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第16話 開幕! 難攻不落の入学試験!! 後編

 僕が空の向こうに幻視していた神様を見飽きて、自分の空腹に思いを巡らせて始めた頃、漸くトリスタン先生が戻ってきた。先生は籠にパン二つと干し肉、チーズの欠片なんかを入れて持って来ていた。


「待たせたな。俺も昼飯がまだだから一緒に食うが、構わんな?」


「はい、問題ありません」


 正直、トリスタン先生と顔突き合わせて食べると何も喉を通らない気もするが、ここで断るのは非常に怖いし失礼だから、謹んで同席して頂こう。


 トリスタン先生は応接室にあるテーブルに籠を置くと、一緒に入っていた布ナプキンを二つ広げ、その上にパンなどを分けていく。

 食品を分け終わった先生はソファーに座り、部屋の隅で立って待っていた僕に対面のソファーを勧める。


「どうした、座れ。遠慮するな」


「はい! 頂きます」


 僕は一礼するとソファーに座り、少しずつパンや干し肉を齧る。

 乾物ばかりで喉が渇くな、と思ったら、いつの間にかお茶の入ったコップがナプキンの横に置いてあった。


「しかし、お前は中々上品に物を食うな。ロイとは大違いだ」


 そうかな? うちの父さんはそんな風に言われるほど汚い食べ方はしてないと思うんだけど……。

 首を捻っている僕に、トリスタン先生は懐かしむような遠い目をしながら話を続ける。


「俺とロイは騎士養成学校からの付き合いでな、食べ盛りだったあいつはやたら早食いだった。パンくずをぽろぽろ撒き散らしながら食うもんだから、俺の服がパンくずだらけになって大喧嘩をした事もある」


 あー……確かに、急いで食べる時は結構汚かったような気もする。

 トリスタン先生は一口一口丁寧に、かつ迅速に食べ物を飲み込んでいく。喋る時は完全に飲み込んでからだ。


「あの時は二人して営巣にぶちこまれたな……。絶対にこいつとはくつわを並べたくないと思ったもんだが、何のかんのでもう二十年以上の付き合いか」


 トリスタン先生が語り終えた頃には、僕ら二人は食事を終えていた。……ちょっと少ないかな。トリスタン先生は案外小食らしい。


「少ない、って顔だな。まあ慣れておけ。戦争中の粗食・小食に耐える訓練の一環で、この学校の食事は少しまずくて量が少ないからな」



 ……まじっすか……。日本人に対して結構拷問ですよ、それ。



「学生が外出許可取っていの一番にするのが食べ歩きだからな。覚悟はしておけ」


 そう言うとトリスタン先生は手早くナプキンとコップを籠に放り込んで立ち上がる。僕もそれに習って荷物を背負いソファーから腰を上げる。

 トリスタン先生が職員室へ向かうのに後を付いて行くと、正面を向いたままトリスタン先生が話し掛けて来る。


「あと三十分もすれば授業が開始される。残念だろうが、午後の俺の授業は座学でなく、体力作りのための基礎訓練だ。折角だから腹ごなしにお前も走りこみに付き合え」


 うわぁ……。いつの間にか見学って話はどこかに消えてる。しかし断るのもまた怖い。


「はい、分かりました!」


 不本意を押し殺して、元気良く答えると、トリスタン先生は顔だけ振り返り、にやりと頬を歪める。


「お前のいい所は、腹の中でどう思っていようが、それを表に出さない術があることだ。お前の年でそれが出来れば上等だ」


 中身の年齢が+17歳されてますんで。あれ、そう考えると、僕ってにじゅうよん……


「ありがとうございます!」


 いかんいかん、怖いこと考えそうになった。とりあえず大声を張り上げて雑念を取り払う。そのまま先生に付いて職員室で荷物を置き、動き易い服に着替えろと言われたので、適当な服を見繕って小部屋を借りて着替えた。


 そうこうしてる内に三十分があっという間に過ぎ、僕は先生に伴われて運動場まで連れて行かれた。


 運動場には、僕と同じくらいの年齢の少年少女達が整列して待っていた。彼らはトリスタン先生の後ろを付いてくる僕の姿をチラ見してくるが、誰一人姿勢を崩さず緊張感を保っていた。


