第16.5話 短編! 王都での休日
トリスタン先生の家で夕飯を食べ、慣れないベッドに身を横たえたのが昨日の事。疲労が強過ぎて熟睡しちまったい。枕が変わると眠りが悪い性質だったのに。
トリスタン先生は仕事で朝早く家を出られたそうで、僕が起きた頃にはもう居なかった。
そして朝御飯を頂いた僕は、
「じゃあ王都観光、行ってみよーー!!」
……ネミッサさんに連れられて、王都の大通りに来ています。
「ネミッサさん、つかぬ事を聞きますが……学校とか行ってないんですか?」
「うん? ああ、私はもう学校止めたの。今は専業主婦だよー」
ネミッサさん、学校中退説浮上。
「え、な、何で……?」
「うーんとね、元々お父さんみたいな騎士になろうと思って、騎士養成学校に在籍してたんだけど……入学したその年にお母さんが死んじゃってね~……。そのせいか、お父さんがどうしても騎士は止めてくれって土下座して頼み込んできたから、辞めちゃった」
明るく言ってるけど、ネミッサさんの表情はちょっと陰っている。きっとトリスタン先生は娘さんまで失う事を恐れたんだろうな……。
「一応、読み書き算術、歴史や魔法知識なんかは家庭教師の先生やお父さんから習ってるから、フィアル君も分からない宿題があったら聞きに来ていいよー」
まず寮から脱出しなきゃいけないんで難しいすっね。僕は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。
ネミッサさんは僕の様子は気にすること無く、興奮気味に僕に迫ってくる。
「でね、今日はフィアル君に王都を案内してあげようと思うんだけど、どこがいい!? 武の国の王都だからって舐めない方がいいよ~~。結構観光名所や商店とかも多いんだから!」
それは気になるなぁ。でも王都の地理はさっぱりなんで、まず全体像が分からないと何とも言えない。
「えっと、王都の全体像が分からないから、何処とか具体的には……」
「分かった! じゃあまずは王都内に何があるか分かる場所に行こう!」
ガシッと僕の腕を掴んだネミッサさんは、僕の返事も聞かずに走り出す。ちょっ、速いっす!?
「ね、ネミッサさん……待って! 速い、追いつけない!」
ネミッサさんに引っ張られて足が地に着いてない! 飛んでる! 僕飛んでる!?
「ん? おんぶした方がいい?」
「いえ! 速度を緩めて下さい!!」
健脚ぶりを披露しながら、息も乱さずネミッサさんが聞いてくる。さすがトリスタン先生の娘さん、身体能力が半端無い。ネミッサさんは凧みたいに浮かび始めた僕に気が着いたのか、走る速度を落としてくれた。
「ごめんねー、つい急いじゃった。でも急がないと、今日中に王都一周出来ないよ?」
「あの、とりあえず王都の全体像が分かる場所があるんですよね? まずはそこに行って、今日中に無理せず行ける範囲で案内して下さい……」
学校に入る前にネミッサ・ブートキャンプで走りこみさせられるのは、ちょっと遠慮したい。王都一周はもっと時間のある時にお願いしたいです、はい。
ネミッサさんは少し残念そうな顔をしていたが、何か思い至ったのか、手を打ち鳴らすと急に笑顔になる。
「そっかー。その方が、また別の機会にフィアル君とデート出来るもんねー。じゃあ、今日はゆっくり行こうか」
そう言うと、今度は僕の歩調に合わせて歩いてくれる。
ネミッサさんの好意は嬉しいんだけど、開けっ広げで何か恥ずかしい。
でも嫌な気分じゃないんだよなー……とか考えつつ、しばらく歩いていたら、ネミッサさんの足が止まった。
「はい、ここ。王都の下層区の地図が書いてあるから、どこか行ってみたい所探して」
ネミッサさんが指差したのは、現代でもありそうな、街中の地図が刻まれた石版だった。王都中層区以上は描かれていないが、下層区は主だった大通りと区域毎の特徴なんかも付記されて刻まれている。
回りを見渡すと、ここら辺は宿も多いから、きっと観光客や行商人さんなんかが利用するんだろうな、と想像がついた。
改めて地図を見て、区域毎の情報を見る。
商店街、住宅街、下町、歓楽街、下層区役所、色々あるなぁ……ん?
