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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(31) 下町の店



 翌日、デニスが用意したものを見て、わたしは目を丸くした。


 それは変装用の衣裳などで、わたしが貴族の令嬢であることなど完璧にわからなくなるようなものを用意してきたのである。しばらくそれを唖然と眺めてから、こんなことをしている場合じゃないと急いで着替えた。


 綺麗にしてくれたドーラに罪悪感を感じつつ、何とか着替え終えると、デニスについて使用人用の通路を通る。珍しいのでつい目移りしてしまうが、その都度眺めてる場合じゃないと気を取り直す。


 ちなみに、しばらくジェレミアはいない。もちろん、夜になれば帰って来るが、昼の間は議会が開かれているのでそちらに参加していてわたしの側にはいないのだ。

 本人は義務だからと割り切っていたが、事件にあって以来、わたしの側にいられないのは不満のようだった。

 なんだか嬉しくてむず痒い。


 ただし、四六時中側にいられると、大分慣れてきたとはいえ呼吸が大変なことになるので、たまに出かけてくれるとありがたいと思う自分もいた。

 贅沢だなあ、などと思いながらデニスについて公爵邸の外に出る。


「ここから歩いて行きます。それほど遠くありませんが、足がお辛いようでしたら馬車を使いますので、その際にはすぐにおっしゃってくださいね」


「わかったわ」


 わたしは素直にうなずいて、デニスについて自分の足で下町へと向かう。最初は閑静な高級住宅街がつづいていたが、少しずつ人の数も増え、騒がしくなってきた。

 通りにはあらゆる人と物があふれ、売り買いする人々がひっきりなしに大声でやりとりする。


 こんな光景はこの世界に生まれてからは初めて見るものだ。珍しくてきょろきょろするわたしに、デニスが言った。


「はぐれないで下さいよ」


「う、うん」


 あまり目移りしていると危険そうだ。

 わたしはデニスの背中に意識を集中しようとした。だが、前後左右すべてから襲い掛かる呼び売りの声に、どうしても集中が途切れる。さらには美味しそうな匂いまで漂い出し、これは良くないと思ったわたしは、前を行くデニスの手をつかんだ。


 ぎょっとした立ち止まるデニス。向けられる視線が困惑しているが、わたしはそれどころではなかった。


「ごめんなさい、こうしていないとはぐれそう」


「いえ、構いませんよ」


 デニスは少し嬉しそうに笑うと、再び歩き始める。心なしか、歩調もゆったりしたものになった気がした。


 それにしても、デニスの技は凄いな、と思う。ここまで来ても、だれもわたしが貴族だなんてわからないようだ。まあ、もともとわたし自身貴族的オーラなんぞみじんもないので、デニスの用意したまさに庶民の服装さえあれば、完璧に溶け込めるのだ。

 自分でさすがはわたし、と思って少し悲しくなったものの、歩みは止めない。


 やがて、喧騒に満ちた場所から少し大きめの店舗のある界隈を過ぎ、さらに先へと進んでいくと、労働者階級が暮らすような家が見えてきた。

 石の敷かれた道も薄汚れて、どことなくすえた匂いがする。


 すると、デニスはそこで立ち止まった。


「あそこです」


「あれって、居酒屋?」


「ええ、昼は手前の露店で食事も提供しているようです。結構、人が集まっているでしょう?」


 言われてみれば確かに、彼女の示した場所には人が集まっている。そこのテーブルと椅子を適当に並べただけの粗末な場所食事している人々が見えた。


「行きましょう」


 デニスの言葉にわたしはうなずいて、一歩踏み出す。一歩進めば進んだだけ、いい匂いが漂ってくる。どこか懐かしいような気さえする匂いだ。引き込まれるように店に入ると、威勢のいい売り子が料理の名前を連呼していた。


「さあ、特製異国風シチューだよー! おいしいよー。他にもあるよー、異国風のお粥だよー!」


「あの、ひとつずつ下さい」


 わたしはすぐに注文した。売り子は「毎度」と笑顔を見せると、後ろの厨房に叫んだ。中から返事が返ってきて、ほとんど時間を置かずに料理が出てくる。見ればやはりそれはデニスが説明した通りのもので、早速それを手にテーブルへつく。

 すぐにデニスが支払いを済ませてくれ、ふたりして料理を上からのぞきこんだ。


 もうもうと湯気の立つ料理を見ると、どう見てもカレーもどきとラーメンもどきにしか見えない。とりあえず、食してみることにした。まずは、とラーメンもどきを啜ると、目を見開く。


「おいしい」


 その味は、懐かしい気がした。この体で食するのは初めてのはずなのに、どういう訳か、そう感じたのである。呆然とそれを見つめていると、不意に後ろに気配を感じた。


「まさか、ロレーヌなのか?」


 声に聞いたことのある響きがある。わたしは振り返って、そこに立つ人物を見て、やはり、と思った。

 そこにいたのは、薄汚れた前掛けをつけたパオロだったのだ。

 会えた、という安堵感と同時に、よくも黙って消えたなという怒りもわいてくるが、そこは堪えて言う。


「よくわかったわね」


「いや、どこか見たような姿だと思って。そしたら、そいつがいたからもしたかしたらと思ってさ」


 デニスの方へあごをしゃくって見せるパオロ。確かに、お仕着せこそ着ていないが、デニスはかつらも被っていないし、いつもの顔のままである。


「来て、くれたんだな」


「あんな風に消えられたら、心配するに決まってるじゃない」


 どこか嬉しそうに口元を緩めているパオロに、わたしは呆れつつ言った。そんなにやけている場合か。こちらは後でこってり絞られる覚悟をして来たと言うのに。と思うが、こちらの事情など知らないパオロは、わたしの手を取ると笑顔で言った。


「ありがとな。せっかくだ、そいつはおごるよ、それだけじゃない、もし来てくれたらと思って色々作ってんだ、中に入ってくれ」


「え、でも時間が」


 行きたいには行きたい。それでも、決まった時間には帰らないとと思ってデニスを見ると、不服そうながらも時計を取り出して言った。


「もうしばらくは大丈夫でしょう。時間になったなら私がちゃんとお知らせしますので」


「そ、そう、じゃあお言葉に甘えて」


「よし、こっちだ」


 パオロはデニスが渋すぎる顔になることなど構わずにわたしの手を引いて歩き出してしまった。



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