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幸せを運ぶ鳥

作者: 風並将吾

 ある一羽のカラスがいました。

 そのカラスは、小さい時に『青い鳥は幸せを運ぶ』という話を聞かされたことがありました。


――僕もあんな風に、誰かに幸せを運ぶことができたらいいな。

 

それはカラスが抱いてきた夢でした。

 しかし街中ではきらわれ者でした。カラス自身が人々に何かをしたわけではないのに、身体が黒いことや、街での行動などが理由となり、良い目で見られてはいませんでした。それどころか、時折カラスがえさを求めて地上に降り立つと、そのカラス目がけて石を投げつけてくる人がいるのです。

 しかしカラスはなきませんでした。いつか誰かに幸せを運べる日が来ることを夢見て、明るく健気に生きていたのでした。



 ある日のことでした。

 一軒の屋敷に、一本の大きな木が生えていました。その木の上でカラスが静かに眠っていると、塀の向こうから男の子の声が聞こえてきます。

「カラス発見!」

 それでもカラスは眠ったままです。

「えいっ!」

 男の子の声と共に、塀の外より石が飛んできました。その石は、カラスの羽に当たってしまいます。

「ガァッ!」

 痛みのあまり、カラスは悲鳴を上げて飛び起きてしまいました。

  木の上に居たカラスは、そのまま地面まで落ちてしまいます。

「わーい、やったぁ!」

 塀越しに男の子の喜びの声が聞こえて来ました。そして男の子はそのまま何処かへ走り去ってしまいました。

 地面に叩きつけられたカラスは、その衝撃により羽が折れてしまいました。そのまま意識がゆらいでいきます。身体中に痛みが走り、目もゆっくりと閉じていきます。

「大丈夫?」

 そんな中、カラスは一人の少女の声を聞きました。ですが、その人物を確認することなく、意識が暗闇の中に引き摺られて行きました。



「あ、気がついた?」

 目を覚ますと、カラスは黒い瞳を確認することが出来ました。その声には聞き覚えがありました。意識を失う前に聞こえてきた、あの少女の声でした。

 カラスはクッションが敷かれたバスケットの上に眠らされていたようで、先ほどから優しい感触に包まれています。その感覚を得ながら、少女の姿をゆっくりと確認しました。

 腰の辺りまで伸びたきれいな黒い髪を持つ少女で、彼女は車椅子に座っていました。

「カァ」

 まだ少し痛みが残っている為弱々しくはありましたが、鳴き声を出すことで少女の問いかけに答えました。もちろんカラスが人の言葉を話すわけではありませんし、少女もまたカラスの言っていることを理解出来ません。

「よかったぁ。お医者さんに診てもらえて」

 少女の言う『おいしゃさん』に診てもらった証拠に、黒い羽に白い包帯が巻かれていました。それでもまだカラスは飛ぶことは出来ませんでした。折れた羽はすぐには元通りにならないようです。

 少女は笑みを浮かべながらカラスのことを見ています。そこには安堵が見えていました。しかしカラスには、少女が心から笑っているようには見えませんでした。少女のその笑みは、何処か悲しみを帯びているようにも見えたのです。

「待っててね。今食べ物をあげるからね」

 少女はそう告げると、車椅子を動かして部屋から出て行きました。

 カラスは少女のことを、ただじっと見つめているだけでした。



 少女との生活はとても楽しいものでした。毎日違った食事が出てきたり、少女が色んなお話をしたり、時々触れ合ったりもしました。

 羽が折れていて飛びまわれない状態ではありましたが、両足を使ってぴょんぴょんと部屋の中を散歩してみたりすることも出来ました。そこにあったのは、カラスが今まで知らなかった世界でした。

 大きなベッド、きれいな木の机、熊のぬいぐるみ。そのいずれもカラスが目にしたことのなかったもので、とても新鮮な感じがしました。

 そんな日々の中で、カラスは少女についてあることを知ります。

「今日はこんな話なんてどうかな?」

 少女は楽しそうに身近に起きた話をします。そんな少女は、他の人と違って一度も歩いたことがないのです。車椅子に乗っているので、普通の人ならばそのことに思考が行き着くのですが、カラスは「くるまいす」というものを理解していなかったため、なかなか気付けなかったのです。

