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観賞対象から告白されました。  作者: 蜃
続編 「冬の王都で危険な出会い?」
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(23) 疲労困憊ですよ



 いつもあるんだかないんだかはっきりしないその存在を、唯一感じられるのである。こんな形じゃないと親子だと実感できないというのが何とも悲しいが、事実だから仕方ない。


 またしてもそんな微妙な気持ちになったものの、一番大事なのはジェレミアの反応だと思ったわたしは窓際に目を向けようとした。 その時、不意に扉がノックされた。


「レディ・アストルガ、追加の布地と素材が届きましたのでお持ちいたしましたが、どうなさいますか?」


「入ってちょうだい」


「畏まりました」


 扉が開いて、数人の使用人が入ってくる。執事と従僕、それとメイドたちで、手に手に箱や布地を持っている。

 そのうちのひとりに、パオロがいた。

 つい彼に目を向けると、パオロもこちらを見ているのに気づく。何だか呆然としたような様子だが、何か驚くべきことでもあったのだろうか。


 そう思ってから、わたしがいつもの地味な格好ではないことに気づいた。どうやら、驚かせてしまったらしい。


 彼はしばらくわたしに視線を固定して動かない。

 彼だけではなく、他の若い従僕やメイドもである。多くの視線を向けられることに未だ慣れていないわたしは、どこかの陰に隠れたくなったが、そこはなんとかこらえた。


 これからジェレミアの隣にいれば、こういう類の視線は否応なく降り注いでくるものだ。慣れないと、これも練習だ、と思うには思うのだが、頬のへんが引きつるのだけは止められない。

 まだまだだな、と思っていると、中でも年齢の上な使用人が彼らを小突いた。それで我に返った使用人たちは、きびきびと動き始める。


 ただ、パオロだけはちらちらとこちらを見ており、微妙に動きが悪い。

 まあ確かに、普通に前にしていても存在感のない地味娘が突然こんな格好していたら、びっくりしてついつい見てみたくなる気持ちはわかるが、仕事に集中して欲しい。

 と言うか、あんまり見ないで欲しい。


 パオラは使用人たちの様子がおかしいことはわかっていたのだろうが、特に何か言うこともなく、使用人たちにそれぞれ指示を飛ばした。使用人たちは慣れた手つきでそれらの品を言われた場所に並べていく。


 そんなパオラを見つつ、きっと作品が上出来で嬉しいので、特に叱責もしないのだろうな、とわたしは内心こっそり思った。


 やがて、彼らが動きを終えると、まるでこの部屋が店にでもなったかのように錯覚してしまうほど、見事なまでに見やすく物品が並べられた。パオラは満足そうにうなずく。


「これでいいわ、では、いつもの仕事に戻ってちょうだい」


「はい」


 執事が恭しく頭を垂れると、一斉に部屋を出ていく。それでも、パオロは最後までわたしを驚愕の目で眺めていた。

 そんな彼を見て、わたしは次に会うのがちょっと憂鬱になった。とはいえ、彼の作る日本食には興味があるし、知っている記憶もちで唯一の同時代の日本生まれなのだ。

 会わないと言う選択肢はなかった。


 なんとなくため息をつくと、パオラが言った。


「さあ、ジェレミアも来てちょうだい。そうね、まずはロレーヌ、この中から好きな生地を選んで」


 突然のご指名に、わたしは戸惑った。

 特に指定がないということは何でもいいのかな、と考えつつ、夜会服向きではない茶色の生地を手にした。選んだ理由は簡単だ。厚くてふかふかしていてとても暖かそうだったからである。

 他には、と見回して、幾つか生地やらレースやらを手にする。


 とりあえず両手がふさがったのでパオラを見れば、思わず腰が引けるほどの険しい顔をしているではないか。


「あ、あの……」


「もうだめだわ、壊滅的よ、破壊的だわ。天才と言ってもいいほど似合わないものばかり選ぶなんて、貴女は自傷癖でもあるの?」


 呆れたような物言いに、わたしは思わず固まった。


「もう、仕方ないわね、一から選び方を教えてあげるわ。とりあえず、全部もとに戻してちょうだい」


 言いながら、パオラは額に手を当ててため息をついた。そ、そんなにひどいでしょうか。まだ素材の段階なのに、何がパオラをそこまで絶望させたんだろう。正直、いつもの毒舌にも冴えがない。いつもならもっとボディにくるパンチのある言葉で精神どころか魂をピンポイントにえぐる発言が飛んでくるのに。


 さっぱりわからないまま、とりあえず言われた通り元に戻しつつ、わたしはやっぱりなあという気持ちだった。なぜなら、わたしにセンスがないことなど最初からわかりきっていたことだからだ。


 こればかりは、勉強してもどうしようもない。

 なので、わたしは割り切って今までファッション誌を参考にしてきたのだ。それを参考にしていればそう変にはならないはずと信じてきたのだが、どうやらわたしは自分に似合うものを選ぶことが不得手らしい。


 まあ、それについてはジェレミアやパオラに教えてもらえばいいだろう。センスが壊滅的な自分より周囲の助言を期待した方が建設的だろうし。


 そう思って顔を上げると、不意にルチアと目が合った。


 ――え、何かもの凄い殺意がこもってるような気がするんですけど?


 てっきり並べられた生地や素材に目移りしているのだろうと思っていたルチアは、それらには目もくれずにわたしに殺人光線を向けてきている。

 内心うろたえかけてから、わたしはようやくあることに思い至った。そうだった、ルチアはパオロが好きなんだった。しかも、よりによってそのパオロはわたしにばかり目を向けていたのだ。


 むろん、彼がこっちばかり見ていたのはきっと物珍しかったからだと思うのだが、状況からしてルチアが勘違いしても無理はない。

 どう弁解すればいいんだ、と慌てていると、ジェレミアが優しく声を掛けてきてくれた。


「あまり気にしなくていい、姉さんのあれはいつものことだ。それに、君に似合うものなら私が良く知っているから」


「……ありがとうございます」


 ジェレミアの気遣いが何だか身に染みた。


「私も一緒に選ぼう、時間はたっぷりあるんだ」

 

「はい」


 優しく肩に触れられ、わたしの意識は一瞬にしてジェレミアだけでいっぱいになってしまった。

 なんという反則技、なんという微笑。


 それから、ジェレミアも加わった生地選びは、何とかパオラにも納得のいくものとなり、何とか次の段階へ移ることが出来たのだった。



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