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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(39) ルチアがいない



 そこではドーラが待ち構えていて、支度も整えられている。あとは着替えるだけ、という状態だ。正直、今でもあまり着飾ることに慣れない。それでも、慣れようと思ってつづけているのだ。


「はあ」


 思わずため息がもれるが、慣れっこなドーラは気にしない。


「さあさあ、今日はとびきり綺麗に致しましょう!」


「そうね」


 全く気のない声で答え、わたしはドーラに言われるままに動く。その時、何の前触れもなく扉が開いた。 

 ぎょっとしたわたしとドーラは悲鳴も上げられず、いきなり入って来た人物を眺めた。


 白髪交じりの茶色い髪に、黄色いドレス。中肉中背の体つきをしている中高年の女性だ。顔からは疲労感がほとばしっているように感じられる。今にもそこにぱたり、と倒れてしまいそうだ。

 一瞬誰だか思い出せず、しばらくその姿を眺めた後、ようやく誰だかに思い至る。

 今まで目にしていた印象と全然違ったので、結びつかなかったらしい。

 わたしは、唐突に現れたその人物の名を呼んだ。


「み、ミセス・モレナ?」


 どうやら彼女は走って来たのか、息が切れて苦しそうで、髪もぼさぼさ、服も微妙に崩れているが、そんなことは全く気にせずに、室内を見渡すと心の底から絶望的な顔をした。


「ど、ど、どうしましょう。わたしのせいだわ、もっときちんと見ていなかったから」


「あの、どうなさったんですか?」


 突然扉を開けたというのに、要件も言わず、一人でその場に座り込んだミセス・モレナに、わたしは思わずそう訊ねた。

 本来なら失礼を非難するのだろうが、あまりに切羽詰まった様子だったので、そんなことはできないと思ったのだ。


 すると、ミセス・モレナはのろのろと顔を上げ、悲壮感たっぷりの声で言った。


「ルチアが、ルチアがどこにもいないんです。ロレーヌ様、あの、どこか、あの子が行きそうな場所をご存じありませんか?」


 問われ、すぐに思い浮かんだのはパオロの店だ。

 でも、ルチアはあの店の場所を知らない。わたしもデニスも教えていないし、知る方法はないはず。

 そう思ったのだが、わたしは嫌な予感がして言った。


「……ドーラ、そこの赤い背表紙の本をちょっと見てもらえる?」


「え、はい」


 訝しげに首を傾げたものの、ドーラは言った通りにテーブルに積み上げてある本から赤い背表紙の本を手にしてぱらぱらとめくる。

 わたしは着替え中で身動きがとれないのを歯がゆく思いながら訊ねた。


「何か、挟まってない?」


「いえ、何もありません」


 ドーラは自分の言葉の正しいのを伝えるために、本を開いて見せながらめくった。わたしは体から力が抜けるのを感じた。

 やられた――。


「今すぐに探しに行かないと。デニスを呼んで、早く! ……ルチアはきっとあの店に行ったんだわ」


「え、わ、わかりました」


「ロレーヌ様、あの子がいる場所をご存じなの! でしたらわたしが行きます。わたしが責任を持って連れ帰りますから」


 ミセス・モレナが悲鳴のような声を上げる。そこへ、デニスが困り顔のドーラと共に現れた。


「どうかなさったんですか?」


「ルチアが、わたしが写したパオロの住所を書いた紙を持って行っちゃったみたい。ああ、どうしよう」


 もうこの邸を出ていってしまっているかもしれない。しかも、この様子だとこっそり行ったに違いないので、連れもいないのだろう。こんな時間のあの場所を少女がひとりでうろついているだなんて。


 わたしは自分の間抜けさを呪った。


「お話はわかりました。でしたら、私と使用人でお探しします。ロレーヌ様とミセス・モレナは邸でお待ちください」


 デニスは険しい顔をさらに険しくし、厳しい声音で言った。

 それからすぐさま出て行こうとするので、わたしは大きな声を出す。


「わたしも行くわ!」


 どう考えてもわたしのせいだ。

 もしルチアがパオロや客に迷惑を掛けていたのならわたしが謝らないといけない。そう思ったのだけれども……。


「だめです」


 すげなく拒否され、ついでに鋭い眼差しで威圧され、わたしは怯んだ。背筋が震えあがるほどの迫力だ。だけど、負けてなどいられない。全てを使用人任せにするなんてことはできない。


「お願い、ひとりで行くなんて言わないから。付き人が何人いても構わないから、わたしも連れて行って!」


「いいえ、だめです。外は危険なのです」


「だって、わたしのせいなのよ、わたしがうっかり口をすべらせたからこんなことになっているのに、じっとしているなんて」


「それでも、ここでミセス・モレナとお待ちください」


 頑として折れないデニスを、わたしは恨めしげに見た。彼女の言うことはもっともなのだが、心配でどうしようもないわたしからすると、何とも腹立たしい。

 どうすれば説得できるのか、糸口すら見えないので閉口していると、ミセス・モレナが口を開いた。


「わたし、わたしを連れて行って下さいな! このままではパルマーラ男爵夫人に何と言えばいいか、あぁ、こんなことなら少し調子が悪いからって目を離したりするんじゃなかったわ。ねぇ、あなた、わたしをその店に連れて行ってちょうだい」


「いえ、しかし、あの界隈にご婦人を連れて行くのは……」


「平気ですよ、こんなことになったのはわたしのせいなんですから、あの子が無事な姿を見なくちゃ眠れやしないわ。ただでさえ心臓が悪いのに、このままじゃぽっくり逝ってしまいそう。さあ、早く行きましょ」


 今までの怠惰な様子は何だったのか、今にも走り出しそうな勢いでミセス・モレナがデニスの腕を引く。

 困惑気味のデニスを見て、わたしはいい機会だと思って言った。


「そうよデニス、ミセス・モレナの言う通りだわ。でも、心臓の悪いミセス・モレナを外出させるなんて、ひどいことよ。やっぱり代わりにわたしが行くわ、それならミセスも安心でしょうし、ね?」


「ですが……」


 デニスはわたしとミセス・モレナに詰め寄られて、ややたじろぎながら、それでも折れない。すると、ミセス・モレナはさらに畳みかけるように言った。



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