 相当怖い目にあったのかなぁ……。トリスタン先生を見る目は怯えの色が強い。


「幼年組一年一組……気を付け!!」


 トリスタン先生の号令に従って生徒の皆が背筋を伸ばす。僕も釣られて背を伸ばして直立する。トリスタン先生はざっと人数を数えると一つ頷き、僕の頭にぽんと手を置く。


「さて、まずお前達が気になっている、こいつについて説明しよう。彼はフィアル・ノースポール。遠い地方の村から、遥々この学校に入学しに来た騎士の子息だ。既に編入試験は終わっている。おそらく、上位五名に入るくらいの成績でな」


 微かに少年達から動揺する気配が上がる。彼らはその行為すら違反行為と思ったのか、顔を青くしてすぐに黙り込む。

 トリスタン先生は咎めることはせず、むしろニヤニヤ笑いながら彼らの様子を眺めていた。


「強力なライバルの出現だな? これまで以上に一層励めよ。彼が授業に本格的に参加するのは来週頭からになる。今日は授業の見学……のつもりだったが走りこみを一緒にさせる。言うまでも無いが、仲良くしろよ?」


 脅しをかけるように、急に顔を顰めるトリスタン先生。それに生徒達は大きな声で『はい!!』と答える。


 すると、列の後ろの方から手が一本上がった。


「先生、質問があります!」


「……ナンシーか。言ってみろ」


 ナンシーと呼ばれた女の子に視線を移す。赤毛のショートカットをした、まあまあ可愛い子だ。ちょっと気になる点として頬が少し腫れている気がする。


「あの、リンド卿はどうなったのですか……?」



「放り出したぞ」



 ざわめきが一気に起こり、潮が引くようにまた直に引く。トリスタン先生の睨みが効いたようだ。リンドって苗字と放り出したって言葉から察するに、あの校門から投げ出されたあの子かな。


「お前達の中にも貴族の子弟がいるからもう一度言っておく。この学校では出自や家格なんぞ何の意味も持たん。王家も貴族も騎士も平民も、等しく一学生として扱われる。それが学校長でもあられるルーパウス四世陛下の方針だ。知っての通り、高等部には陛下の嫡子であられるケーネウス王子殿下も在籍しているが、陛下の方針通り一人の学生として他の学生と同様に、共に学問に励み訓練されている。もし陛下の方針に背くようなら……遠慮なく叩き出すからな」


 そして先生はナンシーに顔を向けると、厳しいながらも、優しい口調で語りかける。


「あのクズは、自分が貴族で、お前が騎士階級の出だからとお前を貶め、あまつさえ乱暴まで働いた。よって即刻退学とした。分かったか?」


「……はいっ!!」


 ナンシーは感動しているのか、目に涙を浮かべながらしっかりと返事を返した。

 整列していた生徒達の間にも、更に緊張感が増したように見える。

 しかし国王陛下も思い切った方針を取るなぁ。やっぱり武を重視するお国柄のせいだろうか? でも体育会系って上下関係に五月蝿いような気もするが、偏見かな。


 そんな事を考えていると、トリスタン先生は姿勢を正して息を吸い込む。



「さて、長話もここまでだ。午後の訓練を始める。まずは走りこみだ、……全員運動場十周!」



 おや、意外に少ない。厳しい先生だから三十週とか言われるかと思ったけど。



「……制限時間は二十分だ!」



 ちょっと待って。一周二分を十回? この運動場、一周二百m以上ありそうなんだけど……。



「位置に付け。よーーい……」



 ひぃっ!? 生徒全員が悲壮な顔でスタートラインに付いている。僕も慌ててその列の端っこに加わり、身構える。



「始め!!」



 トリスタン先生の号令に鞭打たれた馬の気分で、僕は走り出した……。



 ◆



 酸素を下さい。



 それが走りこみが終わって思い浮かべた最初の言葉だった。走ってる最中は無我夢中で何も考えられなかったからね。

 子どもの足で運動場十周、二十分以内は厳しいどころじゃない。走り終わった他の皆は地に体を投げ出して荒い息を吐いている。


 何とか立って居られているのは、僕を含め数人だけだ。


 トリスタン先生は死屍累々のその有様に、一応満足はしているようだ。


「ふむ、珍しく一人も脱落しなかったな。制限時間に間に合わなかった者も何名か居るが……、まあ大目に見てやろう」


 そう言いながら、先生は紙に何かを書き込んでいる。閻魔帳だろうか? 今回は寛大な沙汰が下りたようだけれど……。



「マジかよ……、今日は先生かなり機嫌がいいな」



 声のした方に顔を向けると、両手を膝に置いて肩で息している少年と目があった。確かトップから二番目位にゴールした子だな。短く刈り上げた黒髪に碧眼というハーフっぽい子だ。体つきも中々引き締まっている。


