(42) ショック×3
「カッシーニさん、俺は本気で言ったんだ。そういう誤解を招く言い方はやめてくれ!」
「ああ、すまん。そうだったな……本当は説得するつもりだったのを、お前が頼み込んだんだったな。自分が代わりに説得するから待って欲しい、と。だが、その説得がまさか愛の告白だとは思いもしなかったが」
ちょっと愉快そうに言ったカッシーニ氏。パオロは目に見えてうろたえた。わたしは思わず後ろを振り返り、腕を掴んだままの彼の顔を見てしまう。
イケメン観賞家たるわたしはついつい食い入るように眺め、心の中で感想を述べた。
――わぁ、凄く可愛い……。
赤くなって、照れたような怒ったような顔をしてこちらを見られないパオロは、やはりイケメンならではの破壊力があった。わたしは状況も忘れて見入ってしまう。
「おや、ロレーヌ嬢、惚れ直したかい? だったらそっちの方が平和的だし、うまくまとまっていいと思うんだが」
「え、いえ、そう言うんじゃ……」
カッシーニ氏がからかうように放った言葉に、わたしは思い切り挙動不審になってしまう。
パオロはそんなわたしを、今度は逆に見つめてきた。
微妙に期待が浮かんだその顔に、わたしは焦った。
「俺はお似合いだと思うがね。パオロは結構本気だし、それに、貴女が我々の仲間だと言ってしまえば、婚約は破綻するだろうから、今の内に乗り換えておく方が気持ちは楽なんじゃないか?」
「そ、そんな!」
わたしはまたしてもショックを受けた。
脳裏に、ジェレミアの顔が浮かぶ。
彼の嬉しそうな顔や、心配そうな顔、怒った顔……その全てが、見られなくなってしまうなんて、生きる楽しみの大部分が無くなってしまうに等しい。
あまりのことに力が抜け、座り込みそうになったわたしを、パオロが慌てて支えてくれたが、ありがとうの言葉すら出て来ない。
すると、床から響くうめき声が大きくなる。
デニスが暴れているのだ。
「か、カッシーニさん、この従僕凄い力で、ヤバいっス」
「こいつ本当に女なんですか?」
ひどく怯えたような声で問うてくる仲間たち。
わたしは心の中でデニスに謝った。彼女の言う通りにしていれば、こんなことにはならなかったのに。
「仕方ねぇな。薬を使え……とにかく、ここにいつまでもいる意味はないな。欲しかった奴は向こうから来てくれたからな、もう引き揚げるとしよう」
「はい」
「わかりました」
返答の後、デニスの口に布が当てられる。
何かの薬だろう。うめき声が小さくなり、やがて消えるのを聞いた、わたしは最後の力を振り絞って問うた。
「待って! これだけは答えて、ルチアは無事なの?」
「もちろんだ。まあ、自由にしたらまずいので軟禁してるが、大切な人質だからな、ちゃんと丁重に扱ってる」
「……そう」
わたしはそう呟くように言って口を閉じた。
聞きたいことは山のようにある。どうしてわたしなんかを仲間に引き入れようと思ったのか、とか、今までの爆発事件は本当に彼らがやったのか、とか、これからどうするつもりなのか、とかだ。
でも、もう聞いても理解できる気がしなかった。
頭も、気持ちもついていかない。
わたしはパオロに腕を掴まれ、促されるまま歩いた。店を出ると、馬車に乗り、どこかへ向かう。道を覚えなければ、と思ったが、次第にどこをどう曲がったのかわからなくなり、終いには諦めて目を閉じた。
心の中で、ジェレミアや、パオラ、両親にごめんなさいを繰り返す。そんなことしたって状況は変わらないが、わたしにはそれくらいしか出来なかった。
◇
その晩は、どこかの宿へと連れていかれた。
わたしに与えられたのはかなり良い部屋で、ちゃんとしたベッドに少しは家具もある。そこでとにかく休んだ。食事も出してくれたけれど、あんまり食べる気はしない。
だと言うのに、お腹は空いていて、入るだけ食べた。
いつも食べていた夢のような豪勢な食事からすると、何だかいきなり現実に戻ったみたいな感じがした。
それから、仲間だという女性に手伝ってもらってドレスを脱いで、寝る。疲れていたが、あんまり良く眠れない。
とろとろとした浅い眠りの中で、悪夢らしきものを見た。
起きたら忘れたけれど、何とも気持ちが悪い。
「こうしてると、今までが逆に恵まれ過ぎてたみたいに思うな」
ぽつり、と呟くと戸がノックされて昨日世話してくれた女性が入ってくる。
「起きてます? 何かお手伝いが必要ならあたしに言ってくださいね。貴族のご令嬢って何かと手がかかるそうですし」
「あ、はい。でも大体のことは自分で出来ますから」
女性にそう返事をすると、彼女はとても不思議なものを見たような顔をしてから、食事と着替えを置くと、用があれば近くにいるので呼んでくれと言い残して出て行った。
わたしはそれらを見ながら呟く。
「まあ、そうなるか」
普通、貴族の娘は自分ではほとんど何も出来ない。と言うか、何かしたら生ぬるい目で見られるのが落ちだ。
わたしも小さい頃は何でも誰かにしてもらうという感覚がわからなかったので苦労した。とはいえ、貴族の女性の身支度と言うものは、とにかくひとりではどうにもならないようなものが多いので、必然的に誰かにやってもらうしかない。
なので、いつもならドーラに手伝ってもらってあらゆる支度を整えていた。
だが、用意された簡素な服くらいなら自分でも着ることはできるし、髪も別に束ねるくらい平気だ。
わたしは用意された服に着替えて、食事をすると人を呼ぶ。
今日こそルチアに会わなければならない。
カッシーニはああ言ったけど、やっぱりこの目で確かめなければ安心できないし、デニスの待遇だって気になる。
すると、少しして先ほどの女性がやって来て、やはり不思議そうな顔をしつつ、待っていて欲しいと言って去った。
言われた通り、ぼーっとして待っていると、人が来た。
「……パオロ」
来たのはパオロだった。相変わらず気まずそうな顔をした彼は、わたしの姿を見て少し目を瞠った。