(32) 記憶持ちの集い
それから、店の者に料理を中に運ぶように言いつけると、店内へ連れ込む。中はやはり居酒屋らしく、酒瓶がたくさん並び、カウンターやテーブルが綺麗に磨かれて出番を待っている。
「そうだ、お前に紹介したい奴らもいるんだ。まあ、ほとんどは今の時間仕事だからだめだけど、少しだけならここにいるぜ」
パオロが指さした方向には、まだ昼間だと言うのにすでに酔っぱらっている男性が何人かいた。
彼らはテーブルの上の料理をつまみつつ、声をあげた。
「おう、パオロ。何だ何だ、昼から女連れかよ、モテる男はいいなぁ~」
「そんなんじゃないですよ!」
そう返しつつ、声が決して怒っていないことからも、よくあることなのだとわかる。わたしはそのまま厨房の方へ連れていかれ、台に載せられた品を見て目を瞠った。
「すごい、これみんなあなたが作ったの?」
「ああ、まあな。似た素材を探すも番大変だけど、それより調味料を作るのが一番大変だった」
彼はそう言うと、わたしにフォークを渡してきた。食べろ、ということなのだろう。わたしはパオロから目の前の料理たちに視線を移すと、訊ねた。
「食べていいの?」
「当然、むしろ意見が聞きたい」
それもそうだろう。とりあえず、渡されたフォークで「だし巻き卵」らしきものを口に運んだ。
「おいしい」
素直に思ったままを言うと、パオロは疑い深げな眼でわたしをじっと見て問うてきた。
「本当に、本当にそう思うか?」
「まあ、少し違うけどこれはこれですごくおいしいよ。あ、他のももらうね」
そう言うと、他の和食らしき料理も食べてみる。どれもおいしいが、やはり日本ならではの味はしない。
決定的に欠けているものがあるのだ。
「やっぱり、調味料が痛いよね」
「ああ、わかってる。でもあればっかりはなあ」
大きく嘆息するパオロを見て、わたしは背中を叩いた。
「仕方ないよ。ここは違う世界で違う国なんだし、再現出来たらラッキーくらいだと思うし」
ね、と言えばパオロは少し笑顔を見せてくれた。そんなやりとりをしていると、先ほど飲んだくれていた男性客がこちらへやってきて、にやにや笑いながら言った。
「やっぱりお前らそういう仲なんだろ、素直にお兄さんに言っちゃいなよ」
「だからそんなんじゃないんですってば、あのですね、こいつ、俺とあんたと同類なんです」
パオロが少し迷惑そうに言うと、酔っ払いはそれまでのふざけた様子から一変し、まじまじとわたしを見てきた。
あまりにも見られるので、こちらも見返す。
酔っ払いは、三十代後半くらいで、黒い髪に明るい茶色の目と、日焼けした肌をしている。無精ひげを生やしているので老けて見えるが、眺めるのが専門みたいなわたしからすると、それほど年をとっていない。体つきはがっしりしていて、まさに労働のための体といった風だ。
「あ~、じゃああれか、お前が時々言ってた女ってのがこいつか?」
無精ひげが問うと、パオロがうなずく。わたしはふとと背筋に寒さを感じ、反射的にデニスを見た。ああ、怒っている。ものすごく怒っている。でもここで出たらわたしの身分がバレるので我慢しているのが良く分かる。
わたしは引きつり笑いで耐えきれますようにと祈った。
「じゃあ、カッシーニさんに紹介しとかないとな。嬢ちゃん、こっちへ来な」
「ま、待ってください。あの、同類って?」
手招きされて困惑したわたしは、パオロに訊ねた。彼はこくりとうなずいて、安心させるような笑みを浮かべる。
「あそこで飲んだくれてるの、皆俺たちと同じ前世の記憶がある奴らなんだ。国はそれぞれ違うけど、現代生まれの奴ばかりだよ」
言われたことをすぐには脳みそが理解してくれず、わたしは呆けて飲んだくれ集団を見た。全員が労働者階級だということはわかるが、まさかこんなにいようとは。
「六人も、本当に?」
今まで会ったことのある記憶持ちなど、片手で数えるくらいだった。しかも、全員時代の違う人だったから話もあわなかったり、もう亡くなっていたりしていることが多かったから、パオロの言葉にはただ驚くしかなかった。
「本当だ。話もちゃんとしてるから信用していいよ。良ければ少し話をしていかないか?」
「そうね、時間が来るまでなら」
わたしはうなずいて、手招きする酔っ払い集団へと足を向けた。席へ着くと途端に囲まれ、質問攻めにあう。どこの国のどの時代の出身だったとか、仕事はしていたのか、などなど。
何しろ、見た目がみんな厳ついのでちょっと怖い。それでも、こんな機会はそうあるものじゃないし、と思い、何とか返事をしようとするが、その間にも彼らの話が始まり、ついていくのが大変だった。
「俺はな、向こうじゃ腕のいい技師だったんだ。この世界じゃそんなものないから、ちょっと複雑なやつを直すだけでもう、称賛の嵐なんだぜ。けど、あっこまで喜んでもらえるとなあ、嬉しいよなあ」
「ああ、わかるわかる。とにかくすごい喜ばれるんだよな、まあ、出来そうにないことをあっさりやる訳だから当然だけどさ」
「そうそう、食い物をおまけにくれたりして、頼りにされてさ。向こうじゃただ仕事でやってただけで、こういう機会はなかったし」
仲間たちが酒杯片手にうなずきあう。
彼らの話を聞いていて、わたしは嬉しくなると同時に、何にもできない自分がちょっと情けない。
それも仕方がない。
彼らには積み上げたものがあるのだから。
「いいですねぇ、わたしは早く死んじゃったからそういうのないんですよ」
「そうか、大変だったんだな、でもこうしてまた生まれたんだし、きっと何か出来るさ、な!」
「ああ、そうとも」
少しだけもらした本音に対して、一斉に慰められる。今まで、こんな風に話せる相手などいなかった。
「ありがとうございます」
わたしに返せるのはお礼だけだが、もし何か出来たら彼らのために何かしたい、と強く思った。