「そ、そうなの? いつもはどんなんだい?」


「おう……、一人でも遅れた奴がいたら連帯責任とか言って、全員もう一、二周プラスされるんだ。制限時間は無いけど、もう疲れきってる時にこれをされると、精神的にきつい……」


 ひでぇな。てか遅れた人への白眼視が凄そうだ。


「それ、遅れた人がとても、気まずいよね……」


「ああ。だけど、それを理由に苛めたり文句言ったら、拳骨か最悪強制退学だからな。それで学校から居なくなった奴も結構いるらしいぜ」


 少年は喋ってる間に息が整ったのか、体を起こして手を差し出してくる。


「俺の名前は二コル・ホフマン。二コルでいいぞ。勉強だけじゃなくて、体力も結構あるみたいだな。宜しくフィアル」


「……うん、宜しく二コル」


 僕は二コルの手を取って硬く握手を交わす。良かった、とりあえずボッチは避けられそうだ。田舎の出だからシティボーイの人達から敬遠されるかと思ってたよ。



「ほおう、美しい友情だな。それに私語をするほど、体力にも余裕がありそうで結構なことだ」



 …………マズイ。トリスタン先生の目が実に楽しそうだ。おもちゃを前にした猫みたいな目になってる。



「よし、ではお前達には後二周して貰おうか。何、ゆっくり走って来るといい。制限時間は十分にしてやる」


 お、凄い温情裁定。トリスタン先生の機嫌は本当に良いようだ。だが、横のニコルは青い顔で手を挙げる。


「先生、いつもなら十分間の休憩後に、授業終了まで周回するんですが……」


「無論、お前達が走ってる間も休憩時間だからな? 二周終わった後に、休憩時間があるといいな」


 その言葉を聞いた瞬間、僕とニコルは運動場のコースに向けて走り出した。




 目指すは(休憩時間の)ピリオドの向こう側……! いや手前!




 必死の形相で走り出した僕らを、クラスメイト達は哀れみの目で見送っていた。



 ◆◆



 何とか追加の二周を終わらせ、数分間の休憩を貪った後、先生は宣言通り授業終了までひたすら運動場を走り続けるよう指示を出した。


 と言っても、制限時間や周回ノルマはなく、ある程度きちんと走っていればいいだけの簡単な作業だ。さすがにダラダラ走っていたら怒られるが、先生が遠く離れたところを走っていれば、こっそり雑談も出来る程度の緩さだ。


 多分、激しい運動した後にずっと休むよりは、多少走った方が疲れが残らない、という考えなんだろう。


 そんなこんなで、僕は先ほど知り合いになったニコルと雑談しながら運動場を走ってる。


「へえ、王都から一ヶ月もかかる所から来たのか。結構遠いな。早めに『早歩』の魔法を覚えないとな」


「『早歩』?」


 初めて聞く魔法の名前に僕はおうむ返しに聞き返した。二コルは怪訝な表情で僕の顔を見返す。


「知らないのか? ……そうか、魔法学はまだ習ってないのか。一応軍事知識だからな」


 一人で納得してふんふん頷いている二コルには悪いが、ある程度のことはルリィ先生から習っている。


 ただ、内容が微妙に偏ってた上、脱線が多かったから今一系統だって分かってないだけだ!!


 ……はい、認めます。実は、よく分かってません。


 原理は何となく分かるけど、具体的な魔法名までは知らなんだ。仕様が無いので、黙って二コルの解説を待つ。


「『早歩』はキルディス王国の所有するマナの一つ、『肉体』のマナを使った魔法で、身体能力を底上げして、速度、スタミナ、疲労回復力なんかを向上させる効果がある。この魔法をロバにかければ、馬並み、いやそれ以上の速度で駆けてくれるから、重要な魔法の一つだぜ」



 お父様ーーー!? そんな便利な魔法あるなら始めに教えておいてよ!!