 それでも少女は楽しい話をし続けます。この日の話は、少女の母親と一緒に買い物に出かけた時の話でした。

 そんな話をしている途中で、少女は少し顔をうつむかせます。そして静かに語り始めました。

「私、歩けないの。本当はお母さんと一緒に並んで歩きたいのに、それが出来ないの。先生からはもう治ってるよって言われたけど、それでも勇気が振り絞れなくて……」

 こんな話をカラスに話したところでどうにかなるわけではありません。しかし少女は、その想いを今まで誰にも伝えられなかったのです。恐らく余計な心配はかけたくないと思ったのでしょう。

 もしかしたら、カラスの中に自分を投影したのかもしれません。歩けない少女と、飛べない黒い鳥。互いにある自由を奪われた存在と言えましょう。

 そんな考えが少女の頭の中にあったのかもしれません。


――この子に勇気をあげたい。勇気さえあれば、この子の幸せは。


 羽を折られた黒い鳥の、小さくて強い想いが出来た瞬間でした。

 少女が心から笑う姿を見てみたいと思ったのです。その為に、もしかしたら自分にも何か出来ることがあるかもしれない。カラスは心の中でそんな想いを抱き始めたのです。

 だとしたら、一体何をすることが出来るでしょうか?

 カラスは悩みました。どうしたら少女に勇気を与えてあげることが出来るのか。そしてこの子の願いを叶えてあげられるのかを。

 そして、ある一つの答えを導き出したのでした。



 一緒に過ごす時間は長く続くものではありませんでした。少女と別れるのは寂しいことではありましたが、カラスにも帰るべき場所がありますし、身体が治った以上その場にずっと留まっているわけにもいきません。

「お別れだね……」

 少女は寂しそうに呟きます。短い間ながら、いつもそばにいたのです。そしてその楽しい時間が終わりを迎えようとしているのです。

「カァ」

 返事をするように、カラスは小さくなきました。

 少女は車椅子を動かして、ゆっくりと窓の方へと近づいていきます。そしてその窓に手を触れ、外へ押しました。静かにその窓は開かれて、風が少女の身体を優しくなでます。

 その膝元には、カラスが寝ているバスケットがありました。窓の近くにバスケットをゆっくりと乗せると、少女はカラスの身体をそっと撫でました。

「元気でね……」

 少女は涙をこらえ切れなかったようです。頬をつたうその涙は、床に吸い込まれて一点の染みとなります。

 カラスは飛び立つ前に、少女の顔をじっと見つめます。


――ありがとう。今度はぼくが、君に幸せをあげる番だよ。


「え?」

 少女は思わず声をあげてしまいました。

 当然ながら、カラスの声は少女には届いていません。ですが、その想いは少女に伝わっていたのです。

 そしてカラスは、身体を窓の方に向けて。

「カァ!」

「あ……!」

 力強くないた後で、大きく羽ばたきます。バァサ! という音を立て、カラスは窓の外へと飛び立ちました。

 その時、少女はカラスのすがたを手で追いかけようとしていました。右手を伸ばし、それでもまだ足りませんでした。

 だから少女は、車椅子から立ち上がったのです。

「……え?」

 少女は気付きました。今、自分がその場に立っていることに。衝動的にではありましたが、立ち上がれたということに。

 その様子をカラスは窓の外にある木の上からのぞいていました。黒い瞳が、少女の姿をじっと捉えていました。


――がんばってね! これから楽しい時間が待ってるはずだよ!


 そしてカラスは、木の上から飛び去って行きました。

「ありがとう!」

 少女は明るい笑顔と共にそう叫びました。

それは、カラスが見てみたいと思っていた、心からの笑顔でした。


おしまい。


お久しぶりです、風並将吾です。

今回の作品は、『カラス』が主人公となっております。

嫌われ者のカラスが、誰かに幸せを運ぶお話です。

どんなに嫌われていようとも、必ず誰かに幸せを運ぶことが出来る。

幸せにすることが出来ない人なんて、誰もいないんだということを表したかった作品です。


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