「ネミッサさん、あれなんですか?」
僕が指差したのは、地図の上の方に描かれた、塔のマークだった。
「お! 目の付け所がいいねー。歓楽街の所に目が行った時はフィアル君も男だね~と思ったけど、やっぱり今は王都一の観光名所の方が気になるみたいだね」
歓楽街は大人になってから、お邪魔しようと思います。
「じゃあ、まずは『理の塔』から行ってみよー!!」
元気良く拳を突き上げたネミッサさんは、僕が説明文を読む暇も与えず、また走り出した。……僕の腕を掴んで。
「ネミッサさーーん!? スピード緩めてえええぇぇぇ!!」
ネミッサ・ブートキャンプの開幕でした。
◆
周囲の光景が引き伸ばされていくように見える感覚を味わいながら、僕は王都を縦断して『理の塔』の前に着きました。腕が痛いです。
「はいっ!! ここが王都一の観光名所『理の塔』でーーす!!」
元気良くネミッサさんが指差した先には、綺麗に剪定された木々に囲まれた、白い巨塔があった。通りから塔までの間には、白い煉瓦で作られた舗装道もあり、見物人らしき人や散歩中の地元民らしき方も居る。周りが公園みたいだから、確かに散歩に良さそうだ。
塔そのものも見ごたえがある。まるで現代建築みたいに歪みの無い円柱状の塔。その外壁は白一色で汚れも見当たらない。
形状としては灯台が近いだろうか? 一番上には、何か文字が書かれた石版がぐるりと一周するように貼り付けられている。
「この塔はねー、その昔私達のご先祖様が、この大陸に入植した頃からあるらしいよ。似たような塔は幾つかあって、エルフさん達の住む『テトラ』王国にも在るんだって」
へえ、ルリィ先生からは聞いた事が無かったな。観光名所になるような塔なら、先生が話しそうなもんだけど。
「中はどうなってるんですか?」
「うーん、内部はまだ探索途中なんだって。この『理の塔』は、上に行く階段が無いの。上に上がる為には、内部に凄く沢山ある石版に刻まれた、複雑な文字を解読して仕掛けを動かさなきゃいけないそうだよ。王都の魔術師ギルドが数百年かけて研究をしているんだけど、まだ三階までしか辿り着いてないみたい」
一階の高さがどれだけあるか次第だが、何となく十階以上ありそうだから、先は長そうだ。
「へーー。中には入れるんですか?」
「一階までなら入れるよ。それ以上はまだ調査中らしいから、立ち入り禁止だけどね」
ほほう、実に興味深い。ここは甘えてみるか。
僕は徐にネミッサさんを上目遣いで仰ぎ見て、中に入りたいアピールをしてみる。するとネミッサさんは鼻を押さえて仰け反った。
「ぐはっ!? フィアル君、そのお目目は反則だよぅ……。いいよ、中に入りたいんだったら、いくらでも連れてっちゃう!! 入場料の支払いは任せて!」
「じ、自分の分は払いますから」
受付の人に財布を丸ごと投げつけそうな勢いだったので、やんわりと止めておいた。サラの真似をしてみたんだが、意外と僕でも効果があるようだ。
兎にも角にも、受付で入場料の支払いを済ませて中に入ることができた。
内部は薄暗かったが、変わった照明が部屋の中を照らしていた。
塔内に整然と並べられた石版、それにに刻まれた文字が明滅しているのだ。しかも文字は石版だけでなく、壁にも無数に刻まれている。まるで霊魂が点に召されていく様を見ているようだ。
薄緑色の光が下から上へと一定の周期で昇って行く幻想的な光景に、僕は思わず溜息が漏らす。
ネミッサさんも僕と同じように、うっとりとその光景を眺めていた。
「いつ見ても不思議な光景よねー……。誰が作ったかは分からないけど、センスの良さは認めるわー」
同感ですね。これはいつまでも見ていたい気がする。
僕は久しぶりに味わうファンタジー世界の妙味に心奪われ、お上りさん丸出して顔を動かしている。すると、とある一角の床にある、緑色の光を放つ円陣に気付いた。そこだけロープで区切ってある。
「あれは二階に上がる為の転送装置だよ。あそこは、魔術師ギルドの研究員しか入れないの。諦めてね」
そうなのか、残念。
僕が名残惜しくそちらを見ていたら、不意に円陣の光が瞬き、一瞬の内に一人の人間が現れた。小柄な、僕と同じくらいの背丈のその子は、本を小脇に抱え、もう片方の手で書類を目の前に掲げ、それを読みながらスタスタと歩いて来る。
「………あっ!?」
何となくその子を目で追っていると、案の定足元不注意で転んでしまった。転んだ拍子に、本や書類が辺りに散らばる。すぐ近くに書類が一枚飛んで来たので、拾い上げて、慌てて落ちた本や書類を回収しているその子に持って行く。
「はい、落としましたよ」
「!? ……あ、ありがとう……」
その子はか細い声で礼を言い、書類を受け取ると足早に去って行った。
……何だか中性的な子だったな。黒髪おかっぱ頭なせいで最初女の子かとも思ったけど、声が何となく男の子みたいだった。
そして……顔立ちに何か違和感を感じたような……?
「大丈夫、フィアル君? どうかしたの?」
僕の思考はネミッサさんの声で中断された。ネミッサさんに顔を向けて、もう一度出入り口を見たが、既にあの子の背中は何処にも無かった。
「いえ、何でも無いです」
「そう? ……もう少ししたらお昼時だね。近くの喫茶店でご飯でも食べようか」
もうそんな時間か。確かに腹時計も空腹を訴えかけているし、ネミッサさんの提案にのりましょう。
「そうしましょう、お腹減りました」
「いよっし! じゃあ美味しい店に連れて行ってあげるね~。山盛りパスタのお店と特盛りご飯のお店、どっちがいい?」
「味の要素はどこに……?」
ネミッサさんの中では、量が多い=美味しい、何だろうか……。いや昨日の晩御飯の味から言ってそれは無いだろう。
一抹の不安を覚えつつ、程ほど量のお店をお願いした。
塔から出る際、もう一度中の石版、それに刻まれた文字をよーーく見てみた。
何だか、カタカナに似てる気がするけど、気のせいかなぁ……?
そんな事を考えながら、僕はネミッサさんに連れられて昼前の街中へ戻る。
こうして、僕の王都での休日は過ぎて行ったのだった。
いつもより短い内容でした、ネタが無いわけでなく、ネタを上手く処理(書き出し)出来なかったための苦肉の策です。本編も出来れば今年中に後一本は書いておきたいが、投降予定はまだ未定です。