「あ、魔法については軍事機密の部分も含むから、みだりに話しちゃいけないんだった……。黙っててくれよ?」


 ああ……そういう事情があったのね。それなら仕方ない。許そう、父上よ。

 その前にちょっと気になったことが……。


「あ、その『早歩』って魔法は自分にはかけれないの?」


「ん? かけられるぞ。騎士は自分だけじゃなくて部下の一般兵にも施術してやって、部隊全員の移動力を底上げするのがキルディス王国伝統の行軍方法だな」


 ほうほう、勉強になるなぁ。僕がふむふむと頷いていると、ニコルは顔を近づけてきて、声を潜めて僕の耳に囁きかけてくる。


「ところで魔法ついでで思い出したんだが……、フィアルは王都に来たばかりなのか?」


「そうだよ。今日着いたばかりさ」


「そうか。実はな、最近王都である魔法使いが話題になってるんだが、聞いたことあるか?」


「いや知らないな。……どういう魔法使いなんだ?」


 この世界を一月程旅して分かった事の一つに、魔法使いはそこまで珍しくない、という事がある。魔術師の互助組織、通称『魔術師連盟』に所属して魔法を会得した人は、小さな町でも結構見つかる、村単位でも一人か二人は居るのが普通らしく、魔法使いを見かけなかった僕の故郷は結構珍しい例だったようだ。


 ニコルはちょっと興奮して頬を赤くして、鼻息荒く喋り出す。


「それがな! 見た目は小さな……俺らと同じくらいの少女なんだが、見たことも無い魔法、それも強力な魔法を次から次へと使い、悪人をバッタバッタとなぎ倒す、凄腕の魔法使いなんだ!」



 ……うん?



「偶々彼女を見かけた魔法使いが、彼女の魔力を調べたらしいんだが、計測不能なほどの魔力を持っていたんだと!! 空を飛び、大きな宝石の付いた杖を振るい、背中には漆黒のマントを羽織る。きわどい丈のスカートを穿いているのに、何故かその中身は決して見えない。どこからともなく現れては町を騒がす悪漢を叩きのめし、風のように去っていく……」



 徐々に熱が増してきたニコルの口調に、僕はごくりと唾を飲み込みながら続きを待つ。




「ツインテールの青い髪を翻し、月をバックにポーズを決めながら名乗りを上げる、正体不明の美少女……。その名も、『マジカル★ルナティクス』!!」










「ニコル、後五周追加な。仲のいいフィアルも付き合ってやれ」



 はっとして横を向くと、片眉を上げて口の端を吊り上げたトリスタン先生の姿があった。ニコルの話に集中してる間に、いつの間にかトリスタン先生のところまで戻ってきていたのか!?

