑ってからお酒を受け取ってくれた。
「お心遣い、感謝する。いやあ、ロイさんは本当にいい息子さんを持たれた」
「えっと、その、有難うごさいます」
褒められて恐縮する僕を、皆が柔らかい笑顔で見ていた。お礼を済ませると、お仕事の邪魔になっては行けないので早々に立ち去る事にした。
名残惜しそうなロッソさんの隣で、帰り際にガンツ隊長が少し険しい顔で忠告してきた。
「最近、この界隈で不埒な行いをする豚人が居ますので、どうかご注意を。夜に出る事が多いですから、恐らく大丈夫でしょうが……、治安が悪い事に変わりは無いですからな」
「大丈夫です、フィアル君は私が守るから!」
ネミッサさんの運動力ならあながち無理でも無いかも知れない。ガンツ隊長はまだ不安そうだったが、ネミッサさんが固辞するので、衛兵さんが付いてくる事は無かった。
「折角フィアル君とのデートなんだから、人が増えるのはちょっとねー」
とはネミッサさんの談だった。
詰所から離れて下町を戻る最中に、ネミッサさんが話しかけて来た。
「それで、これからどうする? また王都の観光案内しようか?」
「えっと、もう少し下町を歩いてみたいです」
一応、こっそり下町の露店街と衛兵隊詰所にセンサーを隠しておいたけど、範囲が狭すぎるから、もう少しばら撒いておきたい。
ネミッサさんは若干不満そうだった。
「えー。……待しているところ悪いけど、下町に楽しいところってそんなに無いよ? フィアル君がもう少し年齢が上だったら、興味あるかも知れない所はあるけど……」
色町ですね、分かります。興味無くは無いが、流石にこの体で何が出来るわけも無い。センサーを仕掛けて置きたいが、無理してまで仕掛けたいわけじゃない。
「じゃあ、さっきとは別の道を通るだけでいいですから」
「う~~ん……それくらいならいいかな」
ネミッサさんは渋々了承してくれた。ごめんなさいネミッサさん。この償いはこれからのデートでしますから。
通りを一本変えてみたが、こっちもあんまり騒がしさは変わらなかった。でも、更に奥の通りは所謂スラムに繋がっているようで、浮浪者の人とかが結構見えた。
比較的上等な服を着ているネミッサさんや僕は目立つのか、通りにを行き交う人たちが何人か視線を向けてくる。
そんな人達の間を抜けながら、僕は小指の先程のセンサーを指で弾き、スラム街への道や家屋の屋根の隙間に仕掛けていく。
「フィアル君、さっきから変な音しない?」
「え!? き、気のせいじゃないですか?」
危ない、弾く音がネミッサさんに聞こえてしまったようだ。こんな雑踏の中で音を聞き分けるとは、ネミッサさん、やっぱり鋭い。
フゥッ……フウッ……
「?」
今、何か異様な呼吸音が聞こえたような……。
「………ブ、ブヒイイイイイィィィ!!!」
そう思って視線を向けた先から、巨体の影が突っ込んで来た!
「フィアル君!」
ネミッサさんが、繋いでいた僕の手を強引に引っ張って、僕を投げる。そのおかげで僕は巨体の突進に巻き込まれることを免れたが、ネミッサさんが代わりにそいつに捕まってしまった!
「くっ…!?」
「ブ、ブフ……。おおっと! 思ったより可愛い子ブヒね。これなら楽しめそうブヒ」
ブヒブヒ鼻を鳴らしながら、片手でネミッサさんの両手を掴み吊し上げているのは、鎧に身を包み、大剣を担いだ大柄の豚人だった。
その肌は黒く灼けており、モヒカン状の鬣、口から飛び出た牙、それらを合わせると、豚では無く、屈強な猪を連想させる。
「お、お前は……ここらを騒がせている豚人か?」
「おう? 俺様を見ても恐怖に震えない女子は久しぶりだブヒ。これは色々楽しめそうブヒね」
ブヒブヒと厭らしく笑う豚人の顔が近づき、ネミッサさんの顔が歪む。
「止めろこの豚野郎! ネミッサさんを離せ!」
急いで体を起こしてその豚人に詰め寄る。豚人はこっちを見下ろすと、愉快そうに鼻で笑う。
「オッオッオッ。これはこれは、小さな勇者様の登場ブヒね。その勇気、嫌いじゃ無いブヒよ。戦士たるもの、かくあるべきブヒ」
「フィアル君! 下がってて!! 危ないわ!」
「現在進行形で一番危ないのは貴女です!」
自分を無視してネミッサさんと僕が会話を始めた事に、少々気分が害されたのか、豚人の顔が不愉快そうになる。
「……でも、お前はお呼びじゃないブヒ。このボーグダイン様が求めるのは、そう………あの月光の少女……」
「また私目当ての犯罪? 懲りないわね、貴方も」
「むっ! その声は!?」
ボーグダインが顔を上に向けたと同時に、世界に夜の帳が落ちる。
だが完全な暗闇にはならず、仄かな明かりが世界を照らしている。
それは月光。満月の放つ、遍く夜を照らす光。
「この身に宿る名前は、夜に浮かぶ月の名。夜に暗躍する悪人達の罪を照らす光。でも、悪が夜から抜け出して陽の光の下でも罪を犯すなら……」
浪々と言葉を紡ぎながら、長く青いツインテールを翻し、マントの下からバレエのバトンのように杖を取り出す少女。
彼女はいつの間にか太陽とポジションを交代した月を背景に、短いスカートを風になびかせながら(角度的に中が見えそうなのに見えない)、杖の先端についた大きな宝石をボーグダインに向ける。
「太陽さんに退場して貰って、月を呼び出すまで! 私の月光の下で、貴方みたいな悪人をのさばらせはしないわ!! 『マジカル★ルナティクス』……見参!!」
それは、まさしくヒーローの登場だった。
魔法少女系ヒーローの登場です。
でも、何だか文句が古臭いと言うか、固いですね。もっと可愛らしく出来ないもんか。某プ〇キュアとか参考資料として見ればいいんでしょうが、流石にTUTAYAに借りに行くのは恥ずかしい。漫画とか買うのもちょっと……。
何かいい資料は無いものか……。
次回は来年でしょうね。今年はここまでです。一月から初めて一年。大して話は進んでませんが、これからも緩々進めて行きますので、どうかご容赦を。




