(36) やっぱり好きです
恥ずかしい、恥ずかしすぎる。ここしばらくのわたしは運がなさすぎる。もしかしたら、今は運気が悪い時期なのかもしれない。教会に行って祝福グッズみたいなものを入手して身に着けまくりたい。
半ば本気でそう思ったわたしの手に、ジェレミアの手が触れた。反射的にびくっと体が震えてしまう。
「ロレーヌ、顔を見せて欲しい」
わたしは彼の声に首を横に振った。こんな状態のときの顔なんか絶対に見られたくない。あまりの恥ずかしさに引きつって泣きそうなのだ、きっとひどいことになっている。
「今日は済まなかった。デニスから話を聞いて、頭に血が上ったんだ。君のことを信じていなかった訳ではないが、それでも、嫌だった、しかし、こんなことはすべきではないと今になってわかった。だから、ちゃんと顔を見て謝りたいんだ、ロレーヌ」
優しく名を呼ばれ、ますます顔をさらしづらくなったわたしだったが、壊れ物を扱うような手つきでそっと顔から手を引きはがされてしまう。せめてもの抵抗にうつむいたが、目の前に屈まれてしまい、今度こそ目を反らせない。
「済まなかった、許して欲しい」
「そんな、わたしが勝手なことをして心配かけただけですから」
謝られるようなことなどない、そう言ったが、ジェレミアは首を横に振り、わたしの両手をしっかり握ったまま言った。
「いや、こんなひどいことはすべきではなかった」
「ひどくなんてないです。今日はゆっくり休めましたから」
言いつつ、わたしは彼の真剣な様子に、きちんと説明すべきだと思った。怖くても、理解できないと言われても、心配をかけた以上はそうする義務がある。
「ジェレミア、わたしこそごめんなさい。ただ、わたしはあの人があまりに寂しそうで、辛そうだったから放っておけなかっただけなんです。軽率でした」
言っていて自分でへこんでくるが、事実だから仕方ない。
何より、これだけ心配をかけたのに、なんの成果もなかったのだから、さらに始末が悪い。そんなわたしをじっ、と見て、ジェレミアは微笑んだ。
「そうだな、君は軽率だ」
「はい」
その通りだ。どれほどバカだアホなマヌケだ言われてもしようのないことをしたと思う。
「だが、その軽率な行動は君のが優しさからなのはわかっている。だからこんなことを命じた。……ロレーヌ、お願いだから、私をあまりひどい男にしないでくれないか?」
穏やかな声が心に染み入ってくる。
わたしはずるいと思った。世界一好きな顔が、困った様子でこちらを見ながらそんなことを言うのだ。しかも、こちらの心臓に悪い、やっぱり大好きな声で。
これでは断ることなんて絶対にできない。
「わたしだって、そんなことしたくありません」
でも、と心の中だけでこっそり思う。そうやって、ジェレミアがわたしを気にかけて色々なことをしてくれるのが、本心ではすごく嬉しいのだ。
「良かった、そう言ってくれるとは思っていたが、どうも君は危なっかしいから……放っておいたら、誰かに付け込まれそうで怖いんだ」
「すみません、勉強します」
「うん、そうしてくれ」
ようやく、ジェレミアの顔から険しさがとれて、優しげな笑みが浮かぶ。わたしもつられて微笑んだ。
お互いに笑いあいながら、やっぱりこの人が好きだな、と思った。
パオロに告白されたとき、全く迷いもしなかったのは、ジェレミアに感じるような気持ちにならなかったからだ。パオロといても、こんなに心臓が苦しくなったり、嬉しくてどうしようもなくなったりはしない。
何より、わたしには同じ過去より、違う未来の方が大切だった。彼を傷つけたくはなかったが、選択は変わらない。
わたしは、ジェレミアと生きたいのだ。
きっと、まだまだ知らない面がジェレミアにはあるのだろう。それを知っていけることが、幸せだと思った。
◇
それから、ジェレミアは晩餐に行くことなく、わたしの部屋で一緒に食事をとると言い出した。
わたしと一緒にいたいから、ときっぱり言われれば断る理由もなく、使用人たちに食事を運ばせることとなった。
準備が整うのにさほど時間は掛からず、どうやら公爵やパオラに出しているものとほぼ変わりないメニューが、さほど広くないテーブルに並ぶ。相変わらず豪勢だ。
食事をしながら、ジェレミアと話をした。
話題はあちこちに飛び、たまに心臓に悪いことも言われながら、一緒にいなかったときのことをあれこれ話す。ルチアのことや、デニスのこと、それから、記憶持ちたちのこと。
彼らの置かれている状況があまり良くないという話になると、ジェレミアは言った。
「それこそ、今私たちが取り組んでいる問題のひとつなんだ。彼らは私たちの知らない知識や技術をもっているだろう?」
「ええ、中には凄い人もいますよ」
記憶持ちの中には、技術者だけでなく、学者や研究者といった人々も含まれる。しかも、わたしのように現代生まれや、へたをしたら未来に生まれて亡くなった人もいる可能性があるのだ。
「そうだ。そのことに各国が気がつき始めている。すでにそういう者たちを国の中枢に招いている国もあるらしい。我が国は出遅れている、身分制度が障害となっているんだ」
「それじゃあ、どうするべきなんでしょう」
「制度の廃止は難しいから、例外を作ろうと思っている。しかし、どうにも頭の固いのがいてね」
まるで頭痛をこらえるような仕草をしたジェレミアだが、そこには何としてでもやり遂げるといった意志を感じられた。
わたしは、もし彼の言うように「例外」が作られたなら、と考えてみた。すぐには無理でも、いつか成立したなら――。
「まあ、いつかは彼らもわかるだろう。今はまだ見えないが、急成長している国が幾つもあるからな」
「それなら、いつかあの人たちも報われるかもしれないんですね」
「ああ、そうすることが国のためになると私は思っている」
深くうなずいたジェレミアの目を見て、わたしは嬉しくなった。いつも、彼のしている義務とはなんだろうと思っていたのだが、こういうことだったのだ。
何だか色々誇らしくて、自然と笑みがこぼれる。
「わたしは貴方を信じてます。だからきっと良くなります、この国」
その言葉はするりと出た。
なぜなら、本当にそう思ったことだったから。
すると、ジェレミアは一瞬目を瞠り、それから少し恥ずかしそうな顔で言った。