 ニコルも愕然とした表情で、足を止め先生に向けて手を振り回す。


「あ、あの、先生これはですね……」


「問答無用。さっさと走れ。授業終了までもう五分も無いぞ」


 ニコルの言い訳を一刀両断して、トリスタン先生は運動場の向うを指さす。その先には無情にも時を刻む大時計があった。



「くうっ……すまんフィアル!! 急ぐぞ!」


「お、おう!!」



 大急ぎで走り出したニコルに続いて僕も走り出す。


 だけど、僕の頭の片隅にはさっきニコルが言っていた、魔法少女のことが頭に残っていた。



 ◆◆◆



 地獄のラスト五周をなんとか乗り越えた僕は、若干よろけながらも荷物を抱えて、トリスタン先生の後を付いて歩いていた。


「ふん、まだ入学前だが、随分しごかれたな。やっていけそうか?」


 トリスタン先生は愉快そうに僕の様子を眺め、見下しながら挑発してくる。

 しごいたのは、貴方でしょうにと思いつつも、これも入学試験の一環かもと考えぐっと堪える。


「これ位、問題ありません。三歳の頃に、死霊術師に呪いを掛けられて死にかけた時と比べれば、まだマシです」


 あれは本当にやばかった。ヒーロースーツがあっても、魔法や呪いには対抗出来ない事もあると分かった貴重な体験でもある。


 トリスタン先生は目を見開き、僕の顔をじっと見つめてくる。多分、冗談だろうと思ってらっしゃるんだろうが、どっこい本当です。


 僕がじっと見返していると、トリスタン先生は感心したように息を吐く。


「ほう……、予想以上に修羅場を経験しているようだな。いい顔だ。今日の夜にでもお前の武勇伝を聞かせて貰おうか」


「は、はぁ……」


 ……ぶっちゃけ、僕の武勇伝じゃなくて、レオンとルリィ先生の武勇伝な気がする。


 曖昧に返事を返す僕に怪訝な表情を浮かべていたトリスタン先生だったが、とある部屋の前で突然止まる。


「フィアル、次の俺の授業はお前より高学年の連中への講義だ。同席しても知識不足で大して身にならんだろう。この部屋は簡易風呂場になっている。湯は無いが水は溜めてある筈だ。適当に汗を流して着替えてから、職員室横の応接室で待っていろ。俺の授業は次で今日の分は終わりだから、終わり次第お前を家まで連れて行く」


「分かりました」


 助かった。この汗だくの状態で歩き回るのはきつかったんだ。有難く先生の好意に甘えよう。


 トリスタン先生は一つ頷くと、足早に去って行かれた。やれやれ、これで一息付ける。

 僕は風呂場へ続くドアのノブを捻り、中へ入る。風呂場は簡素な木の仕切りで分けられたシャワールームのような場所だった。部屋の隅には水が湛えられた浴槽のような物が置いてあり、その横に沢山の桶が重なっていた。


 僕は入口近くにあった棚に脱いだ服と荷物を一緒に置き、桶を一つ取って水を汲み、頭から被る。


 ううっ、冷たいけど運動後の体には丁度いい。床にある排水溝に流れ落ちる水音をBGMに、僕の誰得なお風呂シーンは続く。



 PPP…!



 お? 右手の甲から通信が入った着信音が頭に響いてくる。


 発信者は……何だ勇か。


 僕は水を被る作業を一時中断し、右手の甲に指を滑らせる。すると空中に光の枠が現れ、勇の顔が現れる。


「よう、お疲れさん、カケル。入学試験合格したんだって? いやあ、お前なら受かると思ってたよ」


「この前の通信終了間際に、思いっきり縁起の悪い事ぬかした癖に、よく言うぜ。それで、何の用?」


 半眼で睨む僕の視線を勇は笑って誤魔化し、肘を付いて頭を支えながら、だらけた様子で話かけてくる。


「キルディス王国の首都に着いたんだろ? この国で一番でかい町って聞くし、どんな所か興味があってな。一、二年以内に俺もそっちに行くつもりだから、町の様子とか教えてくれよ」


 そうなのか。友人が来てくれるのは心強い。けど、どういう名目で来るつもりだろう?


「一、二年以内に来るって言うけど、勇も騎士団学校に入学するのか?」


「いや違ぇよ。王都にある神殿に修行に出る予定なんだ。この事は父さんにも話している。ただ、父さんは王都の神殿にコネも知り合いもいないらしいから、受け入れ先が決まるまで暫く時間がかかるんだと。もしかしたらだが、スーさんも来るかも知れない」


