(38) 衝撃の朝
デニスの言う通り、確かにルチアはわたしの軽率さをさらにレベルアップしたようなところがある。しかも、彼女もわたしと同じく面食いで、わたしの趣味を小さいころから真似ることが多かった。
よくドロテアに、ルチアはまるでロレーヌの妹みたいだとこぼされたことがある。
わたしは、ここへ来てそれほど日数も経っていないのにもかかわらず、それを見抜いたデニスの凄さを改めて思い知った。
と同時に、思った。
「主人と使用人って似るのかしら」
先ほどデニスから出て来たあの胸にぐさりとくるセリフ。あれはまさしくカスタルディ家の皆々様が自然と備えている特徴だ。本人たちにはその意識はないが、褒めてるつもりがけなしてくれていることがままあるのである。
わたしのつぶやきを耳にしたデニスは首を傾げた。
「私に、ジェレミア様と似ているところがあるのですか?」
「あ~、ううん、いいの。気にしないで。それより、ルチアをあのまま放っておけないし、ジェレミアかレディ・アストルガに頼んで誰かつけてもらった方がいいかもしれないわ」
「ミセス・モレナに言った方が良いのでは?」
デニスは不思議そうに言う。
確かに彼女の言う通り、この場合は付き添い役に伝えるのが普通の対処法だと思う。しかし、しかしである。
「彼女には、言っても無駄だと思うわ。だって、これまでルチアがあれほど騒いでいるのに何一つ小言も言わないのよ?」
そして、日がな一日ソファや長椅子で寝たり、ぼーっとしているのである。たまにもう少し淑女らしくしなさい、と言うのは聞くが、それで役目は果たしたと思っているのか特に動く様子はない。
さながら呼吸する生きたクッションもいいところなのだ。
「それは、そうですね」
デニスにも思い当たる節があったのか、そっと目を伏せてため息をつく。わたしもつられてため息をついた。
◇
翌日。
その日の朝はあるひとつの話題で持ち切りだった。
「まさか、こんなことになるとはな」
厳しい表情で新聞を広げて言ったのはジェレミアだ。起きて朝食をとり、支度をしてきたばかりのわたしには何のことやらわからず、首を傾げつつ訊ねてみる。
「こんなことって、何かあったんですか?」
すると、彼は手招きする。招かれた通り近くに行くと、腕を引っ張られて横に座らされる。心臓が大きく跳ねるが、それよりも彼の示した部分を見て、また跳ねてしまった。
「そんな、どうして」
新聞の紙面を大きく占めていたのは、ある文面だった。
それは、いわゆる声明文だ。内容は、わたしにとってとてもショッキングなことだった。
このところ続いていた連続爆発事件。
被害こそ軽微なものの、人心に不安を広げていたあの事件。それを引き起こしていた犯人が、名乗りを上げたのだ。
自分たちは、記憶保持者である、と。
衝撃で思わず口を手で覆う。けれど、紙面から視線を外すことはできなかった。文面にはまだつづきがあったのだ。
書かれていたのは、現状に対する不満だった。
特に、他の国々との扱いの差について述べられている。ジェレミアが懸念していたことだ。
さらに読み進めると、今回の事件によって自分たちの持つ力が良く理解できただろう、自分たちにはいつでもこの国の中枢を乗っ取る力がある、今後の対応に期待する、と書かれていた。
わたしは、あの酒場で見た人たちのことを思い出していた。
彼らがこんなことに加担しているとは思いたくないけれど……。
「……大丈夫か? いずれ知ることになるだろうと思って教えたんだが」
「……大丈夫、です。ちょっとびっくりしましたけど」
そう答えたものの、ジェレミアの気づかわしげな様子から、わたしは自分があまり良い顔色をしていないのだろうとわかった。
実際、結構ショックだったのだ。
しかし、彼を心配させたくはない。
何より、この事態にわたしができることは何もないのだ。状況を見守るしかない。
「それならいいが、とにかく君は外出を控えるんだ。誰も連れずに外へ出てはだめだからな」
「はい、そうします」
しっかりと頷くと、ジェレミアの表情が少し晴れる。
すると、そっと肩を抱き寄せられた。
「そうしてくれ、君に何かあったらと思うと怖い」
静かに落とされた声が耳に染み入り、わたしは思わず胸を押さえた。不安なのに、幸せだと思った。
わたしは目を閉じて、呼吸を落ち着かせてから返事した。
「はい」
彼がこの事態からどういう状況を想像しているのかなんて、わたしにはわからない。
きっと、あまり良くないのだと思う。
それなら、素直に言うことを聞いているのが一番だ。
自分より大きな肩に頭をもたせかけ、わたしはそう思った。
◇
そんなことのあった三日後のこと。
今日はジェレミアは出かけていていないが、いつものようにデニスと増量した護衛役の使用人たちに囲まれて、わたしは公爵邸の中をうろついて過ごすことになった。
実際、大変なことになったと思う。
だからといって何も一日中ぴりぴりして過ごすこともなかろう、困ったらデニスもいることだし、と割り切ったわたしは、引きこもることもなく、読書を楽しんだ。
のんびりと本を読みつつ、これからこういう日が増えるんだろうかと思って少しだけ憂鬱になる。
せっかくの王都なのに、暇つぶしが必要になるとは思わなかった。ここに来る前は母や兄と、王都にいるなら退屈しなくていいと話していたのがうそのようだ。
今はまだいいが、長引けばすごく暇になるだろう。
こういうとき、何で貴族は労働したらいけないんだろう、と思ってしまう。ただし、娯楽のための労働は別だというから、この辺りはちょっと理解できない。
なにはともあれ、そこは生まれながらの令嬢であるため、するべきことは色々見繕うことが出来るからなんとかなるとは思うが。
そんな訳で一日をつぶしたわたしは、今日こそ夜用のドレスに着替えるために部屋に戻った。




