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残暑

作者: 竹仲法順

     *

 八月も終わりが近付くと、幾分涼しくなる。今日も各地で残暑が厳しかったのだが、あたしは午後八時前にオフィスから自宅マンションに帰ってきて、リビングの窓を開け放った。そして涼風を入れる。疲れていた。だけど少しベッドに横になっても、目が冴えている。昼間コーヒーを飲みすぎているからだろう。あたしもお酒はアルコールフリーのビールを一缶きっちり飲むぐらいで済むのだが、あくまで飲酒は気分転換である。アルコールや糖質が全く入ってないので安全なお酒だ。昼間ずっとコーヒーばかり飲んでいると、胃をやられる。あたしも昔、胃潰瘍になって、一時期強めの胃薬を飲んでいた時期があった。もう今から十年ぐらい前で、大学を卒業して今の会社に勤め出した頃からである。あの頃は相当なストレスがあった。そういうきついことは認識済みだったのである。今はもうないのだが、確かに仕事はきつい。慣れていてもどうしても疲労が収まらないのである。あたしも毎晩家に帰ってきたら、夕食を取って入浴してからテレビを見る。さすがにずっとオフィスではパソコンのキーを叩き続けているので疲れてしまう。テレビは単に付けているだけで、別にこれと言って見たい番組があるわけじゃない。ベッドに横になりながら、リモコンでチャンネルを切り替え、特に面白い番組がなければ電源を切る。そして音楽に切り替えていた。静かなクラシック音楽を掛け、眠気が来るのを待つ。頓服の睡眠導入剤を服用していた。ドラッグストアで買ったもので、一箱に三十日分入っていて千五百円ほどなので安い。主に抱えているのが不眠症だ。夜なかなか寝付けない。特にこういった暑い日は夜も気温が上がるので眠り辛い。日付が変わる午前零時前にはベッドに潜り込んでいたのだが、なかなか眠りに入りにくかった。そういったときは深夜番組などを見たりする。最近深夜のバラエティーなどをよく見ていた。ゴールデンでは出てこない芸能人が登場する。あたしもそういった芸人のトークなどを見ながら、眠気が差してきたら音楽に切り替えた。疲れるのだが、あたしもずっと会社に勤務していて、お昼と午後三時の休憩時間以外はずっとデスクに詰めている。夜も寝不足になりがちだったが、それでも仕方ないと思っていた。朝起きればすぐに出勤準備を整えて会社に行くのだし……。

     *

 夏目(なつめ)涼二(りょうじ)はあたしの会社の同僚社員で、普段は同じフロア内でも離れた場所にいるのだが、さすがに普段はメールを送り合うだけで、休日は内緒で会っていた。あたしのマンションに彼が来るのである。その週の週末もそうだった。あたしの方が涼二のスマホにメールを送る。<今日会わない?>と一言だけ。そして彼も了解したようで、土曜日の午後一時半過ぎに<今から行くよ。待ってて>と端的に返してきた。涼二とは基本的に恋愛関係である。普通に会ったら会ったで性行為もしていたのだし、体を重ね合うことに抵抗はなかった。三十三歳のあたしと、五歳年下の二十八歳の彼――、不釣合いなことはまるでない。あたしたちは自分たちのペースでゆっくりと交際し続けている。誰からも邪魔されることなく。あたしも普段ずっとパソコンのキーを叩きながら、合間にスマホを使っている。社内での勤務時間中の携帯やスマホなどの使用は厳禁だったが、皆上手くやっていた。マナーモードに設定しておけば、バイブレータが鳴るだけで着信音は聞こえない。それに暗黙裡にそういった情報機器の利用は黙認されているのだった。あたしもずっとスマホを使っている。涼二と会ったときは話をしていた。大抵あたしの方が夕食を買っていて、午後四時を回る頃には食事を取るのだ。それからベッド上に寝転がって絡み合う。腕同士を絡め合わせ、ゆっくりと性交し続けた。あたしも慣れている。さすがにウイークデーはずっと仕事だから疲れていた。特にドライアイがひどい。パソコンの画面を見続けるのが仕事なので、ブルーベリーのサプリメントを飲み続けている。幾分違っていた。コンタクトレンズを嵌めているのだが、近眼の度数が進んでいない。だけどドライアイには悩まされている。仕事上、目を酷使するのだ。あたしもずっと仕事が続いていて疲れてしまっていたのだし……。

     *

沙織(さおり)

「何?」

「普段疲れてるだろ?」

「ええ。……でも涼二もそうでしょ?同じフロアにいるんだし」

「まあね。だけど、最近ストレス発散するものがないよな。カラオケとか行かないし、飯だって同じところばっかで食ってるからな」

「確かにそうね。でもいいじゃない。あたしもあなたといるときが一番落ち着くし」

 あたしの方が彼の腕に絡みつき、互いに本気になって熱い吐息を漏らしながら愛撫し合う。ゆっくりと性行為が続いた。そして抱き合った後、微妙な時間差でオーガズムへと達し、ベッドの上に寝転がる。別にいいのだった。お互い二十代と三十代とはいえ、いろんな意味で人生を送り続けてきた人間同士だ。抵抗はなかった。付き合い続けることで愛情が増す。セックスが終わってしまった後、軽く口付けをし、ゆっくりと風呂場へ歩き出した。バスルームの中には熱がこもっている。いつも性交後はここで体を洗い合うのだ。涼二の方があたしの髪にシャンプーとコンディショナーをして洗髪してくれた。そして彼も髪を洗い、それから互いに体を洗い合う。普段運動不足で体が鈍っているので、いくらか下腹に脂肪分が付いていたのだが、今から先は季節がよくなるのでウオーキングもいいと思う。仕事の合間に軽く歩くのだ。それでかなりの程度、脂肪が燃焼される。あたしもそう思っていた。ゆっくりと歩き続けると健康にいいと感じる。しかもウオーキング前にコーヒーをブラックで一杯飲むと、多少脂肪の燃焼の度合いが違うと聞いたことがあった。夏場にダイエットすべきだったのだが、もうその夏も終わりである。涼しい風が吹き付けていた。日中は残暑があっても、朝晩は涼しくて快適に過ごせる。混浴した後、あたしの方が、

「また平日は仕事ね。お互い同じ会社だけど」

 と言うと、涼二が、

「ああ、まあな。……でも愛情が途切れないからいいだろ?」

 と言って笑う。あたしも釣られてフフフと笑った。ずっとこの関係が続くだろうと思う。こうやって普段別の家にいるからこそ、あたしたちの関係は成立しているのだ。いつも一緒の家にいたら喧嘩になることの方が多いと思っていたのである。確かに互いに成人しているので物事の分別はあるのだ。だけど別にいいのである。一緒に住まずに週末婚でも週末同棲でも。お互いその方がいい。あたしも実家には全然帰ってなくて、住む場所は事実上このマンションしかなかったのだし、彼も事情は同じらしい。風呂上りに冷蔵庫からミネラルウオーターのボトルを二本取り出して、片方を渡す。

「ああ、ありがとう」

 涼二がそう返してキャップを捻り開け、喉を鳴らしながら飲む。そしてあたしの方が長い髪をドライヤーで乾かすと、互いに気持ちが落ち着き、またベッドの上でじゃれ合い続ける。ゆっくりと。いつしか眠りに落ちてしまった。ずっと溜まっていた疲労が抜けてしまったのである。あたしも安心していた。これから先はずっと彼と一緒にいられると思いながら……。それがたとえ週末だけの関係であったにしても……。残暑を二人で乗り越えるつもりでいた。まだ幾分蒸し暑さが続いていたので。

                               (了)


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