「そうなのか。スーさん元気してる?」


「ああ。最近は何だか骨だけじゃなくて、生前の容貌が直に見える気がするくらい元気にしてらっしゃるぞ。このまま肉もついて完全復活されるんじゃないか?」



 スーさんの人徳まじぱねぇ。セルフ復活ってどんだけ凄い聖女だったんだ。



 それはさて置き、勇は身を乗り出して僕に重ねて質問をしてくる。


「なぁ、こっちの話もいいけど、王都の話も聞かせてくれよ。騎士学校には可愛い子とか居たか?」


 こいつ、ネージュだけじゃ飽き足らず、騎士学校の少女にまで粉かける気か!? 気の多い奴め……。待てよ、少女と言えば一つ気になる事があったな。


「それなんだが……。勇、今王都では、ある魔法少女が有名になってるらしいんだ」


 僕はニコルから聞いた話を掻い摘んで勇にも説明する。勇は最初女の子の話と聞いてワクワクした顔をしていたが、話を聞くに連れて真顔になっていく。


「……んで、月をバックに名乗りを上げるんだと。『マジカル★ルナティクス』ってね」


 説明を終えた後も、勇は手で口元を隠して、思案気に下を向いている。僕と同じ思考をしているんじゃないかと予測する。



 しばらくして、勇はおもむろに口を開いた。


「翔、俺の予想なら、その魔法少女は……」


「ああ、僕も勇と同じ考えだ……」





 僕と勇は一斉に息を吸うと、異口同音の言葉を吐き出す。







「厨二病だ」


「魔法少女系ヒーローだ」







 ………オーライ、認めよう。僕と勇の間に繋がりなんて無かった。僕らの口から出たのは全く異なる言葉でしたよ、ちくせう。


「ああ、魔法少女系ヒーローね。確かにそうとも考えられるな。余りにも痛い内容だったから素で忘れてたわ」


「お前、言うに事欠いて厨二病は無いだろう。ヒーローなら名乗りの一つくらい上げるだろうが!」


 まだ確定では無いが、同業者としてそこは擁護しておきたい。


「ま、まあな。個人的には割りと黒歴史なところもあるから……。決めポーズに悩んで寝不足になって、仲間から正座させられての説教コース食らって、拘りを捨てたんだよな。俺も若かったぜ……」


 勇が遠い目をしている。仲間が居るなら居るで苦労もあったんだなぁ。

 勇は遠い日の記憶を払拭するように頭を振り、姿勢を戻す。


「その魔法少女については追々調べて行くとしてよ、ところでお前なんで裸なの? セクシーアピールは、サラかリーザにしか効かないぞ」


 リーザも大概ありえないと思うが、なんでサラの名前があるんだ。


「言いたい事はあるが置いとく。これは、授業の体験学習で運動場を走ったから、汗を流す為に風呂場を借りたんだよ。あ、そうそう。ニコルって名前の知り合いが出来たよ」


「ひどい、もう現地妻を作るなんて!? 私との事は遊びだったのね!!」


「気色の悪いことを言うな!? 男じゃボケ!」


「なんだツマンネ。しかし入学試験当日に走りこみか。結構スパルタなとこだな。やっていけそうか?」


「前世に比べればまだマシだよ。直接的な命の危険はまだ無いしね」


 ……ふと、自分の言動がフラグにならないよう祈る僕であった。つり天井の罠とか仕掛けられてないよな、この学校?


 僕はもう一度水を頭から被ると、水の滴る前髪を掻き上げて勇に顔を向ける。


「まだ王都には着いたばかりだし、落ち着いたら色々報告するよ。心配してくれて有難うな」


「そうかい。翔はヒーロー仲間だし、四年来の友達だからな。無理せず頑張れよ。……べ、別にあんたの為に言ったわけじゃないんだからね!!」


 取って付けたようなツンデレジョークに苦笑しつつ、僕は通信を切った。桶を元に戻し、荷物からタオルを取り出して体を拭いて、さっぱりした所で服を着る。




 心も体も、なんだかスッキリと軽くなっていた。




 ◆◆◆◆



 さて、応接室でうたた寝したりつつトリスタン先生を待っていると、夕焼けが見え始めた頃に先生は戻って来られた。


「遅くなったな。では俺の家に行くぞ」


「はい、よろしくお願いします」


 僕は荷物を抱えて一礼し、顔を上げた時には既に離れて行ってるせっかちな先生を慌てて追いかける。


 移動魔法欲しいなぁ。足の幅が違うから、先生の歩きには小走りで無いと付いていけない。これも鍛錬と諦め、早く着きますようにと願いながら先生の後を追う。


 放課後の校舎から寮へ向かう生徒達に横目で見られたりしつつ、学校を出て、中央通りまで来て、そこから下層区に戻り、住宅街へ更に歩を進める。


 割りと遠いか? 徒歩で一km以上は歩いている気がする。


 住宅街についてからは早かった。大通りから小道に入って二軒目、木造二階建ての家の玄関で、トリスタン先生は歩みを止めました。


 先生は懐から鍵を取り出すと玄関を開け、「帰ったぞ」と中に声をかける。


 しかし僕の意識は、ドアを開けた時に漂ってきた美味しそうな夕餉の香りに魅了された。心の変化は体にも表れ、僕のお腹がぐ~~っと自己主張を行う。


 トリスタン先生はチラリと僕を見て軽く噴出している。せ、生理現象ですから!!


「ふっ、昼間の飯があれだけで、かつあれだけ走らせれば仕方ないな。喜べ、夕飯は美味い物が食えるぞ」



 おお、試験合格に次いで本日二番目に嬉しい知らせだ! 


 僕は小躍りしそうな勢いでトリスタン先生に続いて家にお邪魔する。すると、玄関脇にあったドアが開いて、一人の女性が姿を現す。


「あ、おかえり父さん。…あれ、この子誰?」


 ああ娘さんだったのか。年の頃十三、四ってところか? 赤みがかった茶色い髪を短く切り揃え、くりくりとした大きな眼をした中々可愛らしい人だ。手に持ってる木製お玉と体にかかったエプロン姿からは、主婦の貫禄を感じる。


 僕を見下ろす目は好奇心で溢れている。僕は先生に紹介される前に頭を下げて自己紹介をする。


「初めまして、フィアル・ノースポールと言います。この度、王立騎士養成幼年学校に入学する為に王都までやってきました。僕の父が昔トリスタン先生にお世話になった縁から、寮に入るまでの間滞在させて頂くことになりました。手土産も持参せず、申し訳ありません。宜しくお願いします」


「……そういう事だ。可愛げの無い奴め、俺の喋ることが何一つ無いではないか」


 トリスタン先生は少々面白くなさそうだったが、娘さんは目をキラキラさせながらしゃがみ込んで僕と目線を合わせてくる。


「へーーー!! 偉いねフィアル君、一人で来たの!? 私はネミッサ。ネミッサ・シャオルね。君幾つ? 幼年学校に入るんだったら、七歳か八歳位かな?」


「二月程前に七歳になりました。これから三日程ご厄介に……」



 ぐ~~~~



 いらん時にお腹の警告音が暴発した!? 顔を真っ赤にして俯く僕に、ネミッサさんは何かを刺激されたのか、両手で頬を押さえて眼を輝かせる。


「か、可愛いーーーー!! フィアル君っ、寮に何か住まずにうちに住みなさいよ! 私こんな弟欲しかったんだ~~」


「王立騎士養成学校は全員寮制だ。知ってるだろうが」


 トリスタン先生が溜息を吐きながらネミッサさんの頭を小突く。ネミッサさんはトリスタン先生を睨み返し、口の端を尖らせながら眉を八の字にする。


「知ってるわよ~~。残念だなー、あ、でも休日とか外出日は何時でも遊びに来ていいからね! 美味しいご飯やお菓子作ってあげるから」


「あまり甘やかすな。寮の飯が食えなくなって泣くのはこいつだ」


 トリスタン先生はそのまま二階への階段に向かう。上がり際にネミッサさんを振り返ってくる。


「ああそうだ。フィアルの寝室は一階の客間を宛がうからな。寝具の準備も頼む」


「えーいいよ私の部屋で。私のベッドで一緒に寝ればいいじゃない」


「不許可だ!!」


 うん、僕もそれは遠慮させて頂きたい。年頃の娘さんと同衾とか、いくら体が七歳でもちょっと恥ずかしい。しかし、トリスタン先生の怒号も結構響くな。娘を想う父の愛か。


「ちょ、ちょっと父さん声大き過ぎ!! ご近所さんの迷惑も考えてよ!」


「フィアルは一階の客間を使わせる。これが決定事項だ。夕飯の後、フィアルが風呂に入ってる間にでも準備してやれ」


「えー、フィアル君と洗いっこしようと思ってたのに」


「すいません、一人で入れますのでお気遣いなく……」


 先生の機先を制して自分からお断りする。ここで下手に黙っていると、先生から何かしら勘繰られるかも知れないからなぁ。

 ネミッサさんはやっぱり残念そうに眉を寄せ、お玉で口元を隠している。


「フィアル君……、遠慮しなくていいんだよ? あ、でもお客様相手にそれは不躾過ぎだったかもね。もうちょっと仲良くなってからにしようか」


 積極的だなーーもーー!? トリスタン先生の目がちょっと怖い!! 


「そ、それより僕お腹が空きました! いやー夕飯楽しみだなぁ!」


 わざとらしく話を逸らしたが、ネミッサさんは何か思い出したように慌ててキッチンに向かう。


「そうだ、お鍋を火にかけたまま………、よし、吹きこぼれてはいなかったわ」


 キッチンの奥からほっとしたような声が聞こえてきた。ふう、今夜の晩餐が惨事に変わる事態は防げたようだ。

 トリスタン先生は僕の対応に機嫌を直したのか、何も言わず二階へ上がって行った。


 僕もお手伝いしますか。


 キッチンへ入り、せめて食器でも並べようと中に入ると、既に三人分の食器がテーブルには並べられていた。一人分はお皿だけでナイフやフォークは置いていない。


 ………そう言えば奥さんは?


「あの、手伝います」


「え? ああいいよー。座って楽にしてて。入学試験は終わったのかな? とにかく色々あって疲れたでしょう」


「はい、入学試験は済ませました。何とか合格できたみたいです」


「おめでとう! そうかー、知っていたらお祝いにケーキでも焼いてたんだけどなー」


「お気遣い有難うございます。……あの、ところで、お母様は……」


 言葉を濁しながら聞くと、ネミッサさんは少し寂しそうに笑った。


「ああ、母さんは私が君くらいの時に、病気でね……。思えばもう七年かー。良く続けたものね、この習慣も」


 ネミッサさんは一枚だけ置いてある皿に指を滑らせると、食器棚から新しい皿やスプーンを取り出し、テーブルに並べていく。


「お母さんの目の前の席でごめんね。これも我が家の習慣だから、余り気にしないでくれると嬉しいな」


「いえ……。問題ありません」


 ふと、前世で家族皆が死んだ時の事を思い出した。暗い部屋の中、一人ぼっちで膝を抱える自分を思い出しそうになり、荷物を下ろすフリをして顔を下げ、苦い思い出を飲み下す。


 ネミッサさんは僕の様子を眺めながら、ふわりと優しい笑顔を見せてくれる。


「何だか君とは、他人って気がしないなー。もう本当にうちの子になっちゃいなよ」


「すいません、実家に家族が居ますから……」


「それは残念だなー。じゃあ、せめて王都に居る間は、私の事お姉ちゃんって思っていいよ?」


 そう言いながら僕の頭を撫でてくれる。うん、こそばゆいけど、悪い気はしない。


「えっと、有難う御座います、ネミッサお姉さん」


 ネミッサさんは頬に朱を浮かべて、僕の頭を撫でくる速度を上げる。


「もーーー、くぁわいいなーーフィアル君!! 『ネミッサ姉さん』か『ネミッサお姉ちゃん』だったらもっとポイント高かったんだけど、ぎこちないのもまた良し!!」


「さっき騒ぐなと言った口で、よくもそんな大声が出せるものだな」


 いつの間にか普段着らしきゆったりした服に着替えたトリスタン先生がキッチンに立っていた。ネミッサさんは僕の頭を撫でながら、先生の方を見る。


「あ、そうだ父さん。お風呂まだ沸かしてないから、沸かしてきてよ」


「お前……父親にさせるか?」


「いいじゃん、父さん火の魔法打ち放題なんだし。いつも魔術回路が無い私が自前の魔力使って沸かせてるんだから、偶には楽させてよ」


「お前は国家資源を何だと……。まあいい、分かった」


 トリスタン先生は頭痛を堪えるように額を抑えながら、奥へ引っ込んでいった。そう言えば、特定の魔法は無限に湧き出る魔力、『マナ』があるとか何とか見た覚えがあるな。


「さ、もうすぐ出来上がるから、フィアル君は座って待ってて。ついでに、今日はオムレツも追加しちゃおうかな」


 ネミッサさんは楽しそうに台所の釜戸へ向かって料理を再開する。僕は言われるがままテーブルの椅子に座り、手早く料理をしていくネミッサさんの後姿を眺めていた。




 何だか波乱の多い一日だったけど、久しぶりに感じる家庭の匂いのおかげか、何だか緊張が解けてきた気がする。



 来週から頑張ろう……立派な騎士に成れるように。



 料理を心待ちにしつつ、僕はひと時の安らぎに身を預けていた。



遅くなりまして申し訳ありません。

次回は王都内の説明&新ヒーローの登場でもやろうかと考えています。

しかしそれも結構先の話でしょう。11月終わりから12月頭にかけては仕事絡みで時間が取れそうに無く、年末のは忙しさで執筆が難しそうですから。下手すれば来年……。


その前に、『アウトキャスト』を進める予定ですので、続きは今しばらくお待ち下さい。


2014.12.20 訂正


ニコラ → ニコル


名前が一部違ってました。(2015.10.23:一部訂正し損なっていたところを修正しました。一年近く放置して申し訳ないです)

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